8:1『エメールロスタ』
「……
「あぁうん、分かったけどさ。あの小屋っていうか……ここって村だよな? 勝手に入っていいのか?」
ネクロポリスから逃げるように旅立ち、気が付けば日が沈む頃合い。私たちは廃村の前を偶然通りかかり、比較的綺麗な小屋を選んで夜を明かすことにした。
「ならお前だけ出ていけばいい」
「い、いや! さっきの発言やっぱり無しで! 折角だし使わせてもらおうぜ、うん!」
好き放題に生えている雑草。崩落している建築物。老朽化が進む木材。それらを踏まえるに、廃村になってからそれなりの月日が経過している。私たちへ文句を述べる村人も誰一人として残っていないだろう。
「目的地のエメールロスタ、だっけ? 後どんぐらいで着きそうなんだ?」
求めていた千年の空白が眠るアダールランバ。入国する為にはエメールロスタで許可証を手に入れなければならない。
「明日の早朝に出発すれば昼過ぎには着くだろうな」
「ま、まじかよ……!? けっこー距離あるのに二日もかからないのか……!?」
「私も想定していなかった。この
悍馬のフレデリカに蜂蜜を塗った林檎を一個ずつ咥えさせ、キリサメにそう答える。出発する前の予定では三日から五日ほどの旅路だった。しかし実際の旅路は二日未満。
(……対吸血鬼用に品種改良された馬か)
数時間も走らせたというのに息を切らすこともなく、日が沈むまで最高速度を維持し続ける底知れぬ体力と馬力。私は視線を上げるとフレデリカに三つ目の林檎を咥えさせ、漆黒の毛並みを撫でた。
「アレクシア、とりあえず荷物を小屋の中に全部運んでおいたけど……」
「どうした?」
「なんかさ、この村ちょっと不気味じゃないか? 村人とかはいないにしても、村の中は一度調べた方がいいと思う」
「……そうかもしれんな」
妙にそわそわしているキリサメ。私はその意見に同意すると村の中を軽く歩き回ることにした。すぐ隣ではキリサメがスマホの灯で辺りを照らす。
「っていうか、この村はなんで捨てられたんだ……?」
「この村が廃れたのは恐らく吸血鬼共の侵攻が原因だ。ゼンツァのように発展していればともかく……この村は将来性が見込めん。他の町に逃げたか、それとも食屍鬼共のエサになったか」
他愛もない会話を交わしつつ村の中をくまなく捜索したが、人の気配どころか痕跡すら見つからない。やはり廃村となって随分と年月が過ぎているようだ。
「……」
「ん? どうしたんだよアレクシア? 何か気になることでもあったのか?」
「いや、まだ気にはならん」
捜索を進めれば進めるほど脳裏に浮かぶとある疑念。しかしまだ口に出すほどではない、とキリサメと共に村の中を歩いて回る。
「特に不審な点は見当たらんぞ」
「あ、あははー……ごめん、俺がビビりすぎただけだったのかも……」
最後の家屋を調べ終えた後、キリサメにそう伝えると苦笑交じりに謝罪の言葉を述べてくる。私は家屋に踵を返し、フレデリカを待機させている場所まで戻ることにした。
「うおわぁあぁぁあぁあーーッ!?!」
「……!」
瞬間、すぐ背後でキリサメが叫び声を上げる。私はその場で振り返りながら、腰のホルスターから銃を引き抜く。
「な、なんだよこれッ!?!」
「……?」
右腕を振り上げ銃口を向けた先では、キリサメが薄い布のようなものを床に投げ捨てていた。やや固形なのか、床に叩きつけられると重量を感じさせる鈍い音を鳴らす。
「……ただの抜け殻だ。中身は既に消えている」
近くまで歩み寄り、薄い布に手を触れる。鱗のような生々しい質感から生物が脱皮した外皮だと確信した。
「う、嘘だろ? こんなデカい抜け殻、生まれて初めて見た……」
「私も初見だ。恐らく中身の図体は二メートルを超えて──どうした?」
捨てられた外皮は爬虫類の脱皮後に近い質感。しかし何よりも不気味なのは皮の大きさだ。推定に過ぎないが人間よりも一回り大きい生物。考え込んでいる最中、私は天井を見上げて硬直しているキリサメに声を掛ける。
「上、上を見てくれ……っ」
「上?」
言われるがままに顔を上げ、視界に映り込んだのは、
「この村で──何が起きていた?」
天井に張り付いた無数の外皮。粘液で頑丈に天井へ接着されている。何らかの生物が脱皮を繰り返したのか、それとも何らかの生物が無数に滞在していたのか。
「こ、この村から離れようアレクシア! ここにはやばい化け物が……っ!」
「中身はこの村にいない」
「い、いるかもしれないだろ!? こんなに脱皮の皮が転がってるんだ! 一匹とか二匹とかいても──」
「確かに数は多いがどれも形状を失い、鱗が剥がれ落ちた状態。中身はとうの昔に縄張りを移している。この村で夜を明かしても差し支えない」
私はその場に立ち上がり、握りしめていた銃をホルスターに仕舞う。そして家屋の出口に向かって歩き出した。
「け、けどさ! こんな気味わるいものが転がってる場所で休むのも落ち着かないっていうか……!」
「むしろ安全だ。見張りも必要ないほどにな」
「は、はぁ?」
理解ができない様子でこちらに首を傾げるキリサメ。私はその場で振り返り、天井に張り付いた抜け殻を再度見上げた。
「村を捜索していた時、気掛かりな点が一つあった」
「あー……『まだ気にはならない』って言ってた時だよな。何が気になってたんだ?」
「この付近は日光が差しにくい。食屍鬼共が身を隠すのに最適な場所。一匹ぐらいは遭遇すると警戒していたが……見当たらないどころか痕跡もない。気掛かりな点はそこだ」
食屍鬼共は太陽が地上を照らす時間帯は日光を避けるように、太陽が沈んだ時間帯は獲物を求めて徘徊する習性を持つ。この村は日光から身を隠す場所としては最適解だ。群れで留まっていても何らおかしくない。
「なぜ食屍鬼共がいないのか。その答えはこの惨状を見れば単純なものだ」
「……その単純な答えって?」
私は天井からキリサメへ視線を移し、足元に転がっている抜け殻を顎で示した。
「食屍鬼共は恐れている──この得体の知れない
「恐れているって……。食屍鬼がこの化け物を?」
「詳細は知らん。だがここが捨てられた縄張りであっても、食屍鬼共が寄り付かんなら安全だ。利用できるものは利用させてもらう」
「そ、それは賛成だけどさ? やっぱ気味悪いのは変わんないと思うんですけども?」
「……情けない男だ」
頬を引き攣りながら忍び足で足元の抜け殻から離れるキリサメ。私は情けない姿にため息をつくと、フレデリカの待つ小屋まで歩き出した。
(……あの無鉄砲な食屍鬼共が恐れる変種、か)
食屍鬼共は喜怒哀楽のいずれかのみの感情を持つ。恐怖心は決して持たない。どんな相手だろうと必ず向かってくる習性だ。その習性に反して、対象へ恐怖心を抱く可能性があるとすれば──
「アレクシア? また考え事でもしてるのか?」
「……エメールロスタまでの順路を考えていただけだ」
「ま、まぁ無理はしないようにな。何だったら今日は俺が見張りを朝まで──」
「お前の見張りは信用ならん」
「そ、そうですよねー……」
──食屍鬼共が『捕食される立場』となった時だろう。
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「もうすぐエメールロストやらに着くぞ」
「おぉー、ついに到着か!」
昨晩は特に何も起きず、私たちは無事に朝を迎えた。やはり縄張り付近だと食屍鬼共の鳴き声一つ聞こえない。久々に静かな夜を過ごせたおかげか、キリサメの顔色も良くなっていた。
「なぁアレクシア、あの城がそうじゃないか?」
「……らしいな」
フレデリカを走らせながら視線を移してみると遠方に見えるのは高い城壁。キリサメは童心を思い出したかのように瞳を輝かせ、エメールロスタを見つめる。
「そこの者たち、止まれ!」
(……門番か)
エメールロスタの門まで辿り着けば、鎧を身に纏った二人の門番が私たちを呼び止めた。そして下から上まで検分された後、露骨に
「リンカーネーションがエメールロスタに何用だ?」
「お前たちに用はない。私は氷の皇女とやらに会いに来た」
「皇女様に……?」
「まずはこの紹介状を氷の皇女とやらに渡せ。話はそこからだ」
ルーナから渡されていた紹介状を門番の一人に手渡すと、こちらを疑いながらも城下町を駆けていく。
「アレクシア、なんか俺たち嫌な目で見られてたよな……?」
「……嫌な目というよりは信用に値しないとでも言いたげな顔をしていた」
「あれ、待てよ? 実は俺たちってかなり怪しいやつに見えたりするのか……?」
「知らん」
下らない会話をしつつ時間を持て余していると、城下町の奥から先ほどの門番ではなく、使用人の衣服に身を包んだ女が姿を現した。
「
「誰だお前は?」
私がそう尋ねれば一瞬だけ眉を痙攣させる使用人。数秒ほど口を閉ざし、平常心を保ちながら自己紹介を始める。
「……お初にお目にかかります、来訪者様。私は皇女様の使用人、
横髪を右半分だけ肩まで垂らし、後頭部で編んだ長髪を黒いリボンで一つ結びにする清潔な銀髪。十字架が胸元に飾られた白と黒の使用人の衣服。膝丈を覆うほどの黒いブーツ。右脚の太腿には銀の杭が入ったホルスターを巻いている。
見るからに忠誠深く、岩のように固い性格な凛とした瞳。まさに使用人そのものを体現した人物。
「そうか。氷の皇女とやらはどこに──」
「皇女様の元まで私がご案内します。どうぞこちらへ」
ルミ・ブレインと名乗った使用人はわざとらしく私の言葉を遮り、付いてくるよう促してきた。私たちがフレデリカから降りると、門番の一人が
「待て」
「あい? 何ですか?」
「その馬には蜂蜜を塗った林檎を最低でも三つは与えろ」
「は、はぁ、分かりました」
門番を呼び止め、林檎と蜂蜜の入った布袋を投げ渡した。そしてルミという名の使用人の後についていく。
「うおぉおぉッ、これだよこれッ!! 異世界ファンタジーって言えばこんな感じの城下町だよ!」
「何を叫んでいる?」
「前に話した異世界転生モノってあっただろ? ああいうのに出てくる城下町っていうのがまさにこんな感じでさ!」
行き交う馬車や町の人々。横並びで開かれている様々な店。二階の窓から能天気な老人が顔を出し、道端では子供たちが走り回った。裏路地では酒に酔い潰れた男も倒れ、その身包みから金銭を奪おうと盗人が歩み寄る。
「グローリアとは違うのか?」
「あー、グローリアは何ていうんだろうな? 王道って感じじゃなくて、少し尖ってるって言うのか? 十字架の形してるとか、その辺りとか特に」
「下らん常識だな」
理解の及ばない話をしているキリサメ。気が付けば私たちは城内へと足を踏み入れ、赤い絨毯の上を歩かされる。
「あれ? そういえば城内に入るのって初めてだったっけ……?」
「アカデミーの本試験後に城内へ入ったはずだ」
「あ、あぁー……なんか嫌なこと思い出して萎えてきた……」
前を歩くルミという名の使用人。私たちの会話に耳を傾けつつ、何が起きても対処できるようにと警戒し続けている。
「お前たち使用人は『客人を威嚇しろ』と教育されているのか?」
「いえ、私たち使用人共の間にそのような教育は」
「なら私たちを警戒するのは何故だ? 何か危惧することでもあるのだろう」
「使用人
「お前は客人に臆する使用人なのか」
私のその一言に歩みを止めた使用人ルミ。気に食わないことがあったのか、その背中からは僅かに怒りを醸し出している。
「お言葉ですが、来訪者様は
「何が言いたい?」
「私は使用人
「そうか」
このルミという使用人が何を言いたいのか理解が及ばない。話を長引かせると時間が無駄になるため、相槌だけは打つことにした。
「特に皇女様の前ではそのような
「おい、この女は何を言っている?」
「信じられないぐらいお前の悪口言ってるよ……」
「あなた様も例外ではありませんよ。礼儀と謙虚さを忘れないように」
「しょ、承知いたしました!」
しばらく城内を歩き、辿り着いたのは純銀で装飾が施された両扉。ルミは両扉の前に立つと、
「
両扉の向こう側にいるスノウと呼ばれる人物に声を掛けた。数秒経つと両扉はゆっくり開かれていく。
「どうぞこちらへ」
扉の向こうに広がるのは白銀の世界。恐らくは玉座の間なのだろう。しかし柱や床には雪の結晶にも似た紋章が刻まれ、両脇には小川を再現するように用水路が作られている。雪景色にも近い光景だった。
「あなたたちが遠方からの客人ですね」
声を掛けてきたのは玉座に君臨する長い白髪を持つ女。横髪に雪の結晶の装飾品を付け、青を基調としたドレスを纏っている。例えるなら白銀の世界を統べる女王。
「答えてもらいましょう。あなたたちが私に何を求めているのか」
「すっげぇ美人……」
私たちは使用人に案内され、玉座から数メートル離れた位置へ立たされる。正面で向かい合い、キリサメはその美貌に見惚れていたが、
「しかしまずは危険因子となるか否か。確かめねばなりませ──」
「誰だお前は?」
私が口を開き言葉を遮った瞬間、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。