「おらぁその金を寄越せ山羊共ぉッ!!」
「ひっ、こ、これだけはどうかご勘弁をっ!!」
「いいからとっとと寄越せよジジイッ! 死にてえのか、あぁ!?」
スラム街と呼ばれるに相応しいクルースニク。
視界の隅に映るのは悪人たちが老人を取り囲んで滅多打ちにする光景。俺はシラカワさんとフローラさんと共にそんな光景を横目で眺めつつクルースニク協会へ向かっていた。
「キ、キリサメさん、ど、どど、どこへ向かって……?」
「この町に頼れる知り合いがいてさ。しばらくシラカワさんのことを匿って貰おうかなって」
「えっ、えぇっ? か、匿う? ど、どういうことですか?」
「えっと、このまま俺たちに付いてくると危ないっていうか……。とにかくシラカワさんには安全な場所で待ってて欲しいんだ」
皇女のヘレンは
だから少しの間でも匿って貰える場所が必要だ。ヘレンやグローリアの人間が顔を出さなくて、適度にロザリア大陸と近い安全な場所が。
「あんのクソババア……いつまで酒を飲んでやがんだァ? ババアのくせにヘラってんじゃ──」
「メル!」
俺の中で当てはまった場所はクルースニク協会。教会の汚れた両扉を開いてブツブツ独り言を呟くメルへと声をかけた。
「……あ? おー、色男じゃねぇかァ!」
「久しぶりだな! 元気だったか?」
「クスクスッ、あぁこの通り元気だぜェ。獅子共のタマ蹴り潰せるぐらいにはな」
俺の顔を見るとメルは変わらないニタニタとした笑みを浮かべる。メルは俺の前まで早足で歩み寄り、強引に肩を組んでフローラさんたちに背を向けさせた。
「ジョーカーはどこだ?」
「ごめん、俺が弱いせいでアイツは……」
「チッ、んなこったろうと思ったぜ」
「ん? それってどういう……」
「この写真を見てみなァ色男」
メルはそう言いながらスマホの画面を見せてくる。
映っていた写真はヘレンがアレクシアを抱える姿。両隣にはエレナさんとソニアが警護するように周囲を警戒していた。
「メル、この写真っていつ撮った……!?」
「あー、コイツを撮ったのは二日前ぐらいだァ」
「二日前!? まさか一睡もせずにグローリアまで帰還を……?」
「そこまでは知らねェが……。牛みてぇにチンタラしてる場合じゃねぇぜ。早く尻を追っかけなきゃジョーカーが逝っちまう」
「ああ分かってるよ。その為にもメルに頼みがあるんだ」
俺はその場で振り返りシラカワさんへ視線を送る。メルは何かを察したようでニタッと悪い笑みを浮かべた後、俺の顔を見上げてきた。
「ああノープロブレムだ色男ォ。つまりはァ、そこの芋女をルスの姉御に預ける。そんでもって売春宿で資金集めと調教を受ける……こういうことでいいかァ?」
「ば、ばばっ、売春でしゅ、ですかッ!?! き、きき、キリサメさんは、わ、わわ、私を……そ、そんな風に利用しようと、とととっ……!?」
「へっ? そうだったのですか……?」
「そんなわけないだろ!? ていうか、見当違いもいいところだなおい!?」
頬を赤らめて後退りをするシラカワさんとドン引きするフローラさん。俺は必死に否定しながらメルの言葉をこう訂正する。
「この子を少しの間だけ匿ってほしいだけだよ。色んな事情が重なったせいで一緒に行動するわけにもいかなくてさ」
「んだよ色男。あたしに芋女の御守りをさせんのかァ?」
「頼むメル、この埋め合わせは絶対するから」
「……はぁ、わーったよ。一つ貸しにしとくからなァ」
俺が真剣な眼差しを送るとため息をつきながら渋々承諾したメルは、シラカワさんの前まで歩み寄ると、品定めするように足のつま先から頭頂部まで観察し、
「『ポテガール』」
「は、はいっ? ポ、ポポ、ポテガールでしゅ、ですか?」
「クスクスッ、ああそうだぜェ。このクソッたれな町に相応しいあんたの偽名だ」
「ポテガールって……。そのまんま訳しただけだろ……」
これまたよく分からないあだ名を付けた。
何を言っているのか理解ができず困惑するシラカワさん。けどメルはお構いなしに無理やり肩を組んでニタニタとした笑みを見せる。
「ふぎゃあぁああぁあーーっ!?」
「あ? 今のアホみてぇな声はァ……」
空気を引き裂くような叫び声。
教会の廊下に繋がる扉から聞こえてきたその声はジュリエットのもの。メルが怪訝な顔をして声のする扉へ視線を移せば、
「燃えるっ、燃えちまうぅうぅうーー!」
「おー、大炎上じゃねぇかジュリエットー! カチカチ山のタヌキみてぇだぜー?」
「いや、言ってる場合か……!?」
背中が燃えたジュリエットが礼拝堂へ飛び込んできた。俺は呑気に感嘆するメルにそうツッコミを入れて、どうにか消火しようと周囲を見渡した瞬間、
「えいっ」
「ふぎゃっ!?」
フローラさんが聖書で扇ぐように右腕を薙ぎ払い、巻き起こした強風でジュリエットの炎上を鎮火させる。その強風で辺りに散らばっていた木片や埃も壁際まで吹き飛ばし、俺たちの髪も僅かになびかせた。
「はぁはぁっ……や、焼け死ぬところだったぜ……」
「おいおいジュリエット。火遊びしたいんなら外でやりなァ」
「火遊びじゃねぇよクソ
「い、嫌だっ……奪わないでっ……居場所っ、私の居場所っ……」
その場にうずくまるシラカワさん。
ジュリエットの反論に被せる形でぼそぼそと何かを呟いていた。全員の注目がシラカワさんへ向けられる。
「炎っ……炎がっ、赤く包んで、炎が、追いかけてっ……炎が、泣いてっ……あっあぁあぁっ……!!」
「おいおいポテガール、炎はさっぱり消えてんぜェ?」
「渋谷にっ、炎がっ、放火事件っ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ……げほっげほっ、はぁはぁッ!」
「渋谷に……放火事件だァ?」
何かが引っかかり目を見開いたメルを他所に、フローラさんがシラカワさんの震えた身体を抱き寄せる。そして真っ青な顔を覗き込んだ後、俺たちの顔を見上げた。
「この子をエリザちゃんに診てもらいます。キリサメくん、後は任せても良いでしょうか?」
「は、はい! 早くエリザさんのところまで連れて行ってください!」
フローラさんは頷くとシラカワさんを軽々と抱き抱え、メルに対してやや敵意が込められた視線を送る。
「……ハチミツさん、我が主と共にあなたを見守っていますよ」
「クスクスッ、ああそうかい」
シラカワさんの身体を労わりながら教会から出ていくフローラさん。そのやり取りから分かるのは初対面ではないということ。
「メル、フローラさんとはどういう関係なんだ?」
「あー例えんなら……ワンナイトラブの関係だぜェ」
「それ適当に言ってるだろ……?」
「安心しな色男ォ。あたしとあんたはワンナイト限りの関係じゃねぇぜェ」
「誤解される言い方、やめてもらっていいっすか……?」
メルは関係性を答える気はないらしい。俺は深く詮索はせずにシラカワさんが戻ってくるまでお互いに情報を交換することにした。まずは俺が無風の渓谷でメルと別れた後のことをすべて語る。
ネクロポリスの黒薔薇についてや雪月花の領土で起きていた事件。第二次終末聖戦によって激しい死闘が繰り広げられたこと。そして俺の奇術『主人公補正』について。そのすべてを包み隠さず語った。話を聞いていたメルは珍しく口を挟まず、長椅子に座って耳を傾ける。
「おーおー、愉快痛快な大冒険じゃねぇかァ。ハリウッド映画二本見た気分だぜェ」
「変に同情しないのがメルらしくて安心したよ」
「あたしは全肯定してくれるシスター様じゃないんでね」
(……補正値の変換についてはメルの為にも話さない方がいいよな)
補正値の変換について話すべきじゃない。
何故ならメルの母親のナナセさんが関係しているから。魔女の馬小屋の件でメルの中でナナセさんは故人。今更掘り返すのも配慮に欠ける。
「クスクスッ、んじゃあ今度はあたしの番だぜェ」
「……? 何で笑ってるんだ?」
「ああ気にすんなァ色男。こっちの事情だ」
メルはそう言ってクルースニクで起きたことを語り出す。どうして笑っていたのかは分からない。ただ話しているときのメルはどこか楽しんでいるように見えた。
「は、はぁ、マジかよ!? ヴィクトリアさんはずっとソニアと戦ってたのか!?」
「クスクスッ、大マジだ。けどチート皇女が水を差しやがって勝敗はドローさ。んなことがあったから、あのクソババアは絶賛ヘラってる」
(まさかソニアは戦いが終わった後、すぐに俺たちのところまで来て……)
無風の渓谷で別れた後、ヴィクトリアさんはソニアと戦い続けていた。一睡もせず、食事も水分も摂らず、お互いに捻じ伏せようと衝突していただとか。化け物みたいな体力と肉体に俺は苦笑してしまう。
「イアンとクレアが、ヘレンたちと船に……?」
「ああ、ジョーカーの姿を見たら犬みてぇに走っていった。あたしらに『ありがとう』って善人らしい捨て台詞を吐いてなァ」
「二人の怪我は?」
「ジュリエット曰く、十戒のお医者様があっという間に治したみてぇだぜェ」
(医者って多分エリザさんのことだよな……)
魔女の馬小屋で共に戦ったクレアとイアン。
二人はアレクシアの後を追いかけ既に旅立っていた。有無言わずに後を追いかける辺りがクレアとイアンらしいけど、今の状況はあの二人でもどうにもならない。
「あたしからはそんぐらいだ。はーい、質問があんなら挙手しろォー」
「特にはないけど……」
「んなら……あたしに手伝えることはあるかァ色男」
「えっ? もうシラカワさんのことを頼んだだろ?」
「バーカ、あたしが言ってんのは他に手伝えることだァ」
ある程度の情報交換が終わるとメルは長椅子から立ち上がり俺に詰め寄る。顔の距離が近い状況下でメルの瞳から感じ取れるのは似つかない生真面目さ。
「メル、俺に協力してくれるのか?」
「クスクスッ、そう言ってんだろォ。勿論ジュリエットちゃんもお手伝いしてくれるぜェ」
「おいクソ女! 何で私まで手伝わないと──」
「ジュリエット」
「……分かった分かった! 手伝えばいいんだろ手伝えば!」
離れた場所で話を聞いていたジュリエット。いつもと雰囲気の違うメルからの呼びかけに一瞬だけ硬直した後、半ば呆れつつ渋々承諾する。
「ありがとう、すっげぇ心強いよ」
「う、うるせぇ! さっさと作戦だかプランだかを言いやがれ!」
「ああ、二人には──こいつの居場所を特定してほしい」
心強い味方がいる。
そんな安心感が込み上げた俺は感謝の言葉を伝え、メルとジュリエットに『とある人物』の居場所を探って貰うことにした。
────────────────────
(……? ここは、どこだ……?)
私はふと目を覚ます。
どうやら大聖堂を出た後に気を失っていたらしい。周囲を見渡せば見覚えのない牢獄。全身を確認してみると両手両足、首、胴体が銀の拘束具によって、十字で壁に打ち付けられている状態。鳩尾付近には皇女に打ち込まれた金剛石の杭が刺さったまま、白い包帯が巻かれていた。
(……血涙も転生者の力も使えんな)
加護の影響で血涙や転生者の力は封じられた。
その為、身動きは全く取れない。せいぜい動かせるのは指先ぐらいだ。そんな生け捕りという言葉が相応しい現状に私はため息をつく。
「ほっほっほっ、お目覚めですかな?」
鉄格子の向こうから聞こえる老人の声。
吸血鬼の肉体が持つ『
「このような場所でお会いできるとは光栄ですぞ。四卿貴族の実の娘でもありながら転生者でもある……アレクシア・バートリ様」
「誰だお前は?」
「おっと、これは失礼しましたな。私はオルフェン。今は皇女様に代わって教皇としてグローリアを統治しております」
教皇に相応しい縦に長い帽子と装飾が施された白の司祭服。しわが目立つ肌と老人らしい白髪。一見、落ち着いた振る舞いをする温厚な人物に見えるが、
「……貴様が列聖教の狂信者とやらか」
「おや、皇女様から私のことを聞いていたようですな?」
「ああ、気を失うほど聞かされた」
「それはそれは、さぞかし大変だったでしょう」
性根の腐った臭いが隠し切れていない。
民の為だと主張しながら己の野望を果たそうとする執念。張り付けた笑みの裏に潜むのは傲慢な堕天使。私は一瞬でこの男が諸悪の根源だと勘付いた。
「荒れ狂う批難の波を鎮めた素晴らしいお方……と聞いておりませんかな?」
「仮面を被るな。腐敗した善の悪臭は胸焼けする」
「ほっほっ、立派な反抗心ですぞ。実に吸血鬼らしい」
両隣に控えていた布マスクを付けた信者。その片方へ手を差し黒色の小型銃を受け取る。そして銃口に付いた金属部分を私の腹部に押し当て引き金を引く。
「──ッ!」
痺れと共に全身を駆け巡る激痛。今までの人生で感じたことのない痛み。肉体が無意識のうちに仰け反り私は思わず顔をしかめた。
「驚きましたかな? この銃は『
「……どうだろうな──くッう!?」
「ほっほっ、いい声で鳴きますな」
痛みには慣れているはずだがこの電撃銃の威力は凄まじく、私ですら声を漏らしてしまうほどの痺れと苦痛が伝わってくる。
「では取引といきましょうか」
「……取引だと?」
「そう身構えなくても良いですぞ。私はあなた様に『奴隷としての選択肢』を差し上げようとしているだけですからな」
「何を言って──ぐッ……!?」
電撃が走れば走るほど額から汗が垂れ視界は点滅する。柄でもない声を上げる私を眺めるオルフェンは、愉悦に浸る笑みを浮かべるのみ。
「このままでは民の総意によってあなた様は処刑される。しかしそれは反抗を続けたらの話。あなた様が従順な奴隷になれば……処刑を免れることだって容易いことでしょう」
「貴様の目的は、何だッ……」
「ほっほっ、あなた様を救うことですぞ?」
「嘘をつくなッ……私の目は誤魔化せん──あッうッ!?」
三度目の電撃で片目の瞼が自然と閉じ呼吸が荒くなる。オルフェンは弱っていく私の顔を覗き込み、絡みつくような吐息と共に腹の底にある言葉をこう吐き出した。
「吸血鬼の上位に君臨する四卿貴族の娘。神に選ばれし転生者。そんなあなた様を私の奴隷にすることで地位と名声が大陸全体に伝わり……私はより神に近しい存在となることでしょう」
「……何だと?」
「栄光とは教皇の私自身であり、神とは上り詰めた教皇のみが与えられる称号。あなた様は私の糧となる資格がある」
「奴隷の資格か……」
「ほっほっほっ、悪い話ではありませんぞ? 奴隷になるだけで処刑を免れるのですからな。これほど良い話は──」
私は顔を覗き込むオルフェンに向かって唾を吐く。口の中を切っていたのかやや赤みを帯びた唾はオルフェンの額に付着した。
「下らん妄想に付き合うつもりはない」
「ほう、つまり応じるつもりはないということでしょうか?」
「当然だろう──くッうッ……!?!」
「では仕方ありませんな」
引き金を引いて四度目の電撃を流し込むと控えていた信者が私の制服をすべて剥ぎ取る。そして下着一枚の姿となった私の前で、信者と共に三本の電撃銃を見せつけた。
「ほっほっ、私はとても慈悲深い性格です。あなた様が心変わりするまで手は尽くしましょう」
「先に尽きるのは貴様の寿命の方だぞ──あッあぁあッ……!?!」
二本の電撃銃が首元と右脇腹に押し付けられ、先程とは比べ物にならないほどの電撃が駆け巡る。銃口と肌が接触した個所は赤く腫れあがり、
「近々あなた様の姿を皆さんの前でお披露目する機会がありますからな。しっかりと調教せねばなりません」
「はぁッはぁッ──あ"ッくぁあ"ぁあ"ッ!?」
そこから先はあまり覚えていない。
ただ視界が白と黒を交互に映し出していた。ただ電撃が迸る火花の音と自分の柄でもない叫びが聞こえてきた。脳裏を過ったのは前世の『一代の磔刑』で受けた数々の拷問。
(なぜ?)
そしてその時と全く同じ言葉が頭の中に浮かんだ。
人間は苦痛に苛まれたとき「どうして自分が」と考える。だが私は「自分を可哀想だ」と「自分は不幸だ」と考えたことはない。そうやって考えること自体が最も惨めで見識の狭さを露呈する愚かな行為だからだ。
(……なぜ私が?)
しかしついに考えてしまった。
あまりにも、私の人生は理不尽すぎるのではないかと。そう一瞬だけ浮かんだ思考を振り払い、過去の行いによる報いを受けているのだと都合のいい理由を置き換える。
「ほっほっ、今日はここまでにしておきますかな」
「あ"っ……うっ……」
「また明日にでも顔を出しますぞ。ゆっくり休んで……その考えを改めてくだされ」
数時間経過した末に拷問は終わりを告げた。俯いて弱り切った私にオルフェンは晴れやかな笑みを向けて牢獄から出ていく。
(身体がっ……壊れかねんっ……)
両脚に力が入らない。
銀の拘束器具で壁に張り付けられた両腕に体重を乗せぶらさがるような体勢。下着一枚の全身は痛々しく赤く腫れ上がり、汗を掻いていたことで肌寒さも感じ始めた。
(耐えることしか、できんなっ……)
朧げな意識。
私は薄暗い暗闇の中でゆっくりと口を閉ざし、何も考えず静かに虚空を見つめることにした。
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