「えっと、失礼しますー……」
「流石はアベル家の令嬢様だな。俺の自室より数倍広い」
「あら、そうでしたの? オリヴァー家も名家なのでこれぐらいはあるかと」
「だりぃことに銃の倉庫やらで屋敷全体を圧迫しててな。……って、そんな話はどうでもいいか」
場所は故郷のサウスアガペー。俺たちはジェイニーさんの屋敷へと招き入れられ、自室まで案内をされた。その広さにクレアは畏まった態度になり、クリスとジェイニーと会話をしながら部屋内へと足を踏み入れる。
「皆様、お好きなところへお座りになって」
「はいはい、どこかに強者が隠れてたりしそうですねぇ!」
「ん~、何か変なものとか置いてないかな~」
「ナ、ナタリアさんとロイさん? 部屋の中を物色するのはやめてくださる……?」
ドタバタと駆け回るナタリアと飾ってある写真立てを物色するロイ。落ち着かない二人へ苦言を呈しながらジェイニーさんはベッドへと腰を下ろした。
「ふぁあっ、早く話し合いをしましょ。……ああ、ちょっとベッド借りるわね」
「おい、まさか寝るんじゃないよなサラ?」
「寝ないわよ。ちゃんと聞いてるから安心して」
「目瞑ってるやつに言われても信憑性ねぇー……」
くつろぐようにベッドで横になるサラに苦笑いを浮かべるイアン。俺は各自が自由に動き回ってるのを眺めながら部屋の出口と対称の位置に立つ。
「キリサメ・カイト、名案とはどのような内容なのだね? アレクシア・バートリを無罪放免の結果へ持ち込むための過程を述べてもらおうか」
「ああ、説明するよ。俺が思いついた作戦は──同じ手法をやり返すことだ」
「うん? 同じ手法ってどういうことかな?」
俺は例の動画が映し出されるスマホを取り出した後、セバスとクライドに見せつつ全員を見渡した。
「アレクシアを陥れたこの動画と真逆のものを俺たちがグローリアにばら撒くんだ」
「そ、それってアレクシアさんの印象を良くして……危険な人物じゃないって証明するってことだよね?」
「そうだデイル。本当のアイツを映した真実の動画で、この動画の印象を塗り替えるんだよ」
俺は要約してくれたデイルの顔を見て頷く。
この世界ではフェイク映像を作れる技術も知識もない。だからこそありのままを受け入れる。アレクシアが陥れられた原因はそこだった。なら俺たちもその常識を利用して同じ手法で覆せばいい。
俺が生きているという矛盾点を目にした観衆は疑心状態になっているはずだ。そんな状態の人たちへ真実の動画を見せれば、更に矛盾と疑心が生まれて、動画自体を過信しなくなるだろう。
「言いたいことは分かったよ。じゃあその動画っていうもので印象を塗り替えるとしてだ。キリサメ、あんたは見た人の印象を変えられる動画ってのを持ってるのかい?」
「いや、俺は持ってない。けどそこが俺たちにとって大きな課題になる」
「あの、課題になるって……どういうことですか?」
遂行するために必要な動画の素材。言い方を変えれば悪質な編集を無くした真実の一片の映像やアレクシアの印象を変える為の映像。アビゲイルに言及された俺は首を傾げるアリスの顔を見ながら、疑問に思っていたことをこう説明した。
「この動画にはアレクシアの幼少期からつい最近までの内容が詰まってるだろ? でもよく考えるとおかしいんだ」
「お前さん、おかしいってのは映っている『視点』のことか?」
「ああ、最初の視点はかなり下からで次は見下ろすような視点なんだ。こんな至近距離の視点だってある。俺たちの課題っていうのは『視点の正体』を暴くことだ。……みんな、よく思い返してくれ。この時、俺たち以外にアレクシアと距離が近い人物がいたのかどうかを」
勘付いていたクリスを肯定して、全員に当時の出来事を思い出して貰うことにする。各々がしばらく口を閉ざして考えた末、ナタリアが珍しくおもむろに口を開き、
「変な
そう一言呟いた。
俺たちの視線は一斉にナタリアへと向けられる。
「ナタリア、変な
「はいはい、実はシメナ海峡でクソデカい肉塊の
「変なもの?」
「はい、これです!」
イアンに返答しつつスカートのポケットから取り出したのは手の平ほどの透明なポリ袋。中に詰め込まれているのは黒色の髪の毛数本。俺はその奇妙な袋に目を細めていると、クライドがぼーっと天井を見上げ、何かを思い出すと、
「あ、僕も持ってるよー」
ナタリアのそばまで歩み寄ると懐から小型のポリ袋を取り出して見せた。中に詰め込まれているのは同じ髪の毛の本数と同じ髪色。
「あんたそれ、どこで拾ったのよ……?」
「ドレイクさんの館にいたお花の
「クライド・パーキンス、なぜ今まで報告をしなかったのかね?」
「うん? だってみんな忙しそうだったし」
サラとセバスは「またか」と言いたげな顔で呆れた反応をする。クライドは不思議そうに小首を傾げていた。
「あれ~? じゃあじゃあ、俺も二人の仲間ってことだね~!」
「あ、あり!? ロ、ロイさんも同じ袋を持ってるんですか!?」
「キャンプ地で食屍鬼の群れに襲われたときあったでしょ~? その時に偶然拾ったんだよね~!」
横に割って入るのはニコニコしているロイ。
右手に摘まんでいるのはナタリアとクライドの持つポリ袋と同じもの。アリスは三つのポリ袋を何度も順番に見ながら驚きの声を上げた。
「ロイくんは実習訓練で、クライドくんは派遣任務、ナタリアはシメナ海峡……。三人とも違う場所で同じものを拾ってる……これって偶然じゃないかも」
「ええ、偶然とは思えませんわ。中身が一致しているのなら尚更奇妙な話ですもの」
「えっと、もしこの袋が今回の件に関係していたら……そのスマホをばら撒く計画がずっと前から進んでいたってことになるよね?」
「……そうですわね。アレクシアさんを謀略にかけようと水面下で動いていた者がいらっしゃるのでしょう」
クレアとジェイニーの会話を聞いて俺は考え込む。
食屍鬼の変異体に埋め込まれる髪の毛の詰まったポリ袋。確かに食屍鬼の変異体はどのタイプも必ずアレクシアに接近していた。凡その辻褄は合う。
けど動画内で『アレクシアが俺を殺すように見せかけた場面』があった。その時、周囲に食屍鬼はいなかったはずだ。
「なー、それにしてもさ。この動画っていうの、どうやって昔の場面と今の場面を繋げたんだ?」
「イアン・アルフォード。恐らくは張り付ける順番を変えた過程があるのだろう」
「ん? 順番を変えるって何だよ?」
「例えば、ここに三枚の写真があるとする。順番は私から見て左側が最も古く、右側が新しいものだ。この二枚を繋げるには間にある写真をこのように排除すればいいのだよ。……この説明で理解できたかね?」
「へー! 意外に単純な方法なんだな!」
些細なイアンの疑問に答えるセバス。
俺はその会話を耳にしハッとした様子で顔を上げた。そもそも動画という概念のないこの世界で、編集技術を持つ存在はたった一種類しかいないではないかと。
「そうか、
「
「みんな聞いてくれ! 俺がこの世界の人間じゃないって前に話しただろ? 実はロストベア大陸に行ったとき、色々と分かったことがあって──」
険しい顔を浮かべたアビゲイルに視線を送りながら全員に呼びかける。説明したのは魔女の馬小屋で起きた事件と異世界転生者について。最初は全員半信半疑で聞いていたが、イアンとクレアの援護もあって何とか信用してもらえた。
「多分その袋は
「じゃっ、明日から情報収集ね。そんな髪の毛数本で本人を見つけるなんて骨が折れそうだけど」
「それについてはどうにかなりそうな伝手があってさ。この手掛かりを持って明日クルースニクに行ってくる。ついでにロストベアで情報収集もしてくるよ」
「ならばキリサメ・カイト。一ヵ月という短い期間の中で効率よく立ち回る過程が必要だと踏まえ、二手に分かれるべきだと結論付けよう」
サラからの問いかけに返答するとセバスがそんな提案をしてくる。俺たちは賛同すると真っ先にアビゲイルが右手を挙げた。
「あたしはこっち側に残るよ。こんな状態じゃお荷物だからね。適度に戦える人がロストベアに行ったらどうだい?」
「お前さんの言う通りかもしれないな。なら俺は後衛としてカイトについていく。トレヴァー家の娘さんも前衛として来ないか?」
「は? そこにいるじゃない、無敵の前衛が」
クリスに誘われたサラはナタリアへと視線を移す。ナタリアは自分が話題に上げられていることに気付かず、両腕をその場で振り回していた。
「無敵なら後衛もいらないな。お前さんとナタリアの二人を組ませても問題ないわけだ」
「あー分かった、分かったわよ。ついていけばいいんでしょ?」
クリスの言葉を耳にしたサラはベッドの上で不機嫌そうな表情で寝返りを打つ。そんな最中、デイル、アリス、セバスの三人が軽く手を挙げた
「僕もこっちに残るよ。戦いになると役に立てそうにないから……」
「わ、私も残ります! 皆さんの脚を引っ張りそうなので……!」
「私もこちら側へ待機させてもらおう」
「ちょっと、ずるいわよセバス。本を読みたいから残るんじゃないでしょうね?」
「何を言っているのかね、サラ・トレヴァー。この中で『神命裁判』に詳しいのは私だけという事実から、いずれ裁判の手続きを行うという過程を踏まえ、ここに残るべきだと結論付けたまでだ」
セバスは苦言を呈されるとサラへ呆れた視線を送りながら淡々とそう説明する。続けて手を挙げたのはジェイニーとロイとイアン。
「私も残らせてもらいますわ。ロストベアでの活動は少数で動くべきだと思いますので」
「俺はちょーっとだけ気になることがあるからこっちに残るね~!」
「俺も残るよ。アレクシアの幼少期を知ってるやつは一人ぐらい残った方が良さそうだからな。……というわけでクレア、カイトたちと一緒に行ってくれるか?」
「えっ? あ、うん、分かったけど……」
イアンに頼まれると少しだけ困惑するクレア。その様子に気が付き、イアンは眉を顰めて顔を傾けた。
「ん? どうしたんだよクレア?」
「私なんかで大丈夫かなって。魔女の馬小屋でトリックスターと戦った時、イアンがいなかったら負けてたと思うし……」
「大丈夫だって! クレアはすっげぇ強いと思うしさ! それに俺だってあの時お前がいなかったら負けてたぜ! もっと自信持てよ!」
「……ありがとうイアン」
後衛のクリス、前衛のサラ、中衛のクレアの三人が付き添いとしてロストベアへ向かうこととなり、それ以外はグローリアに残ることとなった。……と思いきや、たった一人だけどうするか決めていない人物がいる。
「クライド、あんたはどうするのよ」
「うん? 僕は動きたくないから残るかな──」
「決めたわ。あんたも連れていく」
「あれ? 僕の声、聞こえてない?」
結果的にクライドはサラによって半ば強制的にロストベア行きとなった。これで全員が二手に分かれ、以下のような構成になった。
────────────────────
『ロストベア大陸』
キリサメ・カイト
クレア・レイヴィンズ
サラ・トレヴァー
クリス・オリヴァー
クライド・パーキンス
『ロザリア大陸』
イアン・アルフォード
ジェイニー・アベル
デイル・アークライト
アビゲイル・ニュートン
ロイ・プレンダー
アリス・イザード
セバス・アーヴィン
ナタリア・レインズ
────────────────────
無難と言えば無難な構成。
不安要素と言えばナタリアが暴走しないかどうか。変に暴れられて問題を起こされると神命裁判で俺たちが不利になりかねない。
「もし主犯の
「なるほどなるほど! ではでは、そのクソみてぇなトリックスターはぶっ殺してもいいんですかねぇ?」
「そうだよナタリアちゃん~。でもやっちゃうのはサディちゃんを助ける為に必要な材料を手に入れてからね~」
「はい、覚えました!」
妙に手慣れた対応をするロイと元気よく返事をするナタリア。そんな二人を頬を引き攣って眺める俺たち。するとアリスが「あっそうだ」と良い提案を思いついたと言わんばかりの素振りを見せた。
「あのー、もし良かったら名前を付けませんか?」
「アリスさん、名前というのは何ですの?」
「ほら、アレクシアさんを助ける為に皆さん集まったわけですし! 例えば『アレクシアさんお助け隊』とか『裁判頑張り隊』とか!」
「悪くない提案だが……お前さん、絶望的にセンスがないな」
ジェイニーの問いかけに張り切って返答するアリス。具体的な例を挙げるがあまりにも子供っぽい名前にクリスが毒を吐く。
「ならば『
「レジスタンスって~?」
「小規模の組織による権力者や侵略者に抵抗運動を意味する用語だ。教皇オルフェンは権力者とも呼べる状況。アレクシア・バートリの無罪放免が彼への抵抗運動に繋がるという過程を踏まえ、『レジスタンス』という名を提案した」
「いいねいいね~! 一体感が出るし俺は賛成かな~!」
セバスが提案した組織の名前にロイだけでなく俺たち全員が頷いて賛成する。教皇オルフェンとの神命裁判に抗い、アレクシアを救うための組織。俺は無意識のうちに拳に力が入る。
「よーし、アレクシアさんを絶対に助けましょうね! えいっえいっおーっ!」
「「「……」」」
「ありっ? そういう感じじゃないんですか……?」
「うん、アリスさん空気読めてないかも」
まるで体育祭前の気合の入れ方をするアリス。そんなアリスへ静かに指摘をするクライドの一声に部屋は静寂に包み込まれ、
(待っててくれアレクシア。俺が……必ずお前を救ってみせる)
その中で俺は一人、自分のスマホに記録されたアレクシアの写真を眺め、覚悟と決意を込めてそう独白した。
9:Second Doomsday Crusade ─第二次終末聖戦─_END