「あれは……」
私とキリサメが元の場所へ戻ってくると、加護を解除したルーナが神妙な面持ちでうずくまっている亡者を眺めていた。
「ア"ッア"ァア"ァア"ァァア"……ッ」
「……様子が変」
亡者たちは襲い掛かっては来ず、亡者の塊だった残骸へと近づき、四つん這いになって叫び声を上げるだけ。不気味な行動にルーナはその光景を静かに見つめる。
「これは何が起きているのですか? 亡者たちが再生しただけではなく、襲い掛かっても来ないなんて……」
アランはルーナの隣に立ち、同じように亡者たちを見つめる。その言葉にしばし沈黙が続いたため、私は亡者の塊だった氷片を一つずつ観察した。
「やはり銀が含まれている、か……」
単独で行動を起こした亡者が持っていた氷片。それと同じように銀の欠片が煌めいている。私はとある憶測が脳内を過り、周囲でうずくまる亡者を見渡した。
「まさか……」
「アーちゃん、何か分かったの……?」
「あぁ、あくまでも仮説にすぎんがな」
「ではその仮説を聞かせてください。ティア様が派遣したあなたの推理能力、ここで拝見させて頂きます」
妙に圧力を掛けてくるアラン。私は特に言葉を返さず、拾い上げた氷片をルーナたちへ黙って見せ、自身の仮説をこう語った。
「……あの亡者の塊は、別の目的があったのかもしれん」
「別の目的……? それは『腐蝕を侵攻させることが目的じゃない』って言いたいんすか?」
「あぁ、目的は恐らく……亡者の塊に詰まっていた『ナニカ』をネクロポリスまで運搬することだろう」
銀の欠片が光に反射して煌めく氷片。ルーナたちへ混合した金属を確認させると、うずくまっている亡者たちに視線を向ける。
「亡者共はその『ナニカ』を守ろうとしていた。だが跡形もなく破壊され、目的を果たせなくなり、この状態で嘆いている。私にはそう見えるな」
「なるほど。しかし亡者が守ろうとしていたものは何ですか?」
「そこまでは知らん。ただ『銀が素材となったナニカ』なのは明白だろう。……私の仮説はここまでだ」
私が話を終えるとアランは考える素振りを見せる。亡者たちの叫び声に包まれながら、アランの次の言葉を待っていると、
「……何がともあれ、問題となっていた腐蝕の根源は対処しました。一度ネクロポリスへ帰還し、先に報告を済ませることにします」
「アランに賛成だ。ここで考えても答えは出なさそうだしな」
「私もエンジェルくんも賛成ですぞ!」
私たちに帰還命令を下した。ノーマンとララが賛同する中、ルーナとティムは引っかかることでもあるのか、うずくまる亡者を見つめる。
「ルーナ様、それでよろしいですか?」
「……大丈夫」
ルーナの賛同を得られると各々武装を納め、馬車までの道を引き返す。その道中でララがあちらこちらへとうろついていたが、キリサメは絡まれないように視線を他所へ逸らし続けていた。
「……」
「何をしているのですか? 早く馬車に乗って下さい」
馬車の前まで到着すれば全員が呼吸保護具を取り外す。ララやティムが乗り込む中で、私は南東の方角へ顔を向け、歩みを止めた。
「……私たちT機関は
「はい? 何を言い出して……」
「どうも気掛かりなことがある。ネクロを調査すればそれが解決するかもしれん」
「容認できませんね。今回の任務は『腐蝕の根源を対処する』ことです。ネクロの調査を引き受けたわけでは──」
「行って、アーちゃん」
アランが険しい表情を浮かべながら堅苦しい返答をすると、それを遮るようにルーナが許可を出す。
「ルーナ様……お言葉ですがネクロはあの亡者たちが住まう墓地。敵の本拠地へ単騎で調査しに行かせるのはどうかと」
「私たちも行けばいい」
「最優先すべきはカムパナさんへの報告です。全員で向かうわけには……」
「行かせてやろうぜアラン」
ノーマンは馬から降りるとルーナを援護するように賛同した。ティムやララも馬車の窓から顔を覗かせている。
「ノーマンまで……」
「お前が許可を出さないのは、嬢ちゃんたちの安全を第一に考えてるからだろ? 遠回しに気遣ってんのは分かるが……ティア姉さんに鍛えられた二人を信じてやってもいいんじゃねぇか?」
「ティア様が派遣した二人の手腕を信じていないわけではありません。ですが危険が伴うのは事実です。調査するのは報告の後で問題ないと思います」
そう易々とは容認しないアラン。ノーマンはならばと言わんばかりに、馬車から顔だけ覗かせるティムの頭に手をのせる。
「だったらティムを同伴させりゃいいだろ?」
「はっ? なんで自分が?」
「俺やアランはルーナ姉さんの側近みたいなもんだ。ララは……まぁ説明しなくても分かるだろ?」
全員の注目を浴びたララは頭を左右に動かすと、妙に腹立つ顔をしつつ自信に満ちた態度を取り始めた。
「むふー、分かっていますよノーマン氏。このルーナ班にとって私は必要不可欠で、天から舞い降りたエンジェルで、とにかくキララーンとした存在ですからなぁ」
「いや、ララ先輩は面倒を見てもらう側なんで」
「むむっ!? ティム氏、それは利敵を示す発言ですぞ!?」
「ほら面倒を見てもらう側じゃないすか……」
指名されたティムは重い足取りで馬車から姿を現す。アランはノーマンとルーナに視線を送られるとため息をつき、
「……分かりました。ティムの同伴を条件にネクロの調査を容認します」
「おぉ、これは由々しき事態! あのカッチンカッチンのアラン氏が押し負けるなんて!」
「うるさいですよララ」
ネクロの調査を容認した。ノーマンは少し頬を緩ませながら、控えさせている馬の
「ネクロまでは距離があるだろ。ティム、お前は俺の馬に乗っていけ」
「……了解っす」
「じゃあ、アーちゃんはこの子に乗って──」
「ルーナ様、それだけは辞めた方がいいかと!」
「アランが正しいぜルーナ姉さん! その馬を貸すと大惨事になる……!」
ルーナも馬から降りてこちらに託そうとしてきたが、アランたちが焦燥感に駆られた様子でルーナを止めようとする。
「アーちゃんなら、多分大丈夫……」
私の前に近づいてくるのはルーナの馬。外見は漆黒の
「この馬は交配種か?」
「そう、対吸血鬼用に調教された馬。種類は中間種の
「フレデリカ……」
「……乗ってみて」
ルーナに手綱を渡されると空気が僅かに張り詰めた。アランたちが息を呑んでいる姿を横目で流しつつ、私は騎乗を試みたが、
「ヒィイィイン……ッ!!」
「アレクシア!」
狙ったかのように肉体を跳ねさせ、私を真上へ放り投げる。想定外の行動にキリサメも思わず声を上げた。
「この馬は……」
更にこちらへ尾を向け、後ろ蹴りの構えを取った。戯れるための構えではなく確実に殺そうとする構え。この肉体でもまともに受ければ軽傷では済まない。
「……
馬の後ろ蹴りを寸前で回避し、その場に着地をする。これで終わりかと思えば追い討ちをかけようと、後ろ蹴りをもう一発放ってきた。
「あれを避けましたね」
「何となく分かってはいたが……嬢ちゃんは随分と腕が立つみたいだぜ」
アランたちが手助けに入る気配はない。むしろ巻き込まれないよう、私から距離を取っていた。
「ヒィイィイィン……ッ!!」
「お前は──」
この
「──私に調教されたいのか」
そして後ろ蹴りを半身で避けた後、駻馬の背に右手を乗せた。当然のように旋回をし、今度は前脚を宙に向かって上げ踏み潰そうとしてくるが、
「……それで?」
余裕の顔で避けつつ、先ほどと同じく駻馬の背に右手を乗せる。まるで「この程度か」と言わんばかりに。
「ヒヒィイィンッ!!」
挑発されたことに憤怒した駻馬は我を忘れ、私を蹴り飛ばそうと暴れ回る。だが一発も当たらない。
「ヒュンッ! ヒュン……ッ!!」
「おぉっ! 超絶美少女ちゃんがあのフレデリカ氏の蹴りをすべて避けましたぞ!」
「やりますね、あの人」
数分の攻防の末、駻馬は落ち着きを取り戻す。私が「拍子抜けだな」と視線を逸らが、もう仕掛けてはこない。ただこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
「ヒィンン……ッ!!」
「無駄に賢い馬だ」
しかし距離を詰めた瞬間、右肩に噛みつこうする。私は両手でその口を押さえ込み、殺意が宿る駻馬の瞳を覗き込んだ。
「これだけは言っておく。私がお前を信頼することはない。お前もそういう性分だろう?」
「フゥーッ、フゥーッ……!!」
「私とお前はあくまでも騎手と
鼻息を荒げている駻馬にそう説明すると、少しずつ噛みつこうとしていた口が閉じていく。
「お前が従順にするなら対価は払う。もし自由になりたければ私を殺せばいい。だが私はお前に何をされようが手は出さん。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「フゥー……ッ」
大人しくなった駻馬。その瞳から殺意は消え去っているため、持ち掛けた取引を了承したらしい。私は手綱を握りながら騎乗を試みる。
「おいおい、あの暴れ馬がルーナ姉さん以外を乗せてるぜ?」
「これは、驚きましたね……」
「……アーちゃん、さすが」
「何が『ルーナ班は常に一つ』だ?
私が苦言を呈するとアランたちはバツが悪そうに視線を逸らす。返答がないのを見兼ねたルーナは、代わりにこう説明した。
「フレデリカに乗れたのは、アーちゃんで二人目」
「……私が二人目?」
「この子は乗せる騎手が自分に相応しいのかを最初に試す。けどその試し方が乱暴。殺すつもりで襲ってくる」
ルーナがフレデリカの顔を撫でるが反抗心は見せない。つまりこの
「その時に叩いたりしたらダメ。逃げてもダメ。吹っ飛ばされてもダメ。私たちが手を貸してもダメ」
「ならお前はどう手懐けた?」
「アーちゃんは全部避けてたけど……私は全部受け止めたから」
「……そうか」
気性難とされる馬の蹴りをすべて受け止めるなど馬鹿げている。だが動術の一つである受動を多用したとなれば話は別だ。更にこの女がレインズ家の血筋を継いでいるともなれば、受け止めたという話は真実なのだろう。
「これも持ってって」
「何だこの袋は?」
「この子の好物の林檎と蜂蜜が入ってる。食べさせる時は林檎に蜂蜜をかけてあげて」
絹袋に詰められていたのは数個の林檎と蜂蜜が注がれた容器。私はルーナから絹袋を受け取ると腰に結んでおく。
「あんたはこっちに乗ってください」
「えっ?」
「馬の数は二頭しかいないんす。そっちの暴れ馬に乗りたいんなら構わないっすけど」
「ははっ、俺はティムの方に乗せてもおうかなぁ……」
私たち三人分の食料をノーマンがフレデリカの背に乗せ、キリサメが不器用にティムの馬へ乗れば、アランが一枚の地図を渡してきた。
「ここからネクロまでは多く見積もって数時間はかかります。ネクロからネクロポリスまでは推定一日です。僕らはネクロポリスに滞在しますので、調査が終了次第、早急に帰還をするように」
「あぁ」
私はフレデリカの手綱を引き南東の方角を向いた瞬間、両脚で腹部を圧迫し前進させる。後方でルーナたちに見送られながら、私たちは森林を駆け抜けた。するとティムが私の横に並んでくる。
「意外だったっすね」
「何がだ?」
「あんたがその暴れ馬に手を出さなかったことっすよ。てっきり蹴りを入れたりするかと思ったんで」
視線を移したのは疾風のごとく木々の間を駆け抜けるフレデリカの長い鬣。私はしばらく口を閉ざしてから、
「……この世界は人間の為になるなら動物を殺すことが罪ではない。人の役に立つからと殺されるが、役に立たなくてもやはり殺される。そんな理不尽な扱いを受けている哀れな
「……」
「人間は動物を下に見ているが、その下がいなければ私たちはここにいない。それが手を出さんワケだ。このワケを慈悲と取るか、それとも敬意と取るか……その判断は勝手にしろ」
「なんか難しいこと考えてるんすね、あんた……」
正しい理由になっているか曖昧な返答をした。ティムは頬を引き攣っているが、キリサメは少しだけ微笑んでいる。
「だが吸血鬼共の肩を持ち、向かってくる動物なら話は別だ。一度でも魂を売れば情けを与えるつもりはない」
「……見るからに付き合いがめんどそうなのに、よく一緒に行動できるっすね」
「ははっ、まぁ慣れればそんな気にならないっていうか……」
私がティムに悪態をつかれると苦笑しながらそう答えるキリサメ。手間がかかるため、私は言葉を返さずそのまま無視し、目指すべきネクロの方角を見据えた。