「……ここがネクロか」
「思ったよりも早く着いたみたいっすね」
「いや、もう日が暮れそうだけど……?」
亡者共の墓地とされる
「暗いな」
「そうっすね。朝になるまでここでキャンプします?」
「時間が惜しい。朝になる前にこの墓地を調査し終える」
「こ、この中を進むのかぁ……」
頬を引き攣るキリサメを横目に、私はランタンの灯りで周囲を照らしながら墓地門を通過した。季節は真夏の手前だというのに、冷たい突風が墓地の奥から吹いてくる。
「そういえば聞いていなかったんすけど、何でネクロを調べようと思ったんすか?」
「後を追った亡者の一匹がネクロの方角を指差し、私に何かを訴えかけてきた。それが思い立ったきっかけだ」
「は? 何言ってんすか? それ多分命乞いっすよ」
私の返答を耳にしたティムは目を丸くしながらこちらを見つめてくる。その顔は「アホなのか」という呆れも含まれていた。
「仮に命乞いだとしてだ。なぜネクロとは真逆のネクロポリスへと逃げた? 命が惜しいのならネクロに逃げ帰るのが
「方角がわかんなくなったんすよ。亡者の中にも眼球ないやつがいたんで」
「その亡者には眼球が二つあった。そもそも眼球がない亡者でも、あの
「把握できてたのは音っすよ。耳は腐れ落ちても鼓膜が残っていればそれぐらい──」
「お、俺はどっちも鋭い考察だと思うなぁ! けど今はそういう話じゃなくてさ! 盛り上がるような談笑でもして仲良くしようぜ、なっ?」
私とティムの会話が口論へ進展していけば、それを仲裁するようにキリサメが割って入ってくる。しかしティムは口を閉ざすことなく、付け加えるように私へこう述べた。
「あんたが強いのは認めます。自分じゃ歯が立たないぐらいに」
「私はルーナ班へ合流してから一度も交戦していない。何を根拠に私を認めている?」
「
「ならなぜ私に噛みついてくる? 下らん自尊心の為に優位な立場を築こうとしているのか?」
私の事がどうも気に食わない様子だ。薄暗い墓地を進みながらそのワケを尋ねてみれば、ティムはこちらへ視線を移してくる。
「そういう発言もウザいっすけど……もっとウザいのはアカデミーで妹をぶん殴ったことっすよ」
「ぶ、ぶん殴った……!?」
「……何の話だ?」
「覚えてないんすか? 実習訓練前に女子寮で候補生の女の子をぶん殴ったこと。妹の名前は
ティムの発言にキリサメが顔を真っ青にさせるが、私は心当たりがないため、眉間にしわを寄せながら小首を傾げた。
『は? あんた、どんな立場なのか分かってる? 私は貴族の娘なの。親に一言でもあんたのことを告げ口すれば、このアカデミーから退学させることも──』
『そうか』
しかし過去の記憶を遡ってみれば、ある光景が薄っすらと浮かんでくる。その光景は流暢に喋り続ける貴族の女に、胸倉を掴まれている場面。アリス・イザードの面倒ごとに巻き込まれた時だ。
『なら失せろ』
『──うごぉッ!?!』
女子寮で顔面に拳を叩き込んだのはあの瞬間だけ。私はふと思い出し、ティムの横顔にあの女の面影があることに気が付く。アカデミーを退学させる権力を持っていたのも、親がAクラスの教師である
「あ、あのさ、何かの間違いじゃないか? こいつは確かに暴力的だけど、そんな手当たり次第にぶん殴るなんて──」
「お前はあの女の兄妹か」
「いや、マジでぶん殴ったのか……!?」
一人で声を荒げているキリサメを他所に、ティムは「やっぱり」と呟きながら私を睨みつけてきた。
「妹から聞いたんすよ。『この私を殴ったのは
「そうか」
「ぶん殴った理由も『顔が気に食わないから』とか。どういう性格してんすか? 自分、妹に謝罪の一つぐらいして貰わないと納得いかないっす」
あの女は嘘の情報をティムに伝えているらしい。アリス・イザードを虐げていたあの時は裏の顔。普段は従順で良識のある妹を演じているのだろう。
「待ってくれティム。そんな理由で手は出さないと思う」
「……言い切れる理由がなんかあるんすか?」
「傍で見てきたからさ、何となく分かるんだ。アレクシアが手を出すときは余程の理由があるときだけって」
「じゃあ何すか? あんたはこの人を信じるってことっすか?」
「あぁ信じるよ。ティムが自分の妹を信じるみたいにさ」
キリサメが必死に私を擁護すると、ティムは真実を話すようこちらへ視線を送ってくる。私は湿り気のある土を踏みしめながら溜め息をついた。
「あの女は女子寮でアリス・イザードを虐げていた。部屋の前でああも騒がれては眠れん。気は進まなかったが、私はその面倒ごとに仕方なく首を突っ込んだ」
「……虐めていた」
「その結果……あの女は下らん理由で私に矛先を変えて胸倉を掴んできた。忠告したが手を離さず、犬のように吠え続ける始末。私が手を出したのは話が通じんかったからだ」
事の
「イーナがそんな卑劣なことをするとは思えないっすけど……?」
「そうか。愉快な家族愛だな」
「……この件はグローリアに帰還してから妹に聞いてみるんで。そんときは同伴してください」
「あの女と顔を合わせる気はない。それに……」
実習訓練後の父親であるルークの死を知らず、実習訓練前の妹の情報は知っている。つまりティムは実習訓練前にアカデミーから機関に引き抜かれた人材。
「お前は無知だ」
「は? どういうことっすか?」
「帰還すれば分かる」
実習訓練後にあの女の姿もその取り巻きも見かけていない。恐らくは実習訓練で食屍鬼共の襲撃で命を落としているはずだ。
「……この辺りが墓地の中心か」
「そうっすね」
中心部まで辿り着くと私たちの視界に映ったのは、十字架と共に石の墓標が無数に並んだ庭園墓地。墓地を取り囲むように小さな鐘が糸に吊られ、微風で僅かに揺れている。
「な、なんで鐘が付いてるんだ……?」
「埋葬された死者が蘇ったことを知らせる鐘だ。糸に触れれば鐘が鳴るだろう」
「は、はははっ……し、死者が蘇るなんてありえないだろ?」
「お前は今まで何を見てきた?」
食屍鬼共や吸血鬼共とは違う怯え方をするキリサメ。ティムはキリサメの情けない姿に呆れた様子で歩みを進める。
「何をビビってんすか? 早く調査とやらを終わらせてください」
「あぁ」
「ま、待てって! 置いていくなよ!」
私は怯えているキリサメを無視して庭園墓地を調査する。盛り上がる墓標の土に、亡者たちが腐った肉体を引きずった痕跡。亡者たちはこの墓地から侵攻を開始している。
「……妙だ」
「何がおかしいんすか?」
「この墓地には食屍鬼共や吸血鬼共の痕跡がない。カムパナとやらは吸血鬼共が亡者を利用したと述べていた。だが首謀者の痕跡が一切見つからず、見張りの一匹すら見つからない。これはどういうことだ?」
調べれば調べるほど『亡者共への疑念』と『カムパナへの不信感』が増すばかり。私はふと視線を逸らした先に廃れた小屋があることに気が付く。
「次はあの小屋を調べる」
「げっ、ほんとに行くのかよ……?」
「あんた、どんだけビビりなんすか……」
室内へ足を踏み入れると
「この物置、長い間使われてないらしいっすね」
「……これは」
「何か見つけたんっすか?」
「縄の上に
麻縄の上に乗せられていたのは紙が傷んでいる手記。私が拾い上げ中身に目を通すと、ティムとキリサメも覗き込んでくる。
『──私たちは呪われた』
目に入ったのは大きく殴り書きされたその一文。私たちの表情は険しいものへと変化していく。
『私たちが呪われたのはあの女のせいだ。カムパナと名乗る女。永鐘教という宗教を広めた女。あの女が呪印の種を私たちに植え付けた。死を迎えられぬ──恐ろしい呪印を』
「……呪印?」
『生者に祝印を与える銀の鐘。生者の町には祝印を与えられる権利がある。祝印は吸血鬼を遠ざける力があると。……あの女の言葉を信じた私たちが愚かだったのだ』
私はページを捲りながら殴り書きされた文に目を通す。ティムは静かに黙読していたが、キリサメの表情はやや焦燥感に駆られているようだった。
『蓋を開けてみれば祝印など存在しない。あの女は私たちを騙していたのだ。本来の目的は生者に祝印を与えるのではなく、死者に呪印を与えることだった。不老不死の、吸血鬼をも超える肉体を手に入れようとしていたのだ』
「吸血鬼を超える肉体だと……?」
『あの女は銀の鐘を私たちに作らせた後、私たち男を皆殺しに、私の妻や女たちは自分の手下に変えた。そして私たちは気が付けば、この墓地で亡者となっていたのだ』
黒ずんだ血液がこびりついたページ。私は自我がある状態で書いたのだと理解しつつ、次のページへと捲った。
『亡者となった私たちは死ぬことができなかった。首を吊っても、ナイフで首を落としても、この肉体に終焉が訪れることはない。私たちは、あの女に呪印を与えられたのだ』
「……死ぬことができない、か」
ルーナに肉体を凍らされようが、心臓に杭を突き刺そうが始末できなかった理由。私は呪印が原因だったのかと納得する。
『私たちはカムパナへの復讐を企てた。亡者の群れで町へ襲撃し、カムパナを殺そうと。……けどそれは叶わなかった。カムパナは既に不老不死の、吸血鬼を超える肉体を手に入れていたのだ。私たちの力では、遠く及ばなかった』
「おかしいっすね。この話が本当なら自分たちに亡者の相手をさせる必要なんてなかったはずっす。カムパナって人がいれば対処できたんじゃ……」
「……どうやらそうでもないらしい」
眉間にしわを寄せるティムに次のページを見せた。そこに書かれていた文を読んだティムとキリサメは目を丸くする。
『だがカムパナにも恐れるものがある。それは呪印を解く──四つ目の銀の鐘』
「四つ目の鐘っすか……?」
『生前、私たちはカムパナに与えられた指示通り、町の中に
何かを察したティムとキリサメ。私は無言で隣のページに書かれた文へ視線を移した。
『きっと呪印に悪い影響を及ぼすからこそカムパナは焦っていたのだ。だから私たちは、四つ目の銀の鐘を一から作り上げ、あの町へ運ぶことにした。勘付かれないように、私たち亡者の肉体で覆いながら。銀の鐘は、私たちにとって最後の希望だ』
「う、嘘だろ? じゃあ、俺たちがあの時破壊した亡者の塊って……!」
「十中八九、四つ目の銀の鐘っすね。解放するために必要なカギだったってことっすよ」
氷片に混ざっていた銀の欠片、あれは銀の鐘の一部。カムパナは呪印を解かれることを恐れた。だからこそ私たちを利用し、銀の鐘を粉々にさせたのだろう。
「……ってことはまずいっすね。ララ先輩たちが危険っすよ」
「そうだな! ネクロポリスまで早く行かないと……!」
私は手記を懐に仕舞い、ティムとキリサメと共に小屋を後にした。庭園墓地を駆け抜け、そのまま墓地門まで向かおうとしたが、
「止まれ」
墓地門の方角から嫌なものを察知し、キリサメとティムの肩を掴んで引き留める。
「どうしたんすか?」
「……何かが向かってくる」
太陽はとうに沈んでしまい、庭園墓地は暗闇に包み込まれた。凍えるような冷風が頬をなぞると、ランタンの灯りが一瞬消えかける。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「……!」
「この声は何すかね……?」
耳を澄ますと聞こえてきたのは女性の声。音盤で流しているのか、プツプツとノイズのような雑音も入り混じっている。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「う、嘘だ……あ、あれは夢なんだろ……? げ、現実で起きたわけじゃ……」
「どうした?」
「これも夢? 夢なのか?」
キリサメは女性の声を耳にすると一歩ずつ後退りをした。私は腰のホルスターからディスラプターαを引き抜き、墓地門の方角へ片手で構える。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「ははっ、夢だよな? だって本当に実在するわけが──」
「落ち着け」
「うぐっ……!?」
私はぶつぶつと独り言を呟くキリサメの腹部を、銃に装填された弾倉の底で殴打する。その衝撃でキリサメ胸元からスマホが落下した。
「心当たりでもあるのか?」
「い、いや……た、ただの夢だから……」
「答えろ」
「……ゆ、夢で見たんだよ。夜中に鐘の教会まで行ったら地下室があってさ。そこには無数の呼び鈴と、床についた扉があって……その扉の向こうにはシスターが、切り取られた顔に鐘を埋め込まれたシスターがいて……」
今朝から様子がおかしかったのは悪夢を見たから。私は無言でその話に耳を傾けていると、キリサメが頬を引き攣りながら無理やり笑う。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「で、でも夢だったからさ。別にこの声と何も関係な──」
「……? どうした?」
否定しながら落ちているスマホへ視線を移し、キリサメは言葉を止めた。私は何を見たのかと、同じようにスマホの画面を横目で確認する。
「その写真は、何だ?」
写っていたのはシスターの姿。それも顔に銀の鐘が埋め込まれている。その修道女が画面の向こうから私たちを意識すると、
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「あの時に、撮った写真……?」
「あの時だと?」
「夢、じゃなかった……?」
画面は点滅を繰り返し、修道女はこちらに向かって一歩ずつ一歩ずつ動き始めた。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「それを止めろ」
「わ、分かってる!」
キリサメは顔を真っ青にしながらスマホを拾い上げ、横についたボタンを何度も押し込む。しかしなぜか画面は止まらない。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「止まれ、止まれよぉッ!!」
「下がれ。それを破壊す──」
私が銃口をスマホに向けた瞬間、修道女の写真は消え、画面は真っ暗に染まる。女性の声も聞こえてはこない。キリサメは安堵し、胸を撫で下ろしたが、
「あの」
「何だ?」
「……あそこにいるの、誰すか?」
ティムが目を凝らす先に誰かが立っていた。その誰かは
「…………」
静寂に包まれる最中、修道女は片手で蓄音機を操作し、はめ込まれた音盤を流し始める。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
風の吹く音も、草木の擦れる音も、呼吸音すらも聞こえない時間。庭園墓地に響き渡るのは蓄音機から流れる女性の声のみ。
『死者の我らに──』
修道女が顔を隠す布が剥がれていく。そこにあるのは人の顔ではなく、血塗れの空白に鐘が埋め込まれた頭部。私たちがその姿に呆然としていれば、
『──呪印を与えたまえ』
「キェイ"ィェィア"ァェァア"ァィア"ァア"ェエ"ァア"ァアッ!!!」
女のけたたましい金切り声と不協和音に近い警報が脳内で鳴り響いた。