ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:8『鐘の教会』

 

「まったく、ララのせいで冷や汗を掻きましたよ……。ノーマン、ララの失礼な言動はきちんとエレナ様に報告しておいてください」

「するにはするが……あんま期待しない方がいいぜ」

「はい? 期待するな、とは?」

(あね)さんにこっぴどく叱られてアレ(・・)なんだよ。叱られた後なんか『エレナ氏と二人きりで談笑しましたぞ』とか言い出すからな」

 

 ノーマンさんの返答に思わず硬直するアランさん。俺はその会話に耳を傾けながらも苦笑していた。

 

「そういや坊主。お前は何期生なんだ?」

「あー、五百八十一期生ですね」

「五百八十一期生? 今年度の候補生じゃないですか。よくあの厳格なティア様に起用されましたね」

「あはは……まぁ入ってからは色々と大変でしたよ」

 

 間違いなくアランさんに疑われている。俺は機関の内情とかまったく知らない。だから愛想笑いでやり過ごそうとそれっぽい言葉を返した。

 

「そんぐらい優秀ってことだろうな。第一志望のT機関を落とされたお前とは違って」

「ノーマン、二言目が余分だと思いますが?」

「えっと、アランさんはT機関に入りたかったんですか?」

「はぁ、その通りです。第一志望はT機関、第二志望はA機関、第三志望はO機関でした。候補生の頃は鍛錬と学業に励み続け、総合成績も上位十名に入れるぐらいには優秀だったはず……」

 

 アランさんは候補生時代を語りながら額を抑える。ノーマンさんも話に耳を傾けつつ、ベッドへ静かに腰を下ろした。

 

「ですが第一志望から第三志望まで全滅でした。よく思い返してみれば、あの頃の僕は驕っていたのです。アカデミーの成績が優秀だからといって上手くはいかない。そう現実を突きつけられました」

「……そうだったんすね」

「路頭に迷い、無所属になりかけていた僕に声をかけてくれたのは……ルーナ様でした。そしてルーナ様は、僕なんかをR機関に推薦してくれたのです。僕がここにいるのは、ルーナ様のおかげです」

 

 アランさんがルーナさんへ忠誠を誓う理由。俺はその話を聞いて、自然と頬を緩めた。

 

「今でも悔しいのは……遊び(ほう)けていた弟はすんなりとT機関に入れたことですね」

「……? アランさんには弟がいるんですか?」

 

 俺がそう聞き返すと懐に手を入れて、写真を一枚だけ取り出す。アランさんはその写真を見つめながら、どこか寂しそうな顔をしていた。

 

「ええ、いますよ。真面目な僕とは違って、将来のことを何にも考えないどうしようもない弟が」

 

 俺はアランさんに近づいてその写真を覗き込んでみる。映っていたのは幼少期のアランさんとその弟。肩を組みながら無邪気に笑っている。

 

「これがアランさんの弟……。兄弟で仲が良いんですね」

「仲が良かったのは子供の頃だけです。それにアカデミーに入ってからはクラスも別々だったので、すれ違っても会釈を交わすぐらいで……」

(ん? アランさんの弟、どっかで見たことあるような──)

「そうでもないんじゃないか? Raymond(レイモンド)はいつもお前に声をかけようか迷っていたぞ」

 

 レイモンド。俺はその聞き覚えのある名前を耳にし、もう一度アランさんが持っている写真を覗き込んだ。

 

「あ、あの……レイモンドの、ラストネームって何ですか?」

「はい? 僕の弟なのでレイモンドのラストネームもWarner(ワーナー)に決まってます。Raymond(レイモンド) Warner(ワーナー)です」

「レイモンド……ワーナー……」

 

 派遣任務、ドレイク家の館、眷属のラミア。次々と記憶が蘇り、脳内に浮かんできたは『レイモンド・ワーナーは殉職した』という事実。俺は顔を真っ青にさせる。

 

「僕は正直、レイモンドに嫉妬しています。だからT機関に入れたことを素直に祝えなかった。僕がR機関に拾われた時、レイモンドは僕を祝ってくれたのに」

「レ、レイモンドさんと最後に会ったのはいつ頃なんですか……?」

「ロストベアに渡ったのが半年以上も前なので……もうかれこれ半年は顔を合わせていません」

 

 俺はその返答を聞くと口を固く閉ざし、室内の床をじっと見つめた。アランさんは何も知らないんだ、と。

 

「グローリアに帰還したらアイツに酒の一杯ぐらい奢ってやれよ。アランが誘えば、きっと喜ぶと思うぞ」

「そうですね。僕はレイモンドと向き合った方がいいかもしれません」

 

 言いづらいというより言えるはずがない。レイモンドさんはもう死んでいる……なんて、とてもじゃないが言えなかった。

 

「坊主、顔色が良くないな。調子でも悪いのか?」

「あ、えーっと……馬車で酔ったみたいっす。ちょっと外で風に当たってきます」

「そうか。んじゃあティム、坊主に付き添ってやれ」

「は? なんで自分が……」

「俺とアランは明日の計画を練らないといけない。お前ぐらいしか手が空いていないんだ」

 

 ベッドで寝転がっていたティムは舌打ちをすると部屋から出ていく。俺もその後を追いかけるようにして、部屋から飛び出した。

 

「……」

(すげぇ気まずいな、これ……)

 

 俺の世話係をするようノーマンさんに命令されたティム。その横顔は気怠さと俺に対する嫌悪感が滲み出ていた。

 

「あんた、T機関に配属されたんすよね?」

「えっ? あ、あぁそうだよ」

「それ、本当なんすか?」

「ほ、本当だけど……」

 

 室内から室外へと景色が変わった瞬間、沈黙していたティムがそう口を開く。俺は疑われたことに焦りながら、どうにかやり過ごそうと試みた。

 

「どうなんすかね。あの青髪の奴(・・・・)はまぁ納得できますけど……あんたはどっからどう見てもその器じゃない」

「それは、努力してどうにか──」

「努力じゃどうにもならないっすよ。もし努力だけでT機関に配属されるんなら、自分だってこんなところには……」

 

 ティムは一瞬だけ視線を逸らすと、すぐ目の前まで詰め寄りながら俺を睨みつける。

 

「アランさんの話、あれは紛れもない真実なんすよ。アカデミーで良い成績を残しても、飛び級して機関に拾われても、上手くいかないことばかり」

「ま、まぁそれはそうかもな……」

「あんま調子に乗らない方がいいっす。仮にあんたに相応の実力があったとしても、どうせゴミ箱(・・・)行きっすから」

「ゴミ箱……?」

 

 ゴミ箱行き。比喩された意味を俺が尋ねれば、ティムは首に飾っていた銀の十字架を見せつけてきた。そこには『R』と刻まれている。

 

「R機関。死ぬまで最前線で戦わされ、無意味な死闘を繰り返して、無駄に命を消費するだけの──命のゴミ箱」

「ティムはさ、自分からR機関を志願したんじゃ……」

「するわけないじゃないっすか。本当だったら自分は飛び級して、A機関に所属していたんすよ。それが、こんなゴミ箱送りにされて……!」

 

 怒りを露にしながらもそばに転がっていた樽を蹴り上げるティム。俺はなんと言葉を掛ければいいのか分からず、険しい顔をすることしかできない。

 

「……何をしている?」

「……! アレクシア……!」

 

 たまたま通りかかったのはアレクシア。俺とティムの険悪な雰囲気に何かを察したのか、こっちまで迷いなく近寄ってきた。

 

「いや、そういうお前こそ何してたんだよ?」

「町の中を歩き回っていただけだ」

「ふーん、散歩する余裕があるんすね。お高く留まれて羨ましい限りっす」

 

 ぐちぐちと皮肉を述べるティム。アレクシアはその一言を聞き逃さず、ティムの方へ視線を移す。

 

「お前に聞きたいことがある」

「……何すか?」

Luke(ルーク) Brian(ブライアン)という男を知っているか?」

「自分らブライアン家の親父っすよ。なんでそんなこと聞いたんすか?」

 

 Luke(ルーク) Brian(ブライアン)。確かAクラスの担任として勤めていた先生。俺はあることに気が付き、アレクシアの横顔を見つめる。

 

「やはりか。どうりで聞き覚えのあるラストネームが多いと思った」

「……何が言いたいんすか?」

「A機関で候補生の指導を請け負っていた教師。AクラスがLuke(ルーク) Brian(ブライアン)、BクラスがPaula(ポーラ) Angell(エンジェル)、CクラスがJason(ジェイソン) Hamond(ハモンド)だ。このルーナ班に所属する人間の家系が多いだろう」

 

 ルーナ班には知っているラストネームの人が多い。特に多いのは俺たち候補生のクラス担任だ。偶々なのか、そうなるようにルーナさんが選んでいたのか。そうやって俺が考え込んでいると、

 

「あぁ、言われてみればそうっすね。けど自分らとは違って、あの人たちはA機関に所属できた勝ち組っすよ」

「……勝ち組か。だが勝ち組といえども既にあの男たちは──」

「だっあぁぁぁーーっ!!? アレクシア、俺なんか急に走りたくなってきた!」 

「おい、何をして──」

 

 心にもないことを口走りそうになったアレクシア。俺は声を遮りながら腕を掴み、ティムから逃げるようにしてその場から駆け出す。

 

「……何のつもりだ? 走るのなら独りで走れ」

「別に走りたかったわけじゃない! お前が馬鹿なことを言おうとしたから止めたんだって!」

「私はただ事実を伝えようとしただけだ」

「それが馬鹿なんだよ! お前がそれを伝えたせいで、明日からの空気がやばいことになったらどーすんだ!?」

 

 夢中になって走っていれば辿り着いたのは鐘の教会。俺はアレクシアに訴えかけるが、納得がいかない様子で視線を逸らす。

 

「とにかくさ、今は伝えるべきじゃないと思う。やっぱりああいうのは自分で知った方が……」

「……」

「あの、聞いてます?」

「……あれを見ろ」

 

 俺の話をまったく聞いていないアレクシア。どこを見ているのかと視線の先に顔を向けてみる。

 

「あの人って、カムパナさんだよな……?」

「あぁ」

 

 三本立っている鐘の塔の一つ。頂上まで梯子で登ったのか、カムパナさんが大きな銀の鐘を撫でていた。

 

「あの女は何をしている?」

「んー、掃除でもしてるんだろ」

「ならあの鐘塔(しょうとう)をどう登った?」

「多分梯子じゃないか。下から入れる入口とかがあって──」

「あの塔に入口はない」

 

 アレクシアはすぐさま俺の言葉を遮り、三本の鐘の塔を一つずつ視線を移す。

 

「いやいや、そんなわけ……」

「私はこの目ですべて調べた。だが入口はおろか、鐘を鳴らすための道具すらない。あの女があそこまで登る術もないはずだ」

「じゃあ、カムパナさんはどうやってあの上に……?」

「知らん。ただあの女について一つ気になった点がある」

「気になったこと?」

 

 アレクシアは懐から小さな銀の鐘を取り出し、俺の目の前で小刻みに揺らすと、高い音を鳴らした。

 

「あの女の衣服には小さな鐘が付いていただろう」

「あぁ付いてたな。それがどうしたんだ?」

「妙に思わなかったのか」

「妙って?」

「あの女はあの量の小さな鐘を衣服につけて歩いていたが……一度も音を鳴らさなかっただろう」

 

 俺はアレクシアにそういわれ、ハッとした顔で塔の上にいるカムパナさんを見上げる。こっちには気が付かず、夢中になって塔の鐘を撫でていた。

 

「鳴らないように細工されていたとかは……?」

「教会の天井に吊り下げられている鐘と同じものだ。細工はされていない」

「で、でも本当に鳴らないようにしていたとして……。どうやって音を抑えていたんだよ?」

「あの女は動術を習得している。そうとしか考えられん」

「動術……!?」

 

 夜の訪れを予告するような鐘の音が鳴る。残響が重ならないように小さい音、中ぐらいの音、大きな音が街中に響き渡った。顔を隠したシスターたちは鐘の塔を見上げ、祈りを捧げる。

 

「……この町は何か嫌なものを感じる。気を抜くな」

「あ、あぁ、気を付けるよ……」

 

 急に募り始めた不安と恐怖。俺とアレクシアが不信感に満ちている中で、鐘の音を間近で聞いていたカムパナさんは、大きく揺れる鐘の前で祈りを捧げていた。

 

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