ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:13『アナコンダ』

 

「ミール様ぁっ!! あ、開けてくださいぃいぃっ!!」

 

 閉められた扉を恐怖に震えた拳で何度も叩くヤミ。しかし扉が開く気配はなく、向こう側からは励ましの声すら返ってこない。

 

「相棒、この捨て犬どうすんだ?」

「放っておけ。私だけ(・・・)で十分だ」

「あぁ? 俺、抜けてねぇか?」

 

 必死の形相のヤミをその場に置いて私たちは階段を下ろうとする。一寸先は暗闇に包まれ、明かりとなる光源は一つもない。

 

「何か照らせるものは?」

「ほらよ、ご所望なのはこいつだろ」

 

 ロックに問いかけると取り出して見せたのは黒色のスマホ。光源を付けたり消したりを繰り返し、私に堂々と見せつけてくる。

 

「なぜスマホとやらを持っている?」

「だってすげぇ便利じゃん」

「……お前に扱えるのか?」

「そりゃ扱えんに決まってんだろ。……こうやってな」

 

 鳴り響くのは短く乾いた音。周囲を照らすのは一瞬だけ点滅する光源。ロックが見せてきたスマホ画面には使用人の衣服を纏った私の姿が写っていた。

 

「おっ、イイ感じに可愛いじゃん。ホーム画ってやつに設定しとくか」

「今すぐ消せ」

「んじゃあ結婚してくれたら消してやるよ──」

「あ、あ、あのぉっ!!」

 

 ロックが下らない条件を提示しようとした瞬間、ヤミがこちらへ呼びかけてくる。私たちは会話を止め、ほぼ同時にその場を振り返った。

 

「あ? どうしたんだ捨て犬?」

「ち、地下室に行くのはやめて……。こ、ここから力を合わせて逃げませんか? さ、ささ、三人ならこの扉もこじ開けられると思いますしぃ!」

「話を聞いていなかったのか? 私たちは書庫に用があると言ったはずだ。お前一人でどうにかしろ」

「んじゃ、後はファイトだ捨て犬」

 

 協力を求めてきたヤミにそう吐き捨て私たちは階段を一段下りる。だが諦めがつかないヤミは私たちの衣服を左右の手で掴んできた。

 

「じょ、じょじょ、冗談ですよね? お、大きな蛇がいるんですよ? た、食べられるかもしれないんですよ?」

「アホ、食われる前にこっちから喰らうんだよ。食物連鎖の頂点に立ってる俺ら人間様でな」

「む、無理です無理ですってぇ! あ、ああ、あんなのと戦うなんてぇ……ッ!!」

「時間の無駄だ。いいからその手を離せ」

「あっ……! ま、ままま、待ってくださいぃいぃ!!」

 

 私とロックはヤミの手を振り払い、一段ずつ階段を下っていく。後方では震えたヤミが私たちを見下ろしている。その姿を横目にして地下室まで向かった。

 

「おい相棒、ちゃんと前が見えんのか?」

「あぁ、多少は目が利くからな」

「へー、吸血鬼の瞳ってのはすげぇんだな」

 

 スマホの光源と暗闇を多少見通せる吸血鬼の瞳。この二つが揃えば明かりのない地下室でも不自由なく動ける。

 

「んぁ? 早速分岐に来たみたいだぜ。……どうすんだ、二手に分かれるか?」

「いや、分かれる必要はない。あの使用人が話していた『蛇』とやらを始末するまではな。まずは左の通路を確かめる」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか相棒。俺も一生一緒にいたいぜ」

「この世に一生(・・)なんてものは存在しない」

 

 左の通路へと曲がると私たちは真っ直ぐ歩を進めた。薄汚れた石の床に石の壁。張り付いた蝋燭の炎は消え、代わりに蜘蛛の巣が作られている。普段から地下室が使われていないことはそれらを見れば明白だ。

 

「おっ、また分岐点がいらっしゃったな」

「……今度は十字路か」

 

 長い一本道をしばらく歩けば十字路へと辿り着く。左右の通路に加えてさらに増えた直進の選択肢。私は考える素振りを見せた後、石で壁に『十字架』の目印を付け、そのまま直進することに決めた。

 

「おいおい、またいらっしゃったぜ。今度は分岐点が五名様だ」

「『少し迷いやすい』というのはこういうことか」

「少しどころじゃねぇだろ……」

 

 扇状に奥まで続く五つの地下通路。『地下室は迷いやすい』と言っていたミールの言葉の意味を理解し、再び考える素振りを見せた。

 

「どーすんだ相棒? 最初の分岐点が間違ってたら本末転倒ってやつになるんじゃね?」

「あの『花園(はなぞの)女』の話が確かなら……あの使用人を利用するのが最善策だろう」

「おぉ、花園女と来たか。相変わらず絶望的なネーミングセンスじゃん」

「抜かせ」

 

 一度引き返すことにした私たちが五本道へ背を向けた──瞬間、後方から木箱が壁に叩きつけられる音が聞こえてくる。

 

「あ? なんか聞こえねぇか?」

「……あぁ」

 

 音の発生源は五本道を正面から見据え、最も東側に位置する通路。木箱だけではなく壺が割れる音、壁が崩れる音、そしてナニカが地面を這いずり回る音が聞こえてきた。

 

「相棒、俺と賭けねぇか」

「何を賭ける?」

「ナニがくんのか当てたら……互いに何でも一つ言うことを聞く」

 

 ロックは黒いコートの懐から丸い球体を取り出す。その球体はジュリエットが発明したスナップボムにそっくりなものだった。

 

「……先に予想しろ」

「んじゃあ、くんのは噂の『でけぇ蛇』にするわ」

「そうか。ならこの賭けはお前の負けだ」

「あ? んでだよ?」

 

 普通に考えれば臆病な使用人が(ほの)めかしていた巨大な蛇とやら。だがその音はどこか重苦しい。更に言えば迫れば迫るほど、氾濫を起こす川の音が聞こえてくる。

 

「……この国へ向かう道中に湖があっただろう」

「あぁんなもんあったな。そんでそれが?」

「今まで私たちが歩いていたのは──丁度その湖がある方角になる」

 

 見えてきたのはあらゆる物体を呑み込んだ濁流。壺の破片や鋭利な木片やらを呑み込み、凄まじい勢いでこちらへと押し寄せてくる。

 

「おいおい? アホが天井に穴でも空けやがったのか?」

「恐らくは蛇とやらが元凶だ」

「へー、蛇ってそこそこすげぇんだな」

「賭けの勝敗は貰った。命令する内容は『今後私に一切接触しない』ことだ──」

「まぁ待てって相棒」

 

 感心していたロックは私の言葉を遮ると、先ほど取り出した球形の物体を構えた。そして濁流が押し寄せてくる地下通路の境目に軽く放り投げ、

 

「やっぱこの賭けは白紙に戻す」

 

 周囲に伝わる衝撃波と爆発音。東側の通路は天井や壁やらが崩壊し、迫りくる濁流を瓦礫で食い止めてしまった。

 

「何をしている? 下手をすれば生き埋めになるぞ」

「あっ、いっけね! そうじゃん! 生き埋めになればお前と二人きりに──うおっつっとッ!?」

 

 そう言いかけたロックの尻を手加減無しで蹴り上げると、地下に詳しいヤミと合流する為、歩いてきた道を引き返そうとし、

 

「なんなのよ今の音は……!」

「あの音はこっちから聞こえてきましたよね!」

 

 五本道の中央の通路から二人の女性が焦燥感に駆られながらこちらへ向かってきた。手に持つのは油を燃料にしたランプ。白い制服からするに花月騎士団の騎士だろう。

 

「どうして道が? 誰がこんなこと……」

「あぁそれ? 俺がやったけど」

「君たちがこれを? いえ、そもそも君たちは何故この地下室に……?」

 

 肩に届くほどの詳紅色(ようこうしょく)の髪を持つ強気な騎士。赤の眼鏡をかけ、遠州茶(えんしゅうちゃ)の長髪を持つ大人びた真面目な騎士。先輩と後輩という関係性だろうか。

 

「書庫に用があってここへ来た。お前たちが偵察しに来た騎士とやらか?」

「ええそうよ。おっきな蛇が出たとか聞いたから様子を見に来たけど……ぜんっぜん痕跡も何もないし!」

「んならなんで戻らねぇんだよ? 見張りが心配してたぜ」

「それは……地図を落としたせいで道に迷ってしまいまして」

 

 言いづらそうに視線を逸らす眼鏡の騎士。私とロックは呆れながら二人の騎士へと背を向けた。

 

「まっ、俺らは最初の場所まで戻るから後はよろ」

「ま、待ちなさいよ! 私たちも連れて行って!」

「おいおい、騎士なんだろ? 俺らに頼んなよ」

「騎士の使命は民を守ることです。君たちを護衛しなければ使命を放棄したも同然になりますので……どうかご容赦を」

「……便利な使命だ」

 

 断ったところでどうせ後を付けてくる。私たちは後方に二人の騎士を控えさせ、来た道を引き返し始めた。

 

「自己紹介がまだでしたね。私はCarola(カロラ) Astley(アストリー)です。花月騎士団の副団長を任命されています」

「おー、まさかの副団長さまだったか。んなら名前ぐらい覚えとくか」

「そして彼女がElin(エリン) Millshe(ミルシェ)。私たちのような貴族ではなく……庶民から花月騎士団に入団した珍しい騎士です」

「おー、どーでもいいな。お前は覚える必要ナシ」

「は、はぁ!? どうでもいいって何よ!?」

 

 Elin(エリン) Millshe(ミルシェ)。その名を聞いて脳裏に過るのは過去の記憶。Relia(レリア)という名の女。まだ初々しい最初期の人生で交流が深かった転生者の一人。

 

『最初の人生で与えられた名はAurora(アウロラ) Millshe(ミルシェ)です。小さな村で見習いをしている修道女でした。転生者になったばかりは……他の名で呼ばれるのに違和感を覚えていましたね』

 

 日時を決め酒場で愚痴やらを語っていた日々。私が転生者殺しの罪を背負ってからは一度も顔を合わせることがなくなった。

 

(レリアは酒場に……顔を出さなかったな)

 

 それでもレリアは酒場に顔を出すのではないか。そんな期待を抱いていたからこそ、追放されてからも定例の日時に酒場へ数年間顔を出し続けた。しかし結局再会することはないまま。

 

「あぁ? 相棒、ひでぇ顔してんじゃねぇか」

「気のせいだ」

「まっ、レリアのことなんて考えんなよ」

「……勘だけはいいな」

「だって俺ら一心同体じゃん」

 

 禁忌を犯した人物と関わりを絶つのは当然だ。私はそう考えながら来た道を引き返していると、

 

「んぁ? 何だよこれ?」

「知らん」

 

 元の十字路まで辿り着き、その異様な光景に私たちは思わず足を止める。

 

「……浸水していますね」

「んでさっき歩いてきた道が浸水してんだよ?」

「あんたが派手にドカンってやったからじゃないの?」

「んなわけあるか。よぉく見てみろよ、壁と天井に穴一つ空いてねぇ。こっちまで反動が来てたんなら……もっと分かりやすくボロくなってんだろ」

 

 浸水している下り坂の通路。最初はこのような状態でなかったはず。私は周囲を見渡しながら足の爪先を水の中へと沈める。

 

「……そこまで深くはない。このまま進むぞ」

「と、遠回りした方がいいんじゃ……?」

「その道がどこにある? 不明瞭な道よりも明確な道を選ぶ方が賢明だ」

「君の言う通りですね。今は早急に帰還することを優先しましょう」

 

 カロラの同意に嫌がるエリンも渋々浸水した通路へ足を沈める。ロックは横目でカロラに「次行けよ」と視線を送った。

 

「君が先に行ってください。私は後方を警戒しますので」

「あ? お前も『アナコンダ』見たことあんのか?」

「……? 何ですかそれは?」

「いーや、なんでもねぇよ」

 

 怪訝そうな顔を浮かべるカロラ。ロックはそれだけ呟くと私の隣まで歩み寄ってきた。隊列は私とロックが横並びで先頭、次にエリンが中央、最後尾にカロラという構成だ。

 

「あぁー……つめてぇーなぁおい」

「喚くな」

「対応もつめてぇー」

 

 水位は腰に届く程度。湧き水なのか身体の芯まで冷えてくるほどの冷水。長く浸かっていると体調を崩しかねない。

 

「あぁ、そういや相棒。蛇で思い出したことがあんだけど」

「何だ?」

「『アナコンダ』って映画知ってるか?」 

「……映画とは何だ?」

 

 隣を歩くロックが能天気に他愛もない会話を始める。私は周囲を警戒しながら浸水した通路を慎重に進む。

 

「まっ、映画は劇みてぇなもんだ。そんでな、たまたまこのスマホに入ってたんだよ。『アナコンダ』と『アナコンダ2』が」

「それで?」

「その映画、タイトル通りデカい蛇が人間喰いまくるんだわ。俺、とりあえず二作目まで全部見てさ」

 

 私たちが通り抜けるのは一際広い倉庫。腐った果物や木箱が浸水によって浮かんでいる。

 

(……? 何だ今のは?)

 

 視界の隅で浮かんでいた家畜の肉が水に沈む。暗闇の影響で気が付いているのは私だけのようでロックたちは前方だけを見ていた。

 

「『アナコンダ』も『アナコンダ2』も最初は水の中を歩くんだよ。ちょーどこれぐらいの水辺をな」

「……それで?」

「んで、アナコンダってバケモンともその水辺で遭遇すんだ。惨劇の始まりってヤツで──」

「あれ? ふ、副団長? 副団長どこですか……?」

 

 エリンの声で私たちは背後を振り返る。最後尾を歩いていたカロラの姿が見当たらない。そこに浮かんでいるのはランプのみ。

 

「そうそう、『アナコンダ』も『アナコンダ2』もこうやって最後尾のヤツがいきなり消えんだよ」

「そ、そんなこと言ってないで副団長を探しなさいよ──」

「ぶはぁ……っ!!」

「きゃあっ!?!」

 

 水面から突然浮上してくるカロラ。エリンは驚きのあまりロックの腹部に背をぶつけた。

 

「失礼。水の中に落とした眼鏡を探していました」

「な、なんだ……。それなら良かった……」

「……その映画とやらは所詮作り物か」

「いーや、まだ分かんねぇぜ相棒」

 

 カロラの後方から聞こえてくる水をかき分ける音。周囲の木箱が水面によって小刻みに揺れる。私は迫りくるナニカを察知し、表情を険しくさせた。

 

「『アナコンダ』も『アナコンダ2』も最初はただのこけおどしだかんな」

「……お前は何が言いたい?」

「あー、要は『アナコンダ』でも『アナコンダ2』でも──最初の犠牲者は最後尾だってこと」

 

 瞬間、カロラの肉体が水面へと引きずり込まれる。突然の出来事で呆然としてしまうエリン。

 

「ふ、副団長? ま、また眼鏡を落としたんですか?」

(今のは……)

 

 エリンはカロラへ声をかけるがそこにはランプと眼鏡が浮いていた。落とした眼鏡を探そうとしているわけではない。私がそう伝えようとした途端、

 

「がはッ……はぁはぁっ!!  あッ、あ"ぁあ"あ"ぁあ"ぁあ"ぁあ"あ"ぁーーッ!!!」

 

 カロラが叫び声を上げながら少し離れた水面から立ち上がる。片腕があらぬ方向へ折り曲げられ、全身は血塗れとなっていた。

 

「だ、だすけて……ッ!! た、たすけ──ッ」

 

 そう言いかけたカロラの首筋に噛みつく巨大な蛇の頭。大木のような筋肉質な身体でカロラの身体へ巻き付く。

 

「シュルル……ッ」

「あッぎぃああぁぁあッ!?! いッ、だ、だすけッ、うぐッほぁ……ッ!?!」

「あ、あぁあぁ……っ」

 

 全長は十メートルから十五メートル。人間など容易く殺せるほどの大蛇。カロラの筋肉や骨格を締め上げ、呑み込みやすいように粉々にしていく。エリンはその光景に後退りをした。

 

「い、いや"ッ、いや"ぁあ"ぁあ"ッ──ん"ッ、ん"んんんんんーーッ!!!」

「あっ……あぁぁあ……っ」

「なっ? 俺の言った通りだろ?」

 

 大蛇は鋭い牙が見え隠れする口を開くと上半身へ噛みつき、生きたままカロラを丸呑みし始める。真っ青な顔でうろたえるエリンとは裏腹に、ロックは気にする様子も見せず、私へ視線を移してくる。

 

「……お前が副団長とやらへ『ほんとにいいのか』と尋ねた理由はこれか」

「だって最後尾歩いたら『アナコンダ』みてぇに喰われんのか気になんじゃん?」

「立証はできたのか?」

「あぁ、やっぱ最後尾は良くねぇらしい」

 

 紅色の模様が刻まれた身体に浮かび上がるのはカロラの肉体。筋肉も骨格も粉々にされたカロラは悶えることすらできず、奥へ奥へと呑み込まれていく。

 

「ていうか、ここで副団長さま喰われんなら……」

 

 次の獲物は私たち。そう言わんばかりにその巨大な頭部を不規則に動かし、私たちへと捕食者の眼差しを送ってくる。

 

「シャアァァアァ──ッ!!!」

「名前覚えた意味、ねぇじゃん」

 

 そして大木のような尾を水面に威嚇するように叩きつけ、水飛沫と耳障りな鳴き声を上げた。

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