ペチュニアの花園。真っ白な花弁が大地に咲き誇り、甘い匂いが鼻元まで漂ってくる。私は花園に囲まれた墓標を静かに見下ろしていた。
「母親、父親、その娘……。
背後からそう言いながら近づいてくるのはエリザ・アークライト。真っ直ぐ墓標を見つめ、私の右後ろで歩みを止める。
「奇数だから……とでも言いたいのか?」
「そうね。奇数は縁起が悪い数字よ。……どうして手足は二本ずつなのに、指は五本ずつなのか分かる?」
「知らん」
「でしょうね」
エリザはぶつぶつと独り言を呟くと、自身の指先を眺めつつ険しい表情を浮かべた。私はこの女に呆れながら墓標へ視線をゆっくりと移す。
「……質問を変えましょうか。あなたが『市民一人一人の遺体に黙祷を捧げた』理由と『彼女たちの遺体だけこの花園に埋葬した』理由。二つとも答えてもらえるかしら?」
「理由はない」
「行動の予行演習は思考なの。だから考えも無しに行動を起こすのはあり得ない。隠そうと踏み切ったのにも何か理由があるようね」
私が黙祷を捧げたワケは同業者であるカムパナの失態。そして大罪に対するせめてもの償い。鋏女たちの遺体を花園に埋葬したのは、彼女たちがそう望んでいる気がしたため。
(……転生者については明かせんな)
尋問のように問いただしてくるエリザ。転生者や黒薔薇の使徒については私の口から語るべきではないだろう。アランたちが目を覚ませばいずれ報告するはずだ。
「あの男はいつ目を覚ます?」
「彼、カイト・キリサメは……今日の夜には目を覚ますはずよ」
「そうか。私たちは明日の朝にこの町から出ていく。後は好きにしろ」
優先すべきはネクロポリスからの離脱。このエリザという女は手配中の私を拘束する気配はない。だがエリザは確実に私の様子を窺っている。私は墓標に背を向け、警戒しながらエリザの横を通り過ぎた。
「T機関から派遣された。あなたはそう言っていたわね」
「……あぁ」
「ネクロポリスでの一件は吸血鬼や眷属が関与しない特殊な事例。グローリアへ一度は帰還して、報告書を提出するべきだと思うわ」
「『報告はルーナ班へ一任し、お前たちは別件に取り掛かれ』……と、狐女から事前にそう命令されている」
虚言を虚言で上書きしながらこの場を乗り切ろうと試みる。エリザは私の虚言を信用したのか「そうなのね」とすんなり受け入れ、両手に付けていた黒布の手袋を取り外す。
「別件の詳細は?」
「機密事項だ。私の口からは説明できん」
「でしょうね。けどきっと無駄足になるわよ──
その一言に私は歩みを止めた。エリザの言い方からするにこちらへ探りを入れているのではなく、根拠があったうえで強い確信を得ているもの。
「……何が言いたい?」
「アダールランバを目指すのなら入国許可証が必要よ。もしかしてティアから聞いていないの?」
「どうだろうな」
曖昧な返答をし、私は思考を張り巡らせる。ネクロポリスの片が付いたというのに、今度は入国許可証を探し求めなければならない。追われている身のためそんな余裕はない。
「アーちゃん、アダールランバに行きたいの?」
「ルーナ、そんなところで何をしているのよ」
「……二人がいなかったから、探してた」
私たちの会話を盗み聞きしていたのか、近くの草むらからルーナが唐突に顔を出す。エリザは頬を引き攣りつつもルーナのそばまで歩み寄り、髪に付いていた青葉を取り除く。
「なぜ許可証が必要になる?」
「『
「雪月花だと……?」
「雪、『零度の冬雪』が統治する
雪月花を象徴する統治者が三人存在し、その三人が不仲となったせいで一つの国が三つの国へと分断した。私が目的地として定めているアダールランバはそれらの一つらしい。
「分断してからはお互いがお互いを敵国とみなし、長い冷戦が続いている状態。ゼンツァやネクロポリスの商人たちも国ごとに対応を変えないといけないみたいよ」
「そうか」
「ねぇアーちゃん。もし入国許可証が欲しかったら……
「待ちなさいルーナ。それ本気で言ってるの?」
そう問われたルーナは静かに頷いた。私が「何か問題でもあるのか」と聞く前にエリザはこう話を続ける。
「エメールロスタの統治者は雪月花の中で最も残忍と謳われている氷の皇女。交流があるあなたはともかく、あの人が余所者に口を利くとは思えないわ。特に……生意気なこの子とは」
「大丈夫、私が紹介状を書く。それに『スーちゃん』ならきっと事情を分かってくれる」
「どうかしら? あの人に話が通じるとは思えないけど」
ルーナは氷の皇女とやらと交流があるらしい。よく考えてもみれば、この女に与えられた加護の種類は氷。その共通点が二人を結び付けているのだろうか。
「アーちゃん、明日の朝までに紹介状を書いておくね」
「お前、最初から私たちの会話を盗み聞きしていたな」
「……たまたま、聞こえただけ」
私が言及をするとわざとらしく視線を逸らすルーナ。その会話を吹き飛ばすように突風が吹き荒れ、私たちの周囲に白いペチュニアの花弁が舞い散った。
―――————————————
「ぶぇえぇえぇんっ! アレクシア氏、キリサメ氏とお別れなんて嫌でずよぉぉおぉっ!!」
「ララ先輩、この人らと会ってまだ一週間も経ってないっすよ」
「そうですよララ。いくら何でも大袈裟です」
翌日の早朝。何とも言えない空気間の中、私とキリサメはルーナ班の前に立っていた。ティムとアランは苦笑交じりにララへそう伝える。
「見送りはいらんと言ったはずだ」
「ララとルーナ姉さんがどうしてもって聞かなくてな。まぁ素直に見送られてくれよ」
見送りをしたいと望んだのはララとルーナ。私はやや申し訳なさそうなノーマンから、主犯の二人へと視線を移した。
「ずーっ、ずーっ! キリサメ氏、最初に会った時よりもこんなに立派になって……私は誇らしいです──ずーっ、ずぴーっ!!」
「ちょッ、ララさん……!? 俺の服で鼻水拭かないでください!!」
キリサメの制服で鼻水を拭くララ。慌てふためくキリサメを他所に、ルーナが私へ一通の手紙を差し出してくる。
「アーちゃん、これスーちゃんへの紹介状」
「あぁ、助か──」
しかし受け取ろうとした途端、ルーナは急に手を引っ込めた。私は視線を上げ、ルーナの顔をじっと見つめていれば、
「ルーナ班に来てから、私を『ルーちゃん』って一度も呼んでない」
「それが?」
「……ルーちゃんって呼んでくれないと、紹介状は渡さない」
交換条件を提示した後、悪戯な微笑みを浮かべる。あまりにも幼稚な条件に私は思わずため息をついた。
「下らん呼称にこだわるのは構わんが……それを私に強要して何になる?」
「アーちゃんと仲良くなれる」
「一人でお遊戯会でもしてろ」
「あっ……」
お遊びに付き合うつもりはないと言わんばかりに、私はルーナの手から紹介状を強奪する。奪われたルーナは寂しそうな表情を浮かべていたが、
「世話になった──
「……!」
視線を逸らしながら呟いた一言にルーナは表情を明るくさせた。そして調子に乗ったのか、こちらの頭に手を乗せて撫でてくる。私はその手をすぐに振り払ったが、
「……何をしている?」
「えっ? あ、いや、別に──うぐぇっ?!」
「今すぐ消せ」
「わ、わがったわがった! 消す、消すからっ!」
キリサメがスマホをこちらに向け、写真とやらを撮影しているように見えたため、胸倉を掴み上げてそう命令する。
「フレデリカ、ちゃんとアーちゃんの言うことを聞くこと」
「フゥーッ、ブルル……ッ」
「この
「うん、私はアーちゃんを信じているから」
「……またその理由か」
フレデリカは私が持っていた林檎と蜂蜜が詰まった衣袋を鼻先で突っつく。ルーナの相棒とも呼べる愛馬。移動が楽になるというルーナの気遣いで私が譲り受けることになった。預ける理由は何度も聞かされた『信じているから』の一言。
「二人共、そろそろ出発の時刻です」
「そうっすね。ここから北の領土は野宿できるとこが少ないんで、早いとこエメールロスタに向かうべきっす」
「あぁ、言われるまでもない」
私は蜂蜜をかけた林檎を一つだけフレデリカに咥えさせ、颯爽と背中に飛び乗った。キリサメはおどおどしつつも、何とか私の背後へと騎乗する。
「ルーナ班は君らに様々な面で助けられました。感謝してもしきれないほどに」
「またルーナ班に派遣されてきたときは……まぁよろしく頼むっすよ。知らないとこで逢引されるのはごめんっすけど」
「むむっ、逢引をしていたとは! 恋の天使ララ・エンジェルが聞き捨てなりません──」
「その男の虚言だ。聞き捨てろ」
騒がしくなる前にララの言葉を遮りつつもティムへ視線を送ってみれば、知らん顔をして両手を背中に隠した。
「グローリアに戻ったらルーナ班で祝勝会をやるからな。お前たちも顔ぐらい出せよ」
「ほうほう、その祝勝会はもしやノーマン氏の
「いーや、飲み比べで負けたやつが全額負担だ」
「むふんっ! でしたら酒豪の天使ララ・エンジェルの圧勝間違いなしです!」
「
勝手に盛り上がるノーマンたち。死を直面したのにも関わらず、能天気なその姿に私は呆れてしまう。
「……出発するぞ」
このままでは下らない会話に巻き込まれる、と私が馬を軽く歩かせれば全員の注目がこちらへ集まった。
「またね、アーちゃん」
「……あぁ」
「適度に頑張ってくださいねぇーー! アレクシア氏にキリサメ氏ぃーー!!」
「はい、お世話になりました! また、その……いや、絶対に祝勝会で会いましょう!」
大声で叫ぶララに手を振り返すキリサメ。少し躊躇っていたのは追われている身の私たちが、祝勝会へ顔を出すと言い切れないからだろう。
「アレクシア」
「……何だ?」
「俺、気絶してたからあの後どうなったのか分かんないんだけど……。カムパナは倒せたんだよな?」
「あぁ、あの女は死んだ」
エメールロスタまで馬を走らせながら私が返答すると、キリサメは「あのさ」と不安を募らせながらこう問いかけてくる。
「他には、何もなかったよな」
「何か気掛かりなことでもあるのか?」
「いや、別に重大なことでもないんだけど……。なんか、カムパナの時に感じた変な嫌悪感が残っているっていうか……」
残留する嫌悪感。私は自身の左脚に刻まれた紋章へ一瞬だけ視線を移した。刻まれているのは転生者の紋章だけでなく、黒薔薇の証である呪印も刻まれている。
「……気のせいだ。カムパナは既に死んでいる」
「んー、それもそうか。変に考えない方がいいよな」
呪印を刻まれたと明かす必要はない。私はそう考えると馬の手綱を強く握りしめ、生い茂る木々を駆け抜けた。
―――————————————
「ルーナ、あの二人を見逃したのね」
アレクシアたちが旅立った後、未だに一人で見送り続けるルーナ。彼女の隣へエリザが歩み寄り、淡々とそう尋ねた。
「そういうエリザも見逃した」
「何のことかしら?」
「エリザも知ってるでしょ。あの二人が追われてること」
ルーナはただ真っ直ぐとアレクシアたちが向かった方角を真剣に見つめ、惚けるエリザへ言葉を返す。
「そうね。おかげさまでグローリアは大混乱よ。彼女を公開処刑でもしないと収まらないほどにね」
「……じゃあ、エリザはどうしてあの二人を見逃したの?」
「拘束なんてしたらあなたが私を阻止するでしょ? それに私はティアと
「そう」
「勘違いしないでほしいのは、私があくまでも中立の立場だってこと。彼女の肩を持とうとするあなたとは
中立の立場だと主張するエリザ。二人の間に張り詰めた空気が漂い始めると、ルーナは胸元に飾られた
「それでもいい。私は間違ってなかったから」
「へぇ、まだ信じているのね。根拠も文献もないあの自論を」
「うん、私はずっと信じてる──」
制服の懐へ忍び込ませ、青色のスマートフォンを取り出すと、
「──青髪に、悪い子はいないって」
右手に力を込めて、スマホの画面へ亀裂を走らせた。
7:NecroPolice_END