ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:4『大蛇』

 

「こちらがアダールランバへ入国するために必要な許可証です」

 

 私たちは使用人のルミに応接間らしき部屋まで連れて行かれると、『Snow Arnet』と署名された許可証を受け取る。これでアダールランバへ入国するための手立ては整ったが、

 

(……災難だな)

 

 スノウとの一戦で私は手負いの状態。目的地へ辿り着く前に息絶えてもおかしくはない。キリサメはそんな私を見兼ねてルミへこう声を掛けた。

 

「ルミさん、出発する前にアレクシアの治療をしてあげないと……」

「スノウ様からは即刻追放するよう命令されています。大変恐縮ですがすぐに旅立つ準備を」

「は、はぁ……!? そんなのおかしいだろ……! 確かに俺たちも一国の皇女様に失礼な態度を取ったよ! それについては申し訳ないと思ってる! けど先に手を出してきたのはあのスノウって人で──」

「私は構わん。むしろあの不敬女(・・・)が統治する国に滞在した方が寿命が縮まる」 

 

 不幸中の幸い、ヒュドラから継いだ血涙の力で怪我の治療は可能。私は異議を唱えるキリサメを静止させ、応接間から出て行こうとする。

 

「私も心苦しい限りです。どうかご容赦ください」

「アレクシアは命を懸けてネクロポリスを救ったんだ。救われた命もたくさんあった。どうしてあんな酷いことができるんだ……?」

「……おい」

「こいつが、何をしたんだよ? ただアダールランバの許可証が欲しくて、ここまで来ただけなのに……。ルミさんはおかしいって思わないのか──」

「もういい。行くぞ」

 

 未だに異議を唱え続けるキリサメに嫌気が差した私は、腕を力強く掴んでそのまま応接間を後にし、

 

「……私だって、分かっています」

「……?」

 

 扉を閉めた瞬間、ルミがぼそっと小声で呟く。キリサメの耳には届いていないようで、バツが悪そうに他所へ視線を逸らすのみ。

 

「何があった?」

「何がって……?」

「今のお前は気性が荒い。あの不敬女の前でも、あの使用人の前でもだ。何がお前をそうさせている?」

 

 妙にこの男は威勢がいい。皇女であるスノウの前で怖気づかず歯向かったり、ルミに対して静かに怒りをぶつけたりと。特に口調が荒いと言えばいいのだろうか。

 

「……ごめん。お前を守らないとって思ったらさ。なんか、カッとなって」

「つまり私の為に気性を荒くしていると?」

「多分、そうかも……」

「なら大人しくしていろ。それが私の為になる」

 

 私が淡々と返答するとキリサメは静かに頷く。何とも言えない空気感の中で城内を歩き、数分ほどで城下町まで下りることができた。

 

「あのさ、どうして怒らないんだ?」

 

 ルミが事前に手配していたのか、門の前で待機する悍馬のフレデリカ。早足で門まで向かっていると、口を閉ざしていたキリサメがそう尋ねてくる。

 

「……何を?」

「ほら、お前ってああいう理不尽な目に遭っても……怒ったりとかしないだろ?」

 

 私はフレデリカに乗せた荷物が盗まれていないのを確認すると、キリサメへ手を差し出す。

 

「物事の解決を最も遠ざける要素。物事の発端を最も生みやすい要因。それは何だと思う?」

「えーっと、その答えは……?」

「感情だ。心当たりがあるだろう」

「あ、あぁー……ご、ごめん、遠回しに俺が出過ぎた真似してるってことだよな」

「……覚えておけ。理不尽は感情で解決できん。解決するのは時間だけだ」

 

 キリサメへ厳重に釘を刺しておくが、この先もまた同じことを繰り返すだろう。人は短い年月で変わることはできない。短く見積もって一年、長く見積もって三年ほどか。

 

「あの不敬女に武装を破壊された。お前の分を寄越せ」

「あぁうん」

 

 要求した刀剣と銃を受け取ると自身の身体に装着し、勢いよく馬に飛び乗った。キリサメへ視線を向ければ、不慣れな身のこなしで私の後ろへ跨る。

 

(アダールランバはここから西の方角……。この距離は丸二日はかかるか)

 

 何の障害もなければ旅路は二日で済むだろう。私はおおよその距離と中継地点を測り終えると、馬を走らせようとした。

 

Rosalia(ロザリア)の民よ、少し待ってくれ!」

 

 その時、私たちを呼び止めてきたのは一人の兵士。門の陰に隠れていたのか、周囲を窺いながら早足で私たちの元まで駆け寄ってくる。

 

「誰だお前は?」

「私はLauren(ローレン)Astley(アストリー)。皇女殿下直属の騎士団──氷月騎士団(ひょうげつきしだん)の団長だ」

「……騎士団か」

 

 他の兵士に比べて随分と身なりが整っている理由に納得をし、周囲を見渡しつつローレンへこう尋ねた。

 

「その団長とやらが何の用だ?」

「教えて頂きたい。あなた様が黒薔薇の使徒を打ち倒した、というのは本当か?」

「紛れもない真実だ。疑うなら勝手にしろ──」  

「ありがとう」

 

 簡単に信じるはずもない。そう吐き捨ててその場を去ろうとしたが、ローレンは頭を深々と下げて感謝の言葉を述べてきた。どこに隠れていたのか、ローレンの部下らしき騎士も数人姿を現し、私に向かって頭を揃えて下げる。

 

「……何のつもりだ?」

「我々氷月騎士団はネクロポリスの民を救えなかった。騎士の義務も果たせず、黒薔薇の使徒にこの剣が届くこともなく、何の成果も得られなかったのだ」

「なるほど。お前たちが記録に書いてあった……」

「ロザリアの民よ。皇女殿下に代わり……氷月騎士団一同、心より感謝申し上げる。これはほんの心ばかりの品だが、良ければ受け取ってくれ」

 

 ローレンが手渡してきたのは金貨が一杯に詰まった絹袋。金貨の表面には雪の結晶が、裏面には月の模様が刻まれている。ロザリア大陸とは違う貨幣。この雪月花が統治する領土で使えるものだろう。

 

「そうか。貰えるものは貰っておく」

「それと旅の道中、大蛇(だいじゃ)風穴(かざあな)には決して近寄らないように」

「……その『大蛇の風穴』とやらは一体何だ? 不敬女が手を止めるほど懸念することなのか?」

 

 玉座の間に飛び込むほどの重大な話。私は貰った金貨の袋を懐に仕舞いつつ、団長のローレンへそう問いかける。

 

「『大蛇の風穴』は山腹や山林付近に作られた洞窟だ。数年前から数を増やし始め……今となってはすべての場所を把握すらできなくなっている」

「その洞窟に何か危惧することでもあるのか?」

「洞窟付近の村人や獣が瞬く間に姿を消してしまうのだ。大蛇の風穴へ捜索隊も派遣したが、誰一人として帰還しないまま。我々騎士団が解決しようにも……その手立てすらつかない状況でな」

 

 穴が増え続ければ狩場も人口も減るばかり。恐らくこのエメールロスタはそれらを懸念している状態。『異例』を排除しようとするスノウが手を止めるのも納得がいく。

 

「『大蛇の風穴』か『ただのほら穴』かを判別する方法はないのか?」

 

 道中で洞窟を寝床として確保することもあり得る、と私はローレンへ判別する方法を尋ねてみた。

 

「判別する方法は二つほどある。一つは洞窟付近に(ヘビ)が徘徊していないかを確かめることだ」

「蛇?」

「理由は定かではないが……大蛇の風穴は付近に多くの蛇が住み着いている。小型のものから大蛇まで様々な種類の蛇がな。蛇を多く見かけることがあれば、すぐにその場を離れた方がいい」

 

 周囲に蛇が多く住んでいることから『大蛇の風穴』と呼ばれているのだろう。私は自分の中でそう解釈をし、ローレンの話の続きへ耳を傾ける。

 

「二つ目は奇妙な()(がら)が捨てられていないか」 

「抜け殻って……」

「抜け殻といっても我々人間よりも大きなものだ。例えるなら『爬虫類が脱皮したような抜け殻』と言えば伝わるだろうか?」

「あぁ、大体想像はつく」

 

 キリサメがボソッとそう呟いたのは、抜け殻という特徴を持つ物体に見覚えがあるため。私たちが夜を明かした廃村に転がっていた抜け殻を指しているに違いない。

 

「他に我々へ聞きたいことはないか?」

「特にはない」

 

 長話は時間を取られる。私は手綱を握りしめ左脚を馬の胴体を押しつけると、向いている方角を変えた。

 

「アダールランバは皇女殿下の弟君が統治する国。ロザリアの民も迎え入れてくれるはずだ」

「弟ならあの不敬女の血を継いでいる。信用ならん」

「確かに血は継いでいるのだが、少し変わったお方なのだ。それに皇女殿下も元々あのようなお方ではなかっ──いや、今の言葉は忘れてくれ」

 

 ローレンは何かを言いかけたが、言うべきではないと判断したのかすぐに言葉を止める。私はしがらみがあるのだと汲み取り、追及は避けることにした。

 

「とにかく弟君はまともに取り合ってくれるお方だ。そう身構えなくてもいい」

「……用心するに越したことは無い」

「ふっ、用心深いのだな」

 

 紹介状ありきの来訪で散々な目に遭い、エメールロスタの者たちからは良い印象を抱かれていない現状。スノウとやら含め元は一つの雪月花だったのなら、別の角度からまた災難に巻き込まれる危険性も高い。

 

「ロザリアの民よ、最後に名前を聞かせてくれ」

「なぜ名乗る必要がある? どうせお前たちとは二度と会わな──」

「こいつの名前はAlexia(アレクシア) Bathory(バートリ)だ! 何かあったら恩を返してやってくれ──」

 

 言葉を遮って勝手に名を教えようとするキリサメ。私は反撃だと言わんばかりに手綱を引いて、最後まで喋らせずに馬を走らせる。

 

「大人しくすることが私の為になると言ったはずだ」

「でもさ、いつかお前を助けてくれるかもしれないし……」

「私は後々助けを請う為に名乗るつもりはない」

 

 背後の遠方では胸に手を当て敬礼する氷月騎士団。私たちは氷の皇女が統治するエメールロスタを追放され、目的地であるアダールランバまでの旅を再開した。

 

 

─────────────────

 

 

「我が主……船酔いが辛いです……」

 

 クルースニクへと向かう女性のシスターが一人。彼女は五ノ戒Flora(フローラ) Abel(アベル)。食料や金銭が詰められた大型の背嚢(はいのう)を背負い、とぼとぼと船着き場を歩いていた。

 

「『ネクロポリスに向かってください』……じゃない! 私はA機関なのでこういう一人旅は途方に暮れるだけなんですっ!」

 

 そうなったのもすべてはティアに頼まれたからである。しかしティアからの頼みだけであれば、フローラも動くつもりはなかったのだが、

 

『アレクシア・バートリはあなたの妹のジェイニー・アベルの友人ですよ。冤罪を晴らさなければ悲しむのでは?』

 

 妹のジェイニーを引き合いに出され、脳内に妹の悲しむ顔が思い浮かんだ末、背に腹は代えられないとクルースニクまで旅立ってきたのだ。

 

「うっ……シメナで食べたお魚料理が、我が主の元へ還りそうです……っ」

 

 船酔いによって吐き気を催したフローラは、口を押えながらクルースニクの裏路地へ駆け込むと壁に手を突く。

 

「おいおいシスターちゃんよ? こんなとこで何してんだぁ?」

 

 そんなフローラに寄ってたかってきたのは『狼』という名称を持つ野蛮な男たち。数人でフローラを囲むと酒臭い顔を近づけてきた。

 

「さ、酒臭いですっ……今は、うっぷっ……私から離れてください……っ」

「つれないこと言うなよシスターちゃん? 俺らの話を懺悔室でたっぷり聞いてくれたっていいじゃねぇか」

「は、離れてくださいっ……ほんとに、もう、我が主の元へお魚さんたちが帰って……っ」

 

 拒んでも腕を掴んでくる男たち。フローラは懐に仕舞っていた聖書を取り出し、真っ青な顔で祈りのページを開く。

 

「あ、主よ……お魚さんたちの、魂の浄化を……虐げたこの者たちに、罰を、与えます……っ」

「あぁ? 何してんだこいつ?」

「ま、迷えるお魚さんを、うっぷ……そちらへ導けなかった私目を、どうかお許しください……っ」

「へへっ、気にすんな! このまま連れ去っちまおうぜ──」

 

 そして聖書を持った手を大きく振り上げると、

 

「エイメン──おろろろろろろ……っ!!」

 

 胃の中に溜まっていた消化物を吐き出しながら、目の前の壁を粉々に破壊して大穴を空けた。

 

「おわぁあぁぁああ!?! こ、こいつ、きたねぇもんを吐きながら壁を壊しやがった!!」

「こ、この女はただもんじゃねぇ! とっととずらかるぞ!」

 

 壁を破壊する怪力に驚いたのか、それとも吐いたことに驚いたのか。フローラの囲んでいた男たちは駆け足でその場を去っていく。

 

「あー? おいシスター様よォ、そこで何やってんだァ?」

「うっぷ……ま、まだ余韻が……っ」

「クスクスッ、シスターにリュックに怪力にゲロ。あんたの個性、ぜーんぶ別々の方角へ歩いてってんぜェ?」

 

 そこで偶然通りかかったのはメル。その奇怪な光景に興味が湧いたのか、裏路地へ足を踏み入れ、フローラの様子を窺った。

 

「シスター様よォ、あんたも犬小屋から逃げてきた口かァ?」

「い、いいえ……私は、ネクロポリスまで向かうために……っ」

「ネクロポリスだァ? んだってそんなとこまで──」

 

 メルはそう言いかけ、フローラの首元に月長石(ムーンストーン)の十字架が飾られていることに気が付く。

 

「……おいおい、十戒がなんでこんなクソみたいな町に来てんだァ?」

「私が十戒だと分かるんですね……?」

「うちのクソババアが無風の渓谷で赤い狂犬(・・・・)様との触れ合いコーナー開いてんだよ。かれこれ数日は帰ってきてないぜェ」

「赤い狂犬……ということは、ソニアさんが?」

 

 一度盛大に吐いたことで体調が安定してきたフローラは、聖書を懐に仕舞ってからメルと向かい合った。

 

「シスター様よォ、まさかジョーカーを追っかけに来たのかァ?」

「ジョーカー……?」

「クスクスッ、惚けても無駄だぜェ。ロザリアの犬小屋がこの動画でバズってることぐらいお見通しだ」

 

 問い詰めるように見せたのはスマホに映り込むアレクシアの動画。フローラはそれを目にすると、険しい顔を浮かべる。

 

「あなたはこの子のことを知っているですか……?」

「あぁ知ってるぜェ。でっけぇカルト教団の住処で、ハリウッドばりの大冒険した仲だからなァ」

「では教えてください。アレクシア・バートリさんについて」

「あ? んでジョーカーのことを──」

「我が主と見定めたいのです。彼女が本当に処刑されるべきか否かを」

 

 向けられるのはフローラの真剣な眼差し。メルは半目になりながらしばらく視線を交わし続けると、

 

「……あたしについてきなァ、シスター様。あんたと主様が愛してやまない教会まで案内してやる」

 

 裏路地から表通りまで顔を出し、フローラへ付いてくるよう顎で促した。





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