「ぷぷっ、聞きましたよキリサメ氏……! お寝坊さんして、アラン氏に怒られちゃったんですよね?」
「はい、まぁ、そうっす……」
「むふー、だらしないですなぁキリサメ氏は……。私のようにメリハリをつけないとバッテンのバッテンマルですよ!」
亡者たちの住処とされる腐蝕の楽園まで突き進む馬車内。朝から騒々しいララに絡まれるキリサメ。私はその光景を横目で眺めつつ、ルーナ班から支給された武装の確認をする。
(武装はどれも最新式のα型……。情報は行き届いていないが、武装は常に補給されているわけか)
昨日会話をした際に、ティムは
「ララ、メリハリをつけるべきは君の方ではありませんか?」
「ありゃっ、冗談を言うなら面白い冗談だけにしてくださいよアラン氏。私はメリハリをつける達人ですよ?」
「はっはっはっ、面白い冗談を言うじゃないかララ」
「むむっ、ノーマン氏!? その返答は利敵行為になりますぞ!?」
馬車の御者を務めるアランと索敵をするために別の馬に騎乗するノーマン。二人に異論を唱えようと馬車の窓からララは顔を覗かせる。
「俺もお前も寝坊ぐらい一度はしたことあるんだ。そんな咎める必要ないだろ?」
「甘いですなノーマン氏! 私は夢の中でも任務遂行をして──」
「ですが寝坊など言語道断。カイト・キリサメ君、今回は注意喚起だけで済ましますが……次からはティア様に報告しますからね」
「は、はい。ほんとすいませんでした……」
キリサメはアランに改めて忠告をされ、肩を落としながら項垂れた。私は別の馬に騎乗しながら索敵をするルーナへ窓越しに視線を移す。
「アランはああ言っているがそこまで気にしなくてもいいぞ坊主。お前が何かしくじっても俺らでケツを拭くからよ」
「おぉっ、広い懐をお持ちですねノーマン氏! ドレイク家の領土よりも広く寛大で……こうぽわわーんとする春の訪れを感じますな──」
「あ、ありがとうございます。ノーマンさんは優しいんですね……」
「いいや、俺が優しいんじゃない。ルーナ班にはそういう決まりがあんだ。『班員の失態はルーナ班の失態。班員の功績はそいつ自身の功績。ルーナ班は常に一つであること』ってな」
ルーナ班の規則やらを説明するノーマン。その話を聞かされたキリサメは顔を上げ、ノーマンと視線を交わす。
「私たちは一心同体! 要するにファミリーですよ、エンジェルファミリア──」
「そうだろ、ルーナ姉さん」
「はれ? 私、ムッシーされてます?」
惚けたように首を傾げるララを無視しつつ、ノーマンはそう声をかけると、ルーナは無言で頷いた。私は武装確認を終え、会話に耳を傾けながら目を瞑る。
「えっと、ルーナさんがその決まりを作ったんですか?」
「そう。決まりが必要になったから、ちゃんと考えた」
「必要になったっていうのは?」
「……前に、色々あったから」
ルーナは思いつめた表情で空を見上げる。触れてはならない話題だった、とキリサメは「そ、そうだったんですね」と気まずそうに相槌を打った。
「ズルい、ズルい、ズルズルです!! 私も会話に混ぜてくださいよ!」
「ちょっ、ララさん……!? 距離が近いです!!」
ララは頬を膨らませながら駄々をこね、鼻先が触れ合う距離まで顔を近づける。キリサメはやや頬を赤くしつつも、すぐさま顔を引き離した。
「まぁ考えてもみりゃあ、坊主が寝坊したのはララの相手をしていたことが原因かもしれないな」
「はぁ、その推測を否定できないのがララの恐ろしいところです」
「えっへへ……私を褒めてもクッキーぐらいしか出ませんよ?」
「逆になんでクッキーを持ってるんすか……?」
ララは制服の
「ありゃっ、私の分がないですね」
「あの、俺は大丈夫なんで返しますよ」
「ふっふっふ……安心しなされキリサメ氏! 私はクッキーをドババーンッと増やす魔法の呪文を知っています!」
自信に満ちた様子でキリサメのクッキーを奪い取ると、布に包んでから衣嚢へとしまった。
「お姉ちゃんに教えてもらった魔法の呪文です! とくとご覧あれ!」
恐らくララの姉はCクラスを担当していたポーラ・エンジェル。私がそんなことを考えていれば、ララは衣嚢に納められたクッキー目掛けて、
「ポケットを叩くと~♪ クッキーが二つ~♪」
「は?」
「ふんすっ!」
右手を振り下ろし力強く叩いた。キリサメは理解の及ばないその行動に唖然としてしまう。アランたちは「またこれか」と呆れている。
「じゃじゃーん、驚きましたかな? ご覧の通り、クッキーが二つに
「増えたというより二つに割れただけ……っていうか二つどころか木っ端微塵なんですけど──」
「おぉっ、これは喜ばしい事態ですぞキリサメ氏! 呪文が暴走してクッキーを尋常たる数にババーンッと増やしてしまいました!」
調子に乗って口走っているわけではない。この女は本当にクッキーの数が増えたと信じ込んでいる。その証拠に瞳を輝かせながら、手元にあるクッキーの残骸を見つめていた。
「さぁどうぞキリサメ氏。今ならクッキー食べ放題ですよ?」
「あー……いや、俺は別にいいかなーって」
「ふっふっふ、数が減ったらまた呪文で増やすだけなのでご安心を──」
「止まって」
キリサメとララの会話を遮り馬車を停止させるルーナの声。窓越しに映ったルーナの顔は変わらぬ無表情。しかし僅かに警戒心が込められている。
「どうかされましたルーナ様?」
「……変な感じがする」
「変、というのは?」
「
ムカムカではなくボヤボヤ。その話を耳にして脳裏に過るのは、私の正体に気が付いていたと暴露するナタリア・レインズ。
『私、吸血鬼を前にすると変に
どうやらその感覚はレインズ家共通の体質らしい。カムパナ曰く、腐蝕の楽園は亡者の住処。ムカムカが吸血鬼だとすれば、ボヤボヤというのは亡者のことを指しているのだろうか。
「アラン、腐蝕の楽園まで大分近い。馬車で移動するのは危険だ」
「……そうですね。ではここからは徒歩に切り替えます。各自、武装を整えて下さい」
「ほいほいさー! よーし、がんばるぞぉー!」
アランにそう指示を与えられ、張り切りながら馬車から降りるララ。私は腐蝕の楽園があるとされる方角を凝視する。
「T機関の君らは最後尾を歩くようにしてください」
「何故だ?」
「R機関は前衛、O機関は後衛、それ以外の機関は最後尾。他機関と班を組む時は、このように陣形を組む必要があります。機関ごとに立ち位置と役割を指導されるはずですが……知らないのですか?」
「そんな規則は知らん。『教育不足だ』とあの狐の女に苦情を出しておけ」
前衛はアラン、ティムの二人。後衛はララとノーマンの二人。しかしルーナは私たちの背後で歩く、つまりは最後尾。この隊列で目的地である腐蝕の楽園まで歩き出す。
「……? アーちゃんどうしたの?」
「なぜお前は最後尾にいる? R機関は前を歩くように言われているはずだ」
R機関に所属しているというのに最後尾を歩くルーナ。私は懐疑心を抱きながらそう尋ねる。
「……ここが、安心するから」
「安心だと?」
「一番後ろはルーナ班全員が見える。だから安心するの」
背後を取られたくないのか、過去に何かあったのか。私は納得がいかない顔で「そうか」と答え、ルーナから視線を逸らす。
「あの、ノーマンさん」
「ん、何だ坊主?」
「荷物運ぶの……俺が少し手伝いましょうか?」
「心配すんな。これぐらい日常茶飯事のことだからな」
少し前を歩くのはノーマン。武装などが詰め込まれた背嚢を背負い、両手には重量のある黒の鞄を持って歩いている。キリサメが手を貸そうかと声をかけるが「大丈夫だ」と即答した。
「えっ、こういうの慣れてるんですか?」
「そりゃあな。O機関は物資の補給班も務めないといけない。O機関が『銃を撃つだけの機関』だと思い込んでるやつもいるが……六割ぐらいはこういう荷物持ちが基本だ」
「おぉっ、これは素晴らしい花ですな。乾いた大地に咲き誇る一凛の花は、まるで殺伐とした戦場に君臨する私のよう──」
「ならこの女は職務放棄か」
ノーマンに比べ、ララの両手は空いている。おまけに任務というより散歩気分でルーナの後を歩く始末。
「ララが手ぶらなのは……まぁ近いうちに分かるぞ」
「そうか」
「はれ? もしかして、私のことをヒソヒソ話してました!? いやぁ、若人のお二人に陰口を叩かれるとは少し照れますなぁ!」
「ほ、ほんと前向きっすね……色んな方面で」
私とキリサメの間に割り込むと交互に顔を見つめてくるララ。飼い主に呼ばれた犬のような仕草に、私は呆れながら視線を逸らす。
「ララ、陣形を崩さないで下さい! 君の位置はノーマンの隣です!」
「はぁ~、何も分かっていませんなぁアラン氏。私はガチガチに緊張する若人たちを和ませているのですぞ。気配りできないカッチンカッチンのアラン氏とは違って」
「はい? これでも気に掛けているつもりですが?」
「アランさん、陣形もっと崩れたっす」
ティムの言及にアランは「す、すいません」と謝罪をし、ララを睨みつけてから所定の位置に戻った。ララはその姿をニヤニヤしながら眺める。
「うーっ、何だかクッサクなってきましたぞ……?」
「この臭いは……なに?」
しばらく歩いていれば前方から、刺激臭に近い異臭が漂ってくる。アランたちはすぐに口元を押さえながら顔をしかめた。
「ルーナ様、ここは一度退くべきです。毒素が含まれている可能性も──」
「いや、毒素は含まれていない」
「……なぜそう言い切れるのですか?」
「この臭いは人間の体内ガスだ。それも腐敗した死体からよく放出される類のな。過去に何度か嗅いだことがある」
私の意見を聞いたアランはしばらく考える素振りを見せる。対してルーナは細目で進行先を凝視するだけ。
「毒素がないにしてもヒドイ臭いです。ノーマン、念のためにアレを着けていきましょう」
「了解だ。ほら、全員これを使え」
ノーマンから手渡されたのはろ過式の呼吸用保護具。私たちは口と鼻を覆うようにして保護具を付ける。
「……用意がいいな」
「二か月ほど前にA機関から支給されました」
「支給されただと?」
「なんでも原罪の一匹が毒をばら撒くため、その対策として
その一匹は恐らく
『空気内で分散するほど細かい粒で、一粒吸い込むだけでも繁殖に必要な細胞を死滅させる。この粉末はとんでもない毒薬……いえ、人間の繁殖を衰退させるためだけに作られた化学兵器』
医療室で聞いたエイダの説明を思い出す。どうやらあの一件からA機関は対応策として、このようなマスクを水面下で開発していたらしい。
「では進みますよ。各自、警戒を怠らないように」
「ほいほいさー!」
腐蝕の楽園までの距離は景色の変わりようで
「腐蝕の楽園について何か心当たりはないのか? 眷属の可能性は──」
「……」
「……おい」
「へっ? あ、あぁごめん、何だった?」
呼びかけに応答しないキリサメ。私が脇腹を肘で突くと我に返った様子で、頬を引きつりながらこちらを見てくる。
「亡者の住処とされる腐蝕の楽園。眷属の可能性はないのかと聞いている」
「あ、あぁー……今のところ関連性はないと思うぜ」
「……そうか」
この男は朝からどうも様子がおかしい。私の顔を摘まんだかと思えば、ここが現実なのかと確認してきた。私は何があったのかを問おうと、再び口を開こうとし、
「静かに」
ルーナの一言にゆっくりと口を閉ざした。耳を澄ましてみれば私たちの呼吸音とは別に、肉を引きずる不快な音が前方から聞こえてくる。
「うむむっ、この音は何ですかね?」
「さぁな。けど、大体こういう時はどうせロクなことが起きない」
「ノーマン氏ったら、またまたご冗談を──」
「ア"ヴア"ア"ァ"ア"ァァア"ーーッ!!」
そして周囲に響き渡るのはララの声量を上回る雄叫び。私たちの視線は不快な音の方角へ自然と集う。
「ア"ヴア"ァア"ァア"ッ!!」
「ア"ヴア"ァア"……ッ!!」
「何すか、アレ……?」
ティムは自身の目を疑いながら思わず声を漏らす。他の者たちもその光景に唖然としていた。
「あの
腐り果てた黒色の肉体にドロドロとした紅色の皮膚がこびりつき、ひたすらに雄叫びを上げる亡者。その中心に蠢いているのは亡者たちが混合した三メートル、四メートルほどの肉塊。
「……腐蝕の根源は、多分あの大きいやつだと思う」
肉塊から飛び出ているのは亡者の頭。底に生えているのは無数の腐った腕。地面を這いずりながら、こちらへと徐々に近づいてくる。
「亡者の塊が向かう方角はネクロポリス。更に通り道の腐蝕化が進んでいるとなれば……ルーナ様のその推理は間違っていないかと」
「しっかし驚いたな。腐蝕の楽園がまんま動いているなんて」
「うーむ、そうですね。肉団子さんをキモカワに分別するのは難しそうです」
「ララ先輩、少しは空気読んでもらっていいすか?」
アランたちを他所にルーナは最前線へ移動し、迫ってくる亡者たちと向かい合う。相も変わらず気の抜けた表情をしていたが、
「目標はあの大きいやつ。アレをルーナ班全員で──」
右手を振り払うと同時にアランたちを左右に広がる扇状の陣形へと配列させ、
「──ぶっ殺っ……がす」
乱暴な言葉遣いを抑えながらその青色の瞳に静かなる闘志を宿した。