ЯeinCarnation   作:酉鳥

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9:13『vs ゲリュオンB』

 

 エメールロスタ最前線。

 防衛線を崩そうと未だ押し寄せる鎧型の食屍鬼による鋼の雪崩。氷の皇女スノウ・アーネットは二枚刃の大鎌を手元で回転させ、迫りくる食屍鬼たちをまとめて粛正し続ける。

 

「フゥーッフゥーッ……!!」

「カチカチカチカチッ!」

「……一向に数が減りませんね」

 

 スノウの衣服は所々破れ、食屍鬼から受けた斬り傷や打撲痕が露出した肌に浮き出た現状。手負いとまではいかない状態で彼女は休む間もなく一時間以上も戦い続けていた。しかしタイラントと食屍鬼の勢いは増すばかり。

 

(本来なら一刻も早くルミたちの援護に向かうべきですが……。差詰(さしず)め、この雪崩を止めなければなりません)

 

 エメールロスタを防衛するルミたちもいずれは数で押し切られる。スノウは大鎌を一度だけ前方を薙ぎ払い、数メートル圏内で前進する鎧型食屍鬼たちの首を刈り取る。

 

「ギギギィアァアァアッ!!」

「……()の者には不敬な姉弟が多いようですね」

 

 地中から顔を出すタイラント。スノウは目の前まで接近すると大鎌を振り抜いて首を刈り落とそうとしたが、

 

「──ッ」

 

 タイラントの口から伸びてきた細長い手がスノウの胸元を貫く。込み上げる嫌悪感に思わず吐血をすれば、タイラントの口から姿を現す人物。

 

「興味深い結果だ」

「異例なる者……」

「一匹の獅子ではなく百匹の鼠が勝るとは」

 

 七ノ罪Denis(デニス) Perkins(パーキンス)

 片手に持つのはスノウの胸元を貫く細長い手が飛び出すシルクハットの帽子。タイラントの喉の奥から悠々と姿を見せ、スノウの目の前に立つ。

 

「しかしどうしてだろうか。凍らせた心が痛みを感じることなど──」

 

 考える素振りを見せるデニス。スノウは瞳を赤く染め上げると握りしめる大鎌で薙ぎ払おうした。

 

「かはッ……」

 

 が、細長い手が一気に引き抜かれる。

 小さな穴が空いた胸から溢れ出る鮮血。彼女が吐血と共に大鎌を手放せば、シルクハットから飛び出した手がスノウの首を掴み上げ、

 

「心だけ抜き取れば真実は確かめきれない」

「くぁッ、あッぐッ……!!」

「氷の皇女よ。その心を試験させてくれ」

 

 何度も地面に叩きつけた。

 叩きつける度に傷口は開き周囲にスノウの血が雨のように降り注ぐ。デニスはその惨状を学者のように真剣な眼差しで観察をする。

 

「興味深い心だ。痛みに鈍感ではないのか」

「この、不敬者ッ……」

 

 スノウは宙へと浮かんだ途端、手元まで転がっていた大鎌を呼び寄せると地面へと投擲する。すると荒れ狂う吹雪が巻き起こり視界が塞がれ、細長い手が斬り捨てられた。

 

「けほッけほッ……無思慮(ぶしりょ)でしたね……」

 

 しかし重傷を負ったスノウは後退することができず、鎧型の食屍鬼に囲まれてしまう。大鎌で何とか身体を支え、立っているだけで精一杯の状態。デニスは食屍鬼を掻き分け、スノウから数メートルほど離れた距離で立ち止まる。

 

「凍らせた心に感情はない。感情がなければ痛みで取り乱すことはないはずだろう。しかしどうしてか、取り乱している」

「はぁっはぁっ……不敬な戯言を……」

「もし痛みと感情は結びつかないものだとすれば? ……興味深い、心とはとても興味深いものだ。今の彼女を奮い立たせるものは果たして永久氷花の毒か、それとも別の心なのか」

 

 独り言をブツブツと呟いているデニス。

 スノウは歯を食いしばりながらその場から駆け出し、持っていた大鎌で食屍鬼を葬りながらデニスの元まで向かう。

 

「「カチカチカチッ……」」

「私は、父上サウル・アーネットの血を継いだッ……雪月花の長女ですッ……!」

 

 限界の肉体を無理やり動かして次々と鎧型の食屍鬼を粛正していく。デニスはその姿に感銘を受け、シルクハットを被ると腕を組んでスノウを観察する。

 

「ギギギギィアァアァアッーー!!」

「この程度の苦境でッ……」

「ギギギィアァァアッ!?!」

「膝を突けるはずないでしょうッ……!」

 

 上空から突進を仕掛けてくるタイラント。

 スノウは二枚刃の大鎌を分裂させると二刀流で受け止め、動術の鼓動による右脚の膝蹴りをタイラントの顎に放ち、長い巨体を仰け反らせる。

 

「非常に納得のいく答えだ。雪月花としての責務が満身創痍の肉体を奮い立たせる……。とても興味深い、やはり責務とは寿命を延ばす延命薬なのだろうか」

「はぁッはぁッ……不敬ですねッ……私を動かすのは、責務ではないというのにッ……」

「責務ではない?」

 

 二刀流を元の大鎌に戻してから独り言を呟くデニスの前まで距離を詰めるスノウ。凍てつく二枚刃に動術の鼓動を込めながらデニスを薙ぎ払おうとしたが、頭に乗せたシルクハットから細長い手が無数に伸び、スノウの両腕を押さえ込まれてしまう。

 

「母上や父上が愛していた故郷を、けほッ、取り戻せばッ……雪月花を信じ、付いてきてくれた人々が平穏な日々を歩めますッ……」

「そのまま続けてくれ」

「クレスとミールも、あの日のように涙を流さず済むでしょうッ……。誰かを失う惨劇を、もう繰り返してはなりませんッ……。これは責務などという安い理由ではなく……私自身の、雪月花の長女としての想い(・・)……ッ!」

「想い? しかし心は凍てついている。そのような想いを持つことなどあり得ないはず──」

 

 氷の皇女とは思えぬ荒げた口調にやや剥き出しとなった感情。嘘偽りのないスノウの本心を吐露されたことでデニスは小首を傾げる。

 

「……そうか、なるほど、理解が及んだ。永久氷花の毒によって凍てついた心が溶け始めているのだな」

「──ッ!!」

 

 細長い手は掴んでいたスノウの両腕の骨を砕く。そして地面に仰向けで押さえ込むと心臓の位置へ伸び始める新たな細長い手。肉体はとうに限界を迎えており、スノウは抵抗することすらままならない。

 

『スノウ、お姉ちゃんだからって無理をしちゃ駄目よ。あなたはクレスやミールにとって……たった一人のお姉ちゃんなんだから』

(母上、私は……長女として家族を想いやれたでしょうか……?)

『スノウ、心臓の鼓動が続く限り戦い抜け。戦って戦って戦い抜いて……お前自身が掲げる栄光を示してみせろ』

(父上、私は……あなたのように立派に戦い抜けたでしょうか……?)

 

 今は亡き母親と父親の走馬灯。スノウは薄れゆく意識の最中で自身の生き様について問いかけたが答えてくれるはずもない。 

 

『スノウ様、本日はお日柄も良いので城下町を歩くのはどうでしょうか?』

(ええ、そうですねルミ。騎士団に顔を出して気の緩みを引き締めましょう)

『姉様、良ければ一緒に茶会をしませんか♪ 兄様も誘って雪月花三人で♪』

(……いいでしょう。茶会の日を心待ちにしています)

『姉さん、用があるときはノックしてくれって言っただろ。これで何回目だ?』

(不敬者……私のことは、姉上と呼びなさいっ……)

 

 虚ろな瞳で夜空に浮かぶ半月を見上げるスノウ。脳裏で姉弟のミールとクレスの姿を過らせれば、

 

『お嬢様、こんなところで寝てると風邪を引きますよ?』

Michel(ミシェル)……)

 

 次に蘇るのは十歳にも満たない幼少期の記憶。

 仰向けに寝ているスノウへ微笑みかけてくる騎士の少年。整えられた赤い長髪を揺らし、スノウの顔を覗き込んでくる。

 

『……放っておいてください。今は独りで過ごしたい気分なので』

『あっ、またサウル様に叱られて拗ねてるんですね?』

『っ……! なぜ分かるのですか?』

『僕はお嬢様直属の騎士なので分かっちゃうんですよ』

 

 Michel(ミシェル)Alford(アルフォード)

 スノウの世話や剣術の指導を一任されている騎士でもあり、十五歳という若さで栄光ある『守護天使』という勲章を与えられた騎士。ミシェルはスノウの隣に腰を下ろすと一緒の方角を見上げる。

 

『お嬢様、今日はどんなことで叱られたんですか?』

『……食事の作法です。ナイフやフォークは外側から使えと叱られました』

『あははっ、厳しいなぁサウル様は。食事ぐらい自由にしたいですよね』

『心の底からそう思います。長女としての自覚とか、アーネット家の使命とか……そのようなことを言われても私にはまだ分かりません』

 

 愚痴をこぼすスノウ。少女の暗い顔に気が付いたミシェルはその幼い横顔をしばし見つめ、

 

『お嬢様、ちょっと失礼しますね』

『ふ、不敬者っ……一体何をして……!?』

 

 スノウをお姫様を抱えるようにして軽く持ち上げ、城内を駆け出した。ミシェルは頬を赤らめるスノウを気にすることがないまま、目的地である騎士団の会議室前まで到着する。

 

『ミシェル、どうしてこんなところに……』

『しっ、お嬢様……会議室の入り口をよく見ててくださいね』

 

 会議室へと訪れるのは騎士のYuriel(ユリエル)Alford(アルフォード)。どうしてか周囲を警戒しながら扉の前に立つ。スノウはワケが分からずその光景を眺めていると、

 

『ぬおわぁあぁあぁああッ!?!』

 

 ユリエルが会議室の扉を開いた途端、仕掛けてあった真っ白な粉が足元へ落下する。視界が開けた頃にはユリエルは全身粉塗れとなり、みっともない姿へと成り果てた。

 

『こ、こんのぉおぉッ……ミシェルのヤツ……!!』

『どうしたのユリエル……って、また引っ掛かったんだ』

『あの悪ガキぃいぃッ! 絶対泣かす!』

 

 苦笑するラファエルの前で地団駄を踏むユリエル。柱の陰に隠れていたミシェルはスノウの隣で腹を押さえつつ笑いを堪えていた。

 

『ぷっくすくすっ、見てくださいお嬢様! あの真面目でお堅いユリエルさんが全身真っ白けになってますよ!』

『ミ、ミシェル……これはどういう──』

『見つけたよ悪ガキッ! 今日という今日は縛り上げてやるからねッ!!』

『おっと、やばいやばい! 逃げましょうお嬢様!』

 

 怒り狂うユリエルに見つかったミシェル。

 スノウを抱き抱えるとその場から逃げ出す。途中までユリエルが後を追いかけてきたがミシェルの足の速さに追いつけず、気が付けば城下町へと二人は赴いていた。

 

『はぁはぁっ……あはは、面白かったですねお嬢様……!』

『は、はい、そうでしょうか……?』

『ではこのまま遊びに出かけますか』

 

 ミシェルは抱えていたスノウを下ろして手を差し出してくる。突然の誘いにスノウはその場で唖然としてしまう。

 

『あ、遊びに……? これから剣術の稽古や座学の時間では……』

『サボっちゃえばいいんです』

『しかしそのような不敬極まりない行為など……』

『大丈夫ですよお嬢様。僕も騎士団の会議サボるので独りじゃありません』

 

 迷う素振りを見せたスノウ。

 しかしその小さな手はゆっくりとミシェルの手を握る。心強く温かい手が、雪のように溶けてしまいそうな彼女を包み込んだ。

 

『さぁ行きましょうか。紹介したい場所が沢山あるんです』

 

 隠れ名物の焼き林檎を食べ歩く。飼育小屋へ訪れ小動物たちと戯れる。城下町を飛び出せば広大な湖で石を投げて水切りをし、赤い果実を採る為に木登りをする。騎士の少年と名家に生まれた少女はいない。

 そこにいるのは歳相応の日常を歩み、歳相応の娯楽を楽しむ少年少女。

 

『そろそろ日が暮れてしまいますねお嬢様』

『そうですねミシェル』

『あーあ、もっとサボりたかったですよ』

『……』

 

 透き通る湖に二人で足を浸かりながら橙色に染まっていく空を見上げた。名残惜しそうにするミシェルの隣で、スノウは冷たい湖に浸けた両足を前後に揺らしながら水面を見つめる。

 

『難しいことなんて今は考えなくていいんです』

『えっ……?』

『だってお嬢様は小さな女の子ですよ? 色んなところに出かけて、色んな遊びを覚えて、色んな経験をするのが当然なので……難しいことを考えず、普通の女の子として過ごせばいいんです』

『しかしミシェル……私の瞳は赤く髪も白いので普通には……』

『そうですか? お嬢様はとても可愛らしい女の子に見えますよ?』

 

 そう微笑みかけてくるミシェルにスノウは頬を赤くさせて視線を逸らす。少女の胸に芽生えるのは微かな恋心。スノウは湖に浸けた両足を少し早く動かし動揺を隠そうとしていた。

 

『……本当に考えなくていいんです。そうしないと……僕みたいに子供らしいことを何一つできない毎日を送ることになりますから』

『ミシェル……』

『でもお嬢様とこうやってサボったらそのツケを清算できる気がします。だからお嬢様、たまにはこうやってサボりましょうね』

『……はい』

 

 ミシェルは師であり心の支柱であり想いを寄せる殿方。共に過ごしていく最中、スノウは十歳を迎える前に勇気を出してミシェルへこう尋ねた。

 

『ミシェル、もし私が『共に人生を歩みたい』と告げたら……あなたは受け入れてくれますか?』

『共に人生を歩みたいっていうのは……結婚の申し出ってことですよね? どうして遠回しに聞くんです?』

『ふ、不敬者、質問に質問で返すとは言語道断。まずは私の問いにきちんと答えるのです』

 

 身分も歳も違う片思いの相手。スノウが恐る恐る尋ねるとミシェルは顎に手を当てながら「んー」と唸りながら考え、

 

『僕なんかで良ければ承りますよ、お嬢様』

『……! 本当ですか?』

『でももう少し歳を重ねてからですね。せめて十八歳ぐらいまで成長してもらわないと』

 

 条件を提示したうえで快く承諾してもらい幼少期のスノウは心躍らせた。冗談だったのか、それとも本気で考えてくれたのかは分からない。その真意を知ることとなったのはありふれた日常の中ではなく、

 

『姉さん、いつまでここで待ち続ける!? 早くここから離れないと!』

『待ちなさい不敬者……! まだ、まだミシェルが来ていないのです!』

 

 襲撃を受けた惨劇の夜。

 逃げる時間を稼ぐため前線で戦うミシェルをスノウは城外で待っていた。一刻を争う状況下で足を止められ、クレスは苛立ちを露わにしてスノウに対して声を荒げる。

 

『すみません! 追いかけてくる伯爵の相手してたら少し手間取りました!』

『……! 無事でしたかミシェル!』

『腕が落ちていないようで安心した。さぁ追いつかれるのも時間の問題だ! ミシェルも姉さんも、早く避難場所まで逃げ──』

 

 裏口から駆けてきた人物は制服に返り血を付けたミシェル。ほぼ無傷の状態で姿を見せたことでスノウは安堵をし、クレスは急かすようにその場から離脱するよう呼びかけた瞬間、

 

『──姉さん上だッ!』

 

 上空から風を切りながら向かってくる血錆の大剣。クレスは声を上げるが先ほどの安堵によって気が抜けていたスノウは反応が遅れてしまう。

 

『下がってくださいお嬢様!』

 

 ミシェルが守護するように間へ割って入ると鞘から銀の剣を抜き、逆手持ちへと切り替えれば弾き返すために全力で斬り上げ──

 

『なッ──?!』

 

 ──られなかった。

 血錆の大剣と接触した剣は硝子のように砕けてしまう。ミシェルはハッとした様子で振り返り、そのままスノウを思い切り押し退け、

 

『ぐはッ……!?!』

『ミシェル!』

 

 背中から胸元にかけて血錆の大剣が貫通する。剣先は固い地面へと深々と突き刺さり、煉瓦の隙間を鮮血がなぞり始めた。

 

『逃げてくださいお嬢様っ……。僕はもう、動けないのでっ……』

『何を言うのですかミシェル! 傷は深くありません、共にここから……!』

『お嬢様は、賢いお方ですっ……。分かって、げほっ、おられますよねっ……?』

 

 吐血をしながら無理をして微笑むミシェル。スノウは彼の容態を間近で目にすると顔を青ざめる。想い人を救うことができないと悟ってしまったから。

 

『はぁはぁっ、あの時交わした約束、ごほっ、守れそうにないのでっ……やっぱり返事は、ノーでお願いしますっ……』

『不敬者っ……今更、今更申し出を断るなどッ──』

 

 血塗れの右手がスノウの左頬に添えられる。彼女は混合した感情を込めた言葉を喉に詰まらせ、何とも言えぬ顔でミシェルを見つめた。

 

『でもずっと、あなたのことを愛していますっ……だからいい人を、見つけてくださいねっ……普通の、女の子として……』

『ミシェル、ミシェルっ……』

『あなたのそばにいられて……僕は、とても幸せでしたっ……』

 

 ユリエルが悪戯に引っ掛かる光景を眺めた思い出。誕生日に雪の結晶にも似た髪飾りを貰った思い出。湖で互いに稽古をサボった思い出。幸せな思い出だけが込み上げ、スノウは一人の女の子として涙の粒を頬に伝わせる。

 

『クレス、お嬢様を頼んだよ……』

『──っ!!』

『クレスっ……!』

 

 ミシェルに叫ばれたクレスは歯軋りしながら即座に行動を起こし、スノウの腕を掴んでその場から駆け出す。

 

『離しなさいクレスッ! まだ、ミシェルがまだッ!』

 

 腕を力任せに引っ張り続けるクレスの瞳は真っ赤に染まり、スノウの言葉など聞こえていない様子だった。スノウは距離が離れれば離れるほど小さくなるミシェルに向かって手を伸ばす。

 

『不敬、不敬者ッ……私を置いていくのですかミシェルッ……!! 騎士として私のそばに居続けなさいッ!! ミシェルッ、ミシェルッ!!』

『元気でね、スノウ……』

『ミシェルゥウゥゥウゥーーッ!!』

 

 木霊するスノウの叫び声。

 意識が呼び戻され視界に映し出されるのは夜空と半月。鋭い痛みと血生臭さだけが体内に充満する。 

 

「興味深い、とても興味深い。なぜ人は死の瀬戸際で走馬灯を見るのか。走馬灯は心に刻まれる歴史なのか。見せてくれ氷の皇女、溶ける日が近いその心を」

(ミシェル、そちら側へ向かえば……私を受け入れてくれますか……?)

 

 デニスのシルクハットから伸びた細長い手。心臓を抉ろうとスノウの胸元まで迫り────

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「──!」

 

 アダールランバ最前線。

 クレスは背後に迫ってきた鎧型の食屍鬼を蹴り飛ばした後、妙な胸騒ぎがしてエメールロスタの方角へ顔を向ける。

 

「姉さん……」

 

 胸の内に響くのは氷が砕けたような音。姉がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな空虚さが込み上げてくる。クレスはその場に立ち止まり姉の身を案じていると、

 

「ハロー! いい夜だね月の皇子! 僕と私が会いに来てあげたよー!」

「……!」

 

 飛蝗(ひこう)の群れが目の前を横切り、向こう側から八ノ罪Noelle(ノエル) Izzard(イザード)が両手を振って姿を見せた。クレスは黒の大剣を構え体勢を整える。

 

「わざわざ出向いてくれるなんて光栄だな」

「でしょでしょ? ちーなーみーに……花の皇女さんと氷の皇女さんのところにも原罪の皆さんが会いに行ってくれてまーす!」

「何だって?」

「あっ、でもでも皇女さんたちの戦争は終わってるかもね!」

 

 クレスの周囲を囲むのは羽音を鳴らす飛蝗(ひこう)。壁のように立ち塞がるとクレスとノエルのみの空間を形成した。

 

「だって月の皇子さんみたいに奇術(トリック)とか持ってないし」

「お前たちは異世界転生者(トリックスター)をどこまで知っている?」

「僕は知らないけど私は知ってるよ! 異世界転生者(トリックスター)はこの世界に迷い込んでるんじゃなくてぇ──」

 

 ノエルはわざとらしく声色を落とせば、両手を背中に隠しながら屈託のない笑顔を向ける。

 

「──送り込まれてるってことをね」

「送り込まれてる? それは俺たちの世界からこの世界に……という意味か?」

「あははっ、僕は答えてあげてもいいけど私が答えたくないみたいだから……ここでこのお話はおしまい!」

 

 クレスの問いにこれ以上答える気はない。そう言わんばかりにノエルは飛蝗(ひこう)で椅子を形成させるとその上にポンッと座り、両脚をぶらぶらとさせ、

 

「じゃあ殺すね!」

 

 笑顔のまま飛蝗(ひこう)の群れをクレスに突進させた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 アフェードロスト最終防衛線。

 エレナの銀の散弾銃とレイラの大型の散弾銃が衝突を起こす度に鳴り響く銃声。互いに眉間を撃ち抜こうと一進一退の攻防を繰り広げる。

 

「すみませんすみません、素直に被弾してもらってもいいですか……」

「座学が足りないようですな始祖殿」

「はい?」

「我々オリヴァー家に許された唯一の被弾は、力を持たぬ人々を庇う為にこの身で受け止めた──」

 

 吸血鬼特有の怪力で左から右へと薙ぎ払われるレイラの散弾銃。エレナは左に握りしめた銀の散弾銃を敢えて擦らせ、動術の反動を駆使しながらその場で回転し、

 

「──栄誉ある被弾のみッ」

「……ッ!」

 

 右手に持った銀の散弾銃の銃口をレイラの顔に一瞬で標準を合わせ、すぐさま引き金を引いて眉間に銀の弾丸を撃ち込み、そのまま銃撃の反動を利用しながら左手に握った銀の散弾銃でレイラの脇腹を殴打する。

 

「始祖殿にはッ、手厳しい、指導がッ……必要なようでッ!!」

 

 銃撃から散弾銃による強烈な殴打。

 それらの連撃を交互に受け続けたレイラの肉体は血飛沫と共に欠損させていくが、後退りをするだけで抵抗する気配はない。エレナはバラバラの方角に向いていた散弾銃をレイラの顔の前に突きつけ、

 

「──BANG(バン)

 

 白と花葉色が混ざった大型の光線が放たれる。レイラの全身を一瞬にして包み込むと轟音を立てながら周囲の瓦礫ごと吹き飛ばした。

 

「……始祖殿、我々にとって弾丸とは人々を殺める娯楽用具ではない。人々の守護を果たす為に与えられた手段なのだよ」

「……」 

「しかし少しでも履き違えれば我々オリヴァー家は快楽殺人犯(サイコキラー)になりかねん。……そう、今の貴殿のようにな」

 

 衣服が破れて半裸の状態となったレイラ。

 しかしその肉体は火傷を負った程度で重傷にまで至らない具合。エレナは散弾銃の銃口から漏れる白煙をかき消すように軽く両腕を振り払う。

 

「──ですか」

「……ん?」

「謝ってるから、いいじゃないですか」

 

 ゆっくりと顔を上げたレイラの瞳。

 苛立ちと悲しみが垣間見えるほど荒んだもの。エレナはただならぬ気迫に目を見開くと引き金に指をかける。

 

「お皿を割った時、母に言われました。『謝りなさい』って。壁に穴を空けた時、父に言われました。『謝りなさい』って。だから謝りました。謝ったら、許してもらえました」 

「貴様、何を言って……」

「飼っていた犬を撃ち殺した時、母に言われました。『どうしてこんなことをしたの』って。私は謝りました。そしたら、母は許してくれたんです」

 

 そうブツブツと呟くレイラの瞳。純粋な喜びと驚きに移り変わりエレナは言葉を詰まらせると息を呑んだ。

 

「なので今度は──父を撃ちました」

「──!」

「その時、母に言われました。『あなたは何がしたいの』って。私はまた謝りました。そしたら母は『許すから殺さないで』って許してくれたんです」

「ッ……」

「次の日、母を撃ちました。その時、母に言われました。『私を許して』って。だから謝りました。でも母は『許すから私も許して』と言ったんです。なので撃ちました」

 

 奇怪な話に耳を傾けるエレナは唖然としていたが、レイラはなりふり構わずブツブツと過去を語り続けるのみ。

 

「貴様は何故、母君を撃ったのだ?」

「……? 謝らなかったからですよ?」

「何だと?」

「謝ればどんなことでも許してもらえます。でも謝らないと許してもらえません。母は私に謝りませんでした。だから撃ちました。私、何かおかしいこと言っていますか?」 

 

 言葉の節々から滲み出る狂気。

 そこにオリヴァー家としての誇りや意志は皆無。エレナは狂気の沙汰としか言えないレイラの思考に顔を青ざめる。

 

「貴様は、貴様はここで粛正せねばならんッ──」

 

 銃口をレイラへ向けた瞬間、遠方から目にも留まらぬ速度で飛んでくる人影。エレナは引き金を引くと銃撃の反動で後方へ飛び退き、直撃する寸前で何とか回避した。

 

「ぶはぁっ……ハローハロー、レイラお姉ちゃんと十戒のお姉ちゃん! 久しぶりで初めましてだね! んん? こういう時は久しぶり優先? それとも初めまして優先? んっんんん?」

「またワケの分からんのが紛れ込んできたか」

 

 瓦礫の山から飛び出してくるのは一ノ罪Stera(ステラ) Raines(レインズ)。両手で頭を押さえながら悩む素振りを見せてくる。

 

「すみませんすみません、ステラさんのこと呼んでませんよね……?」

「うん!」

援軍(・・)として送られたんですか……?」

「うん! ……ううん? うん、ううん、うーん?」

 

 ステラは元気な返事をした後、不安げな様子で首を何度も左右へ振りながらその場に座り込む。レイラはその様子をじっと見つめつつ、

 

「……『行け(・・)』と言われましたか?」

「うん、うんうんうんうん!」

 

 援軍という言葉の意味を理解できていないと気が付き、噛み砕いてもう一度だけ聞き直す。ステラは威勢よく立ち上がると首を前後に高速で振る。 

 

「レインズ家とオリヴァー家の始祖殿。大変光栄な巡り合わせに是非とも『茶会』と洒落込みたいところなのだが──」

 

 エレナは大きく深呼吸する。注意を怠らないよう精神を研ぎ澄まし、オリヴァー家として背負う自身の使命を思い出しながら

 

「──会場は地獄(ゲヘナ)で宜しいか?」

 

 銀の散弾銃の銃口をステラとレイラに向けた。

 

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