ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory:ルーナ・レインズ

 ※この物語は八ノ戒ルーナ・レインズ視点のものです。

 

 

「全員、私の前に整列しろ! ……ルーナ、下を向いて歩くな!」 

「ご、ごめんなさい……」

 

 Luna(ルーナ) Raines(レインズ)

 彼女は名家であるレインズ家の元に生まれた少女。アーネット家と共に最前線で吸血鬼と戦うために生まれた戦士。

 

「何度言えば分かるんだ!? 私たちレインズ家は常に顔を上げ、常に勝利を掴まなければならないと言っただろう!?」

「は、はい……そ、そうです……」

 

 レインズ家の血筋を継ぐ者が子供らしくいられるのは五歳までと決まっている。五歳を迎えれば、どれだけ幼い子供であろうと心身の鍛錬や剣術の鍛錬を行わなければならないのだ。

 

「見ろよ、あの青いやつ! また怒られてる!」

「ははっ、あいつほんとにレインズ家の子供なのかよ?」

 

 五歳を迎えた子供たちの中でルーナは見るに堪えないほど劣っていた。周囲からは出来損ない、失敗作、レインズ家の恥とまで言われるほどに。

 

「ルーナ、お前はまだ『第一の過程』すら突破してないんだぞ!? 他の子供たちはもう『第二の過程』まで突破している! お前はいつまでガキのままでいるつもりなんだ!?」

 

 そう言われるのはレインズ家の教育課程を何一つ突破できずにいるから。手始めに行われる『第一の過程』すらも。

 

「でも……私は、だれかをぶったりなんて……。ぶったりしたら……相手の子が、痛がったりして……」

「また甘えたことを……ッ! レインズ家に恩情や慈悲など不必要ッ!! 私たちレインズ家に必要なのは相手を上回る腕っぷしと勝利だけだッ!!」

 

 『第一の過程』と呼ばれる教育は相手を傷つけることから始まる。傷つけるのであればどんな手段でもいい。対面した子供と殴り合い、蹴り合い、怪我を負わせれば第一の過程は突破となる。

 次なる『第二の過程』は相手を死の寸前まで追い込み、敗北を認めさせる試練。レインズ家において勝利こそが自身の栄光。最後まで自身の栄光を捨てなければ第二の過程は突破となる。

 最後に控えた『第三の過程』は相手の命を奪う試練。動物の命を、悪人の命を、吸血鬼の心臓を、躊躇わずに奪わなければならない。これらの過程をこなす期間は十歳を迎えるまで。

 

 つまりレインズ家の子供たちは──十歳を迎えるまでに人を殺めなければならないのだ。

 

「あいつ、ほんとつまんねーんだよな。第一の過程の時なんてずーっとしゃがみ込んだまま、いっぱいに殴られててさ。レインズ家のくせに勝つ気もねぇーんだろ」

 

 過酷な境遇の中でルーナは優しさを捨てきれず、相手に怪我を負わせるどころか、拳を振り上げることすら躊躇し、第一の過程で足止めを食らう日々。しかし対面した子供は躊躇しない。拳を振り上げ、抵抗しないルーナをひたすらに痛めつける。

 

「それにそれに! レインズ家に生まれてんのにあーんな青い頭してさ! レインズ家の失敗作(・・・)にぴったりな頭だよな!」

 

 何よりもルーナが周囲と馴染めず、虐げられていた根本的な理由は──青い髪(・・・)だったから。

 

(私は、失敗作……)

 

 レインズ家は真っ赤な髪に筋肉質な肉体を持つ傾向がある。だがルーナはレインズ家の血筋を継ぐにも関わらず、真っ青な髪にひょろひょろとした肉体。内面と外見、その双方が原因だった。

 

「うわっ、見ろよあいつの顔……! 怒られてるときはもっと負け犬らしい顔をして──がッぐはッ!?!」

「あぁ? あたしの前で負け犬らしい顔をしてんのはてめぇだろぉ?」

「ソ、ソニア……!」

「くっはははッ、何をビビってんだてめぇは? あたしにボコされたくねぇんならさっさと失せなッ!!」

「く、くそっ! おい、もう行こうぜ!」

 

 そんなルーナの肩を持つのは長女のSonia(ソニア) Raines(レインズ)。同期の中では唯一『第三の過程』まで終えているレインズ家の星。そんな彼女は次女であるルーナと距離を置きつつも庇おうとしていた。

 

「お姉ちゃん、ありがとう──」

「さっさとあたしのとこまで上がってこい。後、あたしのことはソニアと呼びな」

 

 ソニアは暗い顔を浮かべたルーナの背中を強く叩いた後、そうぼそっと呟きながらどこかへ去っていく。例え家族であろうとソニアはルーナに決して手を差し伸べようとはしない。一人で這い上がれなければ何の意味もないからだ。

 

「お母さん……私、失敗作なの……?」

「ルーナ、どうしてそんなことを聞いて……」

「私、お姉ちゃんみたいに強くない……。ずっと、ずっと第一の過程も超えられない……。勝たないといけないのに……誰かを傷つけてまで、勝ちたくないの。だから、だからお父さんは私のことが嫌いなんでしょ?」

 

 自分に対する劣等感に苛まれたルーナは毎晩毎晩母親の隣で身体を寄せていた。父親は優秀なソニアのみを娘として認め、劣ったルーナとは一度も言葉を交わしてはくれない。

 

「……ルーナ、あなたは失敗作なんかじゃないわ」

「でも……私はお姉ちゃんみたいに赤くない……。髪の毛も目も青い……」

 

 しかし母親は違った。ソニアへ接するときと変わらず、ルーナへも優しく接してくれる。だからこそルーナにとって母親は心の拠り所であり──過酷な日々を忘れさせてくれる存在。

 

「ルーナ、いいことを教えてあげる。青い髪の子にね、悪い子はいないの」

「……そうなの?」

「そうよ。青い髪の子はみんながとっても優しくて、みんなが誰かを思いやれる優しい子。ルーナはソニアみたいにならなくていいの。ソニアはソニアのいいところがあって、ルーナにはルーナのいいところがある。だから、あなたはいつまでも優しい子でいて」

「お母さん……」

 

 青髪に悪い子はいない。母親は青い髪の毛を嫌うルーナへそう励まし続けた。その何気ない言葉はルーナにとって自分に自信を持たせる魔法の言葉。怒られるたびに、殴られるたびに、その言葉を胸の中で何度も唱え、我慢し続けてきたのだ。

 

 だがその我慢の日々は──突然終わりを告げることになる。

 

「ギャハハッ、情報通りだったナ! レインズ家のガキ共が遠征してるってのはヨォ~!」

「かはっ……けほっ……」

「ルーナ……ッ」

 

 ルーナが六歳を迎えたとき、生存能力を高めるために秘密裏に行われた強化遠征。その情報を何者かによって吸血鬼に売り渡され、子爵と伯爵の二匹が子供たちを始末しに現れた。

 

「フンッ、やっぱり私の出る幕はなかったじゃない。レインズ家だからって、ステラ様はビビり過ぎなのよ」

「まぁいいじゃねぇですカ、Berna(ベルナ)の姉御。ちいせぇガキの血が吸えるチャンスなんて滅多にないんですゼ?」

「まっ、それはそうかも。けど味はちょーぜつ微妙だわ。この余分な筋肉のせいね」

 

 引率の人間はR機関の銅の階級が数人。子爵はともかく伯爵に敵うはずもない。数秒の悲鳴と銃声が鳴り止めば、そこに広がる光景は敗北を喫した肉塊。生存者はソニアとルーナのみ。

 

「げほッ、ごほ……ッ」

「姉御、このガキの血はウマそうじゃねぇッすカ? 先に吸いやすカ?」

「てんめぇ……ッ!! ルーナを離せぇえぇぇッ!!」

「私はメスの血は吸わない主義なの。あなたに譲ってあげる」

「へへッ、ありがとうございやス。んじゃあ、切れ味抜群のこいつで……」

 

 ルーナの首筋をナイフで刻もうとする子爵。ベルナと呼ばれた伯爵はルーナに興味を示すことはなく、うつ伏せになって叫んでいるソニアの首を片手で締め上げた。

 

「一目で分かったわ。あなたがレインズ家のガキ共の中で厄介なやつだってね」

「クソがクソがクソがぁあぁぁッ!! ルーナに触れんじゃねぇぞクソ共がぁあぁぁあぁッ!!」

「あれだけ痛めつけたのに元気が有り余ってるの? レインズ家はイカれたヤツが多いわねぇー」

 

 ソニアは何度もベルナの顔面を殴り続けるがちっとも痛がる様子を見せない。それどころか、伯爵の肉体の頑丈さが故にソニアの両拳から血が滲み出てしまっていた。

 

「ヒヒッ、お前の血はどんだけうめぇんだろうナァ?」

「げほッ……い、いや……お姉ちゃん、お姉ちゃん助けて……ッ」

「ルーナに手を出すんじゃねぇ……ッ!! あたしの、あたしの大事な妹に手を出すんじゃ──」

「がッ、いッだい、いだい、あ"ッあ"ぁぁぁあ"ぁぁ……ッ!!」

 

 ソニアの言葉は何も届かない。ルーナの首に刃が食い込み、真っ赤な血液が溢れ出す。ドクドクと流れ落ちる血液を目にしたソニアは振り上げていた拳を止めた。

 

「あなたは趣味が悪いわね。わざわざナイフで切り込みを入れるなんて。最初から噛んで吸えばいいのに」

「何を言ってるんすカ、姉御。この声がいいスパイスになるんでしょうニ」

「フンッ、うるさいだけでしょ──」

 

 ベルナの顔面へめり込むソニアの頭突き。ベルナの頬から血が一滴だけ伝わる。

 

「……ゴミ屑」

「……? 瞳が赤くなって?」

「ゴミ屑、ゴミ屑、ゴミ屑、ゴミ屑……ッ!!! ゴミ屑が、ゴミ屑が、ゴミ屑が、ゴミ屑が集いに集って、ゴミ屑がッ!!! くッ、くゃッはッははははははッ!!!」

「うッぶぐぉッ!?!」

 

 一度、二度、三度と繰り出される頭突き。数が増えていくたびに平然としていたベルナが狼狽え始め、放たれた渾身の頭突きにより、ベルナはソニアを解放してしまう。

 

「くゃッはははッ!! 吸血鬼はゴミ屑で、てめぇは吸血鬼で、だからゴミ屑ってこなんですかねぇ?! ゴミ屑は、世界に存在してはいけないんですよねぇッ!?! だったらッ……ここでぶっ殺ぉおしてもいいってことだろうですねぇッ!?」

「このレインズ家のガキ……ッ!! 急に変わって……!!」

 

 憤怒が呼び覚ましたのはソニア自身の狂気。レインズ家にとって狂気とは理性を捨て、肉体の覚醒を呼び起こすきっかけとなる。ソニアは妹のルーナと自身の理性を天秤にかけ──自身の理性を放棄した。

 

「あ、姉御……なんかやばいんじゃないッすカ──」

「避けなさいッ!!」

「──へッ?」

 

 ソニアが一歩だけ踏み込めば、子爵の頭部が突き出した右拳と同時に吹き飛ぶ。伯爵のベルナが捉えられる速度。子爵が押さえ込んでいるルーナの肉体は地面に倒れ込む。 

 

「ソ……ニア……」

「くゃッははははッ!! ゴミ屑が、さらにゴミ屑に分裂しやがったですかッ!! これは愉快なんですかねぇッ!!?」 

 

 もはやソニアは気を失ったルーナなど眼中にない。視界に捉えるのは伯爵のベルナのみ。掴み取ろうとするものは勝利と相手の命のみ。

 

「えー、ハローハロー! ベルナお姉ちゃん、調子はどう? んん、調子って上がるものなの? 良くなるものなの? んんー?」

「ス、ステラ様……!」

「くゃッはははッ!! またこれまたゴミ屑が増えやがってんですねぇ!!?」

「アハハッ、ゴミ屑だって! それでゴミ屑ってなに?」

「ゴミ屑ってのはてんめぇのことなんですよねぇッ!?」

 

 様子を見に来たのは原罪Stera(ステラ) Raines(レインズ)。ソニアはベルナの横を通り過ぎ、ステラへと殴りかかる。

 

「ん、んんんーーッ? 右利きでこれ? 左利きでこれ? あれ、あれれ? 私から見て左が世界の左? それとも相手から見て左が世界の左? んん?」

「ぶっ殺ぉす、ぶっ殺ぉす、ぶっ殺ぉおぉおぉすッ!!」

「アハハッ! どうして目が光るの? どうしてバシュンバシュン殴れるの? あれ? バシュンバシュンって音? それとも声? んんー?」

 

 子爵の頭部を吹き飛ばせるほどの連打を、ステラは首を傾げつつも手の平ですべて受け止める。そして「あっ、分かった!」と表情を明るくさせると、

 

「くゃッははははッ!! 潰れねぇゴミ屑なんですね──」

「答えはせーぞんほんのぉおぉーッ!!!」

 

 ソニアに背中を向けて身体を逸らし、頭突きで数メートル先まで吹っ飛ばした。その衝撃によって木々が何本か薙ぎ倒される。

 

「ステラ様、生存本能(せいぞんほんのう)……というのは一体?」

「んん? んーっと、目ん玉がキラキラーって光るの! 光ると強くなれる! んん? 強くなれるってどこまで? 最強が一番強いの? ん、んんん?」

 

 ステラはベルナにそう答えると転がっている子爵の頭部と肉体を持って、他所の方向へ歩いていく。

 

「ステラ様、もうよろしいのですか? あのメスを生かしておくと後々災厄の芽となるのでは……」 

「オッケーオッケー! 私たちは人間を滅亡させるんじゃなくて減らすこと(・・・・・)が目的だから! ゴーゴーホーム!」

「分かりました。ステラ様がそうおっしゃるのであれば……」

 

 そしてステラたちは忽然と姿を消し、現場は静寂に包まれた。この悲劇はレインズ家にとって大きな損失。生存者はルーナとソニアのみだ。

 

「お、お姉ちゃん……」

「くゃッはははッ! ゴミ屑……あぁゴミ屑じゃないんですかねぇ。ゴミ屑じゃないなら、消える必要もないですかねぇ」

「お姉ちゃん、私のこと分かる? ルーナ・レインズ、お姉ちゃんの妹なの」

「妹ってのはゴミ屑じゃなくて、ゴミ屑じゃないならぶっ殺ぉす必要はない。あぁなんですか。てめぇは生きていい存在なんですねぇ」

 

 ソニアの精神状態は崩壊したままだった。受け答えもまともにできず、人を判別するときはゴミ屑かゴミ屑じゃないか。つまり殺すべきか生かしておくべきかの二択で判別するようになったのだ。

 

「残念ですが、あの子が元の状態へ戻る望みは薄いかと」

「そんな……! どうにか、どうにかできないんですか……!?」

「私たちアークライト家の医療技術では手に負えません。パーキンス家のカウンセリングも厳しいとなれば……あの子の狂気を取り除く方法は現状ありません」

 

 医療に特化したアークライト家。心療に特化したパーキンス家。この名家たちを束ねてもソニアを正常な姿へ戻すことはできなかった。

 

「私がっ……私がっ、何もできなかったから……っ。弱かったから、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……っ」

「違う、違うわっ。ソニアは、ソニアはあなたを守ろうとしておかしく……っ。だから、ルーナのせいじゃないのっ」

「お、お母さん……うっ、うあぁっぁあぁあぁあぁあああぁあっ!」

 

 ルーナはこの悲劇によって酷く自分を恨んだ。弱い自分を恨んだ。優しくいようとした自分を恨んだ。ソニアに庇われてばかりの自分を恨んだ。自身に対する責任と怒りは彼女を大きく変えることになる。

 

「ま、待てルーナ! 俺はもう悪事を認めて──」

「静かにしろ、黙って歯を食いしばれ。お前はここでぶっ殺す」

「うがあぁあぁあぁッ!?!」

 

 彼女は突破できずにいた第一の過程に留まらず、第三の過程までをも突破した。ソニアの代わりになろうと、あらゆる慈悲や恩情を放り捨て、勝利だけを掴み取ろうとしたのだ。

 

「私はこのAクラスを担当するAaron(アーロン) Hurd(ハード)だ。諸君らが栄光あるアカデミー生活を送れるよう最善を尽くすことをここに誓おう」

 

 年齢は十五歳。レインズ家の教育課程をすべて終えたルーナはソニアと共にアカデミーへ入学した。配属されたクラスは名家が集う『栄光のAクラス』となる。

 

「……」

(……あの子がHeren(ヘレン) Arnet(アーネット)。私の勝利を阻む敵になる生徒)

 

 ルーナは真っ先にヘレンを目の敵にした。アーネット家という家系もあるが、何よりも他人に興味を示さず、淡々と単独で行動をしているその姿が、まるで『独りですべてを成し遂げられる』とでも言いたげに見えたのだ。

 

「はぁ、ほんとに良かったですよ。エリゼちゃんと一緒のクラスで……」

「でしょうね。フローラは集団に馴染むのが苦手だから」

「我が主に感謝しかありません。私をエリゼちゃんの元に導いてくれて」

「……心底どうでもいい導きもしてくれるのね、あなたの主は」

 

 しかしこのAクラスは全ての名家が集う。ルーナにとって天敵はヘレンだけではない。

 

「おい貴様、名を名乗れ」

「あ? 俺に何の用だチビ?」

「そうかそうか。もう名乗らなくてもいいぞ。貴様はここで処する」

「チッ、やり合いてェんなら表に出ろ」

「カ、カミル君にエレナさん! 喧嘩をする前に少しおしゃべりするのはどうかな? 僕、ジーノっていうんだけど……アカデミーでこれからどんな座学を学ぶのかちょっと知ってたりするんだ!」

 

 見渡せば見渡すほど勝利を阻む者たちばかり。ルーナは静かに教室内を観察し続けていた。

 

「ユー、もしかしてヤングじゃないだろ」

「誰だお前さんは? おっさんの心を抉るのが趣味なのかぁ?」

「ノーノー! 俺はマインドが通じ合うフレンドが欲しいだけさ!」

「おいおい、ちっと若者言葉を多用しすぎだぜ。まさか可愛い子を落とすときも『アイラブユー』とか叫んだりしてねぇだろうな?」

 

 当時のアカデミーは試験を受けられる年齢層が幅広かったことで、生徒の年齢は統一されていない。十代前半もいれば、二十代半ばも在籍するような状況。

 

「少し失礼。君はトレヴァー家の?」

「……はい、あなたは誰ですか?」

「僕はニコラス・アーヴィン。結論だけを申し上げるなら、あなたと知識の交換をさせていただきたいのです」

「構いませんよ。期待してもいいのですね?」

「ええ、存分に期待してもらっても構いません」

 

 ルーナは集団に馴染もうとはせず、虎視眈々と勝ち筋のみを狙う。レインズ家のすべてを背負ったつもりで、アカデミー生活を送ることにしたのだ。

 

「ヘレン、一週間後にある実習訓練の対人戦。あなたには絶対に負けない」

「あぁそうか。頑張ってくれ。私は君にも実習訓練にも興味がない」

「……興味がない?」

「実習訓練は私にとって暇つぶしだからな。つまり対人戦も暇つぶしということだ」

 

 暇つぶしだと答えるヘレン。心の底から勝敗にもルーナにも興味がない口ぶり。暇つぶしができればそれでいい。その簡素な対応はルーナの闘争心に火を点けた。

 

「あなたは、私を怒らせたいの?」

「私は事実を述べただけだ。……そうだ。暇つぶしに君へ一つ助言を与える」

「……助言?」

「後方確認もせず延々と前進を続けて、いつの日かふと振り返った時──君は酷く後悔することになる。歩くときは何度も振り返った方がいい」

 

 嘲笑するようにヘレンがルーナへ与えた助言。その時のルーナは何も理解できずにいた。しかしその言葉の意味を理解するときは突然訪れる。

 

「諸君らに連絡がある。本日行われる予定だった対人戦は『食屍鬼の増殖』により中止となった。代わりに行うのは『増殖した食屍鬼の一掃』だ。各班でキャンプ区域を担当し、食屍鬼を粛清するように」

「……全員ぶっ殺したら、何かあるの?」

「対人戦を勝ち抜くことで得られるはずだった『勝利の栄誉』と成績への『追加点』の二つ。手にすることができるのは一班のみ。迅速に粛清かつ班員へ被害が及ばぬよう心掛けること」

 

 班員ごとに担当する区域に潜む食屍鬼の一掃。ルーナにとって『追加点』はどうでも良かったが『勝利の栄誉』は喉から手が出るほどの価値があった。

 

「ルーナちゃん、どうやって食屍鬼と戦う?」

「私が最前線に出て、食屍鬼を全部ぶっ殺す。あなたたちは後ろにいて」

「おい、一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫。行こう、早く食屍鬼をぶっ殺さないとヘレンに負ける」

 

 他の班員を後方へ下がらせ、ルーナが最前線で食屍鬼たちを次々と始末していく作戦。手っ取り早く、合理的で、効率も悪くはない作戦だった。

 

「……これで、もういない。先生のとこに急がないと」 

 

 十分か十五分か。見渡す限り食屍鬼の姿は見当たらない。その僅かな時間で担当した区域の食屍鬼を殲滅させた。ルーナはその足で教師のキャンプ地まで森を駆け抜ける。

 

「先生、終わりました。食屍鬼を全員ぶっ殺した」

「素晴らしい速度だ。君が最も早かった」

(……良かった。これでヘレンじゃなくて私が勝って──)

「だが他の班員はどこに? キャンプ地で待機をさせているのか?」

「……え?」

 

 その場を振り返っても班員は一人もいない。後ろを付いてきていたはずだ。ルーナは周囲を見渡しながら、元のキャンプ地まで全力で駆けていく。

 

「──どうして」

 

 前だけを、勝利だけを求めて走り続けた。その道に転がっていたのは食屍鬼に貪られ、四肢が千切られた班員の遺体。ルーナは唖然としながらゆっくりと歩を進め、その中央で両膝をガクンッと地面に突いた。

 

「君が食屍鬼の群れに最前線で向かったからだろう」

「あなたがどうしてここに──」

「食屍鬼の群れは律儀に君の前に並んではくれない。君の班員は君の後ろを付いていくことはできない。そんな状況で群れの中へ君が単独で向かえば……後方は食屍鬼に囲まれ悲惨なことになるだろうな」

 

 木の陰から姿を見せるのはヘレン。制服に返り血が付いており、ルーナは自身が逃がした食屍鬼を始末したのだと悟る。

 

「気が付かなかった……! あの子たちの声だって、私には聞こえなかっ──」

「本当に聞こえなかったのか?」

「……え?」

「よく思い出せ。本当に助けを求める声が聞こえなかったのかを」

 

 ルーナの脳裏を過るのは食屍鬼の数が増え始めたとき耳まで届いたとある声。

 

『待ってルーナちゃん! 早くて私たちは付いていけな……っ』

『うわぁあぁあぁッ!?! 食屍鬼がそこら中に……ッ!!』

『ひッ……いやあぁぁあぁぁぁあッ!! ルーナちゃん、戻ってきてルーナちゃんッ!!』

 

 立ち止まってほしいと願う声。自分に助けを求める声。聞こえていたはずなのに、勝利だけを考え、前だけを見ていたルーナは気に留めていなかったのだ。

 

『後方確認もせず延々と前進を続けて、いつの日かふと振り返った時──君は酷く後悔することになる。歩くときは何度も振り返った方がいい』

 

 脳裏を過るのは一週間前に告げられたヘレンからの助言。ルーナは両手で顔を押さえながら、班員たちの無残な死体を直視しないよう目を瞑る。

 

「けど君は私に勝ったんだ。私よりも早く食屍鬼を一掃した」

「……違う」

「私の負けだよ。君が仲間の命(・・・・)を犠牲にしてまで勝利を求めるとは思わなかった」

「違う、違う……ッ」

 

 ヘレンは言葉で追い詰めつつも両膝を突いたルーナの傍まで歩み寄る。

 

「レインズ家は素晴らしい名家だ。勝利の為ならば多少の犠牲も躊躇わない。その反骨精神が君にも引き継がれて──」

「違うッ!! 私は欲しかったのは、こんな勝利じゃ──」

「だったらよく見ろッ! これが君を信じた者たちの末路だ!」

 

 そしてヘレンは喝を入れながらルーナの手を引き剥がし、班員たちの無残な死体を直視させた。

 

「君を慕う班員となり、君の言葉や作戦を信じた結果……この悲惨な事態を招いたッ!! この先も班員を勝利の為に捨て駒にするつもりかッ!?」

「……」

「よく覚えておけ。いくら敵を殺すことができても──守れなければ何の意味もないと」

 

 その日からルーナの内面は再び大きく変わり始める。アカデミーを卒業した後はR機関に所属し、その内部でルーナ班と呼ばれる派遣組織を形成した。

 

「ルーナ様、大変恐縮ではございますが……やはり前を歩いた方がいいのでは? 最後尾だといざというときに動きづらくなるかと……」

「ううん、後ろがいいの。アランたちの姿が見えると安心するから」

「なんか、けっこー変わってるっすよね。ルーナ先輩って」

「……そう?」

   

 レインズ家のように気性の荒い言動を抑え込み、いつでも皆を守れるように班員の最後尾を歩く。二度と過ちを繰り返さぬように、勝利は二の次だと言い聞かせる。

 

「……少し、胸騒ぎがする」

「胸騒ぎってなんだルーナ姉さん?」

「嫌な感じがするの。方角はゼンツァ」

 

 ルーナ・レインズ。彼女は今日も零度の氷を身に宿す。自身の血筋を、闘志を、勝利を凍てつかせる為に。

 

「ふむふむ、これは一大事の予感がしますぞ! アラン氏、すぐにゼンツァへ向かいましょう!」

「君に言われなくても既に方角を変えています」

  

 そして彼女は今日も母親の教えを信じ続けている。例え道を一度踏み外してしまえど──青髪に悪い子はいないと。

 

 

 SideStory : Luna Raines_END

 

 







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