「マリア・アーネット? アレクシアが、アーネット家の始祖? 何を、言ってるんだよ?」
告げられた真実に混乱した俺は頬を引き攣ってそう問いかける。ヘレンは混乱する俺を鼻で嘲笑うと身体の向きをこっちに変えた。
「そのままの意味さ。彼女はアーネット家の始祖マリア・アーネット王妃。私の立場からすると遠いご先祖様みたいなものだ」
「そ、そんなわけないだろ!?
「その史実には誤りがある」
俺の発言は首を左右に振ったヘレンに否定される。食い気味に否定された俺が言葉を詰まらせればヘレンはこう説明をしてきた。
「正しい史実はマリア・アーネット王妃がアーネット家の始祖。ノア・アーネットはマリア王妃のご令息に過ぎない」
「は、はぁ、ご令息って……公爵はアレクシアの息子なのか!?」
「ああそうだとも。けれど彼女にはその真実を隠蔽しなければならない事情があった。自分の息子を、アーネット家の始祖として祭り上げなければならない事情がね」
「事情って何が……?」
「さぁ、そこまでは分からない。私が知っているのは彼女がマリア王妃で、アーネット家の始祖であるということだけだ」
公爵がアレクシアの息子でアーネット家の始祖もアレクシア。その話を聞かされた俺は半信半疑の状態だったけど、心当たりのある記憶が蘇ってくる。
そう、あれはクルースニク協会で動術を教えてもらっていた時だ。
『なぁ、アレクシアって、その、どうして……』
『何だ?』
『あ、いや悪い! やっぱ何でもな──』
『なぜアーネット家しか扱えない鼓動を扱えるのか。お前が聞きたいのはこれか?』
『……まぁな、多分だけど今まで鼓動っていう動術は使ってこなかっただろ? お前がそんな強い技を隠してたのも不思議だし、何か事情があったのかなってさ』
あの時、アレクシアは動術の原点『鼓動』を見せてくれた。疑問に思ったのはどうしてアーネット家だけが使える『鼓動』を使えたのか。アレクシアは俺にこんな返答を返してきた。
『扱える理由は答えられん。ただ私はこの動術を隠していたわけではない。私に扱う資格がないからこそ、今まで見せてこなかっただけだ』
『資格がない?』
『……お前にはこの動術を見せた。だが資格がない以上、私は何があろうとこの鼓動だけは決して使わない。今も、これからもな』
私には資格がない。
その言葉を聞いたときは『動術を扱う資格』だと認識していた。だけど正しい史実を踏まえたら『アーネット家を名乗るとしての資格』だったのかもしれない。
「よし、話はここまでにしようか──キリサメ・カイトくん」
「……っ!」
こちらに銃を向けてくるヘレン。
引き金には指をかけ躊躇わずに俺を殺そうとしている。後退りすることしかできない俺を見兼ねてアレクシアは右腕を挙げて血涙の力を使おうとした。
「……?」
「ああマリア王妃、君の血涙の力は封印した」
「封印、しただと?」
「如何なる力もすべて封印する『
「お前は、何なんだよっ……!?」
能力の無効化。
加護一つで四卿貴族の血涙ですら封印してしまう。俺の前にいるのは何一つ欠点のない最強の皇女。言ってしまえば異世界モノにあるチート級のキャラ。
「そう叫ばないでくれ。引き金を引きそうになる」
血涙が封印されたらアレクシアは肉体を再生することができない。もしさっきの一撃が致命傷だったら早く治療しないと確実に命を落とす。
俺は歯軋りした後、嫌な表情を浮かべるヘレンを睨んだ。
「アレクシアを、助けなくていいのか……?」
「どうして助ける必要が?」
「お前はアイツの生け捕りが目的なんだろ!? ここで死なせたら元も子もない! 国を治める皇女ならっ、俺を殺す前に助けるのが普通だろッ──」
鳴り響く銃声となぜか俺に降りかかる返り血。
目を見開いた俺の前に立つヘレンは引き金を既に引いていた……が、その弾丸はヘレンの眉間を貫く。何が起きたのかはすぐに分かった。
「ああなるほど。だから君は死んでくれなかったのか」
(そうか、生存補正が機能したから……!)
俺が死にかけたことで『主人公補正』が弾丸と共に死を跳ね返したんだと。この大聖堂まで運んでくれた男性が「生存補正を上げておいた」とも言っていたから間違いない。
ヘレンは血塗れの両頬を緩ませて何度も頷きながら納得すると、
「ふっふふっ、はっははっははははっ!」
「は? 何で笑って……?」
堪え切れずに笑い出す。
何が面白いのか分からず唖然とする。そんな俺に対してヘレンはもう一度引き金に指をかけ、
「な、何してんだよお前は……っ!?」
何度も何度も引き金を引いた。
弾丸はすべて反射してヘレンの顔に撃ち込まれる。眼球、右頬、脳天、右肩、左足、心臓……肉体のあらゆる箇所を血飛沫を上げて貫いていく。
「キリサメ・カイトくん、君も気になるだろう?」
「気になるって何が……!?」
「死ねない私と死なない君──どちらが先に死ぬのか」
「あっ、あぁあっ……」
その血塗れの顔を見て俺は恐怖し後退する。
ヘレンは狂った笑みを浮かべていた。その笑みから感じ取れるのは期待と好奇心。もしかしたら死ねるかもしれない。そう淡い希望を抱く笑みだった。
「ああ少しだけ興味が湧いたよ」
「く、来るなッ、来るなぁあぁあッ!」
「次はこの刀剣で君の首を刎ねる。私を殺してみせてくれ──」
逆の手で握っていた白の刀剣。
子供のような無邪気な瞳を赤く染め、俺の頭部を斬り捨てるために薙ぎ払おうとした瞬間、
「「「「「──ッ」」」」」
五人の人影が天窓や祭壇近くのステンドグラスを突き破って大聖堂内へと入ってくる。
「くゃッははははッ!! なんでここにルーナさんがいるんですかねぇ!?」
「……ソニア、その武器を下ろして」
「あぁゴミ屑がそこにいやがるだろうが!? 殺すのが常識ってやつじゃないですかぁ!?」
「……アーちゃんはゴミ屑じゃない。大切な、ルーナ班の一人」
大聖堂の中央。
アレクシアの元まで猪突猛進しようとする赤い狂犬ソニア・レインズ。二刀流の刀剣を持つ手首を掴んで止めようとするルーナ・レインズさん。二人は額を擦り合わせてほぼ互角の押し合いをしている。
「お願いですヘレンちゃん、その武器をどうか下ろしてくださいッ……」
「……フローラとエレナ。君たちもここにいたのか」
「一体、何が起きているのだね皇女殿ッ!? なぜアレクシア殿が倒れ、貴殿が彼に刃を振りかざそうとしているのだッ!?」
俺の目の前。
全身の力を込めてヘレンの左腕を押さえつけているフローラ・アベルさん。二丁持ちにした小型の自動拳銃をヘレンとアレクシアに向けるエレナ・オリヴァーさん。二人は状況を理解するのに眉を顰めていた。
「金剛石の杭……。ヘレン、彼女の怪我はあなたが原因のようね?」
「その通りだエリザ。彼女の生け捕りが私の目的だからな」
「にしても、やりすぎだと思わない?」
「アレクシア・バートリの半分は吸血鬼だ。更に血涙という厄介な力があるとなったら……それぐらいしないと生け捕りは難しいだろう」
祭壇のすぐ隣。
アレクシアの容態を屈んで確認しているエリザ・アークライトさん。崩れた天井から降り注ぐ雨に打たれながらヘレンを静かに見つめている。
「もう一度言います。この武器を、納めてくださいッ……」
「フローラ、それはできない」
「何を言っている皇女殿ッ!? 彼は種族が違えど一般市民であり人間だ! 刃を振り下ろしてもいい理由など微塵もない!」
「だが──」
「いいから下ろせヘレンッ!
エレナさんは警告するように怒号を飛ばす。
するとヘレンが俺に対して抱いていた期待の眼差しは徐々に消失し、押さえ込まれた左腕に握った刀剣を無言で鞘に納めた。
「エレナ、原罪や雪月花のお三方は?」
「夜明けに伴って原罪は皆撤退した。私とソニア殿が護衛したミール皇女も無事だが……そちらはどうなのだねエリザ殿」
「氷の皇女は死の淵を彷徨っていたから私が怪我の治療をした。命に別状はないけど──いえ、今話すべきことじゃないわね。とにかく氷の皇女は無事よ」
「そうか、安心した」
安堵したヘレンは祭壇のそばまで歩み寄る。そして俯いたアレクシアに手を伸ばした途端、隠し持っていた銀の杭がヘレンの顔に振り上げられ、
「……ッ!」
「君に伝え忘れていたが封印したのは血涙の力だけじゃない。転生者が持つ肉体強化の力も封印している。つまり今の君は十六歳の少女と何も変わらない状態だ」
「どうりで、身体が鈍いわけだっ……」
軽々と弾き飛ばされた。
アレクシアは何かを悟るように大人しくなってしまう。ヘレンはただの少女になったアレクシアを少しだけ見つめた後、右脇に抱えて出口に向かって歩き出した。
「ヘレンっ……アーちゃんは、悪い子じゃないっ……!」
「すまないルーナ。今はその言葉を聞き入れることはできないんだ」
ルーナさんの言葉は届かない。
このままだとアレクシアが処刑される。駄目だ、それだけは駄目だ。俺が止めないと、俺がアレクシアを助けないと、あいつを救えるのは俺だけだ。
「行かせるかよ……!」
そんな焦燥感に駆られた状態で威勢よく飛び出す。俺になら掴めるはず、と衰弱していた右手を掴むために精一杯手を伸ばした。
「──えっ?」
けど軽く振り払われる。
それもヘレンじゃなくてアレクシア自身に。俺はどうして振り払われたのか理解できず目を丸くする。
「……許せ」
「──!」
「私を信じたお前自身を、信じることができなかった私を、許せ」
青が抜けた白い髪と赤い瞳。
アレクシアの顔は許しを請うような、どこか寂しそうな、分かっていたというような。そんな何とも言えない顔をしていた。
「ま、待てよアレクシア……ぐぁっ!?」
「少年!」
身体から力が抜けてうつ伏せに倒れる。
すぐに分かった。フードの男に上げて貰った『生存補正』の効果が切れたのだと。エレナさんが駆け寄る中、意識を何とか保ちながら連れていかれるアレクシアに手を伸ばすが、
「アレク、シアっ……」
もう届かない。
そう頭で理解した途端、テレビの電源が落とされるように意識が途絶えた。
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吸血鬼の本部にある会議室。
紅いテーブルクロスが敷かれた円卓を取り仕切るのは人物。耳が隠れるほどの長さを持つ白髪に紅玉のように光を灯す瞳。肌を隠す為に羽織った黒いコート。彼は吸血鬼を統べる公爵──
「皆、お疲れ様。第二次終末聖戦はどうだった?」
第五圏
そこでは権威を持つ吸血鬼たちの会議が開かれていた。参加者は公爵ノアを中心に、クレスと交戦した八ノ罪
ソニアと交戦した一ノ罪
「邪魔が入ったせいでまたあの
「はいはーい! 僕と私も空気が読めない血染めの皇女に邪魔されてイライラしてまーす!」
「永久氷花によって凍てついた心が手に入らなかった……非常に不快だ」
「すみませんすみません……。私も頭をぶち抜けなくてイライラしています……」
「あははっ、イライラねイライラね! それでイライラってなに?」
ステラを除いて機嫌の悪い四人。
ノアは苦笑せざるを得ない状況下で「まぁまぁ」と四人を落ち着かせる。
「さっきリアから聞いたよ。母上は僕らの元へ来るつもりはないってね」
「あの格言野郎の誘い方に問題があったんじゃない? あんたが直接会いに行けば変わるかもしれないわよ?」
「……どうかな、母上は僕の顔なんて見たくないと思うけどね」
「すみませんすみません……。その理由を聞かせて貰ってもいいですか?」
「母上は吸血鬼に過剰なぐらい執着する。もしその吸血鬼に自分の子供がなったらどう思うのか……きっと母上は心の底から失望してるよ。息子として接したくないほどにはね」
ニーナとレイラを交互に見ながら少し寂しそうに語れば、誰も口を開かない静寂の時間が訪れる。ノアは会議室が
「それじゃあ話を戻そうか。僕が皆を呼んだのは『十戒の実力』について聞きたかったのと『とある計画』の話をしたいから」
「興味深い、実に興味深いな。計画というのはどのようなものだろうか?」
「あー、そんなに興味を持たれるとちょっと話しづらいかなデニス……」
「一応聞いておくけど『キースの誕生日が近いからサプライズで祝杯をあげたいんだ』なんて言わないわよね?」
「あははっ、いいねそれ賛成! じゃあ僕と私は葡萄酒をキースさんの頭にかける役で!」
勝手に盛り上がるノエル。
ニーナは呆れて頬を引き攣っていると申し訳なさそうにノアがこう口を挟んだ。
「ニーナ、ノエル、そこまで大事な計画じゃない。単に『ロザリア大陸を僕らの支配下におく』ってだけなんだ」
再び会議室を包み込む静寂。
誰もが口を塞いで呆然としている最中、ステラだけが「蝋燭って五百本なの、千本なの?」と自問自答をしながら頭を抱える。
「あんた、自分で何言ってるのか分かってるの? 第二次が終わったばかりなのに、もう第三次終末聖戦を始めるつもり?」
「ああでも、必ず実行される計画じゃないよ。この先グローリアがどう変わるのかによって、この計画が白紙に戻る可能性だってあるからね」
「すみませんすみません……。それって全員撃ち殺してもいいってことですよね?」
「うん、場合によってはね。本当はこのまま中身について深く話がしたいけど、先に考えるべきことができたよ」
机に両肘をついて前屈みの状態になるノア。
その真剣な顔にニーナたちはただならぬ威圧を感じ視線をノアへと注目させた。
「珍しいじゃない。あんたがそんな顔をするなんて」
「うん、これは戦争よりも大事なことだからね……。この議題は皆からも意見を貰いたい」
「……言ってみなさい」
ノアはしばらく俯いた後、ゆっくりと顔を上げてニーナたちを一望する。そして次に告げられた問いかけによって、
「キースが喜んでくれるプレゼントって、何だと思う?」
「「「……」」」
会議室の空気は凍り付いた。