ЯeinCarnation   作:酉鳥

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9:6『異世界転生する?』

 

 髪を白く染めて登校したその日の帰り。

 俺はどこかモヤモヤした気分で独り帰路についていた。こんなことで委員長がほんとに救われたのかとかそういうのじゃなく、もっと根本的な何かが解決していないような気がしてならない。

 

「霧雨君」

「委員長? どうしたんだ?」

 

 脳をフル回転させてると背後から声をかけられる。足を止めてその場に振り返ればそこに立っていたのは西条。

 

「ありがとうございます。私の為に、髪を白くしてもらって……」

「いや、俺は何にもしてないよ。髪を染めるのも昨日の帰りに犬丸が提案したことだし。俺は付き合っただけだからさ」

 

 申し訳なさと喜びが込められた感謝の言葉を伝えられ、俺は作り笑顔で大したことはしていないと返答する。親父や母さんには驚かれたし、妹には似合ってないと罵倒されたけど後悔はしていない。

 

「この白い髪を好きだと言ってくれる人と初めて出会えて……とても嬉しかったです。こんな変わった髪色を受け入れてくれる人がいるとは思いませんでした」

「変わってる、のか? 今まで白い髪だけじゃなくて赤い髪とか青い髪を見てきたから気にならな──」

「……? どうしましたか霧雨君?」

 

 白い髪のアーネット家。赤い髪のレインズ家。青い髪のアレクシア。忘れかけていたことを思い出し、俺はハッとした表情で我に返った。

 

「違う、俺はあの世界をまだ──」

「おいはやくこいよー!」

「ま、まってぇ~! ……うわっ!?」

 

 俺たちの横を走り去る二人の少年。その片方がボールを抱えながらその場に転んでしまう。ボールは道路の真ん中まで何度か跳ねた後に転がって停止する。

 

「いててっ、ボールはどこ……?」

 

 転んだ少年はよろよろ立ち上がると辺りを見渡してボールの行方を探した。西条は眼中にはないようだったが、俺はなぜかその少年から目を離せない。

 

「あっ、あった!」

「……! 危ない!」

 

 ボールを拾うために無鉄砲にも道路の真ん中へと飛び出す少年。クラクションと共に少年に向かってくる一台のトラック。俺は反射的に固いコンクリートを蹴り、ボールを持つ少年を押し退け、

 

「これ……どこかで覚えが……」

 

 道路で子供が轢かれそうになる展開。クラクションを鳴らすトラック。咄嗟に道路に飛び出して助けようとする主人公。

 

「異世界転生──」

 

 そう言いかけた瞬間、俺が助けようとした少年が尻餅をつきながら、

 

「なんだ……」

 

 俯いたままほくそ笑んでぼそっと呟いた後、目玉が無数に埋め込まれた顔をゆっくりと上げ、

 

「キミが見たいものはこれ(・・)じゃないんだね」

 

 囁きと共に自分の肉体がトラックに衝突した。

 

 

────────────────────

 

 

「ん? あれ、俺はどうなって……」 

 

 立っていたのは眩しいほどの光が差し込む宮殿。トラックに跳ねられた途端、視界が切り替わるような感覚が全身を伝い、知らない場所に立っている状態。何が起きたのかと俺は辺りを見渡す。

 

「人の子よ。キサマは死んだのだ」

「えっと、どちら様ですか?」

 

 エメラルドが埋め込まれた銀製の杖を持った美しい女性。豊満な谷間を露出させる純白のドレスを身に纏い、ウェーブのかかった黄金色のミディアム程度の髪を揺らして俺の前まで歩み寄ってくる。

 

「私はこの天界を統べる女神ヘラ。お前の魂を導いた当人とも言える」

「女神……。その女神が俺をどうしてここへ呼んで……」

「キサマは同類を救うために己の命を捧げた。ならばチャンスをやろうと思ってな」

 

 ヘラと名乗る女神は軽く指を鳴らせば、全身を映し出せる鏡を目の前に召喚した。鏡の向こうに映るのはまさに『異世界』という言葉にふさわしい中世ヨーロッパ風の世界。

 

「この鏡に映るものはキサマが第二の人生を歩む世界。魔物を率いる魔王軍に対抗するため、人類が魔術を発達させた世界だ」

「えっ? そんな世界生きていける気がしないんですけど……?」

「安心するがいい。キサマには既に私の加護と力を与えている。ステータスを確認してみろ」

 

 当然のようにステータスを確認しろと言われ、読んでいた異世界モノを思い出して適当に何もないところをタッチした。するとゲームでよく見かける項目が表示される。

 

―――————————————

【ステータス】

名前:『キリサメ・カイト』

Lv:999

VIT:SSS

STR:SSS

DEX:SSS

AGI:SSS

INT:SSS

LUK:SSS

Passive(パッシブ) Skill(スキル)

『嫉妬なる加護』

 所持者にのみ特殊な月属性を扱うことができます。月属性は魔力を込めた分だけ威力を向上させることが可能になります。

 敵意を持つ者は肉体へ触れることができません。この効果は所持者の任意で解除ができます。

『全知全能』

 スキル所持者は魔術の知識や剣術などあらゆる知識が記憶されます。

『自動回復』

 体力と魔力を一秒ごとに最大値の五分の一ずつ自動で回復します。

『四次元ボックス』

 アイテムを保存できる無限の空間を使用できます。

『エンチャントマスタリー』

 あらゆる魔術の詠唱が不必要となり、全属性の魔術を任意で十倍まで威力を向上させることができます。

『ウェポンマスタリー』

 あらゆる武器の扱いを最大熟練度まで自動で向上させます。更に特殊な武器錬成も可能にします。 

 

Active(アクティブ) Skill(スキル)

『真理の観察眼』

 あらゆる人物・道具・武器・防具などを鑑定することができます。

『自動戦闘』

 戦いをすべてシステムに任せることができます。

 

―――————————————

 

「いやなんだよこれ……!? 軽く目を通しただけでもチートだって分かるわ! それに髪色も何で黒に戻って──」

「これでキサマは私以外に敗北することはない。第二の人生は何事にも囚われず、悠々と生きることができる……が」

 

 チート級のステータスに黒に戻された髪色。異世界転生の主人公といえば黒髪だからだろうか。ヘラは強調するように言葉を止め、俺の前まで顔を近づけてくる。

  

「キサマに一つだけ頼ませてもらおうか」

「は、はい? 頼むって何を……?」

「その力で浮気性の元夫とその愛人の女神共をぶちのめしてきてくれ」

 

 瞳孔を開きながらそう頼んでくるヘラ。その物凄い気迫に俺は苦笑交じりに後ずさりをしてしまう。

 

「私の元夫ゼウスはとんでもない浮気性でな。結婚を条件に処女をくれてやったというのに……あの男ッ、他の愛人を抱くためにこの天界から夜逃げしたのだ!」

「あー、そういやゼウスってそんな感じだったよな……」

「私という絶世の女神がいるにも関わらず、駄女神共に現を抜かすなど……腸が煮えたぎるほど憤怒と屈辱ッ! ああ苛立ちと歯軋りが止まらんッ! 必ず地の底へ叩き落してやるッ!」

「ヘラって名前、もしかしてメンヘラ(・・)ヘラ(・・)なのか……?」  

 

 髪の毛をかきむしりながらヒステリックな一面を見せられた俺は、頬を引き攣りながら名前の由来を勝手に解釈する。ヘラは嫉妬と怒りに身を震わせつつも何とか平静を取り戻し、鏡に映し出される世界へ視線を移した。

 

「キサマが新たな人生を歩むこの世界は……浮気性の元夫と愛人の女神共が崇拝される世界だ。ここに私に力を与えられたキサマが転生し、布教者として『女神ヘラ』の名を広めろ」

「名を広めて何の意味が……?」

「崇拝する者たちを奪えば奪うほど浮気男と女神共が力を失い、私の力が増していく。そうすれば居場所を突き止めて……一匹ずつ地獄を味合わせることができる。ふっふふふっ……!」

 

 俺が好きに人生を歩みながら布教活動をする。女神ヘラの名が知れ渡って崇拝者が増えていく。ヘラは元夫たちに復讐ができて、俺は不自由なく暮らせる。悪魔のような笑みが少し怖いけど悪い話ではないが、

 

「……? 何を見ている?」

「えっ? あぁいや、何でもないです」

 

 何か忘れているような感覚と女神ヘラへの既視感のせいで、どうもモヤモヤした気分が晴れない。

 

『目的が果たされるまでは……お前が私の()となり、私はお前の()となる。それでいいな?』

 

 脳裏に再生されるのは淡白な少女の声と青色の髪。どこかで聞いたことがある、という確信を持てない薄っすらと記憶。俺は考える素振りを見せつつ表情を曇らせる。

 

「人の子よ、任されてくれるな?」

「え? は、はい、分かりました。どうやって布教すればいいのかは思いつかないですけど……やるだけやってみます」

「良い返事だ。ならば早速送り込もう」

 

 再び指を鳴らすヘラ。

 俺の肉体は光の塵となって鏡に吸い込まれていく。よくありがちな異世界転生。チートスキルも勿論あるし、定番の魔法みたいなものもある。

 そんな安心感と期待感とは裏腹にどうしようもなく込み上げてくる不安。それらを抱えながら俺の意識は一瞬だけ飛び、

 

「道行く人たち寄っていかないかい~!? この搾りたてのミルク! 今なら一瓶三十ゴールドだよぉ~!」

「ねぇ聞いた? 国王の一人娘が城を飛び出したみたいよ……?」

「ええ聞いたわ。あのお転婆で凶暴で犬みたいな子でしょ」

「……ここが鏡に映ってた異世界、だよな?」

 

 城下町の広場に立っていた。

 中世特有の衣服に武器を腰に携えて歩いている戦士。初めて訪れた異世界なのに既視感だらけの光景。

 

「いやぁ~、今日は中々に調子が良かったぜ。レベルもそこそこ上がったから『冒険者組合』でランクの再審査でもしてもらうか。CからBに上がれるかもしれないし」

「どんぐらいレベルが上がったんだよ」

「三十一から三十五だけど?」

「じゃあ無理だろ無理! B判定を貰う冒険者は最低でもレベルが五十は必要だっていうしな」

 

 目の前を通り過ぎる若い冒険者の二人組。

 交わしている会話の内容を聞く限りゲームの世界と異世界を混ぜている世界観だろう。『数字形式のレベル』と『アルファベットで表すランク』の二要素だけですぐにそう悟った。

 

「それにお前だけBランクに上がってもよ。俺とお前の『ランク』と『レベル』を合わせた平均値が評価になんだろ? 結果的にCランクのまま変わんねぇって」

「はぁ、そういえばそうだよな……。早くAランクまで上り詰めて『二人制度』から脱却したいぜ……」

(『二人制度』……。じゃあ冒険者組合で冒険者になるには誰かと手を組まないといけないのか……?)

 

 変わった制度。

 冒険者のランクが低ければ常に二人で一つとしてコンビを組まないといけない。切磋琢磨という言葉が相応しいのか、それとも安全第一という言葉が相応しいのか。俺は一人で頭を悩ませる。

 

「ん? ステータスに載ってるのは現在地か……?」

 

 ステータスを開くと左上に表示されているのは『ルーラ大陸中央部』という大陸名。そして『イリス帝国』という国の名前。ゲームのようなステータスから考察するに、今いる場所を示しているのだろう。

 

「じゃあこの噴水に彫られた女神像は……」

 

 その場で振り返って視線を上げる。

 右手に天秤を、左手に剣を握りしめた女神像。目元を布で覆ってはいるが、その姿は正義と力を感じさせる。

 

「どうしたんだい兄ちゃん? あの女神像が気になるのかい?」

「えっ? あ、ああはい、ここに来たのは初めてだから気になって」

「あれは世界の均衡を保つ五大女神のお一方……法と(おきて)を司るテミス様さ。このイリス帝国で生まれた人たちはテミス様から『天秤の加護』を与えられるんだ」

 

 気前の良さそうな商人に声をかけられ女神像について説明を受けた。五大女神というのは多分ゼウスの不倫相手でヘラが憎しみを抱いている女神たち。

 

「けど兄ちゃん気をつけな。イリス帝国はテミス様のように法と掟を徹底する国。規律を守り、罰則も厳しいものばかり……ここで暮らすんならよく考えな」

「おーい! そろそろ出発するぞぉー!」

「おおっ、悪いな兄ちゃん! 俺はこの辺で!」

「ああいえ! 色々とありがとうございました!」

 

 馬車に乗った仲間から呼ばれるとその場を去っていく商人。俺は感謝の言葉を述べてから改めて噴水を見上げる。

 

「……まずは寝床の確保をするかな。別に冒険者にならなくても情報は集められるし、冒険者組合は覗くだけ覗いてみよう」

 

 情報収集と寝床。

 とりあえず拠点にできる宿屋っぽい場所へ向かうために適当な方角へと歩き出そうとした瞬間、

 

「うおっ!?」

「きゃあぁあッ!?」

 

 一人の少女が思い切り衝突してくる。 

 俺はその場で狼狽えるだけだったが少女は豪快に尻餅をつき、被っていたローブのフードが取れた。露わになるのは目を引くほどの赤い髪。

 

「いったぁッ──」

「ごめん、大丈夫か? 怪我とかはして……」

「──いわねこのぼんくらぁあぁッ!!」

 

 心配して手を差し伸べた瞬間、俺の腹部に渾身の頭突きを打ち込んでくる。けど痛みも衝撃もない。というか逆に赤髪の少女の方が痛みで頭を押さえているような仕草を見せる。

 

(あー、なるほど……。『嫉妬なる加護』の効果かこれ)

 

 敵意を持つ者は肉体へ触れることができない。

 最初の衝突は互いに敵意などなかったが、先ほどの頭突きは少女が敵意を抱いていた。だからこそ『嫉妬なる加護』の効果が発動したらしい。

 

「ちッ、あんたここで捻り潰して──」

「あら? あの子、国王様の一人娘に似てるわ」

「確かにそうね。もしかして本物の……?」

「──! まずッ、バレちゃうじゃないッ!」

 

 今度は拳を振るおうとしたが周囲の注意が集まると、すぐさまフードを深く被り俺のことを睨みつけた後、

 

「この私に手を挙げたことッ……。絶対に後悔させてやるわッ!」

 

 そんなセリフを吐き捨ててどこかへ走り去っていく。恨みを買ったというより勝手に恨みを買わされた。俺は険しい顔をして少女の後姿を見送る。

 

「あの子、何だったんだ? とてつもなく凶暴そうだったけど……って、ここを離れた方がよさそうだな」

 

 一波乱起こしかけたことで周囲からの視線を集めている状態。俺は足早に広場から立ち去ろうとしたとき、

 

「……ん? これ、さっきの子が落としたのか?」

 

 足元に落ちていたのは天秤の形状をした金のネックレス。俺はそれを拾い上げてから広場を急いで離れる。

 

「そういえば『真理の観察眼』って鑑定スキルみたいなのがあったよな?」

 

 試しに心の中で念じてみるとウィンドウのようなものが目の前に表示された。そこには装備部位やら上昇ステータス等が記載されていたが、大事なのはそこではなく、

 

『ヴァレンタイン家に与えられる王家の紋章。火炎属性の魔術をすべて無効化する力を持つ。所持者はカミラ・ディアンヌ・ヴァレンタインである』

「王家の紋章……!? こんなもの落としていったのか!?」

 

 このネックレスが王家の紋章だという事実。

 つまりさっきの少女は町の人たちがちらほら話していた人物で、城を飛び出したヴァレンタイン家の一人娘。俺はすぐに返した方がいいと考え、冒険者組合を後にし、あの赤髪の少女を探すことにした。

 

「すいません! この辺りでローブを深く被った女の子を見かけませんでしたか?」

「んぁ? ローブを被った女の子……ああ、ついさっき見かけたよ!」

「その子はどっちに走っていきました?」

「確か向こうの裏路地に入っていったが……妙な連中が後をつけていたんだ」

「妙な連中……?」

 

 眉を顰める調合用の薬を売っている店主。俺は裏路地への方角へ一瞬だけ視線を移し『妙な連中』について詳しく尋ねる。

 

「冒険者っていうにはどうも変な身なりをしていてね。口元を布で隠しながら慎重にローブの子を追いかけていたよ」

「まさか狙われて……あの、ありがとうございました! 俺は少し用事があるのでこれで!」

 

 直感でその人たちが『人さらい』だと警鐘を鳴らす。王家の一人娘となれば悪人の一人や二人に狙われてもおかしくはない。俺は感謝の言葉を述べてから裏路地を走り抜ける。

 

「どっちに行ったのか分かんねぇ! くそっ、探知魔法的なのでもあれば──」

「うぐぉおぉッ!?」

「……! こっちか!」

 

 東側から聞こえてきた男の呻き声。俺は無意識のうちに地を蹴って建物の屋根に飛び乗り、呻き声のした方角へと全力疾走をした。

 

「んッんんんッーーッ!!」

「このガキッ、手間取らせやがって……!」

「んむぐぉッ!?」

「旦那、衛兵共が来る前に早くずらかりましょう!」

 

 顔を布で隠した三人組の男とカミラという名の赤髪少女。

 一人の大柄の男は口元から血を流しつつ拘束されたカミラの腹に右拳を叩き込んだ。カミラはその場にひれ伏して涙目で大柄の男を睨みつける。

 

「何してんだよお前ら!?」

 

 そのまま連れ去ろうとする三人組。俺は屋根からすぐさま飛び降りて逃げ道を塞いだ。

 

「だ、誰だてめぇは?!」

「誰でもいいだろ! とにかくその子を今すぐ離せ!」

「旦那、こいつは衛兵じゃねぇ! ただの市民だ!」

「んなら殺っちまうぞ! どうせこの国からおさらばするつもりだしな!」

 

 大柄の男が背に右手を隠すと腰に携えていた手斧を握りしめ、殺意剥き出して真っ直ぐ向かってくる。俺はその場から動かずに大柄の男を見上げ、

 

「ぐおぉッ!?」

 

 振り下ろされた手斧を『嫉妬の加護』で弾き返した。その隙に大柄の男の胸倉を掴んでから、

 

「一緒に寝てろよッ……!」

「「うぎゃあぁあッ!?!」」

 

 後方で控えていた二人組に向けて投げ飛ばした。二人の男は大柄の肉体に巻き込まれながら行き止まりの壁にまとめて衝突する。俺の筋力のランクは『SSS』だ。これぐらいなんてことはない。

 俺は気を失った三人組を他所にカミラの元へ即駆け寄り、手足や口元を縛った麻縄を引きちぎって解放する。

 

「大丈夫か? 怪我とかは……」

「ふんッ、これぐらい何ともないわ」

「あ、あぁそれならいいけど」

「あと思い上がらないで。別に一人でもどうにかできたから」

 

 差し伸べた手を握ることもなく不機嫌な顔で立ち上がるカミラ。俺に助けられたことが気に食わないようで、一切視線を交わしてはくれない。

 

「まぁ無事だったら何でもいいよ。俺はこのネックレスを届けに来ただけだし」

「王家の紋章、あんたこれどこで……」

「さっきぶつかったときに落としててさ。大事なものだから早く届けようと──」

「いらない。その辺に捨てておいて」

「えっ? でもこれって王家の紋章なんだろ? 捨てていいのか?」

 

 カミラはネックレスを受け取らずにそっぽを向いてしまう。なぜ受け取らないかを遠回しに聞いてみることにした。

 

「いいに決まってるでしょ。私を縛り付ける鎖なんだから」

「鎖って?」

「あんたに話すわけないでしょッ! とにかくそのネックレスは売るなり焼くなり好きにしなさい!」

「いや焼くのは無理が……って、ちょっと待てって!」

 

 ムスッとした顔のまま立ち去ろうとするカミラ。しかし悪人にまた拉致される可能性は十分にある、と俺は後を追いかけてカミラの前に立つ。

 

「そこをどきなさいッ! 私に捻り潰されたいのあんたッ!?」

「お前はどこに行こうとしてるんだ?」

「冒険者組合ッ! 見て分からないのッ?!」

「分かんねぇよ……」

 

 カミラの甲高い声によって鼓膜を揺さぶられ俺は頬を引き攣った。元気というより常にしかめっ面をしている乱暴者だ。

 

「一応聞いておくけどさ。『冒険者組合』って二人一組じゃないと冒険者になれないの知ってるよな……?」

「は? 何よそれ?」

「一人で行動できるのはAランクの冒険者だけらしい。それ以下は『二人制度』っていうルールを守らないといけなくて──」

「ガミガミうるさいわねッ!? 要は強さを証明すればいいんでしょッ!?」

 

 うるさいのはどちらなのか。そう言いたかったが今にも殴り掛かってきそうな雰囲気だった為、ぐっと言葉を呑み込んで一度だけ深呼吸をし『真理の観察眼』でカミラのステータスを視認してみる。

 

―――————————————

【ステータス】

名前:『カミラ・ディアンヌ・ヴァレンタイン』

Lv:12

VIT:D

STR:C

DEX:E

AGI:C

INT:E

LUK:C

Passive(パッシブ) Skill(スキル)

『天秤の加護』

 火炎属性の魔術を扱えるようになります。体力を消費して任意のステータスを一時的に向上させることができます。消費する体力が多ければ多いほどステータスは向上します。

『火炎の心得』

 火炎属性に関する魔術の習得率が僅かに向上します。

『剣術の心得』

 片手剣、細剣に関する剣術の成長率が僅かに向上します。

 

Active(アクティブ) Skill(スキル)

『狂犬の勘』

 使用することで半径五十メートル以内の魔物探知が可能になります。

 

―――————————————

 

(このステータスだと流石に門前払いにされそうだな……)

 

 Bランク判定は最低で五十レベルは必要と聞いた。Aランクは少なくとも八十か九十か、それとも百レベルは必要なるはず。今のカミラでは『二人制度』を逃れることはできない。

 

「でもさ、よく考えてみてくれ。どういう事情かは知らないけど今のお前って、周りに正体がバレたらまずいんだろ? そんな状況で冒険者組合の手続きって出来ると思うか?」

「……」

「このまま国に居続けたら多分捕まるし……。一番いいのは他の国まで逃げて冒険者になることだと思うぞ」

 

 俺は取り合えず論理的な会話を試みる。

 カミラは壁があるならぶっ壊して真っ直ぐ突っ走るような性格。賢く立ち回ることを知らないためいずれ悪人に捕縛されるか、城に連れ戻されるかのどちらか。

 

「なら連れていきなさい」

「えっと、俺が……?」

「私はそういう難しいことを考えると頭が爆発しそうになるのッ! とにかく名案があるならそれに乗っかってやるってこの私が言ってんのが分かんないッ!?」

「あ、ああ分かった」

 

 半ギレ気味に同伴を求められ俺は動揺しつつ何度も頷いた。そして町の人間に見つからないよう衛兵たちを掻い潜って城門を通り抜ける。ある程度の距離まで離れ、やっとのことで立ち止まったのは丘の上。

 見渡す限りに広がる異世界はまさにゲームで例えるオープンワールドのようなもの。 

 

「これが外の世界……」

「ん? なんか言ったか?」

「何でもないわよッ! さっさとこんな国おさらばしましょ!」

 

 歳相応の少女らしい顔で外の世界に見惚れているカミラ。俺が声をかけると整備された草原をしかめっ面で突き進む。俺は冒険の始まりを感じ、カミラの後に続こうと一歩を踏み出した。

 

「てめー何をちんたらしてんだぜい」

 

 が、別の少女の声が聞こえると左腕を掴まれる。振り返ってみれば長い白髪に黒を基調としたゴスロリ服を纏った少女が裸足で立っていた。

 

「お前は、誰だ……?」

「ふざけちょるんかこのやろー! あちきはMyth(ミス) divine(ディヴァイン) apostle(アポストル) Quod(クオド) Erat(エラト) Demonstrandum(デモンストランダム) Ignosce(イグノスケ) Iocus(ヨクス) Siesta(シエスタ)じゃろうがー!」

「シエ……スタ……?」

 

 頭の中に詰まっているナニカが暴れ、目玉の奥が激しい熱を帯びる。右脳がトンカチで叩かれ、左脳がのこぎりで削られるような頭痛。気分が悪くなってその場に両膝を突いてしまう。

 

「ねぇキミ、ボクの邪魔をしてるけど誰?」

「てめーこそ誰じゃい! おれっちの領域展開に入ってくんじゃねぇー!」

 

 カミラ、ではない誰かと会話をするシエスタ。その最中にスライドショーのように映し出されていく写真と声。

 

『良い人間であればあるほど損をする世界だ。お前がこうやって生き残ったのも、世界の道理に沿っているからだろう』

 

 俺が誰かに泣きついている写真。

 黒く塗りつぶされていてその誰かの姿は見えない。

 

『お前が住んでいた世界では異世界転生が流行していると言っていたな。話を聞いた限りでは最初から最強の力が手に入る、仲間たちに恵まれる、何者にも屈することがない……が当然だったか?』

 

 それでも声は聞き覚えがある。

 淡白で現実を突きつけるような冷たい声。

 

『他の世界ではそうかもしれない。だがお前が今生きているこの世界は――』

「何をッ、してんだよ俺は……!! 違うだろッ、俺の知ってる異世界はッ──」

 

 俺はすべてを忘れていた。

 失った人、失った記憶、失いたくない大切な人たちを。

 

『――異世界転生(いせかいてんせい)ほどに甘くはないだろうな』

「──異世界転生みたいに甘くねぇだろうがぁあぁッ!!」

 

 アレクシアの言葉と共に蘇らせ意識と視界が遮断された。

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