「ちょっお前、何やってんだよ……っ!?」
「今のは空砲──」
「だとしてもだ!! ……あの、ほんっっとすいません!! こいつ最近メイドになったばかりで、躾とか色々と分かってないことが多くて……!!」
キリサメは額を地面に擦りつけて死に物狂いで謝罪する。クレスはその姿を見ると何故か唖然とし、こちらへの警戒をあっけなく解いた。
「ラミ、今日の研修は終わりにする」
「どうして? ラミはまだ満足していないのよ?」
「この二人が
「仕方ないわね。……バカ
ラミはクレスにそう命令されると不満げな顔で王室を出ていく。キリサメがその場で顔を上げれば、クレスは握っていた長方形の黒鞘を手元から消滅させる。
「ほ、ほんとすいません……」
「俺たちにも非があったから謝らなくてもいい。まさか異例な客人が来るとは思わなかったんだ。……まぁ突然銃を向けるのはどうかと思うが」
空いた玉座には座らず、私を見つめながらこちらへ歩み寄ってくるクレス。私は握っていた銃をホルスターに仕舞うと、キリサメもその場に立ち上がった。
「紹介が遅れたな。俺は
「こっちの新米使用人が
「なるほどな。名前を聞いただけで異例だって分かる」
キリサメとクレスは互いに自己紹介を終えると、先ほど王室から出ていったラミが使用人の衣服に着替えて再度姿を現す。
「
「寝坊は日常茶飯事。家事もまともにこなせない。客人相手に不敬を働く。三大欠陥を抱えてるお前が何を言ってるんだ?」
「失礼ね。ラミは睡眠時間を増やして心身を癒しているだけ。家事は他の使用人の務めだもの。貴重な仕事を横取りするのは良くないわ」
「最後の不敬については黙秘か」
慣れ親しんだやり取りを交わす使用人と皇子。私は隣に立っていたキリサメの脇腹を軽く突いて「本題に入れ」と視線を送った。
「あの、どうしてさっきは逆の立場を演じて……?」
(……どうでもいいことを)
しかし求めていた本題とは異なるものをキリサメが尋ね始め、私は思わず視線を右下へ逸らし小さな溜息をついてしまう。
「それについては色々と事情があるんだが……。シンプルな答えを返すならラミを皇女にするための訓練だ」
「バカ皇子、何度言ったら分かるのかしら? 皇女じゃなくて女王様よ」
「後百二十回ぐらいは言われないと分からないかもな」
呆れた顔でラミの横顔を見つめるクレス。私は視線をラミへと一瞬だけ向け、クレスの顔を見上げた。
「わざわざ皇女として育成する意図は何だ?」
「俺にはアーネット家として、一国の皇子としてこの国を治める手腕がない。それにそういうモチベもなくてな。だったらモチベのあるラミを皇女にした方がいいと思ったんだ」
「この女はブレイン家の使用人だろう。アーネット家の血を継ぐ者以外に国を統治させてもいいのか?」
私がそうやって口を挟めば、何が気に食わなかったのかラミは露骨に嫌な顔をする。クレスはそんなラミに気が付きつつも真剣な様子でこう答えた。
「俺はそういう主義を持っている」
「主義?」
「空いた玉座に座れるのはアーネット家の人間だけじゃない。どんな人間でもどんな家系でも、玉座に座れる資格がある。誰が玉座に座れるかは国民の投票で決めればいい。これが俺の一貫した考え方だ」
「……変わった男だな」
どの時代でも玉座に座れるのはアーネット家の人間のみ。クレスはその常識を覆そうとする珍しい思想があるようだ。ラミを育成する理由に納得した私の隣で、キリサメは考える素振りを見せる。
「まぁ色々と説明はしたが実現はまだできていない。だから実現の第一歩として、ラミを第一人者として育てる必要があるんだ。この考え方を……使用人のあなたはどう思うか聞かせてくれ」
「なぜ使用人の私に聞く必要が?」
「貴族の人間に聞いたら反発されるのがオチ。だったら別の視点からの意見を聞いた方が有意義になる」
このクレスという男は使用人の私に意見を求めているのか。それとも正体を見抜いたうえで私本人に意見を求めているのか。どちらかは不明だが、私は少しだけ考える素振りを見せた。
「お前の考え方はそれこそ異例。他国の貴族や名家からの評価は最低だろうな。世界の常識を覆そうとするなら尚更だ」
「……だろうね」
「だがどの時代も革命と争いで変化していく。そう遠くはない未来、王政はいずれ廃れ、貴族や平民の階級も消えていくだろうな」
様々な時代を転生し続けてきたが、王政を取り除いた国を見たことは一度もない。あくまでも憶測に過ぎないが王政を撤廃すれば自然と階級も消滅するはず。平民はともかく、貴族や他国から酷評される光景は目に見えていた。
「……その時代までに吸血鬼共が死滅していればの話だが」
「やっぱり吸血鬼が問題になるんだな」
「当然だろう。吸血鬼共が蔓延る世界に人類の未来はない」
しかし吸血鬼共が優位に立つ時代が続けばそれは何の効力もない。王政と階級を撤廃したところで、吸血鬼共による人間の支配や吸血鬼共と人間の種族による格差。それらが残るだけだ。
「キリサメ、お前の使用人は賢いな。どっかの使用人とは違って」
「あ、あぁ、こいつはあんまり礼儀とか知らないけど……こう見えて博識だから結構助けられてるかな」
「そこの新米使用人、あなたの主はきちんと褒めてくれるのね。どっかのバカ皇子と違って」
「匿名性はどこに行ったんだ」
クレスはそう言いながら隣に立っているラミの頭に左手を乗せ、その上から右手で軽く叩く。そんな光景をキリサメは苦笑交じりに眺めていた。
「ともあれ、貴重な意見をありがとう使用人さん。今度は俺たちがそっちの話を聞く番だ。ラミ、おもてなしの用意を」
「嫌よ。おもてなしはラミの仕事じゃないわ」
「使用人たちへ専用
「仕方ないから聞いてあげるわ。おもてなしはラミの仕事だもの」
クレスが独り言のようにそう呟くと、拒んでいたラミが素直に命令を聞き、王室から駆け足で出ていく。キリサメはやり取りの中のスマホという名称に眉を顰めた。
「ここで立って話すのもあれだ。ゆっくり話せる場所まで案内しよう」
こうして私たちはクレスに連れられ王室を後にする。廊下を数分ほど歩き、案内されたのはエメールロスタと大して変わらぬ応接間。クレスが東側のソファに腰を下ろし、キリサメは西側のソファに腰を下ろす。
「使用人さんは座らないのか?」
「私に構うな」
「分かった。じゃあそうさせてもらう」
私はキリサメが腰を下ろしたソファの背後に立てば、クレスはこちらに視線を送ってきた。その紅の瞳は色が薄くなり、穏やかなものへと変化している。
「それで、この国に何の用があって来たんだ?」
「お前は
「あぁ、クルースニク協会のヴィクトリアのことだな」
「なら話が早い。私は本物の転生者だ。この紋章を見れば分かるだろう?」
私は履いていた白のソックスを膝丈まで下げ、クレスへ太腿に刻まれた転生者の紋章を見せつけた。クレスは驚きに満ちた様子でこちらの紋章をじっと見据える。
「私は千年前からこの時代へ転生し、あの老婆にこう言われた。『千年の空白はアダールランバに眠っている』とな。その空白を埋めにここまで来た──」
「少し待ってくれ。まずお前に聞きたいことがある」
「……何だ?」
「その紋章が本物なのは分かる。だがその黒い薔薇の紋章……まさか黒薔薇の使徒じゃないだろうな?」
紅色の瞳にやや輝きを灯し、こちらを軽く睨みつけてくるクレス。カムパナによって刻まれた黒薔薇の証。やはり黒薔薇の使徒に刻まれるものらしい。
「無理やり刻まれた。カムパナとやらを始末した時にな」
「……カムパナを倒したのか?」
「あぁこの手で始末した。お前もあの不敬女と同じように私を異例扱いして排除するか?」
私が遠回しに皮肉を述べるとクレスはしばらく険しい表情を浮かべる。そして自分の中で答えに辿り着いたのか、キリサメの顔を見つめて自己解決をした。
「あの頑固な姉からどうやって許可証を貰って、どうやって生き延びたのか。気になってはいたが……そうか、お前は
深い意味が込められた「キリサメだったな」という一言。クレスは瞳の輝きを元に戻すと、こちらに向けていた敵意を抑える。
「俺は頭の固い姉とは違う。取り敢えずその話を信用しよう。そもそも黒薔薇の使徒だったら
「……? それはなぜだ?」
「黒薔薇の使徒は異世界転生者を酷く嫌う。迫害された原因が異世界転生者だからな」
クレスは淡々と説明すると懐からスマートフォンとやらを取り出し、一枚の写真を画面に表示させ、私たちに見える形で木製の机に置いた。キリサメはスマホを平然と扱うクレスに呆然とする。
「話を戻そうか。さっき『千年の空白がアダールランバに眠っている』と言っていたが……半分正解で半分間違いになる」
「……どういう意味だ?」
「ひとまずこの地図を見てくれ」
スマホとやらに映し出されたのは古びた地図の写真。私もヴィクトリアから渡された地図を机に置く。見比べてみればほぼ同じ地形が描かれていたが、
「あれ、クレスさんの地図にだけ載ってる国があるような……?」
「……どういうことだ」
エメールロスタ、アダールランバ、アフェードロストの国を線で辿ったその中心。私の地図には描かれていない国が二つほどあった。
「左側の国が
アダールランバのある西側に位置するアモンアノール。エメールロスタのある東側に位置するアモンイシル。それぞれを指差したクレスは顔を上げ、私たちの顔を交互に見る。
「アモンアノールの旧称は『アダールランバ』で、アモンイシルの旧称は『エメールロスタ』……。俺が言いたいことが何となく分かるか?」
「……つまりこの国は第二のアダールランバで、私が求めている千年の空白はアモンアノールにあると?」
「あぁそうなるな」
「ならこの国に用はない。すぐにアモンアノールへ向かう」
そう言って部屋を出て行こうとすれば丁度扉が開き、紅茶や洋菓子を乗せた台車を運ぶラミが入室した。
「滅多に動かないラミが紅茶を淹れたのよ。飲んでいかないと許さないわ」
「……」
「ナイスタイミング。使用人さん、話はまだ終わってないぞ」
私が渋々元の位置まで戻ると、ラミは台車に乗せていた紅茶と洋菓子を配慮の欠片もない位置に次々と置く。使用人とは思えないほど作法がなっていない。
「ほら、紅茶でも飲みながら話を聞いてくれ」
私とキリサメは顔を見合わせ、クレスに促されるままティーカップへと口を付ける。そしてラミが淹れた紅茶を一口飲んでみたが、
「お、おいしいですね──」
「まずい、なんだこの泥水は」
「ちょいッ!? そこはお世辞でも美味しいっていうのが礼儀っていうもので……!」
茶葉の風味どころか、後味すらも最悪だった。恐らく茶葉を何種類も混ぜに混ぜて、それっぽく仕上げただけの代物。味を例えるなら馬車の車輪や人の足跡が残る地面に溜まった泥水。
「だろ? ラミの紅茶は本当に美味しくないんだ」
「ラミの紅茶は超大人向けよ。バカ皇子みたいなお子様には良さが分からな──」
「ご馳走様でした!」
不貞腐れるラミ。私はすぐにティーカップを机に置こうとしたが、キリサメは一気飲みをしてから空のティーカップを置いた。ラミとクレスは驚いた顔でその光景を眺める。
「その紅茶、全部飲まなくても良かったんだぞ」
「いや、なんていうんですかね……? 紅茶の淹れ方とかよくわからない素人の俺が、折角淹れてくれたのに残すっていうのは失礼っていうか……。多分ラミさんも手間をかけてくれたと思いますし、全部飲むのが礼儀かなって」
「言ったでしょバカ皇子。ラミの紅茶の良さは分かる人には分かるのよ」
少しだけ自信に満ちた様子でそう答えるキリサメの横で私はしばし紅茶を見つめてから、耐え難い味に堪えつつもすべて飲み干した。
「使用人さんも全部飲んだのか」
「……私は主人の姿を模倣しただけだ」
「アレクシア、お前……」
「だが味が泥水以下なのは変わらん。すぐにでも淹れ方を改善しろ」
私の言及に苦笑するキリサメ。それでも印象良く映ったのか、ラミとクレスの表情が少しだけ緩んでいるような気がした。
「それで、私を引き止めた理由は何だ?」
「今のアモンアノールへ向かうことが命を捨てる行為に等しいからだ」
「……どういう意味だ?」
「アモンアノールとアモンイシルは何十年も前に陥落している。吸血鬼たちの侵攻によってな。更に厄介なのが──」
クレスがスマホの画面をなぞると地図から洞窟の写真へと切り替わる。何の変哲もないただ洞窟に見えるが、
「大蛇の風穴か?」
「その通り、知っているんだな」
「エメールロスタの氷月騎士団の団長とやらに話を聞いた。風穴付近の村人や獣が姿を消しているとな」
「氷月騎士団の団長……。なるほどな、ローレンに教えてもらったのか」
私はエメールロスタで聞かされた大蛇の風穴だと勘付いた。クレスは顔見知りなのかローレンの名を上げると、続けて大蛇の風穴についてこう語り始める。
「このワケの分からない穴のせいでアモンアノールやアモンイシルへ近づけない。故郷を取り戻そうにも手も足も出ない状態が続いている」
「なぜ近づけない?」
「ある程度の距離まで近づくと身体が石のように固まるらしい」
「……お前は何を言っている?」
理解の及ばない説明に私が首を傾げるとクレスは「そう言われると思ったよ」とため息をつき、スマホの画面をなぞって次の写真を見せてきた。
「どう説明すればいいんだろうな。アモンアノールとアモンイシルを囲むように大蛇の風穴が無数にあるんだが……。それよりも先に進もうとすると、意識があるのに身体が動かなくなると言っていた」
「……その後はどうなる?」
「そうなったら手の施しようがない。アモンアノールとアモンイシルから『
「鉄の雨?」
「城壁から鉄製の武器が一斉に空へ放たれ、侵攻を目論む者たちへ雨のように降り注ぐ。だから俺たちの間では『鉄の雨』と呼んでいる」
その写真に映し出されていたのは地面に転がる鉄の槍や鉄の大剣。そして為す術もなく肉塊と成り果てた兵士たち。確かに身動きの取れない状態かつこのような凶器が降り注ぐ中で生き残るのは不可能に近い。
「その奇妙な現象は大蛇の風穴が関係しているはずだ。アモンアノールに行きたいのならまずはそこを解決しないといけない」
「……どうりであの老婆がこの国へ向かうよう促したわけだ」
ヴィクトリアは諸々の事情を知っていたからこそ、直接アモンアノールへ向かわせなかった。私は納得しながら机に置かれた地図を手に取る。再び求めていた真実が遠のいたことで、骨が折れると不満げな顔をした。
「けどこの第二のアダールランバにも古い資料が一部保管されている。求めている情報があるかは分からないが、地下の書庫まで見に行ってみるか?」
「あぁ、そうさせてもらう」
「分かった。この国を旅立つまで衣食住も提供しよう」
「えっ、いいんですか!?」
思わぬ提案に声を上げるキリサメ。私は妙に手厚い対応に疑念を抱きつつ、スマホを仕舞うクレスを細目で見つめる。
「……随分と気前がいいな」
「頑固な姉がお前たちにしたことへの詫びだ。後は色々と話したいことがあるのと……頼みたいこともちょっとばかしあってな」
「どうせその頼み事とやらが主な理由だろう?」
「ノーコメントだ」
クレスは視線を逸らして返答を誤魔化すと机に置かれた洋菓子を摘まんで、ラミにこう命令を下した。
「ラミ、空いている客室まで二人を案内してやってくれ」
「ラミの仕事はバカ皇子のお世話よ。ワンコのお世話は仕事のうちに入らないわ」
「あー……客人のお世話までしてくれたら、スマホで遊ばせる機会が増えるかもしれないのに」
「勤勉なラミに任せなさい。ワンコたち、ラミが部屋まで案内してあげるわ」
切り替えが早いラミ。キリサメはその様子を苦情交じりに見つめる。
「とりあえずは地下の書庫室に使用人さんが求めている情報があることを願おう。もしそこに無かったら……その時はまたアモンアノールへの道筋を考えればいい」
「……そうだな」
立ちふさがるのは新たな壁。私は地下の書庫とやらにある程度の情報が揃っていることを願いつつ、ラミの後に続き客室まで付いていくことにした。
「……まったく、とんでもない客人が来たな」
アレクシアとキリサメが応接間から出ていき、その場に一人残されたクレスはぼそっとそう呟く。そして重い足取りで窓際まで歩み寄ると城下町の景色を眺め、
「レベルは不明。血涙っていうワケの分からないスキル。ステータスもほぼSランク。あの使用人──環境破壊のインフレキャラだろ」
この世界に馴染みのない言葉を吐き捨てつつ、疲弊した様子で両肩を落とした。