ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:15『道化の鐘』

 

「そろそろ着きますよ」

 

 夜空に新月が映り込む夜更けの頃合い。私たちは三時間ほど暗闇の中を馬で駆け抜け、ネクロポリスへ向かっていた。整備された道が視界に映り込むと、ティムは私にそう声を掛けてくる。

 

「ここからは徒歩だ」

「了解っす。で、何かプランは考えたんすか?」

「まずは雪女たちとの合流を優先する。もっとも、生死の確認をする羽目になるかもしれんが──」

「ブルル……ッ!」

 

 私が馬から降りてネクロポリスの方角へ歩き出そうとした途端、フレデリカが私の制服へ噛みつき、足止めをした。そして鋭い目つきで「対価の林檎を貰っていない」と訴えかけてくる。

 

「……受け取れ」

 

 私は布袋から林檎を三つ取り出し、蜂蜜を適当に掛けるとそのうちの一つを投げ渡した。フレデリカは口を開き、飛んできた林檎を噛み砕く。

 

「残り二つは置いておくぞ」

「フゥーッ、ブルッ、ブルル…ッ!」

 

 私が湿り気のある地面に二つの林檎を置こうとすれば、フレデリカがやめろと言わんばかりに、私の身体を鼻先で小突いてきた。

 

「……お前は潔癖なのか」

 

 駻馬(カンバ)なうえに潔癖。個の強い性格に私は呆れつつも、残り二つの林檎を切り株の上に置く。フレデリカは「それでいい」と満足し、興味が失せたように他所を向いた。

 

「で、ルーナ先輩たちと合流するのは賛成なんすけど……。問題はネクロポリスへどう潜入するかっすよ」

「森に身を潜めながら町周辺を観察する。考えるのはそれからだ」

 

 私たちはネクロポリスの様子が窺える位置まで近づくと、時計回りに町の外周を歩く。しかし修道女の姿どころか、物音一つすら聞こえてこない。静寂と闇に包み込まれる中、銀の鐘が微風で僅かに揺れるのみ。

 

「なぁ、あれってルーナさんたちの馬車だよな?」

「そうっすね。調べてみましょう」

 

 外周を歩いていると視界に映ったのはルーナたちが乗っていた馬車。私たちは周囲を警戒しつつ、馬車の傍まで歩み寄った。

 

「……やはり馬車にはいないか」

「武装はそのまんま置かれてるみたいなんで、町の中に入ったんすかね?」

「そうとしか考えられんな」

 

 当然のようにルーナたちの姿は見当たらない。ただ武装や食料はそのまま詰め込まれている。十中八九、ルーナたちはネクロポリスのどこかにいるのだろう。

 

「だが気掛かりなのは……」

「ルーナ先輩たちが町で暴れた形跡がないことっすよね? もしも襲われたんなら……こんな綺麗な景観してないっすよ」

 

 私は町の方角を静観しながらティムの言葉に頷いて賛同する。刺客を送ってきたとなれば、ルーナたちも襲撃を受けていると予測していた。しかしカムパナは騒ぎを起こさないよう、私たちのみを始末しようと試みたらしい。

 

「じゃあさ、案外普通に部屋で寝てたり……」

「その可能性は否定できないっすけど……どうします?」

「この目で確かめるだけだ」

 

 置き去りにされた馬車を後にすると私たちは家の陰に身を隠しながら、先日宿泊していた家屋へと向かう。

 

「自分たち男は西側の家だったんで……女性陣は東側の家っすね」

「私は東側の家を調べる。お前たちは西側を調べろ」

「独りで大丈夫なんすか?」

「支障はない。西側の調査が終わり次第、東側の家に顔を出せ。私も調べ終わった後、お前たちの方へ合流する」

 

 私はそう伝え、単独で東側の家屋へ歩き出す。そして西側の家の玄関を通り過ぎれば、木材が軋む音が耳まで届いた。

 

「……新月」

 

 窓の向こうに映し出された新月。薄暗い廊下を一歩ずつ踏みしめながら、脳裏を過るのは過去の記憶。

 

『あの……"──"ちゃん』

『……お前は』

 

 テレシアの意思を継ぐと決意したあの日の夜。私は廊下を歩いていると一人の男に声を掛けられた。

 

『私を笑いに来たのか? 所詮はテレシアに御守(おも)りをされた赤子だと』

『ち、違う!』

『なら何の用だ?』

『その、僕も、"──"ちゃんと一緒に行動していいかな?』

 

 その男も私と同じくテレシアの傘下。転生者としての実力は中の下。社交性には乏しく、姿を見かける度に孤立する有様。だが私やテレシアを慕っているのか、吸血鬼共との死闘には傘下の一員として必ず身を投じていた。

 

『なぜ私と?』

『僕だってテレシアさんには恩が沢山ある。勿論、"──"ちゃんにも色々と助けられた。だから"──"ちゃんの力になって、僕もテレシアさんの意志を継ぎたいんだ』

『……後悔するかもしれんぞ』

『後悔しない。僕を信じて』

 

 その男に差し出された手をじっと見つめ思考に浸る。しかしテレシアを失い、孤独に苛まれていた私は、すぐに差し出された手を握った。

 

『……分かった。よろしく頼む』

『ありがとう、"──"ちゃん。今日から宜しくね』 

 

 孤独に苛まれていたからこそ私は手を握り返され、心のどこかで安堵していたのかもしれない。あの時の私は、些細な喜びと希望を掴み取り、微笑んでいたのだろうか。

 

「……私たちが案内されたのはこの部屋だったか」

 

 私はふと我に返る。目の前には昨日(さくじつ)案内された部屋の扉。何事もなければルーナたちは部屋で眠りについているはずだ。

 

「……?」

 

 ゆっくりと扉を開き、室内へと足を踏み入れる。私が利用していたベッドには当然誰もいない。だが残り二つのベッドは、ルーナとララが寝具(しんぐ)に深く潜り込んでいるように見えた。

 

「……」

 

 手前のベッドで眠っているのはララのはず、と私は足音を立てずに歩み寄り、寝具を剥がそうと手を伸ばすが、寝息は聞こえてこない。私は妙に思いつつも寝具を掴んだ瞬間、一気に引き剥がす。

 

「これは……」

 

 その答えはすぐに明白となった。ベッドの上にはララの姿はなく、代わりに一通の手紙と銀の鐘が置かれている。

 

「あの雪女のベッドには鐘だけか」

 

 ルーナの寝具を引き剥がせば銀の鐘が置かれるのみ。辺りを軽く捜索してみたものの、二人の姿は見当たらない。

 

「……どこに消えた?」

 

 私は不吉な予感を肌で感じながら、置かれていた一通の手紙を拾い上げる。封を開けて便箋を取り出し、書かれている文に目を通した。

 

『"Ah, the sound of bells"

 "Give the living a seal of blessing"

 "Give the dead a cursed seal"』

 

 書かれていたのは修道女と遭遇した際に音盤から流れていたあの文言。私は眉を顰め、読む価値のない便箋を真っ二つに破り捨てた。

 

「ルーナさんたちは見つかったか?」

「──!」

 

 瞬間、背後から声を掛けられすぐさま振り返る。そこに立っていたのはキリサメ。私は鞘に添えていた左手を離し、静かにキリサメを見上げた。

 

「なぜここに?」

「いや、調べ終わったら来いって言っただろ……」

「……」

 

 キリサメの返答を聞いた私は口を閉ざしたまま、廊下に続く扉を見つめつつ、ティムの姿を探す。

 

「あの妹依存(いもうといぞん)はどこにいる?」

「ティムなら外で見張りをしてるけど……」

「そうか。私は向かいの部屋を調べる」

「じゃあ俺も手伝うよ。二人の方が早く調べられるだろ」

 

 私にそう伝えると先に部屋を出ていくキリサメ。私も後に続き、向かいの部屋を調べることにした。先ほど調べた部屋と酷似する客室。当然だがルーナたちの姿は見当たらない。

 

「そういえばさ、東側の家を調べては見たけど……アランさんたちはいなかったよ」

「……何か手掛かりは?」

「それがどれだけ探しても何にもなくてさ。多分、どっかに連れて行かれたんじゃないか──」

 

 机上に置かれている花瓶。私の右手が触れると床に落ち、大きな音を立てながら割れてしまう。話を遮られたキリサメは、冷静にこちらを向いていた。

 

「おい、大丈夫か? 怪我はしてないよな?」

「……手を滑らせただけだ」

「気をつけろよ。音であのシスターが寄ってくるかもしれないんだからさ」

 

 私にそう注意を促してくるキリサメ。向かいの部屋を調べ終えれば、キリサメが先導するように廊下へと出ていく。

 

「ん? どうしたんだよ、急に立ち止まって……?」

 

 その背中を見つめながら、私は窓の外へ視線を向けると歩みを止める。キリサメはこちらを振り返り、首を傾げつつ傍まで近づいてきた。

 

「……悩ましいことが多い」

「悩ましい……?」

「時折、孤独と恐怖を感じる。私は永遠に独りで戦い続け、いつか自分の背負ってきた罪に押し潰されるのではないかと」

 

 そう問いかければキリサメは笑って見せた。そして私の手を握りしめ、励ますようにこう答える。

 

「お前は独りじゃない、俺もいるだろ? それに俺はお前が背負ってるものを一緒に背負う覚悟はできて──」

「もういい」

 

 その返答の最中、私は鞘から刀剣を引き抜き、

 

「三流以下の道化(・・)も見飽きた」

 

 キリサメの胴体を斜めに斬り裂いた。噴水のように飛び散る血液は酷く穢れた黒色。廊下の壁に付着すればゆっくりと床に垂れていく。

 

「あの男は情けない。花瓶を落とせば確実に声を上げる。だが貴様は平然としていた」

「……」

「あの男は頼りない。私の前を歩くことはないだろう。共に行動する時は隣、もしくは後ろを歩く。だが貴様は私の前を歩いていた」

 

 キリサメは出血しているというのに悲鳴の一つも上げず俯いたまま。その表情は私の視点からは窺えない。

 

「それにあの男は不器用だ。私と共に使命や責務を背負おうとはしない。もし貴様が本物なら、頭を悩ませ考え込んだ後──『どう答えればいいのか分からない。けど傍にはいる』とだけ答えるだろうな」

 

 そう断言しつつルクスαの剣先を向ければ、部屋に置かれていた蓄音機が独りでに起動し、音盤の雑音が一斉に流れ始め、

 

『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』

「やはりこいつは……」

『死者の我らに呪印を与えたまえ』

「キィァア"エ"ェィイ"エ"ェエ"ア"ァァッッ!!!」

 

 キリサメの姿から修道女へと姿を変えた。そして女の金切り声と警報にも似た不協和音が脳内に鳴り響く。顔に埋め込まれた銀の鐘が血肉をばら撒きながら、激しく揺れ動いた。

 

「丁度いい。貴様で試験させてもらう──」

 

 私は煩わしい金切り声に顔を顰めると血涙の力で左手に蒼色の獄炎を纏わせ、

 

「──Inferno(インフェルノ)

「キァエ"ェエ"ィイ"ア"ァア"ァア"……ッ!?」

 

 修道女を瞬く間に炎上させれば、鼓膜を突き破るほどの声量で悲鳴を上げ、壁に身体を衝突させる。相関関係でもあるのか、血涙の力なら多少なりとも手ごたえは感じた。

 

「キァア"ェエ"ェァア"ァィイ"ェエ"ェッ!!」

「……時間稼ぎにしかならんな」

 

 与えられるのは苦しみのみ。死は与えられない。私は銀のナイフを振り回しながら突進してくる修道女を避け、屋外へと飛び出した。

 

「アレクシア!」

 

 遭遇したのはキリサメとティム。私は本物かどうかを確かめるため、ある程度離れた位置で足を止める。すると向こうも私の偽物に遭遇したらしく、警戒しながらこちらを見据えてきた。

 

「あれ、本物なんすか?」

「……よし、さっきと同じ方法で確かめてみよう」

 

 キリサメは意を決するとゆっくり私の前まで歩いてくる。一体何を言い出すのかとキリサメの顔を見上げていれば、

 

「アレクシア!」

「……何だ?」

「俺を殴ってく──ぶっへぇッ!?」

 

 殴れと言われたため即座に右頬を平手打ちした。キリサメは情けない声を上げ、叩かれた右頬を押さえる。

 

「こ、この遠慮の無さは本物だな……」

「凄いっすね。本物は殴れと言われたら本当に理由も聞かずに殴るんすね」

「だからそう言っただろ?」

「……次は私の番だ」

 

 こちらを本物だと確信を得たらしいが、私はまだキリサメを本物だと確信を得ていない。その為、先ほどと同じようにキリサメを試してみることにした。

 

「最近、悩ましいことが多い」

「お、おう……?」

「時折、孤独と恐怖を感じる。私は永遠に独りで戦い続け、いつか自分の背負ってきた罪に押し潰されるのではないかと」

「へ、へぇ……そ、そうなのか……?」

 

 どう言葉を返せばいいのか、頭を悩ませるキリサメ。私は無言で圧を掛けながら返答を待機する。

 

「なんて答えるのが正解か分からないけどさ。俺はとにかくお前の傍にいるよ」

「……本物か」

「えっ? これで本物かどうか分かるんだな」

「お前が言えた口ではないだろう」

 

 返答からするに本物。私はキリサメの胸元を軽く叩き、ティムの元まで歩み寄った。

 

「変わった本人確認っすね。ほんと、どういう関係性なんすか?」

「ただの顔見知りだ」

「はははっ、まだ顔見知りなんだな」

「はぁ? そんな関係には見えないっすけど──」

 

 ティムが呆れながらそう言いかけた瞬間、三本の鐘塔に吊り下げられる銀の鐘が一斉に鳴り出した。

 

『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』

「か、囲まれたぞ……!?」

『死者の我らに呪印を与えたまえ』

「この人ら、自分たちに悪趣味(・・・)を共有しようとしてるんすかね?」

 

 私たち取り囲むように忽然(こつぜん)と姿を現すのは四人の修道女。私たちを十字の中心の位置に捉え、各々が端の位置で蓄音機を両手に抱えている。

 

「あの司祭は事前に手を打っていたようだな」

「どうするんすか? 不死身の相手が四人もいますけど……ここで命乞いでもしてみます?」

「敵に膝を突くつもりはない。それに命を惜しみ、負け犬のように泣き喚くぐらいなら──」

 

 私はティムに言葉を返すと右手で鞘から刀剣を引き抜き、左手に銃を構え、

 

「「「「キェィア"ァア"ア"ァィイ"ェエ"ア"ァッ!!!」」」」

「──狂犬にでもなって敵の喉笛を掻き切って見せろ」

 

 鐘の音と混ざる金切り声を耳にしながら、前方に立つ修道女へ銃口を向けた。

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