ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:18『死者の我らに呪印を与え給え』

 

「……理解が及ばんな」

 

 狂った笑みを浮かべた彫像(ちょうぞう)に刻まれているのは転生者の紋章。私は左手で自身の脚に刻まれた紋章を、右手で彫像の紋章へゆっくりと触れる。

 

『転生者は千年の間で存在意義が変わっちまったのさ。あの頃のように……転生者は神共に近しい存在じゃない。それだけは覚えときなァヒュブリス、あたしゃあ若い頃に何度も詰み(・・)かけてるからねェ』

 

 脳裏を過るのはクルースニク協会でヴィクトリアから忠告を受けたあの日だ。確かにあの女は『転生者の存在意義が変わった』と口走っていた。

 

(転生者が題材だったとして、なぜ醜い姿を芸術品に? カムパナとやらがそう作らせたのか、それとも……)

 

 転生者は簡潔に述べれば神に選ばれし粛清者。私が知る時代では転生者という存在は、人々から常に崇められていた。芸術品も数多く作られたが、そのどれもが転生者を持ち上げるものばかりだったはず。

 

Adar(アダール) RambA(ランバ)。あんたが知りたがっていた真実──千年の空白がそこに眠ってるはずだよ』

 

 私が転生する間に経過していた千年という長い空白。転生者の身分が、立場が危うくなっている。この女の彫像からはそう読み取れた。

 

「ア、アレクシア……」

「何の用だ?」

「い、一緒に行動しないか? この展示室、なんか嫌な感じがするんだよ」

「……情けない男だな」

 

 私が彫像を見つめていると私の隣に立つのは、不気味な展示室に冷や汗を掻くキリサメ。同じように『Mania(マニア)』という題の彫像を見上げる。

 

「ん? この像が気になるのか?」

「少し気掛かりなことがあっただけだ。私は他を見て回る」

「あっ、おいおい待て待て! 俺を置いてくなよ!」

 

 私は彫像の前にキリサメを置き去りにし、展示室の奥へと早足で向かった。ふと視界の隅に映ったのは黒薔薇の造花が生けられた一輪の花瓶。私は無意識のうちに花瓶の前まで自然と歩み寄る。

 

「……『孤高(ここう)黒薔薇(くろばら)』か」

 

 哀愁漂う芸術品。題は『孤高の黒薔薇』だった。決して鮮やかな色とは呼べない黒薔薇の造花(・・)一輪(・・)だけ生けられる(・・・・・)

 

「黒い薔薇だよな。それって」

「あぁ」

「黒色の薔薇なんて生まれて初めて見たよ。向こうの世界では赤色の薔薇とかが普通だからさ」

「この世界でも赤色の薔薇が主流だ」

 

 置かれた環境によって造られた(・・・・)自分。その日から孤独(・・)を貫く生き方(・・・)をした自分。どこか哀愁が漂うのはそのように魅せているからだろう。

 

「そういえば、聞きたいことがあるんだ」

「何だ?」

「さっき話してた『黒薔薇の冒涜』って小説の作者……前世のアレクシアだったりしないか?」

 

 私は黒い薔薇から隣に立つキリサメへ視線を移した。飾られた展示室の蝋燭が少しだけ揺らぐ。

 

「……なぜそう思う?」

「んー、お前が『黒薔薇の冒涜』の物語を語っているとき、自分の経験談を話してるように聞こえたからかなぁ……。特に『私たちのように地上を歩く亡霊はいなかった』の辺りとか、いつものアレクシアだったし」

 

 何の根拠もない所見を言葉にするキリサメ。私は無言のままその所見へ耳を傾けつつ、キリサメの顔を見つめていた。

 

「まぁ何となくそう思っただけだからさ。ただの勘違いかもしれないけど」

「お前は手に取るのか?」 

「え?」

「数ある名作が並ぶ本棚に『黒薔薇の冒涜』が置かれていた時、手に取るのかと聞いている。……仮に、私が著者だったとして」

 

 私からそう問われたキリサメは数秒ほど考える素振りを見せ、平然とした顔をこちらに向けてくる。

 

「俺は手に取るよ。アレクシアが書いてる本なら絶対に」

「なぜだ?」

「なぜって聞かれてもなぁ。お前が書いてるなら内容が面白そう……としか答えようがないんだけど──」

「そうか」

「って……お、おい待てって!」

 

 単純明快な理由を述べるキリサメをその場へ置き去りにし、展示室の奥へと向かう。絵画が飾られた右角を曲がれば、三メートルほどの絵画が視界に入る。その絵画をティムが独りで見上げていた。

 

「絵画を(たしな)む余裕があるのか」

「自分からしたら『逢引(あいびき)する余裕があるのか』って言葉を返したいんすけどね」

「……お前は何を言っている?」

「はいはい、お得意の惚けで誤魔化しますよね。もういいっすよ」

 

 理解の及ばないことを口走るティム。私が小首を傾げれば、呆れた顔で大きな溜め息をつく。

 

「まぁ、あんたらの邪魔するのもアレなんで時間を潰してただけっす。それとこの部屋には悪趣味な芸術品が置かれてるだけで、進む道も手掛かりも何もないっす。そっちは何かありました?」

「いや、目に映ったのは下らん芸術品ばかりだ」

「そうっすか。じゃあこの部屋はただ展示室ってことっすね」

 

 絵画に描かれているのは二メートルを優に超えた高身長の修道女。当然のように顔へ埋め込まれるのは銀の鐘。両手に巨大な(ハサミ)を持ち、絵画の世界で罪人の手足を切り落とそうとしている。こだわられているのは罪人の怯える表情の描写。

 

「何だよこの絵画? 描かれている内容が残酷……ていうか、このシスターデカすぎんだろ……!?」

「馬鹿みたいに巨大なシスターで威圧感を出して、怯えている罪人で恐怖感を出して……異彩を放つっていうのはまさにこのことっすね──」

「評論家を気取っているのか?」

「危なかったっす。自分、咄嗟に手が出そうでした」

 

 だがティムの『異彩を放つ』という言葉通り、この絵画だけは展示室の中で異様な存在感を放っていた。私からすればどうもただの絵画には見えず、芸術品と称するのにも違和感を覚える。

 

「んーっと、絵画のタイトルは……『断罪(だんざい)(やいば)』だな」

「『罪人を断ち切る刃』だから(ハサミ)ってことっすね。シスターが罪を裁いているのは、どういう意図なんすかね──」

「なるほど。評論家志望か」

「絶対友人できないタイプっすよね、あんた……」

 

 呆れているティムに苦笑をするしかないキリサメ。私は絵画に背を向け、展示室の入り口まで歩き出す。

 

「成果は無しだ。一度引き返すぞ」

「はいはい、結局こっちの道は外れ(・・)だったじゃないっすか」

 

 ティムは皮肉をぼそっと呟きながら後に続いた。私はアランやララが進んだ左の道が正解だったのか、と一人で考えていれば、

 

「うおぉおぉッ!?!」

「……どうしたんすか? 急に大声上げて」 

 

 絵画を未だに眺めていたキリサメが突然大声を出す。私とティムはその場を振り返ると、キリサメが真っ青な顔でこちらへ駆けてきた。

 

「い、今……シスターの顔がこっち向いたんだよ!」

「は? 絵画が動くわけないっすよ。幻覚でも見たんじゃないっすか?」

「ほ、本当にこっち向いたんだよ! ほら、よく見ろって! さっきはこっち向いてなかっただろ!?」

 

 強く主張するキリサメに私たちは渋々絵画を改めて観察してみる。しかし修道女はこちらを向いてはいない。この絵画を初めて目にした時から変化はないだろう。

 

「あ、あれ? 変わってない……?」

「はぁ、少し落ち着いてみたらどうっすか」

「い、いや、でも確かに動いて──」

「なら試せばいい」

 

 口論する二人を他所に私は銀の杭を一本だけ左手に握りしめ、そのまま絵画に向かって投擲する。銀の杭は絵画に深く突き刺さるが、絵画は微動だにせず、しばし静寂が訪れる。

 

「……お前が見たのは極度の恐怖状態による幻視(げんし)だ」

「え、えぇっ? けど、ほんとに絵画が動いて……」

「二対一で『あんたは幻覚を見た』の勝利っす。今は民主制なんで素直に認めてくださ──」

 

 そう言いかけたティムの言葉を遮るように、絵画が飾られた方角からポツンと雫が滴る。私たちは口を閉ざし、無言で絵画の方へ顔を向ける。

 

「絵画から、なんか出てないか……?」

 

 銀の杭が突き刺さった箇所から一滴、二滴と絵画を伝うのは黒い雫。粘着性があるのか、ゆっくりゆっくりと床へ伝わっていく。

 

「一応聞いておきたいんすけど、絵画って紙なんすよね?」

「あぁ」

「紙って、流血しましたっけ?」

「紙は紙だ。血は通っていない」

 

 刺さった銀の杭を押し返すように溢れ出す黒い血液。私たちは絵画に描かれた修道女を見据えれば、

 

「……あの絵、なんかこっち見てますよね?」

「そうかもしれんな」

 

 他所を向いていたはずの修道女が私たちをじっと見つめていた。ティムはその変化に気が付くと、頬を思わず引き攣ってしまう。

 

「誰かが描き直したんすかね?」

「この部屋にいるのは私たちだけ。他の人間が仮に潜んでいたとして……目を離したほんの数秒でどう描き直す?」

「じゃあ、なんでこっちを向いて──」

「ア"ァァア"ァア"ァア"ァァア"ァ……ッ!!」

 

 瞬間、絵画の中の修道女が突如動き出し、罪人の右腕を(ハサミ)で切り落とした。絵画の中で飛び散るのは真っ赤な血飛沫。罪人は口を大きく開き、苦痛に悶えた叫び声を上げる。

 

「ギァアッ、イギィア"ッ、アァアグャアァアァァアァアッ!!!」

「なんで絵が動いてるんだよっ!?」

「後、この声はどこから聞こえくるんすかね……!?」

 

 左腕、左脚、そして右脚。絵画の中から聞こえてくる鋏の音と罪人の叫び。鋏で四肢を切り落とせば切り落とすほど、飛び散る血液の量も増していく。私たちへ見せつけるように修道女が罪人を断罪する。

 

「ギィアァアアッ──」

 

 そして鋏の金属音と共に断末魔が途絶えた。絵画の中で転がり落ちるのは罪人の頭部。修道女は巨大な鋏を何度か閉じたり開いたりを繰り返し、私たちの方へその矛先を向ける。

 

「自分、とてつもなく嫌な予感がするっす」

「お、俺もだよ。今すぐここを離れた方がいいんじゃ……」

 

 キリサメがそう言いかけた瞬間、鋏が絵画の内側から貫くと十字で画材が切り裂かれた。切れ目から滝のように溢れ出すのは真っ赤な血液。絵画の奥から鋏の金属音が徐々にこちらへ近づいてくる。

 

「これでも『この道はやや当たり』とか抜かせるんすか? 自分、どう考えても外れにしか思えないんすけど」

「いや、外れの方がマシだ」

 

 絵画からゆらゆらと姿を見せたのは修道女。身長は二メートルから三メートル。両手に握られた巨大な鋏には罪人の血液が付着しており、絵画に描かれていた姿と何ら変わりない。

 

「キエアァィェァェィアァェァィイアァアッ!!!」

「どうやら私たちは最悪のカードを引いたらしい」

「言ってる場合っすか!?  さっさとここから逃げますよ!」

 

 金切り声を上げ、全速力で駆けてくる巨体の修道女。私はティムとキリサメが入り口まで走り出すのを確認し、最後尾で何度か銃声を鳴らす。

 

「何なんだよあのデカいのは!? それに絵が、そのまま飛び出してきて……ッ!!」

「んなこと知らないっすよ! どうせ呪印の力とかで大きくしたんじゃないっすか!」

「そんな二十二世紀の秘密道具みたいなことできんのかよ!?」

「黙って走れ。このままだと追いつかれるぞ」

 

 巨体のせいで歩幅も広く、駆ける速度も異常なほどに速い。追いつかれるのは時間の問題。私が牽制しようと振り返った瞬間、修道女は跡形もなく姿を消し、

 

「キァェィイアァァアィッ!!!」

「なッ!? こいつ、いつの間に回り込んだんすか……ッ」

 

 入口へ瞬間移動をし、鋏の動刃(どうば)を私たちへ突き出してきたため、

 

退()け」 

「おわ……ッ!?」

 

 ティムとキリサメの襟を掴んで強引に下がらせた。私の首元へ鋏の刃が両端から迫ってきたが、すぐさま後方へと身体を逸らし間一髪で回避する。僅かに刃へ触れた青髪が切れ、やや宙を舞った。

 

「他の女共と同様に殺せないとなれば……ここで足止めするしかないか」

「こんなデカいの足止めできるんすかね?」

「あの像まで私がこいつを誘導する。お前たちは像を落とし、鋏女(ハサミオンナ)を押し潰せ」

 

 脳裏を過ったのは『刺客として送られた修道女が亡者に押さえ付けられる』光景。恐らく物理的な手段で押さえ込めば、身動きは封じられるはずだ。

 

「あ、あぁ分かった! ティム、やってやろうぜ!」

「……仕方ないっすね。やるだけやってみるっすよ!」

 

 ティムとキリサメが位置につくため『Mania』という題の彫像まで向かう。私は修道女の巨体を澄ました顔で見上げた。

 

「貴様は罪人を裁いて処刑人を気取っているようだが……裁くべきは罪人ではなく罪の方だ。それを踏まえれば貴様の行いはすべて、断罪ではなく殺人に値するだろう」

「キァッ、キキキ……ッ!!」

「つまり貴様は自身の正義を振りかざし、罪人を裁き、自身の欲求を満たすだけの──快楽殺人犯(サイコキラー)に過ぎん」

「キッ、キァッ、エキェィァァアァアァァッ!!」

 

 そしてティムたちとは真逆の方向へ走り出す。軽く挑発してやれば修道女はその巨体を唸らせ、鋏の開閉を繰り返し、私の後を追いかけてきた。

 

「キェッ!! ァアァアッ!! キェエゥァアァアァアァアー-ッ!!」

(身動きも早く、空間移動の範囲も広い。この鋏女は呪印の力を与えられた上位種みたいなものか)

 

 展示用の仕切りなどに身を隠して時間を稼ぐが、障害となるすべてを鋏で真っ二つに切り刻みながら突っ込んでくる。知能は低いようだが、その無鉄砲さと怪力は脅威になるだろう。

 

(だが空間移動の対処法は思いついた)

 

 修道女たちが立ち位置を転々とさせる空間移動。対処法は『自身と修道女の間に障害物を挟む』ことだ。部屋に立て籠もった際に、修道女は本棚や壁越しに空間移動をしてこなかった。

 

「ェキァィェェエェェエッ!!」

「……眷属共に比べれば恐れるに足らんな」

 

 仕切りの壁が多い展示室ならば時間を稼ぐのは容易い。私は足を切り落とそうと迫る鋏を壁を蹴った勢いで回避する。

 

「アレクシア、準備できたぞ!」

 

 私はキリサメの呼びかけを耳にすると方向転換をし、彫像が飾られている場所まで一気に駆け出した。

 

「キィェァエ"ィア"ァイ"ァァア"ェエェーーッ!!」

「そのまま突っ走ってください!」

 

 彫像の前の足元に張られた麻縄。修道女を転倒させるために仕掛けられているのだろう。私は二人の意図を汲み取り、寸前まで修道女の巨体を自身に接近させ、

 

「エ"ィァィェア"ァキィェエ"ェェ……ッ!?」

「罪人に足をすくわれたな──快楽殺人犯(サイコキラー)

 

 大きく飛び退くように宙で後方へ回転し、鋏の動刃で上半身と下半身が真っ二つになるのを免れる。修道女は麻縄に足を引っかけ、前のめりに転倒した。

 

「今っす! 全力で押してください!」

「うおぉおおぉらぁぁああぁッ!!」

 

 その好機を見逃すわけにはいかない。ティムとキリサメがそう言わんばかりに、台に乗せていた彫像を力一杯に押し込めば、

 

「キゥエェィエェェアァアアッ──」

 

 彫像が修道女の巨体に勢いよく落下し、血肉が潰れる不快な音を立てた。

 

「エィキェッ……キェウェエアァァア……ッ!!」

「よ、よし、何とか上手くいったな! 大丈夫かアレクシア?」

「あぁ」

 

 辺りに立ち込めるのは(ほこり)。キリサメは暴れ回る修道女に息を呑みつつ、私の身を案じ、傍まで駆け寄ってくる。

 

「ェィエ"ェェエエァア"ァア"ァァア"ッ!!!」

「今のうちにここから離れた方がいいっすよ! そいつの声で仲間が寄ってくるかもしれないんで!」

「そ、そうだな! 早くアランさんたちと合流しようぜ!」

 

 修道女の金切り声を背中で聞きながら、私たちは元の十字路まで廊下を駆け抜けた。展示室から離れると次第に修道女の声も小さくなる。

 

「アラン先輩!」

「ティム……!? 良かった、無事だったのですね!」

 

 十字路で待機していたのはアラン。こちらの姿を見つけると表情を緩め、周囲を警戒しつつも私たち合流する。

 

「あれ? アランさん、ララさんはどこに?」

「それが、道中で(はぐ)れてしまいまして……」

「……逸れただと?」

「詳しい事情を話す前に、先にこの報告だけはさせてください。まず左の道を進んでも行き止まりでした。扉も分かれ道もない、ただの一本道です。次にララの行方についてですが……」

 

 アランは左の道に関して報告すると、付け加えるようにララの行方についてこう語り始めた。

 

「ララは、突然消えたんです」

「突然消えたって……どういうことっすか?」

「消える直前、僕が前を、ララが後ろを歩いていました。消えたのは蝋燭の火が消えた一瞬の間。僕は何度も辺りを探し回りましたが、ララの姿は見当たらず……」

 

 消える直前の状況を説明するアラン。私はその説明を耳にしながら考える素振りを見せる。ティムやキリサメも硬い表情で話に耳を傾けていた。

 

「ノーマン先輩も見つかってないのにララ先輩も消えるなんて……。しかもカムパナや呪印に関する手掛かりも掴めてない。これじゃあ問題は山積みっすね」

「申し訳ありません。僕が警戒を怠っていたせいで……」

「だ、大丈夫ですよアランさん! ララさんなら平気です! もしかしたらひょっこりと姿を見せるかもしれませんし!」

 

 ティムの独り言を聞いたアランは自責の念に囚われながら両肩を落とす。キリサメはそんなアランを励ますように肩へ手を置いた。

 

「そうっすよアラン先輩。ララ先輩はよく迷子になるじゃないっすか。いつも迷子になった時は『参った参ったですなぁ』とか言いながら帰ってくるんで──」

「いやぁ~! 参った参ったですなぁ!」

 

 ふと聞こえてきたララの声。私たちはアランが調査に向かったとされる西側の通路へ一斉に視線を移してみると、

 

「ありゃ? どうしたんですか皆さん?」

「ララ先輩っすか?」

 

 呆然としている私たちに眉を潜め、のんびりと歩いてきた人物。姿を消してしまったはずのララ・エンジェルだった。

 

「ララ、今まで一体どこに……?」

「むむっ!? それはこっちの台詞ですぞ! アラン氏こそどうして私を置いていったんですか!」

「はい? 一体何の話をして……? 僕は君を置き去りにした覚えは──」

 

 私はすぐさま二丁の銃をホルスターから取り出し、銃口をアランとララへと向ける。キリサメやティムも話の食い違いに気が付くと一歩だけ後退りをした。

 

「な、なにをしてるんですかアレクシア氏?! そんな危ないものを人に向けてはダメダメですぞ!」

「……呪印とやらは他人に擬態ができる力を持つ。互いの意見が合わんなら、どちらかが擬態をした偽物だ」

「僕らのどちらかが偽物……? だったらララが偽物です! 僕は置き去りになんてしていません!」

「何を言うんですかアラン氏! さっき私を置き去りにしたじゃないですか! だからこのアラン氏がズバリ偽物です!」

 

 互いに口論するアランとララ。私は二人の素振りや言動を事細かに観察したが、長い付き合いならともかく、まだ出会ってから一週間も経っていない。浅い関係の私が違いを判別するのは不可能だ。

 

「……おい、お前が見極めろ。私には判別できん」

「そんなこと言われても困るっすよ。第一、偽物と本物を見極める方法なんてアカデミーでも習ってないんすから──」

「いやぁ~! 参った参ったですなぁ! すっかり迷子になってしまいましたよ!」

「君たち、先ほどの銃声は一体何が起きて……!」

 

 ティムに見極めるよう促した途端、今度は東側の通路からアランが、地下室の入り口がある南の方角からララがやってくる。同一人物が二人揃い、キリサメやティムは愕然としてしまうが、

 

「いやぁ~! 参った参ったですなぁ! 何やら怪しい気配がしたので追いかけてみたらただのネズミでした!」

「ティム、無事だったのですね! 聞いてください、ララが姿を消して……!」

「いやぁ~! 参った参ったですなぁ! アラン氏とはぐれてしまいましたよ!」

 

 追い討ちをかけるように西側の方角から再びララが、南側の方角からアランが顔を見せる。更に私たちが向かった展示室の方角、北の方角からララがもう一人やってきた。これでアランが三人、ララが四人この場に揃う。

 

「はれれッ!? どうして私が三人もいるんですか!?」

「僕が、なぜ二人も……!?」

「なっななななッ!? わ、わけが分かりませんぞぉ!?」

「ティム、これは一体何が起きて……!?」

 

 同じ顔と同じ声が視線の先で並んでいる。私は銃の引き金を引けるよう指先に力を込めながら、

 

(……骨が折れるな)

 

 苦虫を噛み潰したような顔をすることしかできなかった。

 

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