「──よ。──たまえ」
「……んぁ?」
俺はふと目を覚ます。アレクシアと鐘の教会の前で別れた後、宿泊部屋まで引き返し、普通に夕飯を食べ、普通にベッドで眠っていた。
「──よ。──たまえ」
「この声……何だ?」
どこからか声が聞こえてくる。俺はベッドから起き上がり、部屋を見渡してみるが、アランさんたちはぐっすりと眠っている。ということは聞こえてくるのは部屋の外からだ。
「うっ、なんか寒いな」
もう一度眠ろうとも考えたけど、この声が無性に気になって眠れない。俺はスマホのライトを点けて、部屋の外へ出てみる。
「──よ。──たまえ」
「家の中からじゃない……ってことは、家の外から聞こえんのかな?」
声の居場所を探るために今度は家の外へ。真っ白な満月が銀の鐘を月光で照らし、気味が悪いほどにギラギラと光っている。
「──よ。──たまえ」
「こっちの方角は、確か鐘の教会がある場所……」
声が聞こえる方角へ歩き続けるとやっぱり鐘の教会に行き着いた。変な声は建物の中から聞こえてくる。
「気になるけど、勝手に入るのはまずいよな……?」
許可なしに行動するとアランさんたちに叱られるかもしれない、と俺は教会の前で考え込んだ。その瞬間、
「そこに誰かいるのでしょうか?」
「やばっ……!? こっちに来る……!」
歩いてきた方角からカムパナさんの声が聞こえてくる。ついでに接近してくる足音も。俺はすぐにスマホのライトを消して、仕方なく鐘の教会へと身を隠した。
「おかしいですね。人の気配を感じたのですが……」
(カムパナさん、見回りをしてたのか……?)
ランタンを片手に周囲をきょろきょろと見渡すカムパナさん。俺はその姿を窓越しに観察し、じっと息をひそめる。
(服にあれだけ鐘が付いてるのに、音がまったく鳴らないなんておかしいよな)
数時間前にアレクシアが言及していたことを思い出す。カムパナさんは大きな素振りはしてないものの、動きの中で衣服に飾っている鐘を一回たりとも鳴らしていない。
「……私の気のせいでしょう」
(やばっ、こっちに来るのかよ……!?)
そう疑問に思っていれば、カムパナさんは鐘の教会に真っ直ぐ向かってくる。俺は窓際から教会の長椅子まで急いで移動した。
(カムパナさん、教会に何か用でもあるのか?)
ゆったりとした歩き方で教会へ姿を見せるカムパナさん。長椅子の陰に隠れながら、俺はその姿をじっと見つめる。すると祭壇の前に立ち、辺りの様子を窺い始めた。
「……」
(もしかして俺がいることがバレて──)
その瞬間、天井に吊り下げられていた鐘が一斉に鳴り出す。
「あぁ鐘の音よ。私に祝印を与えてくれるのですね」
けどカムパナさんはこの鐘の音を平然と聞いていた。俺の中でのカムパナさんへの疑心はより深まるばかり。
(……! 祭壇が、動いて……!)
祭壇が重い音を立てながら後方へずれれば地下への隠し通路が開かれる。カムパナさんは地下の階段を一段ずつ下り、その場から姿を消してしまった。
「祭壇が動き出す仕組みって、魔女の馬小屋で見た……」
頭の中で蘇ったのはメルたちと訪れた魔女の馬小屋の礼拝堂。全員で天井を見上げることで礼拝堂内に飾られたスマホのカメラが認識し、祭壇が動き出して地下への隠し通路が開かれた。あの仕組みと似ているような気がする。
「カムパナさんは地下室に何か隠してるのか……?」
魔女の馬小屋と関係性があるのかもしれない。俺は息を呑むとカムパナさんの後をつけるようにして、地下に続く階段を下りてみる。あまりにも暗すぎるのでスマホのライトをちょっとだけ点けておく。
(……ん? ここは、何だろ?)
火が点けられた
「──よ。──たまえ」
(またこの声……。しかも何かを打ち付けているような音も聞こえる……)
ブツブツと聞こえる気味悪い声と、トンカチでゴツンゴツンッと何かを打ち付ける音。俺はカムパナさんに見つからないよう警戒しつつ、その音へ近づいていく。
(歩きにくい床だな……。それになんで壁にカーペットが貼り付けられてるんだ?)
異様に
「──よ。──たまえ」
(な、なんだよこれ……?)
十字路の角を右に曲がり直進すると、廊下の隅に並べられていたのは銀の呼び鈴。それも一つや二つだけじゃなくて何十個、何百個とある。例えるなら『王様の歩く道の脇に兵士たちずらっと並んでいる』ような感じだ。
「──よ。──たまえ」
「……は?」
銀の呼び鈴に挟まれながら歩き続けたがその先は行き止まり。十字路を曲がってからは一本道だった。他に扉なんて見当たらない。
(あれ、そういえば扉を一つも見てないような……?)
それどころか部屋に通ずる扉を一つも見かけていなかった。俺は銀の呼び鈴が並べられた廊下を振り返った後、ふと視線を下に向けたとき、
「……冗談だろ?」
あることに気が付き愕然とする。これは誰が見ても驚く。なぜなら赤いカーペットだと思っていた床に赤い扉が付いていたからだ。歩きにくかったのは俺が扉の上を歩いていたから。
「──よ。──たまえ」
「この下から、声が……」
全然理解できない。けど扉の向こうを覗けば理解できるかもしれない。俺は恐怖心よりも好奇心が勝り、その場で四つん這いになって扉のノブを掴んだ。そして扉をゆっくりと開き、
「──えっ?」
その景色を目の当たりにし呼吸を止めた。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
真っ先に理解したのは二つ。声の発生源は肉声ではなく録音してあったレコードだということ。もう一つは部屋の中に顔を布で隠したシスターが一人いたこと。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
理解ができなかったのは二つ。一つは部屋の向きがおかしいこと。普通は上から覗けばシスターを見下ろす形になるはず。それが普通の形で立っていた。まるで正しい向きで部屋に入ったのではないか……そう錯覚してしまうほどに。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
もう一つはシスターがしていることだ。左手に持ったナイフをナニカへ突き刺し、右手に持った木槌でそのナイフを深々と刺し込んでいる。
「──あっ」
俺はそのナニカを理解した瞬間、思わず声を漏らした。シスターがナイフを突き刺しているのは人の顔で、顔の部分だけを取り除くために木槌でナイフを押し込み、切り取っているのだと。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
シスターは切り取った顔の部分の口と目玉に指先を差し込み、そのまま掴み上げる。肉が零れ落ちる生々しい音が響き渡り、
「人の、顔なのか……?」
俺はその顔が人のものだと気が付いた。両手足に太い杭を突き刺され、台の上に固定されている。死んでいるのか、生きているのか。そう考えたが最後、何も言葉が出ない。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
レコードが繰り返す同じ文言を聞きながら、シスターは切り取った顔を布に包むと、台の上まで両手に収まるほどの銀の鐘を運び、
「あの人は、何をしてるんだよ……?」
ぽっかりと穴の空いた顔に銀の鐘を強引に押し込んだ。グチャグチャッと不快な音が耳まで届く。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ──』
その狂った行為に何の意味があるのか。俺がその意味を考え始めたが、すぐにその答えは明白となった。
『──死者の我らに呪印を与えたまえ』
「嘘、だろ……?」
穴の空いた顔に銀の鐘をはめ込まれた瞬間、顔を切り取られた肉体がピクッと動き出す。両手足に刺し込まれた杭を無理やり引き抜き、その場に起き上がる。
「こ、ここから離れよう……」
抜かれた杭は重力によって正しく床へと落ちていく。だが鐘を埋め込まれた肉体はシスターと同じく、重力に逆らうようにして壁に立っていた。
「……! しまった、カメラが起動して……!」
指が勝手にスマホのカメラを起動し、カシャッという軽い撮影音を響かせる。その音に気が付いたシスターたちは、俺の方へゆっくりと顔を向けてきたため、
「うっ……うっあぁあぁああぁあっ!!?」
叫びながら扉を勢いよく閉め、その場から駆け出す。よく考えれば部屋の棚もレコードも壁に固定されていた。重力を受けていないのはシスターたちだけ。あいつらは異常な存在だ。
「はぁはぁっ……な、何だよこの音は……!?」
頭の中で鳴り響くのはけたたましいサイレン、不規則な鐘の音、女の人の金切り声。さらに視界にはノイズのようなものが走る。
「おぅわ……ッ!?」
そのせいで方向感覚を見失い、足がもつれて銀の呼び鈴に手が触れてしまう。廊下にチリンッと心地よい音が鳴る。
「……! 廊下にあった呼び鈴、これはもしかして……」
呼び鈴のそばにあった扉が開く。ゆっくりと顔を出したのは右手にハサミを、左手に人の皮を持ったシスター。そうだ、この呼び鈴は部屋からアイツらを呼び出すためのもの。
「ひっ……く、来るなぁッ!!」
壁にカーペットが張り付けられていたのはシスターたちが歩くため。俺は頭の中でそう理解し、すぐに廊下を走り抜ける。
「早く逃げないと……!」
地上への出口。俺は一心不乱に走り続け、地上への階段まで辿り着く。
「か、階段がない……!? くそっ、道を間違えたのか!?」
けれど階段はどこにもなかった。真っ白な壁がそこにあるだけ。俺は何度も壁を叩くが、状況は何一つ変わらない。
「確かにここのはずだ。絶対にここから俺は降りて──うぐわッ?!!」
背後から衣服を掴まれ、俺は後方へ仰向けに倒れる。その上に圧し掛かってきたのは、顔に銀の鐘をはめ込まれた人間。
「や、やめろッ! 離せ、離せよぉッ!!」
集まってきたシスターたちが俺の両手足を掴むと、凄まじい力で押さえ込む。俺に近づけてくるのは人間
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「何なんだよお前らはぁ……ッ!?」
レコードを持ったシスターが周囲に立つ。重複しながら流れる文言のせいで、俺の叫びは誰にも届かない。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
狂ったサイレンの音が、不規則な鐘の音が、女性の金切り声が……頭の中に流れ込み、激しい頭痛に襲われる。必死に暴れ回るが何の意味もない。
『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』『死者の我らに呪印を与えたまえ』
グルグルと頭が混乱する。頭痛がより酷くなる。イカれてしまいそうになりながら、俺は揺らぐ意識の中で、
「やめろッ……やめろぉおぉおおぉおおぉッ!!!」
腹の底からそう叫んだ。
「──あれ?」
が、気が付くと俺はベッドで起き上がっていた。外では小鳥がチュンチュンと囀り、朝日が銀の鐘を照らす。
「はぁ……何だよ、ただの夢か」
気分が悪い悪夢だった。俺は重い溜息をつきながらアランさんたちへ視線を移す。既に起床済みのようでベッドの上には誰もいない。
「俺、疲れてんのかな……」
何とも言えない倦怠感とメンタルへのダメージ。この二つを抱えながらもベッドから立ち上がり、
「よぉカイト! やっと起きたのか?」
「──は?」
声をかけてきた人物に自分の目を疑った。アランさんでもノーマンさんでもティムでもない。部屋に姿を見せたのはいつも陽気で、いつもポジティブに考える──本試験で殺されたはずの
「あっはは、なんだよその顔? お前って寝起きは悪い方だったか?」
「圭太……なんで、なんでいるんだよ?」
「はぁ? 何言ってんだよお前?」
「だって、だってお前はもう──」
「どうしたの? 妙に騒がしいわね」
聞き覚えのある女性の声。見たことのある顔。胸にある銀の十字架。俺はその女性を見て、目を見開きながら口をもごもごと動かしこう呟いた。
「シ、シビルさん……?」
「あなた、悪い夢でも見たの?」
シビル・アストレアさん。ドレイク家の派遣任務で俺なんかを庇ってくれた命の恩人。俺たちはきちんと埋葬したはずだった。でもどうしてか俺の前にいる。
「おいおい! みっともない顔をすんなよ坊主!」
「レ、レイモンドさんも……?」
シビルさんの後にレイモンドさんまで部屋に姿を見せた。死んだはずの三人が、確かに俺の目の前で立っているんだ。
「こんなにいい天気だし……少し外の空気でも吸ってきたら?」
「ははっ、なんなら俺が付き添ってやろうかカイト──」
「なんで生きてるんだよ!?」
からかってくるイブキの言葉を遮って俺は声を荒げる。
「坊主、んな失礼なことを言うんじゃ──」
「だって死んだはずだろ!? 俺は知ってるんだよ! 三人とも、みんな死んでるって!」
困った様子で三人は顔を見合わせた。俺がおかしいのか、なんて一切考えない。死んだ人間は二度と生き返らないんだから。
「呆れた……あなたは何を言ってるの?」
「……えっ?」
「ほんとにな! よく考えてみろカイト、お前がいるここはさぁ──」
三人の顔が真顔に変わる。部屋に置かれていたレコードが勝手に起動し始め、あの文言を何度も繰り返し、
「「「──
「う、うぁあぁあぁぁあああぁッ!?!」
三人の顔が一気に腐敗し、面影の残らない顔に変貌した。サイレンの音、不規則な鐘の音、女性の金切り声、それらが一斉に襲い掛かった。
「はぁはぁ……ッ!!」
瞬間、俺はまたベッドの上で起き上がる。また悪夢だった。その事実に安堵しながらも辺りを見渡すと、
「……何だその顔は?」
「ア、アレクシア……? なんでここに?」
「お前を起こせと命令された」
すぐ隣でアレクシアが俺の顔を見つめていた。顔は切り取られていない。いつもの無表情な顔がそこにある。
「そうだ、一応確認したいんだけどさ……。イブキやシビルさんは、もう死んでるんだよな?」
「……何を言っている?」
「えっ?」
「お前の目の前で死んだだろう」
「だ、だよな……! 安心することじゃないけど、安心したよ──うおっ!?」
突然俺のことを抱き寄せてくるアレクシア。顔に触れた艶やかな青髪から少しだけ良い香りがしてくる。
「……不安なら私にしっかりと話せ。私はお前のパートナーだろう?」
「あ、あぁ……そう、だけど……」
「私はお前のことを信じている。だからお前も私のことを信じろ。何かあったら頼れ」
「お、おう……」
急に優しく接してくるため俺は何とも言えない気分でそう返答した。アレクシアがこんなことを言うなんて、夢でも見ているのかと錯覚し──
「……お前、アレクシアじゃないだろ」
「何を言っている?」
「アレクシアは、そんなことは言わない。俺を、信じることもしない。誰なんだよお前は?」
こいつはアレクシアじゃない。そう気が付いた瞬間、部屋に置かれているレコードが勝手に起動する。流れるのはまたあの文言。
「──あぁ鐘の音よ」
徐々に近づいてくるあの音と共に、アレクシアの皮を被ったナニカが一言呟く。俺は体の隅々まで浸透する寒気で身震いをした。
「生者の我らに祝印を与えたまえ」
「覚めてくれ……早く、覚めてくれ……ッ!!」
「死者の我らに──」
これは悪夢だ。また悪夢を見ている。必死にそう念じ続ける俺にアレクシアは顔を見せようと、どんどん顔の距離が離れていく。
「──呪印を与えたまえ」
「覚めろッ、覚めろぉおぉおぉぉッ!!!」
脳内に入り込んでくる鐘の音。アレクシアの顔にはめ込まれた銀の鐘。飛び散る血肉とレコードの声。頭が割れそうな感覚に、俺は早く目を覚ませと強く叫び、
「起きろ」
「……ッ!」
そしてまたベッドの上で起き上がる。隣には不機嫌な顔をしたアレクシア。俺はすぐさまアレクシアの両頬を両手で摘まんだ。
「これは夢……夢じゃないよな!?」
「……寝ぼけふぇいるのか?」
「なぁ答えてくれ! これは現実だよな?!」
「はなふぇ」
「うっぶぉっ?!!」
手の甲で頬を引っ叩かれ、じんと来る痛みに頬を右手で押さえる。アレクシアは立ち上がると、俺を軽蔑するような視線を送ってきた。
「……起こせと命令され来てみれば、下らん寝言を喚くとはな。もうしばらく眠っていろ。お前はこの町に置いていく」
「ご、ごめん! すぐに準備するから置いていくのだけは──」
「なら朝食は無しだ。出発まで時間はない」
見ている世界は本当に現実。俺はあの恐ろしい悪夢をアレクシアに話そうか迷い、しばらく俯いてしまう。
「何をぼーっとしている?」
「え? あ、あぁ……な、何でもない!」
「……そうか」
さっき見たのはただの悪夢で、現実で起きたことじゃない。俺はそう割り切って着替えを始めたけど、
「……」
アレクシアは俺を不審に思っているように見えた。