ЯeinCarnation   作:酉鳥

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7:27『鳴り響く鐘』

 

「……終わったな」

 

 ステンドグラスの向こう側に隠されていた四つ目の銀の鐘。私はカムパナの頭部でそれを打ち鳴らした後、ゆっくりとカムパナの顔から手を離した。

 

(……あの男は気を失ったか)

 

 両腕を負傷したキリサメは壁に背を付け気を失っている。私は酷く荒れた状態の礼拝堂を軽く見渡した。

 

(問題は呪印とやらが解けているのか否か──)

「ふッふふふッ、げほッ、ごほッ……」

 

 疑念を抱いている私の足元で不敵に笑いながら咳き込むカムパナ。私は転がっていた刀剣を拾い上げ、トドメを刺そうと試みるが、

 

「その肉体は……どうなっている?」

  

 カムパナの肉体を目にした途端、手の動きを止めてしまった。

 

「はぁッごふッ……ふッふふッ……狂愛の黒薔薇は、美しいでしょう?」

 

 肌に浮かび上がっていた黒薔薇の模様。具現化でもしたのか、皮膚を突き破るように肉体を纏うのは黒い茨。花園のように無数に咲き誇るのは黒い薔薇。その奇妙な光景に私は思わず険しい顔をする。

 

「……呪印は解けているようだな」

 

 数秒経過しても肉体再生が始まらないカムパナ。私は呪印が解呪できたのだと確信したうえで、剣先をカムパナの心臓付近へ近づけた。

 

「この場で始末することは容易いが貴様は転生者だ。吸血鬼共に変えるまでは拘束させてもらう」

 

 転生者のカムパナを殺したところで次の時代に転生し、何事もなかったように同じ悲劇を繰り返すだろう。私はカムパナの肉体を纏う黒い茨を斬り捨てようと試みる。

 

「ふッ、ふッふふッ……その必要は、ありませんよヒュブリス……ッ。貴方が手を下さずとも……私は、マニア様の元へ還るのです……ッ」

 

 何が可笑しいのか笑い続けるカムパナ。私は黒い茨に刀剣の刃を触れさせ、カムパナの顔を見下ろした。

 

「何が言いたい?」  

「この黒薔薇は……マニア様へ、狂愛へ捧げる献花……ッ。マニア様は呪印を私へ授け、私は授けられた呪印を、黒薔薇を開花させ……最期にマニア様へ捧げる……ッ。それが、黒薔薇の使徒が果たさなければならない使命」

「……まさか貴様」

 

 私はカムパナのうなじに刻まれる転生者の紋章を視認する。しかし紋章は完全に消え去り、代わりに黒色の薔薇を象徴する紋章が刻まれていた。これが表すのは『カムパナが転生者としての資格を失った』という事実。

 

「……答えろ。貴様はなぜ四つ目の銀の鐘を用意していた? この場になければ敗北を喫することは無かったはずだ。マニアとやらを恐れていたのか?」

「ふッふふふッ! ごふッごほッ……ええ、私はマニア様を恐れていました……ッ。黒薔薇の開花と共にこの身を捧げる覚悟が決まらない時、授かった呪印を解くために」

「ならなぜ黒薔薇の使徒になった?」

「それは答えたでしょうヒュブリス……? げほッ……私は、心の底から、人間共を憎んでいると。私が望む世界は、愚かな人間共が転生者に支配され、その薄汚い顔を泥水にへばりつかせ、命乞いをする世界。マニア様ならそれを実現できると、確信したのです」

 

 黒色の血液を吐き出しながらそう答えるカムパナ。吐血をした際に肉体が僅かに揺れたことで、黒色の薔薇もまた静かに揺れた。

 

「下らん理想の為に道化を演じたのか」

「ふッふふッ……! 貴方が最も理解しているはずでしょうヒュブリス? 人生というのは──誰もが演じなければならない道化芝居だと」

「……っ!」

 

 カムパナがそう告げた瞬間、黒色の茨が私の肉体へ纏わりつく。振り解こうとするが茨の棘に返しが付いているのか、力のみでは黒い茨を引き抜けない。

 

「黒薔薇の使徒は十人……。私がマニア様への献花となることで、黒薔薇の使徒に空きができるでしょう……ッ」

「何をするつもりだ……?」

「ごほッ、ふッふふふッ、呪印は呪印を絶つ者へ引き継がれる……ッ。喜ばしいことですねヒュブリス、貴方はマニア様に、次の黒薔薇の使徒として選ばれたのです……」

 

 纏わりつく茨がカムパナの肉体から黒い薔薇を引き抜き、私の左脚へ移植するため距離を詰めてくる。私は蒼色の獄炎で身体全体を覆いつくし、茨ごと灰に変えようとしたが、

 

(この茨、血涙の炎を吸収して……)

 

 身体を締め上げる茨が獄炎を瞬く間に吸収してしまう。ならばと蒼い蔓で引き剥がそうと試みるが、蔓が茨に触れた途端、事細かに斬り刻まれる。

 

「──ッ」

 

 左脚に刻まれた転生者の紋章。それを貫くように一輪の黒い薔薇が突き刺さった。全身を駆け巡るのは痛みではなく吐き気と嫌悪感。

 

「貴様、何を……ッ」

 

 左脚へ液状のナニカが流れ込み、肌の上から(あぶ)られるような感覚が襲い掛かる。私は身動きが取れないまましばらく歯を食いしばっていると、突き刺さった黒い薔薇が枯れ果て、

 

「……っ」

 

 拘束していた黒い茨が力を失くし、私の肉体は解放される。しかし身体に上手く力が入らず、膝を突くどころかそのままうつ伏せに倒れた。

 

「小賢しいことを……っ」

 

 私は何とか右腕に力を込め、ホルスターから銀の杭を一本だけ取り出す。そして未だに炙られた感覚の残る左脚へ突き刺した。転生者の紋章が刻まれた箇所から赤黒い血が溢れ出す。

 

「げふッごふッ……はぁッはぁッ、くッふひゃッひゃひゃ……ッ。何をしようともう遅いでしょうヒュブリス……。既に貴方は黒薔薇の使徒として呪印を授かっているのです」

 

 荒い呼吸を繰り返しつつ嘲笑うカムパナ。私は血塗れとなった左脚を血涙の力で再生し、制服の布で何度か拭った。

 

「……間に合わなかったか」

 

 転生者の紋章へ付け加えられるように刻まれた黒い薔薇の証。私は眉間にしわを寄せると自身の左脚からカムパナへ視線を移す。

 

「呪印を解く方法を答えろ」

「あぁヒュブリス、とてもお似合いですよ……。その左脚に刻まれた呪印。貴方はマニア様へ……狂愛の代償として何を捧げるのでしょうか──ごふッ!?」

 

 カムパナはこちらの問いに返答する気配がない。私は強引に情報を吐かせようと、黒い薔薇が咲いた胸元へ無言で銀の杭を突き立てる。

 

「聞こえなかったのか? 私は『この呪印を解く方法を答えろ』と貴様に命令しただろう」

「ふッふふふッ、呪印を解く前に『狂愛の代償』を心配しなくてもよいのですか──かッはッ!?」

「余計なことを口走るな」

 

 突き立てた銀の杭へ力を込め胸元を抉るように円を描けば、カムパナは黒い血液を吐き出した。そして私の右手を凄まじい形相で掴んできた。

 

「くッふッ……ふッひゃひゃひゃッ!! 愚かな人間共を殺し続けなさいヒュブリス……ッ。さすれば黒薔薇の開花は、貴方へ一歩ずつ歩み寄ることでしょう……ッ!」

 

 私が握りしめた銀の杭を自ら心臓へと刺し込んでいくカムパナ。引き離そうとするが、死闘による疲労とカムパナの怪力が原因で止めることができない。

 

「あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与え給え。死者の我らに、呪印を与え給え。我らが求めるは栄光……咲き乱れる黒薔薇は、永久(とわ)に……枯れ、ず──」

 

 例の文言を呟く途中でカムパナの声が消え失せ、私の右手から手が離れていく。右手に残るものは銀の杭が心臓を貫いた感触。

 

「……アーちゃん!」

 

 黒い薔薇の苗床となったカムパナの亡骸。私は呆然とした様子でその亡骸を眺めていると、礼拝堂の入り口からルーナが姿を現した。

 

「アラン、ティム、ノーマン、ララ……! みんな、どうして……っ」

 

 視界に映り込んだのは自身の班が壊滅した光景。ルーナはアランたちの元へ急いで駆け寄り、その身を案じ始めた。

 

「……これは酷い有様ね」

(あの女は……)

 

 ルーナの後に続いて姿を現した女性。後頭部で一つ結びにした長い白髪。リンカーネーション制服にも似た白い制服。黒い布の手袋を装着し、冷静に礼拝堂を一望する。

 

「派遣されてきて正解だったわね」

Eliza(エリザ)……! アランたちの治療を……!」

「ええ、言われなくても」

(エリザ……?)

 

 聞き覚えのある名前。私の脳裏に過ったのはドレイク家の一件が幕を閉じた後、医療室で交わしたエイダとの会話。

 

『この粉末が原因だとよく気が付けたな』

『エリザが一瞬にして見抜いたのよ』

『誰だそいつは?』

『三ノ戒、Eliza(エリザ) Arkwright(アークライト)。血の繋がった私の実の姉』

 

 Eliza(エリザ) Arkwright(アークライト)。原罪のミランダがばら撒いた毒薬に対するワクチンや、ルーナ班へ支給されたろ過式の呼吸用保護具を開発した張本人。

 

「ところで負傷者は何人かしら?」

「全員で六人……!」

「そう、偶数(・・)なら不安要素はないわね。ルーナ、負傷者を二人組でそれぞれまとめて」

 

 エリザにそう指示を出されたルーナはアランとララ、ティムとノーマンを二人組にまとめる。そして次は私の元へと駆け寄ってきた。

 

「アーちゃん、あの子のところまで移動する……!」

「私は問題ない。あの男だけ治療を──」 

「それは容認できないわ」

 

 ルーナから差し出された手を振り払おうとすると、アランへ右手、ララへ左手をかざしていたエリザが私の言葉を遮る。

 

「なぜだ?」

「あなたが抜けたら五人になるのよ。五人っていうのは奇数で、私にとって縁起が悪い数字なの」

「下らん拘りを私に押し付けるな」

「拘りじゃないわ。それと黙って治療されなさい」

 

 エリザは文句を垂れる私にそう吐き捨て大きく深呼吸をし、胸元に飾られた橙色の日長石(サンストーン)の十字架を右手の人差し指で摘まんだ。

 

「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なる器へ神煉(しんれん)を与え給おう──」

 

 エリザが唱え出したのは加護の詠唱。唱えれば唱えるほど、周囲に散らばる長椅子の残骸などが光の粒へと変化し、エリザの両手に集束していく。

 

「三ノ戒──(れん)ノ加護」

 

 最後にそう唱えた後、光の粒が集束した右手をアランへ、左手をララにかざした。光の粒は二人の肉体へ少しずつ吸収され、欠損していた片足や斬り傷が再生していく。

 

「……この二人はもう大丈夫ね。次の怪我人に移るわ」

 

 アランとララの怪我をあっという間に完治させ、エリザは次にノーマンとティムの治療へ取り掛かる。そして一分も経たずに怪我を完治させてしまった。

 

「最後はあなたたち二人……だけど」

 

 私のすぐそばまで気を失ったあの男を連れてきたルーナ。エリザは私たちを交互に見つめ、半目になりながら首を傾げた。

 

「その子は両腕の骨が折れているのにあなたはほぼ無傷なのね」

「だから言っただろう。私は問題ないと」

「……でしょうね。じゃあその子だけを治療するわ」

 

 エリザは素っ気ない返答をし、仰向けに寝かされたこの男の両腕に手をかざす。私は治療されるこの男をじっと見つめた。

 

「お前はなぜこの町に顔を出した? 派遣されたのか?」

「ティアに伝えられたのよ。ネクロポリスに負傷者がいるから向かえって。いくら何でも突然だと思わない? その情報を信じる根拠もないのに、ティアはどうかしているわ」

「なら何故この町に?」

「……別件があったのよ。わざわざ顔を出したのもその別件が目的」

 

 ティア・トレヴァー。あの女がなぜこちらの状況まで把握しているのか。私は思考を張り巡らせたが、血涙の酷使によって頭痛が襲ってきたため、考えるのをすぐに止めた。

 

「アァァアァアァア……ッ」

 

 瞬間、礼拝堂の入り口から亡者の呻き声が聞こえてきた。私たちが視線を向けてみれば、少女の肉体を抱えた亡者が倒れている鋏女へ歩み寄る。

 

「ゥァア"ァア"ェ……ッ」

 

 鋏女と亡者は少女の亡骸を二人で抱きかかえると、ぐったりとした様子でその場へ倒れ込んだ。彷彿とさせるのは『一つのベッドで静かに眠る三人の家族』だ。

 

「ア……リ……ガ……ドウ……ッ」

 

 私に向けて感謝の言葉を述べる亡者。その言葉を最期に鋏女や亡者はその場で動かなくなった。呪印が解け、死を迎えることができたのだろう。

 

「私たちルーナ班がこの町に少しでも早く来ていたら……町の人はみんな……」

「ルーナ、あなたは『後悔に効く薬』を服用した方がいいわ」

「後悔に効く薬……?」

「ええ、忘却(・・)という特効薬よ」

 

 冗談なのか真剣なのか。どちらか分かりにくい返答をすると、ルーナから私へ視線を移してきた。

 

「ところで、この子の名前を教えてもらえる?」

「あぁ、この男は……」

 

 口を閉ざし言葉を詰まらせる。口に出せなかったのは呂律が回らなかったことが原因ではない。迂闊に名を出すことを躊躇ったわけではない。

 

(この男は──誰だ?)

 

 どれだけ考えても名前が出てこなかった。この男と共に行動していた記憶は残っている。だが名前がどうしても出てこない。自身に何が起きているのか分からず、右の手の平を見つめる。

 

「アーちゃん、大丈夫……?」

「……あぁ」

「じゃあルーナ、あなたがこの子の名前を教えてくれる?」

「その子はT機関のカイト・キリサメ。少し前に、アーちゃんとルーナ班へ来た」

 

 カイト・キリサメ。私はその名前を聞いて「そうだった」と思い出す。しかし名を一瞬でも忘れたことが信じられず、ふと左脚の紋章へ顔を向けた。

 

『ふッふふふッ、呪印を解く前に『狂愛の代償』を心配しなくてもよいのですか?』

 

 カムパナが述べていた狂愛の代償。私は無言のまま左脚の紋章へ手を触れる。黒薔薇の証はどれだけ擦っても消えはしない。

 

(まさか代償として捧げているのは──)

 

 狂愛の代償に対するとある憶測。それらを遮るように天井から吊り下げられた銀の鐘は、掠れた鐘の音を礼拝堂へ響かせた。

 

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