無造作に降り注ぐ鉄の雨。
更地となったアモンアノールの城下町を駆け抜け、向かってくる殺傷力の高い鉄の武器を一本ずつ捉える。錆びた剣を屈んで回避し、刃こぼれした斧を半身でかわし、鋭利な弓矢は軽い跳躍で身体を捻らせながらすべて避け切る。
「……っ」
ゲリュオンが投擲した着地狙いの大槍。向かい風や鉄の雨を物ともせず、真っ直ぐ的確に胴体を射貫こうと飛ばされてくる。私は握りしめていた銀の大剣を左手に持ち替える。
そして力を込めて振り上げ、金属の擦れる音と火花を散らして大槍の軌道をずらし、
「──
空いた右手を振り払い蒼色の上製本を見開きの状態で出現させ、周囲に降り注ぐ鉄製の武器と大槍に蒼色の発光文字を埋め込み、宙へすべて浮かばせた後、
「貴様に返そう」
城の最上階にいるゲリュオンへ勢いよく解き放った。同時に向こう側からも新たな鉄の雨が放たれる。宙で衝突しあう鉄の雨は無数の烈火を幾度も巻き散らし、金属の花火を夜空に咲かせた。
「……」
鉄の雨を掻い潜るのは蒼く発光する大槍。無言でこちらを見下すゲリュオンに風を切る速度で接近していく。私はどう対処するかを遠目で観察していれば、鉄の
そして「この程度か」と言わんばかりの傲慢な振る舞いを見せながらこちらを静かに見下す。
「……頑丈な鎧だ」
私が兜の隙間から覗かせる紅い瞳を睨むと、アモンアノールの城壁から鉄の雨が放たれる。先程とは桁違いの物量。どうやら血涙の力を発現させた私を試そうとしているらしい。
その証拠にゲリュオンは二本の大槍を掴み上げると着地の隙を狙うこともなく、私に視認された状態で一本ずつ投擲してきた。
「
鉄の雨と大槍を見据え右手の上製本をかき消し、顔を射貫くまで残り数センチというところで紅い左目に古時計の写像を映し出す。その写像に共鳴するように宙で完全に停止する二本の大槍と鉄の雨。
私は美術品と成り果てた鉄の雨の中を歩いて城の正門まで向かおうとした。
「「ギギィアァアァアァアッ!!」」
「……
瞬間、城下町の地面から二匹のタイラントが鳴き声と共に顔を出す。恐らくはゲリュオンが城を守護させるタイラント共。私は左手に握りしめた銀の大剣を右手へと持ち替え、蒼色の獄炎を纏わせた。
「……煩わしい虫共だ」
二匹のタイラントは牙の生えた大口を開いて無鉄砲にも喰らい付こうと迫りくる。私はやや呆れながらも顔の半分を左手で押さえることで仮面を装着し、
「
「「ギギギギギッ……!?!」」
仮面を付けた女の頭部を二体だけ背後から具現化させた。そして詰め寄ってきた二匹のタイラントの鉄の前頭部に向かって正面から頭突きを食らわせる。鉄に覆われた皮膚に亀裂が走るとタイラントは狼狽えるように鳴き声を上げた。
「……
私は銀の大剣を即座に上空へと放り投げ、そのまま流れるように仮面を外し女の頭部を消した。
そして今度は両腕を広げて両手首から蒼い蔓を伸ばす。伸ばす先は宙に停止した二本の大槍。蔓を持ち手へと巻き付けた後、広げた両腕を一気に前方へと振り払い、
「「ギィグァアァアァアァアッ!?」」
顎から頭頂部に向けて大槍を突き刺した。
タイラントは鼓膜を揺さぶるほどの断末魔を周囲に響かせる。私はその鳴き声に眉を顰めながらも落下してきた銀の大剣を掴み、
「「ギィァアアァ──」」
「動くな」
「「──」」
私の左目で揺らめく古時計の写像。タイラント共へ遅延を与えたことで動きを鈍くさせる。これで隙が生まれた。
「そこか」
その隙を狙い身動きを封じた西側のタイラントの懐へ潜り込めば、今度は自分自身に加速の効果を付与し、銀の大剣で腹底に生えた無数の手足を再生する間もなく斬り落とす。
「グッギギゴゴァアッ……」
「……こいつは」
列車での攻防の際にキリサメが推察していた通りの光景。手足の中に埋め込まれていた……いや、隠されていたのはタイラントの核となる部分。しかし核となっていたのは食屍鬼や心臓ではなく、子爵相当の吸血鬼だった。
タイラント本体と繋がれた血管が浮き出る傷んだ肌。紅の瞳から血の涙を絶え間なく流し続け、呻き声を上げながら苦しみ悶えていた。
「ガッグゲデッ……グレッ……」
シメナで遭遇した海洋型の食屍鬼と核の構造が似ている。恐らくはこのタイラントとやらもストーカー卿が生み出した怪物の一種。
更に言えば食屍鬼ではなく子爵が埋め込まれていることから、ストーカー卿が手掛けた連中の中でも上位種に分類されるだろう。
「失せろ」
「ゴガグァアァアァアッ……!?!」
私は蒼色の獄炎を纏わせた銀の大剣を子爵の胴体へ突き刺し、刀身を九十度捻ると息の根を止めた。核を潰されたことでタイラントは悲鳴を上げることもないまま、糸の切れた人形のように倒れ込む。
「次は貴様だ」
残されたタイラントの数は一匹。
既にこの目で弱点の位置を確認したため接近する必要はない。私は銀の大剣に蒼色の獄炎を纏わせたまま、その場で一度だけ身体を回転させ、
「グァアァアアァアアァアッ……!!」
力を込めて投げ飛ばすと手足が無数に生えた腹底へと突き刺した。耳まで届くのは子爵の断末魔。しかし生き長らえようとしているのか、遅延が与えられたタイラントの巨体を動かし明確な殺意を向けてくる。
「ギッ……ギギギィアァッ……」
「喚くな──」
大剣の柄に巻き付けていた蒼い蔓。私は徐々にこちらへ接近しようとするタイラントを見上げ、蔓を伸ばしていた右の手の平を上に向けてゆっくり握りしめると、
「──貴様は詰んでいる」
「グガアァァアアァアッ!!」
怒涛の如く銀の大剣を手繰り寄せる。引き抜かれた箇所から噴水のように溢れるのは錆びた黄土色の血液。タイラントの残骸が転がる中央で私は手繰り寄せた大剣を掴み、未だ城の最上階で佇むゲリュオンを見上げた。
(あの鎧は手出しをしてこんのか)
タイラントと接触していた間に援護射撃は一切ない。私を始末したいのであれば隙を狙うのが定石。何かを企んでいるのか、もしくは騎士道を拗らせているのか。口を閉ざしてしばらくゲリュオンを眺めていると、
(退いただと……?)
踵を返して城内へと姿を消した。
迎撃体勢を取るわけでもなく鉄の雨を再び放つわけでもない。その振る舞いは「城内で待っている」とこちらに言っているようにも見えた。
(これで手間は省けたが……)
これで鉄の雨を掻い潜る必要もない。その場から駆け出してアモンアノールの城下町を疾走する。血涙の力を解除したことで行き場をなくし地面に転がる鉄の武器。私はそれらに見向きもせず、城の正門だけを見据えてただ走り続けた。
(……血涙自体の力量が底上げされているのはどうも引っ掛かる)
気掛かりなのは血涙の力量。
メデューサやアルゴスから継いだ力は規格外だった。しかし他の血涙の力も気が付けば成長を遂げている。例を上げれば獄炎は火力と熱を増し、蒼い蔓は頑丈さと取り回しが向上した。
仮面を付けた女の頭部はより頑丈で強力に、蒼色の発光文字は操れる物質の量が増え、肉体の再生は無意識のうちに疲労回復や自然治癒を向上させている。
(考えられる原因は……吸血鬼共の血を多く取り込んだことぐらいか)
私は今まで眷属共の血の涙を口にしてきた。この行為が意味するのは吸血鬼の血液を体内に摂取してきたということ。母体のバートリ卿が吸血鬼。踏まえれば血涙の力量が増したのは──吸血鬼の肉体に近づいているから。
「……何の用だ?」
正門まで残り僅かの距離で思考と足を止める。
背後に立つ何者かの気配。振り向かずとも誰なのかを理解し、握りしめていた銀の大剣を逆手持ちへと切り替えた。
「ふむ、今宵は綺麗な半月みたいだね。しかし、しかしだよ。美少女と踊るには半分足りない。そう思わないかい片割れくん?」
「……何の用だと聞いている
「君にこの格言を与えよう。『美少女に共感させてはならない。常に美少女に共感する立場であれ』」
振り向いた先に居たのはセシリア・バートリ。高く積み上がった瓦礫の山の上で脚を組みながらこちらを見下ろしてくる。この女は権力を持つ
私が顔を上げて横目で睨みを利かせれば、余裕かつ可憐な振る舞いを見せながら静かに微笑む。
「下らん
「まさか、私の格言は出来立てほやほやさ」
「そうか」
「そうとも」
普段の調子で自信に満ちた返答をしてくるセシリア。右の瞳を紅色に輝かせつつ瓦礫が積み上がった山の上で脚を組み直す。しばらく周囲に訪れる静寂。互いに無言の時間が十秒、二十秒と経過をし、
「……邪魔をするつもりか?」
特殊な銀で塗装された回転式の大型銃を左手でホルスターから抜き、銃口をセシリアへ躊躇なく向ける。この愛銃の名は
カヌスの由来は吸血鬼共を『灰』へと変えることからつけられた名称。
「邪魔だなんて人聞きが悪いじゃないか。この美少女が運命という名の鎖に縛られた君を──救いに来たというのにね」
「……救いだと?」
「無風の渓谷で言ったはずさ。君の居場所はこっち側で、君が立つべき場所は私の隣だとね」
銃口を向けられてもセシリアは動揺せず、流暢に語り口調で喋り続ける。その気に食わない態度を見上げながらカヌスの引き金に指をかけた。
「美少女はひじょーに温厚だ。考えを改めたであろう片割れくんの為にわざわざ出向いてあげたのさ。死に物狂いで逃げている今なら……こっち側に来てくれると思ってね」
「……」
「さぁ片割れくん、私と共に行こうじゃないか──」
鳴り響く銃声。
大型の弾丸は手を差し伸べたセシリアの右頬を掠りながら夜空へ消える。カヌスの銃口からは僅かな発煙が揺らめき、鼻元まで火薬の臭いが漂ってきた。
「この場で明確にしておく。吸血鬼共の肩を持つ時点で貴様と手を取り合うつもりはない」
「……ふむ、それは『この世界から吸血鬼を一匹残らず消す』ためかい?」
「ああ、貴様も対象だ」
「君にこの格言を与えよう。『美少女を対象にしてはならない。常に美少女に対象にされる立場であれ』……って、君の立場は美少女の対象になって
セシリアは瓦礫の山から飛び降りるとこちらに背を向ける。その言動からするに勧誘するのを断念したと汲み取れたが、未だに脳裏で引っ掛かっていることがあった。
「貴様は何を隠している?」
「うん? 何のことだい?」
「私の立場を無くしたうえで勧誘する理由は分かる。だがあの男を今生に呼び戻した意図が理解できん。貴様と原罪とで行動が食い違っている」
原罪にとってのキリサメは邪魔者。
しかしセシリアは側近の異世界転生者を利用してキリサメを一度だけ蘇生している。同じ陣営側だというのに生まれている行動の矛盾。私がそう指摘するとセシリアは背を向けたまま夜空を見上げる。
「美少女は何事も気まぐれで動くのさ。そこに意図はないのだよ片割れくん──」
「あの男の『主人公補正』とやらを開花させるためか?」
「……!」
憶測を述べると身体を一瞬だけ硬直させるセシリア。その反応は勘付かれたことに対しての驚きが作用したものだと見て取れる。
「『主人公補正』とやらは人間と吸血鬼共に利益をもたらすが、同時に牙を剥く脅威にもなり得る。どちらへ転ぶかはすべてあの男の意志と扱い方次第」
「それでそれで?」
「だから貴様は泳がせた。『主人公補正』を持ったあの男がどう転ぶかを観察する為に」
「……正解! 君に美少女ポイントを二点あげよう!」
推理を聞いたセシリアは爽やかな笑顔を見せながら指を二本立てた。その笑みに対して私は冷めた眼差しを送る。
「まだ気がかりなことがある」
「神経質だね片割れくんは」
「……吸血鬼共は魔女の馬小屋で優秀な
「ほう、臆病というのは?」
話し手を好むはずが聞き手となって楽しむセシリア。胸の内に抱く違和感。例えるなら『私から話を引き出そうと誘導している』と言えばいいのだろうか。
「バートリ卿とやらと主従関係だった十体の眷属。名家の始祖だった十人の原罪。選抜された四人の異世界転生者。ここまでの戦力を蓄えているにも関わらず……吸血鬼共が常に『受け身の体制』について臆病すぎると言っている」
私が眠りについていた千年の空白。
吸血鬼共が優勢の時代が延々と続いていると教えられた。しかし蓋を開けてみれば強大な勢力でグローリアのような国ごと潰そうとはしてこない。
「片割れくん、雪月花の領土は攻め落としたはずさ」
「だが分裂した雪月花たちには手を出していない」
「大蛇の風穴があったじゃないか」
「あの蛇共も受け身だ。更に言えばメデューサの管理下にも置かれていただろう。まるで『自分から行動を起こすことがない』ように統率を図ろうとしていた」
問答を繰り返す中で楽しんでいたセシリアの声色が低くなる。私は核心を突いているのだと悟り、銃口を向けながら更にこう言及をした。
「
「まったく、
「……貴様は」
私はセシリアの返答を聞いて銃口をゆっくりと下ろす。その様子にセシリアは小首を傾げつつこちらへ振り返った。
「どうしたんだい片割れくん? 美少女の横顔に見惚れてしまったのかい──」
「なぜ無性という呼び名がノエル・イザードだと分かった?」
「……」
「無性と呼んでいるのは私だけだ。貴様の前でノエル・イザードと遭遇したことも名を呼んだ覚えもない」
一般的なものではなく私独自が付けた呼称。あたかも当然のように会話を進めたセシリアに違和感を抱き、眉を顰めながらゆっくりとこう問いかけた。
「貴様は……転生者か」
独自の呼称を知る者は私の前世を知る転生者のみ。セシリアはその問いかけに何も答えない。ただただ黙りこくって視線を逸らすだけ。
「私は美少女さ。それ以上もそれ以下もない、この世界にたった一人の美少女」
逃げるようにしてその場から歩き出すセシリア。私はどこか含みのある言い方をされ、月光に照らされる可憐な後姿を見送る。
「カイト・キリサメくんをこの世に呼び戻した理由。それは私が掲げる『未来の変革』に彼が貢献してくれるかもしれないからさ。……そう、この行いはすべて私自身の独断」
「……『未来の変革』だと?」
「君を引き入れたかったのは『転生の終着点』に到達してもらう為。さっきの勧誘は私たち吸血鬼側の総意でね。……しかし、しかしだよ。想いを込めた美少女のラブコールは君の心まで届かなかった」
セシリアを包み込むのは薄い
「あの城を守護するゲリュオンは手強い。美少女の囁きに耳を傾けてくれないほど……身体的にも精神的にも頑丈さ」
靄の中で薄れて消えていくセシリア。私は引き金に指をかけてその光景を眺めるが引き金を引くことはしない。
「今度は満月の下で──また会おう」
別れの言葉を微笑みながら伝えると忽然と姿を消す。私は銃を下ろしてセシリアの立っていた方角へ背を向ける。
(動きについては何も答えなかったな)
吸血鬼共が『受け身の体制』だという言及についての真偽。セシリアは触れられたくないのか一切答えなかった。つまり
(……今は成すべきことを果たすか)
肉体を満たすのは人生の岐路を過ぎたような感覚。私は雑念を振り払うように一呼吸置いてから歩き出し、ゲリュオンの待つ城の正門を潜り抜けることにした。