ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:12『花の皇女』◎

 

「お前が氷の皇女と月の皇子の妹か」

「はい、そうです。兄様と姉様ご自慢の妹ですよ」

「自信に満ちてるな」

「ふふふっ、だって本当ですから」

 

 華麗にお辞儀をするとミールは誇らしげに微笑む。私とロックは視線を交わし「この女は面倒な類だ」と互いに確信していると、

 

「ミ、ミ、ミール様ぁっ! ぜぇぜぇっ……や、やっと見つけましたよぉっ!」

 

 息を切らした使用人がミールの元まで駆けつけた。波がかかった鼠色のぼさぼさの髪。前髪で紫色の瞳を持つ左目が隠れているが、前髪の下は更に包帯で覆われている。よく見れば両手両足にも包帯が巻かれているようだった。

 

「もぉ、ヤミちゃんったら! 私、あなたのこと探していたのよ?」

「さ、探していたのはっ……わ、私の方ですってぇっ! 目を離したら、すぐにどこかに行ってしまわれるんですからぁっ!」

 

 おどおどした態度ながらも口調を荒げるヤミという使用人。ミールは首を一瞬だけ傾げるとすぐにヤミへ微笑みかける。

 

「あら、そうだったの? ごめんなさい、面白いものが沢山あったからつい独り歩きしちゃって♪」

「し、しちゃってじゃないですよぉ! ミ、ミール様に何かあったら……わ、私が他の雪月花の方々に……しょ、処刑台で生首にされて──ひ、ひぃいぃいっ!?!」

「そうだわ。折角だからあなたたちに紹介しましょ。この子は私のお友達のYami(ヤミ) Blain(ブレイン)ちゃんよ。とっても素直でいい子なのよ」

 

 一人で勝手に被害妄想をして首を押さえながら悲鳴を上げるヤミ。そんなヤミを気にせず、何食わぬ顔で紹介してくるミール。ロックは呆れた様子で頭を掻いた。

 

「素直とイイ子でプラス七十点じゃん? ヒステリック(・・・・・・)でマイナス五百点じゃん? んだから、俺ん中ではマイナス四百三十点だ」 

「あら、素敵じゃない。後は加点していくだけね」

「わりぃが加点することはまずないぜ。俺は『減点方式』を採用してるんでね」

「口を塞いでいろ。話がややこしくなる」

 

 下らない会話をする時間はない。私は調子に乗るロックを黙らせてミールと再度視線を交わす。

 

「私は城内の書庫に用があってこの国まで出向いた。お前の兄から私が求めている情報があると言われてな」

「情報……?」

「私たちは転生者だ。情報を求めるワケは記憶の穴を埋めるため」

「あら、失礼しました。あなたたちは転生者でしたのね」

 

 転生者の存在を認知しているようでミールはすぐに納得する。そして未だに被害妄想をするヤミの両肩に手を乗せた。

 

「転生者の皆様、私が城内を案内します♪」

「「……」」

「あ、あのミール様……? お、お忘れでしょうか? しょ、書庫は今日の朝──」

「ほら、ついてきてください♪ 美味しいお茶(・・)と作り立ての和菓子(・・・)も用意しますから♪」

 

 黙り込んでいる私とロックに笑顔を向けながらヤミの肩を押して歩いていくミール。随分とご機嫌な様子に私たちは真顔でお互いに視線を交わす。

 

「なぁ相棒、あいつがどう見えた?」

「……関わると面倒事を運んでくる類に見えたな」

「激しく同意だ。ありゃでけぇ爆弾抱えてくるぜ」

 

 長居は避けた方がいい。私たちは長年の勘でそう悟るとミールの後を付いていく。

 

「あらミールちゃん。今日はお出かけかしら?」

「ええ叔母様。城下町の皆様に挨拶をしていたの♪」

「おっ皇女ちゃん! この間は俺の娘と遊んでくれてありがとな! おかげで毎日毎日『ミールお姉ちゃんはいつ来るのか』って詰められちまってさ!」

「いえ、私も素敵な一日を過ごせたので♪ 娘ちゃんには『また遊びに行くわね』って伝えておいてください♪」

 

 城までの道のりで城下町の民衆と顔を合わせるたびにミールは声を掛けられる。皇女と平民の差を感じさせない距離感から、ミールが民衆に慕われていることが明白だった。

 

「……だいぶ違うな」

「んあ? 違うってのはクレスんとこと比べてって話か?」

「あぁ、そもそもあの皇子も氷の皇女も……城下町に顔すら出していない。民衆との距離もここまで近くはなかっただろうな」

 

 雪月花ごとで明確に違う皇族と平民の差。例えるならスノウは生まれの差があれば『立場も人間の価値も異なる』という認識。クレスは『立場は異なるが人間の価値は同じ』という認識。

 

「んならあいつは『コミュ力お化け』ってことかよ?」 

「……皇女としての自覚がない可能性もある」

「すげーイイ国じゃねぇか。みんなイイ子で仲良く過ごせるんだろ?」

 

 最後にミールは『立場も人間の価値も同一である』という認識。城下町の平民と自分は何ら変わりないという意識があるのだろう。

 

「お前のような『悪党かぶれ』がいなければな」

「相棒、ちげぇんだなそれが。善の敵ってのは悪じゃねぇ」

「善と悪を混合させた存在とでも言いたいのか?」

「おぉ分かってんじゃねぇか。今すぐ結婚してヤりてぇな」

「……見え透いた煩悩だ」

 

 口癖のように求婚してくるロック。私はそんなだらしない態度から視線を外し、ミールの後に続いて城門を潜る。

 

「これは──すべて(サクラ)の木か」

「あぁこりゃあ立派なもんだ……。最期にEldorado(エルドラド)で見た以来だな……」

 

 城門を潜り抜けると視界を遮るのは桃色の花吹雪。(ひづめ)にも似た小さな花弁が微風に撫でられ、木々の枝からひらりひらりと舞い踊る。その光景にロックはやや見惚れているようだった。

 

「素敵な花でしょ? この(サクラ)たちは私のお気に入りよ」

「サクラはエルドラド大陸のみに生える木だ。わざわざ移植したのか?」

「アフェードロストの建国記念に『とあるお方』から苗木を貰ったの。その苗木をコツコツ育てて……少し前に花が咲いたばかり」

 

 桜の木々に囲まれた道を通り抜けて城内へと足を踏み入れる。アダールランバとは違い、城門から城内まで数人の使用人とすれ違った。花瓶や絵画の細かい箇所まで掃除も行き届いている。

 

「お~い、ミルミル~!」

 

 アダールランバから出ていった使用人がこの国へ流れてきたのか。私がそう考えていると金髪の女が前方から千鳥足で歩いてくる。年齢は二十代後半。しわが付いただらしない薄着に、ぼさぼさの髪。加えて片手には酒瓶。まさに酔っ払いと呼べる女。

 

「あら、おはようございますYuriel(ユリエル)さん」

「あぁ~い! おはよーさぁんっ!」

「ふふっ、今日も朝から『Sake(サーキー)』を飲んでいるのね」

 

 恐らくはエルドラド特有の製法で醸造(じょうぞう)された『Sake(サーキー)』と呼ばれる酒。ユリエルと呼ばれた女は片手の酒瓶をミールの前に突き出す。

 

「ひっくっ……飲まないとやってられねぇーってことさぁ! ミルミルも一杯どうだぁ?」

「まだ昼頃なので私は遠慮しておきますね。あっ、晩酌なら大歓迎ですよ♪」

「あぁそうかぁ……あっんんーー? ミルミル、だれだそいつらぁ?」

 

 ユリエルは誘うを断られると私とロックの前までふらふらと歩み寄ってきた。酒の臭いが口元から漂い、アルコールが回った赤い頬が間近に映り込む。

 

「素敵なお客様です。今から書庫まで案内しますの」

「ひっくっ、うぇっ……お客様だぁ?」

「……」

「あんたイイ男だなぁおい~! そんでこっちのは……あぁー? んっ、なんだこいつの臭い?」

 

 臭いを嗅ぐように私とロックの間に割り込むユリエル。ロックは平然とその姿を見下ろし、私は視線を逸らし無言を貫き通していたのだが、

 

「あぁ? なんか吸血鬼の臭いがしねぇかぁ?」

(……この女)

 

 何食わぬ顔で私のスカートの中に自分の顔を突っ込むとそう告げてきた。ユリエルという女は吸血鬼の臭いを嗅ぎ分けられる。しかもこの酒の臭いに塗れてる中で。この女は随分と鼻が利くらしい。

 

「……吸血鬼共がここにいるはずがない。お前が酔っているだけだろう」

 

 私の肉体に吸血鬼の血が流れていることが発覚すればややこしいことになる。そう考えるとユリエルの勘違いだと伝えた。

 

「んなことあるかーいっ! あたしの鼻は、すっげぇ信用できるんだってぇ!」

「あらあら、ユリエルさんったら……。この城に吸血鬼がいるわけありません」

「けどミルミル~! こいつから同じ臭いすんだよ──」

「吸血鬼だったら──私がもう殺して(・・・)いますから」

 

 悪意のない微笑みでユリエルにミールはそう答える。清々しいほどの自信に私は思わず視線を上げた。

 

「……物騒だな」

「ふふっ、この世界に素敵な吸血鬼さんなんていません。なので素敵じゃない方々には早く消えてもらって……この世界をより素敵にするべきです」

「お前、本性出てねぇか?」

「転生者様、私は仮面を被らないのでご安心を♪」

 

 語り続ける最中、ミールは吸血鬼に対して僅かに殺気を漏らしていた。その殺気に込められていたのは怒りと憎しみ。私は先ほどの発言からそれらを感じ取る。

 

「んだよぉミルミル~! あたしの鼻を信じてくんないのかぁ~!」

「チッ、おい酔っ払い。こいつは俺の女だ。ソコに顔突っ込んでいいのは俺だけ──」

「お前は何を言っている?」

 

 私は舌打ちをしたロックにそう言うとスカートの中へ潜り込んできたユリエルを突き放す。ミールは微笑ましい光景だと咎めず、ヤミは関わりたくないと俯いている。そんな絶妙な空気感の中、

 

「あ、姉上……! そこで一体何をしているんですか!?」

 

 騎士団の制服をまとった水色髪の若い男が駆け寄ってくる。歳はまだ十代半ばほど。私たちの顔色を窺いながらユリエルに呼びかけることから、気配りができる性格なのだろう。

 

「おぉ、オトートよぉ~! 姉上はミルミルのたいせーつなお客様におもてなしをしていたのだよぉ!」

「うっ、酒臭い! これ、いつものパターンだ。絶対にミール様たちへ迷惑かけてる……!」

 

 ユリエルの弟はその場で片膝を突きながら私たちの方へ身体の向きを変える。

 

「ミール様の客人方、大変申し訳ありません。姉上の無礼の数々、花月(かげつ)騎士団Raphael(ラファエル) Alford(アルフォード)の謝意に免じてご容赦頂けないでしょうか」

「へ~、んじゃあ頼んだらなんかしてくれたりすんの?」

「はい、何なりとお申し付けください。私に尽くせることであればどのようなことも──」

「んじゃあお前の姉上斬り殺してみろよ」

 

 ロックが不意に放った一言。ラファエルは一瞬だけ思考を停止させるとすぐさま鞘へと手をかけようとし、

 

「──ッ!」

「……落ち着け」

 

 私がその手を掴んで阻止した。ロックは本気で斬り殺そうとしたラファエルの肩に手を置く。

 

「そーだ落ち着けって。本気にすんなよ騎士の坊主。今のはただの冗談で──いっとぅあッ!?」

 

 私は面倒なことを口走ったロックの尻を思い切り蹴り上げると、ラファエルとゆっくり視線を交わした。

 

「謝意を求めた覚えはない。そいつを連れて失せろ」

「は、はいっ! 寛容なお心に感謝いたします! 姉上、行きますよ!」

「んえぇ~!? あたしはまだミルミルのお客様と一杯やってない~!」

「つべこべ言わない! そもそも朝から飲むのはダメって言ったのに、なんで姉上はいつもいつも──」

 

 ラファエルはぶつぶつと文句を述べつつ、千鳥足のユリエルを引きずってどこかへ去っていく。

 

「ふふっ、素敵な騎士団長でしょ?」

「……どちらが騎士団長だ?」

「ラファエルくんが今の騎士団長で、ユリエルさんは元騎士団長。切磋琢磨するぐらい仲が良い姉弟なの」

「ていうかよ、ここには騎士団なんてあんのか?」

「はい、アフェードロストの守護者たち──それが花月(かげつ)騎士団です。元々は一つの騎士団でしたが……雪月花の瓦解で三つに分裂しました」

 

 エメールロスタの氷月(ひょうげつ)騎士団。アダールランバの秋月(しゅうげつ)騎士団。アフェードロストの花月(かげつ)騎士団。元は一つの騎士団だったと語るミールの顔はどこか曇っている。

 

「あら、ごめんなさい。暗い話は無しの方がいいですね。もっと素敵なお話をしましょ。例えば……転生者様の歩んできた武勇伝とか!」

「そんなものはない」

「ふふっ、遠慮なさらず。私はお話を聞く(・・)のも好きなの」

「わかんだろ皇女さま。俺らは話す(・・)のが嫌いなんだよ」

 

 そんなやり取りを交わしていれば地下室への階段前まで辿り着いた……が、二人の騎士らしき女が何故か見張りをしていた。

 

「ミール様、地下室へ何か御用でも?」

「ええ、大切なお客様が地下の書物を読みたいらしくて」

「それは……少し難しい話かと」

「あら、どうして?」

 

 険しい顔つきをする女の騎士たち。ミールが首を傾げているとヤミが「あ、あの」とおそるおそる右手を挙げて、こちらへと振り返った。

 

「ち、地下室には……お、大きな蛇がいるんです……」

「蛇だと?」

「きょ、今日の朝……ち、ち、地下室に用があって……。の、覗きに行ったら……ひ、人なんか丸呑みできちゃうぐらい……お、お、大きな蛇がい、いたんですっ!!」

「ヤミちゃん、私はそんな話──」

「は、話しましたよぉ! 話したら『素敵な夢を見たのね♪』って全然信じてくれなかったじゃないですかぁ!」

 

 ヤミは声を荒げてミールに訴えかける。その光景を目にしながら私とロックは顔を見合わせた。

 

「私共で念の為にと二人の騎士を先ほど偵察に向かわせましたが……」

「……? 何かあったの?」

「はい、未だに戻ってこないのです。音沙汰もないままあれから一時間ほど経過していまして……」

 

 戻ってこない二人の偵察騎士。その話を聞いて息を呑んでいるヤミ。そんな最中、私たちは見張りの横を通り過ようとする。

 

「お待ちください! 地下室は今──」

「だからどうしたってんだ? 俺は蛇の一匹や二匹にビビッて足を止めるなんざ御免だ」

「て、偵察しに行った騎士も……き、きっとあの大きな蛇に襲われたんですよぉ! ち、地下室は暗いし危険ですぅ……っ!」

「ならその蛇とやらを始末すればいい」

 

 見張りの騎士とヤミに止められるが私とロックはそのまま地下室へ足を踏み入れた。するとミールが「素敵な考えね」と私たちについて来ようとするのだが、

 

「ミール様を地下室へ向かわせるわけにはいきません。私共の命に代えても止めさせて頂きます」

「あら、それは残念……。それじゃあヤミちゃん、転生者様を書庫まで案内してあげて♪」

「え、えぇえぇええぇえっ!?! わ、わわわ、私がですかぁ!?」

「そうよ。この城の地下室って少し迷いやすいから……とっても詳しいヤミちゃんが適任だと思ったの♪」

 

 ミールには悪意も何もない。かといって恐怖心を抱くヤミを敢えて選んでいるわけでもない。単に詳しいからという理由でヤミを私たちに同伴させようとする。

 

「む、むむむ、無理です無理です無理ですっ!! きょ、今日の朝だって、大きな蛇から命からがら逃げてきたのに──」

「じゃあ尚更安心です♪ もし何かあってもヤミちゃんと逃げれば帰ってこれるってことですから♪」

「な、何を頓珍漢(トンチンカン)なこと言ってるんですかぁ!? に、逃げてこれたのは運が良かっただけですってぇッ!!」

「ヤミちゃん、転生者様の案内を頼みました♪」

「ち、違います違うんですミール様ぁっ!! 前から言ってるじゃないですかぁ!! それは頼んだ(・・・)って言うんじゃなくてぇ!!」

 

 両肩に手を置いてヤミをこちらまで連れてくるミール。入り口まで足を踏み入れた途端、恐怖のあまり逃げ出そうとしていたが、

 

「ただの押し付け(・・・・)って言うんですよぉっーー!!」

 

 笑顔で送り出すミールの姿を最後に地下室への扉がバタンッと勢いよく閉められた。

 

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