ЯeinCarnation   作:酉鳥

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1:11『本試験』

 

 合格通知書が届いた一週間後。私とキリサメは一階のリビングで身なりを整え、満たされ過ぎた胃袋の状態でシーラと向かい合っていた。

 

「はい、二人の契約書よ~。私がちゃんとサインしておいたわ~」

「あざっす!」

「助かる」

 

 シーラのサインが書かれた二枚の契約書。私たちはそれぞれ一枚ずつ受け取ると、半分に折り曲げて懐にしまう。

 

「カイトくんも本試験を受けるなんて驚いたけど……。アレクシアちゃんが守ってくれるわよね~?」

「善処する」

「いやいや、俺的に最善は尽くしてほしいんだけど……」

 

 私はシーラがキリサメを止めるのではないかと予想していた。しかし私が守ってくれると勘違いしているのか、むしろ母親として誇らしげに送り出しているようだ。 

 

「二人とも、こっちに来て」

 

 私たちは顔を見合わせつつも、言われた通りにシーラの側まで近づくと、優しく抱き寄せられる。

 

「絶対に帰ってくるのよ。私は二人を信じているわ」

「シーラさん……」

 

 シーラは私たちを抱き寄せ、じっとしたまま動かない。その優しくもどこか寂しげな抱擁には、子を信じようとする母親なりの信念を感じさせた。

 

「いってきなさ~い!」

「う、うお……っ?!」

 

 そして覚悟を決めると私たちの背中を押して扉の前まで移動させる。その顔は天真爛漫ないつものシーラだ。

 

「俺、絶対に帰ってきます! だから待っててください!」

「ええ、いつまでも待ってるわ~!」

 

 キリサメはシーラに軽く手を振りながら扉から外へと出ていく。私も後に続いて家から外へ出ようとした時、

 

「アレクシアちゃん、これを持っていきなさい」

「……これは」

 

 シーラが私を呼び止めてからとあるモノを手渡してきた。それはシーラの辛い過去が映し出された──古ぼけた家族写真。

 

「なぜこの写真を?」

「その写真は私にとっての御守りだからよ。アレクシアちゃんのことを、あの子たちやあの人がきっと守ってくれるわ」

「……なるほど」

 

 私は受け取った家族写真を懐に仕舞うとシーラに背を向ける。ふと脳裏を過ぎったのはシーラのとある言葉。

 

「シーラ」

「なに?」

「今も、私を信じているか?」

 

 本試験を受けるために説得をしたあの夜、私に信じると誓いを立てたシーラ。恐らくシーラからすれば答えるまでもないだろうが、私は少しだけ気になり、そんなことを聞いてみた。

 

「もちろんよ。いつまでも信じているわ」

「そうか」

 

 シーラの返答を聞いた私はキリサメが待っている扉の向こう側まで歩く。

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃい、アレクシアちゃん」

 

 私とキリサメは家の扉をゆっくりと閉じた。次に会うのは本試験を乗り越えた後だ

。私たちは後ろを振り返らず、集合場所である仮試験の場所へと向かう。

 

「おはよう海斗! 今日は一緒に頑張ろうぜ!」

「おう! 絶対に本試験を通過しような!」

 

 集合場所では既にジェイニーとイブキが待ちわびていた。会場の入り口付近には、本試験の会場となるアルケミス行きの馬車が数台停止する。

 

「ご機嫌よう。アレクシアさん」

「……あの皇女に髪を切れと言われていたはずだが?」

「何度も言いますけど、アベル家にとって髪は命ですの。そう簡単には切れませんわ」

 

 ジェイニーの金髪は未だに腰に届くほどの長さのまま。私は呆れてふと視線を他所へ逸らせば、アークライト家のデイルがこちらを眺めていた。

 

「あちらの方は?」

「ただの顔見知りだ。あの男がアークライト家の人間ということしか知らん」

「あらそうでしたの。あちらの方はアークライト家の者でしたのね」

 

 この反応からするに名家同士の交流はないのか。そう考えていると、意を決したデイルがこちらへ恐る恐る近づいてくる。

 

「お、おはようアレクシアさん! 今日の本試験、お互いに頑張ろうね!」

「……その身を案じろ」

「えっ? お、応援してくれてありがとう! おかげで僕、いつもより頑張れそうだよ!」

「私は応援したわけじゃ――」

 

 交わしたのは一言二言の会話のみ。それでもデイルは満足したようで、ガッツポーズをしながら停車する馬車の方へと走っていった。

 

「とても個性的な方ですわね。アレクシアさんのご友人は」

「ただの顔見知りだと言っているだろう」

 

 苦笑するジェイニーを置いて私も馬車の近くへと移動する。側には候補生を案内する受付が何人が配備されていた。

 

「本試験に参加する方は、こちらで合格通知書と契約書の提出してくださーい!」

「これでいいか?」

「……はい、問題ありません! 参加するに至って、まずはこちらを受け取り下さい!」

 

 受付に合格通知書と契約書を渡せば、十字架のネックレスと杭が入れられたホルスターを渡される。

 

(素材は"木"か)

 

 私は右脚の太ももにホルスターを装着し、十字架を首に掛けた。仮試験を通過した他の者たちも、私と同じように準備をしている。

 

「馬車の出発時刻は八時半です。準備が整った方から好きな馬車に乗ってください」

「海斗ー! 一緒の馬車に乗ろうぜ!」

「おう、そうだな!」 

  

 最東端に待機している馬車へ向かうキリサメとイブキ。その後をジェイニーも付いていくが、私は真逆の最西端に向かおうとする。

 

「アレクシアさん。私たちが乗る馬車はこちらですわ」

「らしいな。下らん話に花を咲かせてこい」

「そう寂しいこと仰らずに」 

 

 しかしジェイニーが私の衣服を掴んで、最東端の馬車へと連れていこうとした。私はその場で抵抗するが、気が付けば空いている馬車は最東端のみとなってしまう。

 

「私たちは友人同士でしょう?」 

「顔見知りの間違いだろう」

 

 仕方なく最東端の馬車へと乗り込めば、キリサメにイブキが既に中で談笑していた。私とジェイニーは空いている席へ腰を下ろす。

 

「では出発する。諸君らに"栄光あれ"」

 

 外からアーロンの声が聞こえると馬車はゆっくりと動き出した。私は隣に座っているジェイニーからわざと視線を逸らし窓の外を眺める。

 

「アルケミスへは"Cross(クロス) Road(ロード)"を二時間ほど進めば到着しますわ」

「クロスロード?」

「あら、アレクシアさんはご存知なくて? クロスロードは町と町の間を繋げている道のことですわ。"十字架の道"とも呼ばれてますの。アベル家ではクロスロードも──」

 

 小馬鹿にしたような説明をするジェイニー。余分な話は聞き流しながら馬車の窓から外を眺めていると、妙な石が一定間隔で置かれていることに気が付く。

 

「……石が置かれているな」

「あれは"燐灰石(りんかいせき)"ですわ。太陽光を昼間に吸収して、夜中にだけ"紫外線"を放出する特殊な鉱石ですのよ」

「なぜそんなものを置いている?」

「紫外線が弱点の食屍鬼や吸血鬼を近寄らせないためですわ。このクロスロードは人々が平和に暮らせるようにしていますの」

 

 私はクロスロードに置かれた燐灰石をただ見つめ、ジェイニーたちは楽しそうに談笑していれば、あっという間に目的地であるアルケミスへと到着した。

 

「候補生、俺の前に集まれ」

 

 馬車が停止する場所には見覚えのある男が立っている。最後には出会ったのは三年前の孤児院。確かあの皇女と共に行動をしていた。

 

「俺はKamil(カミル) Blain(ブレイン)。この本試験で生き残りたきゃあ、俺の話をよく聞いておけよ」

「カミル様……! なんて眉目秀麗なお方ですこと……」

 

 そう、その男の名はカミル・ブレイン。私のことを極度に嫌い、警戒する厄介な人物。ジェイニーは瞳を輝かせ、キリサメとイブキは鋭い目つきに息を呑んでいるが、私は表情を曇らせる。

 

「まず本試験の会場はこのアルケミスの"地下牢獄"だ。まずはそこまで付いてきてもらう」

 

 振り返る寸前、一瞬だけこちらを睨んだ。ジェイニーたちはともかく、私に向けられるのは明確な敵意。そんな状況下で私はアルケミスの"地下牢獄"まで案内をされる。

 

「ここは捕獲した食屍鬼を封じ込めた地下牢獄だ。中に人間は一人もいねぇ」

「なぜ食屍鬼を封じ込めている?」

「知らねぇよ。知りたきゃアカデミーに入学して、それから偉いヤツに聞け」

 

 カミルの辛辣な返答。ジェイニーはそれすらも「自分に正直なお方」とぼやき、より瞳をキラキラと輝かせているようだ。

 

「ここが地下牢獄の入り口だ。まずはそこにある剣を取れ」

 

 両開きの扉の前に置かれた黒色の刀剣。仮試験の剣技で見かけた刀剣と同じもの。私たちは一本ずつ手に取り、腰に刀身が収められた鞘を装備する。

 

「本試験の合格条件は簡単だ。この地下牢獄の中で明日の朝まで生き残ればいい」

(……生き残るだけか)

「そんでもって、この地下牢獄の中には"三つのゾーン"がある。これがとても重要な話だ。よく聞けよ」

 

 カミルは両開きの扉の隣に刻まれた牢獄内の地図を指差す。地下牢獄の構成は"十字架"。私の現在地は十字架の南の先端だ。

 

「まず最初はここから最も近い"ブルーゾーン"だ。このゾーンの中には食屍鬼が一匹もいねぇ。そんで次に"レッドゾーン"。ここには食屍鬼がちらほら潜んでいる」

 

 地図上で青色に染まっている個所がブルーゾーン。赤色に染まっている個所がレッドゾーン。私は次に十字架の中央付近へ視線を向けた。

 

「最後に"デッドゾーン"。このゾーンの中には食屍鬼がうじゃうじゃ歩いてやがる。十匹どころの話じゃねぇ。百匹はいてもおかしくない」

 

 地図上で紫色に染められたデッドゾーン。染められた個所は十字架の中央付近だ。

 

「お前らにはまず、この三つのゾーンの中から一つを選んでもらう」

「えっと、どれを選んでもいいんすか?」

「何を選ぶかは自由だ。最初にも言ったが合格条件は生き残ること。食屍鬼がいない安全なブルーゾーンで、朝までクソみたいな時間を過ごすだけ。たったそれだけで無事合格できる」

 

 キリサメの問いに回答したカミルは地下牢獄の扉を雑に蹴り開ける。その奥は暗闇に包まれ、食屍鬼の鳴き声が微かに聞こえてきた。

 

「あそこに三つの扉があるだろ。左からブルーゾーン・レッドゾーン・デッドゾーンに繋がっている」 

「ブルーゾーンからレッドゾーンへ侵入すること。もしくはその逆は可能なのか?」

「それも自由だ。食屍鬼と戦いたくなきゃ、ブルーゾーンまで逃げりゃいい。逆に闘志が湧いてきたなら、レッドゾーンで戦ってもいい」

 

 カミルの返答を聞いた私たちは最初の扉を潜り、三つの扉へ順番に視線を向ければ、周囲の候補生たちが各々のグループでひそひそと相談し合う。

 

「あぁ言い忘れていた。こんなかにいるかは知らねぇが、特待生の枠を狙うのならブルーゾーンを選ぶなよ。レッドゾーンとデッドゾーンに隠された"金の十字架"を持ってこないとアウトだ」

(……特待生の枠に入るためには、金の十字架が必要なのか)

「金の十字架は全部で八つ。レッドゾーンに三つ、デッドゾーンに五つだ。数も限られているから気を付けろ」

 

 大半の候補生がブルーゾーンの前に移動するが、私は迷うことなくレッドゾーンへ続く扉の前へ移動した。何があろうと特待生枠は譲れない。

 

「この本試験はお前ら以外にも、北・東・西の町で仮試験を突破した連中もいる。金の十字架は争奪戦になるが……殺り合うなよ」

 

 レッドゾーンを選ぶのは私のみだったが、ジェイニーとイブキも澄ました顔で両隣に立ってきた。

 

「お前たちも来るのか」

「怠惰に合格するのは、アベル家の顔に泥を塗るだけですもの」

「そうそう! ただ合格するだけなんてつまらないだろ?」

 

 一人残されたキリサメはどうしたものかと唸っていたが、少しずつ私たちの方へと歩み寄る。 

 

「じゃ、じゃあ金の十字架……ちょっと狙ってみようかな?」

「よし! んじゃあ海斗、どっちが先に見つけられるか勝負だな!」

 

 私たち四人以外は全員がブルーゾーン。カミルは古時計に示された時刻を確認すると、二つの扉を蹴り開く。

 

「お前らが助けを求めても、俺たちは助けにはいけねぇ。それほどまでに隔離された地下牢獄だ。問題が起きようとお前らで乗り越えろ」

(……隔離されているのか)

「それとだ。三年ぐらい前から本試験の合格率は下がってきていてな。あまり目立つことはせず、ただ生き延びることを俺は推奨する」

 

 アルケミスに建設された教会の鐘の音が地上で鳴り響く。本試験開始の合図だ、と私たちはカミルが開いた扉の奥へと足を踏み入れようとした。

 

「おいてめぇ、待ちやがれ」

「何だ?」

 

 だが私だけカミルに呼び止められる。何事かとジェイニーたちもその場で足を止めた。

 

「てめぇ、懐に隠しているものを見せろ」

「何も無いぞ」

「嘘をついても無駄だ。お前の衣服の内側から何かが擦れる音がした。何を隠し持ってやがる?」

 

 疑われた状態では先に進ませてもらえそうにない。私は溜息をつくと懐に手を入れ、その物体をカミルへ見せる。

 

「隠し持っているのは木の杭と写真だけだぞ?」

「写真はいいが木の杭だァ? んでそんなところに入れてやがる……?」

「取り出しやすい場所に一本だけ入れておく。私のやり方だが……気に食わなかったか?」

「チッ、そういうことか。もういい、さっさと行け」

 

 私がワケを説明すればカミルは軽く舌打ちをし、奥へ進むよう顎で促してきた。私は木の杭と写真を懐に仕舞うと、

 

(……目つきだけでなく勘も鋭い男だ)

 

 カミルの横をゆっくりと通り過ぎて、ジェイニーたちが待つ通路へと足を踏み入れた。

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