「キェイ"ィェィア"ァェァア"ァィア"ァア"ェエ"ァア"ァアッ!!!」
「ぐっ、何すかこの音は……!?」
ティムやキリサメは思わず耳を塞ぐが、金切り声や不協和音の聞こえ方は変わらない。修道女は持っていた蓄音機を地面に置くと、ふらふらと歩きながら、銀のナイフを片手にこちらへ迫ってくる。
「来るぞ」
私はすぐさま銃口を修道女へ向け、引き金を引いた。弾丸は真っ直ぐ修道女の額へ飛んでいく。
「……?」
が、触れる直前に別の場所へ立っていた。残像すらも残さず、まるで最初からそこに立っていたかのように。
(……僅かな残像も捉えられなかった。つまり一瞬であの位置まで、何らかの術で移動したということか)
私はランタンを足元に置くともう一丁のディスラプターαを引き抜き、二丁の銃で修道女に狙いを定め、無言で銃撃を続ける。しかし転々と立ち位置をずらすため、弾丸が衣服に掠りもしない。
「キア"ァェイ"ィェィア"ァェァア"ェエ""ァアッ!!」
「この女……」
ある程度の距離まで近づくと目の前まで詰め寄り、修道女は銀のナイフをこちらに振り下ろす。私は二丁の銃で受け止め、力任せに押し返した。
「この距離ならどうだ?」
銃口は修道女の目と鼻の先。至近距離での銃撃は避けられないだろう、と鐘が埋め込まれた顔目掛けて引き金を引く。
「ェキイ"ィェィア"ァェァァア"ッ!!」
「……そうか」
しかし銃声が鳴り響く瞬間、修道女は銀のナイフを私の死角で振り上げていた。キリサメやティムが唖然としているため、この修道女は予兆もなしにそこへ現れたことになる。
「なら──」
私は銃を握りしめた左手を振り上げ、振り下ろされた銀のナイフを弾き返すと、
「──動きを止める」
修道女の衣服を掴み、自分の前まで引き寄せる。そして胴体へ銃口を突きつけながら弾丸を何発か撃ち込んだ。私の顔に黒ずんだ血液が返り血として付着する。
「キィイ"ェア"ァア"ア"ァア"ァッ!!」
「……っ」
だが修道女は狼狽えることなく衣服を掴んだ私の手首を握り、反対の手で弾き飛ばしたはずの銀のナイフを振り下ろした。自分自身だけに留まらず、ナイフを手元に手繰り寄せる力もあるのか。
「ちょっと失礼するっすよ……!」
私の後方からティムが飛び出し、抜刀したルクスαで銀のナイフを斬り上げる。その隙に、私の手首を掴んでいた修道女の腕に弾丸を撃ち込み、数メートル先の墓石まで蹴り飛ばした。
『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』
「あの変なヤツをどうするんすか? 正直なところ、視界が悪いんで交戦は避けた──」
「まずはあの女の心臓に銀の杭を突き刺す。考えるのはそれからだ」
「はいはい、そうっすか。シンプルな作戦に自分、心底感動したっす」
蓄音機から流れる女の声を聴きながら、私は片手に銀の杭を握りしめ、ティムは刀剣を構え、墓石でふらふらと歩いている修道女の元まで駆け出す。
「あの女の動きを目で追うな。次に姿を見せる位置を予測しろ」
「あんま無理な注文されても困るんすけど──」
ティムはそう返答しつつも私よりも前に飛び出し、ルクスαを握り直せば、
「──やれるだけやってみます」
先手を打とうと斬りかかる。修道女は当然のようにその場から忽然と姿を消し、ティムの死角から銀のナイフを振り下ろす。
「どこを見ている?」
「キエ"ィイ"ェア"ァア"ァア"ァ……ッ!!」
私が援護射撃として横槍を入れれば修道女はこちらへ醜い顔を向け、瞬間移動を繰り返しながら、私たちを惑わせようとする。
「さっきッ……あんたに一本取られたからッ……こいつ、警戒してるんじゃないっすか?!」
「そうだろうな」
修道女は私たちが触れられないよう細心の注意を払っているらしい。ティムが振るう刀剣も、私の狙いを定めた銃撃も、すべて無駄に終わる。接近しようとすれば距離を置き、私たちの死角へ必ず回り込んできた。
「どうするんすか……!? このまま楽しく踊ります!?」
「私は最初に言ったはずだ」
ティムが修道女に斬りかかる寸前、私はその場で振り返りつつ銀の杭を振りかざし、
「キァア"ア"ァイ"ェア"ァェア"ァェア"ァッ!!」
「目で追うなと」
背後に現れた修道女の胸に銀の杭を流れるように突き刺した。脳内に木霊する金切り声と不協和音がより鮮明に響き渡る。私は心臓に杭が刺さった感触を手元で確認し、回し蹴りで小屋まで吹き飛ばした。
「やるじゃないっすか。流石あの
「走るぞ」
「は?」
小屋の中でゆっくりと立ち上がる修道女。心臓に突き刺さった杭を引き抜き、銀のナイフを再び握りしめる。
「キィァア"ィア"イ"ァ"ァイ"ェア"ァェア"ァーーッ!!」
「亡者共と同じ呪印とやらを与えられているとなれば……あの女を殺すことはできん。この場から一度退くべきだ」
「……賛成っす。この気持ち悪い音を長く聞いてると頭もイカれそうですし」
トドメを刺せない相手と交戦するのは時間の無駄。私はティムにそう伝え、棒立ちしているキリサメの傍まで駆け寄る。
「離脱する」
「あ、あいつから逃げれるのか……!?」
「知らん」
そして不安を募らせたキリサメの右腕を掴み、墓地門まで向かおうと試みた時、
「……! 墓石の鐘が、鳴り始めて……!」
「はぁ、今度はなんすかね……!?」
紐に吊るされていた小さな鐘が一斉に音を鳴らす。私たちは背中合わせの形となり、周囲を見渡した。
「ア"ァア"ヴアァアァア……ッ!」
「亡者か」
墓石の下から這い出てきたのは腐敗した亡者たち。土塗れの肉体を奮い立たせながら、私たちの方へ身体の向きを変える。
「な、なぁ、どうするんだよこれ……?」
「そうっすね。強行突破以外に自分は思いつきませんけど」
ティムとキリサメは判断を委ねるようにこちらへ視線を送ってきた。亡者は手間が掛かる相手ではない。この場では強行突破が妥当だろう。
「……様子がおかしい」
と考えた矢先、亡者たちは小屋から姿を見せる修道女へと向かっていく。私たちのことなど眼中にないらしい。
「キャア"ァイ"ィア"ァエ"ェエア"ア"ァッ!!」
「ア"ァア"ヴア"ァア"ァア"ッ!!」
亡者たちは修道女へ一斉に飛び掛かる。修道女は銀のナイフを振り回すが、次々と圧し掛かる亡者たちに抵抗できず、そのまま地面へとひれ伏した。
「ア"ァア"ァア"ヴア"ァア"ァア"……ッ!!」
「もしかして、俺たちの為にシスターを足止めしてくれてるんじゃ……?」
「まさか、そんなわけないっすよ……」
その光景は私たちを逃がそうと身を呈しているようにも見える。妙な光景に私は墓地門の方角へ身体の向きを変えた。
「……行くぞ」
「で、でもさ──」
「私たちにはすべきことがあるだろう。今は振り返るな、ただ前だけ見てろ」
「あ、あぁ!」
私たちは亡者や修道女に背を向け、庭園墓地を後にする。不快な金切り声や警報のような不協和音は距離を取れば取るほど小さくなり、墓地門の前まで辿り着けば、微塵も聞こえなくなった。
「フゥー、フゥー……ッ」
「受け取れ」
鼻息を荒くするフレデリカ。私は袋に入った林檎に蜂蜜をかけて口元へ投げる。すると器用に咥え、音を立てながら喰らい始めた。
「これからネクロポリスまで向かう。道中の休憩は無しだ」
「ブルッ、ブルル……ッ」
私は背中に飛び乗り、筋肉質なフレデリカの首を何度か叩く。心底気に入らないのか、不満げな声を上げるため、
「次は好物の林檎を二つやる」
「……」
「……三つならどうだ?」
「ヒヒィイィイィイィンッ!!」
そう交渉を持ち掛ければ、後ろ脚で地を蹴って走り出した。顔を上げてみると夜空に月の姿は見えない。今宵は月光が届かぬ新月らしい。
「ネクロポリスに戻ってからのプランは何かあるんすか?」
「刺客を送ってきた時点であの司祭は、私たちが真実を知り得たことに気が付いている。堂々と表から顔を出すことはできん」
少し離れた位置で並走するティムに私はそう返答する。キリサメは修道女が追いかけてこないか、暗闇に閉ざされた後方をじっと確認していた。
「じゃあどうします? グローリアに援護要請でもしますか?」
「……要請は必要ない」
「は? この状況は要請した方がいいでしょ。ルーナ先輩たちだってあんな変なヤツらを相手にするのはキツイっすよ」
「なら要請は雪女たちと合流した後にしろ。最終判断を下すのはルーナ班とやらを統率する雪女だ」
私の存在はグローリアで罪人として認識されている。この状態で援護要請など出せるはずもない。私は取って付けたような理由を述べ、ティムを強引に納得させる。
「あのさ、カムパナは不老不死の肉体を手に入れた……とか書いてあったよな?」
「あぁ、吸血鬼を超える肉体とも書かれていた」
「そんなことあり得るのか? 吸血鬼の肉体じゃないのに、呪印があるから不老不死になれるなんてさ」
「……自分には見当もつかないっすね。勿論そんな逸話も聞いたことないっす」
「私も知らん。
キリサメとティムが会話をする最中、過去の人生を遡ってみるが呪印に関する記憶は何一つない。ただ気掛かりな点は一つだけある。
「そっか。アレクシアが知らないってなると、やっぱり奇術とかが関係して……」
「だがあの司祭は吸血鬼共と手を組んではいないだろうな」
「……どういうことっすか?」
「考えてもみろ。仮に吸血鬼共と手を組んでいたとすれば──あの司祭はとうの昔に銀の鐘を破壊している。私たちに頼る必要はない」
やはりネクロポリスでの一件に吸血鬼共が関与しているとは思えない。私が自身の考察を二人に伝えると、考える素振りを見せる。
「じゃあさ、呪印の力で一体何がしたいんだ? 吸血鬼と組んでいないのに俺たちを襲ってきただろ? それって人間の味方でもないってことだし……」
「考えるまでもない」
「えっ?」
「あの司祭は人類と吸血鬼共が争う中、水面下で動き続けていた──」
私はそう言葉を綴りながらネクロポリスの方角を見据え、
「──
静かにそう呟いた。
────────────────────
「はぁ、なんでこんな面倒な時間に召集されないといけないのよ」
真っ赤なカーペットの上を歩く人物は五ノ罪
「ハローハロー、五ノ罪のニーナお姉ちゃん! あの、あれだよね! 厄介払いぶり、だよね? あれ、厄介払いってなに? ん、んんん?」
会議室へと足を踏み入れると一ノ罪
「あらぁ? イケすかない顔をしてるわねぇ、ニーナ?」
「久しぶりねおばさん。顔のしわが増えたじゃない」
「うっふふ……ぶち殺すわよ?」
「素晴らしいわね。またしわが増えたわ」
注射器を右手に突き刺しながら青筋を立てる三ノ罪
「レイラ、そこで何してんのよ?」
「すみませんすみません……。どこに座ればいいのか分からなくて……」
喪服のような格好に黒のタイツを履くのは六ノ罪
「どこでもいいでしょ」
「すみませんすみません……。お近づきになりたくない人の隣には座りたくなくて……すみませんすみませ──」
「え~いっ!」
「ひ、ひぃいぃっ!?」
そんなレイラに飛び蹴りを食らわせるのは
「きゃっはは! ザコザコレイラちゃん、こんなとこで何してんの~? リリアンにまたいじめられたいの~?」
「すみませんすみません……自分の眷属を殺されている人にザコ呼ばわりはされたくないです……」
「はぁっ!? ザコザコ吸血鬼のくせに生意気生意気! リリアンを分からせるなんて百億年早いんだよ!」
「ひぃいぃっ!?」
四ノ罪
「あっ、ニーナさん! 久しぶりだね、僕と、私と会いたかった?」
「あんたとは一番会いたくなかったわ」
その光景を眺めるニーナに声を掛けてきたのは、リボンの付いた黒のベレー帽を被った人物。桃色と白色が混ざった二色の短髪に、少年か少女か判別のできない容姿。
「私はニーナさんと会いたかったよ! 僕は会いたくなかったけどね!」
「あっそ。頭が痛くなるから失せてくれない?」
八ノ罪
「あっはは、ニーナさんは本当に僕が嫌いなんだね。けど私の方は好きなんでしょ?」
「聞こえなかった? 私は失せろって命令したの」
「ちぇっ、仲良ししようと思ったのに残念だなぁ……クソニーナ」
そう睨みつければノエルは真顔でそう吐き捨て、離れた席へ腰を下ろす。ニーナがため息をつき視線を逸らした先には、頭にシルクハットを乗せ、白と黒が混じった長い髪を持つ男性。
「どこだろうか。どこに心はあるのだろう?」
「デニス。気分悪くなるからこんなところで解剖しないで貰える?」
「ニーナ・アベルさん。それは私に怒りの感情を抱いているのだろうか?」
「そうよ。見れば分かるでしょ?」
七ノ罪
「ならばその怒りの感情を私に見せてくれ」
「──ッ!」
そしてハサミをニーナの左胸に深々と突き刺した。傷口から滝のように鮮血が流れ落ちる。
「何してんのよ……あんた?」
ニーナは突き刺さったハサミをデニスの眼球へ刺し返すと、紅の杭を額に打ち込み、下顎を蹴り上げた。デニスの身体は天井に叩きつけられ、会議室は大きく揺れる。
「煩わしい、やかましい、騒々しい。静かにしてもらえんかね?」
その衝撃で手に持っていたネジを落とし、苦言を呈する男性。白と白茶が混じる前髪を上げた長髪。黒のコートを羽織り、がっしりとした肉体を隠している。
「あの狂人が私にハサミをぶっ刺してきやがったのよ。文句があるならアイツに言いなさい」
「そそられない、興味がない、下らない。俺には何の関係もない」
「だったらあんたが落としたネジを舌にぶっ刺して、文句が言えないようにピン止めしてあげてもいいけど?」
十ノ罪
「あぁ、そういえばみんなに伝言があったよ。……多分」
「伝言って何よ?」
九ノ罪
「
「えぇぇ~?! クソザコ公爵ちゃん来れないのぉ~!?」
「召集したアイツが欠席ってどういう了見よ?
「公爵も忙しいんだよ。……多分」
「で、アイツの代役って誰が務めるの?」
「それはこの美少女さ」
長い青髪をなびかせながら、颯爽と会議室へ姿を現す
「……? 美少女に対する歓声が聞こえないね」
「分からない? それがあんたに対する評価なのよ」
「ならば君たちに格言を与えよう。『美少女を評価してはならない。常に美少女に評価される立場であれ』と」
しばし訪れるは静寂。セシリアはあまりウケが良くなかったことに小首を傾げ、公爵の席へと何食わぬ顔で座った。
「さて、美少女との談笑を無下にしたところで……。そろそろマーレボルジェの幕開けとしよう」
「下らない理由で召集を掛けたのなら、公爵の代わりにあんたをぶっ飛ばすわ──」
「
ニーナの言葉を遮りながらたった一言そう告げる。その場にいる原罪は皆が皆、一斉に表情を曇らせた。
「
「そうだとも。特に大きな動きを見せたのはネクロポリス。黒薔薇の使徒が潜伏していた町さ」
「ジェイク、あの一帯はあんたが
ニーナがジェイクへそう尋ねると動かしていた万年筆を止め、天井を見上げながらしばらくぼーっとする。
「伯爵の手駒が二体、子爵の手駒が十体以上、
「灰にされた? 一体誰によ?」
「青髪のお嬢ちゃんに。……割とマジで」
「流石は美少女の片割れだね。華やかさには欠けてしまうが、逆境にも屈しない勇ましさを彷彿とさせてくれるよ」
独りでに感心しているとニーナたちから冷めた眼差しが送られ、セシリアは「続きをどうぞ」と会釈を交わす。
「一応、手駒には黒薔薇の使徒を始末するように命令した。けど歯が立たなかったと報告された。……だいぶ前に」
「当然よ、黒薔薇の使徒は簡単にイカせられないものぉ。あの呪印って力があるせいでねぇ」
「そう、その通りだ。それらを踏まえてこのマーレボルジェでは──」
セシリアは足を組み直し、机の上で両肘をつくと、
「
自信に満ち溢れた女神のような微笑みをニーナたちへ向けた。