ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:7『月の皇子』

 

「ここがワンコの寝床よ。好きに使うといいわ」

 

 俺とアレクシアがラミに案内されたのは隣接した二部屋。二部屋の扉の間にはフレデリカに乗せていた荷物が運ばれていた。

 

「……なぜ私たちの荷物がある?」

「あるのは当然よ。ガブ(・・)が運んでくれたもの」

「随分と手際がいいな。……まるで私たちが留まることを事前に把握していたのか、と思わせるほどには」

「そうね。ガブは配慮の紳士だわ」

 

 ガブって名前は多分、秋月騎士団の団長……ガブリエルさんの愛称みたいなものだろうか。俺がそんなことを考えていれば、アレクシアの言及に対してラミは冷静に言葉を返す。

 

「……一人一部屋貸し切れるのか?」

「ワンコには勿体ないけど……客人に貸す部屋は一人一部屋って決まってるの」

「なら私は左の部屋を借りる」

「んじゃあ俺は右だな」

 

 アレクシアが率先して左の部屋を選んだから俺は残された右の部屋。扉を開いてみると、向こうにはドレイク家の館に負けず劣らずの豪勢な客室が広がっている。

 

「この武装は……私が商人に運ばせたものか?」

「そうね。ゼンツァの商人から押収したものよ」

「なぜ私のものだと分かった?」

「ラミが知るわけないでしょ。詳しい話はあのバカ皇子に聞きなさい」

 

 廊下側で会話をする二人を覗いてみると置かれた荷物の中に、少し変わった大剣、大型のリボルバー銃、刃が赤色の短剣が紛れ込んでいた。これはゼンツァでアレクシアがアダールランバまで運ばせていたものだ。

 

ワンコ(・・・)に豪勢な部屋はやっぱり似合わないわね。冷たい石の床と汚れた石の壁がお似合いだわ」

「あのさ、なんでさっきから俺たちのことをワンコって呼んでるんだ?」

「グローリアの人間はみんなワンコだからよ」

「……私たちがグローリアの人間だと気が付いていたのか?」

「当然よ。ラミ以外のバカ皇子もガブも、ワンコがワンコだって知っているわ」

 

 俺たちがグローリアの人間だってバレている。どこかで情報が洩れているのかもしれないし、何か身体的な特徴があるのかもしれない。アレクシアも同じことを考えているみたいで、ラミを見つめ険しい顔をしていた。

 

「流石に部屋の案内はしくじらないか」

「ラミは瀟洒(しょうしゃ)を象徴する使用人だもの。これぐらい造作もないわ」

「素晴らしいな。部屋の案内をしただけで胸を張れる度胸が」

 

 そんな中でクレスが俺たちの前に姿を見せる。そして呆れながらラミへそんな言葉をかけると俺の方へ視線を送ってきた。

  

「キリサメ、お前と少し話したいことがあるんだ」

「えっ、俺と話がしたいんですか?」

「あぁ、できれば二人で話をしたいところなんだが……」

「私は地下の書庫に用がある。勝手にしろ」

 

 不安要素だと言わんばかりにアレクシアへ視線をちらっと向ければ、意図を察したのかクレスの横を通り過ぎ、ラミの前に立つ。

 

「ラミ、その使用人さんを書庫まで案内してやってくれ」

「分かったわ。……ラミについてきなさい新米ワンコ、地下まで案内してあげるわ」

 

 クレスに指示された通り、ラミが地下までの道を案内しようと歩き出す。ラミの後に続いてアレクシアが俺の横を通り過ぎようとした時、

 

「……気を抜くな」

「えっ?」

「あの男は──この世界の人間とは違う」

 

 たったそれだけ耳元で囁いてそのまま後方へと歩いていく。どういう意味なのかいまいち理解できず、しばし呆然としてしまうと、

 

「俺の部屋まで案内する。そこなら邪魔も入らない」

「あ、あぁはい。分かりました」

 

 声を掛けられたことで我に返り、俺はクレスさんの部屋まで向かうため、長い廊下を歩き始めた。

 

「今のグローリアはどんな国なんだ?」

「えーっと、暮らしやすい普通の国ですかね」 

「普通……? 昔と大して変わらないのか?」

「あんまり変わってないと思います。……多分ですけど」

 

 グローリアで暮らし始めてまだ半年も経っていない。どんな国かと聞かれても上手い答えなんて思い付かない。その結果、滅茶苦茶怪しい返答である『普通』という答えを返してしまった。

 

「入ってくれ。散らかっているのは目を瞑って貰えると助かる」

「し、失礼します」

 

 白の壁紙に赤いカーペット。隅には分厚い本が積まれたり、書類が雑に散らばっていたり、お世辞にも綺麗とは言えないクレスさんの部屋。俺は周囲を窺いながら、部屋へと足を踏み入れる。

 

「はぁ、そろそろ掃除しないとな……」

 

 クレスさんが閉め切っていたカーテンをずらせば、日の光が部屋へと差し込み、鮮明に映し出されるのは宙を舞った埃。

 

「好きな場所に座ってくれ。といってもその椅子ぐらいしかないか」

 

 クレスさんは積まれた本の上に何食わぬ顔で座り込む。俺は落ちている書類を踏まないように、近くに転がっている椅子へ静かに腰を下ろした。

 

「そういえばキリサメは貴族出身だったか。まだ若いのに税を多く徴収されたり、こんな遠いところまで来たりして大変だな」

「あの、どうして俺たちがグローリアから来たことが分かったんですか?」

「一目見れば誰でも分かる──」

 

 クレスさんはそう言って俺の足元までスマホを滑らせる。『一目見れば誰でも分かる』という言葉の真意を知るために、俺は視線を下してスマホの画面を確認してみると、

 

「──その動画(・・)を見ればな」

「……!」

 

 セシリアがグローリアにばら撒いた悪意の根源。アレクシアを吸血鬼に見立てようとする偽装動画が再生されていた。俺は思わず息を呑んですぐに顔を上げる。

 

「俺がお前と二人きりで話したかった理由は色々とあるが……。まずはその動画についてお前の口から説明してくれ。使用人さんがしてきたことが真実なのか、それとも嘘なのか」

「こ、この動画はあいつを陥れるために作られものです……!」

「真実か嘘か。その二択で答えてくれ」

 

 こっちに向けてくるのは鋭い目つき。クレスさんが俺たちを疑っていることは明白だった。

 

「嘘です! あいつは理由もなしに人を殺そうとはしない! 俺を殺したのもあいつじゃなくて、魔女の馬小屋のミネルヴァって人で──」

「分かった。その言葉を信じよう」

「……え?」

 

 必死に訴えかけて潔白を証明しようとする俺の言葉を遮って、信用すると言い切るクレスさん。あまりにも呆気ない返答に俺は拍子抜けしてしまう。

 

「俺もおおよそ察していた。その動画からは……底知れぬ悪意しか感じないからな」

「じゃあ、俺に聞いてきたのって……」

「当人に聞いてもやってないの一点張りをされるだけだ。だったら身近なお前に聞いた方が信憑性がある」

 

 クレスさんは俺の質問にそう答えた後、やっと本題に入れると言いたげな顔で、俺に真剣な眼差しを向けてきた。 

 

「キリサメ、お前()異世界転生者(トリックスター)だな?」

「……! っていうことは、やっぱりクレスさんも!」

 

 俺はその問いかけに思わず立ち上がって大声を上げる。スマホに手慣れていたり、口に出す言葉の節々、そして何よりも動画を理解していたこと。俺はもしかしたらクレスさんも異世界転生者ではないか、とずっと考えていた。

 

「あぁ俺もこの世界の人間じゃない。ただ少し変わっていてな」

「変わっている、っていうのは?」

「俺が転生したときはそのままの姿じゃなくて──アーネット家の子供として産まれてきたんだ」

「子供として、ですか?」

 

 クレスさんは軽く頷くと日光が差し込む窓へ視線を移し、ぽつぽつと自身の生まれについて語り始める。

 

「お前たちはそのままの姿でこの世界に来ているが、俺は気が付いたら赤ん坊だった。上手く言葉も喋れず、手足もまともに動かせない赤ん坊の姿でな。それから成長して……百年ぐらいはこの世界で暮らしてきた」

「百年? でもクレスさんは全然老いてないような……?」

不老(ふろう)の加護。成人を迎えた瞬間から老いることがない加護だ。雪月花全員に与えられている」

 

 百年以上生きてきた異世界転生者。同じ境遇で語り合える機会は滅多にないだろう。

 

「キリサメ、お前はどうやってこの世界に?」

「えーっと……俺は餅を喉に詰まらせた後、いつの間にかグローリアの町の中に立ってたんです。クレスさんは何をきっかけにこの世界へ?」

「仕事中に過労で倒れたのが最後の記憶だ。恐らく転生のきっかけはそこにある。それと俺のことをさん付けで呼ぶな。敬語も必要ない」

「……分かった。じゃあ、普段通りにするよ」

 

 きっかけは同じようなもの。しかしどこか違和感を覚えた俺は眉間にしわを寄せて、一度椅子に腰を下ろした。

 

「あれ、でもおかしい気がする。俺はそのまま転生したのに、どうしてクレスは赤ん坊の状態で転生を……?」

「……それについてなんだが」

 

 クレスは愛用しているスマホを手に取ると頭を悩ませている俺に歩み寄る。その最中、宙に舞っていた埃がクレスのコートに付着した。

 

「転生にも種類があるんじゃないかと考えている」

「転生に種類が……?」

「あぁ、そもそも俺は納得できないことが一つだけあるんだ」

「その納得できないことっていうのは……」

 

 そしてとある画像を一枚だけ見せてきた。そこに書かれているのは『転生型』と『転移型』という単語に、それぞれの言葉の意味。 

 

「お前たちが異世界転生者(トリックスター)と呼ばれている現状に対してだ。どちらかと言えば異世界転移者(いせかいてんいしゃ)に近いんじゃないか?」

「やっぱり、やっぱりおかしいよな……! 俺も前からおかしいと思ってたんだ! 転生なのにそのままの格好だし持ち物もそのままだしさ! 転移って言われてしっくり来たよ!」

 

 クレスにそう言及されて俺の脳裏に過るのはシメナへ向かう前の招集。アレクシアと馬車の中で交わした会話。

 

『俺がこのスマートフォンを持っているっていうのもおかしい。シャーロットの話では俺以外の異世界転生者も全員このスマホを持っていたって言ってたし。転生者なのに前世の道具を持っているなんて、これじゃあまるで──』

『転生してきたわけではなく、異世界にそのまま連れて来られた……と?』

 

 アレクシアは転生者だからこそ、転生するときはクレスのようにゼロからスタートだった。けど俺は異世界転生者と呼ばれているのに、前世と同じ状態でスタートしている。どうもその矛盾点がずっと引っかかっていた。

 

「だから俺は異世界に来た人間を二種類に区別している。その二種類は『転生型』と『転移型』だ。更にその中身にも種類がある」

「その種類っていうのはさ、どんなのがあるんだ?」

「今からの話はすべて俺の仮説であることを踏まえて聞いてほしい」

 

 クレスはスマホの画面をスライドさせると『順行』と『逆行』と書かれた画像を見せてくる。

 

「まず転生型にも転移型にも必ず『順行(じゅんこう)型』と『逆行(ぎゃっこう)型』の二種類が存在する」

「順行と逆行……?」

「言葉の通りだよ。順行なら未来へ、逆行なら過去へということだ」

 

 順行は未来へと進み、逆行は過去へと遡ること。クレスは次に『転生型』と『転移型』から更に分裂した画像を見せてきた。

 

「俺たちは産まれたときに『転生型』か『転移型』かが決まり、そこから『順行型』か『逆行型』へ更に分裂して決まっていく。つまり四つのいずれかの性質に当てはまると仮定しよう」

 

 四つの性質っていうのは『転生型の逆行型』とか『転移型の順行型』とかだ。俺の場合だと『転移型』の順行か逆行のどちらかになる。ふと視線を下にずらせば、画像のした方に書かれているのは『死』という単語。

 

「俺たちはその性質を『死』というトリガーをきっかけに発現する。証拠として俺もお前も死んだはずだ」

「あぁうん。けどさ、その仮定が本当だとして……俺たちの世界で一度もそういう話とか聞いたことないよな?」

「当然だ。死人に口なし、異世界に連絡手段なしだ。それに時代の違いも原因の一つだろうな」

「確かに、それはそうかも……」

 

 クレスの仮説は信憑性が高い。俺が納得する素振りを見せているとクレスは次の画像へとスマホの画面をスライドさせる。

 

「じゃあさ、何で俺とかクレスに前世の記憶があるんだ? 普通は全部忘れて次の人生を辿るはずだろ?」

「……そこが最も重要な話になる」

「ん? どういうことだ?」

「前世の記憶を継いでいる理由。俺にも詳しい理由は分からない。けど四つの性質の根源──」

 

 次なる画像に描かれていたのは『記憶の継承』『肉体の強化』という箇条書き。俺はゆっくりと視線を上げ、何について書かれているのかを目にし、

 

「その根源ってまさか……」

「──そう、ReinCarnation(リンカーネーション)が関係していると睨んでいる」

   

 俺は顔を上げて目を丸くしつつクレスの顔を見た。転生者として吸血鬼と戦い続けるリンカーネーション。例として上げるならアレクシアやカムパナ。

 

「確証は何もない。この世界が俺たちの世界とはまったく別の世界なのか。それとも遠い過去の世界なのかを確かめない限りは。……それに全員が全員前世の記憶を継いでいないからな。俺たちの世界にそんなやつはいなかった」

「……」

「だがリンカーネーションの性質を受け継いだ者も稀に存在する。そう考えれば多少は説明がつくはず。……とまぁ、これが俺の考えていた仮説だ」

 

 クレスの仮説をすべて聞き終えた俺はしばし口を閉ざして考え込む。すべてが正しいとは思わない。けど納得できる箇所も多数存在したからだ。

 

「なぁクレス」

「どうした?」

「俺はさ、この世界に来た異世界転生者を助けたいんだ。できれば元の世界に返してあげたいし、俺も元の世界に帰りたい。……何か方法とか、あったりしないのか?」

 

 脳裏を過ったのは魔女の馬小屋で利用される異世界転生者たち。もう何百人もの犠牲者を出したくない。俺はダメもとでクレスにそう問いかけてみる。

 

「ギャンブルになるが……たった一つだけ残された道はある」

「本当かクレス……!? その方法を教えてくれ──」

「同じように死ぬことだ。自分の性質を『転移型の順行』か『転移型の逆行』に変えてな」

「う、嘘だろ? もっと他に方法とかは……?」

「すまないが俺でも思い付かない。ただ一つだけ言えるのはこの方法は試すべきじゃない。この世界が過去なのか未来なのか。この世界がまったくの別世界なのか。確証がない以上、試すのはあまりにもハイリスクすぎる」

 

 百年以上もこの世界で暮らしてきたクレス。きっと何度も帰る方法を考えていたに違いない。そんなクレスでも思い付かないという事実が、俺の表情を自然と曇らせてしまう。

 

「それと話は変わるが……あの使用人さんの動画について断言できることがある」

「断言できること?」

「あの動画はスマホで編集されたものじゃなくてパソコンで編集されたものだ。恐らく吸血鬼たちは異世界の技術と人間を着実に取り込んでいる」

「そんな機械までこの世界にあるのかよ……? 前に奇術(トリック)が使える異世界転生者が、何人か吸血鬼の本部に送られたとは聞いたけどさ」

「……奇術か」

 

 クレスは含みのある言い方をすると俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。何か顔に付いているのかもしれない。俺は右手で顔を触ってみたりするけど、クレスは表情一つ変えないまま。

 

「クレス、さっきから俺の顔をじっと見てるけど……。どうしたんだ?」

「キリサメ、お前は自分の奇術を把握しているか?」

「えっ? あぁいや、奇術の性質が『変化』っていうのを知ってるだけだな」

「俺には奇術が二つあるんだが……その一つが透視の性質を持つ『機械的(きかいてき)観察(かんさつ)』っていう奇術だ。相手を見ると能力や能力値がゲームのステータスのように映し出される」

 

 ゲームのステータス。どうやらクレスの視界には体力や魔力や筋力みたいなものが映るらしい。

 

「お前の使用人さんは血涙ってスキルを持ってるんだろ。ステータスもほぼ評価はSランク。最初に見たときは驚いたよ」

「クレスからしてもあいつはやっぱり異常なのか?」

「異常というか、調整ミスというか……。色んなやつを見てきたけど、あの使用人さんは色んな意味で壊れてる。特に吸血鬼と人間のハーフっていうのはな」

 

 一度も口にしていないのに血涙やアレクシアの肉体について知っている。クレスの『機械的な観察』という奇術は相手をかなり事細かく見極められるらしい。

 

「だからお前の奇術も俺の目には見えてるんだ」

「そうだクレス! 俺の奇術を教えてくれ! 正直なところ、奇術ってどう使えばいいのか俺にも分からなくてさ! 名前だけ知ることができればヒントになるかも!」

「……本当に、知りたいのか?」

 

 これからアレクシアの力になれるかもしれない。そんな希望を抱く俺に反して、クレスは神妙な顔を浮かべる。

 

「知りたいのかって……。そりゃあ知りたいに決まって──」

「キリサメ、単刀直入に言う。お前は自分の奇術を知るべきじゃない」

「知るべきじゃない? それはどうして?」

「まず一つ目にお前の奇術は常時発動している。そして二つ目にお前の奇術はあまりにも壊れ過ぎている。そして三つ目にこの奇術を理解した時──お前は多分後悔するからだ」

 

 クレスの顔を見ればすぐに理解した。俺のことを気遣った上で知るべきではないと説得しているんだ。

 

「クレス、でも俺は知りたい。後悔してもいいから……自分の奇術について理解しておきたいんだ」

「……いいんだな?」

「あぁ! どんとこい!」

 

 暗い雰囲気にならないようにわざと明るく振る舞う。それでもクレスは表情を曇らせたまま俯き、しばらく口を閉ざすと軽く頷いて顔を上げた。

 

「キリサメ、お前の奇術は──」

「『主人公補正(しゅじんこうほせい)』」

 

 俺の声でもなくクレスの声でもない。聞き覚えのある女性の声。クレスは自身の部屋の隅へすぐさま視線を向ける。

 

「そうでしょ──紅葉の秋月さん?」

「お前は、原罪の……ッ!!」

「なるほどな。あいつが噂の原罪か」

 

 影に溶け込んでいた肉体が徐々に姿を現し、俺たちの前に立っていたのは五ノ罪のNina(ニーナ) Abel(アベル)。魔女の馬小屋でアレクシアと戦っていた原罪。

 

「キリサメ・カイト。あんたの奇術は周囲を巻き込む最低最悪の奇術なのよ」

「は、はぁ!? どういうことだよ……!?」

「……キリサメ、お前の奇術はその名の通りの力なんだ」

「その名の通りって……」

 

 嘲笑うように俺を見下すニーナと向かい合うクレス。俺は奇術の詳細が見えてこず、間抜けな顔を浮かべていた。

 

「主人公は死ぬことがない。その常識をなぞる力が『主人公補正』だ。つまりお前の奇術は迫りくる死を跳ね返す力」

「死を、跳ね返す? 俺の奇術がそんな強力なものなんて──」

「あははっ、あんた何にも理解してないのね?」

 

 俺を馬鹿にするような笑い声を上げるニーナ。両手の指と指の間に紅色の杭を具現化させ、不敵な笑みを浮かべて首を傾げた。

 

「跳ね返した死はどこに行くのかしら?」

「えっ? そのまま消えるんじゃ……」

「消えるわけないじゃない。奇術で跳ね返した死は──周囲の人間に向かっていくのよ」

「……は?」

  

 そう言われて思考が停止する。言葉の意味を素直に受け取るなら俺に死が迫った時、周囲の人間が代わりに死ぬ。そう言っているようにしか聞こえない。

 

「あんたが脇役だと認知した相手から死んでいく。理解できるでしょ? 今まであんたの周りで死んでいった奴らを思い出してみれば」

「そんな、はずは……!」

「地下での本試験。アストラでの実習訓練。ドレイク家の派遣任務。シメナ海峡の船旅。魔女の馬小屋の死闘。全部、全部、全部! あんたの奇術が、周囲の人間を殺したのよ!」

 

 本試験で子爵に殺された候補生や友人の伊吹圭太。実習訓練のアカデミーの生徒。ドレイク家の派遣任務で出会ったレイモンドさんと俺を庇ってくれたシビルさん。シメナ海峡で行動を共にした船員たち。魔女の馬小屋で最後にメルを母親として庇った魔女。

 

「俺が、俺の奇術が……みんなを、殺した……?」

 

 アレクシアの力に頼ってはいたけど、よくここまでやってこれた。そう自負していたのに、結局は奇術のおかげで死んでいないだけ。誰かに死を押し付けて、生き延びてきただけ。

 

「で、でも俺は死んだだろ!? ミネルヴァにナイフで刺されて、一回死んでいる! お前だってその光景を見たはずだ!」

 

 希望となる矛盾点。それは魔女の馬小屋で俺が一度死んでいること。あの時、奇術は死を跳ね返していない。

 

「あぁ面倒ね。面倒なぐらい物分かりが悪いわ」

「は、はぁ?」

「私があんたの前に現れた。これだけで何となく分かるでしょ?」

 

 ニーナはあの場にいて、今もこの場にいる。共通するのは俺を殺そうとしていること。俺はすぐにすべてを悟った。

 

「まさか、お前は奇術を無効化する力を持って……!」

「正解。災厄の芽になる前にあんたを殺しに来たの」

「どうりでノイズ塗れなわけか」

 

 原罪が持つ特殊な力である災禍。ニーナの災禍は奇術を無効化する。クレスは半目になりながら日光が差し込む窓へ一瞬だけ視線を向けた。

 

「何の力も持たない。満足に戦えもしない。唯一できることは感情的になって叫ぶことと、他人に死を押し付けることだけ。生きてる価値なんて何一つないわ」

「ち、ちがっ、違う……! 俺は、俺のせいじゃ!」

「ねぇあんた──今すぐ死んだ方がいいわよ」

 

 心臓の鼓動が早まり、汗が止まらなくなる。後退りをして本棚に背中をぶつけ、埃塗れの本が頭に落ちる。ニーナは言葉で追い詰められ、考えることすらままならない。

 

「にしても……ノックも無しに入室した挙句、まだ青い高校生を追い詰めるなんてな。年長者っていうのは恐ろしい」

「薄汚れた物置(・・)にノックは不必要だけど、そのろくでなしには事実が必要でしょ?」

「だったらその薄汚れた物置で茶会しながら将来設計図でも組むか」

「素敵なお誘いね。けど茶会の前に掃除(・・)が必要だと思わない?」

 

 けどクレスは一切動じずに俺を庇おうとする形でニーナを睨みつけ、呼吸が困難になりそうなほど重苦しい空気へと一変した。

 

「させるはずないだろ。お前はさっき『災厄の芽になる前に』と言ったからな」

「あー……」

「言葉の裏を返せば、キリサメの奇術が将来的に吸血鬼の天敵となるという意味だろ? だったら俺に残されたのはその天敵を死守する択だけだ」

「あぁー……」

 

 クレスのその一言でニーナが口を開けて天井を見上げた瞬間、舞っていた埃と本棚が小刻みに揺れ始めた。

 

「面倒、面倒だわ。面倒なのは嫌いなのよ。言葉の裏を取ろうとするやつが特に嫌い」

「お前の顔を見れば嫌でも分かる」

「いいから退け、クレス・アーネット。あんたごとここで殺っても──」

 

 ニーナの声が窓ガラスの割れる音で遮られ、飛び込んできた一つの影。白色のコートを羽織り、両刃の剣を振り上げた──秋月騎士団の団長ガブリエル。

 

「ノックもなしにすまないね、クレスッ!」

「いいや、派手なノック音で分かりやすい限りだ」

 

 ガブリエルさんが振り下ろした剣を受け止めるニーナ。その光景を目にした途端、クレスは俺の腕を引いて部屋を飛び出す。

 

「クレス、ガブリエルさんが……!」

「心配するな。あいつは頼れる団長だぞ」

「けどさ、あの原罪が相手じゃ……!」

「いいから城の中庭まで走れ。今はガブを信じるんだ」

 

 後方から聞こえる様々な衝撃音。その激しい死闘に背を向けて、俺はクレスと共に城の外まで走り続けた。

 

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