「グローリアまでもう少しよ」
「ふへぇ、お腹が空きました……。エリザちゃん、パンとかありませんか……?」
「……だめフローラ、食べ過ぎると太る」
「ふ、太りませんよ! ルーナちゃんは食べなさすぎなんです!」
シメナ海峡を渡った俺たちはグローリアまで向かっていた。馬車内には地図を眺めるエリザさん、お腹を鳴らすフローラさん、外の景色を眺めるルーナさんの三人が同席している。
「キリサメ君、もう一度聞いておくわ。……本当に戻るのね?」
「はい、何があってもグローリアに戻ります」
「……ヘレンがあなたを殺そうとしても?」
「それでも戻ります。俺はもう、逃げないって決めたんです」
皇女のヘレンは綿密な計画を立ててまでして
だからこそ俺自身がグローリアに顔を出すのは自殺行為に近い。エリザさんが懸念しているのはそこだ。
「……私とフローラはあなたを守るつもりだけど、ヘレン相手にどれだけ通じるかは分からないわ。期待よりも警戒を優先しなさい」
「ありがとうございます。俺やアレクシアの為にわざわざ出向いてもらって……」
「正確にはシーラさんの為よ。あなたたちの為じゃないわ」
「エ、エリザちゃん? そんなにズバッと言わなくても……」
「私やフローラはグローリアを守護すべきA機関。要請も受けていないのに現場を離れるなんてあり得ないわ。今回の件は特例中の特例ね」
フローラさんやエリザさんはシーラさんと関係がある。そう明かされたのは俺が目を覚まし、これからのことを話し合ったあの日だ。
『えっ? シーラさんとティアさんから頼まれたんですか……?』
『ええ、私はティアからルーナが危険な状態だからネクロポリスに向かってほしいって頼まれたの。シーラさんからは……あなたとアレクシア・バートリを守ってほしいって』
『えっと、じゃあフローラさんもシーラさんに頼まれたんですか?』
『へっ? あっ、そ、そうですよ? 私もシーラさんに頼まれないとこんなところまで来ませんから!』
戸惑いつつ自信満々に答えるフローラさん。その姿を見ていたエリザは何かに気が付き、右手で額を押さえる。そして呆れながら隣に座るフローラさんへ視線を移した。
『フローラ……ティアの口車に乗せられたわね?』
『なっ、ななっ、何のことですかエリザちゃんっ……!?』
『はぁ、私を動かすためにシーラさん本人を呼んで……フローラは適当にこじつけて先に向かわせたってところかしら。あの策士、ほんと抜かりないわ』
『ご、ごめんなさい……このままだと妹が悲しむと言われてつい……。あっでも、シーラさんからはティアちゃんの口伝で頼まれているので! えへんっ!』
『何がえへんなのよ……』
必死に弁解するフローラさんに俺たちは頬を引き攣る。妹の為なら何でもできる行動力は素晴らしい。でも妹を引き合いに出されるとすんなり騙される性格は直した方がいい気がする。
『あの、お二人ってシーラさんとはどういう関係なんですか?』
『話すと長くなるけど……子供の頃、私とフローラはとある兄妹ととても仲が良かったの』
『とある兄妹、ですか?』
『ええ、その兄妹はシーラさんのご子息ご息女。私とフローラはよく家に行って二人と遊んだり、吸血鬼と戦う為に必要な動術を教えていたわ』
シーラさんの子供たち。
その話を聞いた俺の脳内に浮かび上がるのは本試験で見かけた二体の食屍鬼。後は吸血鬼に魂を売り渡したシーラさんの元旦那。
『けどアカデミーへ入学する為の本試験で二人は命を落としてしまった。食屍鬼が無数に徘徊する──デッドゾーンに足を踏み入れて』
『もしかして金の十字架を取りに……?』
『そうでしょうね。きっと二人はシーラさんに学費の負担を背負わせたくなかったのよ』
『……あれ? エリザさんたちは一緒に行動しなかったんですか?』
ふと思い浮かんだ疑問。
エリザさんとフローラさんは気まずそうな顔でこっちを見てくる。俺はその顔を見て地雷を踏んだのだとすぐに悟った。
『はい、私たちは名家ですから。安全圏のブルーゾーンで待っていれば合格できるので……二人とは別行動をしていました』
『そ、そうだったんですね……』
『皮肉なものよ。食屍鬼に恐れず立ち向かった二人が故人になって、立ち向かわなかった私たちがこうして十戒になってる……そんな
名家出身のエリザさんたちは学費を気に掛ける必要がない。だから金の十字架を取りに行くこと自体が無駄な労力で、お互いの異なる身分が運命を大きく分けたのだと。
そう説明しながらも自分たちを中傷するエリザさんたちに、俺はどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
『ごめんなさい、辛気臭い話になっちゃったわね。とにかく私たちはシーラさんに恩があるのよ。こうやって出向いたのもその恩を返すため。……あなたは違うようだけど』
『わ、わたふぃも同じここふぉがまへでふよ! かふぁいい妹とシーラさんのたふぇに長くてつふぁーーい道を歩ふぃてきまふぃたでふ!』
『はぁ、ちゃんと飲み込んでから喋りなさい』
気が付けば机の上に置かれた洋菓子が全て無くなっている。どこに行ったかと思えば全部フローラさんの口の中。両頬をリスのように膨らませながら反論する姿にエリザさんはため息をつく。
『キリサメ君、私たちはグローリアへ帰還するけど……あなたはどうする?』
『どうするっていうのは……?』
『ここに残るのか、それとも私たちと一緒に来るのか。その答えを聞きたいの。あなた自身の言葉で』
『……同行させてください。俺はあいつを、アレクシアを助けたいんです』
『分かったわ。私たちはあなたの意志を尊重する。けどこれだけは忘れないで』
逃げるわけにはいかない。俺が強い意志を示すとエリザさんは一度だけ頷くと、鋭い視線をこちらへ向け、一言一句ハッキリと述べながらこう警告をする。
『あなたの身の回りには──死神が潜んでいるってこと』
『死神、ですか?』
『ええ、まだあなたには見えないと思うけど……。そのうちに見えるようになるわよ』
『は、はぁ……?』
死神がいると言われても俺はいまいち理解が出来なかった。もしかしたらいつ死んでもおかしくないという遠回しの警告だったのかも。
そんな面談を思い返していると馬車の隅に座っていたルーナさんがエリザさんの隣へと移動する。
「……問題は、私たちでヘレンを止められるか」
「ふふんっ、私と我が主の力があれば大丈夫です!」
「フローラ、あなた会議の時……ヘレンにしがみつくので精一杯だったように見えたけど?」
「あ、あの時はお腹が空いてたからで……」
弁解するフローラさんたちを他所に馬車はグローリア内の十字架の道を走っていた。前方に見えるのはグローリアの首都アルケミス。俺は景色を眺めつつもエリザさんたちの会話に耳を傾けることにした。
「それにヘレンの件以外にも懸念事項はいくつかあるわ」
「えっ? その懸念事項って何ですか──」
「おい、見ろよ。あいつが人間に紛れてた吸血鬼だろ……?」
「あんな化け物がこの国に住んでいたなんて考えられない……」
アルケミスの街中を馬車で通るとき、俺の声は人々の騒々しい声でかき消される。小窓から外を眺めると大勢の観衆が何かを見上げていた。しかし馬車に乗ったままではその何かは見えない。
「まさか……!」
「──! あなた、何をして!?」
嫌な予感と胸騒ぎ。
俺は思わず馬車から飛び降りる。エリザさんに止められたけど身体が勝手に動き、観衆が見上げる何かを見た。
「……」
「さぁご覧ください皆さん。この者が栄光あるグローリアを崩壊へ招く種子……人の生き血に飢えていた恐ろしい吸血鬼ですぞ」
「アレク、シア……」
町の中央にそびえ立つ処刑台。
大司祭のような服装の老人が観衆へ演説をし、その隣でアレクシアが立っていた。黒の下着一枚というあられもない姿で、背中に回した両腕を拘束具で止められ、観衆の前で見世物のように扱われていた。
「アカデミー入学の本試験では未来ある候補生の命を摘むだけに留まらず、実習訓練では吸血鬼の片鱗を見せた挙句、生き血を啜るために大勢の若き生徒を殺し尽くしたのです。ああ、何という恐ろしき吸血鬼でしょう」
「見て、あの鋭い目つき……。人の命を何とも思ってない吸血鬼の目よ」
「恐ろしい恐ろしいわ。まさか子供にまで手を出してるんじゃ……」
「そりゃあ手を出してただろ。俺らはアイツらにとってエサでおもちゃだからな。女子供関係ねぇよ」
観衆は皆が皆、アレクシアを恐れていた。
何も知らないのに恐怖の対象としてありもしない妄想を植え付ける。俺が顔を上げて唖然としていると大司祭らしい老人は左手にスタンガンのようなものを取り出し、
「しかし心配する必要はありませんぞ。この私、教皇オルフェンが悪しき吸血鬼を手名付けております。……このように」
「……ッ!?」
「おおっ、オルフェン様があの吸血鬼に膝を突かせたぞ!」
アレクシアの背中に接触させて電撃を走らせる。表情を歪めて両膝を突き、呼吸を乱していた。アレクシアの全身をよく見れば、青あざやスタンガンによる赤い腫れが色んな部位に痛々しく残っている。
「ほっほっ、我々の栄光を穢そうとする者は手厳しく報いを与えねばなりません」
「うぐぅッ……!?」
更に追い打ちをかけるように首元へスタンガンを接触させると、アレクシアは苦痛に苛まれる声を上げ、うつ伏せの状態で倒れ込む。俺ですら聞いたことのないアレクシアの苦しむ声に、思わず息が止まった。
オルフェンと名乗った老人はうつ伏せのアレクシアの顔を左足で踏みつける。
「勿論、大切な人を失った皆さんの為にこの愚かな吸血鬼は処刑しますからな。罪なき人々の生き血を通した首を──正義の刃で刎ね落として」
「ぐッあッくぅうッ……」
「さて、皆さんに聞かせねばなりませんな。若き芽を摘んだ罪に対する懺悔の声を」
「あ"ッうぅあ"ぁあ"ッ……!?」
司祭服のローブを深く被った二人の取り巻きがアレクシアにスタンガンの電撃を何度も浴びせる。苦しむ声は徐々に大きくなればその声が頭の中で反響し、浮かんでくるのは色んなアイツの姿。
「はぁっはぁっ……私は、何もしていなっ──」
「いいぞやっちまえッ! 殺された子供たちの分まで叫ばせろぉおッ!!」
「私はっ……吸血鬼を、始末する為にっ──」
「ひッ、私たちを睨んでくる……! きっと血に飢えてるんだわ!」
眷属と死闘を繰り広げるときは自分の為だと言いながら必ず誰かを守っていた。俺が弱音を吐けば気に食わんと言いながらも励ましてくれた。アレクシアはいつでも誰かを、何かを救って与えていたじゃないか。
「ほっほっほっ、我が身の行いを改めるといいでしょう。己の欲望がままに人を殺め、己のことのみを考えるその傲慢さが……愛されぬ人生と孤独を引き寄せていると」
「あ"ッ……くッあぅあ"ッ……!?」
「──あ」
オルフェンが右手に持っていた鋭利な杖を突き刺し電撃を走らせた瞬間、アレクシアが苦痛の声を上げた瞬間、俺の中でプツンッと何かが切れる。
そのまま視線を下せばアレクシアを陥れた動画が繰り返し再生され続けるスマホが落ちていた。俺はそれを右手で拾い上げると、真っ直ぐ処刑台に向かって歩き出す。
「シエスタ」
『うい』
「能力補正を、百パーセントまで上げろ」
『なぬ? じゃがしかし、また倒れるのでは──』
「いいから、上げろッ……」
シエスタに圧をかけて能力補正を百パーセントまで振り切らせ、観衆に両肩をぶつけて前進を続けた。俯いたまま、口を閉ざしたまま、歩く速度を上げて走り始める。
「はぁはぁッ……げほッ……」
「まだ折れないとは中々にしぶといお方ですな。私の奴隷となればこのような苦痛も少しは和らぐというものの……」
「アレクシアにッ──」
処刑台との距離が数メートルまで縮まると両脚に力を込めて飛び上がった。宙で右拳を握りしめて、オルフェンとアレクシアの元まで詰め寄り、
「──何してんだてめぇええぇッ!!」
「ふぐおぉおぉおッ!?!」
しわ塗れのオルフェンの顔面を全力で殴り飛ばす。老体は処刑台の隅まで吹き飛び、俺はアレクシアにスタンガンを当てる司祭二人まで近づき、
「てめぇらも、邪魔なんだよ」
「ごふはッ!!」
「うぐぉッ……!?」
両手で胸倉を掴み上げて東西別々の方角へ投げ飛ばした。辺り一帯は瞬時に静まり返る。俺はうつ伏せに倒れたアレクシアの前に屈む。
「お前がっ……なぜ、ここにっ……」
「もういいんだアレクシア。俺が、俺がここにいる奴らを、お前を苦しめるこいつらを殺すから」
プツンという音は常識のたかが切れた音。
理不尽に拷問を受けるアレクシアを見て込み上げたのは哀しみでも怒りでもない。その取り巻く連中を殺してやりたいという憎しみと殺意。
友人同士で『冗談』半分で口走る殺すとは違う──『本気』の殺意。俺はこの時初めて、怒りという限度を超えて殺してやると口にした。
「おい、あいつってこの板に映ってたやつじゃないか?」
「言われてみればそうかも……。でもあの化け物に殺されたはずじゃ……?」
「ん? はぁ? どういうことだよ? 何で生きてるんだ?」
動画の中では俺は殺されている。
観衆は皆が皆、スマホの動画を再生して俺の顔と照らし合わせた。何故生きているのか分からず、動画が全て正しいと思い込んでいるから。俺は歯軋りすると立ち上がって、観衆を見渡した。
「何も、知ろうとしないからだろ。知ろうとしないから、思い込んでいるから、俺が何で生きてるのか分からないんだろ」
「は? 板に映ってるコレが真実なんでしょ?」
「そうそう、そこにいる化け物が吸血鬼で、色んな事件を起こしてきた元凶──」
そう言いかけた一人の女性。
盲目な観衆に嫌気が差した俺はその人を睨みつけながらこう反論する。
「じゃあこいつが人を襲う瞬間を自分の目で見たことはあるのか!? こいつが俺を殺した瞬間を、その目で見たことがあるのかッ!? どうせてめぇらは……こいつと話したこともない連中なんだろッ!?」
「それは……」
「それなのに何で、何で一分ちょっとの動画でこいつのすべてを知った気になってんだよ!? 何で少し偉いだけのアイツを、何も知らないアイツの言葉を信じるんだよ!?」
「「「……っ」」」
「ああそうだよな、どうせてめぇらは真実なんてどうでもいいんだよなぁ!? 批難できる対象がここにいて、そいつに石投げて、罪人を罰してる自分に気持ちよくなりたいだけだもんなぁッ!?」
口を出してくる観衆にぶつけるのは反論という名の怒号。俺は殺意と憎しみだけが脳内に詰め込まれ、無意識のうちに語気が荒くなっていた。けど先程の光景を目の当たりにすれば、すぐに落ち着くことはない。
「何が真実かなんて当事者じゃないと分からないことだろ!? てめぇらが分かることは事実だけなんだよ!! この状況で、無抵抗の女の子が、こんな姿で、リンカーネーションでもない連中から、拷問を受けている事実だッ……!」
「「「……」」」
「しかも信憑性もない、こんな嘘の塊みたいな動画一つでッ……! どうしてこんな仕打ちが許されんだよッ!?」
動画が流れ続けていたスマホを思い切り地面に叩きつける。画面にはヒビが入り、電源はプツンッと切れてしまった。けど俺は昂る感情を抑えることができない。
「てめぇらは自分の意見を少しは持てよ! 少しは疑うことを覚えろよ! 少しは、自分の頭で考えろよッ!! 今の自分がどれだけ恥ずかしい人間かを自覚しろよッ!?」
「「「……」」」
「何も知らないてめぇらに、考えることを放棄したてめぇらに──こいつを批難する権利なんてねぇだろぉおッ!!」
すべてを吐き出した俺は荒い呼吸を繰り返して観衆を一望する。後ろめたさを感じる者、それでも自分たちは正しいと怒りを露わにする者、自分には関係ないと一蹴する者。色んな顔が並びに並ぶ光景に俺は表情を強張らせる。
「君、よくもやってくれましたねぇ」
「──ッ!?」
背後に感じ取った気配。
俺は振り返りざまに拳を振るおうとした。
「おっと、乱暴なのがお好きなのですか?」
「なッ……!?」
が、俺の肉体が急に重くなり拳が途中で止まってしまう。まるで全身に鉛が圧し掛かるような感覚。膝を突かないようにするだけで精一杯の状態となった俺は、
「ぐはっ……!?」
先ほど吹き飛ばした司祭に殴り倒される。うつ伏せに倒れ込んだ後、すぐに立ち上がろうとしたが身体を地面から僅かに浮かせることが限界だった。
「あー、ちょー最悪だし。
「いけませんよ
「まさかお前ら、
深く被ったローブを取る二人の司祭。
桃色髪のツインテールをなびかせ右手に炎の玉を浮かばせるプーパ。銀の前髪を上げて額を見せる短髪のマグリス。その雰囲気から異世界転生者だとすぐに悟った。
「それにまずはこの家畜以下の愚者の処刑を優先すべきでしょう」
「……ッ」
「──! アレクシアに触るんじゃ──ぐぉあッ!?」
「声がうっさい! ほんとに燃やされたいのお前?」
うつ伏せになったアレクシアの髪を乱雑に掴み上げるマグリス。俺は声を上げようとしたがプーパが俺の顔を踏みつけてきたため、途中で遮られてしまう。
「プーパ、皆さんの前で手荒な真似はいけませんぞ」
「……! 申し訳ありません、オルフェン様!」
頬を押さえたオルフェンが呼びかけるとプーパはすんなりと足を退ける。オルフェンは倒れている俺を見た後、観衆を見渡して気難しそうな表情を浮かべた。多分俺が介入したことで観衆が困惑しているのを察したのだろう。
「ほっほっ、殺されたはずの少年が生きておりましたとはな。私も少々驚きましたぞ」
「だったらお前も分かったはずだろ!? 動画に映ってることが矛盾してる時点で、アレクシアが全ての事件の加害者とは限らないってな!」
「ふむ、では『
「『
提案されたのは『神命裁判』。
けどその裁判がどんなものかは知らない。オルフェンは眉を顰める俺に張り付けた微笑みでこう説明をしてきた。
「ほっほっほっ、教皇の私が神判を下す立場となりあなた様はこの者の無実を私に証明するのです。もし証明することができればこの者は無実としましょうぞ。どうしますかな?」
話を聞く限りは普通の裁判と変わらない。
例えるなら俺がアレクシアの弁護士として証拠を集めればいいだけ。救える手段があるなら何も迷うことはないだろう。
「ああ、受けてやるよ!」
「分かりました。ではまず、本人の口から否定してもらう必要がありますな」
「本人の口から?」
「あなた様が否定しようとも、罪人自身が罪を否定せねば始まりません。……さぁ、どうしますかな? 素直に受け入れるか、否認をするか選びなされ」
オルフェンがアレクシアにそう問いかける。俺はアレクシアなら反抗心を剥きだして否定してくれるはずだと。そう思い込み、アレクシアへと視線を向けた。
「私はっ……やっていないっ……」
「──」
しかし否定はしたがそこに反抗心は無い。弱々しい声で否定をするアレクシアの顔は辛さと苦しみだけ伝わる哀しい顔。初めて見せた顔に俺は言葉を失う。
「ほっほっ、否認をするのですな。では次に
「
「罪人の人格保証を行う為に必要なものですぞ。この者が正直者であると誓う『十二名の証人』が
「は? 十二名の証人が必要なのか?」
「おや、何を驚いておられるのですかな。『神命裁判』はこれが正式な流れでしょうに」
オルフェンは惚けたフリをしているが裁判なんてするつもりはない。この場を正当なやり取りで収め、アレクシアの処刑を進めるつもりなのだと俺は理解した。
「そうでした、言い忘れておりましたが……。この者の無実を証明できなければ、肩を持った裏切り者として……あなた様と他の証人も同様に裁きを受けてもらいますからな」
「ッ……! そんなのおかしいだろ──」
「では取り消してもいいですぞ? この者を救える唯一の機会となる『神命裁判』を」
どこまでも性根が腐っている。
俺は処刑台の上で額を地面に擦り付けると観衆に向けてこう叫んだ。
「誰か、誰かアレクシアの証人になってくれッ!! 誰でもいい、こいつを信じてくれるなら誰でもッ……!!」
「「「……」」」
「こいつは、悪いヤツじゃないんだよっ! 知らない場所で、俺たちの為に吸血鬼や眷属と命を懸けて戦ってて! 不愛想だけど優しくて、いつも失礼なことばっか言って、でもすっげぇ頼りがいがあって……アレクシアは本当に、どこまでも人間なんだよっ……!」
「「「……」」」
「頼む、誰でもいいんだ……アレクシアを、アレクシアを助けてくれっ……」
誰も手を挙げようとしないどころか声すらも上げない。冷め切った空気の中でオルフェンは俺にほくそ笑むだけ。誰も信じてくれないと、俺は土下座をしながら涙が溢れそうになった。
「大丈夫、私たちは全部知ってるよ」
「──えっ?」
「ああ、俺たちはアレクシアの幼馴染だからな」
澄んだ少女と頼もしい少年の声。
顔を上げて両隣を見ればクレアとイアンが俺の両肩に優しく手を置いていた。幼少期のアレクシアと孤児院で暮らし、魔女の馬小屋で共に戦った二人。
俺が呆気に取られているとクレアがオルフェンの顔を見上げる。
「私とイアンが証人になります。いいですよね?」
「ほっほっ、構いませんぞ。しかしまだ人数が足りておりませんな? このまま『神命裁判』を続けることはできません──」
「少しよろしくて?」
お嬢様のような少女の声と共に処刑台に上がってくる二人の人物。俺はその二人を見て目を丸くした。
「ジェイニーさんに、デイル……?」
「オルフェン様、ここにいるジェイニー・アベルとデイル・アークライの二名とも……『神命裁判』の証人としての参加を願いますわ」
「へへっ、お前も来てくれるなんて俺は嬉しいよデイル!」
「ぼ、僕は、アレクシアさんと友達になりたいからで……」
オルフェンに淑女らしい振る舞いを見せるジェイニーさん。イアンに喜ばれて少し動揺をするデイル。アカデミーの本試験で共に行動した二人。これで必要な人数は八名となった。
「じゃあさ~、俺たちも混ぜてほしいな~?」
「ロイ!」
「私もいますよキリサメさん! 勿論アビゲイルさんも!」
「カイト、あたしらの前でみっともない姿を見せるんじゃないよ」
「アリスにアビゲイルも……!」
ロイ、アリス、アビゲイル。
同じDクラスとしてアカデミーの日常を過ごし、実習訓練で眷属ケルベロスと戦った仲間。三人は処刑台に上がってくると俺の陣営に付いた。これで必要な証人は残り五人。
「これはこれは素晴らしい友情ですな。この老いぼれも少しばかり感動しましたぞ──」
「うん、嘘はダメだよおじいちゃん」
「……! いつの間にっ……!?」
いつの間にかオルフェンの隣に立っていたのはクライド。言葉を遮られると驚きのあまりオルフェンは後退りする。
「やめなさいクライド。老人ってちょっとしたことで心臓が止まりやすいから」
「サラ!」
「アレクシア・バートリの無罪を結論付ける為の過程に、十二名の証人を集めなければならないのなら……私たちも手を貸そうではないか」
「セバス!」
欠伸をするサラと見開いていた本を閉じるセバス。派遣任務でドレイク家の館で共に死闘を繰り広げたかつての仲間。これで必要な証人は残り二人。
「は? オルフェン様を失礼な口利いてるとかマジムカつくんだけど? その生意気な顔、燃やして──」
「おやおや、ハルサメ・カイトさんにアレクシア・バートリさんじゃないですかぁ! なんだか今日はクソみたいに汚れてますねぇ?」
プーパがサラに詰め寄ろうとした途端、横に割って入ってくるのはナタリア。不思議そうに俺とアレクシアに対して首を傾げた後、
「ところで……お前は誰ですか? あっ、私はナタリア・レインズですよぉ?」
「はっ? 何で名前を言わなきゃ……」
「そうですか! ではでは、ここで死んでもらいますねぇ!」
「プ、プーパよプーパ! ちょっ、こいつマジで目が逝ってるんですけど……!?」
成立しているようでしていない会話でプーパを下がらせた。プーパがその圧に顔を青ざめていると遅れてクリスが処刑台に上がってくる。
「お前さんたち、これで十二人揃ったんじゃないか?」
「ナタリア、クリス……」
「俺たちはわざわざだりぃ護衛をさせられた当人だ。主張する権利は十分あるだろ、爺さん?」
シメナ海峡に漂う異界の霧を共に潜り抜けた二人。裁判をするのに必要な十二人の証人が揃った、と俺はゆっくりと立ち上がりオルフェンと向かい合う。
「
「……ほっほっ、確かに『神命裁判』を行う準備は整いましたな」
オルフェンは想定外だったのか少しだけ嫌な顔を浮かべ、懐に隠し持っていた銀の懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
「では今から一ヵ月後の十三時、城内の法廷で『神命裁判』を開きましょうぞ。それまでに無実を証明する証拠を集めておくように」
「ああ、分かったよ」
「もし約束の時刻に法廷へ顔を出さなかった場合、あなた様方の敗北となりますからな。お気を付けくだされ」
俺が銀の懐中時計で確認していると含みのある言い方をされ表情を険しくさせる。しかしその真意は測れないまま、オルフェンは懐中時計をしまい、
「マグリス、プーパ、愚かな吸血鬼を連れていきなさい」
アレクシアを連れていくように指示を出す。俺は連れていかれる前にうつ伏せに倒れたアレクシアの前で屈むと、自分の方へと抱き寄せた。
「俺たちが……お前の無実を証明してみせる」
「……」
「だから信じて待っててくれ、アレクシア」
俺が誓うように呼び掛けるとアレクシアは意識を失ったのか俺にもたれかかってくる。今のアレクシアは加護の影響で転生者や吸血鬼の力を持たない、歳相応の少女の肉体。改めて再確認すると抱き寄せた手に力が自然と入った。
「感動の抱擁はそこまでにしてくださいませんかね?」
「……っ」
「きっしょ~、人前でよくイチャつけるよねお前ら」
しかしマグリスはアレクシアを奪い去るように脇へ抱え、ゴミを見るような目で俺たちを見渡し、オルフェンの後に続いてそのままプーパと共に城内へと歩いていく。
オルフェンたちが消えると観衆たちも自然と解散してその場には俺たちだけが残った。
「本当に……あなたたちは何てことをしてくれたの?」
「エリザさん……」
俺たちに近づいてきたのは険しい顔をしたエリザさん。どう言葉をかければいいか分からず苦笑するフローラさん。そして相も変わらず無表情のルーナさんの三人。
「……でも良い拳だった。ナイス」
「えっ? あ、ありがとうございます」
「ナイスじゃないわ。よりにもよってあの教皇と『神命裁判』することになるなんて……私の予定がぜーんぶ崩れた」
「す、すいません……」
ルーナさんはグッジョブと言わんばかりに親指を立てれば、エリザさんは思いため息をついて額を押さえた。その様子を見兼ねたフローラさんが仲介するように俺たちとエリザさんを交互に見る。
「でも皆さんの思いやりの心に我が主も感銘を受けていましたよ! 特に私の自慢の妹はアベル家に相応しい淑女でした! えへんっ!」
「お、お姉様、私だけを強調するのはやめてくださいまし」
「勇気ある行動で済む話じゃないわ。無実を証明できなかったら疑いをかけられた彼女と一緒に、あなたの妹まで処罰を受けることになるのよ」
「へっ、へぇえぇえっ!?! そ、それはダメです絶対ダメです! 我が主と私が断じて許しません!」
「お、お姉様っ、く、苦しいですわ……」
慌てふためいてジェイニーを力強く抱き寄せるフローラさん。エリザさんもまた自分の弟のデイルへ視線を移す。
「デイル、こういう厄介ごとに首を突っ込まないって私と約束したわよね?」
「う、うん、約束はしたけど……。もしアレクシアさんの処刑がこのまま決まったら、リンカーネーションだって崩壊する。あの人の思うような結果を招いたらグローリア全体に関わると思って介入しただけだよ、お姉ちゃん」
「はぁ、あなたは変に頭が回るわね。……意気地なしのくせに」
「傍観してたお姉ちゃんの方が意気地なしだと思うけど……」
「は?」
エリザさんとデイルが会話をする他所で、殴り掛かってくるナタリアの拳を飼い犬を見るような目ですべて受け止めるルーナさん。俺はワケの分からない状況を横目に、エリザさんへとこう言った。
「俺たちは一ヵ月後の裁判に向けて証拠を集めます。エリザさんたちはこれからどうするんですか?」
「予定も全部白紙になったことだし私たちは一度本部に帰還するわ。ひとまずここでお別れね」
「そうですか。色々とお世話になりました」
「それと……リンカーネーションは『神命裁判』の件であなたたちに手を貸すことはできない。だからすべてあなたたちだけの力で乗り越える必要があるの」
俺たちだけで『神命裁判』に臨まなければならない。アレクシアのような転生者も大人もいない。子供だと呼ばれてもおかしくない俺たちだけで戦わないといけない。
エリザさんの言葉の節々にはそんな忠告が込められてるような気がした。
「本当に、昔の私たちと同じことが起きるなんて……何の因果かしら」
「ん? 今何か言いました……?」
「何でもないわ」
懐かしむような表情を見せるエリザさん。ぼそっと呟いた一言をうまく聞き取ることができないまま、エリザさんたちは俺たちの前から去っていく。
三人の後ろ姿を見送るとイアンたちが俺に注目を集める。
「カイト、何かいい作戦があるんだろ?」
「ああ、実は一つだけ思いついたことがあるんだ」
「ちょっと待てお前さんたち」
イアンと会話をしているとクリスが言葉を遮った。注目は俺からクリスへと向けられる。
「まずは自己紹介が先だろ。俺が知らないやつもいる」
「クリスさん、クソ記憶力悪いですねぇ! 私は全部覚えてますよぉ!」
「ならお前さん、こいつの名前を言ってみろ」
「ハルサメ・カイトさんですよねぇ?」
「素晴らしい記憶力だな。大不正解だ」
自己紹介。
アレクシアと俺は知っているけど大半が互いのことを知らない。差し当たって俺たちは互いの自己紹介をした後、作戦会議をする為に話せる場所を探すことにした。