ЯeinCarnation   作:酉鳥

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1:14 Viscount ─子爵─

 

 行方不明となった父親と、本試験から生還しなかった二人の子供。シーラにとってかけがえのない存在が、私たちの視線の先に立っている。

 

「シーラ? あぁ、お前はアイツのことを知ってんのかぁ?」

「知っているもなにも私の里親だ」

「あのシーラが里親だって? ハハッ、お前は運が悪いなぁ」

 

 何がおかしいのか。子爵は地下牢獄に響き渡るほどの笑い声を上げた。

 

「あんな出来損ないの女が、里親なんて務まるわけないだろ」

「……出来損ない?」

「料理もまともに作れない、家事もまともにこなせない。あんなやつと一緒に暮らしていたらストレスで剥げちまう」

 

 シーラの酷評を次々と口走る。キリサメはそれを聞くと、怒りを露にしているようで、拳を力強く握りしめていた。 

 

「貴様は行方不明になったと聞いていたが……?」

「それはオレが原罪様に認められ、吸血鬼へと"進化"したからだ! 辛うじて生きていたオレを、原罪様は讃えてくれた! 『強者としての器がある』と吸血鬼にしてくれた!」

「愚かな男だ。貴様は進化ではなく退化をしただけだろう」

「あぁ? オマエもこいつらと同じようなことを言うんだな?」

 

 子爵は両隣に立っている食屍鬼を交互に見る。自身の子供たちへ向けられた視線から汲み取れるのは──蔑みと狂気のみ。

 

「オレは優しい。あの女のとこで人間として暮らすよりも、吸血鬼としてオレのとこで暮らした方が何一つ不自由のない生活ができる。だからオレは数年前に、この本試験の地下牢獄へ潜り込み、子供たちと再会した」   

「……数年前」

「誘ってやったんだよ。オレと一緒に来いってな。吸血鬼となり、公爵様が支配する領地で暮らそうと」

 

 両手で食屍鬼の首を力強く掴み上げた。食屍鬼となった子供たちは反抗もせず、苦しみに悶える声を出す。

 

「だが断りやがった。こいつらはオレに『目を覚ませ』やら『間違っている』やらと聞く耳を持たなかった。挙句の果てには『お母さんが待ってる』だとか言い出しやがったんだよ」

「グスッ……グスッ……」

「だから教育した後、食屍鬼にしてやった。折角与えてやったチャンスを無駄にしやがったからなぁ」

「……すべてが繋がった」

 

 シーラの子供たちが本試験から生還できなかった理由も、行方不明となった父親の居場所も理解できた。私はその場から立ち上がり、先ほど飛んできた剣を一本だけ拾い上げる。

 

「お前は、お前はシーラさんのことを愛していたんだろ?」 

「あぁ?」

「シーラさんは子供たちを待っていたんだ。父親のお前を待っていたんだ。あの家で、ずっと独りでも、信じて待っていたんだ」 

 

 キリサメは怒りに両肩を震わせながら子爵と向かい合い、黒の刀剣を構えた。

 

「シーラさんや子供たちのことを、愛していたんじゃねぇのかよッ!?」

「……」

「答えろぉッ!」

 

 怒声を子爵にぶつけるキリサメ。私たちの背後で食屍鬼と戦っているジェイニーやデイルも、その怒声に思わず振り返る。

 

「愛しているわけねぇだろぉ?」 

「……は?」

「料理もマズイ、家事も出来ねぇ、オレの機嫌取りもまともにしねぇ。あんな女のどこが愛せるんだよ? 父親の言うことすら聞かない子供たちの、どこを愛せるんだぁ?」

「……ふざけんな」

 

 嘘偽りのない本心を、吸血鬼共となった穢れた魂を、子爵は曝け出す。キリサメは耐えられず刀剣を振り上げ、

 

「ふざけんなぁああぁああぁーーッ!!」

 

 怒りに身を委ねながら子爵に全力で斬りかかった。 

 

「うるせぇんだよ」

「ごふっ……?!」

 

 子爵は食屍鬼から手を離し、キリサメの腹部に前蹴りを放つ。まともに蹴りを受けたキリサメの重心は崩され、地面に後頭部を打ち付けてしまう。

 

「シーラさんはっ……優しかったんだよっ……」

「あぁ?」

「シーラさんは、見ず知らずの俺を……大切に想ってくれたっ……」

 

 後頭部を強く打ったことで気を失う寸前。しかしキリサメは仰向けの状態で上半身だけ起こし、口元から涎を垂らしながら、子爵を睨みつける。 

 

「ドジを踏むことだって、沢山あるけど……。シーラさんは、出来損ないなんかじゃねぇよ……!」

「どこからどう見ても出来損ないだろうがぁ! 子供たちの面倒も見れねぇのに、何が母親だってぇ!? あんなやつが里親なんかできるわけねぇだろうがぁ!!」

「出来損ないはてめぇだろぉ!! シーラさんを裏切って、子供たちまで裏切って……!! シーラさんはてめぇみたいに逃げねぇよ!! てめぇみたいに――子供たちを裏切らねぇ!!」

「黙れ、黙れ、黙れぇえ!! オマエのようなガキにどうこう言われる筋合いはない!!!」

 

 苛立った子爵が地を蹴って、動けないキリサメへ鋭い爪を振り下ろすが、

 

「――どうでもいい」

「ッ……!!」

 

 私はキリサメの前に立ち、子爵の爪を刀剣で受け止める。キリサメは緊張の糸が切れたのか、そのまま仰向けに倒れると気を失ってしまった。

 

「貴様がシーラのことをどう思おうが、私の知ったことではない」

「オマエ、その目は……?」

 

 私の左目が紅く染まっていることに気が付いた子爵。私はその鋭い爪を徐々に剣で押し返していく。

 

「貴様の言う通り、シーラは女として致命的な欠点を抱えているかもしれない」

「この力はっ……!?」

「私も最初は里親としては外れ枠だと考えた。それこそ出来損ないの女だと」

 

 子爵は私に押し返されたことでその場で大きくよろめいた。私は刀剣の薙ぎ払いで追撃をし、子爵の肉体を斜めに斬り裂く。

 

「シーラは料理や家事をまともにこなせない。パンは焦がす、皿は割る、床を水浸しにする。貴様が文句を述べるのは当然のことだろう」

「やりやがったなッ!!?」

「話を聞け」

 

 鋭い爪を刀剣で弾き返しては子爵の肉体を斬り裂く。刀剣が折れれば、転がっている新品のものと交換して、私は再び交戦を始めた。

 

「ならば里親ではなく母親としてはどうなのか。この問いに対する考えは、残念なことに貴様とは合わなかった」

「なにぃッ!?」

 

 子爵の右手の爪を、私は三本目に交換した刀剣で斬り落とす。

 

「シーラは完璧な母親ではなく良い母親だ。お前と私とでは考え方も価値観も違う」

「だったらその母親からオマエは何を貰ったんだぁ?! 貴族共が欲しがる宝石かぁ!? 何でも手に入る金貨かぁ!? どうなんだよ、あぁ!? あんな貧しい家で、あんな出来損ないからは何にも貰えねぇだろうがぁ!?」

 

 声を荒げながら残された左手の爪を振り回す子爵。私は迫りくる爪をすべて受け流してから、

「母親が、シーラが与えてくれた一番の贈り物は──子の私を信じてくれた事だ」

「ぐっ!?」 

 

 五本目に交換した刀剣で軽々と叩き折る。子爵は狼狽えると目を見開きつつも後退りをした。 

 

「子供たちはシーラを信じ、シーラもまた子供たちを信じた。貴様ではなく、シーラが選ばれたのはそれが理由だ」

「オマエ……ッ!!」

「貴様は選ばれなかった。そもそも選ばれるはずがない。人道を外れた力を欲し、目の前の恐怖から逃げるために――」

 

 私は刀剣の矛先を子爵の顔へ向け、取り澄ました顔で小首を傾げる。

 

「――吸血鬼に魂を売るような父親(・・)が」 

「オレに、オレにごちゃごちゃ言うんじゃねぇぇえぇーーッ!!」

 

 子爵はそう叫びながら右手の爪を再生させ、私の顔に突きを繰り出そうとするが、 

 

「だがな、そんなことはどうでもいい」

「なっ……?!」

 

 私は刀剣を逆手持ちに切り替え、右肩を一瞬で斬り裂いた。私の顔に届く前に、子爵の右腕が地面に落ちていく。

 

「私にとって貴様らの事情や家族愛なんてどうでもいい。重要なのは貴様が吸血鬼という事実だけだ」

「杭か……?!」

 

 私は空いている手でホルスターから一本だけ杭を取り出す。

 

「バカが! 木の杭でオレの肉体を貫くことはでき――」

「誰が木の杭だと言った?」

 

 私が握りしめている杭は木の杭ではなく、

 

「銅の杭だと……!?」

「あぁ、貴様の終幕を飾る杭だ」

 

 更に階級の高い銅の杭。子爵は焦燥感に駆られた様子で顔を歪める。

 

「なぜその杭をお前が持っている?!」

「何故だろうな」

 

 なぜ私が銅の杭を持っているのか。それは本試験の日から三日前に遡る。

 

『はぁ? 銅の杭を一本貸してほしいって?』

『あぁ、どうせ支給されるものだ。それぐらい構わないだろう』

『お前なぁ……。もしこのことがバレたら、俺がこっぴどく叱られるんだぞ?』

 

 私は銅の杭を貸してもらうために、あの臆病者の家へと訪れていた。

 

『ていうか、なんで本試験で銅の杭が必要なんだよ?』

『本試験に吸血鬼が紛れ込んでいる可能性が高いからな。用心するに越したことはない』

『吸血鬼が紛れ込んでいるって……。なんか根拠でもあるのか?』

『長年の勘だ』

 

 臆病者は「またそれかよ」とその場でずっこけ、ホルスターから渋々銅の杭を一本だけ抜くと私に手渡す。

 

『絶対にバレるなよ』

『善処する』

『かなり心配なんだが……』

 

 そして本試験にいざ参加してみれば、このような想定外の事態に巻き込まれた……というのが一連の流れだ。

 

「銅の杭はッ……!」

「銅の杭なら貴様の心臓を貫けるぞ」

「うるせぇッ!!!」

 

 明らかに動揺している子爵の心臓へ、私は銅の杭を突き立てようと試みる。

 

「近寄るんじゃねぇえぇえッ!!」

 

 一歩ずつ後退していく子爵。接近させまいと振り回す爪を、私は刀剣で(ことごと)く弾き返した。

 

「貴様は自分を殺すことができない弱い人間たちを……この本試験で何年も殺し回ってきたんだろう?」

「……ッ!」

「合格率が年々低くなって当然だ。木の杭では到底倒せない吸血鬼が潜んでいるのだから」 

 

 私は斬り落とした子爵の右腕が完全に再生する前に、左腕を先に斬り落とす。

 

「吸血鬼となり"弱い人間"たちを殺し尽くした感想はどうだ。若い芽はさぞ感情豊かな悲鳴を上げてくれたか?」

「ぐほぁッ……!?」

「だが今度は貴様の番だ──"下等種族"」

 

 両腕が使えない子爵の顔に飛び膝蹴りを食らわせ、地面に押し倒した。噛みつかれないように、刀剣の刀身を口に咥えさせる。

 

「オマエっ……最初は手を抜いてやがったなぁッ……!?」

「三年ぶりに吸血鬼と対面したんだ。子爵の実力を測らせてもらった」

「なめ、やがってぇ……!!」

「私を甘く見ていたのは貴様の方だろう」

 

 怪力で拘束を解こうと暴れ回る子爵。私は冷淡な眼差しを送りながら、シーラから託された家族の写真を子爵の胸元に置き、

 

「――がッ!?」

「貴様はこの世から旅立つ。これを持っていけ」

 

 写真の上から心臓に到達する手前まで銅の杭を突き刺した。

 

「オマエ、何をして……」 

「昔、こんな逸話を聞かされた。吸血鬼は自身の心臓を貫いた杭を、あの世の果てまで持っていくことになると」

「まさかオマエ──うげゃぁああぁッ!?」

 

 子爵の心臓に銅の杭の先端が食い込ませれば、地下牢獄に響き渡るほどの叫び声を上げる。

 

「や、やめろぉ……ッ」

「貴様には、過去を背負って消えてもらう」

「やめろぉおおぉおぉおぉッ!!」

「未来永劫、この世に生まれ変わることなく――」

 

 子爵の胸元に突き刺さる銅の杭。悲惨な過去が詰め込まれた古ぼけた家族写真。私はそれらを押し付けるようにして掌底で打ち込み、

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 子爵の心臓を銅の杭で貫いた。

 

「あがぁぁあ"あ"あ"ぁあ"あ"ぁあ"あ"ーーッ!!?」

 

 肉体が崩れ落ち、子爵は家族の写真と共に灰へと変わり果てる。私はその光景を見物すると、静かに背を向けた。

 


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