ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:22『vs 司祭カムパナA』

 

「アラン先輩、どう仕掛けていくんすか?」

外れ(・・)の伯爵を想定した例の戦術です。この場にいないルーナ様の役割は僕が引き受けます。ティムの後方にララ、僕の後方にノーマンでそれぞれ援護を」

 

 慣れた様子で指示を出すアラン。ララとノーマンは軽く頷くと命令通り、二人の後方へ回り込んだ。

 

「アラン、カムパナの生死はどうすんだ?」

「問いません」

「おぉっ、やっちゃってもいいってことですかな?」

「ええ、カムパナは人類にとって脅威となる存在です。……それに」

 

 カムパナはどう仕掛けてくるのかをただ見物するのみ。ぼーっとしながら景色を眺めるような、隙だらけの態勢だった。

 

「僕らでカムパナを押さえ込むのは不可能ですから」

「……同意見っす。正直、刺し違えることもできなさそうっすね」

 

 しかし隙だらけだとしても四人を相手にするのは赤子の手を捻る程度だ。そう言いたげな様子で棒立ちしている。アランたちからすれば、実力を持つ者のみが振る舞える余裕が垣間見えた。

 

「転生者を偽る愚かな人間共。その歴史と経験、少しは期待しましょう」

 

 カムパナがそう告げた瞬間、アランはティムと共に駆け出した。回り込むこともなく、二人でカムパナを正面に捉え、真っ直ぐに突っ走る。

 

「一見、愚直な戦術のようですが……」

 

 お互いの距離が二メートルに近づけば、アランとティムは各々左右に進行方向をずらす。その後方に控えているのは大型の狙撃銃を構えたララとノーマン。

 

「目的は陽動」

 

 カムパナへの射線が作られた途端、撃ち出された二発の弾丸が高速で向かっていく。だが戦術の意図を見抜いていたカムパナはノーマンの弾丸を難なく回避する。

 

「ちっ、初弾を避けられたか!」

「むむっ、私の弾には見向きもしませんでしたよ!」

「……なぜララの弾丸だけを?」

 

 まるでララが外すことを予知していたように、ノーマンの弾丸だけ回避していたカムパナ。アランはその行動に対して疑心を抱いたが、

 

「アラン先輩! アレをやりますよ!」

「……! ええ、左右と歩数を誤らないように!」

「分かってるっす!」

 

 ティムの呼びかけに応答し、カムパナへと二人で斬りかかる。決して刃同士が掠らず、阿吽の呼吸で刀剣を振るう二人。カムパナは後退りをしつつ、その連携を対処する。

 

「見事な技術ですね。剣先に一切の迷いがない。愚者共とは言え、修練を積んでいる──」

 

 そう言いかけた瞬間、アランが左へティムが右へ三歩ほどずれた。それぞれ別方角からカムパナの目前まで迫りくるのは、ララとノーマンが撃ち出した二発の弾丸。

 

「そして狙撃能力も高い。仲間との連携や統率力も申し分ないでしょう」 

「くそっ、また外したか……!?」

 

 カムパナはやはりノーマンの弾丸のみを避ける。アランとティムは刀剣を握り直し、カムパナへと再び斬りかかった。

 

「伯爵を想定した戦術。その本質は貴方たち二人が仕留めるのではなく、後方に控えた二人が銀の杭を込めた狙撃銃で仕留める。そうでしょう?」

「どうでしょうね……ッ!?」

 

 未だに日本刀を腰に携えるだけのカムパナ。アランは返答を濁し、斬り下ろそうとするティムと呼吸を合わせ、刀剣を真っ直ぐ斬り上げた。

 

「貴方たちの戦術は、お互いに一歩でも歩数が乱れると誤射の危険性が高まる。仲間への信頼と現在まで積み上げてきた意思の疎通。それらが発揮される戦術とも言えるでしょう」 

 

 斬り上げると同時に再度アランとティムは左右にずれ、ララとノーマンの弾丸がカムパナへ向かう。

 

「ですがあまりにも質素。意図を読まれてしまえば、ただの繰り返し(・・・・)に過ぎないでしょう?」

 

 完全に読まれてしまったアランたちの戦術。三度目の射撃も当然のように避けられてしまった。しかしアランとティムは狼狽えることなく、再度カムパナへ斬りかかる。

 

「それは、どうっすかねッ!?」

 

 カムパナに苦笑しながらも斬りかかるティム。刀剣はカムパナに触れることなく、虚空を斬り刻む。

 

「あなたはまだ理解できていませんよ……ッ!」

 

 アランの刀剣も虚空を斬り捨てる。だがしかし、アランやティムは戦術が見抜かれたというのに冷や汗の一つも掻いていなかった。

 

「僕らの──ルーナ班の戦術を」

 

 四度目の射撃。ティムとアランがずれる前の位置に弾丸が撃ち出される。カムパナは呆れながらノーマンの弾丸を難なく回避し、

 

「それは苦しみ紛れの戯言でしょう。貴方たちの戦術は錆び付いた鐘と同格なのです──」 

 

 アランたちに向かってそうセリフを吐き捨てたが、

 

「──よ?」

 

 カムパナの胸元から溢れ出す真っ赤な血液。白い司祭服を紅色に染め上げ、足元へ血だまりを作る。

 

「がはっ……跳弾、どこから……っ?」

 

 胸元を押さえながら吐血をするカムパナ。向けた視線の先には削れた跡が残った銀の鐘。カムパナは他所へ飛んだ弾丸が跳ね返り、自身の胸を貫いたのだと理解する。

 

「これがエンジェルバレットです。お空の上で私とエンジェルくんを恨まないでくださいね」

「あぁ、そういうことでしたか。跳弾は、貴方が……っ」

 

 跳弾を狙ったのはララ。いや、正確には引き起こしたと言った方が正しい。エンジェル家に与えられるエンジェルナンバー。ララに与えられた数字は『4』であり、今撃ち出した弾丸は四発目。他所へ飛んだ弾丸も、必ず貫く。

 

(やっぱり、アランさんたちは強い。俺たちが知らないところで、最前線で吸血鬼たちと戦ってきたから……)

 

 キリサメはアランたちの実力に息を呑んだ。R機関に所属し、吸血鬼たちと戦い続けてきた経験。カムパナや修道女という規格外の存在が相手になろうが、冷静に立ち回り目的を遂行する。

 

「違いますララ。カムパナが向かう先は空の上ではなく土の下です」

「そうっすね。土の下のお友達によろしく伝えといてほしいっす」

 

 アランとティムは躊躇なく、カムパナにトドメを刺すために斬りかかった。慈悲など与えず、その首を斬り落とし、心臓を斬り裂こうと。

 

「ふっ、ふふふ……っ」

 

 カムパナはただ笑う。吐血を繰り返し胸元から血を流し、今まさにトドメを刺されるこの瞬間を、ただ不敵な笑みで過ごす。

 

「私は、貴方たちの前で鳴らしました……っ」

「悪いんすけど遺言は聞かないっすよ」

「ふふふっ……そして貴方たちにこう言ったはずです。響いた鐘の音は、貴方たちの──」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ぼそぼそと呟くカムパナ。アランとティムは不気味に思いながらも刀剣を振り下ろした。

 

「──死刻を告げると」

 

 が、刃が肌へ届く前にカムパナの肉体が消失する。目を見開くアランとティム。二人は吐き出した息を吸い込み、カムパナの姿を探そうと顔を上げ、

 

「かッッは……ッ!?!」

 

 脇腹に日本刀の鞘が叩き込まれ、壁際へと背中を強打させるアラン。ティムは脳の整理が追いつかず、動き出しが僅かに遅れてしまい、

 

「うぐあぁあぁッ──?!」

 

 流れるように振り抜かれた日本刀の鞘に殴打される。風を切る音が鳴るほど強力な一撃は、ティムの肋骨へ容易く亀裂を入れた。

 

「アラン、ティムッ!」

 

 ノーマンが声を上げ、視線を向ける先に平然と立つのはカムパナ。胸元を貫いた穴は再生し、日本刀の鞘を握りしめその顔をノーマンたちへ向ける。

 

「ララ、俺があいつの相手をする! お前はアランとティムを!」

「あ、あいあいさ!」

 

 ノーマンは大型の狙撃銃を投げ捨てると、自動小銃式のディスラプターαを構えた。そして時間を稼ぐために、カムパナの胴体に照準を定め連射する。

 

「な、なんだこいつぁ……!? あのシスターたちと同じように姿を消して……!」

 

 修道女たちと同じように空間移動を繰り返すカムパナ。弾丸は他所へ飛んでいき、カムパナに掠りもしない。

 

「だったら、俺から近づいて──」

 

 入り口に付近で傍観するキリサメを巻き込まないよう、自らカムパナに接近するノーマン。刀剣を引き抜こうと左手で鞘へ手を触れ、

 

「──うぐッぉおぉッ!?!」

 

 られなかった。カムパナは空いている手でノーマンの首を掴み、筋肉質な肉体を床へと叩きつけ、

 

「こ、このやろぉッ!! 足をどけやがれぇえぇッ!!」

 

 身動きが取れないよう右脚一本で床へ押さえ込む。ノーマンは持てる力をすべて使い、カムパナの足を退けようと試みるが微塵も動かない。

 

「ごほッ、うッぐぉおぉッ──!?!」

 

 乗せられた右脚は腹部を押しつぶすように沈んでいく。ノーマンの肉体が軋む音を立て、体内の胃液が口元まで逆流した。

 

「ノーマン……先輩……ッ!!」

 

 ティムは亀裂の入った肋骨を片手で押さえ、ノーマンを助けるために壁際から駆け出す。刀剣を手放さないよう、意識を保ちながらカムパナへ斬りかかり、

 

「ごッ、ぐッほ──ッ」

「ティムー-ッ!!」

 

 左肩から腰まで掛けて日本刀で斬り返された。ティムは一度だけ吐血をすると、両膝を付いて前のめりに倒れる。キリサメはその光景に思わず叫んでしまった。

 

「げほごほッ……てめぇッ、よくもティムを──」

 

 怒りに満ちた顔でカムパナを睨みつけるノーマン。カムパナは最後まで言葉を聞くことなく、まるでボールを扱うように右脚でノーマンを宙で打ち上げ、

 

「うッぐぁあぁ──ッ!?!」

 

 肉体へ一太刀を浴びせ、入り口まで斬り飛ばした。ノーマンの肉体が自分の真横を通り過ぎたキリサメは、顔を真っ青にしながら倒れているノーマンの方へ視線をゆっくりと移す。

 

「ティ、ティム氏……ノ、ノーマン氏……」

 

 アランの身を案じつつ、呆然とその光景を見つめるララ。カムパナは次の標的をララへと定め、ゆっくりと接近していく。

 

「エ、エンジェルくんで戦わないと……!」

 

 震える手を何とか落ち着かせ、ララは狙撃銃の引き金を一度、二度、三度と引いた。当然のように弾丸は他所へと散らばってしまう。

 

「エ、エンジェルバレットで……ッ!!」

 

 四度目に引いた引き金。エンジェルナンバーに導かれ、四発目の弾丸は幾度も跳ね返り、カムパナの心臓へ真っ直ぐ飛んでいく。

 

「──当たりませんよ」

「へっ? エ、エンジェルバレットを、斬った……?」

 

 だがカムパナは日本刀で向かってくる弾丸を真っ二つに斬り捨てた。ララは一瞬だけ呆気にとられ、再度一発、二発、三発と狙撃銃を連射した。

 

「もう一度エンジェルバレットを──うぐッ、ぐッえぇッ!?!」

 

 撃ち出そうとした四発目。阻止するようにララの背後へ空間移動をしたカムパナ。右脚でララを蹴り倒し、その顔を何度も踏みにじる。

 

「ご、ごの……ッ! そ、その足を退けで──」

 

 ララの声を遮るように響き渡るのは日本刀が肉を貫く音。しばしの静寂の後、ララは顔を真っ青にしながら、自身の下半身を確認する。

 

「ひッ──いや"ぁぁぁあ"ぁぁぁあ"あ"ッ!?!」

 

 そこに転がっていたのは股関節から切断された右脚。切断面から噴水の如く溢れ出す血液と垣間見える骨の断面図。ララは激痛と残酷な光景に悲鳴を上げる。

 

「これは最期の慈悲です。貴方が望んだとおり()を退けてあげましたよ」

「あ"ッあ"ぁッ! い、いだいッ……いだいッ、い"だッ……」

Angell(エンジェル)家。この時代まで血筋が途絶えていないとは少し驚きました。あの日はいつだったでしょうか? エンジェル家の人間が処刑されたあの日は……」

 

 足元で痛みに悶えるララを他所に過去の記憶を遡るカムパナ。この場で動けるのはキリサメのみ。しかし遠くで眺めることしかできなかった。

 

「エンジェル家の人間は死の間際に見えるのでしょう? 自分を迎えに来る天使が」

「だ、だすけて……ッ、だれか、だれか……ッ」

「う、動けよ、動けよ俺……ッ!! ララさんが、ララさんを助けないと……!!」

 

 意志に反して身体が動かない。脳裏を過るのは魔女の馬小屋でミネルヴァに殺された記憶。一度でも死を経験したキリサメは、その苦しみをよく知っている。彼は死に怯えているからこそ、行動を起こせずにいた。

 

「──ッ!」

 

 その最中、行動を起こしたのは負傷したアラン。カムパナは斬りかかろうと迫るアランに少々驚き、空間移動で後方へ距離を取った。

 

「ア、アラン……氏……ッ」

「ぐッ……ララ、いま僕が、右脚の止血をします……!」

 

 アランは脇腹を押さえながら着ていた制服のコートを破り捨て、ララの切断された右脚へ巻き付ける。

 

「これをしっかりと噛んでください!」

「うッ……ふーッ、ふーッ!」

「三秒後です! 痛みに備えて!」

 

 歯を傷めないように口へ布を咥えさせるとララに見えるよう三本指を立て、右脚へ巻き付けたコートを握りしめた。

   

「三、二──ッ!」

「んッうぐうぅうぅううぅううぅー-ッ!?!」

 

 そして想定していた秒数よりも早く巻き付けたコートに力を込める。ララは目を見開きながら痛みに悶える。

 

「ふぅー、ふぅーッ」

「……これで応急手当は済みましたね」

 

 ぐったりとした様子で虚ろな眼を向けるララ。アランは壁際までララを運び、フラついた足取りでカムパナと向かい合う。

 

「貴方が再び立ち上がるとは思いもしませんでした。あのまま寝てさえいれば、楽に天を昇ることができたというのに」

「昇る前に……カムパナ、あなたを地獄に落とす方が先だ」

「では落としてみせなさい。粛清者を気取った愚かな人間」

「言わなくても……ッ!」

 

 アランは地を蹴ると抜刀をし、棒立ちするカムパナを薙ぎ払った。しかしカムパナは何食わぬ顔をしつつ、鞘で迫ってきた抜刀を受け止める。

 

「この程度でリンカーネーションを(うた)っているのですか?」

「……ッ! まだ、これからですッ!」

 

 負傷した脇腹の痛みを堪えながらカムパナへ何度も斬りかかるアラン。手負いの肉体では力任せに振るうことしかできず、その剣筋はやや揺らいでいた。

 

「あぁ分かりました。貴方は動術(どうじゅつ)の一つ、受動(じゅどう)を学んでいる。立っていられるのは受動で衝撃を軽減したからですね。しかし貴方は己を見つめ直すべきでしょう」

「何がッ、言いたいッ?!」

「受動は貴方の体質に合っていません。今の貴方は例えるなら『鋼を名乗る鶏卵』です。受動を酷使すれば肉体は崩壊し──」

 

 カムパナは乱れ斬りを受け流す最中、アランの負傷した脇腹を目掛け鞘を振り抜くと、

 

「うッぐぁあぁ……ッ!?」

「──このように砕けてしまうでしょう」 

 

 骨の内側まで食い込ませた。筋肉が潰れる音に骨が砕ける音。更に内出血まで引き起こし、アランはたまらず片膝をついてしまう。

 

「まだ、まだ終わっていな──」

「いいえ、既に死刻の鐘は鳴りました。貴方の魂は鐘の音と共に天高く昇っていくのです」

「ごほッ、うぐぉ……ッ!?!」

 

 小刻みに震える両足を押さえ、その場に立ち上がろうとするアラン。だがしかし、カムパナは鞘で殴打したり蹴り上げたりとアランを(なぶ)り始めた。

 

「がッ、うぐッ……倒れるわけには、いかない……ッ」

「まだ立ちますか。その覚悟は立派なものです」

 

 右へ左へと他所の方向へ倒れかけながらも刀剣で斬りかかろうとするアラン。その刃がカムパナの目前まで迫るが、

 

「うッぐッ!? ごほぉ……ッ!!」

「このまま天高く昇りなさい」

  

 カムパナの斬り返しと共に刀剣は弾き飛ばされ、アランの肉体が二度斬り裂かれた。アランはうつ伏せになって倒れ込んでしまう。

 

「あぁ鐘の音よ。我らの勝利に祝福を与え給え」

 

 小さな銀の鐘を鳴らし、天井に吊り下げられた銀の鐘を見上げるカムパナ。彼女は自らの勝利を確信していた。

 

「くっそぉおぉぉおぉッ!!」

「ふふっ、今度は貴方ですか」

 

 やっとのことで身体を動かせたキリサメが刀剣を両手に握りしめ、全力でカムパナの元まで駆ける。カムパナはその勇ましくも無謀な姿に微笑むと、

 

「うぐぇッ!? ごほッ、かッは……ッ!?」

 

 キリサメの首を片手で軽く締め上げ、持っていた日本刀を見せつけた。

 

「コレを見たとき貴方はこう考えたでしょう。『どうしてこの世界に日本刀(ニホントウ)があるのか』と」

「な、んで……名前まで……ッ!?」

「その顔立ちは日本人(ニホンジン)の高校生ですね。貴方は日本のどこに住んでいたのでしょうか? 東京(トウキョウ)大阪(オオサカ)愛知(アイチ)……それとも海外へ在住を?」

「……! そこまで、なんで、こっちの世界を知ってるんだよ……ッ!?」

 

 知識をひけらかすように次々と問いを投げかけるカムパナ。首を締め上げられたキリサメは目を丸くする。 

  

「何を言うと思えば……」

「……え?」

「貴方たちが異世界を認知しているのであれば……私たちもまた、貴方たちの世界を認知するのは至極当然のこと。私たちが何も知らないと思い込むのは浅はか……いえ、私たちの存在(・・)を甘く捉えすぎでしょう」

 

 呆気にとられた様子でカムパナの顔を見つめるキリサメ。カムパナは小首を傾げつつ、キリサメの瞳を覗き込んだ。

 

「げほッ……ならどうやって、お前はこっちの世界を知ったんだっ……!?」

来訪神(らいほうしん)。貴方はこの名を知っていますか?」

「らい、ほうしん……?」

「来訪神とは──異世界転生者(トリックスター)と呼ばれる前の異名です」

 

 天井に吊り下げられ、揺れる銀の鐘を愛おしそうに見上げるカムパナ。微かに聞こえてくる鐘の音に耳を傾けつつ、続けてこう語り始めた。

 

「来訪神……? なんで俺たちが、神様って呼ばれて……?」

「定められた時期に現れる異端な人間。その人間たちは身に着けていた知識と技術で文明を発展させました。人々はその人間たちを神の生まれ変わり、もしくは神の分身だと思い込み、来訪神と呼ぶようになったのです」

 

 銀の鐘が動きを止めれば鐘の音も止む。変わりに鼻元で漂うのは鉄臭い血液の臭い。

 

「ある者は『電気』と呼ばれる技術を人々へ伝授し、ある者は『芸術』と呼ばれる娯楽を広めたと聞いています。そしてある時から来訪神の質が劣化し始めてしまったとも……」

「劣化……?」 

「分かるでしょう? 貴方のような無力な来訪神が増えたことを指しているのです」

「かは……ッ!?」

 

 キリサメは首を更に強く締め上げられ、掠れた呼吸音を漏らす。どうにか逃れようと暴れ回るが、手を剥がすことはできない。

 

「……っ!」

 

 が、キリサメを手助けするように背後から何者かが斬りかかる。カムパナは寸前で距離を取ると、キリサメから手を離した。

 

「げほッ、ごほッごほッ……」

 

 膝をついて顔を上げればそこに立っていたのは血塗れのアラン。キリサメはその見るに堪えない姿に呼吸を忘れてしまう。

 

「まだ動けるのですね。ですが動術すらもまともに扱えない貴方には、私へ触れることすらできないでしょう」

「はぁッはぁッ! ごほッ、そんなことッ、わかッ、てるッ……!」

 

 立っているだけで精一杯なアラン。真っ白な床を血液で染め上げ、荒い呼吸を繰り返しながらカムパナを睨みつける。

 

「受動が、僕に合っていないことなんてッ……僕自身が一番よく分かってるッ! けど、僕は最前線で守らなければならないッ!! 僕のルーナ班を、僕の居場所を! そして信じてくれた、僕に手を差し伸べてくれたルーナ様を、守るために……ッ!!」

「あぁ、十戒を名乗る不埒者(ふらちもの)ですね。あの不埒者も所詮はリンカーネーションを謡うだけの人間。貴方がそのようなものを守ったところで、偽りのリンカーネーションであることには変わりありません」

「げほッごほッ……それは、違う……ッ!」

 

 アランは何度も吐血を繰り返し、カムパナの言葉を否定する。そして落としていた刀剣を拾い上げ、一歩ずつカムパナの元へ前進し始めた。

 

「カムパナ……僕らが偽物であなたが本物。それで、僕は構いません」

「自ら認めましたか。己が浅はかだったと自覚をし──」

「ですがあなたと僕らは何もかもが違うッ……。僕らが何者になるかは、げほッ、僕らが何を守るかですべて決まるッ……。僕らは弱き民を守りたい、僕はこのルーナ班を守りたいッ……」

 

 アランは足跡を血で濡らしながら、素人でも避けられるほどゆっくりと刀剣を振りかざす。

 

「だから僕らにとって──あなたの方こそ紛い物(・・・)だッ!!」

 

 振り下ろされるアランの刀剣。カムパナは凄まじい握力で刀剣を持つ右手首を握りしめ、アランの動きを静止させた。

 

「貴方は……この私に忌詞(いみことば)を吐きました。決して言葉にしてはならない忌詞(いみことば)を、貴方は私に(・・)吐いたのです」

 

 そして目を見開いた状態で顔を覗き込み、込み上げる憤怒を言葉にしてぼそぼそと呟いた。

 

「気が変わりました。貴方は天に昇れない。亡者共のようにこの現世で路頭に迷ってもらいましょう」

 

 そう告げて繰り出したのは怒りを込めた右脚蹴り。アランの肉体は突風に吹かれた木の葉のように、ララが倒れた壁際まで吹き飛ばされる。

 

「アランさ──ぐはッ!?」

 

 アランの身を案じるため立ち上がろうとしたキリサメ。しかしカムパナが日本刀の鞘でキリサメの顔を殴打し、地べたへと張り付かせる。

 

「うぐッ、ごほッ、あッぐぁあぁ……ッ!?!」

「ふっふふっ、どうしましたか? 抵抗はもう終わりでしょうか?」 

 

 カムパナは殺さないように、気絶させないように、キリサメの身体を鞘で何度も殴打した。顔には青痣(あおあざ)が、手足には打撲痕が残り、キリサメは喚くことしかできない。

 

「あぁ、あの日を思い出しました。ネクロポリスで人間共を虐殺するあの日を。少年少女に、親が殺される様を見せつけたあの日を」

「がはッ、ぐッあぁあ、ふざけ……ッ」

「私は貴方たちに感謝しています。永遠に死を迎えられない呪印を解く鍵となる四つ目の鐘……それを貴方たちが破壊してくれたのですから。亡者共から希望を奪い取った気分はいかがでしょうか?」

「ふッざけんなぁあぁあぁあッ!!」

 

 キリサメは込み上げる怒りによって身体を奮い立たせ、カムパナへ右拳で殴りかかる。

 

「貴方の汚れた手が私に届くとでも──」

 

 右拳が向かう先はカムパナの左頬。空間移動をするまでもない、とカムパナは手の平で受け止めようと試みたが、

 

「──くあ"ぁッ!?」

(波動を使えば届く……!)

 

 キリサメの右拳が手の平に触れた瞬間、波を打つように腕が勝手に動き、右拳は容易く左頬へと打ち込まれた。

 

「へっ、汚れた手にぶん殴られた気分はどう──がはッ!!?」

 

 それ以上先を言わせまいと鳩尾目掛けて放たれた横蹴り。礼拝堂の入り口までキリサメの身体は吹き飛んでいく。

 

「……? あれ、なんで俺……」

 

 だがキリサメの身体が壁に衝突することはない。背中を何者かに支えられた状態でカムパナの方を向いていた。

 

「よく生き延びたな」

「──アレクシア」

 

 顔を横に向ければ立っているのはアレクシア。カムパナを見据え、キリサメの背中を支えていた。

 

「……下がれ。あの女は私が相手する」

「あ、あぁ、分かった」

 

 そう忠告されたキリサメが自身の足で立てば、アレクシアは無言で周囲の状況を観察し、カムパナの方へゆっくり歩き出す。

 

「……」

 

 するとカムパナも一瞬だけ微笑み、迎えに行くかのように歩き出した。お互いに沈黙を貫いたまま、日本刀と刀剣の鞘に手を添える。

 

「「……」」

 

 倒れているルーナ班の班員。アレクシアは一人一人に冷めた視線を移してから、カムパナの顔をようやく視認した。

 

「「……」」

 

 吊り下げられた銀の鐘は揺れ、鐘の音は空間に響き渡る。だが二人の耳には届いていない。見えているのはお互いの顔。聞こえているのはお互いの呼吸音のみ。

 

「「……」」

 

 距離が縮まれば縮まるほどに空気が重苦しいものへ変化する。三メートル、二メートル、一メートルと距離が縮まった瞬間、

 

「……」

 

 カムパナがその場から姿を消した。アレクシアは動揺せず、刀剣を逆手持ちに切り替えると、その場を振り返り、

 

「「──ッ!!」」

 

 振り下ろされた日本刀を刀剣で受け止め、蒼色の火花を散らした。

 

 

 

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