ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:5『アダールランバ』

 

 

 エメールロスタから追放されたあの日から二日ほど経過した。道中で食屍鬼共や吸血鬼共に絡まれることもなく、アダールランバの到着まで残り僅かの距離だ。

 

「なぁ、またあの抜け殻が転がってるぞ……?」

「もう見飽きた。幼児のように反応するな」

「それもそうだけどさ、昨日もその前も見かけただろ。騎士団長が言ってた通り、『大蛇の風穴』っていう洞窟があちこちにあるんだなって」

 

 唯一気掛かりなことがあるとすれば道中で見かけた抜け殻の数。一時間に一度は見かけるほど周辺に転がっている。

 

「食屍鬼共に遭遇しないのは好都合だと思い込んでいたが……。この一帯で暮らす者たちにとってはさぞ都合が悪いだろうな」

「ん? 食屍鬼がいないなら町の人とかも都合がいいんじゃ──」 

「獣どころか虫すらも見かけていない。蛇が食い漁ったせいかは知らんが、生態系の秩序が崩壊している。この状況下の中に放り込まれるのは奈落そのものだ」

 

 しかしあの時、ローレンは『大蛇の風穴付近の村人たちが姿を消した』と述べた。生態系の秩序云々(うんぬん)は無関係のはず。

 

(……抜け殻の中身はどこにいる? これだけ見かけたというのに、一度も遭遇していない)

 

 私は乱雑に捨てられた抜け殻に視線を配りつつ、一度も中身を見かけていないことに表情を曇らせる。仮に抜け殻の中身が村人を連れ去ったとすれば、周囲で徘徊していてもおかしくはない。

 

「アレクシア、あれがアダールランバじゃないか?」

「……そうみたいだな」

 

 森林から景色が草原へと移り変われば、瞳に映ったのは三日月を描くようにそびえ立つ城壁。正門は三日月の内側の中央に位置し、二人の門番が馬車に売り物を載せた商人を城下町へ通す最中だ。

 

(アダールランバは三日月で、エメールロスタは氷晶(ひょうしょう)か……)

 

 エメールロスタの外観を思い返してもみれば、見張り台の塔が六角形の点に一本ずつ建設されていた。最初は違和感を覚えることもなかったが、よく考えてみるとあれは氷晶を表していたのかもしれない。

 

「アレクシア、例の作戦をやるんだろ?」

「あぁ」

 

 私たちはアダールランバまである程度の距離まで近づくと、馬から降りて載せていた一部の荷物を下ろす。

 

「ていうか、ほんとにこの作戦上手くいくのか?」

「知らん」

 

 荷物の中身に入っているのは使用人の女性服と貴族の男性服。私はその二種類の衣服を手に取る。

 

「『その辺の貴族のフリをして身分を隠す作戦』だろ? 確かに嫌な目で見られることはないかもしれないけどさぁ。俺は貴族のフリなんてできないぞ?」

「何を言っている? お前が使用人の役だ」

「は?」

 

 私が手渡そうとするのは使用人の女性服。キリサメは間抜けな面を浮かべ、しばらく唖然とし、

 

「いやいやいや! それどっからどう見ても女性用だけど?!」

「何か問題でもあるのか?」

「問題だらけだろ!? むしろ俺が着たら怪しまれるっつーの!!」

 

 後退りをしながら本気で嫌がる素振りを見せた。私は呆れた顔で強引に使用人の衣服を押し付けようと試みる。

 

「ていうかなんでこの二着なんだよ!? 他にはなかったのか!?」

「ない。村で見つけた衣服はこの二着だけだ。早く着替えろ」

 

 この二着はアダールランバへ向かう道中の廃村で見つけたもの。この発見がきっかけで身分を隠す策を思い付き、貴族と使用人の真似事をすることにしたのだ。

 

「ぜっったいに嫌だね!! 女装したキャラクターは大体女装キャラにされるのがオチだからな!! ぜっったいに嫌だ!!」

「駄々をこねるな。黙って着替え──」

「あっ、お前もしかして……」

 

 何かに気が付いたキリサメ。半目になりながら私が手に持った使用人の衣服とこちらを交互に見る。

 

「メイド服に対して嫌悪感あったりするのか?」

「……何を」

「だっておかしいもんな! どう考えたって身の丈に合った服を着た方が作戦は上手くいく! いつもお前は最善策を選んでるのに、こんな簡単な間違いに気が付かないはずないだろ!?」

「お前は……」

 

 なぜこの場面に限って勘が鋭いのか。私はわざとらしくキリサメから視線を逸らす。

 

「……なら賭けで決めれば平等だろう」

「おぉ、それなら平等だな! 何で賭けるんだ?」

「コイントスだ。裏か表かを決める」

「分かった、コイントスだな! その勝負受けて立つ!」

 

 私は袋から金貨を一枚取り出し、キリサメに表面と裏面を見せつけた。自信満々なキリサメの顔。私は親指の上に裏面の金貨を乗せて、その自信に満ちた面を見上げる。

 

「表か裏か。お前が先に選べ」

「じゃあ無難に表を選ぶ!」

「つまり私が裏だな」

 

 金貨の表面は雪の結晶が、裏面には三日月が刻まれている。……が、この男はやはり間抜けだ。そう心の中で鼻で笑いつつ金貨を弾こうとすれば、

 

「……いや、ちょっと待ってくれ! クルースニクでのことを今思い出し──」

「もう遅い」

 

 キリサメは寸前でクルースニク協会での一件を思い出し、私を止めようとしたが強引に金貨を上空へ弾く。

 

『三十一回』

『へっ?』

『金貨の回転数だ』

『まさかだとは思うけど……コインの回転数、調整できるのか?」

『あぁ』

 

 その一件はジュリエットとの賭けで行ったコイントス。私が賭けに勝利を収めた後、金貨の回転数を調節できるとキリサメに話していた。

 

(……回転数は二十回。このまま裏面で戻ってくる)

「くっそぉ! こうなったら神に祈るしかない! 頼む頼む頼む、表こい表こい表こい表ぇえぇぇえっ!!」

 

 手を合わせながら祈り続けるキリサメ。だが私は回転数を抜かりなく調節した。勝敗は私の勝利で幕を閉じる。そう確信しながら金貨を手の甲で押さえ付け、

 

「裏面。賭けは私の──」

 

 ゆっくりと金貨の状態を視認したのだが、

 

「──表だと?」

「うっしゃあぁあっ!! ほんっっとありがとうございます神様ぁあぁあっ!!」

 

 映り込んだ金貨の状態は雪の結晶が刻まれた表面。想定外の事態に私は呆然としてしまい、キリサメは拳を高く上げて狂喜乱舞する。

 

「何をした? まさか金貨に小細工をして──」 

「してねぇよ! むしろ進行形で小細工したのはお前の方だろ!? ほら、賭けは俺が勝ったんだからお前はこっちを着ろ!」

 

 問い詰めようと試みる私からキリサメは貴族の男性服を奪い取った。私の手元に残された使用人の衣服。何百年振りかに頬を引き攣る。

 

「お前のそんな顔、初めて見たぞ?」

「……そうか」

「メイド服着るのが相当嫌だったんだな。まぁドンマイ」

 

 着替えるために木陰へ逃げていくキリサメ。すぐそばで賭け事の結末を見届けていたフレデリカは、鼻息を一瞬荒くさせ「いい気味だ」とこちらを見下ろす。

 

(……これだけはどうも慣れん)

 

 使用人の衣服に嫌悪感を抱いているのではなく、使用人という身分に嫌悪感を抱いている。私の性分としては『主に服従するぐらいなら奴隷を支配した方がマシ』というものに近い。

 

「……下らん。心底下らんな」

 

 白と黒を基調とした使用人の衣服に袖を通し、太腿まで丈のある白いソックスを履く。革紐で足の甲と靴を固定させる黒のストラップシューズも履き、極めつけはフリルの付いた白のヘッドドレス。

 

 そうやって一通り私が着替え終えると、丁度キリサメも木陰から姿を見せる。

 

「おー、案外似合ってる──」

「何だと?」

「い、いや、何でもない! 普通だよ、うん、すっごい普通!」

 

 キリサメが着ていたものは外出用の貴族服。頂が平らな円筒形をした黒の礼装用帽子を被り、整った紳士服と布のコートを着ている。おまけに杖も持っていた。

 

「……行くぞ」

「あのさ、その怖い顔は抑えてくれよ?」

 

 全身に虫唾が走る最中、私たちは再度馬に乗って門まで向かう。平常心を保とうと何とか通常の顔へ戻し、門番たちの前へ姿を見せた。

 

「そこの者たち、止まってくれ」

 

 入国するために正門まで姿を見せれば案の定門番に止められる。私は懐からエメールロスタで受け取った許可証を取り出し、

 

「許可証は貰っている」

「これは失礼した。アダールランバへようこそ、若き聖人君子よ」

 

 門番に見せると特に嫌な顔をすることもなく、城下町へと私たちを迎え入れた。エメールロスタとは異なる対応にキリサメも思わず拍子抜けな顔をしている。

 

「なんか、あっさり通してくれたな」

「民衆は統治者の鏡映しだ。弟とやらは不敬女よりはマシかもしれん」

「これなら作戦も案外上手くいくんじゃ……?」

「知らん。思索などもうどうでもいい」

「やけくそになんなよ……」

 

 私たちはそのまま城下町を観察しながら城門まで向かう。骨董品を安く売り出す商人に、花束を抱えた母親とぬいぐるみを抱えた少女。心なしかエメールロスタの民衆より町の空気が和やかに感じた。

 

(……私が知らない千年の空白。その真実がこの国にあるのか)

 

 城門まで辿り着くと丁度城内から一人の男が姿を見せる。白色のコートを羽織り、腰に携えているのは両刃の剣。やや長めの灰色の前髪を掻き分け、私たちへ視線を移した。

 

「君たちは……一体どこから?」

「誰だお前は──」

「あーっ!! そうですそうです! えっと、用事があってこの国まで来たんです!」

 

 私の言葉を大声で遮ると代わりに返答するキリサメ。灰色髪の男は「そうだったか」と頷き、私たちの傍まで歩み寄る。

 

「それで、用事というのは?」

「国の統治者と面会、および商談の交渉だ」

「面会と商談……。分かった、少し待っていてくれ」

 

 すんなりと話が通じたようで灰色髪の男は城内へと引き返していった。私たちは馬から降りると、キリサメが溜息をつきながら私へこう忠告をする。

 

「印象悪くなるような聞き方すんなよ……!」

「……? 何の話だ?」

「あーもう! とにかく基本的に俺が話を進めるからさ! 気になったことがあったらまずは俺に聞いてくれ!」

「……分かった」

 

 悍馬のフレデリカに蜂蜜を塗った林檎を与えながら私は了承した。「ほんとに分かってるのか……?」と疑心暗鬼になるキリサメ。私たちがそんなやり取りを交わしていれば灰色髪の男性が丁度戻ってくる。

 

「待たせてすまない。面会の許可が下りた」

「あっ、わざわざ手間かけさせてすみません!」

「客人の君たちを王室まで案内するよう命令された。僕に付いてきてくれ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 私たちは灰色髪の男性の後に続き、城内へと足を踏み入れた。最初はエメールロスタとは変わらぬ神々しい大広間が私たちを歓迎したが、

 

「……汚れが目立つな」

「すまない、今何か言ったか?」

「な、何でもないです! 単に『すごいなぁ』って呟いてただけで!」

 

 廊下を歩いてよく観察してみれば、清掃が隅々まで施されてはいない。花瓶の中の水が変えられていなかったり、絵画の縁に乗せられたが目立つ。私は思わずぼやいてしまい、キリサメは急いで訂正を施した。

 

「そうか。何かあったら聞いてくれてもいい。僕に答えられることなら何でも答えよう」

「……この男の名前を聞け」

「あー、えっと、お名前とか聞いてもいいですか?」

「僕の名前はGabriel(ガブリエル)。このアダールランバを守護する秋月(しゅうげつ)騎士団(きしだん)の団長だ」

 

 この男は秋月騎士団のガブリエル。私はラストネームまで答えさせようとキリサメの脇腹を左肘で突っついた。

 

「あの、嫌だったら答えなくていいんですけど……。ガブリエルさんの下の名前って?」

「……あまり自分の家系が好きじゃないんだ。すまないが黙秘させて貰えると助かる」

「そ、そうなんですね! なんか野暮なこと聞いてすみません……!」

 

 聞いてやったぞと言わんばかりに、今度はキリサメが私の脇腹を右肘で突っついてくる。ガブリエルは白髪でもなく紅い瞳でもない。ブレイン家の可能性も脳裏を過るが、どうもそのような雰囲気を感じさせなかった。

 

「そちらの可愛らしい彼女は君の使用人か?」

「貴様、今何と言った──」

「あ、あぁあぁあっ! はい、はいそうです! 俺の使用人です!」

 

 ガブリエルの問いかけに不快感を露にしつつ、私は口を出そうとする。しかしキリサメが背を向けて前に立ち、私の言葉と不快な顔を遮った。

 

「そうか。実はアダールランバの統治者にも直属の使用人がいるんだ。君の使用人はその子の性格と瓜二つだ」

「へ、へぇー! そうなんですねー!」

「特に似ているのは使用人とは思えない言葉遣い。初対面で『誰だお前は』と口を利いたり、他国の城内を汚いと口走ったり……その辺りがよく似ているよ」

「す、すいません! ほんっっとすいません! あとでこいつにはきつく言っておくので!」

 

 どうやら私のぼやきは一言一句、ガブリエルに聞こえていたらしい。平謝りするキリサメに「気にするな」と寛容な返答をし、気が付けば一際目立つ両扉の前に辿り着く。

 

「ここが王室だ」

「ありがとうございます! 助かりました!」

 

 城内の構造はエメールロスタと変わらない。数分廊下を歩かされ、いくつか階段を上り、王室までの道のりは簡素なものだ。

 

「そうだ。くれぐれも謀反や暗殺を企てないように。僕は客人を斬りたくはないからな」

「そ、そんなことしませんよ!」

 

 ガブリエルが開いた両扉を通り抜け、私たちが王室へと足を踏み入れれば、

 

(……変わった王室だ)

 

 月夜を彷彿とさせる室内が私たちの視界に広がる。僅かな隙間から入り込んだ日光が月光へと姿を変え、照らすのは透明な床。鏡のように反射する床は、天井に描かれた三日月を描写する。

 

「ようこそ、アダールランバへ」

 

 私たちに声を掛けてきたのは長い白髪に毛先が赤色の男。黒のコートを羽織り、下には黒を基調とした品質の良い衣服。玉座の隣に立ち、私たちを指定の位置まで誘導させる。

 

Rami(ラミ)様、こちらの客人が話に聞いていた面会の希望人かと」

「そうなのね」

 

 ラミと呼ばれた女が腰を下ろすのは玉座。横髪だけ伸ばした黒髪を結んでいるのは三日月の髪留め。気品のある黒のドレスで身体を包み、脚を組みながら私たちを無表情で見下ろす。

 

「それでCres(クレス)、この人たちは誰なの?」

「面会と商談を希望する方々です」

「おぞましい欲望を感じるわ。きっとラミからこの国を乗っ取ろうとする支配者よ」

「違います。面会と商談を希望する方々です」

 

 二度訂正されると統治者であるラミはしばし考える素振りを見せた。私とキリサメは口を閉ざし、何を言われるのかと待機する。

 

「クレス、判決が決まったわ」

「どのような判決を?」

「死刑よ」

 

 クレスと呼ばれた使用人はラミの頭に左手を乗せ、その上から右手で思い切り叩く。ラミはその衝撃で真顔のまま顔を左に傾けた。

 

「クレス、それは女王様に対する謀反よ」

「謀反ではなく躾です」

「ラミはワンコじゃなくて人間だわ」

「恐縮ですが、犬の方が覚えがいいかと──」

「喜劇はそこまでだ」

 

 いつまで見せられるのかと私は口を開く。静まり返った王室でキリサメが「えーっと」と言葉を模索しこう述べた。

 

「実は面会や商談を希望しているのはこっちの使用人の方なんです。むしろ俺の方が付き添いっていうか……」

「そうでしたか。それでどのような商談をご希望で──」

「道化を演じるのもやめろ。使用人を玉座に座らせて何がしたい?」

 

 柔らかい物腰で対応するクレス。しかし私の一言でその顔が気難しいものへと一変する。

 

「何の話ですか? ラミ様はアダールランバを統治する皇女です」

「クレス、皇女じゃないわ。女王様よ」

「失礼しました。ラミ様は女王です」

「下らん芝居だ」

 

 どうでもいい箇所を指摘するラミ。その指摘に対応し訂正するクレス。私は呆れながらクレスへと視線を移した。

 

「氷月騎士団とやらの団長から聞いている。アダールランバの統治者は不敬女の()だとな」

「ラミ様はこう見えても男です」

「そうよ。ラミは生まれから男の子だわ──」

 

 未だに演じ続けようとする二人。私は話にならないと腰部に装着していたホルスターから銃を一丁だけ抜くと、

 

「なら試してやる」

 

 ラミに向かって銃口を向け、躊躇わず引き金を引いた。ラミは突然の出来事で目を丸くしてその場から動けずにいたが、

 

「──ッ!」

 

 クレスがラミの前に立ち、どこからともなく飛んできた長方形の黒い鞘。そこに納められた大剣の(つか)を握りしめ、

 

「……本当に支配者か? お前たちは」

 

 構えていた大型の鞘からアーネット家のみが持つ紅い瞳を覗かせた。

 

 

 

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