※この物語は三ノ戒エリザ・アークライトのものです。
「おはようエリザ。昨夜はよく眠れたかい?」
「……人並みには」
名家であるアークライト家の血筋を継ぎ、後の十戒に抜擢される人物。彼女は前日に十歳を迎えたばかりだった。
「今日は待ちに待った
アークライト家の
「エイダは来ないの?」
「エイダの腕だと第二病棟か第三病棟までだよ。第四病棟には立ち入ることができない」
「お母さんは?」
「お母さんはデイルの世話があるからね。なに、エリザなら一人でも大丈夫さ。なんたって神の手を持っているんだから」
子供たちの中でエリザは頭一つ抜けていた。断片的な症状から患者の病を的確に見抜くだけでなく、その発生源や根源すらも情報だけで当てて見せる。治療技術に関しても彼女が携わる患者の病や怪我などは、不思議なことに治りが早かった。
「お父さん、私には人の命を預かることなんてできない」
「……エリザ。僕らアークライト家は人類の生命線だ。どれだけ拒んでいようといずれ誰かの生死を任せられる時が来てしまう。その時が、エリザには少し早く訪れたんだよ」
アークライト家を担う希望。人類にとっての救いの子。様々な呼ばれ方をしたが気が付くとエリザは『神の手』と呼ばれるようになった。しかしエリザにとってそのような持ち上げ方をされるのは本望ではない。
「さぁそろそろ時間だ。頑張ってくるんだよエリザ」
「……行ってきます」
周囲からの期待と本望ではない名声。エリザはそれらを背負いながら幼少期を過ごし、積み重なる期待に応えようと努力し続けてきたのだ。
「ここが第四病棟……」
自信がないわけではないだろう。人の命を預かるという重圧にエリザがまだ慣れていないだけだ。そう父親に送り出されたエリザは歩き続け、立ち止まったのは第四病棟と呼ばれる建物の前。
「おい、嬢ちゃんがエリザって子か?」
「あなたは……?」
「三ノ戒
「あ、あのエヴァンさん!? どうしてここに……!?」
彼女に声を掛けてきたのは十戒エヴァン・アークライト。エリザが十戒を務める前の先代。ぼさぼさの緑髪を掻き、欠伸をして近づいてくる。寝不足なのか目の下には濃いクマが付いていた。
「面倒を見てくれって言われたもんでね」
「エヴァンさんが私の世話を……!?」
「話によりゃあ、嬢ちゃんは『神の手』を持ってるんだろ? ひゅーっ、期待のエースの面倒を見れるなんて俺もツイてんなー」
「そんな……期待のエースなんてこと……」
動揺を隠せずにいるエリザへ皮肉を述べるエヴァン。酷くへらへらとした態度を取るエヴァンに対して、エリザは少し疑念を抱き始める。
「付いてきな。第四病棟を案内してやるよ」
「はい、お願いします」
シワが付いた白衣にだらしない歩き方。想像していた十戒とは大きく異なるエヴァンの姿。エリザは後を付いていきつつ、抱いていた疑念を更に膨らませていく。
「ほら、あの子って例の子でしょ?」
「ええそうみたいね。神の手を持っている新人だとか」
「第四病棟に送られてくるなんて可哀想に……。あの子は耐えられるかしら?」
第四病棟に務めている者たちの会話。エリザは気が付かないフリをし、歩きながら俯いていると、
「おーい、下を見てんじゃねーぞ。ちゃんと前見て歩けー」
「ご、ごめんなさい……!」
エヴァンに頭を掴まれて顔を上げさせられる。エリザは我に返るとすぐにエヴァンへ謝罪した。
「この第四病棟には死神が徘徊してんだ。下見て歩いてると襲われるぜ」
「死神、ですか……?」
「神の手はあっても神の目はねぇんだな。ほれ、あそこにいる死神が見えないのか?」
エヴァンが顎で示した方角は『4-205』と番号が振られた病室の扉。しかしそこには誰もいない。エリザは何度も目を凝らして確認するが、やはり死神など見えなかった。
「死神なんて見えませんが……?」
「ふっ、まぁまだ見えないか。この第四病棟で働いていりゃあ、そのうち嫌でも見えるようになるから覚悟しとけ」
エヴァンが立ち止まったのは『4-103』と番号がプレートに刻まれた病室前。扉に手をかけ中へと足を踏み入れていくエヴァン。エリザもまたその病室へと顔を出した。
「期待のエース。お前は担当するのはこの患者だ。歳は十一、名前は
ベッドに寝かされていたのはブレンダという名の少女。両目を押さえるように包帯が巻かれているが、よく見ると自分と大して変わらない年齢。エリザはどこか親近感を覚え、ベッドのそばまで歩み寄る。
「そいつは
「
「そりゃ当然だろ。この間、俺が名前を付けたばっかなんだから」
「えっ?」
エヴァンは軽い口調でそう告げると扉に背を付け、ベッドで眠っているブレンダをじっと見つめた。
「三年前のことだ。多量出血で死にかけのところを急患として運ばれてきた。怪我でもしてんのかと身体を調べるが切り傷一つもねぇ。吐血した痕跡もない。ただ酷く顔が血塗れだったんだ」
「それからどのような処置を……?」
「とにかく輸血だ。原因取り除く前に間に死なれたら元も子もねぇ。俺は血塗れの顔を拭ってから、そうやって処置を施した」
思い返しながら語り続けるエヴァンは鼻で笑うと天井を見上げる。その顔は「思い出し笑い」とも捉えられた。
「そしたらよ、これがまたおかしい話になるんだが……」
「その、おかしいというのは?」
「処置が終わったらまた顔が血塗れになってたんだ。眠ってんのに、怪我もないのに血塗れになってた。俺はそこで気が付くんだよ。目の下に溜まってる血液が真新しいことにな。そう、そいつは血の涙を流し続けてたんだよ」
エヴァンは自身の目の下を指差しながらエリザに不気味な笑みを浮かべる。エリザはエヴァンがなぜ愉快そうに話しているのかが理解できず、少しばかり不快な顔をしていた。
「体内の血液が枯れるまで血の涙を流し続ける症状。つーまーりーは、滅多にお目にかかれない奇病の一種だ。まっ、不治の病とも呼べるけどな」
「不治の病ってことは三年経った今でも、その
「大正解だ期待のエース。だからそいつをお前に任せることにしたの」
静かに背を向けるエヴァン。その背中は白衣のしわだらけでお世辞にも清潔とは言えない。
「待ってください! 不治の病をまだ来たばかりの私に任せるなんてどういう意図が……!?」
「何となくだよ何となく。どんぐらい
「生かすことができるかって……!? エヴァンさんは人の命をそんな軽々しく扱うんですか──」
「じゃ、後はよろしくっ! 期待のエースちゃん!」
声を荒げているエリザなど構うことなくエヴァンは病室から出ていってしまう。試すような言動と無責任な押し付け。
(あの人は──嫌いだ)
エリザからすれば医師としてあまりにも自覚がない。尊敬していた十戒へ、エヴァン・アークライトへ嫌悪感を抱く。
「……? 誰かいるの?」
「……!」
目を覚ましたのかブレンダは身体を起こしてエリザの方を向いていた。首を傾げ、状況が理解できていないブレンダ。エヴァンとの会話は聞かれていなかったとエリザは確信する。
「ええ、初めましてブレンダ。今日からあなたを担当することになった……エリザ・アークライトよ」
「エリザ……ねぇねぇ! エリザちゃんってもしかして私と同じ歳の子?」
「まぁ、そうね。あなたの一つ下よ。それがどうしたの──」
「じゃあ私と友達になろっ!」
ブレンダは前のめりになって懇願してくる。その勢いと話の飛び具合にエリザはしばし困惑してしまう。
「……だめなの?」
「あっ、違う違うわ! 友達になるのはいいけど、いきなりだったからちょっと驚いだけ!」
「ほんとに!? やったやったー! ありがとエリザちゃん!」
無邪気に差し出してくるブレンダの両手にエリザが触れれば、嬉しそうに優しく握りしめてきた。
「……! ブレンダ、出血して……!」
興奮したせいかブレンダの両目に巻かれた包帯が血で滲んだ。エリザはブレンダの顔に手を触れて、容態を診察する。
「血が止まらない! これが
止血しようと試みるが血の涙は止まらない。むしろボロボロと溢れ出て真っ白な包帯を瞬く間に血で濡らす。
「だいじょうぶだよ、エリザちゃん。いつものことだから」
「いつもって……。一日に何回この症状が……?」
「んーっ、少ないと三回。多いと五回ぐらいかな? でも痛くないからだいじょぶだよ! ちょっと、くらくらしちゃうだけで──」
「それは極度の貧血状態になってるの……! 症状が収まるまで安静にして!」
症状が表れて数分後。やっとのことで血の涙は収まった。ベッドのシーツ、ブレンダの病衣、両目を覆っていた包帯は真っ赤に染め上げられる。
「ブレンダ、ブレンダ! 私の声は聞こえる!?」
「あはは、声が大きいよエリザちゃん……くらくら……してるだけ……っ」
顔面蒼白のブレンダ。エリザは輸血の供給量を増やしつつ処置を施す。毎日のように第四病棟で発現する症状。エリザは三日、四日、五日……とブレンダの傍で処置を施し続ける。
「──それでね、エリザちゃん! 花瓶を割ったお兄ちゃんがなんて言ったと思う?」
「気圧の変化で勝手に落ちた……とか?」
「ぶぶー! 正解は『花瓶が割ってほしいと頼んできた』でしたー! あははっ、お兄ちゃんはおかしいよねー! 花瓶が喋るわけないのにー!」
その日々の中でエリザはとあることに気が付いてしまった。
(……延命処置しか、できない)
処置の内容はあくまでも延命であり治療ではないと。無邪気に笑っているブレンダを生かし続けているだけだと。
『何となくだよ何となく。どんぐらい
エヴァンが去り際に放ったあの言葉。その真意をやっとのことで理解したエリザは、しかめっ面でブレンダの話を聞いていた。
「エリザちゃん、どうしたの? 嫌なことでもあった?」
「ねぇブレンダ。あなたは、あなた自身のことを……どれだけ知っているの?」
「あはは、全部知ってるよ。だって自分の身体のことだもん」
腹の底から無理やり出したような笑い声。ブレンダは目元を覆いつくす包帯を右手でゆっくりと触れた。
「みんな、最初は『絶対に治るから頑張ろう』ってずっと励ましてくれてた。でもね、頑張っているのは、絶対に治るって信じているのは……いつの間にか私一人だけになっちゃったの」
(……不治の病だから手を引いたのね)
「だからね、教えてエリザちゃん」
探り探りにブレンダが触れたのはエリザの手。暗闇の閉ざされた視界の中、ブレンダはエリザの顔を真っ直ぐと見つめ、
「私はまだ頑張ってもいいの? この病気は──絶対に治るの?」
「……っ!」
不安を募らせつつそう尋ねた。ブレンダは先の見えない暗闇の中で孤独に戦い続けてきたのだ……と、エリザはブレンダの触れた手を強く握りしめる。
「絶対に治るわ。だって私が、私が治してみせるから」
「エリザちゃん……」
「少し我儘なこと言ってしまうけど……ブレンダにはまだ頑張ってほしい。私があなたの病を治すまで」
その日から延命処置をするだけの日々が変わる。エリザはブレンダを治す為に泣血病の研究を進めることにした。
(ブレンダの出身はシメナ。運ばれてくる前にクルースニクとの貿易があったとなれば……
ブレンダの情報をもう一度洗い出し、泣血病と同じ症状の記録が残っていないかを書庫で探し回る。一週間、二週間と月日が過ぎるたびに、何百回と症状によってブレンダが苦しむ。
「
ブレンダの為ならば多少の悪事も躊躇わない。エリザはアーネット家の城へ潜入し、地下の書庫で泣血病の症状に似た『血涙』という記録を見つけ出した。
「血涙は
何百年以上も前の記録。エリザはこの記録からバートリ卿の元へ訪れようと決意する。しかし最大の問題はバートリ卿の居場所。
「バートリ卿……? 聞いたこともない名前だよ」
「そうねぇ……。私も聞いたことないわ」
更なる問題は聞き込みをしたところでバートリ卿の手掛かりが一つも掴めないこと。足止めを食らったエリザは時間を無駄に浪費する日々が続く。
「お疲れさん、期待のエース」
病室の外で考え込んでいるエリザに声を掛けてきたのは、両手にグラスを持ったエヴァン。相も変わらずシワだけの白衣。そのだらしのない格好に険しい顔をする。
「どうだ? 近頃なんか色々やってるみたいだけど……まぁとにかくブレンダちゃんは元気か?」
「エヴァンさん、バートリ卿を知りませんか?」
「おいおい、俺の気遣いを無視すんなよ。……で、バートリ卿を知らないかって話だが──」
エリザの隣に立つとエヴァンはどう答えようかしばらく考える素振りを見せ、
「──もう死んでいるな」
「……え?」
たった一言だけそう告げた。エリザは目を丸くすると隣に立っているエヴァンを見上げる。
「それと色んなやつに聞き回ってるみたいだけどな。あんまりその名前を表に出すのは良くないぜ」
「どうしてですか?」
「お前、許可もなしに城の地下室へ入っただろ」
「……! どうしてそれを……!」
「その話がそもそも極秘中の極秘情報だからだっつーの。名前出しただけですぐに分かんだよ」
咎めるようにエリザの頭を押さえつけたエヴァンは大きな溜息をつき、片手に握っていたグラスをエリザへ手渡した。
「まっ、頑張るのもほどほどにするこった。身体は資本だぜ」
「……はい」
唯一手に入れたバートリ卿の情報。それ以外は何も得られず、効き目のある処方薬も作れず、月日はずるずると流れる。そして──来る日は訪れてしまった。
「おい、期待のエースはいるか……?!」
「エヴァンさん? どうして私の部屋に──」
「ブレンダの容態が急変した! すぐに病室へ来いッ!」
時間帯は深夜過ぎ。エヴァンが部屋へ顔を出しそう告げる。エリザはすぐさまエヴァンと共に病室へと向かった。
「はぁはぁっ……うっ……うぅ……っ」
「エヴァン様! 輸血の量を増やしても血の涙が止まらなく──」
「退け!」
病室へ駆け込めばエヴァンは近くの医師を手で退け、ブレンダへの輸血の量を更に増やし、包帯越しに溢れ出てくる血液を止血しようとする。
「ブレンダ、しっかりしろブレンダッ!!」
「お……兄ちゃん……っ」
「えっ? お兄ちゃん?」
喉を絞り出した声。確かにエヴァンのことを『お兄ちゃん』と呼んだブレンダにエリザは思考が一瞬だけ停止する。
「エリザ……ちゃん……っ?」
「……! エリザよ、ここにいるわ!」
「これ……見て……っ」
エリザに手渡してきたのは一枚の画用紙。そこに描かれているのは拙い絵だった。エヴァンらしき男性、エリザらしき女性、そしてブレンダ。
「ごめんね……目が、見えないから、上手く……かけなくて……っ」
「ブレンダ、ブレンダぁ……!」
「私、頑張ってるから、治るよね……っ? エリザちゃんが……治して……くれるよね……っ?」
「ええ、治してみせるッ! 治してみせるから、まだ……ッ!」
「えへへっ……良かった……っ。わたし……まだ……がんばる……ね──」
真っ白な手がベッドへ横たわる。微かな呼吸音すらも消え、病室はエリザの嗚咽のみが響いた。
「あッ……あぁッ……あッあぁあぁあぁあぁぁあああ……ッ!!」
エリザはブレンダの冷たい手を握りしめて泣き叫んだ。友達を救うことができなかったと。命を預けられたのに手放してしまったと。
「エヴァン様……なぜ、加護を使わなかったのですか?」
「……加護?」
「加護を使えば不治の病といえども治療できたはずです。ご自身の妹であればなおさら加護を使って──」
「ふッざけんじゃないわよッ!!」
凄まじい形相でエヴァンに掴みかかるエリザ。医師が止めようとするがエヴァンはそれを静止する。
「加護で治せたのならどうして使わなかったのッ!? ブレンダは、ブレンダは治ると信じていた!! 私たちを死の寸前まで信頼してくれていた!!」
「……」
「お前は、お前は何がしたいのよッ!? 神の手だとかちやほやされてる私に、不治の病をぶつけて嘲笑いたかったの?!」
エリザは怒りと悲しみをぶつける。その様子をただ無言で見つめていたエヴァンはゆっくりと口を開き、こう語り始める。
「……もしだ、もし俺が加護でブレンダを治したとして、また
「そんなの加護でまた治せば……!」
「それじゃあな、それじゃあ何の意味もねぇんだ。いいか? 俺たちは神の奴隷じゃねぇ。ただの人間なんだよ。もし加護が消えた時代が来たらどうする?
白衣から取り出したのは一枚の用紙。それをエリザへ手渡す。そこに書かれていたのは
「あと少しだった。それ通りに作れば、ブレンダの症状を緩和することができたんだ。これが作れたのはお前がブレンダを生かし続けてくれた功績あってのもんだ」
「私のおかげって……」
「期待のエース、ここでネタばらしをしてやる」
理解が追いつかないエリザ。それを見兼ねたエヴァンは隠していた真実を明かし始めた。
「お前がこの病棟に来たあの日を覚えてるか?」
「ええ、覚えています」
「あの時な、ブレンダの余命は一週間もなかったんだよ」
「──えっ?」
余命が一週間もなかった真実。エリザは思わずエヴァンの顔を見上げてしまう。
「そんなはず……ブレンダはあれから一か月も生きて……!」
「なぁ期待のエース。俺らアークライト家は人の命を救おうと必死に努力してきたつもりだ。だが今回のブレンダの不治の病には俺の経験も、お前の神の手も通じなかった。延命処置すら難しかっただろ」
「……」
「けどお前という友人の為にここまでブレンダは生きることができた。余命一週間を処方薬もなしで一か月以上も伸ばすなんてありえねぇ。……ほんとに、病ってのは何なんだろうな。俺にはもう、何が正しい治療法になんのか分かんねぇよ」
血の繋がった妹を失った悲しみと理解が及ばない現実。エヴァンの吐き捨てたその言葉が、エリザの心に強く残り続けた。
「期待のエース。俺は、数年後にはもうこの世にいねぇと思う」
「それはどうしてですか……?」
「吸血鬼共に戦争を吹っ掛けに行くんだ。俺の跡継ぎはお前に任せたぜ」
そして月日は流れ
(……アレクシア・バートリ。母体は恐らく私が過去に調べたバートリ卿。吸血鬼の血が流れる肉体)
ヘレンがオルフェンに殴りかかろうした会議室での一件。エリザはその後、アカデミーの医務室へと向かっていた。
「あら、エリザじゃない。私に何か用でもあった──」
「エイダ、あなたはアレクシア・バートリについてすべて知っていたわね?」
「さぁ? 何のことかしら」
「惚けないで。アストラでの実習訓練とドレイク家の派遣任務。あなたの提出した報告書には彼女のことだけ書かれていない。今まで誤魔化していたんでしょ?」
実の妹であるエイダに詰め寄って報告書を見せつけるエリザ。医務室を包み込むのはしばしの静寂。
「良ければその談笑、私たちも混ぜてもらえませんか?」
「ティア、帰還してたのね」
「アレクシア・バートリへ逃亡させた後、こちらへ帰還させました」
「逃亡させたですって?」
次に医務室へ訪れたのはティア・トレヴァー。帰還したばかりだと分かるほどに着物が汚れ、腰に携えた鞘も折れてしまっていた。
「エリザ、私たちから頼みがあります」
「……頼み?」
「早急にロストベアへ渡来し、ネクロポリスへ向かってください。ルーナたちが危険な状態になります」
淡々とそう述べるティア。エリザはため息をつき、持っていた報告書をエイダの前の机に置いた。
「少し待ちなさいよティア。まずは色々と整理するべき話題があると思うけど?」
「私だけからの頼みではありませんよ。私
「……私たち?」
ティアが入り口から少しだけ横へずれるととある女性が医務室へ姿を現す。
「久しぶりね~。エリザちゃん~」
「──シーラさん?」
彼女の前に姿を見せたのはアレクシアの里親であるシーラ・ブレイズ。エリザは驚きを隠せず、口をぽかんと開けてしまう。
「彼女はアレクシア・バートリの里親です」
「里親!? シーラさん、それは本当に……?」
エリザ・アークライト。たった二本の手で、無数の人命を救えるのだろうか。そんな疑問を抱きながらも彼女は医師としての使命を果たさなければならない。
「ええ、アレクシアちゃんとカイトくんの里親よ~」
「エリザ、シーラ・ブレイズに恩があると以前聞きました。その恩を返す時では?」
ティアからの言葉に、シーラからの眼差し。エリザは頭を悩ませつつも大きく深呼吸をし、
「……分かったわ。まずは事情を聞かせなさい」
ティアとシーラの話へ耳を傾けることにした。
SideStory : Eliza Arkwright_END