ЯeinCarnation   作:酉鳥

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9:9『vs アルゴス』

 

 時は少しだけ遡り場所は終幕の大図書館。俺は氷璃(ヒョウリ)や七瀬さんと輪廻の契約を交わした後、最後の一人と対面していた。

 

「ここはどこなの? 私は派遣任務で原罪に遭遇して……」

 

 Sibyl(シビル) Astrea(アストレア)さん。

 俺やアレクシアと同様にドレイク家の派遣任務で眷属ラミアの被害に巻き込まれた一人。階級は銀の階級で俺たちの為に自分の命を顧みず、勇敢に戦った……俺にとっての命の恩人。

 

「お久しぶりですシビルさん」

「あなたは……アレクシア・バートリと一緒にいたカイト・キリサメ君よね? ……そうだった、私はあなたを庇って死んだはず」

「えっとですね、信じて貰えないとは思うんですけど今の状況を説明すると──」

 

 奇術によって構成された終幕の大図書館。死んだ者の末路が描かれる死者の書。そして補正値を変換することで力を借りれる輪廻の契約。

 ある程度の情報を伝えるとシビルさんは何となく状況把握をしたようで、その場で駆け足をするシエスタの頭に手を置いた。

 

「……私はあの時殉職したのね。あなたたちは全員無事に帰還できたの?」

「はい、俺もアレクシアもセバスもサラもクライドも……。シビルさんたちのおかげで帰還することができました」

「それならいいのよ。少しだけ安心したわ」

「……っ! そう、ですか……」

 

 屈託のない微笑みを見せられて思わず言葉を詰まらせる。俺が無力なせいで、俺の奇術が死を擦り付けたせいでシビルさんは命を落とした。罪悪感と心苦しさが募りに募って、何とも言えない顔をしてしまう。 

 

「……浮かない顔をしてるわね。何か言いづらいことでもあるの?」

「俺、シビルさんに謝らないといけないんです」

「謝る?」

「実は俺が、俺の奇術がシビルさんを殺したんです。本当は俺が死ぬはずだったのに、その死を跳ね返したからシビルさんに擦り付いて……。だからシビルさんが俺を庇ったのは──」

 

 シビルさんは俺の右肩に左手を置く。それ以上は口にしなくてもいいと静止するように。俺もその先の言葉を止め、俯きかけていた顔を上げる。

 

「正直なところ、私は奇術という力についてよく分からないわ。死を擦り付けたっていうのもあんまり……」 

「……」

「けど私があなたを庇ったのは紛れもない私自身の意志よ。その意志は奇術から干渉を受けた意志じゃない。あなたを守りたいと命を懸けた──シビル・アストレアの意志なのよ」

「シビルさん……」

 

 嘘偽りのない真っ直ぐな瞳。シビルさんに励ましにも似た言葉に俺は何とも言えない表情を浮かべる。

 

「さっ、顔を上げなさい。取り敢えずそうね……向こうの世界はどうなっているのか教えてくれる?」

「分かりました」

 

 俺は親身になって優しく微笑むシビルさんに現実世界での出来事を説明した。ドレイク家の派遣任務後、シメナ海峡を渡ってクルースニクまでスパイとして送られたこと。多くの眷属たちと戦いを繰り広げてきたこと。

 そしてアレクシアが情報操作をされ吸血鬼として容疑を疑いをかけられていることも。シビルさんは黙り込んだまま俺の話に耳を傾けていた。

 

「酷い話ね、なんて私も言えた義理じゃなかったわ」

「派遣任務の時にアレクシアを事故死させようとしていたからですか?」

「……知っていたのね」

「死者の書には生まれて死ぬまでの人生が記録されているんです。だから偶然目を通しちゃって……」

 

 シビルさんの死者の書を読んだとき俺は自分の目を疑った。何故なら派遣任務でアレクシアを事故死と見せかけ、暗殺するよう命令されていたからだ。俺はあのシビルさんがそんなことをするはずがないと何度も読み返した。

 

「カミルさんに命令されたのよ。『グローリアにとっての疫病神になるから殺してこい』と」

「あの怖い人がそんなことを……?」

「同じタイミングでアーサーからも頼まれたの。『僕が受け持つ生徒を守ってほしい』って……あの子の肉体に吸血鬼の血が流れている秘密も一緒に伝えられてね」

「──! アーサー先生が……!?」

 

 けどシビルさん本人の口から語られては認めざるを得ない。更にアーサー先生から『アレクシアの肉体』について聞かされていたという事実。俺は死者の書に記載されていない情報に眉を顰める。 

 

(死者の書はその人の情報が全部書かれているわけじゃないのか……?)

 

 万能だと思い込んでいた死者の書。実際はシビルさんとアーサー先生が裏でやり取りをしていたなど情報が欠けている個所もあるらしい。

 

「信頼におけるカミルさんの命令に従うか、それとも古くからの友人だったアーサーの頼みを聞くか。あの時は本当に迷いに迷ったわ」

「けどアレクシアを殺さなかったってことは……」

「ええ、でもあの選択はカミルさんやアーサーは関係ない。あなたを庇った時と同様、私自身の意志で見極めた結果よ。彼女、アレクシア・バートリの存在は確かに疫病神かもしれないけど──彼女に救われる命も沢山あるはずと判断したわ」

 

 結局すべて自分の意志で判断を下した。そう語るシビルさんの後悔すら感じさせない清々しい表情に俺は何とも言えない気分になる。

 

「だけどあの皇女様が『アレクシア・バートリの処刑』を命令するなんて……。考えられないわね」

「……? 考えられないっていうのは?」

「皇女様がカミルさんに命令したのは『ドレイク家の派遣任務に銀の階級を一人付ける』ことだけよ。『アレクシア・バートリを殺せ』って命令はカミルさん自身の命令であって皇女様がそう命令したわけじゃない」

 

 両腕を胸の前で前後にぐるぐる回しているシエスタの隣で考える素振りを見せるシビルさん。俯いて渋い顔をしながらぶつぶつと独り言を呟き始める。

 

「リンカーネーションに吸血鬼が紛れ込んでいた事実が発覚しても……そこまで事が重大になるとは思えないわ。けどロストベアの北部まで逃亡した彼女をわざわざ追いかけるまで深刻な事態になっているのなら──」

「シビルさん?」

「──裏で波風を立てる何者か(・・・)がいる」

 

 グローリアで暗躍する者の存在。 

 シビルさんゆっくりと顔を上げ、ハッキリとそう述べつつ俺の方へ視線を送ってきた。その表情からは強い確信が見て取れる。

 

「えっと、それはどういうことですか?」

「何者かが自身の目的を果たすためこの事態にあやかろうとしているのよ。リンカーネーション内部の情報を漏らしてね」

「情報っていうのはアカデミーの本試験や実習訓練で起きたことですよね?」

「その通り、人聞きが悪いけど皇女様はそれらを隠蔽していた。話によればアレクシア・バートリを落とし入れる為のスマホ? ……っていうのがばら撒かれたみたいだけど、そのきっかけだけが原因とは思えないわ」

 

 セシリアがばら撒いた例の動画が再生されるスマホ。グローリアの人たちの印象操作が目的なのは確実。だけどシビルさんの見解ではリンカーネーションの立場を崩壊させるまでのことではないらしい。

 踏まえればアレクシアの事態を利用してリンカーネーションを地の底まで落とそうと火に油を注ぐ人物がいる。そう考えるのが妥当だと憶測を聞かされた。

 

「もたもたしてられないわね。カイト君、私と輪廻の契約っていうのを結びたいんでしょ?」

「は、はい。今の俺には武器を扱って戦う技術が足りないんです。だからシビルさんに力を貸してほしいんです」

「ええ勿論よ。断る理由なんてないわ」

「あ、ありがとうございます! それじゃあ……シビルさんが俺に求める対価は何ですか?」

 

 対価と尋ねられて少しだけ他所へと視線を逸らすシビルさん。一体何を求められるのか。俺は内心びくびくしながら息を呑んで待機する。

 

「私があなたに求める対価は──彼女を、アレクシア・バートリをこの窮地から救うことよ」

「えっ?」

「今までの人生に悔いは、ないの。だから正直対価なんて必要ないのよ」

 

 そう言い切る顔には少しだけ迷いが見えるような気がした。それでもシビルさんは包み隠すようにすぐ微笑んで右手を差し出してくる。俺はシビルさんを数秒見つめた後、その右手を握り返した。

 

「……ありがとうございますシビルさん。俺に力を貸してください」

「ええ、やってやりましょう。私はあなたと──輪廻の契約を結ぶわ」

 

 輪廻の契約と共に解放される後悔。俺は真っ直ぐな眼差しをシビルさん向け、強い意志を示した。

 

 

────────────────────

 

 

「キャハッハハハッ!!」

「どけッ!!」

 

 シビルさんの補正値を自身に変換した俺は次々と食屍鬼をルクスαで叩き切る。シビルさんの実力があれば食屍鬼ぐらい何てことない。

 

「フハハハハッ……!?!」

「ウゥウゥウゥッ?!」

 

 背後から飛びかかってきた食屍鬼を真上に蹴り上げ、食屍鬼の顔を土台にして宙へと飛び上がる。そして持っていたルクスαを逆手持ちへと切り替えると、

 

「さっさとッ──」

「フギャギャッ!?!」

「ウ"ゥウ"ウッ!?!」

「──灰にされてくれよなッ!!」

 

 身体を捻りながら落下しつつ勢いよく一回転し、周囲に立ち尽くしていた数匹の食屍鬼の心臓を一太刀で斬り捨てる。シビルさんはB帰還に所属していた。B機関の動術はアレクシアと同じ『逆動』。

 

「これがシビルさんの力……」

『……驚いたわ。補正値の変換っていう仕組みを使うだけで、私の動きをここまで再現できるなんて』

「そ、そうですね。俺もこんなに動ける(・・・・・・・)なんてちょっと予想外でした」

 

 予想外というのは再現性ではなくシビルさん自身の並外れた身体能力。ルーナ班のアランさんたちも同じ銀の階級だったが、シビルさんのような動きはしていなかった。俺はその点だけが引っかかって眉を顰める。

 

「動きが変わった? もしかしてキミが例の奇術(トリック)を持った……」

「そうだアルゴス。原罪のニーナ・アベルが殺し損ねた……異世界転生者(トリックスター)は俺だよ」

「ハハッ、そうだったんだね! ああ惜しいなぁ、惜しくて悔しいよ。ホントだったら始末できたのに……」

 

 向かってくる食屍鬼の群れを瞬く間に葬れば訪れるのは静寂。さっきまで焦っていたはずのアルゴスは妙に落ち着いている。俺は何か奥の手を隠し持っているのだと勘付いて周囲をよく観察した。

 食屍鬼の鳴き声は一つも聞こえない。誰かが潜伏している様子もない。倒れているアレクシアたちを除けば、この場にいるのは俺とアルゴスだけ。 

 

『カイト君、あいつは何かを待っているわ』

(待っている? 一体何を?)

『分からないけど……あいつの足の位置をよく見て。利き足の左足を後ろへ下げているはずよ』

 

 言われた通り観察してみると確かにアルゴスは左足を一歩だけ下げてこっちを見据えている。シビルさんは続けてこう推測を語った。

 

『恐らく接近されたら距離を置けるよう身構えている。自分から距離を詰めるつもりなんて微塵もないように見えるわ』

(じゃあアルゴスは、何を企んで──)

「グスッグスッ……」

 

 思考を張り巡らせる最中、気配もなく俺の前に立つ一匹の食屍鬼。姿も足音も泣き声も今まで聞こえなかった。俺は三秒だけ唖然とした後すぐ我に返り、ルクスαで斬り捨てようとしたが、

 

「──ッ! 違う、こいつは列車で爆発した……!」

 

 すすり泣く食屍鬼は凹凸が目立つ身体を風船のように膨らませる。頭の中に浮かぶのは列車での記憶。俺はすぐさま耳と目を閉じてその場からがむしゃらに飛び退いた。

 

「ウ"ア"ァッア"ア"ァア"アァァッ!!」

「ああぁあぁあッ……!?!」

 

 瞬間、食屍鬼は身体を勢いよく破裂させる。盲目になりそうなほど激しい閃光に、鼓膜を貫くほどの甲高い泣き声。俺は飛び退いた後に転がりながらその場で身体を丸めた。

 

『カイト君、気を失ったらだめよ!』

 

 気を失えばまた逆戻り。

 俺は歯を食いしばりながら意識を何とか保ち続けようと耐える。人間は音と光を利用して生きてきた。それらが牙をむくとここまで人は無力になる。その恐ろしさを身をもって初めて俺は体験する。

 

「──の? さ──での──?」

 

 アルゴスが何かを喋っているが途切れ途切れの言葉しか聞き取れない。俺は閃光と断末魔が収まったタイミングですぐに目を開いて立ち上がったのだが、

 

「……は?」

 

 視界がおかしい。

 右目は西側の壁が映り込んで左目は天井を見上げている。アルゴスの声はすぐそばから聞こえたのにそのアルゴス自体が見えない。

 

「何が起きて──あぐッ!?」

 

 前後左右の判別がつかなくなり眩暈がして派手に転ぶ。うつ伏せに倒れたにも関わらず視界は何も変わらない。自分がどこにいて、どっちの方角に歩いているのかすらも分からない状況。

 

「教えてあげるよ。ボクはね、キミの視界を奪ったんだ」 

「視界を奪った……?」 

「キミの瞳に映るのはボクの身体にある目玉から見える世界さ。例えばこうやってボクの瞳をすべて閉ざせば……何も見えなくなるだろ?」

 

 アルゴスの言葉と共に視界が暗闇に閉ざされる。俺の右目と左目の視界はアルゴスの身体に埋め込まれた二つの眼球から見えている世界。こうなってしまえば待ち受けるのは、

 

「後は簡単さ。ボクがキミを(なぶ)り殺すだけ」

「かはッ!?!」

 

 アルゴスによる一方的な虐殺。

 うつ伏せになった腹部が凄まじい力で蹴り上げられた俺は、肺に溜まっていた空気を吐き出しその場で何度か転がった。

 

『カイト君、今すぐ立ちなさい! そのまま止まっていたらあいつの思うようになるだけよ!』

「はいッ……!」

 

 立ち上がって距離を置こうとしたとき、握っていたはずのルクスαを手放してしまったことに気が付く。俺は歯軋りの音を立てた後、アルゴスから離れる為に方角も定まらないまま走り出したのだが、

 

「いつッ……!?」

 

 距離感を掴めずに壁と正面衝突をしてしまう。額に伝わる鈍痛。俺は視界が暗闇に閉ざされた中で西側を向いてもう一度走り出した。

 

「ちゃんと足元を見てないと転んじゃうよ?」

「おあッ……!?」

「抵抗しないとさッ……こうやってッ、ボクに嬲り殺されちゃうよッ!」

「ごほッ、ぐはッ、うっぐあぁッ!?」

 

 けど先回りしていたアルゴスに足を引っ掛けられ派手に転ぶ。畳み掛けるように何度も腹に蹴りを入れられ、俺は嗚咽を漏らしながら苦痛に苛まれた。

 

『くっ、視界が塞がれてる状態でどう戦えば……!』

 

 頭の中で響くシビルさんの声。七瀬さんの青天(せいてん)霹靂(へきれき)や氷璃の暴食の手に切り替えたところでどうにもならない。

 

(アルゴスの目を潰せばッ……視界を取り戻せるはずですッ……)

『カイト君、何かいい案があるのね?』 

(案っていうより、これは賭けですッ……)

『賭け? あなた、いったい何をするつもりなの?』 

 

 どうにもならないし打開策も思いつかなからこその賭け。俺は苦痛に顔を歪めながらアルゴスから距離を取るように転がる。

 

「シエスタッ、補正値を調整してくれ……!」 

『何を弄るんだベイベー?』

「すべての補正値を──好運補正に割り当てるんだッ!」

『ういー!』

 

 五種類にバランスよく二十パーセントずつ割り振っていた補正値。それらをすべて好運補正に振り切らせる。

 

「よく分からないけど……何をしたってムダな足掻きだよ。盲目のキミにはボクへ触れることすらできな──」

 

 瞬間、俺は偶然(・・)手元に落ちていたオートマチック銃のディスラプターαを握ってアルゴスの声が聞こえる方角へ銃口を向けた。

 

「あれ、どうしてそこに銃が落ちて……? まぁいいけどさ、見えないのに当たるはずないし」

 

 馬鹿にするアルゴス。

 視界が塞がれている以上は狙いたい対象への照準は定まらない。けど俺にとって狙うか狙わないかなんて関係なかった。

 

(シエスタは前に一度だけ『好運補正』を弄った。それは多分あの時だ)

 

 前に左から三番目の機械を触ったとシエスタが述べていた。その三番目は好運補正。心当たりがあるとすれば俺とアレクシアで身分を偽装してアダールランバへ入国する作戦を立てた時だ。

 

『くっそぉ! こうなったら神に祈るしかない! 頼む頼む頼む、表こい表こい表こい表ぇえぇぇえっ!!』

 

 使用人か主人か。

 コイントスで決めることになった賭け事。そもそもアレクシアはコインの回転数を調整できる。俺に勝ち筋なんて何一つなかったのに、

 

『──表だと?』

『うっしゃあぁあっ!! ほんっっとありがとうございます神様ぁあぁあっ!!』

 

 どうしてか番狂わせが起きた。とてつもなく運が良いと思ったがまったくその通り。何故なら好運補正が働いていたのだから。

 

(……ララさんはエンジェルナンバーの力で四発目を絶対に外さないって言っていた。どんな距離でもどんな状況でも絶対に外さないって)

 

 ルーナ班で出会った狙撃手のララさん。一発目や二発目は的外れな箇所に弾丸が飛んでいくけど四発目は必中させる死の天使。それはエンジェル家の天性によって与えられた力だと教えられた。

 俺は視界が暗闇に包まれたまま、無言のまま二度引き金を引いて発砲する。

 

「ハハッ、どこに撃ってるの? ボクはそっちにいないよ?」

「……」

「変なことされても困るからさ。そろそろボクが処分してあげる」

 

 アルゴスが落ちていたルクスαを拾い上げる音。

 ララさんの天性のように奇術が俺に与えられた力で、好運補正が番狂わせを引き起こせる力だとする。ならその補正値を百パーセントまで割り振るとどうなるのか。

 

「ウギィア"ァア"ァア"?!!」

 

 放たれた弾丸は好運補正によって狙うべき箇所を撃ち抜く。他所へ飛んでいく二発の弾丸は跳弾となり、アルゴスの目玉を二つ貫いた。俺の視界は瞬く間に開け、もがき苦しむアルゴスを捉える。

 

「よくもッ、ボクの目玉をォオォオォッ──ぐぉおぉへッ!?」

 

 狼狽える状態のアルゴス。

 この隙を逃すわけにはいかないと勢いをつけた右拳を振るって殴り飛ばす。地面に転がるアルゴス。俺は警戒しつつ落ちていたルクスαを拾い上げた。

 

「今の状況……どうにか、なんのかよ……」

 

 ただ好運補正を上げただけ。

 与えられた度重なる偶然を掴んだら特に頭脳も使わずに身を任せる。『主人公補正』という奇術の無茶苦茶な力。ニーナ・アベルがしつこく俺を始末しようとしていた理由が何となく理解できた。

 

「ほ、ほんとだったらボクの作戦勝ちだったのに……。ひ、卑怯だぞオマエッ! そんな力を使うなんて卑怯だッ!!」

「お前だって正々堂々戦う気なかっただろ……!」

「うるさいうるさいッ!! 奇術を使うのは無しだ! 一対一で正々堂々やり合おうじゃないか!」

 

 不平を訴えてきたアルゴスに俺は剣先を向ける。傍から見ればアルゴスが追いつめられた状況。けどまだアルゴスはこっちが気を抜く機会を窺っているように見えた。

 

『カイト君、あいつは時間稼ぎをしているわ。狙いは食屍鬼の自爆。もう視界を奪われないようにしないと』

(はい、大丈夫です! あの食屍鬼の対処法も何となく分かったので……!)

『……それじゃあ反撃開始よ。あなたの手であいつを粛正しなさい』

 

 俺は大きく深呼吸をしてから地を蹴って駆け出す。アルゴスはギョッとした様子で一歩だけ後ずさりをした。

 

「グスッグスッ……」

「──!」

「ハハッ、バカだねキミは! そこにいる食屍鬼に気が付かないなんて!」 

 

 距離を縮めると目の前に気配もなく現れる例の食屍鬼。足音も泣き声も今まで聞こえてこなかった。そんな食屍鬼を前にして俺は、

 

「えっ、えっ?」

 

 何もせずに横を通り過ぎる。ルクスαで迎撃するわけでもなく、そこに何もいないかのようにただすれ違った。何もしない俺を見てアルゴスは目を丸くしながら更に後退りをする。

 

「もう引っかからないぞアルゴス。この食屍鬼は罠だって分かったからな」

「……! な、なにを言って……!!?」

「あの食屍鬼は幻覚に嵌める為の罠なんだろ? こっちが気に掛けなかったら何もしてこないただの罠」

 

 列車の時はフローラさんが、さっきは俺から仕掛けて食屍鬼は自爆した。けど食屍鬼からは一切仕掛けてこない。そのワケはそもそも見えている食屍鬼は幻覚に過ぎないから。

 食屍鬼に仕掛けることが意味するのは『現実だと認めた』こと。その時点で幻覚に陥り、あの閃光と断末魔を浴びせられる。アルゴスはその心理を利用して幻覚を見せていた。視界を奪う能力が発動するのもそれが条件。

 

「ク、クソォオオォッ! く、来るなァアァアッ!!」

「「「ギャハハハハッ!!!」」」

 

 目の前に現れる食屍鬼の群れ。鋭い爪を振り下ろしてくるがただの幻覚。俺は足を止めずにアルゴスへと向かっていく。

 

「止まれッ、止まれよォオォオッ!!」

「うぃーす海斗! 購買付き合ってくんね? ちゃんと五百ミリのペットボトルでジュース奢るから!」

「霧雨君、この間はありがとうございました。その、良ければ少しだけお茶に付き合って貰えませんか? 色々と積もる話もあるので……」

 

 フレンドリーな犬丸とやや頬を赤らめた委員長の西条。二人は慕うように声をかけてくるけど幻覚。俺は見向きもせずにそのまま突っ走る。

 

「見えてないのかッ!? キミの見たい理想が、道端に転がってるんだぞ!?」 

「海斗、実は休暇が取れてね。場所はまだ決まってないが……家族旅行にでも行こうと思うんだ」

「あら、何年振りかの家族旅行じゃない。どこに行くか早速決めましょ」

「東京のお洒落なお店とか、東北の温泉街とか……。ほら兄貴もこっちに来て案出してよ。折角の家族旅行なんだから」

 

 仲睦まじい母さんと親父と文香。こっちを見ながら家族旅行の計画を立てようとしている。悲しいことに幻覚だ。俺は視線を揺らがせることもなく、ルクスαを逆手持ちに切り替える。

 

「何でッ、何で止まらないんだよォオォオォ!!?」

「……!」

 

 やけくそになったアルゴスが映し出すのはアレクシア。床で寝ているためもちろん幻覚。俺はどんな甘い言葉を囁かせるのかと眉を顰める。

 

「……」

「……?」

 

 だが特に何か言われるわけでもなくあっという間にすれ違う。俺は何か仕組んでいるのかとアルゴスの顔色を窺ってみれば、

 

「な、なんで、ボクの方を見てるんだよ……!?」

 

 自分で創り出したアレクシアの幻覚に顔を青冷めていた。何が起きているのか気になったが振り向くわけにもいかない。俺はただアルゴスへと睨みを利かせ、走り続ける。

 

「ボクを、ボクを憐れむような目玉で見るなァアァァッ!!」

 

 想定外の事態に怯えているアルゴス。アレクシアに視線を奪われ俺なんて眼中にないようだった。振り向けないから幻覚のあいつがどんな顔をしているか確認できない。でも後方からこんな声が聞こえてくる気がした。

 

『未来永劫、この世に生まれ変わることなく──』

 

 引導を渡すときに必ず呟く決め台詞。アルゴスによる幻聴なのか、それとも俺の中で勝手に再生された声なのか。分からないまま俺は軽く微笑んだ後、アルゴスと数センチの距離まで詰め寄り、 

 

「──永久に眠れ」

「ウギィア"ァア"ア"ァア"ア"ァァッ!?!」

 

 そう呟きながらアルゴスの首を斬り落とした。

 

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