(あいつ、ほんとに大丈夫なのか……?)
メイドのルミって人に王室から連れ出された後、俺は少し離れた応接間で時間を持て余していた。本当ならアレクシアのところまですぐに戻りたいところだけど、
「……何でしょうか?」
「い、いやさ? なんで扉の前に立っているのかなーって……」
「来訪者様が
「そ、そうなのか! わざわざ面倒かけてごめん……!」
番人のように扉の前に立つルミ。多分俺が勝手に抜け出そうとしていることに気が付いている。しかもアレクシアがあんな失礼な態度を取ったから、尚更俺のことを警戒してるんだろうな。
「……念のために来訪者様へお伝えしておきますが」
「は、はい?」
「私はこう見えても来訪者様よりも二つ三つ歳を重ねています。使用人風情に
「ほ、ほんとすいません……!」
相当マナーに厳しい性格なのか、遠回しにため口を注意された。俺は言葉の威圧によって軽く頭を下げて謝罪をしてしまう。
「……」
(どうにかこの部屋を抜け出す方法を考えないと……)
無言が続くだけのとてつもなく気まずい空気。俺はルミ
(あっ、この方法ならいけるかも……)
ふと思い付いたとある作戦。俺は早速試すためにソファーから立ち上がり、扉の前で静かに佇むルミさんの元まで歩み寄った。
「……何か御用でしょうか?」
「あ、あのー、お手洗い行きたいんですけど……」
名付けてお手洗い作戦。単純すぎるけどメイドの立場なら客人に「ここで用を足してください」とは絶対に言えない。
「そうでしたか。場所を教えますのでこちらへどうぞ」
案の定ルミさんは疑う気配すら見せず、俺を部屋の外に出してくれた。そして王室とは真逆の方角へルミさんは歩き出す。
(タイミングは今じゃないよな……。逃げ出すのはルミさんが目を離す瞬間だ)
部屋の外に出られた、よし逃げるぞ……とはいかない。あの恐ろしい皇女の使用人ならルミさんも絶対に只者じゃないはず。俺は様子を窺いつつ、ルミさんにお手洗いの場所まで連れて行かれる。
「ここがお手洗いです。私はここでお待ちしていますので」
「あ、ありがとうございます。何なら先に戻ってても──」
「来訪者様のお相手をするのが使用人の責務です。用を足すまで離れるわけにはいきません」
「で、ですよねー……」
案内されたお手洗いへ足を踏み入れ、どうしたものかと鏡の前で頭を悩ませた。窓はあるけど少し見下ろせば落下死は免れない高度。そうなれば出口はたった一つ。でもその先ではルミさんが待機。
(考えるんだ俺……! ルミさんの隙を突く方法を──)
制服の懐で擦れ合う金属の音。何だろうと手を入れて取り出してみれば、音を鳴らしたのはシメナ海峡で託された銀の懐中時計。
「──そうだ」
思い付いた簡素な作戦。それを試すために銀の懐中時計を握りしめ、一度ルミさんの元まで顔を出した。
「いかがなさいましたか?」
「すみません、少しの間だけこれを預かっててもらえませんか……?」
「……懐中時計? なぜ私に預けようと?」
「その時計、誕生日に
「そうですか。ご兄妹様から……」
兄妹という言葉を感慨深く受け取るルミさん。俺は作戦の下準備とも言える行動を拒まれないかと内心ドキドキしていたが、
「承りました。来訪者様の御用が済んだ後、必ずお返しいたします」
「あ、ありがとうございます」
快く引き受けてくれた。ご丁寧に懐中時計へ汚れが付かないようにと、白い布にくるんで懐へ仕舞う。俺は軽く感謝の言葉を述べて、再びお手洗いへと足を踏み入れた。
(すみませんルミさん。半分嘘はついてないから許してください)
貰った相手は全然違う人だけど血の繋がった妹は本当にいる。半分真実、半分嘘を伝え、ルミさんに預けた銀の懐中時計は、
(やっぱり、俺のとこに戻ってくるよな)
何事もなかったかのように俺の懐へ入っていた。そう、この銀の懐中時計は不思議なことに俺の元まで必ず戻ってくる。これで作戦遂行の下準備は整った。
(一応、手は洗っておいてっと……)
怪しまれないよう水の音を立てて手を濡らす。鏡で自分の顔をよく確認してボロが出ないかもチェックし、再度ルミさんの元まで顔を出した。
「手はこちらでお拭きください」
「あ、ありがとうございます」
白色のハンカチを渡され、感謝しつつも濡れた手を拭く。そんな俺をじっと見つめた後、ルミさんは先頭を歩いて応接間まで向かい始めた。
(あれ? もしかして手を洗わなかったら、すぐに懐中時計返されて作戦失敗してた?)
手を洗ったことが上手くいったみたいで、懐中時計をすぐに返されることはない。多分ルミさんが気を使い、俺の手が乾いたら返そうと思っているのかも。どっちにしろ、しばらく預けた状態をキープしないと作戦はおしまいだった。
「つかぬことをお聞きしますが……」
「……? は、はい?」
「来訪者様にはご兄妹様がいらっしゃるのですか?」
「そ、そうですね。妹が一人います」
もしやバレたのかと冷や汗を掻いたが、聞かれたのは俺の兄妹について。どうにか平然を保ちつつも、俺は背中を向けたルミさんへそう答える。
「あのような素敵な時計を贈られるなんて……。ご兄妹様とは仲睦まじいのですね」
「んー……まぁ、仲はいい方なのかなとは思います」
これは大嘘。実際、俺は妹に嫌われているし避けられている。父さんが失踪してからその態度はより露骨になった。
『あのさ
『私は外で食べたから』
妹の名前は
母さんはそんな優秀な妹の世話焼きだったけど、平凡以下の俺にはいつも冷たかった。唯一温かく接してくれたのは親父ただ一人。
『そ、そっか。……あっ、そうだ! 俺、コンビニで夕飯済ませるから欲しいものあったらついでに買ってこようか──』
『いらない。忙しいから話しかけないで』
妹は母さんに似たのか俺が声を掛けたらいつも塩対応をしてきた。兄妹仲なんてものはそこに存在せず、あるのは上下関係だけ。気を遣い合える赤の他人の方がまだマシに思えるほどに酷い関係性。
(俺がいなくなって、母さんも文香も清々してるんだろうな……)
味方だった親父が消えてからは家に居場所がなかった。だから夕飯を自分の部屋まで運んで、一人で動画見ながら食べて、一人の時間をずっと過ごす。言葉も交わさず、用事があるときは大体チャットアプリで連絡。
家族ではなく余所者。そんな俺が消えたから母さんも文香も清々してるはずだ。
「……実は私も来訪者様と同じ境遇です」
「同じ境遇ってことは……。ルミさんにも妹さんがいるんですか?」
「はい、次女と三女が一人ずつ」
「そうだったんですね。じゃあ妹さんもこの城に?」
俺がそう尋ねればルミさんはその場にピタッと足を止める。聞いたらマズイことを口走ったかもしれない。そんな不安を抱きながらルミさんの返答を待つ。
「いいえ、私の妹たちは別の国にいます」
「別の国ですか?」
「次女はアダールランバ、三女はアフェードロストで使用人を務めているかと」
アダールランバは『紅葉の秋月』と呼ばれる統治者の国。アフェードロストは『久遠の春花』と呼ばれる統治者の国。旅の途中でアレクシアからそう教えてもらった。
「あの、どうして妹さんたちとバラバラに……?」
「雪月花の瓦解が起きたあの日。私たち使用人や民はある選択を強いられました」
「選択?」
「雪月花のどなたについていくのか。その選択を委ねられたのです」
雪月花の三人。誰についていくのかを決めることになった。俺はその話を聞いて、どうしてルミさんが妹さんたちとバラバラになったのかを察する。
「その時に……妹さんたちと別れることになったんですか?」
「はい、仕える主の
「それはどうして……?」
「三姉妹なのに
使用人らしい堅苦しい表情は一変し、気が付けば妹想いの長女の顔になっているルミさん。俺は自然と口を開いて、こんな質問をしてしまう。
「会いたくは、ないんですか?」
「……もう会うことはありません。話し合いの際に二人とは口論になって、疎遠な間柄となってしまいましたから」
「そ、そうなんですね……」
「それに私はブレイン家の使用人です。最期までスノウ様にお仕えすることが使命。あの子たちとは──既に決別しています」
雪月花の三人が決別したことでブレイン家の三姉妹も決別することを強いられた。ルミさんからその話を聞いた俺は何と言葉を返せばいいのか分からず、黙りこくってしまう。
「来訪者様は……ご兄妹を大切にしてあげてください」
「えっ?」
「私は雪月花の瓦解が起こるまで、あの子たちへ何もしてあげられなかった不甲斐ない長女です。来訪者様はそのような長男にならないようにと」
ルミさんの横顔を見ればすぐに分かった。心の底からそう願い、心のどこかで後悔している顔だ。
「はぁはぁっ! 早く、早く皇女殿下の元へ……っ!」
俺がルミさんへ何て言葉をかけようか考えていると、呼吸を乱した兵士が俺たちのすぐ隣を通り過ぎる。
(あの人が走っていた方角って、王室だよな……?)
方角的には多分王室。皇女殿下の元へって言っていたから尚更その可能性は高いと思う。ルミさんは表情を険しくさせ、応接間の前に立ち止まった。
「……来訪者様、私が戻るまで応接間にてしばしお待ちください」
「あのー、何かあったんですか?」
「こちらの事情です。来訪者様が気に留めることではありませ──」
ルミさんがそう言いかけた瞬間、王室の方角から身を揺るがす轟音が響く。俺はとてつもなく嫌な予感がし、すぐさまその場から駆け出した。
「来訪者様、勝手な行動をされては困ります!」
俺はルミさんの呼びかけを無視して王室まで急いで向かう。城内はそこまで複雑じゃない。俺は迷わずにただひたすら全速力で走る。
(さっきの兵士……!)
視界に映ったのはさっき俺たちの隣を走り去った兵士。王室だと確信を得て、王室の中へと飛び込んでみれば、
「アレクシア……!」
アレクシアは二枚の刃が付いた大鎌を突きつけられていた。突き付けているのは皇女のスノウ。轟音の正体は崩れ落ちた石の柱だと理解する。
「……なぜ戻ってきた?」
「あんなデカい音が聞こえたんだ! 何かあったと思ってきたんだよ!」
制服は斬り裂かれボロボロ。刀剣や銃も使い物にならない状態。何よりも酷く痛々しい怪我が目立つ。俺はアレクシアの身を案じながら、スノウを見上げた。
「そこを退きなさい、来訪神」
「あぁ退いてやるよ! お前がその物騒なものを仕舞ったらな……!」
「私を
俺もろとも斬り捨てようと大鎌を振り上げるスノウ。アレクシアは俺の腕を掴んで退かそうとするが、動こうとはせずスノウを必死に睨みつける。
「凍える
振り下ろされる大鎌。アレクシアは俺の身体を引き寄せ、血涙の力を発動しようと左手で顔の左半分を押さえたが、
「……そういえば」
寸前のところで大鎌を静止し、俺の顔をじっと見つめてきた。
「あなたの名はカイト・キリサメ……。キリサメの名を持つ来訪神でしたね」
「……?」
「ではあなたへ問うことにしましょう」
俺の名字を知っているかのような口ぶりと共に、スノウは俺に対してこんな問いを投げかけてくる。
「黒薔薇の使徒を葬るほどの力を持つ異例。あなたの手で抑えることはできますか?」
「抑える? それってどういう──」
「私は異例なるその不敬者が牙を剥いた時、あなたの手で止めることは可能かと聞いています。……あなたの
「……! 今、俺の父親って……!」
この人は俺の父親を知っている。知っていなければそんな言い方はしない。俺はその場に立ち上がると、目を見開いてスノウと向かい合う。
「親父について何か知ってるんですか!? もしかして会ったことがあるとか──」
「私の問いに答えるのです不敬者。あなた自身の手で、異例なる存在を止めることができるのかを」
「──っ」
大鎌の刃を俺の首元へ近づけるスノウ。さっきからアレクシアを異例呼ばわりしているのは、カムパナを倒したことで危険な人物だと認識されているため。
自分の国に悪影響を与える可能性があるなら早めに消してしまえばいい。そんな考えがスノウにあるから一戦を交えることになったんだ。
俺はそう憶測を立てると大鎌の刃からスノウの鼻先までゆっくりと視線を上げた。
「止めてみせるよ。こいつがどれだけ道を踏み外そうと、俺が必ず止めてみせる」
「……そうですか」
俺の言葉を最後まで聞いた後、スノウは大鎌を手元から消滅させる。どんな仕組みなのか、なんて疑問すら今は頭に浮かばなかった。
「いいでしょう。父親から継いだその血筋とキリサメの名を過信することにします」
「……私を見逃すのか?」
「見逃すのではありません。たった今、あなたへ首輪をつけたのです。キリサメという名の首輪を」
スノウは壁に手を付いて立ち上がるアレクシアへそう告げると、何事もなかったかのように玉座まで歩み寄り、扉の裏に控えていたルミに視線を送る。
「ルミ」
「はい」
「その不敬者たちへアダールランバへの入国許可証を。その後、この国から追放するように」
「承知しました。すぐに手配いたします」
俺はアレクシアに肩を貸してルミさんの後を付いていく。そして王室から出ていくときに足を止め、
「……最後にこれだけは言わせてくれ皇女様」
「何でしょうか?」
「二度とアレクシアを異例呼ばわりするな」
そう吐き捨てて王室を後にした。
――――――――――――――――
キリサメたちが王室から去っていくとスノウは玉座に腰を下ろし、扉の付近で待機している兵士へ視線を移す。
「それでは報告の続きを」
「は、はい! エメールロスタ南西部の山林に『
「同様の内容を二度報告する必要はありません。私が求めているのは異なる内容の報告です」
不快感を露にするスノウに兵士は冷や汗を掻きながら、通達された文書を懐から取り出し、急いで目を通す。
「大蛇の風穴を発見した者曰く、山林に住んでいた村人は一人残らず姿を消し、抜け殻のようなものが村の至る所に転がっていたと」
「……それで?」
「は、はい、定かではありませんが……『大蛇の風穴』はエメールロスタ周辺だけに留まらず、アダールランバ、アフェードロスト付近にも新しく見つかったとの話も」
片膝を突いて報告を続ける兵士。スノウは足を組みながら冷めた視線を兵士へ送る。
「もう下がりなさい」
「ははっ!」
そして兵士はスノウにそう命令されると速やかに玉座の間から出ていった。一人残されたスノウはふと脳裏にとある記憶が過る。
『スノウ、俺から大事な頼みがある』
『……頼みですか?』
『いつかこのエメールロスタに俺の息子が来るからさ……。ちょっとだけ面倒を見てやってくれ』
黒髪にスーツを着た男性と冷たい紅茶を啜り合うスノウ。その光景の最中、黒髪の男性は彼女へ頼みごとをしてきた。
『息子の名前はカイト・キリサメ。俺と似ているとこは……多分あると思う。だから顔を見れば分かるはず』
『拒否します』
『そこを何とか頼むよ。俺への借りは全部息子に返してやってくれればいいからさ』
『理解が及びません。何故あなたのご
『それは……父親の俺が足を運んだからかな。多分あいつも同じようにここへ顔を出すと思うんだ』
微かに映り込んだその男性の顔を思い浮かべると、スノウは夜空のような模様で飾られた天井を見上げ、
「
模様に刻まれた二つの星を見つめつつ、ぼそっとそう呟いた。