「貴方が私たちの手を振り払うとは……痛恨に耐えません」
私が斬り落とした右腕は床へ無残に転がる。カムパナは動揺もせず、床に転がっている右腕を左手で拾い上げ、私から空間移動で距離を取った。
「それは私も同じだ。吸血鬼共が優勢な時代となっていたのは原罪や眷属が原因だと思い込んでいた」
血液の付着した刀剣を一度だけ力強く振り払う。そして物憂いな雰囲気を醸し出したカムパナを見据える。
「だが実際は貴様のように下らん栄光を求めた痴人の集まりが、単に吸血鬼共を野放しにしていただけとはな」
「下らない栄光……。ヒュブリス、その発言には心底落胆しました」
「それは勝手に期待して、勝手に作り上げた私の偶像を信じていた貴様の問題だ」
不快な表情を浮かべるカムパナに対して私は小首を傾げながら言葉を返した。肘から先を斬り落とされた切断面から血がとめどなく溢れだし、カムパナの足元を真っ赤に濡らす。
「ふふっ、どうやら再考の余地もないようですね」
カムパナは微笑み、斬り落とされた右腕と切断面を接着させる。本来ならばそのような行為は何の処置にもならない。
「……それは呪印とやらの力か」
だが切断された腕の神経が一本ずつ結ばれ、裂かれた肉と皮膚が元に戻っていく。呪印による再生能力は凄まじいのか、数秒も経たず指先まで器用に動かせるようになっていた。
「黒い茨の模様……」
衣服から垣間見えた肌には黒い茨の模様が浮かび上がる。右腕を完全に再生し終えると黒い茨はカムパナのうなじまで引っ込んだ。
「これは我が愛しきマニア様と契りを交わし……黒薔薇の使徒となった私に授けられた呪印です」
誇らしげに私へうなじを見せてくるカムパナ。そこには転生者の証となる紋章に付け加えるような形式で、黒い薔薇の紋章が刻まれていた。
「……呪印の根源は何だ?」
「呪印は黒薔薇の使徒のみぞ知り得る力。私の手を振り払った貴方に教えるつもりはありません」
私の問いかけにカムパナは敵意を露にし、懐から取り出した銀の鐘を指先で摘まんだ。そして離れた位置から私の方へ見せつけ、
「反復しましょう。貴方が手を振り払い、私たちの歓迎を拒んだことが……大変痛恨に耐えないと」
何度も小刻みに揺らせば周囲に鐘の音を微かに響かせた。その微かな鐘の音は広大な礼拝堂を反響し、天井に吊り下げられた銀の鐘と共鳴する。
「ヒュブリス、貴方の為に鳴らしてあげましょう──死刻を告げる鐘の音を」
カムパナはそれだけ告げると銀の鐘が鳴り響く最中、その場から姿を忽然と消してしまう。私は右手に握りしめた刀剣を逆手持ちのまま振り上げ、
「下らん慈悲だ」
頭を低く下げつつしゃがみ込んだ。頭頂部の毛先を真横に掠めるのはカムパナの日本刀。私は目前にあるカムパナの肉体へ刀剣を突き刺そうと試みる。
「慈悲ではなく引導です」
カムパナは私に対してボソッとそう呟いた後、今度はすぐ真横へと空間移動をした。視線の先では既に中腰状態となり、日本刀の刃は首を斬り落とそうと迫ってくる。
「いつから貴様が──」
カムパナは左手側へと回り込んでいる。しかし私が刀剣を握りしめているのは右手。振り下ろした刀剣の軌道修正は不可能に近い。
「──
「っ……!」
ならばとそのまま身体を一回転させ、剣先でカムパナの右腕を貫き、日本刀をその手から叩き落とした。
「……聞こえにくいですね」
「……?」
顔をしかめながら小声でそう呟くカムパナ。私はその言葉が脳裏に引っかけたまま、反対側の手でカムパナの下顎に銃口を突きつける。
「ヒュブリス、本心を伝えるのであれば貴方を甘く見ていました」
「そうか」
カムパナは下顎に突きつけられた銃口を見つめ、嬉しいと言わんばかりに微笑んだ。自身の状況と似つかない不気味な笑み。私は冷めた眼差しを送りながら、引き金を躊躇なく引き、
「あの世で悔め」
銀の弾丸が銃声と共にカムパナの下顎から額にかけて貫通する。破れた皮膚と返り血が宙に舞うが、カムパナは平然と眼球だけ私へ向け、
「そろそろ種を明かすとしましょう」
「貴様……」
刀剣で貫かれた右腕を自ら引き千切る。そのまま残された左手で落ちていた日本刀を掴み、私の股下を目掛けて斬り上げてきた。
(……利き腕ではなく体勢も不安定。なら受け止められるか)
脳内で冷静に観察をし、刀剣で日本刀を受け止めようと判断する。カムパナはその判断に対して口の端を吊り上げ、
「あぁヒュブリス、その判断はよくありません」
想定外の体勢へと切り替え、回し蹴りを私の腹部に打ち込んできた。右足の踵が鳩尾へ食い込み、肺から喉まで空気が逆流する。
「──ッ」
回し蹴りの衝撃によって私はすぐ背後にあった長椅子に腰を下ろし、そのまま長椅子と共に後方へ吹き飛ばされた。
「貴様の動術は
カムパナが主流とするのは
「……いや、貴様は
私の言及に耳を傾けつつ、カムパナは自ら引き千切った右腕と切断面を擦り合わせ、肌に黒い茨を纏わせて再生する。そして日本刀を鞘へと納め、抜刀の体勢に入った。
「お見事です。貴方が仰る通り、私が主流とする動術は機動と静動。身の丈に合うかを基準に選びました」
再びカムパナは視界から消える。私はすぐさま銃を構えると礼拝堂を何度も空間移動するカムパナに狙いを定め、発砲を繰り返した。
「動術は加護を与えられない転生者にとっての核。数え切れぬほど歩んできた人生において、最も修練を積んだのは動術です」
「そうか」
「ですが貴方は己の首を締め上げています。利点を持たぬ最弱の動術──逆動にこだわり続ける執念によって」
目の前まで空間移動してきたカムパナは、こちらに真っ直ぐ日本刀を振り下ろす。私は逆手持ちにした刀剣で長椅子に座ったまま日本刀を受け止めた。
「は? 逆動が最弱の動術……?」
「来訪神、貴方は非力な上に無知なのですね」
攻防に巻き込まれない位置で独り言を呟くキリサメ。カムパナはそんなキリサメを嘲笑い、私の刀剣を日本刀で押し込んでくる。
「逆動は『我らは常に裏を進む』という言葉を元に改良された動術。つまりその言葉が表すのは……正統派とはかけ離れた動術を考案するのと同等でしょう」
「だ、だからどうしたんだよ……! アレクシアは今までその逆動で戦ってきて──」
「その執念が己の首を締め上げているのです」
キリサメの言葉を遮るようにカムパナがやや声を張り上げた。周囲に響き渡るのは微かに響く鐘の音と、刃同士が擦れる金属音。
「ヒュブリス、私が貴方を咎めましょう」
「……何を」
「逆動以外の動術を拒んで何の意味があるのでしょうか? 先ほどの蹴りも受動なら無傷で受け止められたでしょう。剣の一振りを反動で加速させることも容易かった」
鼻先が触れ合う距離まで顔を近づけてくるカムパナ。その瞳には憤怒の炎が混ざっているように見える。
「来訪神、貴方も心当たりがあるはずです。ヒュブリスの前で愚かな人間が……何人も消えていく光景を」
「……! そ、それは……!」
「あぁですが、愚かな人間共が消えていくのは大変悦ばしい。今の私が咎めるべきは過去の行いではなく──」
怒りと力を込めた日本刀がすぐ目前まで迫り、カムパナは自身の額を私の額へ付着させ、
「──相まみえる私を軽んじていることに対して」
甘い香りのする吐息を私の顔に吹きかけてくる。カムパナは侮辱されたと思い違いをしているらしい。
「貴方も理解しているはずでしょう? 最弱の逆動で対敵する行為は相手の侮辱に値すると」
「過去に囚われ過ぎだ」
「それではなぜ貴方は劣勢の立場を動術で覆そうとしないのですか? 今この状況で逆動以外の動術を使えば戦況を覆せる。貴方こそ過去に囚われているのでしょう?」
「……その口を閉じろ」
日本刀の刀身へ左手を添え、両手で押し込もうとするカムパナ。私は左手に握りしめた銃をカムパナの額へ突きつけ、引き金を引く。
『テレシア、お前に聞きたいことがある』
『ん? 私に聞きたいことって何だい?』
『まず私はお前を囃し立てるつもりはない。それを前提に聞かせてもらうが……なぜそこまで逆動にこだわる? 確かにお前を慕うものはいるが、軽蔑される逆動を継ごうとはしない。それにお前なら他の動術も上手く扱えるはずだろう』
一発目の銃声で脳裏に過るのは今は亡きテレシアとの会話。まだ未熟だった私がテレシアから教えを受けていた時、ふと浮かんだ疑問を問いかけた過去の記憶。
『……君の意見に一言一句間違いはないよ。私たちブレイン家が考案した逆動は不評そのもの。動術の中でも覚えることが少ないし、極めても極めても成長性がない。だから最弱の動術だ……って言われてるぐらいにね』
『ならどうして……』
『けど
二発目の銃声で脳裏に過るのは問いに対するテレシアの返答。黙って耳を傾ける私にテレシアは持っていた剣を逆手持ちに切り替える。
『我らは常に裏を進む。逆動を考案するときに掲げたこの言葉は、ブレイン家が裏として在り続けるためだよ』
『何が言いたい?』
『公爵と立つことになる表舞台はアーネット家や他の名家が担ってくれる。それじゃあ私たちブレイン家は、光の差さない裏方に回ろうって話さ。考案した逆動も元々は村人や町の人に教えるため。……上から許可が下りないから勝手に教えてるけどね』
『……なるほどな』
三発目の銃声で脳裏に過るのは淡々と答えるテレシアの澄ました顔。逆手持ちにした剣をその場で軽く素振りする。
『だから私は逆動の先駆者として裏を突き進まないといけない。最弱の動術でも私自身が鍛錬を続けて、誰かに継いでもらわないといけない。いつかきっと、認めてもらうために』
『なら他の動術を使わない理由はないだろう』
『勘違いしているから一つ教えてあげる。私はね、逆動以外に動術の素質がないんだ。残念なことに第二の刃として別の動術も仕込むこともできない始末さ』
『……そうだったのか?』
四発目の銃声で脳裏に過るのは苦笑いしているテレシアの表情。私の前まで近づくと逆手持ちの剣を突き出してくる。
『君はどうして最弱呼ばわりされる逆動なんかを学ぼうとしたのか……というより、どうして私の弟子なんかになったのかな? 君は多分どんな動術も最適性扱いされると思うけど』
『……』
『答えられないなら答えなくても大丈夫。私はこれ以上、追及はしな──』
『私が、お前を尊敬しているからだ』
五発目の銃声で脳裏に過るのは、途切れ途切れになりながらも何とか答える私自身の顔。テレシアは呆気にとられた様子で俯く私を見つめる。
『お前はあの時、伯爵に殺されそうになった私を助けてくれた。足手纏いの私を庇い、傷を負いながらも……私を守ってくれた。この命を、救われた』
『……』
『お前はあの時、路頭に迷っていた私にこう言ってくれた。『君を背負うことはできないが、君を支えることはできる』と。孤独、葛藤、悲しみ……あらゆる負の感情が少しだけ軽くなった。この心を、救われた』
『……』
六発目の銃声で脳裏に過るのは顔を上げ、テレシアを見上げる私。テレシアは相も変わらず、呆気に取られていた。
『テレシア、私はお前を信頼している。お前がブレイン家として裏の道を進むのなら、私もその道を歩む。……いや、共に歩ませてくれ』
『……』
『お前ほどに上手く扱えるかは分からない。だが逆動は、お前の意志は……私が必ず継いでみせる』
『ふーむ、熱烈な告白を受けてちょっと戸惑ったけど……うん、分かった』
七発目の銃声で脳裏に過るのは私に剣を握らせるテレシア。逆手持ちに握らせ、私の頭に軽く手を乗せてくる。
『期待しているよ、私の大事な一番弟子──
八発目の銃声で全弾を撃ち尽くし、私は過去の記憶から現実へと引き戻される。すぐそこにあるのはカムパナの顔。
「……逆動が最弱の動術か」
「ええ、そうでしょう。ですから他の動術でこの戦況を塗り替えて──」
「だが私はそうは思わん」
「ふっ、ふふふっ、おかしくなったのですか? この状態こそが最弱と謳われる答えでしょう?」
「そうか。だったら──」
私は嘲笑うカムパナを睨みつけ、頭部に付けられた額と刀剣に力を込め、
「──逆動で貴様を捻じ伏せるだけだ」
「……ッ! あり得ません、その体勢で私を押し返すなんて……ッ!?」
少しずつカムパナの身体ごと押し返していく。長椅子からゆっくりと立ち上がり、カムパナを一歩ずつ後退させる。
「どうした? 私を
「ふっ、ふふっ……鼻につく言葉をぺらぺらと……ッ」
カムパナは私から距離を取るために鞘で振り上げれば、空間移動を繰り返しながらこちらへ何十回と斬りかかってくる。しかし私はすべてを刀剣で受け流し、
「くあぁは……ッ!?! あッぐ、くぁあぁッ!?」
膝蹴りをカムパナの腹部へと叩き込んでから、日本刀を胸元へ深々と突き刺すと、二度だけ肉体を斬り刻んで祭壇まで吹き飛ばす。
「機動に静動。そして呪印とやらの空間移動まで持ち合わせている。なのに歯が立たないのは……貴様の知恵と経験が不足が原因か」
「ふッふふふッ……やはり私は、軽んじられていたのですね」
込み上げる笑いを抑えながら立ち上がるカムパナ。呪印の黒い茨は怪我を治療しようと全身の肌へと這いずり回る。
「ですが貴方と正面から衝突し、詰ませること容易ではないと理解していました……ッ」
カムパナは自身の司祭服を邪魔だと言わんばかりに破り捨て、露出の激しい格好となる。露になるのは肌を伝う黒い茨の模様。
「ヒュブリス、貴方はこの場に到達するまでが遅かった」
傷は完治しているというのにうなじの紋章から伸びた茨の模様は消えない。むしろ染み付くように肉体を侵食していく。
(……トドメを刺さんとまずいな)
嫌な予感がしたため、私はカムパナの四肢を斬り落とそうとその場から駆け出した。だが吊り下げられた鐘の音がけたたましく響いたことで、私は思わず両耳を塞ぎ、足を止めてしまう。
「私にもついに黒薔薇の開花が……ッ」
「黒薔薇の開花……?」
「あぁマニア様、このカムパナ……貴方様から授けられた愛を、私の心臓を──今ここで黒薔薇に捧げます」
災禍とは違う異様な空気。底知れぬ穴から存在してはならないナニカが、長い時間をかけて這い出てくるような感覚。カムパナの肉体が完全に黒い茨の模様で侵食されれば、
「あぁ、あぁああぁぁあっ……! マニア様の愛が、絶望が、狂気が……身体に染み付くッ! 鐘の音が、鐘の音が、私の頭に響いて……あっあぁあぁっ、なんて素晴らしい力なのでしょう!」
うなじから全身にかけて茨の模様から黒い薔薇の模様へ変わり果てた。肌の上に咲き誇る黒い薔薇。カムパナの真っ赤な血液は黒く荒んでいく。
「間に合わなかっ──」
そう言いかけた途端、私の胸元を見覚えのある日本刀が貫いていた。祭壇の前で叫んでいたカムパナは、瞬きをした僅か数秒の間に私の前へ立つ。
「あぁっ、あぁああぁっ……ヒュブリス、ヒュブリス! 貴方がこんな呆気なく不意を突かれてしまうなんて……っ!」
「貴様、黒薔薇の開花とはなん──」
「ふっふふふっ! あぁっ、とても、非常に、鐘の音が、マニア様の声が、脳に響きます! これが黒薔薇の開花、呪印の覚醒! なんて、なんて素晴らしい力!」
瞳孔を開き切り悦びに満ちた顔のカムパナ。私は愉悦に浸っているその顔を睨みつけた後、日本刀を握りしめるカムパナの右手を力強く掴み、
「ならもっと楽しませてやる」
「ふっふふふっ、私を楽しませる? 貴方がどうやって──」
「──
左目を紅色に変化させ、蒼色の獄炎でカムパナの肉体ごと炎上させた。