ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:17『生者の我らに祝印を与え給え』

 

「キアェィイェェエアァィィー-ッ!!!」

「これは、やばいっすね……」

 

 扉や窓を塞ぐ本棚を腕力だけで破壊しようとする修道女。木片が飛び散る最中、私とルーナは窓側を、それ以外は扉側を警戒する。

 

(……呪印の力でも壁の向こうへ移動することはできんのか)

 

 呪印の効力で瞬間移動を繰り返す修道女。窓や扉を塞いだところで意味を成さないと思っていたが、どうやら障害物を挟めば対処が可能らしい。

 

「ルーナ様、どうされますか……!? このままでは挟まれてしまいます!」

 

 倒れかけた扉側の本棚をアランは懸命に支えながらルーナへ指示を仰ぐ。周囲を少しだけ見渡した後、ルーナが見つめる先は蓄音機が置かれる壁。

 

「少し、下がってて」

 

 真っ白な壁まで歩み寄ると私たちを後退させる。そこから何が起きるのかは容易く予想ができた。   

 

「ぶっ壊ッ……す」

 

 ルーナは一度、二度、三度と壁に向かって殴打や蹴りを打ち込む。本来であれば壁を破壊することなど不可能。しかし拳を打ち込む度に壁に亀裂が走り、部屋の埃が舞い上がった。

 

「これで……ッ」

 

 最後に放つのは渾身の頭突き。亀裂が入った壁はたちまち崩れ落ち、私たちの視界に隣の部屋が映り込んだ。丈夫な壁に穴が空き、キリサメたちは愕然とする。

 

「ま、まじかよ……?」

「ほうほう、『ルーナ氏は壁より強し』ってことですな」

「言ってる場合っすか」

「付いてきて。このまま外に出るから」

 

 ルーナは助走を付けて走り出すと、目の前に立ちはだかる壁をあっという間に破壊してしまった。一枚、二枚、三枚と壁に大穴が空き、私たちはその穴を潜って修道女の包囲網から抜け出すことに成功する。

 

「キアェィァィアァィ──ッ」

「各員、鐘の教会まで全力で逃げてください!」

「うへぇ!? ダッシュダッシュですぞっ!」

 

 振り返ってみれば巣穴から溢れ出す虫のように、無数の修道女が瞬間移動を繰り返しながら追いかけてきた。アランの掛け声を聞いた私たちは、鐘の教会に向かって走り出す。

 

『あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与えたまえ』

「なんで道端にあんなのが置かれてるんすかね……!?」

『死者の我らに呪印を与えたまえ』

(……カムパナとやらに行動を読まれているのか)

 

 周囲に設置されたいくつもの蓄音機。私たちが通ることを見越し、鐘の教会へ向かう道中に並べられていた。私たちが逃げるのではなく、真っ直ぐ向かってくる。どうやら考えを読まれているらしい。

 

「アランさん! 教会に向かった後はどうするんですか!? 逃げ込んでもまた囲まれるんじゃ……!」

「それは今考えてる最中で──」

「大丈夫。私に任せて」

 

 教会へ逃げ込んだところで変わらない現状。キリサメとアランの会話にルーナがそう割って入る。修道女を撒くための策でもあるのだろうか。

 

「はひー! 教会に駆け込む(・・・・)なんて母親(マミー)の花瓶を割った日以来ですよ……!」

「それ逃げ込む(・・・・)の間違いっすよ!」

「いいから早く中に入ってください!」

 

 アランが先陣を切って教会内の安全を確保すると、息を切らすララの背中をティムが押しつつ中へと入る。私はキリサメが教会に逃げ込んだことを視認し、最後尾にいるルーナの方へ振り返った。

 

「……これで全員」

「何をするつもりだ?」

 

 ルーナはその場に立ち止まり、後を追いかけてくる修道女を見据える。私がそう声を掛けるがしばらく沈黙すると、

 

「……我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なき罪人へ神凍(しんとう)を与え給おう」

「まさか……」

「八ノ戒、(ゼロ)ノ加護」

 

 加護の詠唱を行い、周囲の空気を凍てつかせた。私はすぐさまルーナから距離を取り、肺が凍り付かぬよう獄炎を体内に張り巡らせる。

 

「これって……教会全体が氷に包まれてるんすか?」

(……加護が人間に通じんことを利用したか)

 

 そして瞬く間に教会ごと氷塊へと変えてしまった。窓も入り口も飾られていた鐘も、すべてがルーナの加護によって凍結する。

 

「ルーナ様、一体何をして……!?」

「私がここで食い止める。あなたたちはカムパナを」

「さ、流石のルーナ氏でも無理ですぞ! あんな数を一人で食い止めるなんて──」

「不可能を可能にするのが十戒。早く行って」

 

 氷壁(ひょうへき)の向こうから聞こえてくるルーナの返答。アランたちは表情を曇らせ、その場から動こうとしない。

 

「大丈夫、私を信じて。私もルーナ班のみんなを信じてるから」

「……承知しました。ルーナ様、どうか無理はなさらず」

「アラン先輩、ほんとにいいんすか?」

「はい、僕はルーナ様を信じていますから」

 

 アランはやや険しい表情を浮かべながらルーナにその場を任せると、教会の奥に位置する祭壇まで向かう。ティムやララもルーナを信じ、アランの後に続いた。私もルーナに修道女を任せ、背を向けようとした。

 

「アーちゃん」

「……何だ?」

 

 その時、ルーナに呼び止められる。私は背を向けたまま返事をすると、

 

「私は、アーちゃんを信じてる」

 

 ルーナ班としての私ではなく、私一人に対して掛けてきた言葉。その後に続く文言はなく、たったそれだけ。何やら「信じてる」という言葉に別の意味が込められている気もしたが、

 

「そうか。信頼するかどうかはお前の勝手だ」

「うん」

「だが私はお前の愛玩(あいがん)動物になったつもりはない。その愛称で呼ぶな」

 

 私は素っ気ない答えを返し、地下へ続くとされる祭壇まで向かった。キリサメは氷壁の向こうをしばし見つめ、意を決したように小さく頷くと私の隣を歩く。

 

「……ふぅ」

 

 ルーナはアレクシアがその場から離れていく足音を背中で聞きつつ、一度だけ大きく深呼吸をした。口から吐き出すのは身が凍えるほどの冷気。

 

「「「キィエァィェアァァアァァアァッ!!」」」

「今は私一人だけ。これで心置きなく──」

 

 周囲を何度か見渡し、自分以外誰もいないかと確認するルーナ。そして自身が独りで修道女たちと向かい合っていると確信を得た瞬間、

 

「──全員ぶっ殺せる」

 

 右拳を修道女の群れに突き出し、抑え込んでいた闘志を曝け出すような──喜びに満ちた笑みを浮かべた。

 

 

――――――――――――――――

 

「君が話していた地下室というのはこの階段の先に?」

「そ、そうですけど……本当は閉じているはずなんです。どうして誰でも通れるようになって……」

「私たちがここへ来ることをあの女は分かっていた。そうとしか考えられん」

 

 祭壇に塞がれていたと事前に聞いていたが、地下室へ続く階段は露見した状態で放置されている。まるで私たちを(いざ)おうとしているかのように。

 

「んむむ、教会の中にはノーマン氏の姿も見当たりませんぞ。もしや地下室に連れていかれたのでしょうか?」

「ってことはっすよ……ノーマン先輩は人質に取られてるってことっすよね?」

「そうですね。僕らを(おび)き出そうとしているのかもしれません。なので迂闊に飛び込むのは避けたいところですが……今はとやかく言っていられませんね。警戒しながら進みましょう」

 

 私たちは暗闇に閉ざされた階段を下っていく。先頭をアラン、ティムの二人。その後ろをララ一人。最後尾に私とキリサメの二人という陣形を組んでいる。

 

「ここが地下室? 随分と手が込んでいますが……」

「そうですなぁ。この内装からは汚い金貨の臭いがプンプンしますぞ」

「それに絵画の趣味も悪い。感性を疑うっす」

 

 教会の地下室は赤い絨毯が足元と壁に敷かれ、不気味な絵画が飾られていた。絵画に描かれていたのは、銀の鐘に祈りを捧げるカムパナと修道女。ティムは悪趣味な絵画に顔をしかめる。

 

「先に進みます。各自、隊形を崩さないように」

「ほいほいさ! 後ろのお二人もちゃんと付いてきてくださいね!」

「りょ、了解です」

 

 蝋燭(ろうそく)の明かりだけが頼りになる薄暗い廊下。私たちは周囲に細心の注意を払いつつ、悪趣味な廊下を突き進んだ。

 

「……? これが君の話していた奇妙な扉ですか?」

「は、はい! 前はその扉の向こうにシスターがいました!」

 

 ある程度進むと床の浮き沈みが激しくなる。アランはキリサメから事前に聞いていた話を思い出し、その場にしゃがみ込むと扉へ手を触れた。

 

「なぜ床に扉を付けて……? それにどうやってこの部屋から出るのでしょうか?」

「俺も詳しいことは分かりません。けどその扉からあのシスターたちが……壁を歩きながら出てきました。地下室の壁にカーペットが貼られているのはその為です」

「あの人ら、壁を歩いてたんすか? 何かの見間違いだと信じたいんすけど……」

「見間違いじゃない! シスターは壁を歩いて俺を追いかけてきたんだ!」

 

 真実かどうか疑うティムにキリサメは必死に主張する。私は壁に貼られた赤い絨毯に指先を触れた。

 

「この男は嘘をついていない。絨毯には歩いた形跡が残っている」 

「……確かに土で汚れてますね。恐らく町中の土がこびり付いているのかと」

「マジっすか。あの人ら、殺せないだけじゃなくて壁も歩けるなんて……いよいよ亡霊(ゴースト)みたいなもんっすよ。相手にするなら吸血鬼の方がまだマシっす」

 

 赤い絨毯に付着した土を観察するアラン。修道女の習性に驚くティムの隣では、ララが腕を組みながら頭を捻らせていた。

 

「んーむ、んーむ、んむむむ……っ」

「あの、どうしたんですかララさん? さっきからずっと唸ってますけど……」

「いやそれがですねぇキリサメ氏。以前『壁を歩く話』をビューンっていう風の噂で聞いたのですよ。確か何かの本で読んで──」

「その本は『黒薔薇(くろばら)冒涜(ぼうとく)』だろう」

 

 言葉を遮るように私が本の題を告げればララは両手を合わせ、瞳を輝かせながら私に詰め寄ってくる。

 

「そうそう、その本ですよアレクシア氏! 何百年も前から傑作として語り継がれている小説! 物語の中で壁を歩く場面があったんです!」

「へぇ、ちなみにどんな場面だったんですか?」

「あのほら、あれなんですよ! ビューンってドババーンってとにかくズキズキ来るような場面で──」

「……ララさん、詳しい話は分からないんですよね?」

「はい、詳しくどころかまったく分かりません」

 

 私は何も覚えていないララにため息をつくと『黒薔薇の冒涜』という小説に登場するとある場面(・・・・・)についてこう語った。 

 

「『黒薔薇の冒涜』の主人公は古城で亡霊と遭遇する。壁を歩く亡霊もいれば、天井を歩く亡霊もいたが……私たちのように地上を歩く亡霊はいなかった。作中で主人公は亡霊の習性をどう推察したか」

「主人公は……どんな風に考えたんだ?」

「『死者が生者と肩を並べることは冒涜である』と教え込まれている。だからこそ亡霊は壁や天井に立ち、その教えを守っているのだ……と、主人公はそう考えた」

「けどあの人らは平気で地上を歩いてたと思うんすけど……。それって冒涜っすよね?」

 

 ティムに言及された私は廊下の奥を見つめ、左脚に刻まれている転生者の紋章を指先で触れる。

 

「あぁ冒涜に値するだろうな」

「……何が言いたいんすか?」 

「作中で主人公はこうも述べていた。『仮に死者が生者と肩を並べることがあれば、それは死者ではなく──死者を(かたど)った変種(・・)である』と」

 

 強張った表情で私の話に耳を傾けるティム。私はアランに「先へ進むぞ」と視線で訴えかける。

 

「だが所詮は書き手の空想に過ぎん。何の参考にもならんだろう」

「ごもっともですね。今は呪印とその小説が関係ないことを祈りましょう」

「ふむ~、そうですか。ピカピカーンと天才的な閃きをしたと思ったのですが……あ、天使的な閃きに訂正しま──」

「ララ先輩、訂正しなくても大丈夫なんで今は陣形を乱さないでもらっていいすか?」

 

 床に扉が付けられた廊下を慎重に進んでいれば十字路へと辿り着く。アランは左右を交互に観察しつつ、最後尾を歩いているキリサメの方へ振り返った。

 

「どちらへ進めばいいのか分かりますか?」

「えっと、俺は前に右に曲がったんです。でも右にはシスターの扉だけがあって、行き止まりだったので……」

「このまま進むか、左に曲がるか。どっちかが正解の道ってことっすね」

 

 二手に分かれるか否か。私は思考中のアランの横を通り過ぎれば、背後から肩を掴まれた。

 

「待ってください! 勝手に行動しては──」

「この狭い地下室で囲まれた時点で詰み(・・)だ。二手に分かれるだけでその被害は抑えられる」

「認可し難い提案ですが……確かに被害は抑えられますね。それでは私とララで左の道を調べます。君たちはティムと共にこのまま直進してください」

 

 私の肩から手を離したアランはララと共に十字路の左の角を曲がる。そして自身が装備しているディスラプターαのホルスターを指差した。

 

「調査が終わった時はこの十字路まで戻ってきてください。もし接敵した場合は銃声を鳴らすこと。あとは……生存第一で判断を下すように」

「あぁ」

「お三方、気を付けるのですぞ。旅は道連れとは言いますが、迷惑をかけてもいいってわけじゃないですからな」

「ララ先輩、全然説得力ないっす」

 

 こうして二手に分かれ、私とキリサメとティムの三人で十字路を真っ直ぐ歩いていく。床に貼り付けられていた扉はある程度進めば消えてしまい、代わりに左右の壁へ修道女たちの絵画が無数に貼り付けられていた。

 

「最悪っすね。こっちの道は外れじゃないすか……」

「この道は当たりだ」

「どこが当たりなんすか?」

「足元に扉が無い。つまりあの女共も急に現れないということになる。それを踏まえての当たりだ」

 

 廊下の突き当りにあるのは広い部屋。私たちは絵画に描かれた修道女に見つめられながら、その広い部屋へと足を踏み入れる。

 

「ここって、展示室だよな……」

「らしいな」

「で、この不気味な芸術品を踏まえたらどうなんすか?」

 

 広い部屋に展示されていたのは芸術品。月光に照らされた鐘塔(しょうとう)が描かれた絵画。黒い薔薇の造花が一輪生けられた花瓶。狂った笑みを浮かべる女の彫像(ちょうぞう)。あらゆる芸術品が並べられていた。

 

「……やや(・・)当たりか」

やや(・・)が付いた時点で当たりじゃないっすよ。……まぁ調べるだけ調べてみますけど」

 

 幻想的な演出でもしたいのか、蝋燭は芸術品に薄っすらと影がかかるよう配置されている。私は狂った笑みを浮かべる女の彫像の前に立つ。

 

「この女は……誰だ?」

 

 彫像をよく観察してみれば、その女の全身に薔薇が何十本と突き刺さっていた。身に纏った高貴なドレスは破り捨てられ、豊かな両胸は露となり、ただ泣き叫ぶ。しかし笑ってもいる。狂ったように、虚空を見つめながらも。

 

「作品の題は『Mania(マニア)』か」

 

 この像はカムパナではない。ならば誰なのか、それは見当もつかない。だが題のプレートには『Mania(マニア)』とだけ刻まれている。恐らくこの像のモデルとなった人物の名だろう。

 

「……?」

 

 破られたドレスの下に垣間見える肌の上。何かが細かく彫られていることに気が付き、視認できる角度まで回り込む。

 

「──」

 

 視認した瞬間、私は無意識のうちに呼吸を止めた。そこに彫られているのは文字ではない。薔薇による刺し傷でもない。それは私が何度も目にしてきた証。

 

「なぜこの像に──」

 

 吸血鬼共を消すために神という偶像から与えられ、何千年と戦わされ、何百回と転生をさせられ、私たちから忘却という慈悲を取り上げた証。

 

「──転生者の紋章が彫られている?」

 

 私たち転生者(・・・)の紋章だった。

 

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