ЯeinCarnation   作:酉鳥

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1:7 Tentative Test ─先行試験─

 

 朝日が昇り始め、気温が徐々に上がる時間帯。私とキリサメは家の前でシーラと向かい合う。

 

「二人とも頑張るのよ~!」

 

 私の青髪は肩に届くか届かないかの長さまで短くなり、朝方にその髪型を見たシーラは「恋でもした?」とワケの分からないことを聞いてきた。

 

「うっす! 頑張ってきます!」

 

 シーラに二人で軽く手を振り、仮試験の会場へと向かう。私たち以外にも大勢受けるようで、道中に同年代らしき者たちを何十人も見かけた。

 

「仮試験の会場はこちらです。まずは受付をお願いします」

「名前を書けばいいのか?」

「はい、名前だけで問題ありません」

 

 受付や案内をしているのは、リンカーネーションに所属している人間たち。私とキリサメは渡された用紙に名を書き記し、受付の人間に手渡した。

 

「これでいいな」

Alexia(アレクシア) Bathory(バートリ)様に、Kaito(カイト) Kirisame(キリサメ)さん……。こちらの方は珍しい名前ですね」

「あー……まぁそうっすね。よく言われます」

 

 キリサメがぎこちない返答をするが、受付の人間は何事もなく用紙を受け取り「あちらが会場となります」と案内をし、仮試験の会場へと私たちを通した。

 

「奇妙だな」

「ん、奇妙って?」

「あの受付は、お前の名を見て"珍しい名前"と言っていた。私ですら初めて目にする姓名を、初めてではなく珍しいとだ」

 

 仮試験の会場へと足を踏み入れると、そこは大勢の人間が入れるように作られたホール。私たちは案内人に「好きな場所へ座ってください」と声を掛けられ、後方寄りに座ることにした。

 

「それの何が気になるんだ?」

「つまりだ。この世界にはお前以外にも――」

「ご機嫌よう。アレクシアさんにキリサメさん」

「よっ! 元気にしてたか海斗!」

 

 背後から声を掛けてきたのはジェイニーとイブキ。キリサメは振り返って挨拶をしたが、私は口を閉ざしてただ前方を見つめていた。

 

「お隣、よろしいですか?」

「いいと、思いますけど……」

「んじゃ、隣に座らせてもらうぞ!」

 

 キリサメが横目で私の表情を窺っている間に、挟まれるような形でジェイニーたちは椅子に腰を下ろした。

 

「あらアレクシアさん。髪を短くなさったの?」

「前に切ると言っただろう。……お前は切っていないようだが」

「それも数日前に申し上げたはずですわ。私にとって髪は命です……と」

「そうか」

 

 右隣に座っているジェイニーは気に食わない振る舞いで微笑する。私はそんなジェイニーを無視し、横目で左隣に座っているキリサメの様子を窺った。

 

「実はさ、少し緊張してんだ。挑戦心を理由にこの仮試験を受けようとしたんだけど……。なんかこう、人数が多いとやっぱり緊張してきて……」

「大丈夫だって! 海斗ならこの仮試験は絶対受かる! 最初から弱気になんな!」

「そ、そうだよな! 受かるつもりで頑張らないと、そりゃあ落とされて当たり前か!」

「そうそう。俺たち二人で一緒に本試験も受けようぜ!」

 

 同じ異世界転生者のおかげか、イブキと話をしているキリサメは普段よりも明るかった。私が二人の様子を見ていれば、後方の両開きの扉が閉められ、最前線の教壇に老いた男性が立つ。

 

「諸君、初めまして。私の名前はAaron(アーロン) Hurd(ハード)だ。リンカーネーションでは"銀の十字架"を持つ」

 

 色が抜け落ちた白髪からするに年齢は五十代後半。前髪が上げられた髪型に、手入れされた顎髭(あごひげ)。注目すべきは老体とは思えない程に鍛え上げられた肉体だ。

 

「……アーロン・ハード?」 

「あら、ご存知なくて? アーロン様は銀の十字架を象徴する者の一人。このサウスアガペーを守護するために、"神の町アルケミス"から派遣された唯一無二のお方ですわよ」

「派遣されているのか」

「えぇそうですわ。遠い過去にグローリアが吸血鬼の襲撃されてから、銀の十字架を持つ方たちが、東西南北の町を守護するよう派遣されていますの」

 

 小馬鹿にするような説明を聞きながら、私は教壇の前に立つアーロンという男を観察してみる。

 

「仮試験では諸君らの『身体能力・知性・判断力』の三つを計測させてもらう。点数は百点満点。仮試験の合格点数は"七十点以上"となる。まずは知性を計測させてもらうが、何か質問等はあるかね?」

 

 その問いに対して誰も挙手はしない。アーロンは「では」と言って、最後に私たちへこう伝えた。

 

「仮試験を突破できる者が一人でも多くいることを私は祈っている。諸君らに"栄光あれ"」

 

 仮試験はこの言葉と共に始まりを告げた。最初はこの会場での知性を計測する試験。問題用紙・解答用紙・ペンを配られ、三十分という制限時間の中で問いにすべて解答しなければならない。

 

(……容易いな)

 

 知性の試験は、特別に難しい問題はない。計算能力と言語能力を確認されるだけ。一般的な教養を受けていれば、何事もなく満点は取れるだろう。 

  

「解答止め。解答用紙を回収された者はこの扉から先へ進み、次の試験である身体能力の科目を受けるように」

「海斗、どうだった?」

「んー……案外簡単だったから自信はあるな」

「だから言っただろ? お前なら受かるってな!」

 

 指示された扉を通り真っ直ぐな通路をしばらく進むと、女性と男性で区別された別れ道に到着する。

 

「紳士諸君は左の通路へ進み、淑女諸君は右の通路へ進むように。紳士諸君の付き添いは私だが、淑女諸君の付き添いは別の者が担当する」

「んじゃ、一旦ここでお別れだな」

「そうですね。イブキさん、お互いに健闘しましょう」

 

 ジェイニーとイブキは互いに言葉を交わしたが、私はキリサメと言葉を交わすことなく先に進んだ。

 

「……あいつは」

 

 辿り着いたのは脱衣所。鼻につくのはハーブの香りに近い薬品の匂い。そして部屋の中央には見覚えのある白髪の女性が立っていた。

 

「君たちがアカデミー入学を希望する候補生たちか」

 

 三年前に私を孤児院から保護したヘレン・アーネット。このグローリアを統一する皇女でもあり、吸血鬼共と最前線で戦う──この時代で最も強いとされる人間。

 

「こ、こ、皇女様……!?」

 

 ジェイニーも動揺を隠せず、思わず声を上げていた。周囲の者たちも同様に愕然としている。それほどまでに尊敬される人物なのだろう。

 

「ど、どうしてこのような場所へ足をお運びに……?!」

「時間を持て余していてな。折角なら仮試験に私自ら顔を出し、候補生となりえる子たちを見てみようかと」

「し、しかし何故サウスアガペーへ? 仮試験はこの街以外に東、北、西と開いているはずですが……」

「何となく。何となく南に行きたい気分だった」

 

 ヘレンは皇女らしからぬ「はっはっはっ」というような笑い声を上げると、並べられた網状の籠を指差した。

 

「さて身体能力を計測させてもらおうか。まずは一人一つその籠を使い、衣服を脱いでくれ。……あぁ下着はそのままでいい」

 

 私たちは脱ぎ捨てた衣服を籠に入れ、下着一枚の姿となりヘレンの周囲に集まる。

 

「身体能力の計測は至って簡単だ。あのカプセルに入るだけさ」

 

 ヘレンが視線を向ける方角には、カプセル型の機械が六つほど並べられていた。このような代物は今までの人生で初めて目にする。

 

「昔は様々な科目を考案し、実際に記録を計測させていた。しかしその日の調子がもし悪かったら、もしその日の調子が良かっただけなら。これでは平均的な数値を計測はできないと私は考えてね」

(……確かにな)

「そこで私はあのカプセルを"A(エー)機関《きかん》"に開発させたんだ。カプセルに入った"人間"の肉体を分析し、それぞれの科目を百回行うと想定した場合の平均値を算出してくれるように」

 

 私たちはヘレンに案内されるがまま、カプセルの中へと順番に入っていく。

    

「中に入るだけでいい。ほんの数秒で計測は終わりだ」

 

 カプセルの中へ入ればヘレンの言う通り、緑色の発光を数秒浴びるだけで、身体能力の計測は終了した。

 

「計測が終わった者は服を着て、奥の通路を進んでくれ。次は剣技を拝見させてもらうよ」

 

 ヘレンは機械から印刷される用紙を一枚ずつ回収し、私たちが着替えている間にゆっくりと目を通す。 

 

「君がアレクシアか?」

 

 剣技は素人でも通貨ができる試験科目。私は休憩でもしようかと考えながら歩いていると、ヘレンが背後から声を掛けてきた。

 

「……何だ?」

「私のことを覚えているだろう? 君を三年前に孤児院から保護したヘレンだ」

「あぁ覚えている。お前の側近に私のことを気に入らない男がいたこともな」

「あの時はすまなかったね。カミルは少々警戒心が強い男なんだ」

 

 ヘレンは苦笑しながらも、手に持っていた一枚の用紙を眺める。

 

「君の計測結果だが、すべての科目の記録が『一』と『二』という数字ばかりだ。今までこの最低の記録を出した子はいなかった」

「……それが?」

「このままだと身体能力の点数はゼロだ。仮試験を合格するには知性と判断力で満点を取らなければならない。……大丈夫か?」

 

 私は心配してくるヘレンと視線を交わし、手に持っていた用紙を見つめ、

 

「その話が真実なら、あのカプセルとやらは随分と精巧に作られている」

「そう言い切れる根拠は?」

「私はそもそも同じ科目を百回も計測する気力など起きない。計測できても精々二回程度だろうな。後はすべてゼロになる」

 

 ヘレンにたったそれだけ伝えると、私は次なる試験会場に続く通路を進むことにした。

 

「あの子は、私が嘘をついていると見抜いていたな」

 

 その場に一人残されたヘレンは、再びアレクシアの記録用紙に視線を向ける。

 

「身体能力に計測するそれぞれの科目の満点は百点。あの子はすべてが五十点だった。五十点は人間としての平均値だが、ここまで揃うのは初めてだ」

 

 記録用紙に記載されるのは半分の数値で収まっている六角形のグラフ。ヘレンは飄々(ひょうひょう)とした態度を取っていたアレクシアの後ろ姿を見つめる。

 

「仮に肉体の半分が"人間以外"のものだとしたら……。カプセルはあの子の人間の肉体だけを計測し、半分の五十点になった可能性が高いな」

 

 数十枚近く重なっている用紙にアレクシアの記録用紙を加えると、ヘレンは用紙の束を軽く整え、

 

(私の勘が正しければあの子は――"本物"なのかもしれない)

 

 試験官として、グローリアを統治する皇女として会場へと向かった。

 


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