ЯeinCarnation   作:酉鳥

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Recollection:カムパナの記憶

 ※このお話はカムパナの過去を描いた物語です。

 

「神父さま、明日の婚礼に必要な花束をご用意しました」

「おや、ありがとうアウロラ。いつも助かるよ」

 

 私はAurora(アウロラ) Millshe(ミルシェ)

 吸血鬼が蔓延るこの世界にひっそりと存在する小さな村Fenumu(フェヌム)。顔を知らぬ両親に捨てられた私は神父様に拾われ、見習いの修道女として過ごしてきました。

 

「それで、あの……明日の婚礼で鐘は鳴りますか?」

「あぁ勿論だとも。アウロラは本当にあの鐘の音が好きなんだね」

「はい! 私、綺麗な鐘の音を聞くために今日は頑張って──あっ」

「こらこら。愛の誓いを結ぶお二人の為に善行を積んだと言いなさい」

 

 私がこの世で最も美しいと感じるものは──鐘の音色。もっと詳しく言えば永遠の愛を誓う二人へ向けた祝福の鐘の音。私が見習いの修道女になったのも、すべてはそれが理由です。

 

「あなたは病に患う時も健やかな時も、哀しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も……愛し、助け、慰め、敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」

(あぁ、今日もあの鐘は綺麗だなぁ……)

 

 新郎新婦を祝う為に集った多くの民衆。その者たちが誓いの言葉へ耳を傾ける最中、私は教会の隣に立つ鐘塔をじっと見上げていました。

 

「よいでしょう。この永久なる愛へ祝福を、栄光を与え給え!」

 

 神父が声を高らかに上げると鐘の音が鳴り始め、小さな村に響き渡る綺麗な鐘の音。私は耳を澄ませ、左右に揺れる鐘へ煌めく眼差しを送ります。

 

(そう、この鐘の音だ。幸せに満ちた二人が壇上にいて、祝福するように鳴り響く音。私はこの鐘の音が大好き。いつか、いつか私もあの人たちみたいに好きな人を見つけて、鐘の音に祝福されたい……)

 

 微かに抱いていた憧れ。私にも愛する人ができて、教会で永遠の愛を誓い、祝福の鐘をこの身で感じたい。そう願いながら修道女として神父様の元で務めてきました。

 

「アウロラ、その紋章は……!」

「えっ? 神父様、これって……」

「リンカーネーション。神に選ばれし者たちに刻まれる紋章じゃないか! アウロラ、君は……いえ、貴方様は我ら主に選ばれたのです!」

 

 年齢は確か十七歳の頃でしょう。私のうなじに転生者の紋章が刻まれました。神に選ばれしリンカーネーション。神父様も村の人間も大喜びだったと思います。何故なら人目にもつかない小さな村で、名家でもないただの少女が、神に選ばれたのですから。

 

「アウロラ様、お役に立てることがあれば我々に何なりとお申し付けを」

「神父様に、村の皆さん。そんなにかしこまらなくても、いつも通り接して貰えれば……」

「とんでもございません! 貴方様は神の遣いであられるお方、同じ立場で接することなど到底……!」

 

 その日から私は崇められる存在となりました。紋章一つが刻まれただけで立場も言葉の重みも、何もかもが変わってしまったのです。

 

(私は神に近しい人となったのでしょうか?)

 

 私が崇められる存在となっても、私自身が神という存在を崇めてはいません。しかし皆から持ち上げられ、悪い気分はしませんでした。

 

「これからは朝昼夜とであの鐘を鳴らしなさい。それと、隣人同士の婚礼を義務付けます。歯向かうものには神の天罰が下ることでしょう」

「はっ、仰せのままに!」

 

 とにかく自分の為だけを考えて命令を下す。理想的な状況を自らの手で築き上げ、理想的な鐘の音を追い求める。村の人間は面白いほど命令を素直に聞いてくれました。

 

「アウロラ様、この村の人口を考えますと……これ以上、婚礼を行うことが可能な者たちが見当たらず……」

「なら婚礼を交わした者たちの愛を破局させなさい」

「破局……!? お、お言葉ですが、そのようなことをさせるのは難しいかと……」

「この際、既に愛を交わしていようと関係ありません。破局後は他の者と愛し合うことを義務付けなさい。それができないと喚くのであれば……この村へ恐ろしい罰が下ることでしょう」

「か、かしこまりました! 村の者にはそのようにお伝えします!」

 

 転生者という神に近しい立場を利用し、村の人間たちへ愛と婚礼を強要する日々。渋るような反応を見せた者には天罰という都合の良い言葉で脅す。そのようなことを続けたからでしょう。

 

 私自身に──天罰が下されたのは。

 

「おぉおぉっ! イキのいい人間共がわんさかいやがるぜェ!」

「きゅ、吸血鬼……っ!? どうして俺らの村に……!?」

「この村によォ、いるんだろ? 神に選ばれたリンカーネーションってのが」

 

 私が支配していたフェヌムを襲撃してきたのは吸血鬼。爵位は子爵(ヴァイカウント)。転生者の噂を聞きつけ、この村へ食屍鬼(グール)共を連れてやってきました。

 

「ア、アウロラ様……ッ!! どうか、どうか我々に救いの手を差し伸べてくださいッ!! あの悪しき吸血鬼へ神からの罰をッ!!」

「……分かりました。少しだけ、時間をください」

「おぉっ、流石は神の遣い様! ありがたきお言葉……!」

 

 転生者は吸血鬼共に狙われている。その情報は私にとって初耳。本来なら吸血鬼共を粛清するのが私の天命でしょう。

 

(吸血鬼と食屍鬼があんなに……! 私なんかが敵うはずないっ!!)

 

 ですが私は故郷を、村の人間たちを見捨て逃げ出しました。紋章が刻まれようと吸血鬼と戦う術など持ち合わせていない。そもそも私は見習いの修道女。紋章一つ刻まれただけで頼みの綱にする村の人間が悪い……そう自分に言い聞かせながら。

 

「おぉーおぉー! どこ行くんだお嬢ちゃんよォ?」

「──ッ」

  

 逃げ出して数分も経たずに私の前に現れた子爵。すぐさま別の方角へ駆け出そうとしても、周囲は瞬く間に食屍鬼によって囲まれていました。

 

「リンカーネーションが尻尾を巻いて逃げるなんてなァ? それとも何だァ? 村の人間共を守るためにここまでオレたちを引き付けたのかァ?」

「え、ええ! その通りです! まんまと策に嵌まり、私を追いかけてくるなどあなたたちは愚かし──」

 

 見栄を張る私の上空から落ちてくる球体。鈍い音を立てながら足元へ転がる。私は視線を下ろし、その球体を視認しました。

 

「──ひッ!?」

 

 その球体の正体は──千切られた神父様の頭部。恐怖のあまり尻餅をついて情けない悲鳴を上げる私。この時、吸血鬼共は村の人間たちを殺してからここへ来たのだと気が付いたのです。

 

「かっははッ! オレたちがそんな犬みてぇに尻尾振ってお嬢ちゃんに付いてくると思ったかァ? あめぇんだよ、あめぇすぎる!」

「あなたたちは私を殺そうと追いかけてきたのでしょう?」

「はっ? たりめぇだろうがァ」

「私は神に選ばれたリンカーネーションです。少しでも手を出せば神から天罰が下ります。それでも手を出すつもりですか──」

 

 視界が歪む。右へ大きく顔が傾く。何が起きたのかと理解する前に身体は地面へ倒れた。地面を濡らすのは──真っ赤な血液。

 

「天罰下すんのは神じゃねェ。神の代弁者、テメェらリンカーネーションだろ?」

「あッ……あ"ぁあ"あ"あ"ぁあ"ぁあ"あ"ーーッ!?! 私の足がッ、足がぁああぁあぁ……ッ!!!」

 

 鋭利な爪で斬り裂かれた私の右脚。子爵はその右脚を食屍鬼共へ放り投げました。血肉に飢えていた食屍鬼共の丁度いいエサ。そんなことを言いたげな顔で、子爵は這いつくばる私を見下します。

 

「かっははッ!! なんだなんだァ!? 右脚一本でわーわー喚くってことはァ……お嬢ちゃんはでけぇ顔していただけの新人かよ! こりゃあ傑作だぜェ!」

「い、いやッ……だれか、だれか助けッ……助け……ッ」

 

 転生者の紋章が刻まれようが一度目の人生はただの人間に過ぎない。この時の私は例えるなら『いつの日か神樹となる小さな芽』です。時が経つ前に容易く潰せてしまう存在。

 

「何にも知らねぇお嬢ちゃんよォ? 最期にイイこと聞かせてやるぜェ」

「がほ、ごほッかは……ッ! いぎッ、だッ、すけて……ッ」

「テメェら転生者はなァ? 殺しても殺しても先の時代で蘇りやがる。だからよォ、こうやって──」

 

 虚空に助けを求めることしかできない私。子爵は背後から両肩を掴み上げ、鋭い牙を口元から覗かせると、

 

「──オレたちの仲間に変えてやんだよォ!!」

「ひッぐッ?! いッ、あッ、あぁあぁあぁ……ッ!?」

 

 私の首筋へ鋭い牙を突き立て吸血を始めた。不死に近しい転生者を破滅させる手段は吸血鬼への堕落。

 

「はっ、悪くねぇ味だなァ?」

「はぁッ、ごほっげほッ……!!」

 

 吸血された途端、込み上げるのは生き血への渇望。人らしい肌は青ざめ、肉体は歪なものへ、食屍鬼へと変わり果てていく。心臓の鼓動が弱まり、呼吸すらも不必要な状態へと近づき、

 

「──がッ!?」

 

 意識は突如そこで途絶えました。無理やり閉幕を告げられたような感覚。そして次に目を覚ました時には、

 

「ほら! あなたがうるさくするから起きちゃったじゃない!」 

「ははっ、ごめんごめん! ごめんなぁ、Relia(レリア)~!」

 

 見知らぬ男女を見上げていた状態。手足が十分に動かせず、言語も「あー」という母音だけしか発することができません。しかしハッキリとした意識に、私はやっとのことで理解しました。

 

(赤子に、なっている……)

 

 リンカーネーションに与えられる恩恵の一つ。前世の記憶をすべて引き継ぎ、来世へ転生する恩恵。そう、私は二度目の人生を歩むことになったのです。

 

(大陸ランドロス……? 本で読んだことがある場所ですね……)

 

 二度目の人生はLandros(ランドロス)という大陸に存在するSelerat(セレラート)の国。フェヌムのような小さな村ではなく、他国も羨むような立派な城下町でした。

 

「レリア、レリア?」

「えっ? あっ、私のことですか?」

「あははっ、何言ってるの~? レリアはレリアでしょ? おかしなレリア!」

 

 幸福かと聞かれれば幸福だと答えるでしょう。けれど前世の明確な弊害はありました。まず一つ、私はレリアという名を素直に受け入れられないこと。未だにアウロラとして生きている状態でした。

 

「あッ、うッ……あぁぁあぁ……ッ!!」

「レリア、どうしたの!? また脚が痛むの!?」

「待ってるんだ! すぐに医者を連れてくる!」

 

 二つ目の弊害、それは幻肢痛。右脚を斬り落とされた記憶が度々襲い掛かり、耐え難い激痛が身体を巡ります。吸血鬼や食屍鬼に与えられた心の傷を抱え、生きていかなければならなかったのです。

 

(この紋章を見られれば、また崇められて……また吸血鬼に襲われる……っ)

 

 三つ目の弊害、それはこの刻まれた紋章。噂にならないよう、両親や友人に見られないよう生きなければならない。転生者の天命など知ったことか。ただの人間として生きよう。そう決意しました。

 

「お前、リンカーネーションだろ?」

「えっ? リンカーネーションとは一体何でしょうか?」

「惚けても無駄だ。そのうなじに刻まれた紋章……お前は転生者で、まだ回数も浅い新入り。間違ってないだろ?」

 

 年齢は十六歳。私の幻肢痛を鎮めてくれるのは鐘の音。教会へ赴き、鐘の前に立っていると声を掛けられました。細い身体に黒いコートを纏う男性。私の正体を見抜くように、フードを深く被った顔を近づけてきたのです。

 

「俺と一緒に来い」

「い、嫌です! 離してください!」

「おい、うちの娘に何をしているんだ!?」

 

 どこかへ連れて行こうとする黒いコートの男性。丁度父親が通りかかり、止めに入りました。連れて行かれずに済む、そう安堵したのも束の間、

 

「お前はこいつの父親か?」

「あぁそうだ! うちの娘が嫌がってるだろ!? さっさと離してくれ!」

「俺はリンカーネーションだ。こいつにもリンカーネーションの紋章がある。天命を果たさなきゃならねぇ」

「リ、リンカーネーションッ?! そ、それは大変失礼いたしましたッ!! レリア()、どうか我々人類に平穏の日々を与えてください」

 

 リンカーネーション。たった一言で父親の態度が変わってしまったのです。

 

「えっ? 待って、お父さん! 私は、私は行きたくないッ!!」

「レリア様を私共の元で産めたこと……大変光栄でございました」

「お父さん、お父さんッ!!」

 

 娘を守ろうとした父親の姿はそこにはありません。十六年築き上げた親と子の関係は……ほんの一瞬で神の遣いと人間の関係。悲しみに明け暮れる間もなく、黒いコートの男性に私は連れて行かれました。

 

「私を、私をどこに連れて行くつもりですか?」

「十字架の大陸──Stigma(スティグマ)だ」

「スティグマ?」

「俺たちリンカーネーションの本部みたいなもんだ。お前みたいな見習いを教育したり、派閥を組んで吸血鬼共とやり合う。要は俺たちの居場所(・・・)だ」

 

 十字架の大陸スティグマ。そこは世界の中心に位置する大陸で、リンカーネーションのみが上陸を許される場所だと聞かされました。

 

「あの、あなたの名前は?」

Keith(キース) Plender(プレンダー)だ。一応十戒なんだが……まぁ詳しくは知らねぇだろ?」

「リンカーネーションの中でも選りすぐりの十人、とだけは理解しています」

「あぁそういう認識で大丈夫だ。……ほら、もうすぐ着くぜ」

 

 スティグマに上陸し、最初に目に入ったのは──白い建造物に囲まれた巨大な十字架。その十字架は金剛石(ダイヤモンド)の彫刻品でしたが、取り囲むように様々な宝石の十字架も並べられていました。

 

「探したわよキース。あんた、今までどこに行ってたのよ?」

「んだよ、ニーナ? ランドロスで新入りを捕まえてきたばかりだってのに」

Eldorado(エルドラド)大陸の問題が解決してないじゃない。ステラと二人(・・)で吸血鬼共の侵攻を抑えるようにノアから命令されたでしょ?」

「あー、その件はステラ一人に任せた。あの野郎、俺と息を合わせる気がねぇからな」

 

 会話を踏まえればニーナという方は恐らくは十戒の一人。そう推察しながら会話に耳を傾けていると、キースは私の背中を強く押して、ニーナの前に差し出しました。

 

「んなことよりこの新入りについてだ。お前の下で預かってやれねぇか?」

「お生憎様、私の傘下に余裕はないの。ステラのとこに預けたら?」

「寝言は寝て言え。『みんなで仲良く吸血鬼をぶっ殺しましょう』なんて指標掲げてるヤツのとこで何を学べんだ?」

「ならあんたのとこで預かればいいじゃない?」

「面倒見てやれねぇからお前に聞いてんだろうが」

 

 話し合いの結果として私が配属されたのはリリアン・トレヴァーと呼ばれる少女の傘下でした。名家の一つトレヴァー家の血を継ぐ十戒。

 

「ふ~ん、お前がキースの言ってた新入り~?」

「は、はい。右も左も分かりませんが、これからよろしくお願いします」

「はいは~い! よろしくね~!」

 

 新入りの立場である私は半年という月日をかけて、リリアン様から転生者の恩恵について。トレヴァー家が考案した機動と呼ばれる動術について。吸血鬼共との戦い方についてを教えられました。

 

「新入りちゃんそこで見ててね~! このよわよわ伯爵を灰にしちゃうから~!」

「は、はい、分かりました……」

「あっはぁ~♪ 伯爵なのにリリアンに踏まれてかわいそ~♪」

「この恨みッ、貴様の心臓を握りつぶしッ、いつか晴らして──ッ」

「ざぁーこざぁーこ、リリアンの杭で灰になっちゃえ~っ!」

「リ、リリアン……トレヴァア"ァア"ァーーッ!!」

 

 幼き姿だからといってリリアン様は侮れません。私の前で伯爵をいとも簡単に粛清してしまうほど。私はリリアン様の付き添いとして過ごし、転生回数による落差を知ったのです。

 

「新入りちゃん、覚えといてね~! 吸血鬼も食屍鬼も杭を刺せば、灰になっちゃうザコザコ種族だから~!」

「も、申し訳ありません……。手を貸そうにも、身体が動かなくて……」

「ん~……転生回数はたったの二回でしょ? 初めはみーんなそんなもんだし、心配しなくてもいいよ~!」

 

 加えて、幻肢痛や吸血鬼対する恐怖心は決して消えませんでした。対面すると震えが止まらず、立っていることで精一杯の状態に陥る日々が続きます。

 

(……私は、何故リンカーネーションに選ばれたのでしょうか?)

 

 年齢は二十三歳。自身の不甲斐なさに耐えられず、毎日のように酒場へ出向き、酒に溺れていました。選ばれたことを驕っていた心境から、私なんかが何故選ばれたのか……という心境への変化を遂げたのです。

 

「相席お邪魔するよ」

「……? あなたは……?」

 

 安い酒瓶を片手に持って向かいの席に座る青髪の女性。容姿年齢は私とほぼ同じ。やや酔いが回っているのか、頬がやや赤く染まっていました。

 

「あなた、リリアンのとこに新しく入った子でしょ?」

「ええ、それであなたはどちらの……?」

「私? 私はテレシアの傘下に所属してるよ?」

「いえ、そうではなくてですね。あなたの名前を──」

 

 私が名前を尋ねた途端、持っていた酒瓶を一気飲み。その豪快な飲みっぷりに言葉が出ず、しばらく呆然としていると、

 

Maria(マリア)。私はマリアって名前だよ。それで、あなたの名前は?」

Relia(レリア)……」

「すごい! 私たちの名前そっくりだね!」

「そ、そうですね」

 

 似通う名前に興奮し、身を乗り出して私に顔を近づけてきました。その起伏の激しい感情に私は動揺してしまいます。

 

「ねぇ、レリアはよくここに来るの?」

「え、えぇまぁ……余程のことがなければ……」

「じゃあ毎週の日曜日の夜! この酒場へ集合!」

「え、えーっと? 状況がよく掴めないのですが……」

「実はね、私もまだ新入りみたいなもので……。傘下の皆とはあまり仲良くないの。レリアとだったら仲良くなれるかなって。……どうかな?」

 

 単に友人が欲しいだけ。マリアの顔にハッキリと書いてありました。しかし私も他の転生者と馴染めない身の上。

 

「ええ、いいでしょう」

「ありがとうレリア~! じゃっ、また来週の日曜日にここでね!」

 

 誘いを断る理由はありませんでした。酒のつまみぐらいにはなるだろう。そう軽い気持ちで誘いに乗ったのです。

 

「でさ~、テレシアってば酷いんだよ? 『まずは体力を付けてからだ』とか言って森の中を走らされるし……! 『空腹を常に維持し続けろ』ってお腹いっぱい食べさせてくれないし!」

「私の方も大して変わりませんよ。リリアン様も『食料調達は素早く行うことが大切』とか言って、自分が口にしたいものを用意させますから」

「はぁ~!? リリアンってそんなに人使い荒いんだぁ~」

 

 気が付けばマリアとの約束は心の安らぎとなっていました。酒を飲みながら愚痴を言い合い、近況を教え合い、深まっていく交友関係。

 

「そこのお二人さん」

「あぁ~? 人が折角談笑しているのに何の用が──」

「そのザコ同士の愚痴、リリアンたちにも聞かせてよ?」

「げ、げげげっ!? テレシアとリリアン……!?」

「マリア、明日から走り込みの距離を二倍。断食期間を一週間増やすね」

「テレシア様ごめんなさぁあぁああぁいっ!! お願い、許してぇええぇえっ!!」

 

 枯れ果てた荒野に咲いた一輪の花。転生者という人生を前向きに捉え、私も負けずに頑張ろう。そう考えるようになりました。それからは流れる年月も早かったです。

 

「ねぇレリア、今の転生回数ってどれぐらい?」

「確か三十回目だったはずです。と言っても前回は二十歳を迎えることなく、伯爵相手に詰み(・・)ましたが」

「私も同じ感じだよ。伯爵に挑んだら一瞬で片腕吹き飛んで詰み(・・)だった。ぜんっぜん勝ち筋が見えない」

 

 私たち転生者の死を意味する言葉は『詰み』。その人生において打開策が垣間見えず、八方塞がり。残された選択は吸血鬼にされる前に自害すること。その状態を『詰み』と呼んでいました。

 

「マリア、ここにいましたか」

「レリア? 私に何か用でもあるのか?」

「聞きましたよ。二匹の伯爵を単独で粛清したと」

「二匹とも当たり(・・・)だっただけだ。そういうお前もリリアンの下で成果を出していると聞いたぞ」

 

 転生回数を重ねていく度に性格は固まっていきます。私は新たな名を授かってもレリアと名乗り、マリアもまたマリアと名乗り続けました。ですがマリアの口調や性格は、男性に近しいものへと変わります。

 

「ふふっ、それほどではあります」

「そこで素直に誇らしくするのは相変わらずだな」

「人生とは誰もが演じなければならない道化芝居ですが……貴方の前では本心で接したいのです」

「そうか、私は道化にはなれん。だから今も来世も──ありのままの自分を貫き通すつもりだ」

 

 良き好敵手でもあり良き友人。『日曜日の夜』という約束は何度転生しようとも変わらないままでした。

 

「マリア、近頃テレシア様を見かけていませんが……何かあったのでしょうか?」

「『しばらく留守にする』という手紙だけを残して顔を出さなくなった。こんなことは初めてだな」

 

 とある日からテレシア様を見かけなくなりました。不穏な空気ながらもすぐに戻ってくるだろう。そう語り合っていましたが、

 

「リリアン様、少しよろしいでしょうか?」

「ごめんね。リリアン、ちょっと協議会に顔を出さないといけないの」

「協議会に? 何が──」

「テレシア・ブレインが吸血鬼に寝返った。あいつ、ほんと何やってんの……ッ」

 

 テレシア様は戻ってこなかった。協議会へと顔を出す時のリリアン様は、怒りと悲しみが顔に浮き出ているかのよう。

 

「マリア、今日も来ませんね……」

 

 テレシア様の堕落。知れ渡った日からマリアは酒場に顔を出さなくなりました。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月、どれだけ経っても一度も顔を出さない。

 

「……レリア」

「──! マリア!」

 

 経過した年月は半年。ついに私の前にマリアは顔を出した。やつれた顔から酷く心を傷めていると私はすぐに悟ります。

 

「マリア、その、テレシア様は……」

「テレシアは……私の手で始末した……」

「……そう、でしたか」

 

 マリアが自らの手でテレシアに引導を渡した。風の噂でそう聞いていましたが、何と言葉を返せばいいのか分からず、私は俯いてしまいました。

 

「これからはどのようにするのですか? テレシア様の傘下から、別の傘下へ移るなどは……」

「私は、テレシアの意志を継ごうと考えている」

「つまりあなたが新しくテレシア様の代わりになると……?」

「あぁそうだ。テレシアは最期に私へ理想を託した。吸血鬼共が存在しない世界に変えてくれとな。私はこの理想を、果たさなければならない」

 

 今にも涙を流しそうなマリアの顔。その顔を見て悟りました。テレシア様の傘下にいた者たちはマリアに付いて来ようとしなかったと。

 

「マリア、あなたならテレシア様のようになれます」   

「レリア……」

「自分を信じてください。日頃の愚痴ならいくらでも聞きますよ」

 

 私ができることはマリアへの鼓舞でした。それに私はマリアならきっと約束を果たせると信じていたのです。

 

「リリアン、お前にちょっと聞きたいことあるんだけど」

「リリアン様、私に何を?」

「お前ってマリアといつも仲良くしてたよね?」

「ええ、交友はしておりましたが……」

「今すぐ薔薇(ばら)協議会(きょうぎかい)に出席して。大変なことになってるから」

 

 その数週間後、一人で飲んでいる私の前に現れたリリアン様。その深刻そうな面持ちに嫌な予感がし、私は薔薇協議会まで向かいました。

 

「貴公がマリアと交友を深めていた者で間違いないな?」

「は、はい、間違いありません」

 

 薔薇(ばら)協議会(きょうぎかい)。リンカーネーションの核とも呼べる存在。あの十戒の上に立つ者たちが集う機関です。協議会へ顔を出した私を、高い椅子に座った十人の転生者が視線を向けました。

 

「単刀直入に質問するわ。マリアが転生者殺しに手を出す可能性……貴方はあると思うかしら?」

「転生者殺し、ですか……!? 何故そのような質問を……」

「ワタクシたちに密告する者がおりましたの。マリアがテレシア・ブレインを陥れ、転生者を殺し、栄光を横領しようとしていると」

「い、いえ、マリアがそのような愚行に走るとは思えません! その可能性は極めて低いでしょう……!!」

 

 何色かの色が並べられた四角い箱を持った少女。気品のある赤い髪を持つ女性。私は二人から話を聞かされ、必死になって否定をしました。

 

「だが転生者殺しの現場を目撃したものが多数いる。キサマの主張など信用に足らんものだ」

「お待ちください、再協議を求めます! マリアは私の命に懸けてもそのような愚行は──」

「そうね。約束通り、発言の機会を設けたのだからもういいでしょ。リリアン・トレヴァーさん」

 

 息を呑むほどの美貌を持つ気高い女性。透き通るほど綺麗な声を持つ女性。二人の会話の最中、背後の扉から姿を現したのはリリアン様。私の隣に立つと協議会の十人へ一礼しました。

 

「リリアン様……?」

「残念だけど、もう時間切れだよ」

「ま、待ってください! まだ、まだ話が終わって──」

 

 私は協議会の部屋から個室へと強引に連れて行かれます。リリアン様の顔はかつてないほど強張ったものでした。 

 

「リリアン様、これは一体……!」

「……お前の為に協議会に行かせたの」

「えっ?」

「マリアのことはリリアンもよく知ってる。転生者殺しやテレシアを裏切る真似なんて絶対にしない。でも現場の証拠がある限り、覆せない判決になってる。お前、その判決を知ったらぜーったい協議会へ乗り込んだでしょ?」

 

 既にマリアへの判決は覆らないところまで来ている。だからこそリリアン様は私の為に発言の場所を設けてくれたと話してくれました。後悔しないよう、マリアの無実を主張させるために。

 

「リリアンと約束して」

「約束、ですか?」

「もうマリアとは関わらないこと。罰を課せられたマリアに手を差し伸べないこと。この二つを約束してほしいの」

「そんな約束……っ」

「これはリリアンからの命令ッ! リリアンは、お前を守りたくて言ってるの。マリアと共犯だって怪しまれたら、お前も『一代の磔刑』を受けて……」

 

 リリアン様もマリアとの交友はありました。けれどマリアを庇いきれない。その結果、私を守ることを優先してくれたのです。

 

「ぺっぺっ、転生者の面汚しがッ!!」

「よくもテレシア様を殺してくれたな!? この屑野郎ッ!!」

「私はッ……何もしてな──あ"ッあ"ぁあ"あ"ぁ……ッ!!」

(ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ)

 

 マリアに対する罪悪感。ただそれだけが積み重なり、いつの日か私はマリアから目を背けました。数多の人生で共に酒を飲み交わしたかけがえのない友を、自らの保身の為に見捨てる最低な行為。

 

(……酒場に顔を出すのは、もうやめましょう)

 

 最も最低だったのはマリアという人物と自分に関わりはなかったと言い聞かせたことです。酒場には顔を出さず、吸血鬼共と命を奪い合い、転生回数を重ねていきました。

 

Kampana(カムパナ)ちゃん、ランドロスのザコザコ吸血鬼はどうなったの~?」

「リリアン様、粛清は既に済んでいます」

「へぇ~! カムパナちゃんはつよつよ転生者だね~!」

「偶然上手くいっただけです。それでは、私は用事がありますので」

 

 マリアと決別したあの日、私はレリアという名前は捨て、名乗るのはカムパナという異名。そう名乗るのはマリアという友人を忘れ、()を愛してやまない自分に戻るためです。

 

「あ~♪ リリアン分かっちゃった~♪ Onest(オネスト)くんとイチャイチャするんでしょ~?」

「……! ち、違います! 彼とはそのような関係では……」

「隠さなくてもいーよ! お熱いのはみーんなにバレバレだし~!」

「からかうのはやめてくださいリリアン様……っ!」

 

 そんな私にも好意を寄せる方ができました。その方はリリアン様の傘下として所属するオネストさん。

 

「あっ、待っていたよカムパナ! 今日も僕が作った鐘を見に来てくれたんだね!」

「は、はい……」

「ほら、見てよこの鐘! 徹夜して作ったんだ! 試しに聞いてみるかい?」

「き、聞かせてほしいです」

 

 表では鐘を作る職人、裏では吸血鬼を粛清する転生者。そのような二つの顔を持って過ごす方です。

 

『鐘の音、今日も綺麗ですね……』

 

 初めて出会ったのは私が教会前で鐘の音に耳を傾けていた時でした。

 

『あの~、もしかしてあの鐘を見てるんですか?』

『えっ? あ、は、はい……』

『やっぱり! 実はあの鐘は僕が作ったものなんです! もしお好きなら工房まで見に来ませんか?』

『……そうですね。折角のお誘いなので、ぜひ』

 

 今まで歩んだ人生の最中、私のように鐘を愛する人間と出会うことはありませんでした。ですがこの何度目かの人生で私は彼と出会い、初めて殿方と意気投合したのです。 

 

「音色はどうかな? まだ微調整とか必要だと思うけど……」

「私は、好きですよ。オネストさんが作る鐘はとても優しくて……幸福が全身を包んでくれるように感じます」

 

 顔を合わせれば合わせるほど、私の好意は鐘からオネストさんへと少しずつ変わっていきました。彼と言葉を交わすことが、鐘の音を聞くことが、何よりの幸せ。

 

「……今日はカムパナさんにどうしても伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいことですか?」

「実はね、リリアン様から僕とカムパナさん二人分の『一代の安寧』を貰ってきたんだ」

「私と、オネストさんの?」

 

 一代の安寧(あんねい)。転生者の天命を忘れ、来世は好きなように生きることができる休息。

 

「僕は、今まで自分の為に鐘を作ることばかり考えてきた。愛も時間も、全部自分の為に、この鐘に捧げてきたんだ」

「……」

「でも、カムパナさんと出会ってから変わった。愛も時間も、カムパナさんに捧げたいと思えた。綺麗な音色を奏でる鐘も、カムパナさんの為に作りたいと思えた」

 

 オネストさんは懐から小さな箱を手に取ると、私の前に差し出してきました。私はその言葉と行動ですべてを悟ります。

 

「この鐘もね、来世で結婚式を挙げるときに鳴らしたくて作ったんだ」

「結婚式? オ、オネストさん、もしかして……」

「うん、そうだよ。ふぅ……カムパナさん、僕と結婚してください」

「──!」

 

 生まれて初めてのプロポーズ。鐘を愛するという奇妙な感覚を持つ私に興味を示す男性はいませんでした。けれど、私の目の前にたった一人だけいるのです。

 

「……はい、喜んで!」

 

 来世で初めて経験する愛を育む生活。町外れの草原に一軒家と教会を建て、二人でのんびりと暮らしました。

 

「見てよカムパナさん! あの魚、すっごく美味しそうじゃない?」

「ええ、そうですね。今日の夕食は魚料理にしましょう」

 

 時には二人で街中へ出かけ、食材を調達しながら散歩したり、

 

「やっほ~! リリアンが遊びに来たよ~!」

「リリアン様……!? どうしてこの家を!」

「どうしても顔を出したいとせがまれたので……私が住所を教えました」

 

 時には予期せぬ来客を迎え入れ、世間話を交えつつのんびりと家で過ごし、

 

「ごくっ……カムパナさん、ほんとにいいんだよね?」

「ええ、いいですよ。オネストさんにならこの身体も捧げます」

 

 時には誰もが寝静まった夜に肉体を交え、込み上げる色欲を糧に愛を育みました。

 

「カムパナさん、ついに僕らを祝う鐘が完成したんだ!」

「完成した、ということは……」

「うん、僕らの結婚式を挙げよう! リリアン様たちも呼んで、盛大に祝うんだ!」

 

 そして長い月日をかけてオネストさんは婚礼を祝福する鐘を完成させ、私が一度目の人生から夢見ていた──鐘の音に愛を祝福される瞬間がすぐそこまで迫ってきたのです。

 

「あはっ♪ 二人共、似合ってるじゃん~♪」

「ありがとうございますリリアン様」

 

 私は純白のドレスを、オネストさんは黒の紳士服を身に纏う。婚礼当日はリリアン様ご本人や仲間たちも祝いに来てくれました。

 

「……なぁ、そういや聞いたか? Hybris(ヒュブリス)が単独で公爵(デューク)を粛清したらしいぞ」

「うわ、マジかよ!? 十戒はまたヒュブリスに先を越されたのか!」

(ヒュブリス……?)

 

 遠方から微かに聞こえた会話。私はヒュブリスという異名を気にし、その者たちの方へ顔を向けていると、

 

「カムパナさん、どうかしたの?」

「えっ? あ、なんでもありません」

 

 オネストさんが身を案じてきたのですぐに我に返りました。今は至福の時間、妙な話題は気に留めないでおこうと言い聞かせて。

 

「それでは恐縮ながら……私が誓いの言葉を」

 

 そして婚礼は晴れ晴れとした青空の下で始まりました。神父様の人生を歩んだことのある仲間が、私とオネストさんの前に立ちます。

 

「オネストさん。あなたは病に患う時も健やかな時も、哀しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も……愛し、助け、慰め、敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」

「は、はい、誓います!」

 

 誓いを立てるオネストさんに、私たちの愛の為に作ってくれた銀の鐘。言葉にし難い幸福が、胸を一杯にしました。 

 

「素晴らしい。この永久なる愛へ祝福を、栄光を与え──」

 

 神父様がこの言葉を言い切れば鐘が鳴る。待ち望んでいた鐘の音が、愛が、私を包み込んでくれる。そう、目を瞑った瞬間、

 

「うがあぁあぁああぁあッ!?!」

 

 背後から聞こえた断末魔。全員が一斉にその方角へ顔を向けます。

 

「うそ! なっ、なんであいつ、吸血鬼に変わってくのッ?!」

 

 仲間の一人が食屍鬼へと成り果てていく光景。リリアン様も信じられない光景に目を丸くしていました。

 

「──違うッ!! みんな、その場に伏せて……ッ!!」

「カムパナさん、危ないッ!」

 

 何かに気が付いたリリアン様がそう告げた途端、周囲から音もなく飛んでくる注射器。次々と仲間たちの身体に刺さり、食屍鬼に成れ果てていく。

 

「あッぐッ……ぐッあぁぁあ……ッ!?!」

「オネストさんッ!! しっかり、しっかりしてください!!」

 

 オネストさんは私を庇ったせいで、注射器が身体に何本も突き刺さっていました。体温が奪われ、瞳が赤く、食屍鬼に成れ果てていく光景。私はなれ果てる前にオネストさんの首を両腕で固定し、殺そうと試みました。

 

「何してんだぁッ!?」

「が……ッ!?」

 

 しかし背後から何者かに鈍器で殴られ、その場にひれ伏します。額から血が伝い、赤く染まりゆく視界。

 

「へへッ、丁度良かったな。リンカーネーション共が呑気に騒いでるとこを狙えてよ」

「貴方たち、何をして……ッ!」

「何をしてるって、決まってんだろうが。吸血鬼共の増殖を止めるためにお前たちを消してんだよ」

「何を言って……ッ」

「アビゲイル様が言ってたんだよ! お前たちが存在するから吸血鬼共は一向に数を減らさねぇってなぁ!!」

 

 数人に押さえ込まれ、身動きが取れない。リリアン様に助けを求めようにも、注射器に刺され、苦しみ悶えていました。

 

「おッ、まえ……らぁぁあぁあぁッ!!! リリアンたちが、どれだけお前ら人間たちを助けてやったのか知らないのか!? そんな、そんな来訪神の戯言を信じて、リリアンたちを信じないのか?!」

「だったらなんで吸血鬼共は消えねぇんだよ!? もう、もうこの方法しかないだろうがッ!!」

「リリアンたちが、お前ら人間に何をしたッ!? 戦わずして生きてきたお前らを守ってきたんだよッ!! それを、それを仇で返すつもりかぁあぁッ!?」

 

 仲間たちが食屍鬼に成り果て、日光によって灰へと変わっていく。リリアン様は込み上げる怒りと訴えを人間たちへぶつけていました。しかし手を止めることはしません。

 

「カ、ムパナ……さん……ッ」

「オネスト、オネストさん……ッ!!」

 

 肉体の半分が食屍鬼となり灰になっていく最中、オネストさんは紳士服の懐に隠していたナイフを取り出します。

 

「なッ、おい! そいつのナイフを取り上げ──ッ」

「ザコ共どけえぇぇええぇッ!!」

「うごッ!?」

「ごぉッはッ!?」

「オネスト! リリアンがこいつらを押さえてる間にカムパナをッ!!」

 

 取り上げようとした人間たちを、怒声を上げながらリリアン様が動術で薙ぎ倒していく。オネストさんはその隙に私の首元へナイフの刃を突き立てます。

 

「カムパナ……さんッ」

「オネ、スト……さん……」

「僕は……君を、ずっと愛してるから……ッ」

「い、いやぁあぁッ! 待って、追いていかないでッ、オネストさッ──」

 

 ナイフが首を貫通した途端、私の意識が途絶えた。次に意識がハッキリとした瞬間には、天井が映り込む見慣れた景色。

 

「おぎゃあッ、おぎゃあッ!!」

「あらあら、元気に泣いているわよ」

「ははっ、ほーら怖くないぞー!」

 

 来世で産まれた直後の私は、ただ泣いて、泣いて、泣きました。赤子だからどれだけ泣いても哀しみは伝わらない。恩知らずの人間共が、私を笑顔で見下ろしてきたのです。

 

(人間共は、人間共は……ッ)

 

 十歳を迎えた私はただ人間が憎くて、憎くて、憎かった。少女だからどれだけ憎んでも不機嫌な顔で終わります。無知な人間共が、話を聞こうとすり寄ってきたのです。

 

(大陸スティグマを分裂させ、私たち転生者の居場所を奪って、愛する人たちを奪って……消えるべきは吸血鬼じゃない。恩を仇で返した人間共の方だ)

 

 復讐する、復讐してやる、復讐しなければならない。町外れの森を歩き回り、私は心の中でそう唱え続けました。

 

「……? この鐘の音は……?」

 

 その時、ふと聞こえた鐘の音。町の方角ではなく森の奥から。私はまるで脳内に鳴り響くような鐘の音に釣られ、森の奥まで歩き続けました。

 

「ここは黒い薔薇の花園でしょうか」

 

 辿り着いたのは黒い薔薇が咲き誇る花園。珍しい薔薇の種類に少し見惚れていると、花園の中心に一冊の本が落ちていることに気が付きます。

 

「……何故このような場所に本が?」

 

 興味本位で拾い上げ、中身を捲ってみました。ですが中身はすべて白紙。一文字も書かれていません。

 

「よくここまで来てくれましたわ。黒薔薇に導かれし転生者カムパナ」

「──!」

 

 その瞬間、何者かに背後から目元を両手で隠され暗闇に閉ざされます。抵抗しようとしましたが、黒い茨が身体に巻き付いて、身動きが取れません。

 

「貴女は人間共を憎んでいるのでしょう?」

「あ、あなたは一体……!?」

「あぁっじっとしていらして。ワタクシは貴女に愛を授けたいだけですのよ」

 

 艶めかしい声を耳元で囁かれ、身体から力が思わず抜けてしまいました。ぐったりとした私の身体を黒い茨が支えます。

 

「愛する人を奪われた貴女の憎悪。この黒薔薇に捧げてみてはどう?」

「黒薔薇……?」

「人間共は転生者を迫害し、すべてを奪い去りましたわ。なら今度はワタクシたちが、黒薔薇十字団が人間共から奪う番ですのよ」

 

 右耳を舐められ、私の意識は朦朧としていく。不思議と芽生える居心地の良さ。背後にいる見知らぬ女性に、心が惹かれてしまう。

 

「No10、新たな黒薔薇の使徒。貴女は私からの狂愛を授かり、人間共に黒薔薇の憎悪を刻み、転生者の栄光を取り戻すのです」

「狂愛……」

 

 今度は左耳を舐められ、私の意識は更に薄れていく。まだ出会ったばかりの女性に愛されたい。肉体が何とも言えない快楽に満たされ、秘部も徐々に濡れていきます。

 

「フフッ、狂愛に満たされていますわね。どうなさりますカムパナ? ワタクシに愛されながら、人間共に復讐の茨を振るいたくはありませんか?」

「あ、愛されたいです……っ。貴方様に誓いを立て、人間共へ復讐の茨を振るいます……っ」

「クッククッ、その言葉を待っていましたわ」

「あっあぁああぁ……っ」

 

 黒い茨が肌を突き破り体内へ忍び込んでくる。けれど痛みはなく、むしろ気持ちいいとすら感じてしまいます。

 

「赤い薔薇が花弁を散らせば、その花弁は黒く黒く染まり、新たに生まれ変わる……そう、刺々しく、気高い、復讐の薔薇に」

「あっ……あぁあぁあ…っ」

「貴女へ授ける狂愛は『鐘の呪印』ですわ。狂愛の代償に、貴女はワタクシへ何を捧げますの?」

「み、耳を、捧げます……っ」

 

 紋章が刻まれたうなじで蠢く黒い茨。私の耳元では呪文のように囁かれ、思考が狂愛への渇望に変わっていきます。

 

「フフッ、いいでしょう。これで貴女の耳はワタクシのものですわ」

「あっ、んん……っ」

 

 右耳を咥えられ、あまりの快楽に身体が痙攣しました。その最中にも刻まれていくのは黒薔薇の使徒としての証。

 

「ワタクシの名はMania(マニア)。さぁ、共に人間共の命を花弁と共に散らしましょう。黒薔薇の使徒No.10──死刻の鐘カムパナ」

 

 こうして私はマニア様の狂愛に溺れ、黒薔薇の使徒となりました。憎悪は高まり、マニア様のことだけを考え、ひたすらに人間共を殺し続ける日々。そして黒薔薇の開花を成功させるため、ネクロポリスの人間共を亡者に変えます。

 

「神嫌いの転生者、ヒュブリス……」

 

 マニア様に聞かされたとある人物の名。前世で公爵をたった独りで始末した転生者。マニア様に生け捕りにしろと命令されていました。

 

「ララ、あまりウロウロとするんじゃない。迷子になっても俺は面倒を見ないぞ」

「チッチッチッ! ノーマン氏の手を借りずとも、新しく入った若人二人が迷子の私を探してくれますよ! ですよね、アレクシア(・・・・・)氏にキリサメ氏?」

(……キリサメという男は恐らく来訪神。しかしアレクシアと呼ばれるこの人物は、どこかおかしいですね)

 

 亡者共の反乱を収めるために要請したリンカーネーションを偽る愚者共。その中にアレクシアと呼ばれる少女がいました。

 

(あの立ち振る舞いに無頓着さ……。もしやマニア様が仰っていたヒュブリスでしょうか?)

 

 転生者に当てはまるいくつかの特徴。私の推察に対する答えは実際に刃を交えることですぐに分かりました。

 

「……Hybris(ヒュブリス)。貴方は転生者殺し(・・・・・)Hybris(ヒュブリス)でしょう?」

 

 正真正銘、本物のヒュブリスだと。ですがもう一つだけ分かったこともあったのです。

 

(ヒュブリスの正体は──マリアだったのですね)

 

 それはヒュブリスがかつての親友であったマリアだということ。何よりもそう確信を得た理由は──テレシア様が広めていた動術、逆動を極めていたことです。

 

「私は今でも鮮明に覚えていますよ。多くの転生者たちから蔑まれ、救いの手も差し伸べられず、転生者の面汚し(・・・)と罵声を浴びせられ──Stigma(スティグマ)から追放されたあの日を」

「……貴様には関係のない話だ」

「そうでしょうか? 『関係がない』と一蹴(いっしゅう)するのは大変気早(きばや)かと」

 

 私はマリアを敢えて問い詰めました。真実ではないと否定してほしくて、そのような愚行に手を出さないと首を振ってほしくて。しかし貴方は決して否定せず、関係ないと一蹴しました。

 

「ヒュブリス、貴方は転生者を恨んでいる。自身を(おとし)めた転生者……いえ、愚かしい人間共を」

「……」

「私たち黒薔薇十字団は貴方と等しく愚かしい人間共を嫌悪しています。転生者の存在を、栄光を拒んだ愚者共を」

 

 私はマリアの心を見透かすように尋ねました。一代の磔刑で人間共を憎んでいると肯定してほしくて、見捨ててしまった私を否定してほしくて。

 

「一つ目、私は人間に対して憎悪を抱いていない。愚者が多いとは思うが、私たちもその愚者の仲間だろう」

(マリア、どうして貴方は……)

 

 けれど貴方は憎んでいないと言葉を返してきました。真っ直ぐな目で私の瞳を覗き込むようにして。

 

「つまり貴様への返答はたったこれだけだ──失せろ」

「……ッ!!」

 

 今度こそは救わなければならない。そう差し伸べた私の手を貴方は斬り捨てる。だからこそ私は黒薔薇を開花させ、貴方と殺し合うことを決意しました。

 

「ヒュブリス、この時代に私たちリンカーネーションの居場所はありませんッ!! 私なら貴方に黒薔薇十字団という居場所を用意できるでしょうッ!! 貴方にも黒薔薇の開花がどれほど素晴らしいものか理解したはずですッ!」

「……」

「私は、私は貴方と同じ転生者でしょう!? 吸血鬼ではなく、転生者なのですッ!! 転生者殺しの汚名を背負い続けてもいいのですか?!」

 

 それでも、見捨てられなかった。転生者の居場所はどこにもない。マリアを独りにするのはとても心苦しかったのです。

 

「ヒュブリス、貴方はまだ理解していないのですッ!! 人間共がどれだけ愚かしい存在なのかを……ッ!! レナトゥス裁判でどれだけの犠牲者が出たのかをッ!!」

「……貴様は救いという名の私欲の為にこの町の人間へ呪印を与え、人の生死へと干渉した。何よりも気に食わんのは、人それぞれの平穏(・・)を貴様の下らん平穏(・・)で塗り変えたことだ。ここまで罪を重ねた貴様を──生かしておく理由が、どこにある?」

 

 マリアは何も変わっていませんでした。私のように復讐を誓うこともない。ただ吸血鬼を粛清するために、テレシア様の理想を果たすために、自分の意志を貫いて生きてきたのでしょう。

 

「私をここで始末することは、貴方が黒薔薇に仇を成すことを意味するのですッ!! 私以外の黒薔薇の使徒に、マニア様に命を狙われることになるでしょうッ!!」

「最期に貴様が聞くのは──」

「黒薔薇に、黒薔薇に牙を剥いた愚かな選択を、後悔する前に……ッ!! 離せッ、離しなさいヒュブリスッ!! 離せッ、離せぇえぇえぇー-ッ!!」

 

 教えてくださいマリア。私たちは何が違ったのでしょうか。同じく人間共に陥れられたというのに、なぜ貴方は私のようにならなかったのか。ヒュブリスとカムパナは、どこで道を誤ったのでしょうか。

 

「──終焉を告げる鐘の音だ」

 

 マリアに顔を掴まれたまま、ステンドグラスに降下していく私の身体。脳内でふと浮かんだ疑問の答えはすぐに分かりました。

 

『人生とは誰もが演じなければならない道化芝居ですが……貴方の前では本心で接したいのです』

『そうか、私は道化にはなれん。だから今も来世も──ありのままの自分を貫き通すつもりだ』

 

 約束を交わした日曜日の夜。酒場で酒を飲み交わしながら不意に述べたあの言葉。

 

(あぁそうでしたね。マリア、貴方はいつだって──演じていなかった)

 

 ステンドグラスの裏にある銀の鐘。これはオネストさんが作った愛の鐘。私とオネストさんの婚礼を祝うはずだった祝福の鐘。 

 

(ああ、とても綺麗な鐘の音色ですね──オネストさん)

 

 後頭部に伝わる鈍痛と共に鳴り響いた鐘の音色は──狂愛よりも美しかった。

 

 

 

 Recollection : Kampana_END

 

 

 

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