「僕が本物です! 偽物は君の方でしょう!」
「違います! 君が偽物で僕が本物ですよ!」
「私に憧れるのは分かりますが、こんなに増えるのもめーわくめーわくですぞ! 今すぐ私の真似をするのはやめてください!」
「むむっ!? それは私のセリフですな! あの戦場を駆け巡る天使というのはこの私のことです! そっちこそやめてください!」
私たちの前に広がる光景は、お互いに本物だと口論する三人のアランに四人のララ。キリサメとティムは困惑した様子でその光景を傍観する。
「これ、どうやって本物見極めればいいんすか? 全員同じに見えるんすけど……」
「俺も全員が全員アランさんとララさんに見えるよ。けどアランさんとララさんは実際一人しかいないし……この中に絶対偽物がいるんだよな」
このままでは埒が明かない。私は軽く揺さぶりをかけるため、アランとララの群れにこう問いかける。
「私たちは事前に合言葉を決めていたはずだ。一人ずつ私に耳打ちしてみろ」
「あ、合言葉……?」
私の問いかけにボソッと呟くのは、展示室のある北の方角から姿を現したララ。他の者たちは口を閉ざすと、次々と私の元へ集まってくる。
「アレクシア氏、合言葉なんて決めてませんぞ……?」
「どういうことですか? 合言葉なんて僕らは決めていませんよ」
(……返答は同じか)
私たちは事前に合言葉など決めてはいない。答えられないのが正常な返答。アランやララのほとんどがそのような返答をしてきた。たった独り、先ほどボソッと呟いたララを除けば。
「何をしている? 後はお前だけだ」
「わ、分かってますよアレクシア氏! 高みの見物をするのが天使の役目でしょうに!」
明らかな動揺。私や周囲の目に怯えながらも私の耳へ口元を近づけ、囁いてきた言葉は、
「合言葉は……せ、戦場の熾天使、ララ・エンジェ──ぐふぇッ!?!」
苦しみ紛れの合言葉。私はこのララが偽物だと判断を下し、胸元を掴んで壁へと叩きつけ、銃口を脳天へと突きつけた。
「そこの男共は三人だが、何故かこの女共は四人。一人多いのは妙だとは思ったが……こんな
「あ、合言葉を間違えちゃっただけです! 今、今すぐ思い出しますので少々お待ちを──」
「私たちは合言葉など決めていない。何を思い出すつもりだ?」
「へっ、へぇッ!?! あ、合言葉なんてないんです!?」
愚鈍な偽物は炙り出せたがそれでもたった一人。残りのアランやララの集団は揺さぶりをかけたところで、全員が同じ返答をするのみ。問い詰めるだけでは、偽物と本物の区別はつかないだろう。
「ま、まま、待ってください! そうです、そうなんです! 私は正真正銘の偽物です!」
「正真正銘の偽物ってなんだよ……?」
「偽物、偽物ですから殺さないでください! 私は偽物でも生きてるんですぅう!」
「人に化けといて命乞いするなんて良い御身分っすね」
取り敢えずこの偽物から始末しようと引き金を引こうとした瞬間、自らをララではないと認め、子供のように喚き始める。そんな偽物にキリサメとティムは頬を引き攣っていた。
「貴様を生かす価値もないだろう」
「わ、私なら偽物と本物が分かります! 分かりますから、生かしておく価値もあるんですぅうぅ!」
命惜しさに喚く戯言か。それとも自身の価値を主張する真言か。私は引き金から指を離し、冷めた眼差しを送りながらこう問い詰める。
「見分け方をその煩わしい口で説明してみろ」
「あっ、そのっ、私の、私の
「そうか。ならあの世で続きを考えてこい」
言葉を詰まらせるララの偽物。私は話を聞くまでもないと溜息をつき、引き金を引こうと指に力を込めた。
「待ってくれアレクシア。少しだけこの偽物を試してみたい」
「……なぜ試す?」
「なんていうかさ、偽物だけど悪い奴に見えないっていうのかな? 中身はどう考えてもシスターじゃないし、妙に親近感があるっていうか……」
「自分もキリサメくんに賛成っすよ。この人、命乞いしかしてませんし。口先だけだったとしても、この現状をどうにかできるんなら試す価値はあるんじゃないすか」
しばし考える素振りを見せた後、私はララの偽物から銃口と手を離し、顎で本物か偽物かを判別するよう促した。
「い、行きますよ……」
愚鈍な偽物はアランとララの集団を見渡せる位置に立つと、両手の親指と人差し指を重ね、指と指の隙間をまずは左端に立つララへと向けた。
「……」
「偽物が本物を見極めるって、変な光景だな……」
目を瞑りながら念じている愚鈍な偽物。その姿を目にしながらキリサメがそんな独り言を呟いた途端、
「って、うおぉぉっ?!! シスターに変わった!?」
「もう自分、わけがわかんないっすよ……」
愚鈍な偽物がララから呪印を与えられた修道女に姿を変えた。混乱する二人を他所に、私は愚鈍な偽物を監視しつつも銃口を向ける。
「つ、続けます
「……何を言っている? そのまま続けろ」
左端から一人ずつ両手を向ける愚鈍な偽物。私たちがしばらく眺めていれば、向けていた両手は左端から右端まで到達する。姿は未だに修道女の姿だ。
「終わったのか?」
「……」
「おい」
愚鈍な偽物は両手を下ろすとその場で硬直する。表情は修道女の姿のせいで窺えないが、どこか張り詰めているように見えた。
「わ、私の変な力は、ですね……。手を向けた人に、なりすますことができ、でき、できるみたいなんです……」
「それで?」
「で、でもその人の、見た、見た目だけを読み取るんじゃなくてですね。本人の姿を、そのまま、そのまま読み取るんです」
「何が言いたい?」
妙に怯えた様子でゆっくり説明する愚鈍な偽物。私は上擦った声に耳を傾けながら、背中へ銃口を突きつける。
「つ、つまり、その、本物が混ざっていたら……私の、私の姿はその人に変わりまし、変わりまして……。でも、ずっとこのシスターさんの姿のままで……」
「それが?」
「え、えと、ひ、非常に言いたくないんですが──」
気が付けば三人ずつ並んでいたララとアランが静かに俯いていた。キリサメやティムは嫌な予感がし、一歩だけ後退りをする。
「──この中に、本物はいません」
そう告げた瞬間、ララやアランたちが一斉に修道女の姿へと成り果てれば、ゆっくりとその場で顔を上げ、
「「「キェゥィアェァアアァアァアー-ッ!!!」」」
「ひ、ひぃいぃいぃぃっ?!!」
金切り声と鐘の音を周囲に響かせた。愚鈍な偽物は頭を抱えながら座り込んでしまう。私は修道女の頭部に弾丸を撃ち込みつつ、探索をしていない西側の通路へ視線を移す。
「走れ」
「走れってどこに逃げるんすか!?」
「西側の通路だ。恐らくその道はカムパナとやらの元まで続いている」
この場に本物がいないとなればアランの『行き止まりだった』という供述は、私たちを足止めするための嘘だろう。
「待ってくれ! あの子を置いていくのか!?」
「あの道化師は女共の眼中にない。どうせ襲われん」
愚鈍な偽物はしゃがみ込んだままだが、同じ外見をしているせいか、修道女たちの標的として映っていない様子だった。私は気に掛けるキリサメの背を押し、西側の通路を走らせる。
「キァェィア"ァィゥァア"ァア"ッ!!」
「くっ、ララ先輩とアラン先輩はどこに消えたんすかね……!? 襲われたんなら銃声が聞こえるはずっすよ!」
「考えられるのは二つ。鳴らす前に不意を突かれたか、銃声が届かない場所にいるかのどちらかだ」
この通路は空間移動の障害となる壁はない一本道。修道女たちにとって優勢となる環境。私は銃で牽制しながらティムにそう伝える。
「銃声が届かないって……! この地下室、そんな広いようには見えないっすけど──」
「ェキィェァア"ァァァア"ア"ァァァア"ー-ッ!!!」
耳を
「お、おい嘘だろ、この声って……?」
キリサメが振り返った先には大型の鋏を両手に握りしめ、一心不乱にこちらを追いかけてくる巨体の修道女。彫像に潰された肉体は完全に再生している。
「……目を付けられたか」
「良かったっすね! あの人、多分あんたに一目惚れしたんすよ!」
「アレは腐っても女だ。お前に惚れたのだろう」
「だとしても、あんなヒステリックな女性はお断りっす!」
他の修道女を鋏で薙ぎ倒しながら迫ってくる修道女の巨体。私は鋏女の右膝へ何十発もの弾丸を撃ち込むが体勢を崩す様子がない。むしろ向かってくる速度が増していくばかり。
「どぅわッ!?」
「……ッ! 何してんすか!? 早く立ってください!」
何かに
「……試すしかないな」
「あんた、何をするつもりなんすか?」
「あの女を落とす。この扉の下にな」
私は鞘から刀剣を引き抜くと矛先を修道女へ向け、キリサメを立ち上がらせたティムへ視線を送る。
「お前が学んだ
「主流はアベル家の波動っすよ」
「ならお前は私とあの女の鋏を受け止めろ。そして合図と共に弾き返せ」
「……正気っすか?」
「正気だ」
苦言を呈するティムにそう答え、今度は腰を押さえているキリサメへ視線を移す。
「お前は私たちの背後にある扉を開け」
「あ、あぁ分かった! 開くタイミングは?」
「私とこの男が鋏を弾き返す瞬間だ。見逃せば詰むかもしれん」
「任せろ! 絶対に成功させる!」
私はキリサメの言葉を聞くと重苦しい足音を立て、こちらに迫ってくる修道女の巨体を見据えた。私の隣には覚悟を決めたティムが刀剣を構えながら立つ。
「しくじったら死ぬと思うんで、先に聞いときたいことがあるっす」
「……何だ?」
「あの人のどこに惹かれたのかっすよ。自分、キリサメくんはビビッてばっかで頼れない人だと思うんすよね。あんたの性格上、ああいうのを鬱陶しいと感じるはずなんで、一緒にいるのが謎なんすよ」
下らない問いを投げかけてくるティム。私は内心呆れつつ、修道女が握りしめた鋏の動きを観察し、こう言葉を返す。
「お前の言い分は一言一句正しい。あの男は情けない面をよく見せる。私が最も嫌う類の男だろうな」
「じゃあ何でそばに──」
「知らん。私は付いてこいと命令した覚えも、手を貸せと頼んだ覚えもない。あの男が勝手に付いてくるだけだ」
「尚更お荷物じゃないっすか。自分の首を絞めないうちに、早いとこ突き放すことをお勧めしとくっす」
戦力にならないキリサメに嫌気が差していたようで、ティムは小声でそう吐き捨てた。張り詰めた空気と共に修道女の重苦しい足音はすぐそこまで迫っている。
「……お前にはまだ理解できんだろうな」
「は? どういう意味っすかそれ?」
「いずれ分かる。生きてさえいればな」
「そうすか。だったら──」
突き出されるのは鋏の
「ェィア"ェェィェエイ"ァア"ァッ!!!」
「──まずはこの山場を乗り越えるっすよッ!!」
鋏の刃線を刀剣で押し返しながらその場で踏みとどまった。刃同士が擦れ合い、周囲に眩い火花が散りゆく。
「ィゥァア"ッ!! エ"ィァア"ゥッ!!」
「くッ、きっついすねこれ……ッ!!」
その巨体に見合った凄まじい怪力。その力量は体感だと伯爵と同等か、伯爵を超えているかの二択に絞られる。ティムは押し返されまいと、髪振り乱して鋏の刃を受け止めていた。
「ェゥィイ"ァイ"ッ! ァェウ"ゥィァ……ッ!!」
「合図を出した瞬間、鋏の刃を波動で押し上げろ」
「こんなデカいやつを波動で
「……もう一度だけ言う。鋏の刃を波動で
私は弱気のティムにそう声を掛けた後、握りしめていた刀剣を逆手持ちに切り替えれば、廊下を照らす蝋燭の灯が修道女の金切り声で僅かに揺れる。
「ゥウェアァア……ッ! イィウァアァェアッ!!」
「私に合わせろ」
「言われなくても分かってるっすよッ!」
私は修道女の巨体を横目で見上げ、動向を注意深く観察した。その動向からするに、こちらの抵抗が弱まる瞬間を狙い、力で捻じ伏せようとしている。ならばと敢えて私だけ力を弱め、
「ア"ァア"ゥェィァア"ァア"ァア"ー-ッ!!」
「今だ」
「──ッ! ほんとッ……人使いが荒いっすねッ!!」
動刃と静刃の双方から更なる怪力が込められた瞬間、私とティムはルクスαの靭性と硬度を懸念しつつ、刃を全力で上に向けて弾き返す。怪力が込められた鋏は断頭台の刃が落ちたような音を立て、虚空を切り裂く。
「後はあんたの付き添いに任せたっすよッ!!」
流れるように開かれるのは私たちのすぐ背後にある床の扉。キリサメの機会に寸分の狂いも無い。
(この鋏女も他の女共と同じ習性を持つはずだ。つまり想定外の事態に遭遇すれば──)
今まで交戦してきた修道女は追撃を受けそうになれば決まって空間移動で退避する。加えてその退避先は距離を置いた場所ではない。
「ウ"ェキィァァア"ァア"……ッ!!?」
「──必ず私たちの死角へ回り込む」
退避先は私たちの死角。修道女の巨体はすぐさま私たちの背後へ空間移動をし、開いていた扉の下へと落ちていく。
「ィゥア"ェ……ッ!! アァッィッゥウ……ッ!!」
「アレクシア、こいつ登ってこようとしてるぞ……!」
「見れば分かる」
両腕を床へと這いつくばらせ、登ってこようとする修道女の巨体。私は逆手持ちにした刀剣を振り上げ、両腕の肘から先を斬り落とし、
「ェィッア"ァゥゥア"ァ……ッ!!」
「失せろ」
「ァア"ッィェエ"ェッィエ"ゥア"ァァア"ー-ッ!?!」
天井に吊り下げられていた照明器具を撃ち落とし、蝋燭の火を修道女の巨体に引火させた。地の底へ落ちていく光景を最期まで見届けず、私は開いていた扉を右足で力任せに蹴り、二度と這い上がってこれないように閉鎖する。
「先に進むぞ」
「あの、ちょっと休ませもらっていいすか?」
「そんな時間はない。立て」
「はいはい、そうっすか。……あんたの下には死んでもつかないって心に決めましたよ」
疲弊したティムはため息をつきながら廊下の奥へ進み始めた。私がふとキリサメへ視線を移すと、私に向けて右手の親指を立てつつ「作戦成功だな」と言わんばかりの顔を見せる。
「お前は扉を閉めただけだろう」
「そ、そうですよねー。調子に乗ってすんませ──」
「だがよくやった」
「──!」
キリサメにただそれだけ伝えティムの後に続けば、怪訝そうに私の隣まで駆け寄ってくる。背後から修道女が迫ってくる気配はない。
「偽物、じゃないよな?」
「……蹴られたいのか?」
「ご、ごめん! 俺を褒めるなんて珍しいと思ってさ……」
動揺するキリサメから視線を逸らし、鞘に刀剣を収めてから西の通路を進んでいく。先ほどよりも蝋燭の灯に物足りさを感じてしまうのは、夜が更けてきたからだろうか。
「……行き止まりっすね」
「そうだな」
やがて壁に貼り付けられた紅色の絨毯が途絶え、私たちは通路の突き当りまで辿り着く。そこに曲がり角も何もない。ただ床に扉が貼り付けられているのみ。
「ん? なぁ、これを見てくれ!」
「何か見つけたんすか?」
「ほら、ここの扉に銀の杭が刺さってるんだよ」
銀の杭が突き刺さった扉。キリサメの元まで私とティムは歩み寄り、木製の扉に残された痕跡を調査する。
「銀の杭……。これ、アラン先輩やララ先輩の杭だと思うんすけど?」
「じゃあさ、二人はこの中にいるんじゃ……?」
「かもしれんな」
キリサメから聞いた話を踏まえれば、修道女の部屋の扉前には呼び鈴が置かれているはず。しかし周囲に呼び鈴は置かれていない。つまりここは別の用途に使われる部屋。
「中を確認する。お前たちは周囲を警戒しろ」
「了解っす」
私は四つん這いになると刺さっていた銀の杭を引き抜き、扉の穴から向こう側を覗いてみる。
(……誰もいないか)
壁が床として使われている奇妙な室内。棚が床に固定され、壁に椅子や机などが貼り付けられている。隅々まで観察するが修道女だけでなく、アランやララの姿すらも見当たらない。
「どうっすか? アラン先輩やララ先輩はいました?」
「中には誰もいない」
「じゃあ、部屋の住み心地はどんな感じなんすか?」
「どこまでも低俗だ」
私はその場に立ち上がると痕跡が残された扉を全開にする。キリサメやティムも足元にある部屋を見下ろし、顔をしかめていた。
「何にもないってことは、この杭は罠だったんすね」
「どうだろうな。杭は扉の
「んー、じゃあアランさんは敢えて内側から杭を刺して、俺たちに何かを伝えようとしている……とか?」
「ララ先輩はともかく、アラン先輩ならありえるっすね」
私たちは足元に広がる部屋を見下ろしながら考える素振りを見せる。仮にアランたちが残した痕跡だとして何を伝えようとしているのか。そう深く考えずとも一つの結論に辿り着ける。
「あの男が残した痕跡だったとすれば、進むべき道はこの下と伝えたいのだろう」
「……なんでそう思うんすか?」
「この部屋はもぬけの殻。仮に何の細工もない部屋なら、あの二人は今頃私たちを見上げているはずだ」
「そうだよな。廊下は行き止まりみたいだし……シスターに囲まれて仕方なくここに逃げ込んだとか。手掛かりを見つけたけど、戻れなくて仕方なく進んだとか……。結構あり得るんじゃないか?」
私は罠が仕掛けられていないかを確認するため、扉に突き刺さっていた銀の杭を室内へ放り込む。杭は落下する最中、机や椅子に何度か衝突を繰り返し、棚へと入り込んでしまった。訪れるのはしばしの静寂。
「まずは私が先行する。お前たちはそこで待っていろ」
「あぁ、何かあるかもしれないから気を付けろよ」
罠は仕掛けられていない。私は地上の扉から壁に貼り付けられたベッドへと飛び乗り、重力に逆らう家具などを一望する。
(……あの二人はどこに消えた?)
先に進むための道は見当たらない。私が目を付けたのは床に固定された本棚。壁に貼り付けられたベッドから飛び降り、本などを抜き取って調べることにした。
「この本は……」
片隅に置かれていたのは先ほど話していた『黒薔薇の冒涜』と呼ばれる小説。私はそれを抜き取って、本棚の奥を覗き込んでみる。
「何だこれは……?」
視界に映ったのは糸のようなものに繋げられた黒色の壺。触ってみると壺にしては妙に柔らかい。しかし二重の壺なのか、強く摘まんでみれば中には硬いものが詰まっていた。大きさは指先ほどで、壺にしてはあまりにも小さすぎる。
「……私には理解が及ばんモノか」
恐らくは
「ん、何か見つけたのか?」
「あぁ本棚の奥で妙なモノを見つけた。だがその妙なモノの本質を理解できん」
「あー、どんな形してる?」
「色は黒色、形状は小さな壺、大きさは指先ほど。やや太く、黒い糸に繋げられている。壺にしては柔らかすぎるが、二重になっているのか中身は硬い」
キリサメは「小さな壺?」とボソッと呟きつつも、腕を組んで思考を張り巡らせる。ティムはT機関としての私たちへ一任するようで、黙ってキリサメを見つめていた。
「待てよ? もしかして『小型マイク』かも……?」
「小型マイク……?」
「あっ、そういうことか! だからカムパナはあの時、鐘を鳴らすだけで地下室への祭壇を動かすことができて……!」
「ぶつぶつと何を言っている?」
一人で納得をするキリサメ。私が冷めた眼差しを送ると「ごめんごめん」と清々しい顔でこちらを見下ろす。
「アレクシア、それは『音に反応する道具』なんだ!」
「音に反応するだと?」
「そう、音に反応するんだよ! カムパナは鐘を鳴らして祭壇を動かしてた! だからそのマイクにも鐘の音を聞かせれば何か起きるはずだ!」
脳裏を過るのはゼンツァで伯爵を葬った後、泥水から拾った小さな銀の鐘。私は半信半疑の状態で小さな銀の鐘を『小型マイク』とやらに近づけ、何度か鳴らしてみる。
「──!」
すると床の本棚がゆっくりと西側へとずれ始めた。目を凝らして隙間を観察してみれば、更に下の階層へと続く階段。キリサメやティムは本棚が動き始めると慎重に降りてくる。
「い、いかにもって感じの仕掛けだな……」
「アラン先輩やララ先輩はこの先に進んだんすかね」
本棚の裏に隠された階段はカムパナの元へ辿り着くための道。そう確信した私たちがずれていく本棚を眺めていたその時、
「……? 今、何か聞こえませんでした?」
「あぁ俺も聞こえたよ。遠くでドォンッって音がしたような……」
東の方角から凄まじい衝突音が聞こえた。私たちは一斉に東側の壁を見つめる。
「こっちに、音が近づいてきてません?」
「き、気のせいだと思いたいけど……。確かにそんな気がしなくもない……」
思い違いか、衝突音は少しずつこちらへと近づいていた。その音は間近で聞けば聞くほど、より破壊的に、より狂気的な音へと変わっていく。
「は、早く動いてくれよ! なんかやばい気がする!」
「くッ、こんのッ! 何をちんたらしてんすか!」
私が音の方角を見つめているのを他所に、キリサメとティムは本棚を自身の手で動かそうと、力一杯に押し退けようとする。しかし精巧な仕掛けなのか、動く速度は変わらない。
「もうすぐそこまで来てるっすよ……ッ!」
「くそっ! 今度は何なんだよ……ッ!?」
隣から聞こえてくる殴打音。壁を突き破ろうとしているようで、鈍い音と共に部屋が大きく上下に揺れるが、本棚はまだ階段を塞ぎ切ったまま。私たちは間に合わないと悟り、殴打される壁から距離を取る。
「来るぞ」
私が二人にそう声を掛けた途端、ついに一枚の壁が何者かに破壊された。立ち込める土埃と飛び散る瓦礫。視界が塞がれる中、向こう側にいるであろうナニカを視認するため私たちは目を凝らす。
「何もいない……のか?」
「そう、みたいっすね」
だがそこには何もいなかった。残されているのは何十枚もの壁を真っ直ぐ突き破ってきた痕跡だけ。
(……どこかに身を隠したのか? いや、私たちは壁が破壊される瞬間を目視していた。身を隠すことはできな──)
私は眉を顰めながら穴の向こうを見つめる。そして考えられる可能性をすべて脳内で洗い出そうとしたが、
(──この臭いは)
鼻元を漂うのは肉や布が焦げた臭い。私はその臭いですべて理解をし、隣に立っていたティムとキリサメを掴み、
「退けッ──」
「ぐぉわぁッ!?」
壁際まで投げ捨てた瞬間、
「ェァア"ィイ"ィェゥイ"ィァア"ァァア"ー-ッッ!!!」
「──ッ」
背後に空間移動をしていた鋏女に首を怪力で締め上げられ、反対側の壁に叩きつけられた。