ЯeinCarnation   作:酉鳥

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9:18『君のことが嫌いだ』 ◎

 

 アモンイシルの渡り廊下前。

 五ノ戒Flora(フローラ) Abel(アベル)と交戦するのは五ノ罪Nina(ニーナ) Abel(アベル)。ニーナは指の間に挟んだ紅い杭を至近距離で投擲し、フローラは避けながら聖書を薙ぎ払い反撃する。

 

「面倒、面倒ね、ほんと面倒よあんた。図体デカい癖にすばしっこいところとか特に」

「それは私と我が主に対する冒涜ですか?」

「分からない? 豊満(・・)って言ったのよデブ──」

 

 そう言いかけた瞬間、砕け散るのはニーナの背後にある城内の壁。聖書を振り払うのは修道女らしく平然を装いつつも青筋を立てるフローラ。後退するニーナへ追撃するように次々と波動を込めた殴打で城内の壁を破壊していく。

   

「アベル家の始祖であれば淑女たる言葉遣いを覚えたらどうでしょう」 

「ふーん、子孫が始祖を咎めるのね。というか、私は淑女を心掛けろなんて前世で一言も口にしたことないけど?」

「粗暴なので反面教師にされたのでは?」

「言ってくれるじゃない」

 

 一進一退の激しい攻防。

 天井、床、仕切りの壁が紅い杭と聖書の殴打で跡形もなく砕けていく。ニーナが一歩踏み出せば城全体が小刻みに縦揺れを起こし、フローラが一歩を踏み出せば激しい横揺れを起こす。その様を渡り廊下付近で座り込んで眺めるのはキリサメ。

  

(くそっ、こんな大事な時に動けないのかよ俺は……!)

 

 奇術の『主人公補正』を酷使したことによる反動で、今のキリサメは両脚に力が全く入らず立ち上がることもできない状態。キリサメは自身の情けなさに打ちひしがれ、拳を振るわせてフローラとニーナの戦いを眺めていれば、

 

「おい」

「……え?」

 

 フードを深く被った人物に声をかけられる。

 深夜帯の為、暗闇でその顔は見えない。ただ声の低さからして男なのは窺える。更に言えば着用するのは異世界転生者が着ているであろう衣服。キリサメは様々な情報が視界に飛び込んだことでその何者かを見上げながら呆然とした。

 

「アレクシアのところに連れて行ってやろうか?」 

「……! どうしてアレクシアのことを知って……?! ていうかお前は誰だよ!?」

「連れて行ってやろうかって聞いてるんだ。いいから答えろ」

 

 アレクシアのことを知ったような口ぶり。

 キリサメはしばし口を閉ざしつつ俯いた後、すぐさま顔を上げると右手を差し出す。

 

「頼む、連れて行ってくれ!」

「……分かった」

「うおぉおぉッ?!」

 

 フードで顔を隠した人物はキリサメの右手を掴み返すと左肩に乗せる。そして使い物にならない渡り廊下に向かって駆け出した。

 

「おいおい待て待て待てッ!? そっちは道がないんだぞ!?」

「うるさいぞ。そんなの見れば分かる」

 

 渡り廊下は崩れているためアモンアノールの道とはならない。しかしフードを被った人物は走りを止めずにそのまま崖まで速度を上げ、

 

「おわあぁあぁあぁああーーーーッ!?!」

 

 アモンアノールの最上階まで天高く跳躍した。風圧が全身に圧し掛かるほどの上昇速度にキリサメは腹の底から叫び、フードを被った人物は大聖堂に目を付け、

 

「この時代だとアレは使えない。じゃあ投げればいいな」

「は? 投げればって……」

「お前を最上階の大聖堂前まで投げる」

 

 左肩に乗せていたキリサメを右腕で掴んで投球の構えを取る。フードの人物が暴挙に出たことでキリサメは顔を青ざめその場で暴れ出した。

 

「いやいや、待て待て待てッ!? 俺が地面に衝突して死ぬ──」

生存補正(・・・・)を俺が上げておいた。死にたくても死ねない」

「──えっ?」

 

 一般人が知るはずのない主人公補正の内部値。キリサメは一瞬だけ唖然とした顔でフードの人物に視線を移したが、

 

「頑張れよ、次期主人公」

「ちょ、待てッ──うおぉわぁあぁあぁあッーーーー!!?」

 

 心の籠っていない激励の言葉を贈られたと同時に投げ飛ばされる。肉体は大聖堂の入り口前まで風を切りながら進むが手足の制御は当然利かない。キリサメは地面との距離が数メートルの段階で目を閉じて諦めかけ、

 

「……? た、助かったのか?」

 

 距離が数ミリまで縮まった瞬間、ピタリと宙で静止してから何事もなく着地した。何が起きたのか分からず、辺りを見渡して唖然とする。

 

『どういうこっちゃねぇーん! 機械がグイングイン音立てて動いたでおいおいおい!』

「は? さっきまで止まっていただろ?」

『わしが知るかアホンだらぁー!』

 

 停止していたはずの主人公補正が発動したと聞かされたキリサメ。脳内で響くシエスタの声に頬を引き攣った後、アモンイシルの方角へと顔を向けてフードを被った人物を探し始めた。だが姿どころか人影すら見当たらない。

 

 バキッ、ガシャンッ──

 

「……!」

 

 大聖堂の中から聞こえたのは金属が崩れ落ちる音。キリサメは何とか立ち上がると両開きの扉まで近づき耳を澄ませた。

 

「ああ、おかげでこの手を汚さずに済んだよ──」

(この声って、皇女のヘレンさんだよな?)

 

 中からヘレンの声が聞こえ、キリサメは両開きの扉の隙間から中を覗く。手前側にいるのはヘレン・アーネット、奥の祭壇側に立つのはアレクシア。残骸となった銀の鎧を見つけたキリサメはゲリュオンを倒せたのだと安堵し、大聖堂に顔を出そうとしたが、

 

「──君がキリサメ・カイトを殺してくれて」

(……え?)

 

 清々したとも受け取れる言い方。キリサメを殺してくれて助かったと微笑む顔。思わずその場で足を止めてしまった。彼の視界に映るのは理解が及ばず、顔をしかめているアレクシア。

 

「……何を言っている」

「折角だ。君には真実を教えてあげよう」

「真実だと?」

 

 ヘレンは粉々に破壊されたゲリュオンの残骸に腰を下ろす。アレクシアは彼女を注意深く観察しつつ、西側にある折れた長椅子の前まで移動した。

 

「子爵が紛れ込んだ本試験。眷属と原罪から襲撃を受けた実習訓練。眷属に支配された派遣任務。異界の霧がかかったシメナ海峡。君は行く先々で眷属や食屍鬼の変異体と遭遇する機会が多かっただろう?」

「……ああ」

「そこで君はこう憶測を立てた。君と眷属を接触させるために……私が裏で手を引いていると」

「違うのか?」

「近からずも遠からずというところだ」

 

 太腿のホルスターから金剛石の杭を一本だけ抜き取ると器用に人差し指の上で回すヘレン。その悠々とした態度に渋い顔をしながら、アレクシアもまた銀の杭をホルスターから抜いた。

 

「確かに私は裏で手を引いていた。けれど君と眷属を接触させることが目的じゃない」

「まさか貴様は……」

「そう、私が果たそうとしていた本来の目的──それはキリサメ・カイトの事故死(・・・)

(……は? 俺の、事故死?)

 

 唐突な真実に目を見開くキリサメ。

 アレクシアはより警戒心を高め、より怪訝な視線をヘレンへ送る。

 

「君も思わないか? 彼のような異世界転生者(トリックスター)は排除しなければならないと」

「なぜそう思う」

異世界転生者(トリックスター)はグローリアや栄光を穢す愚かな人種だ。私たちを都合のいい道具として扱う高慢さ、自分が正しいと思い込む薄っぺらい正義感……。こんな身勝手極まりない存在は私たち人類にとって邪魔なだけだろう?」

「……何とも言えん」

 

 その言葉から感じ取れるものは憎悪と憤怒。

 心の底から異世界転生者を嫌い、本心で自身の考えを語っている。キリサメもアレクシアはヘレンの言葉の節々からそう受け取った。

 

「だからこそ彼には早く死んでほしかったが……まさか君の手で殺してくれるとはね。あの映像を目にしたときは少しばかり驚いたよ」

「だろうな」

(──! そうか、あの人は動画しか見てないから……俺が生きていることを知らないんだな!)

 

 ヘレンが目にしたのはスマホに保存された動画のみ。

 つまり彼女は虚偽の動画を信じ込んでいる。アレクシアもそのことに気が付いているようで深くは言及しない。

 

「もし仮に私があの男の立場なら……この話を聞いた時点で(・・・・・・・・・・)グローリアから離れた国で暮らすだろうな。お前のような皇女が治める国にいれば心臓がいくつあっても足りん」

「ははっ、逃げれば探し出して排除するだけだぞ?」

「……暇だからか?」

「暇じゃなくても排除するさ」

(アレクシアはもしかして……俺がこの話を聞いていることに気が付いて……)

 

 アレクシアは「この話を聞いた時点で」の部分を強調しながら大聖堂の両扉へ一瞬だけ視線を移す。キリサメはその意図を汲み取ると息を呑んでから大聖堂を離れようとし、

 

「そういえば……彼は地獄(ゲヘナ)で友人のイブキ・ケイタと仲良くやれてるだろうか?」

「……!」

 

 友人のイブキ・ケイタの名が出て足を止めた。話の切り替え方が不自然なヘレン。その様子を窺っていたアレクシアは、握っていた銀の杭を投げられるような持ち方へ変える。

 

「本当に良かったよ。イブキ・ケイタという異世界転生者が──狙い通りに死んでくれてね」

「なに?」

「子爵を本試験に忍び込ませたのは私だ。キリサメ・カイトとイブキ・ケイタの両名を殺してもらう為、ブレイズ家の子爵に暴れてもらったよ」

「……無関係の候補生が殺されたのも狙い通りだと?」

「彼らは必要な犠牲で無駄死にではなかったと思っている。……しかしジェイニー・アベルの心に傷を負わせたのは想定外だったな。やっぱりイブキ・ケイタは私自身の手で排除するべきだった──」

「ふッざけんじゃねぇえぇえッ!!」

 

 叫びながら両扉を開いて大聖堂の中へと飛び込むキリサメ。想定した通りに引っ掛かったと言わんばかりにヘレンはその場を振り向く。

 

「やあ、随分と元気そうじゃないか。キリサメ・カイトくん」

「お前のせいで、お前のせいでジェイニーさんはずっと苦しんでたんだぞ?! ケイタだってジェイニーさんを庇ったから死んだッ!! そんなに俺たちが嫌いなら追い出せよッ!? わざわざ殺す必要なんてなかッ──」

 

 キリサメの額に向かって投擲された金剛石の杭が銀の杭によって弾かれる。彼の前に立つのはアレクシア。ヘレンに向けられるのは明確な疑心と嫌悪感。

 

「……実習訓練に原罪と眷属が現れたとき、お前がいち早くキャンプ地に辿り着けたのは……襲撃時刻を知っていたからだな?」

「正解だ」

「派遣任務で私とこの男が同じ班になったのも……貴様があの教師に入れ知恵をしたからか?」

「それも正解だ、私がアーサーに二つほど提案してね。『キリサメ・カイトとアレクシア・バートリは同じ班』にして『楽な派遣任務を選ぶならドレイク家の館がいい』と」

「ドレイク家が眷属に支配されていることも知っていたのか?」

「ははっ、何を言ってるんだ君は? 知らないとそんな提案できないだろう?」

 

 悪事は何も働いていない。至極当然のことだ。平然とした態度にキリサメは愕然とし、アレクシアは徐々に敵意を抱いていく。

 

「ならシメナ海峡とクルースニクの件も眷属が関わっていることを知っていたからか──」

「ああそれは違う」

「……違うだと?」

「本試験、実習訓練、派遣任務……キリサメ・カイトはどうしてか生還してしまい、この先どう死んでもらうべきかと考えた。そんなときに『スパイ計画』をパーシーが持ってきたんだ」

 

 ゲリュオンの残骸から飛び降りると困窮した表情を浮かべるヘレン。その振動で地面に散布された砂埃が僅かに舞い上がる。

 

「そこで私はこんな計画を水面下で考えた。生還する要因になる君を引き離して……グローリアに残ったキリサメ・カイトを私自身の手で殺せばいいとね」

「……? なら何故この男がスパイとして選ばれて……」

「いや、待てよ。確か俺は元々選ばれてなくて、推薦したのはティアさんだったはず……」

 

 キリサメの脳裏を過るのはディスラプターαを試験をしたあの日。暴走するナタリアを抑えるシャーロット。試し撃ちをするアレクシアとクリス。それらを眺めつつティアと交わした会話。

 

『……スパイとしてクルースニク協会へ潜入するという任務。本来であれば貴方は人員として選ばれていません』

『えっ、だったら何で……?』

『私が貴方を推薦したからです』

 

 ティアが裏で推薦していた事実。

 その記憶を思い出すキリサメを目にしたヘレンは不敵な笑みを浮かべる。

 

「そう、ティアは君を守ろうとしていたらしい。実習訓練は私を監視する為にわざわざ顔を出し、クルースニクの計画では君を推薦して私から遠ざけようとしたんだ」

「ティアさんが、俺を……」

「君が素直に死んでくれていれば……私が頭を悩ませることも犠牲を払う必要もなかった」

 

 ヘレンがホルスターから引き抜くのは燐灰石αで作られた白い大型の回転式銃──Tetra (テトラ)。四発の弾丸が装填された状態でキリサメの方へ銃口を向ける。

 

「キリサメ・カイト──私は君のことが嫌いだ」

「……ッ!」

「だから私と人類の為に消えてくれ」 

 

 清々しいほどの笑みを浮かべるヘレン。

 顔を強張らせるキリサメを撃ち殺すためにテトラの引き金を引こうとした──瞬間、ヘレンの眉間が一発の弾丸に撃ち抜かれる。

 

「本試験の子爵、実習訓練の襲撃、派遣任務の眷属……すべての件に関与していたとなれば貴様は吸血鬼共と繋がっていたことになる」

 

 眉間を撃ち抜いたのは銀の回転式銃カヌスを構えたアレクシア。明確な敵意と殺意を込めた視線を送りつつ、ルクスαを鞘から引き抜く。

 

「つまりここで消えるべきは──貴様の方だろう」

「それは残念な答えだ」

 

 溢れ出る血液を顔に伝わせているが眉間の風穴は瞬く間に再生を始めた。傷ついた肉体をすべて元通りにする『不滅の加護』に、外的要因で死に至ることがない『不死の加護』。ヘレンに与えられたこれらの加護を目の当たりにし、二人は顔を強張らせた。

 大聖堂の外では雨が降り出したようで屋根を雨粒が叩く音が徐々に響いていく。

 

「アレクシア、ゲリュオンの力に名前を付けるぞ」

「……言ってみろ」

 

 アレクシアの蒼い右目は紅色へと徐々に染まり黒い瞳孔は十字架へと変わる。両目とも真っ赤な色を灯せば何度も光輝を繰り返した。

 

『私に新たな名を刻むのかお嬢よ』

 

 脳内に聞こえるのはゲリュオンの声。映し出されるのは背中に十字架が刻まれた銀の鎧。共鳴するように大聖堂に散らばった紅銀石が小刻みに揺れる。

 

「ああ、その力の名前は──Enhance(エンハンス)だ」

(……Enhance(エンハンス)

 

 キリサメが考案した名を独白すれば、脳内に映し出される銀の鎧に刻まれた十字架は逆十字架に、右の瞳にある十字架の瞳孔も逆十字架へと変わった。アレクシアが立っていた床は亀裂が走り、震えていた紅銀石は宙へと一斉に飛び上がる。

 

『私の名はEnhance(エンハンス)。新たな君主はAlexia(アレクシア) Bathory(バートリ)。敬意と親しみを込めてお嬢と呼ばせてもらう』

(……その呼び方はやめろと言ったはずだ──)

『お嬢よ。今の時代まで背負い続けた罪を償い、過去に亡くした人々を弔う果てしない旅を──アナタと共に見届けさせてもらおう』

 

 最期の言葉を告げられた直後、視界は現実へ意識はヘレンへ向いた。アレクシアはそのまま深呼吸し、小さな声でこう呟く。

 

「──Enhance(エンハンス)」 

 

 見上げていたヘレンに降り注ぐのは銀の剣へと変わった紅銀石。アレクシアが立っていた場所は罪の重さによって円形に窪む。銀の剣はヘレンの肉体に余すことなく突き刺さり、幾度も血飛沫を上げた。

 

「これがバートリ卿から受け継いだ血涙か──」

「失せろ」

 

 感心する素振りを見せるヘレン。

 その胴体へ打ち込まれるのは飛び回し蹴り。肉体へ突き刺さった銀の剣は陶器のように砕け、ヘレンの肋骨をへし折り、大聖堂の女神像まで吹き飛ばした。凄まじい衝撃は女神像を跡形もなく破壊し、ヘレンは女神像の瓦礫に埋もれてしまう。

 

(この力は……肉体の強化か?)

 

 Enhance(エンハンス)

 当人が『背負うもの』の重さによって身体能力が大幅に向上する力。『背負うもの』の対象となるのは物質ではなく『背負った罪』や『託された想い』。

 

「今の一撃は効いたよ。骨まで()響いた」

「……随分と機嫌がいいな」

「ははっ、それはそうだろう。私をここまで突き飛ばしてくれたのは──」

 

 瓦礫の山から何食わぬ顔で姿を見せたヘレン。既に損傷した肉体は加護で再生している状態。やや喜ばしいと微笑みで表現すると白の刀剣ルクスαを鞘から抜き、

 

「──君が初めてだからな」

 

 アレクシアに向かって駆け出した。

 彼女もまた迎え撃つために黒の刀剣ルクスαを逆手持ちにして駆け出す。大聖堂の中央で互いに刀剣を力任せに振り払い、

 

「……ッ」

 

 アレクシアの持つルクスαが刃毀(はこぼ)れを起こす。対してヘレンの持つ白の刀剣は全くの無傷。彼女は二度目の打ち合いで刀剣が折れると判断をし、咄嗟にヘレンの胸元へと突き刺して背骨まで刀身を貫通させた。

 

「心臓の位置はもう少し右だ」

 

 反撃と言わんばかりにヘレンが左拳で殴り掛かる。アレクシアは迎え撃つために右拳を突き出せば互いの拳が衝突し、衝撃波と共に一メートルほど互いに後退した。

 

「……私が与えられた十聖(じゅっせい)の加護の一つ『不壊(ふえ)の加護』。この加護は私が一度でも触れたものが壊れなくなるんだ。この剣で例えるなら……絶対に折れないし刃毀れも起こさない。ただ一日以上触れないと加護は消えてしまう」

「なぜ手の内を明かす?」

「君が手の内を見せたんだ。私も明かさないと不平等だろう」

 

 アレクシアは蒼色の獄炎を纏うと右手に銀の杭を握りしめる。そんな彼女の前まで一秒足らずで詰め寄るのはヘレン。白い刀剣を目に留まらぬ速度で振り回しながら連撃を繰り出す。

 

「『不当(ふとう)の加護』。この加護を与えられた私は人の道理を外れた肉体になった。さっき分かったことだが……眷属を拳一つで葬れる力があるみたいだ」

「自慢か?」

「いいや紹介だ──」

 

 ヘレンがそう言いかけた瞬間、アレクシアは床に這わせていた蒼い蔓を左手で手繰り寄せる。その先に結び付けられていたものは無数の銀の剣。彼女はその場で飛び上がると、鞭のように振り上げてヘレンの頭頂部目掛けて叩きつける。

 

「『不食(ふしょく)の加護』。この加護は食事や水分を摂らなくても生きていける。常に腹八分というわけだ」

 

 血涙の力を一つ見せれば加護の詳細を一つ語るヘレン。その言動はどこまでも冷静沈着で勝利を確信させる声色。銀の剣が結び付けられた蒼い蔓も大型回転式銃のテトラを連射して撃ち落とす。

 

Omen(オーメン)」 

 

 アレクシアは右手に持った上製本を見開きにして蒼色の発光文字を無数の銀の剣に刻む。すると銀の剣はその場に次々と浮かび上がり、ヘレンに向かって雨のように降り注いだ。その光景は鉄の雨にも似た銀の雨。

 

「『不疲(ふへい)の加護』。この加護のおかげで私の肉体に疲労が蓄積することはない。どれだけ長時間戦い続けても常に完璧な状態を維持することができる」

 

 しかしヘレンは銀の雨の中を掻い潜りながら動術の機動を多用して、降り注ぐ剣をすべて捌き切る。アレクシアはしかめっ面を見せると左手で顔の左半分を覆い仮面を具現化させ、

 

Masquerade(マスカレイド)

 

 自身の影から女の頭部を数体呼び出してヘレンに頭突きを仕掛けた……がヘレンは向かってくる強烈な頭突きを片手で難なく受け止めつつ、他の頭部を回し蹴りで消し飛ばす。

 

「『不眠(ふみん)の加護』。私は二十四時間眠らずとも生きていけるらしい。おかげで用事がすぐに片付くことが多くてね」

「なるほど、どうりで暇を持て余すわけだ」

 

 アレクシアは地上へ降り立つと落ちていた銀の剣を拾いながら大聖堂を駆け抜け、女の頭部を消した後にヘレンを斬り上げようと試みた。

 

「ははっ、本命はこっちだろう」

 

 銀の剣はあくまでも囮。

 蹴り上げられるのはアレクシアが左手で密かに銃口を向けていた大型の回転式銃カヌス。たった一度の蹴りだけでカヌスは空中分解をしながら砕け散る。見抜いていたヘレンは軽く笑って見せ、

 

「外れだ」

「……ッ!?」

 

 左目を銀の杭で貫かれた。

 血飛沫が上がる中でアレクシアを見るが銀の杭を取り出した様子はない。ただ紅い左目に古時計の写像が映し出されるのみ。

 

「まったく、君の力は非現実的だな」

「貴様が言えたことか?」

 

 ヘレンが見上げるのは天井。

 アレクシアは上空から投擲した銀の杭をペンデュラムで停止状態にし、自身が仕掛ける途中で加速を付与していた。左目の視界を塞いだアレクシアは腰に携えたディスラプターαを抜いてからヘレンの額へと突きつけ、引き金を引こうとする。

 

「──ッ」

「これで君と平等だ」

 

 だがヘレンからの反撃として左脇腹に刀剣を突き刺された。引き抜こうとするも怪力で押し込まれ、握力でへし折ろうとするも『不壊の加護』のせいで微塵も軋まない。

 アレクシアは全身を蒼色の獄炎で包み込み、間近にいるヘレンを炎上させ、

 

「貴様と肩を並べるつもりはない」

 

 引き金を何度も引いて弾丸を脳天に撃ち込んだ。後頭部から弾丸と共に噴き出す血液と脳脊髄液。ヘレンの顔を真っ赤に染めるほどの出血量によって表情を窺うことはできないが、

 

「……ああそうだな。君は私と肩を並べることはできない」

(この女っ……)

 

 動揺も苦しみも感じていないのかアレクシアの首を左手で締める。弾丸による風穴は加護によって再生し、口角は微笑むように上がっていた。 

 

「『不屈の加護』は痛覚をほぼゼロにする加護だ。君は転生者として痛みに慣れているだけで痛覚は残っているだろう?」

(ちっ、引き剥がせんかッ……)

「アレクシア・バートリ。不眠不休で、食事も摂らず水分も口にせず、痛みすら感じない、死ねない私を──殺すまで相手にしたいのか?」

 

 欠点となる肉体機能をすべて加護で補った完璧な皇女。どのような戦い方をしても勝利は見えてこない。そんな状況下でアレクシアは首を締め上げるヘレンの左手を握り潰す勢いで掴んだ。

 

「私は、吸血鬼共を一匹残らず始末するまで……死ぬわけにはいかん……」 

「……」

「邪魔者がいれば、始末するだけだッ……貴様のように吸血鬼共の肩を持つ愚者もッ──」

 

 突拍子もなくヘレンから繰り出される頭突き。

 アレクシアの言葉は喉に詰まり呼吸が一瞬だけ止まる。その隙を狙うかのようにヘレンは突き刺していた刀剣を引き抜くと、

 

「君は頭を冷やした方がいい」

「──ッ!!」

「アレクシアッ!」

 

 腹部に金剛石の杭を手の平に乗せた掌底打ちを叩き込んだ。アレクシアは祭壇の方角へと突き飛ばされ、女神像だけでなく天井すらも崩れ落ちれば、溜まっていた雨水は地上へ流れ、辺りに薄い霧が立ち込めて視界が塞がれる。

 

「アレクシア・バートリ。実習訓練の時、私が君に言ったことを覚えているか?」

 

 ヘレンは霧と雨が充満する祭壇付近へそう問いかける。二人が実習訓練の時に交わした会話。それは伯爵からアレクシアを助け出した時。

 

『隠し事はお互い様だ。他人に言えないことは誰しもある』

『まるで私が何を隠しているか知っている……そう言いたげな口ぶりだな』

『少しだけ知っている。そう例えば……君が本物(・・)だということを』

『……本物か。何のことだか見当もつかん』

 

 その記憶を蘇らせながら視線を向けるのは、流れ落ちた雨水を被ってずぶ濡れになったアレクシア。彼女は瓦礫に背を付けて座り込み、無言で俯く。

 

「あの時、私が君に告げた本物という言葉。あれは『本物の吸血鬼』という意味じゃない」

「……」

「かと言って『本物の転生者』という意味でもないんだ。君がどう捉えていたのかは分からないが……この二つを示唆したつもりはなかったよ」

 

 雨水は彼女の髪を濡らして地面へと滴り落ちる。その最中で夜空に浮かぶ半月がアレクシアを月光が照らした。

 

「私が語りかけていたのは『吸血鬼』の君でも『転生者』の君でもない。Arnet(アーネット)家としての君に対してだ」

「はっ? アーネット家?」 

「キリサメ・カイトくん、君も薄々分かっていたんだろう? 彼女が真のアーネット家の始祖──」

 

 唖然とするキリサメの視線の先。

 雨水が洗い落とすのは髪を青く染めていた塗料。露わになるのは青い髪に混ざる白い髪。彼女は俯かせていた顔をゆっくりと上げると、

 

「──Maria(マリア) Arnet(アーネット)王妃だと」

 

 特有の紅い瞳と白い髪。

 アーネット家としての片鱗を見せた。





【加護と血涙】


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