ЯeinCarnation   作:酉鳥

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8:15『災厄の下地』

 

「……つえーなおい」

 

 ぼそりと呟いたロック。それも当然のはずでミールは三匹の大蛇を瞬きする間に葬っていた。その場から一歩も動いておらず、ただ微笑んでいただけに見える。

 

「ごめんなさいヤミちゃん。てっきり私を脅かそうとしているのかと」

「ミ、ミール様……ど、どうしてここに……?」

「ふふっ、ついつい来ちゃいました♪」

「つ、ついついって……」

 

 紅色の花弁で鮮やかに彩られたミールは私たちの元まで歩み寄った。左手に握られた白銀の細剣から感じ取れるのは加護に似た力。恐らくスノウの大鎌やクレスの大剣と同じ類だ。

 

「それよりもヤミちゃん。どうして書庫が燃えているの?」

「わ、分かりません。私たちが来た時には、も、もうこの有様で……」

「あらあら、転生者様どうしましょう。きっと書物もすべて燃えてしまっていますわ」

 

 ミールは大して動揺もせず、道化のようにこちらへ選択を委ねてくる。そのわざとらしさにロックが一瞬だけ私へ視線を送ってきた。

 

「この国以外に情報を集められる場所はどこだ?」

「私たちの故郷、Amon(アモン) Anor(アノール)Amon(アモン) Ithil(イシル)だけです♪」

「……お前たちの故郷は吸血鬼共に支配されているはずだ」

「ふふっ、転生者様に素敵なご提案があります♪」

 

 手元の細剣が桃色の花弁となって散り散りとなれば、ミールは私たちの前で小首を傾げながら顔を覗き込んでくる。

 

「奪い返せばいいんです。例えば──転生者様と私たちの力を合わせるとかどうでしょう?」

「お前は……」

「故郷の書物を手に取れば求めている情報はすべて揃いますよ♪ 私が保証します♪」

「あー、皇女さま? んな提案してる場合じゃねぇだろ。目の前で大火事が起きてんだぜ」

 

 呑気に提案を持ちかけてくるミールに対してロックは敢えて話を逸らす。しかしミールは焦ることもせず、微笑みながらふと天井を見上げた。 

 

「大丈夫です。近々素敵な雨が降りそうなので」

「あ? 素敵な雨?」

 

 ロックがそう聞き返した瞬間、書庫の天井が崩れ去り大量の水が降り注いだ。燃え盛る炎はあっという間に消火されていく。

 

「あらあら、本当に素敵な雨が降りましたね♪ 私たちはとっても運がいいみたいです♪」 

「……あっそ」 

 

 怪訝な面持ちでミールを睨んだロック。私は水浸しの書庫をしばらく見つめた後、来た道を引き返すためにその場から歩き出す。

 

「どちらへ行かれるんですか?」

「地上に戻るだけだ」

「いいですね。和菓子を摘まみながら今後についてお話しましょう♪」

 

 私とロックが感じた疑心。例えるならば『あまりにも出来過ぎている』という一言に近い。私たちはそんな疑心を抱きながらも地下から地上へと帰還した。

 

「ヤミちゃん、中庭に和菓子とお茶の用意をお願いしてもいい?」

「は、はい、わ、分かりましたぁ!」

「あっ、そうでした。明日は兄様と姉様がお城に来て茶会を開くの。ちゃーんと和菓子と茶葉は残しておくように」 

「へっ? そのようなお話、たった今初めて聞いて……?」

「ええ、だって今日決めたことですから♪」

 

 クレスとスノウがこの城へ顔を出す。ヤミは渋々了承すると和菓子と茶を用意するために私たちの前から去っていった。

 

「……あの二人が顔合わせをよく了承したな」

「ふふっ、顔合わせは了承していませんよ」

「あ? どういうことだよ?」

「実は兄様と姉様はお互いに茶会へ来ることを知りません♪ 私は『茶会をしましょう』って手紙を出しただけなので──」

 

 そう説明をしていた途端、ロックがミールの背後にある壁を威圧を与えるように右手で突き、私は腕を組みながらミールへ鋭い視線を送る。

 

「お前、なにがしてぇんだ?」

「……何のことでしょう?」

「なら言い方を変える。なぜ書庫を燃やした?」

「あらあら、転生者様ったら……。私が犯人だと言いたいのですね──」

「前提として書庫までの通路は一本道。私たちの後から姿を現したのなら冤罪だ。だがお前が姿を見せたのは……十字路の更に奥の通路だった。つまりお前は私たちよりも先にあの十字路へ辿り着いたことになる」

 

 ヤミはミールが現れた際に驚いていた。その反応も踏まえればヤミとミールは地下室で鉢合わせしていない。ミールはヤミが私たちの元へ向かっている最中、書庫への道へと突き進んだはず。

 

「なぁ皇女さま。お前、俺らを利用するつもりじゃね?」

「……」

「目標を自分たちの故郷へ切り替えれば、私たちは必然的に故郷を奪還する必要がある。急遽茶会を開いたのも……あの二人を協力させる為だろう」

「……ふふふっ、素敵な推当(すいあ)てですね♪」

 

 問い詰めたがミールは変わらず微笑むのみ。悪意を微塵も感じさせないその笑顔は、この状況下においては不気味さが際立つ。

 

「でも残念♪ 私はそこまで地頭はよくありません♪」

「……勘違いとでも言いたいのか?」

「ええ、そうですね。転生者様の勘違いだと思います。それに……もしも、もしも転生者様の勘違いじゃなかったとして……証拠(・・)なんてありませんから♪」

 

 ミールの白髪に付着していた紅色の花弁が一枚だけ床に舞い落ちる。言われた通りすべて推測で、私たちには立証するための物的証拠がない。

 

「くしゅん……っ」

「あらあら、素敵なくしゃみですね。良ければ大浴場で身体を温めてきてはいかがでしょう? ……素敵な香水(・・)を付けている転生者様も」

「おー、んなら香水分けてやろうか──」

「いえ結構です。ではこちらへどうぞ。身体を温めた後、ゆっくりとお話しましょう♪」

 

 地下で冷水に浸かっていたせいか私は思わずくしゃみをする。その光景を見兼ねたミールの提案を呑み、私たちは大浴場まで素直に案内を受けることにした。

 

「ここが大浴場です。着替えは入浴中に私が用意しておきますね」

「あー、やっとばっちぃのとおさらばできんな」

 

 連れてこられたのは十人は入れるであろう脱衣所。恐らく使用人が身体を流すための大浴場なのだろう。

 

「あっ♪ よろしければ背中を流しましょうか──」

「アホ、んな奉仕いらねーよ。とっとと出てけ」

「ふふっ、それではごゆっくり♪」

 

 脱衣所から出ていくミール。私とロックはお互いに背中を向けながら各自で衣服を脱ぎ始めた。

 

「そういや相棒、なんで使用人の服なんて着てんだ? この世で最も嫌いな服じゃねぇの?」

「今更聞くのか」

「だってもう着ねぇじゃん。聞くなら今だろ」

「……身元を隠す必要があったからだ」

「へー、すげぇ覚悟じゃん」

 

 私とロックは一糸纏わぬ姿で横並びになり大浴場へと足を踏み入れる。湯煙が立ち込め、湯舟には赤色、桃色といった鮮やかな薔薇で彩られていた。

 

「おー……」

「……? 何を見ている?」

「この時代()小せぇんだな」

「困ったことは一度もない」

「俺が困んだよなぁ」

 

 何食わぬ顔で私の胸を見ながら余計な一言をぼやいてくるロック。私はこの男を無視し、置かれた桶で湯を掬って身体を流す。鼻の奥まで入り込んでくるのは浮かんでいる薔薇の香り。

 

「相棒、薔薇風呂で思い出したわ。黒薔薇十字団とは別に白薔薇(しろばら)十字団(じゅうじだん)ってのがあんの知ってるか?」

「知らん」

「俺らの肩身が狭くなってから薔薇協議会が分裂したんだけどよ。そん時にちょーど五人ずつ分裂したらしいぜ」

「つまり黒薔薇と白薔薇には……薔薇協議会の転生者が五人ずついると?」

「そーゆうことだ。まっ、この時代でまだ会ったことねぇけど」

 

 ロックは身体の隅々を丁寧に洗いつつも白薔薇十字団について説明する。私は耳を傾けつつも、身体を流し終えてから湯舟へと足先から浸かった。

 

「んで問題になんのが……その黒薔薇の証だ」

「……何が問題になる?」

 

 私の左脚に視線を送りながらさりげなく隣に座るロック。浮かんでいた赤色の薔薇が水波に揺れて隅へと押し流された。

 

「黒薔薇は根本的にやべぇ連中だが、白薔薇は接触しても害はねぇ。けど容赦がねぇんだよな。吸血鬼と黒薔薇に対しては」

「それが?」

「白薔薇と接触した時に黒薔薇だってバレたら……ぜってぇ殺しにくんぜ。あとはあれだ、黒薔薇の不評を知ってる連中から煙たがられる」

 

 刻まれているだけで面倒事に巻き込まれる黒薔薇の証。私は自身の左脚に触れながら視線だけロックの方へ向けた。

 

「この証を消す方法はないのか?」

「知らねぇんだなそれが。ていうか薔薇協議会の連中にしか分かんねんじゃね?」

「……そうか」

「まっ、今気にしても答えなんて出ねぇよ。んなことよりその身体、俺に抱かせてくれ──うぐぉあッ!?!」

 

 こちらの肩に右手を回し左手で胸を揉んできたロック。私はため息をつきながら左手でロックの頭を掴んで湯舟へ強引に沈めた。

 

「……白薔薇十字団か」

「ごぼー、ごぼごぼごぼ……ッ」

 

 必ずどこかで顔を合わせることなるだろう。湯舟の中で空気泡を吐き出して遊んでいるロックを他所に、私は静かに天井を見上げた。 

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふぅ、年寄りの身体にゃあ応えるねぇ……」

 

 アダールランバから少し離れた山林で老体に鞭を打つのはCarmela(カルメラ) Cruz(クルス)。彼女は自家製の野菜を育てるための畑の整備をしていた。

 

「けど美味しいって言ってくれるラミちゃんの為に……どうにか頑張らないとねぇ」

 

 大蛇の風穴が原因で経営が右肩下がりした店。ここまで彼女を動かす理由は雪月花の三人が、ラミたち三姉妹がよりを戻した時、温かく迎え入れられるような店にしたいという強い想いからだ。

 

「……おや? 誰かそこにいるのかい?」

 

 畑から少し離れた草陰。カサカサと音を立てたため、カルメラは重い腰を上げて、その方角へと歩き出す。

 

(そういえば、最近この辺りで蛇をよく見かけるようになったねぇ……。小さな子が迷い込んでいないか確認しておかないと……)

 

 山林の(ふもと)には小さな集落がある。カルメラは集落の子供が迷い込んだのかもしれないと草陰を覗いてみた。

 

「キー、キィー……ッ」

「ありゃまぁ、ウサギだったかい」

 

 そこにいたのは真っ白な毛を持つウサギ。悲鳴のような鳴き声を鳴らしながらカルメラに対して威嚇をする。

 

「キィーーッ!!」

「怖がらせてごめんねぇ。あんたに手を出したりしないよ」

「キィッ、キィキィッ──」

 

 子供ではなかったことに安堵したカルメラ。痛む腰を叩きながら草陰にゆっくりと背を向けた。

 

「──シュルルルッ」

 

 瞬間、ウサギの瞳へ縦に長い瞳孔が映し出される。ウサギの小さな口は関節を無視して横に開かれ、そこからナニカがカルメラに向かって飛び出し──

 

 

────────────────────

 

 

「……茶会の招待状?」

「はい、『明日の昼頃に茶会に参加してほしい』と手紙が……」

「茶会前日に招待状ですか。不敬極まりないですね」

 

 氷の皇女が統べるエメールロスタ。使用人のルミが洗練された動きで、氷の仮面を被ったスノウへ招待状を手渡す。スノウは内容をしばらく黙読し、ルミへと返した。

 

「スノウ様、いかがいたしましょうか?」

「妹からの誘いを断る理由はありません」

「かしこまりました。それでは明日の朝、速やかに馬車の手配をさせて頂きます」

 

 雪月花の雪は茶会への参加を決めた。スノウにとってミールは『大切な妹』として認識しているからだ。

 

「茶会の誘い? それに明日が当日だって……?」

「そうよバカ皇子。ゆるふわな妹からさっきこれが届いたの」

「ミール……。誘う時はせめて三日前には伝えてくれと言ったはずだ……」

 

 月の皇子が統べるアダールランバ。使用人のラミがだらしのない動きで、溜息をつくクレスへ招待状を渡す。クレスは呆れながらも内容に目を通し、綺麗に折り畳んだ。

 

「どうするのバカ皇子?」

「姉が来ないなら断る理由はない。正直顔を出しづらかったが……呼ばれたなら流石に行くべきだ。ミールの近況も聞いておきたかったしな」

「分かったわ。明日の朝、ラミを起こしに来なさい」

「自分で起きろ」

 

 雪月花の月は茶会への参加を決めた。クレスにとってもミールは『かけがえのない妹』として認識しているから。

 

「で、あの異世界転生者(トリックスター)はどうするの?」

「奇術が暴発するリスクを考えて置いていくしかないな。護衛としてガブを控えさせておく」

「そう。ほんとにそれでいいのかしら」

「言いたいことがあるなら言ってくれて構わないぞ」

 

 アダールランバに残ることを決意したキリサメを連れて行くか否か。そう問われたクレスは考える間もなく置いていくと答えたが、ラミは遠回しに間違っていると(ほの)めかす。

 

「ラミは正直、バカ皇子が()バカ皇子に大成したと思ったわ。あの異世界転生者の面倒を見ようと決めた時点で」

「……」

「大バカ皇子も分かってるはずよ。外に出さなくても吸血鬼の方からやって来るって。どうしてこんなリスク(・・・)のある決断をしたのかしら」

 

 ラミは玉座に腰を下ろしていたクレスの前に立つ。その顔は胸の内に不快感と不満を抱いているものだ。

 

「優秀な騎士たちも何人か殺されて、騎士団長のガブも殺されかけたでしょ。このまま匿っていたら……この国はあの異世界転生者のせいで滅ぶわよ」

「そんなこと分かってる」

「だったら今すぐ追い出しなさい大バカ皇子。ラミは本気で言ってるのよ」

 

 ラミが太腿のホルスターから銀のナイフを抜いてクレスへ突きつける。使用人が皇族に刃を向けるのは謀反となる行為。謀反を起こすほどラミはクレスと本気で向き合っていた。

 

「俺は考えを変えるつもりはない」

「……!」

 

 だがクレスは考えを改めることもなくハッキリとそう即答する。ラミは歯を食いしばり、やや怒りを込めた眼差しで銀のナイフを更に近づけたが、

 

「……ラミは」

「……?」

「ラミは、滅ぶ国の女王になんてなりたくないわ」

 

 感情を無理やり自分の中へ押し込んで、そのまま王室から出ていった。クレスは静かに後ろ姿を見つめた後、右手で目元を押さえ込んで俯く。

 

『すべてを後回し(・・・)にするその性格が気に食わん。お前は真っ当に生きていると上っ面だけを浮かべているが……私からすれば向き合おうともせず、リスクばかりを考えて行動を起こせないただの臆病者(・・・)にか見えん』

 

 彼の脳裏に過るのはアレクシアから突き付けられたあの言葉。リスクを背負わないように立ち回るが、リスクを背負わなければ何も成すことができない。

 

「……初めてリスクを背負ったつもりだったんだけどな」

 

 だからこそ彼はキリサメを匿うと決断した。国が滅亡に近づくことは重々承知で、キリサメが吸血鬼の脅威となり得る可能性。クレスはその可能性に賭けようとリスクを負う判断を下したのだ。

 

「リスクってのは……反発を受けやすいから嫌いなんだ」

 

 言霊が響く王室。

 虚しさとはかけ離れた美しい月影。クレスは玉座で俯きながらも床に反射する三日月をしばらく見つめていた。

 

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