ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory:霧雨海斗E

※この物語はアレクシアがゼンツァで伯爵を始末した後のお話です。

 

 

「立ち話をするのもなんですから……どうぞお座りになってください」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 アレクシアがリディと浴場へ向かった後、俺はManon(マノン) Claudel(クロウデル)という人からヒュブリスの過去を尋ねてみた。最初は渋っていたけど、受け答えをするうちに何とか承諾をしてもらった。

 

「それでは……あなたはヒュブリス様の何を知りたいのでしょうか?」

「えっと、ちょっと待ってください。聞きたいことがありすぎて……」

「ふふっ、分かりますよ。あの人は自分を語ろうとしないので、疑問に思うことは色々とありますよね」

 

 正直、アレクシアについて聞きたいことはマジで色々とある。全部を聞ければいいけど、勘が鋭いアレクシアが戻ってこれば多分バレてしまう。限られた時間の中、優先順位を付けて聞くべきだな。

 

「じゃあ、一番知りたかったことを聞いてもいいですか?」

「ええ、私の知る範囲であればお答えします」

「アレクシアは……いや、ヒュブリスはどうして俺たちに心を開かなくなったんですか? いつも単独で行動しようとして、あんまり俺たちを信用していないみたいで……」

 

 アレクシアが誰にも心を許さない理由。血涙のインフェルノは心を許した相手を燃やすことはない。でも人間が燃えない光景を見たことがなかった。シメナ海峡の船旅の中でも燃やしかけている。

 

「あなたはヒュブリス様の恩師をご存知ですか?」

「は、はい。師匠がいたという話は聞いたことがあります。後はその……師匠を自分の手で殺したというのも……」

「そうだったのですね。あのヒュブリス様があなたにそこまで話しているとは驚きました」

「えっと、まぁあれです。俺が無神経だったからそういうのを質問しちゃって」

 

 今でも覚えている。アレクシアの過去へ踏み込み過ぎて地雷を踏んでしまったあの時のことを。アレクシアは気にせず師匠について教えてくれたけど、その顔は少し寂しそうに見えた。

 

「恩師であるお方の名はTheresia(テレシア) Blain(ブレイン)様。私たちクロウデル家の……もう一人の救世主でもあります」

「もう一人の救世主ですか?」

「ええ、テレシア様はとても情け深い方でした。十戒様たちが目もくれない小さな村や町を旅して回り、吸血鬼の魔の手から守ってくださったのです」

 

 テレシア・ブレイン。それがアレクシアの師匠の名前。ブレインっていう名は確か名家のはずだ。アーネット家の右腕みたいな役目だったような……。

 

「先祖のクロウデル家が残した記録によれば、ヒュブリス様もテレシア様に同伴していたと。そしてテレシア様を慕い、傘下に加わる者たちも少なくはなかったと書かれていました」

「そっか。じゃあその頃のアレクシアはまだ今みたいに……」

「記録にはこう書かれていましたよ。『テレシア様の傍にいる彼女はとても真面目で、喜怒哀楽が豊かな子だった。出来はあまり良くない子なのか、何もない場所で派手に転んだり、大きな蜘蛛を見て叫んでいた。感情的なあの子はまるでテレシア様の娘みたいだ』と」

 

 なるほど。真面目で喜怒哀楽が豊かな子だった。けどあまり出来は良くなくて、何もない場所で転んだり、大きな蜘蛛を見て叫ぶ。確かに思い返せば今のアレクシアの面影が見え──

 

「って、全然ちげえぇぇーーッ!? あの、その記録に書かれてるのほんとにあいつなんですか!?」

「間違いありません。クロウデル家は嘘偽りを記録に残すことは禁忌とされていますから」

「そ、そうなんですね。……にしても、あいつの感情的な姿かぁ」

 

 イメージを沸かせようと試しに脳内で想像してみる。今のアレクシアの見た目をそのままにして、記録通りの性格を組み込んだ。

 

(真面目な性格で……)

『おい、人の物を盗むな! 悪事に手を染めて恥ずかしくないのか!?』

(喜怒哀楽が豊かで……)

『やったー♪ 眷属をついに倒したー♪』

(あまり出来は良くなくて、何もない場所で転んだり、蜘蛛を見て叫ぶ……)

『私がこの荷物を運んでおく。任せておけ──ふぐぇっ!? いったたっ……しくじっ──うひゃあぁあぁあッ!?! く、蜘蛛がいるぅうぅーーッ!?』

 

 想像している最中に俺は頭を下げ、机に額を思い切りぶつけた。マノンさんが驚いた顔で俺のことを見てくる。

 

「ど、どうしましたか?」

「す、すいません。何でもないです」

 

 俺の浅い想像力では記録通りのアレクシアをやっぱり想像できなかった。想像しても浮かび上がるの全くの別人。考えるのをやめて話を戻すことにしよう。

 

「それで、どうしてあいつはここまで変わってしまったんですか?」

「……濡れ衣を着せられたからと聞いています」

「濡れ衣っていうのは?」

「自らの栄光の為に恩師であるテレシア様を陥れ、最大の禁忌である転生者殺しに手を出した。そう濡れ衣を着せられたのです」

 

 転生者殺し。そのまま言葉を受け取るなら、転生者が転生者を殺害することを意味すると思う。でも恩師を陥れたというのは、前に聞いたアレクシアの話と辻褄(つじつま)が合わない。

 

「あの、あいつはテレシアさんって人が吸血鬼に魂を売ったと言っていました。陥れたって話が違うんじゃ……」

「ええ、吸血鬼に魂を売り渡したのはテレシア様が自ら決断したこと。けどそれはあくまでも──"ヒュブリス様の言葉を信じる"場合の話です」

 

 ココアを淹れたマグカップを俺の前に置くマノンさん。向かいの席に腰を掛け、暗い顔で俺の顔を見てくる。

 

「ヒュブリス様は自身の手でテレシア様へ引導を渡した後……テレシア様の意志を継ぐためにご自身が上に立とうとしました。けれど下の者たちはテレシア様を慕っていたのであってヒュブリス様ではない。結果として、傘下には誰一人として残りませんでした」

「恩師の意志を継ぐ……」

「それでもたった独りで私たちのような力なき人々を助けて回った。その姿を見て、少数ながらもヒュブリス様の元へ集う者たちがいたのです。テレシア様の意志を自分たちも継ぎたいと。孤独に苛まれていたヒュブリス様はさぞ喜んだことでしょう」

「人が集まるのは良いことだと思うんですけど……それから何かあったんですか?」

 

 頑張っている姿に惹かれて仲間が集まった。良い変化の訪れのはずなのにマノンさんの顔は晴れない。俺は恐る恐る何があったのかを尋ねてみた。

 

「その仲間たちに──裏切られたのです」

「裏切られた?」

「集ったのは私利私欲に目が眩んだ者たち。最初からヒュブリス様を利用しようと企んでいたのです。テレシア様が残した遺産を横領する為に、転生者としての栄光を授かる為に……」

 

 マノンさんは机に置いていた両手を震わせる。静かに怒っている姿に俺はどう言葉をかければいいのか分からず、黙り込んでしまった。

 

「テレシア様を陥れた濡れ衣に、テレシア様の顔へ塗らされた泥。ヒュブリス様の主張を誰一人として信用せず、『一代(いちだい)磔刑(たっけい)』を下された」

「あの、一代の磔刑って何ですか?」

「転生者に対する最も重い刑罰です。転生者は命を落とすと次の時代へ生まれ変わります。なので単に処刑するだけでは意味を成さない。『一代の磔刑』は受刑者の"寿命が訪れる"まで磔にし、苦痛を与えながら、生かし続ける刑罰」

 

 一代の磔刑についてマノンさんはこう教えてくれた。まず丸裸の状態で十字架に磔にされる。そして金属や獣の骨が入った鞭で苦痛を与えられると。野晒しにされれば、鳥や獣たちが肉をついばみにも来ると。

 

 更に受刑者には茨だらけの薔薇の王冠を被せられ、転生者たちの前や市民たちの前で歩かされる。罵声を浴びせられ、石などを投げつけられ、精神的にも追い詰めていく。しかも歩く最中には七十キロもある十字架を背負いながら歩かなければならないと。

 

「ヒュブリス様はただテレシア様の意志を継ごうとしていただけ。けれど辿り着いた結末は……大切な恩師のすべてを奪われ、自身の栄光や立場を失うという悲惨な最期」

「そんな酷いことをされたならあいつは裏切った連中に復讐とかしたんじゃ……」

「いいえ、していません」

 

 マノンさんは席から立ち上がると隅に置かれた棚の前に立つ。何をするのかと黙って見てれば、ポケットから鍵を取り出して引き出しを開けた。

 

「『一代の磔刑』によって残酷な仕打ちを受け、次の時代へ転生したヒュブリス様が残した手記があります。ご覧になりますか?」

「あの、それ俺が見てもいいものなんすかね……」

「あなたがヒュブリス様を支え続けると誓うのであれば……この手記はご覧になるべきです。何故ヒュブリス様が報復しなかったのか。読めば分かります」

 

 俺に古ぼけた手記を渡そうとするマノンさん。受け取るか受け取らないかは迷わない。絶対にアレクシアの隣に立ってみせると覚悟した。だからこそ、古ぼけた手記を受け取って中身を黙読する。

 

『私はただテレシアの意志を継ぎたかった。きっとテレシアのように上手くはいかない。それでも継ごうと自分なりに考えて、動術の逆動を広めようと、強くなろうと努力を重ねた。いつか、私に付いてきてくれ者たちがいると心のどこかで信じながら』

 

 育ちの良い女性特有の綺麗な筆記。過去にアレクシアが書いたものだと確信し、次のページを捲ってみる。

 

『付いてきてくれる者が現れたあの時、私は嬉しかった。直向(ひた)きに努力していたから報われたのだと安堵した。埋葬したテレシアの元へ訪れ、こうも伝えた。お前の意志を継いでくれる同志ができたんだ。後は任せてくれと』

「……」

『同志を信頼していた。遠い未来に期待していた。テレシアが守り抜こうとした町や村を救いながら、いつか吸血鬼が存在しない世界を築けるだろう。そう、信じていた』

 

 そこには今のアレクシアからは想像できない言葉が数多く並んでいた。濡れ衣を着せられる前は本当に人情味があったんだ。

 

『信じてしまったからすべてを奪われた。期待をしてしまったからすべてを失った。一糸まとわぬ姿で町を歩かされた時、その場にいる者たちが私に石を投げた。座り込んだ私に唾を吐いた。そしてこう言ってきた。テレシアを裏切った下衆──"転生者の穢れだ"と』

「……!」

『通りがかる度に声を掛けてくれた果物屋の優しい店主。娘のように頭を撫でてくれた叔母様。顔を出す度にお姉ちゃんと呼んで飛びついてきた少女。その誰もが、私に軽蔑の眼差しを送ってきた。構わず罵倒してきた。誰も私を庇おうとは、信じてはくれなかった』

 

 書かれた文字がやや歪み、少しだけ色味が違う部分がある。これが何なのか、なんて考えるまでもなかった。

 

(これを書きながら──アレクシアは泣いていたんだ)

 

 涙の粒が染み付いた跡。アレクシアは涙を流しながらこの手記へ書き綴っていた。まだ続きのページが残っているけど、躊躇ってしまう。

 

(馬鹿か俺は! 覚悟を決めたのにここで手を止めんなよ……!)

 

 だけどそう自分に言い聞かせて俺は次のページを捲った。マノンさんもそれを望んでいるのか、真っ直ぐな眼差しで俺を見ているから。

 

『だが私を陥れた者たちも、私を信じてくれなかった者たちも……決して憎むことができない。何故ならそれらもテレシアが守り通そうとしたものだから。それに復讐の刃を振るうことをテレシアは望んでいないはずだ』

「……」

『テレシアが吸血鬼に魂を売ったという愚行。私の汚名でその愚行を隠蔽できるのならそれでいい。私がテレシアを陥れたという偽りで、テレシアの栄光を守り通せる』

「アレクシア……」

 

 俺でもここに書かれていることが嘘だと分かった。理由は単純だ。染み付いた涙の粒の跡がさっきのページよりも増えている。辛かった、憎みたかった。でもテレシアが望まないから堪えている。俺にはそんな風に見えた。

 

『そもそも信じようとしたことが愚かだった。期待を抱くことが愚かだった。すべては私自身の甘さが招いた悲劇だ。テレシアの意志は、やはり私が独りで継がなければならない』

「……」

『テレシアに託された吸血鬼共が存在しない世界。その理想を果たすまで、吸血鬼共を一匹残らず始末するまで、転生者として戦い続ける。私の生きる意味は──テレシアの理想に捧げよう』

 

 最後に書かれていた一文。俺は中身をすべて読み終えると、無言でマノンさんへ手記を返した。

 

「答えは、見つかりましたか?」

「……はい、どうしてあいつが俺たちに心を開かないのか。その答えが身に染みるほど分かりました」

 

 それから何百回と転生を繰り返し、今のアレクシアという人物が形成されたんだ。尋常じゃない程に重い過去へ触れたことで、正直気が滅入りそうだけど、

 

「マノンさん、ありがとうございます。おかげで色々と気持ちが入りました。俺なりにあいつを支えていこうって、決意もより深まったっていうか……」

「ふふっ、そうですか。それなら良かったです」

 

 俺よりもアレクシアの方が何千倍も辛いはず。それに意外な一面を知れたからこそ見えたものが多少なりともある。

 

「……何を話している?」

「あ、あぁアレクシア! ちょっとマノンさんと世間話をしていてさ──っと、うぉおぉおぉいッ!?! なんで何も着てないんだよ!?」

 

 浴場の方角から聞こえたアレクシアの声。そちらへ顔を向けたら裸のアレクシアが立っていた。しかも隣には全裸のリディ。俺はすぐさま顔を他所へと向ける。

 

「予備の衣服は持ち合わせていない。あの汚れた制服をもう一度着ろとでも?」

「ちげぇーよ!! 着る服がないんならせめてマノンさんを向こうで呼べって!」

「呼ぶよりも直接出向いた方が早いだろう」

「だーっ! まぁ確かに、そうですけどねー!?」

 

 俺がアレクシアの注目を浴びている最中、マノンさんがバレないように手帳を元の棚へとしまった。何とかバレずに済んだと思いきや、

 

「その手帳は何だ?」

「えっと、手帳ですか?」

「そこに入れた手帳の話だ。何を話していた?」

 

 勘が鋭いのか視野が広いのか。マノンさんの方を突然顔を向けて問い詰める。これは流石だと言わざるを得ない。

 

「先の時代のクロウデル家の者の為、そちらの方からここまでの旅路を聞き、手帳へ記録しておりました」

「……そんなものを記録して何の価値がある?」

「今の時代においては価値などありません。ですがこれからの時代、旅路の記録に価値が付くかもしれませんよ」

「そうか。先の時代となれば何とも言えんな」

「それよりもヒュブリス様。お召し物をご用意致しますのでどうぞこちらへ。リディも付いてきなさい」

 

 マノンさんは手慣れた様子で誤魔化し、全裸のアレクシアとリディを連れて二階へと上がっていく。その場に一人残された俺は思わず大きな溜息をついた。

 

 

────────────────────

 

 

「あのさ」

「何だ?」

「どうして俺の部屋にいるんだよ」

 

 マノンさんに遅い夕食を振る舞ってもらった後、用意された部屋へと戻ってみれば、何故かアレクシアがベッドに腰を下ろして待機していた。

 

「お前に用がある」

「えっ? 俺に用って何の?」

「一つしかないだろう」

 

 右手を差し出して何かを要求するアレクシア。俺は「あー……」と察した様子でスマホを取り出した。

 

「こんな時でも読むんだな……」

「あぁ」

 

 逃亡中の身でもスマホで電子書籍を読みたいらしい。俺はその能天気な要求に苦笑しつつ、スマホの画面を開いて何を読ませるのか考える。

 

(異世界ものも読ませてたし、漫画も前に読ませた。同じジャンルばかり読ませるのもなんだか違うよな。なんか丁度いい感じのものはー……あっ)

 

 そして目に入ったとあるジャンル。少しだけ渋ろうとしたけど、折角だから読ませてもいいかもしれない。

 

「なぁ今回はラブコメを読んでみないか?」

「ラブコメ?」

「ラブとコメディ、ずばり恋愛がテーマの明るい話だ! 主人公とヒロインが結ばれていく甘酸っぱい青春みたいな感じの本!」

「ラブ……。なるほど、つまり色沙汰の喜劇とでも言いたいのか」

「例え方がなんか堅苦しいけど……まぁそんな感じだよ!」

 

 俺が数あるラブコメから選んだ作品は『相手に告らせようと心理戦を繰り広げるラブコメ』の漫画だ。相手に告白させるという斬新な要素に惹かれて、全巻購入したんだよなぁ……。

  

「確かこれは漫画(まんが)と呼ばれる形式だったか」

「そうそう! ほら、さっそく読んでみてくれ!」

 

 一巻のページを開いてアレクシアにスマホを渡す。もう詰まることもなく操作している。スマホの扱いにだいぶ慣れてきたらしい。

 

「向こうから告白させる。告白した方が敗北、か。随分と変わった考えだ」

「そりゃあプライドが高い生徒会長と副生徒会長の二人だからなぁー」

「そもそもこの学園というのは何だ? 生徒会長とやらの名称も理解できん」

「あー……そういえば現代モノはまだ一度も見せてなかったっけ」

 

 こっちの世界がそのまま世界観になってるものが多い。だから理解しやすいけど、それはあくまでもその世界で暮らしている人間だけ。異世界からすれば俺たちの世界はファンタジーみたいなものだ。

 

 取り敢えず学園や生徒会について軽く説明だけし、そのまま読ませることにする。

 

「この『PINEを交換』というのは何を意味している?」

「どれだけ離れてても連絡が取り合えるアプリがPINEってものでさ。PINEを交換っていうのは連絡先を交換するって意味になるんだ」

「なるほど、相手に連絡先とやらを求めれば好意を抱いていることを表す。このページで遠回しに交換しようとしているのはそれが理由か。……理解が及ばんな」

 

 険しい顔でラブコメを読み進めていくアレクシア。時代や住んでる世界で常識が違うのかもしれない。特にこんな過酷な世界ではラブコメみたいな恋愛はないのかも。

 

「この世界にはラブコメみたいな恋愛とか、そういうのはあったりしないのか?」

「無いな。お前の頭で理解できるかは知らんが、吸血鬼共が蔓延るせいで子孫繁栄を義務付けられている。特に名家となれば許婚が基本だ」

「あー、やっぱりそうなんだな」

「ラブコメとやらのようにお互いの自尊心を衝突させる余裕はない。赤子を産めない女は価値が下がり、赤子を多く埋める女の価値は上がる。良くも悪くも……お前の世界と私たちの世界において『愛』の価値が異なっている」

 

 かなり際どい発言。多分俺たちの世界でそんなことを言ったら間違いなく炎上する。でもアレクシアは表情一つ変えない。この世界ではそれが当然で、批判されたりしないんだろうな。

 

「じゃあさ、その、アレクシアは……」

「何だ?」

「あぁいやいや! やっぱりやめておく!」 

 

 アレクシアは子供を産んだことがあるのか。多くの人生を歩んできたのなら一度でもあるのかもしれない。聞こうと思ったけど、なんかプライバシーに引っかかりそうだからやめた。

 

「私の身体では赤子を産めん」

「……えっ?」

「正確には転生者は赤子を授からないと言えばいいか。何百回と交配しても妊娠しない。私も前世で何度か試してみたが、一度も上手くいかなかった」

「あっ、え、あっ、へぇー……」

「アークライト家の人間曰く、転生者の種子が濃すぎることが原因だと聞いた。ただの人間と転生者が交われば、濃すぎるが故に相手の種子が死滅してしまう。転生者同士が交われば、互いの種子が反発し合い死滅する。これは転生者の欠点だ」

 

 何を聞こうとしていたのか読み取られた挙句、アレクシアはさりげなくとんでもないことを言い出した。『前世で何度か試した』っていう言葉。今の俺には衝撃的過ぎる。

 

「だが赤子を産めなくとも愛を育むことはできる。転生者にも『一代(いちだい)安寧(あんねい)』と呼ばれる褒美があった」

「どんな制度なんだそれ……?」 

「『転生者の宿命を放棄し、来世は思うがままに生きてもいい』という褒美だ。私も何度か与えられたことがある」

 

 俺たちで例えるなら土日休暇みたいなもの。とは言っても俺たちにとっての一日が、転生者にとっては一度の人生。スケールが何もかも違う。

 

「アレクシアがその褒美を貰った時って、来世でどんな風に生きてたんだ?」

「芸術に打ち込む人生もあれば、学者として文明を発展させる人生もあった。だがどれもつまらんものだったな」

「じゃあさ、逆に楽しい人生とかなかったのか?」

 

 アレクシアはスマホをスライドする指を止め、少しだけ画面を見つめて考え始める。

 

「候補として上げるのなら……求婚された時か」

「へぇー、プロポーズか! 誰にプロポーズされたんだ?」

「過去に話した──私の師となる女からだ」

「あ、あぁー……そ、そうなんだな……」

 

 師匠というのはテレシア・ブレインという人物。さっき重い過去をマノンさんに教えてもらったばかり。頬を引き攣りながらどうにか相槌を打つ。

 

「あの女から『君の来世を生涯かけて愛したい』と求婚された。赤子を産めないなら孤児を引き取り、家庭を築いて平和に暮らせばいい。そんな将来図も伝えられた」

「すっげぇ良い話だな! やっぱり嬉しかったりしたのか?」

「あぁ、そうかもしれんな。求婚される数は少なくなかったが、あの女から求めれられた事実は……何よりも特別だろう」

 

 表情を緩めるアレクシア。相当嬉しかったのだろうと俺は感じ取り、明るい声で場を盛り上げようとする。

 

「だがその時代に私はあの女へ引導を渡した」

「……っ」

 

 でも一気に場の空気は冷めた。俺はこの絶妙な空気感をどう変えればいいのかと頭を悩ませ、苦笑いすることしかできない。

 

「うお……っ!?」

 

 そんな俺の顔まで自分の顔を近づけてくるアレクシア。反射的に距離を取ろうとしたけど、構わずぐいぐいと身体を寄せてきた。

 

「お前は私を女として見ているだろう?」

「は、はぁ!? なんで急にそんなこと聞いて……!」

「下の階では私の裸体を見ないよう目を逸らし、今も私から距離を置こうとしている。初々しく反応するのは私を女として見ているからだ」

「ちょっ、何を……っ!?」

 

 アレクシアは俺の身体を凄まじい力でベッドの上に押し倒す。そしてそのまま馬乗りになって、華奢な上半身を前のめりにし、柔らかい胸を俺の身体に密着させた。

 

「やはりお前は色沙汰と縁がない人生を歩んできたようだな」

「お、おい、どけって!」

 

 アレクシアがマノンさんから借りた寝巻はワンピース型。スカートの丈が短いようで、アレクシアの肌や黒い下着が嫌でも目に入る。俺の手にすべすべな太腿が何度も擦れた。

 

「私はまだ何もしていない。なぜ乗っただけで欲情している?」

 

 男性の生理現象をからかうように何度も腰を上下に揺らすアレクシア。まるで男を手駒に取るような動き。こいつは男を興奮させる方法を熟知している。 

 

「お前から手を動かせ」

「ば、ばか、なにをしてんだよっ!? おかしくなったのか!?」

 

 俺の左手を強引に掴み上げ、自身の左胸へ触らせた。初めて異性の胸を触り、こんなに柔らかいのかと思考が停止してしまったが、

 

「くそっ!! からかうのもいい加減にしろよ……ッ!!」  

「──!」

 

 すぐさま我に返り、馬乗りになったアレクシアを突き飛ばす。そしてベッドから立ち上がって、仰向けに寝転がったアレクシアを見下ろした。

 

「何がしたいんだよお前ッ!? 俺をからかいたいのか……!?」

「試しただけだ」

「はぁ!? 試したって何を──」

 

 スマホの画面を見せつけてくるアレクシア。先ほどまで読んでいたラブコメが映っているのかと思いきや、

 

「──なッ!?」

 

 過激な描写が多い成人向けの漫画。映っていたシーンは先ほどアレクシアが馬乗りになっていた状態とほぼ同じ構図。

 

「この誘い文句で欲情させられるはずがない。そう思って試してみたが……お前も含め、向こうの世界は案外単純な男が多いようだな」

「そ、それよりもさっきのラブコメはどこ行ったんだよ!? てか、なんでそれを見つけられて……!」

「スマホとやらの操作にもう慣れた。自分で他の本を探すことぐらい容易い」

「勝手にスマホの中身を探すなっつーのッ!!」

 

 俺はアレクシアからスマホを無理やり取り上げてすぐにポケットへしまう。不服そうにしていたけど、こればかりは俺に非はないだろ。

 

「もう自分の部屋に戻れよ! 明日はルーナ班と合流しないといけないんだろ!?」

「それもそうか」

 

 アレクシアはベッドから立ち上がって扉の前まで歩いていく。重い過去を聞かされて、あんな風にからかわれ、俺は大きな溜息をついた。

 

「あぁ忘れていた」

「あー? 忘れてたって何を……」

 

 顔を上げてアレクシアの方を向けば、丈の短いスカートを指先で軽く捲り上げ、

 

「お前がもし望むのなら──身体(・・)を貸してやらんこともない」

「……っ! おい、そういう冗談はもういいって!! どうせ俺を実験体にして試したいだけだろ!?」

「どうだろうな」

 

 履いている黒色の下着を見せつけてから部屋を出ていく。嵐が過ぎ去った後のように、俺はぐったりとベッドへ倒れ込んだ。

 

(はぁ、とにかくこれから何があっても知らないフリをしないと……。この先、アレクシアと同じ転生者とか現れたりするかもしれないし。勘付かれないよう気を付けろよ、俺)

 

 暗い気持ちにならざるを得ないようなアレクシアの過去。からかわれたことで無性にむらむらと込み上がる煩悩。それらを忘れようと目を瞑り、そのまま深い眠りにつくことにした。

 

 

 

 SideStory : Kaito Kirisame E_END

 

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