ЯeinCarnation   作:酉鳥

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9:17『二人の狂犬』

 

 アフェードロスト最終防衛線。

 一ノ罪ステラ・レインズと六ノ罪レイラ・オリヴァーと対峙するのは六ノ戒エレナ・オリヴァー。彼女は二丁の銀の散弾銃で回避と迎撃を交互に繰り返し、原罪二人を相手に立ち回っていた。

 

「すみませんすみません……。急に臆病な動きになりましたね……」

「慎重と言え馬鹿者ッ!」

 

 大型の散弾銃を至近距離で撃ち込もうとしてくるレイラ。エレナは右腕の銀の散弾銃を振り回して牽制した後、引き金を引くと銃の反動で夜空へと飛び上がる。

 

「ねぇねぇどうして空を飛べるの? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇっ!」

「ちッ、貴様は天馬の生まれ変わりか……!?」

 

 ……が、ステラは両足を高速で動かして宙を駆けながら追いかけてきた。物理法則を無視した動きにエレナは頬を引き攣って舌打ちをする。

 

「あははっ、そうでしょそうでしょ! それで天馬って何?」

「くッ、この馬鹿力めッ……」

 

 軽く頭を振り下ろすだけのステラの頭突き。

 エレナは左手に持った銀の散弾銃に反動を浸透させて額へ衝突させる。しかし最小限の動作で繰り出されたステラの頭突きが勝り、エレナは銀の散弾銃を弾き返されてしまう。

 

(小娘とは言えどもやはりレインズ家の始祖ッ……。怪力を利用できる動術があるとはいえ、この威力は私の肉体が持たんッ……!)

 

 左腕に伝わる鈍痛。

 動術の一種である『反動』は銃を発砲した際の衝撃や相手の殴打を利用して回避や殴打を行うのが主流だ。利点は吸血鬼の爵位が上がろうともその怪力を『反動』として利用できる点。重大な欠点は──己の肉体によって負荷に耐えられる限度があるという点。

 

「あれ、馬鹿力って馬鹿だから力があるの? 力があるから馬鹿なの? んっんんん?」

「小娘殿」

「んー? んーんーんんー?」

「無駄口を叩くのはやめてもらおうか」

 

 右腕を振り上げ散弾銃の銃口をステラの下顎に突きつけると引き金を引く。銃声と共に白と花葉色が混合した中型の光線がステラの頭部を包み込みながら夜空へと放たれる。

 

「げぷふっ」

(ちッ、喜劇程度の損傷とはな……!)

「げぷッ──」

 

 しかし少女の頭は吹き飛ぶどころかやや炭で顔が薄汚れる程度。口から煙を吐いて喜劇のような演出を見せた為、エレナは光線の反動で左腕の銀の散弾銃を縦方向に回転させ、頭頂部に叩き込むと地上へ墜落させた。

 

「すみませんすみません……。頭ぐらいちゃんと吹き飛ばして貰えませんか?」

「……ッ!」

 

 地上から大型の散弾銃で援護射撃をするレイラ。エレナはすぐさま回避行動を取り、上空を華麗に舞いながらレイラとステラから距離を置く。

 

(ここからどうするべきだ? 耐えられんのなら最大火力で二匹まとめて消し炭に……いや、最大火力は手足の動きを止めなければならん)

「げぷっ、げぷぷっ……!」

(あのすばしっこい小娘が手を出してくる以上、それを実行するのは(げん)たる事実。日の出までの時間は、ざっと見積もって三時間ほど。私だけで耐えられるか?)

 

 戦況を分析して導き出された『時間を稼いで日の出を待つ』という答え。そんな真剣なエレナを他所に、大の字で寝ながら煙を口から吐くステラの顔を横目で眺めながら散弾銃の銃口で突っつくレイラ。

  

(いや、耐えねばならん。オリヴァー家とO機関の誇りにかけて)

 

 自分の背後には守るべき者たちがいる。エレナはそうやって自身を奮いにかけて一呼吸置いた後、銀の散弾銃を一丁ずつ器用に回し銃口を原罪へ向けた。

 

「ギギギィアァアァアッ!!?」

「グギッ、ガギギッ……?!」

(……? 何かが、こちらへ近づいてくる?)

 

 瞬間、東の方角からタイラントと鎧型の断末魔が次々と聞こえてくる。混じるのは鋼を砕く破壊音や地表を轟かせるような猛進の足音。ステラとレイラも気が付き、その方角へと顔を向ける。

 

「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なき罪人へ神炎(しんえん)を与え給おう──」

 

 微かに聞こえてくる詠唱の声。

 その声はある程度の距離まで近づくと破壊音と共に静まり返り、

 

「一ノ戒──(ほむら)ノ加護」

「「「ガガガァア"ァア"ア"ァアッ!?!」」」

 

 銀の火花を半径五十メートルの間に散らしながら連鎖爆破を巻き起こす。平地を焼き尽くすのは白き聖炎。各地で響き渡るのは鎧型の食屍鬼が聖炎によって浄化される叫び声。

 

「こんばんはゴミ屑共──」

 

 身に纏うのは血を隠蔽する赤いリンカーネーションの制服。両腕に握るのは赤い刀身が煌めく二本のルクスα。十戒を象徴する紅玉(ルビー)の十字架の首飾り。

 赤い狂犬Sonia(ソニア) Raines(レインズ)が空へと跳躍すると真っ先にステラとレイラを標的に定め、

 

「──火刑のお時間です」

 

 全身を白い聖炎で炎上させながら特攻を仕掛け大爆発を巻き起こす。しばし訪れるのは銀の火花が弾ける騒音。エレナは聖炎が燃え盛る光景を眺めていれば、

 

「グッバイ聖炎!」

 

 ステラのかけ声と共に周囲へ解き放たれる衝撃波。

 ソニアはエレナの隣まで吹き飛ばされると二刀流にしたルクスαを地面に突き刺して、頬が張り裂けんばかりの笑顔を浮かべる。

 

「くゃッひゃひゃッ! 何だい何だい、燃えねぇゴミ屑ですねぇてめぇらはぁッ!」

「狂犬、なぜ貴様がここにいるのだ!?」

「クソヘレンに言われて付いてきたんですがねぇッ!?」

「皇女殿だと? 彼女は今どこに?」

「どこに? ああどこに? どこだっけ? ……まぁですねぇ、どこにいるかなんてのは──」

 

 瞳孔を開いた状態で涎を垂らすソニア。

 彼女はエレナの質問に対して一瞬だけで呆然とした様子で大雑把に記憶を漁り終えると、

 

「──ゴミクソどうでもいいッ!!」

「待て狂犬! 私と動きを合わせ──」

「くゃッははッ、てめぇがあたしに合わせやがればいいだろうがぁ!」

「き、貴殿は相変わらずだな……?」

 

 地を蹴ってステラとレイラの元まで駆け出した。自分勝手極まりない返答をされ、エレナは頬を引き攣りながら青筋を立てる。

 

「あははっ、変なお姉さんと久しぶりだね! 何年振りかな? 六年? 七年? 八年?」

「くゃはッ! ゴミ屑なんてもんはいちいち覚えてねぇのがどうりだろぉッ!?」

「分かるよ分かる! それで『どうり』ってなに?」

「てめぇが燃えたゴミ屑の残骸になる未来予想図さぁッ!!」

 

 聖炎をかき消して前に飛び出してくるステラ。

 ソニアとステラは互いに頭突きをぶつけ合い笑みを浮かべる。無邪気な狂気と殺意に満ちた狂気の衝突。

 

「ドンッドンッドンッドオォォオォオーーンッ!!」  

「ぶっ殺すッぶっ殺すッぶっ殺すッぶッ殺ぉおぉおぉすッ!!」

 

 幾度も頭突きをぶつけ合う。

 互いに額から流血をするがソニアは聖炎によって治療され、ステラは吸血鬼の肉体によって再生する。子供染みた喧騒のようにも見えるがこれは死闘。

 

(レインズ家、やはりその戦うさまは異端だな……)

 

 自然界の獣たちが頭突きを争いの手段とするように、レインズ家もまた頭突きを主体とした戦い方を無意識のうちに行う。アーネット家から継いだ天性の中には弱肉強食の節理に必要な──獣としての闘争心と本能をレインズ家は継いでいるのだ。

 

「すみませんすみません……。過激な戦法は見てて気持ちが悪いのでやめてくださ──」

 

 レイラが右腕に握っていた大型の散弾銃をソニアに向けた途端、銃声と共にレイラは右肩を消し飛ばされ、大型の散弾銃もろとも右腕が地面へと転がる。

 発砲したのはエレナ。彼女は銀の散弾銃をレイラへ向けつつ交戦するソニアへこう呼びかけた。

 

「私は援護射撃に徹する! 狂犬、この戦場をかき乱してくれるなッ!?」

「くゃッはははッ! やってやろうじゃねぇですかッ!!」

 

 威勢のいいソニアの答え。

 エレナはその答えを聞くと両手に握りしめた銀の散弾銃を構え、

 

「死ぬなよ狂犬ッ!」

「てめぇはてめぇの心配しやがりなぁッ!!」

 

 レイラとステラに向かって引き金を引いた。

 

 

────────────────────

 

 

「興味深い、とても興味深い。なぜ人は死の瀬戸際で走馬灯を見るのか。走馬灯は心に刻まれる歴史なのか。見せてくれ氷の皇女、溶ける日が近いその心を」

 

 エメールロスタ最前線。

 致命傷を負ったスノウを見下ろす原罪のデニス。シルクハットから細長い手が伸ばしながら、鋭利な爪先で心臓を抉ろうと胸元まで迫り、 

 

「八ノ戒──(ゼロ)ノ加護」

 

 物静かな女性の声と共に空から巨大な氷柱(ツララ)が降り注いだ。スノウの周囲を取り囲むように地表へ刺さった氷柱は壁となって空気を一瞬にして凍てつかせる。夜空に映る人影は白い冷気を吐いてデニスの目の前へ中腰で降下し、

 

「素晴らしい加護だ。私たち吸血鬼の肉体を凍結させるほどの冷気。興味深い、とても興味深い加護──」

「ぶッ(ころ)べッ……!!」

 

 力強く右足を踏み出しながら肌に雪の結晶の模様が浮き出た右腕を突き出せば、拳はデニスの鳩尾へと食い込み、吸血鬼の肉体をやや凍結させてそのまま直線状へ吹き飛ぶ。そして鎧型の食屍鬼の群れに衝突を繰り返して数十メートル先まで転がった。

 

「スーちゃんにッ……お前はッ……何をしているッ……?」

  

 瞳孔を開いて睨みを利かせるのは八ノ戒Luna(ルーナ) Raines(レインズ)。顔に出ているのは(はらわた)が煮えくり返る思いや封じ込めていた猛々しいレインズ家の片鱗。普段の静かな声色や過激な語彙を控えた口調も憤怒によって崩れてしまう。

 

「……あれがパーキンス家の始祖デニス・パーキンス。初対面になる原罪がアークライト家じゃなくて幸運だったわ」

 

 彼女が憤怒に支配される最中、三ノ戒Eliza(エリザ) Arkwright(アークライト)も姿を現す。その背後には並ぶのは木の枝程度の大きさを持つ鉄の杭と食屍鬼の灰。

 

「エリザ」

「……?」

「スーちゃんを、スーちゃんを助けてあげて」

 

 怒りに声を震わせるルーナ。

 エリザは懇願されると致命傷を負ったスノウの前に屈み、胸元に飾られた橙色の日長石(サンストーン)の十字架を右手の人差し指で摘まむ。

 

「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なる器へ神煉(しんれん)を与え給おう──」

 

 加護の詠唱を呟いた後、両手をスノウにかざせば食屍鬼の灰と鉄の杭が光の粒子へと変換され、エリザの両手に集束していく。

 

「三ノ戒──(れん)ノ加護」

 

 光の粒子に包み込まれるスノウの肉体。

 胸元に空けられた穴や痛々しい傷へ粒子が吸い込まれるように付着し、みるみるうちに再生を始める肉体。数秒も経たずに外傷はすべて治療され、静かに眠るだけの氷の皇女となった。

 

「血液中に流れるのは毒性の、永久氷花の毒……?」

「エリザ、スーちゃんは……」

「問題ないわ、治療は済んだから。ただ、そうね」

「どうしたの?」 

「……何でもない。とにかく今は大丈夫よ」

 

 口籠らせて俯くエリザ。

 彼女に与えられた(れん)ノ加護は怪我はともかく全ての病を治すことはできない。治せるかどうかは人類がその病に対して薬を開発できているかいないかで決まる。

 

(永久氷花を解毒する為の薬は存在しない……)

 

 踏まえれば『永久氷花』のように毒性を持つものは人類が解毒剤を開発していなければ解毒は不可能。口籠らせたのはそれが理由だった。

 

(エヴァン、あなたはこの秘密を隠し続けてきたのね)

 

 (れん)ノ加護は外から見れば何でも治せる力。

 しかしその本質は人類の医療技術に大きく左右される。もっと言えば加護の効力はアークライト家に懸かっている。彼女は先代十戒のエヴァン・アークライトをふと思い出す。

 

『……もしだ、もし俺が加護でブレンダを治したとして、また泣血病(きゅうけつびょう)の患者が出たらどうすんだ』

『そんなの加護でまた治せば……!』

『それじゃあな、それじゃあ何の意味もねぇんだ。いいか? 俺たちは神の奴隷じゃねぇ。ただの人間なんだよ。もし加護が消えた時代が来たらどうする? 泣血病(きゅうけつびょう)が流行って人類は終わりだろ』

 

 幼少期、不治の病とされる泣血病(きゅうけつびょう)で親友を失った直後の会話。エヴァンは加護で治せないことを隠していた。エリザが加護の真実を知ることとなったのは第一次終末聖戦後のこと。

 

「興味深い、とても興味深いことだ。レインズ家の人間だというのに青い髪に青い瞳に細身の肉体を持つとは。ならば心はどうだろうか? レインズ家と同じ心があるのだろうか? 十戒の少女よ、その心を開かせてくれ」

「エリザ、スーちゃんを守って」

「……!」

 

 エリザは呼びかけられ我に返る。

 数十メートル先から歩いてくるのはシルクハットで衣服の汚れを払うデニス。ルーナは深呼吸をしながら冷気を口から吐き出し、

 

「私はあの変なのを粛正する」

「……分かったわ」

「後エリザ、私がこれからどんなに悪い言葉を使っても──」

 

 自身の背後に氷柱を何十本も生成してブーツの底と地面を擦らせると、

 

「──何も、聞かなかったことにして」

 

 青い狂犬。

 その面影を見せながらデニスの元まで駆け出した。

 

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