ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory:エレナ・オリヴァー ◎

 ※この物語は六ノ戒エレナ・オリヴァーの過去のお話です。

 

 

 名家の一つであるOliver(オリヴァー)家。

 栄光あるアーネット家の血筋を継ぎ、吸血鬼の粛正を天命とする家系。その天性は優れた動体視力と静止視力。戦闘面では狙撃能力に長けている家系とも呼べる名家だ。

 赤子時代に玩具の代わりに渡されるのは実銃のレプリカ。勿論弾丸は込められていない。五歳児となればプラスチックの球形弾が込められたレプリカを渡され、遊びの時間はすべて射撃訓練に費やされる。

 

「エレナ! また射撃訓練をサボったな!?」

「うん、やりたくなかったから!」

 

 そんな幼少期を拒むのはエレナ・オリヴァー。

 手入れのされた長い金髪に歳相応の無邪気さを兼ね備えた少女。屋敷へと帰還した彼女は、オリヴァー家の射撃訓練を務める女性から怒鳴られていた。

 

「ていうかそんな訓練して何か意味あるの? ジュディ先生?」

「またそんなことを言って……」

 

 指導者ジュディ・オリヴァー。

 十歳に至るまでの少年少女たちの先生を任命された知的な女性。階級は銀の階級。右目に片眼鏡をかけた顔でため息をつき、ミディアム程度の茶髪を揺らしながら両肩を落とす。

 

「はぁ、いいかエレナ? 私たちオリヴァー家にとって天命とは吸血鬼の粛正だ。その天命を果たす為に訓練を積み重ね──」

「ふんっ、そんな『てんめい』? なんてあたしは知らないよぉーだ!」

「あっ、こらエレナ! まだ話は終わっていない!」

 

 むすっとした顔で自分の部屋に逃げていくエレナ。ジュディは後を追いかけようとしたが子供特有の足の速さですぐに姿を消してしまう。

 

「威勢のいい若き芽だ。そう思わないかジュディよ」

「……っ! マシュ様、お戻りになられていたのですか?」

 

 そこに声かけてきた四十代半ばの男──先代六ノ戒Mash(マシュ) Oliver(オリヴァー)。黒の眼帯を覆った右目でエレナが走っていった方角を見つめる。

 

「ああ、今回もヴェスタの小僧が最前線で吸血鬼(やろう)共を抑えてな。我々は後方で見物するだけだった」

「そうでしたか……。レインズ家の身体能力は計り知れませんね」

「だがしかし、協調性だけは致命的だ。紅い獣は『こいつ』で脅しても止まらんからな」

 

 マシュが取り出すのは使い古された一丁のリボルバー銃。ジュディはその話を聞いて苦笑交じりにマシュの渋い顔を窺う。

 

「それでジュディよ。あの威勢がいい小娘は?」

「あの子がエレナ・オリヴァーです。ほら、以前お話しした問題児の……」

「ほぉ、そうだったのか」

「……正直、手を焼いています。他の子供たちの能力が磨かれていく中、あの子だけ置いていかれている状況です。このままではオリヴァー家としての才を失い……」

 

 危機感を覚えつつ現状を語るジュディ。

 他の子供たちと実力の差が開けば開くほど肩身が狭くなるのはエレナ自身。そしてエレナの実力が劣ったまま成長すれば、時が経つにつれてオリヴァー家への不評が生まれかねない。

 先を見据えているジュディは将来の面での様々な危機を覚えていた。

 

「時にジュディよ。お前はなぜ銃を握る?」

「……? 私が銃を握る理由ですか?」

「そうだ」

「……それはオリヴァー家に生まれたからです。授かった天命は、必ず果たさなければなりません。だから銃を握り、吸血鬼を粛正します」

 

 生真面目な顔に堅苦しい返答。

 マシュはその返答を聞くと鼻で笑って見せた。

 

「マシュ様、今笑いましたね。少し失礼では?」

「ああすまんな。ジュディらしい答えだと思うぞ」

「というより、どうしてそのようなことを?」

 

 不満げな表情を浮かべているジュディにマシュは謝罪の言葉を述べると、握っていた銀のリボルバー銃へゆっくりと視線を向ける。

 

「ジュディ、あの小娘には銃を握る理由がないのだよ。理由がなければ触れることすらしない」

「ですが理由がなくとも他の子供たちは訓練を受けています。あの子だけサボってもいい理由なんて……」

「まだ十にも満たぬ歳で理由と意味を求める者は一握りだ。いつか小娘に銃を握る理由が出来たとき……あの小娘は将来大物になるだろう」

「はぁ……?」

 

 疑念だけを募らせるジュディ。マシュは気にする様子もなく銀のリボルバー銃に込められた弾丸を一発ずつ確認する。 

 

「そのようなことをぼやくのは構いませんが……。未だに十戒の候補者は決まっていないと聞いていますよ?」

「決まっていないのではない。今のオリヴァー家には候補者がいないのだよ」

 

 十戒の候補者。

 十戒とは入れ替わりは起きない規律。だがそれはあくまでもアレクシアたちのような転生者の場合。通常の人間となれば年齢を重ねることで交代が起きる。候補者が決まれば現十戒の元で指導を受けるのが決まりだった。

 

「……レインズ家では『ソニア・レインズ』という少女が、アークライト家では『エリザ・アークライト』という少女が候補者として名を挙げられています」

「それはいいことだな」

「はぁ、私たちオリヴァー家もあまり悠長にしていられないのでは? マシュ様は生涯現役で十戒を務めるおつもりですか」

「相応しい者が見つかるまで老いる肉体に鞭を打つだけなのだよ」

 

 だがマシュは候補者を一人も挙げていない。

 相応しき人物が今のオリヴァー家にはいないと切り捨てていた。頑固な性格をしているマシュにジュディは毎度呆れた反応を見せ、ため息をつく。

 

「あの小娘が銃を握る意味を持ったとき、どのように成長するのか楽しみだな」

「ええ、その時がこればいいのですが……」

 

 しかしそれから一年、二年と経過したがエレナが射撃訓練に顔を出すことはなかった。いつも屋敷の外へ遊びに出かけ、オリヴァー家としての自覚がないまま幼少期を過ごし続ける。

 

「エレナちゃん、名家の子なんでしょ? いつも遊んでて大丈夫なの?」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 訓練サボってもあとで怒られるだけだし!」

 

 ノースイデアの広場に集まり、一般家系の子供たちとおままごとや追いかけっこをし、日が暮れたら屋敷へ帰って先生のジュディに怒られる。そんな日々が続けば何が起こるのか。

 

「俺らが訓練を受けてるのに、なんでアイツだけ遊んでるんだよ……」

「ずるいよね。私たちだって遊びたいのに……」

「ジュディ先生もあの落ちこぼれをなんで自由にさせてるの……?」

 

 妬まれ、疎まれ、肩身が狭くなる。

 他の子供たちから嫌な目で見られてしまい、気が付けば避けられるようになってしまった。流石のエレナも自身が疎まれる状況に気が付いたのだが、

 

(別にいいもん……! あたしには沢山友達がいるんだから!)

 

 とにかく強がった。

 苦しくも悲しくもないと虚勢だけの見栄を張って訓練をサボり続けた。しかし所詮それは見栄に過ぎない。徐々に屋敷の人間たちから見放され避けられていく現実に、エレナは焦りを感じ始めていた。

 

「お願いします! 考え直してください!」

(今のって……先生の声……?)

 

 その焦燥感に拍車をかけたのはとある出来事。

 夜分遅くにエレナは用を足した後、聞き覚えのある声がした部屋の前へと歩み寄る。僅かに開いていた扉の隙間を覗けば、そこにいたのは先生のジュディと紅い瞳を持つ白髪の──アーネット家の女性。

 

「なりません。約束通り、貴方には充分時間を与えたでしょう」 

「ならもう少しだけ時間を……! 私はまだあの子に何も教えられていない!」

「貴方と私とでは前提が違います。私からすれば天命を放棄する名家の娘に教育など施したところで無駄。汚名を被る前にオリヴァー家から除籍するべきです」

(除籍、除籍って……何だろう……?)

 

 幼いエレナにはその言葉の意味は理解できなかった。

 けれど自分に対して決して良い印象を抱いていないという状況。ジュディ先生が自分のことを守ろうとしてくれていること。その二つだけは幼少期特有の勘で何となく察していた。

 

(あたしは、ここから追い出されるの……? 追い出されたら、どこに行けばいいの?)

 

 やっとのことで募り始める不安。明日から頑張ろうなどでは取り返しがつかない。

 

 ガチャッ──

 

「……!」

「あら?」

 

 開かれる扉。

 そこから姿を見せたのは中で話をしていたアーネット家の女性。言葉を詰まらせているエレナを見つけると、その女性は張り付けた笑みを浮かべ、

 

「ご機嫌よう、エレナちゃん。訓練、頑張ってくださいね」

「──」

 

 中身のない、気持ちのない、ほぼ吐息に近しい言葉。眼差しには期待も何もない。自分は見放されている。エレナは心に刻み込まれるほどの乾いた言葉をぶつけられ、追いつめられてしまう。

 そんな焦燥感に駆られたエレナが小耳に挟んだ情報。

 

「そういや聞いたか? ノースイデアから北西側の森に『伯爵』が二匹出たらしいぞ」

「ああ報告にあったよ。森に訪れた狩人たちが無残な姿で見つかったってな」

「機関の間では粛正対象になってるぞ。やりに行かないのか?」

「お前、相手は伯爵だぞ。俺なんかじゃ敵わないし人数を集めてもどうなるか……。確実にやれるのはマシュ様ぐらいだろ」

(伯爵……? わからないけど、そいつらを倒せばあたしは……)

 

 北西の森に伯爵が二匹出没した。

 会話を聞いたエレナの脳内を過るのは逆境を覆す手段──『伯爵を自分が粛正する』というもの。訓練や座学をまともに受けておらず、エレナにはその危険性や無謀さを分かるはずもない。

 

「北西の森ってここのことかな……?」

 

 眠れぬ夜を過ごした翌朝。

 エレナは武器倉庫から銃を一丁だけ盗んで北西の森へと訪れた。太陽の光が届かぬほど深く、小鳥の囀りも聞こえない不穏な森林。息を呑みながら伯爵を探す。

 

「どこにいるんだろ……? 吸血鬼って暗いところにいるんだよね──」

 

 ガサガサッ──

 

「……! い、今、草むらが動いて……!」

 

 前方で揺れ動く草むら。

 エレナは銃を素人同然の体勢で構える。緊張でやや小刻みに震えつつもガサガサと揺れる草むらをじっと見つめ続ければ、

 

「キュキュイッ!」

「わぁあぁッ!? ……ってなんだ、う、兎だったんだ」

 

 野兎が一匹飛び出し、エレナは情けない声を上げて尻餅をついてしまう。緊張の糸が切れて吐き出すのは安堵のため息。ついでに少しだけ目を瞑る。こんなことで腰を抜かしていてはいけないと自身を奮い立たせ、立ち上がろうとしたとき、

 

「おや、大丈夫ですか」

「──!」

 

 目の前に現れる男の顔。 

 人肌とは思えぬ白い肌、人間味が抜け落ちたような白い髪、縦模様の瞳孔を持った紅い瞳。偶然そのような容姿を持つのかもしれない。けれど息を止めていたエレナに吸血鬼だと確信させるのは、

 

「こんな場所で散歩なんてしていたら──怖い怖い吸血鬼に殺されてしまいますよ?」

「っ……!」

「ああ申し遅れました。私はBevel(ベベル)という者です。少々この辺りに用がありましてね」

 

 口元から覗かせる鋭利な牙。

 人間の血肉を啜る為に備わった吸血鬼の特徴。エレナは黒のスーツを纏い、紳士な振る舞いをするその男に対して不気味さと恐怖を覚えつつも、

 

「お、お前がっ……きゅ、吸血鬼だな……!?」

「おや、その銃は……オリヴァー家の……」

 

 すぐに後退りをしながらリボルバー銃をぎこちない体勢で構えた。ベベルは澄んだ顔で首を傾げ、「違いますよ」とエレナの構え方を否定するように人差し指を何度か左右に振る。

 

「お嬢さん、そんな構えでは当たりませんよ。身体の力を抜いてリラックスした状態で構えてください」

「うるさい! あたしがお前を倒してやるっ──あれ、弾が出ない? くっ、この、こんのっ!」

「側面にある安全装置が外れていません。外さないと撃てませんよ?」

「そ、そんぐらい知ってる!」

 

 ベベルに指摘されたエレナは無知を隠しながらも安全装置を急いで外す。そしてすぐに銃口を向けるとゆっくりと引き金に指をかけ発砲する。

 

「うわぁあぁッ!?」

 

 だが訓練も積んでいないエレナが反動に耐えられるはずもない。そのまま後方へと転んでしまい、再び尻餅をついてしまった。握っていたリボルバー銃は銃口から白煙を噴いて地面に落下する。

 

「……概ね分かりました。お嬢さんはオリヴァー家の者で、その天命を放棄したロクでなしというわけですね」

「あ、あたしはロクでなしなんかじゃ……!」

「撃たれぬ弾丸に何の価値があるのでしょうか。撃つ術を知らぬオリヴァー家に何の価値があるのでしょうか」

 

 落ちていたリボルバー銃を拾い上げ、込められた弾丸を一発ずつ取り出すベベル。エレナはその光景を見上げながら後退りをする。

 

「残念なことに価値などありません。価値のない者は……的にすらなれない」

「ひっ……!?」

 

 弾丸をすべて取り出した後、ベベルはリボルバー銃を片手でへし折り、乱暴に他所へ投げ捨てる。吸血鬼特有の怪力を見せつけられたエレナは小さな悲鳴を上げ、腰を抜かした状態で背後にある大木へ背を付けた。

 

「的になれない者はレイラ様に処分するよう命令されていましてね。お嬢さん、ここでその命……摘ませてもらいましょう」

「あッぐ……ひッぐぅあぁッ……」

 

 そう処分を告げたベベルはエレナの首を掴み上げる。少女の小柄な肉体は瞬く間に持ち上がり、細い首は小枝のように締められていく。エレナはジタバタと抵抗をするが非力さが垣間見えるだけで何の意味もない。

 

「た、すけてッ……」

「はい?」

「くんれんも、うけるからッ……。いうことも聞くからッ……。だからッ、たすけてッ……」

「吸血鬼が人間の言葉を聞き入れると思いますか?」

「あッ、かはッ……!!?」

 

 遠のく意識の最中、エレナは生まれて初めて命乞いをした。しかしベベルには何も響かない。吸血鬼は無情な存在なのだと思い知る。それが最期に学んだことだと、エレナは身体の力が弱まり始め、

 

「その子を離せ」

「おや?」

 

 鳴り響く銃声と共に、エレナの首を締め上げていたベベルの片腕が吹き飛んだ。エレナの視界に映るのはマスケット銃を握りしめたジュディ。

 

「私の腕を飛ばすほどの威力。これは中々に──」

 

 そして今度は銃口をベベルの心臓に向け、喋り終える前に引き金を引く。マスケット銃からは散弾が放たれ、ベベルの胸元に風穴を空けながらその頑丈な肉体を数メートル先へと吹き飛ばす。

 

「大丈夫かエレナ……!?」

「ジュディ……先生っ……どうして……?」

「君は私の大事な生徒だろう! 探し回って当然だ!」

「ご、ごめんなさい……あたし、あたしっ……」

「怖かっただろう。よく頑張ったぞエレナ」

 

 涙目になりながらジュディの胸に顔を埋めるエレナ。ジュディはエレナの頭を撫でながら抱えつつ、ベベルが吹き飛んだ先へマスケット銃を向けた。

 

「素晴らしい。私の言葉に耳を傾けず、粛正することのみに集中した無駄のない動き。流石は銀の階級といったところでしょうか」

「エレナ、私の後ろに隠れるんだ」

「う、うん……」

 

 肉体を再生しながら歩いてくるベベル。ジュディはそう言いながら抱えていたエレナを下ろす。

 

「レイラ様と同じオリヴァー家の名を持つ熟練者……。私はあなたのような者と相まみえてみたかったのですっ!」

 

 距離を詰めてくるベベル。ジュディを試そうと繰り出すのは回し蹴り。ジュディは咄嗟の判断でマスケット銃で防御をしようとしたが、

 

「くっ……!?」

 

 重々しい一撃に軽々と吹き飛ばされる。ジュディは吹き飛ぶ先へマスケット銃を撃ち、動術の反動を利用してその場に着地をした。

 

「流石はオリヴァー家。反動もお手の物ですか」

(動きは上等、オリヴァー家の動術も知っているのか……)

「しかし不思議ですね。その銃に込められる弾丸は一発のはず……あぁそういうことでしたか。二重構造になっているのですね」

(更にこの銃の構造ついても知っているとなれば……。間違いない、この男は……)

 

 ジュディはマスケット銃に付属した銀の槊杖(さくじょう)を引き抜いて、ベベルを睨みながらほんの数秒で二発の弾を込め終わる。槊杖の先端は杭のように鋭利なもの。心臓を貫くために研がれているのだとベベルは悟った。

 

「まぁいいでしょう。今はこの絶好の機会を──楽しませてもらいますッ!」

 

 二歩でジュディの目前まで詰め寄るベベル。ジュディは横へと飛び退くと銃口を立っていた位置へと向ける。

 

(どこに消えた……!?)

 

 だがそこにベベルの姿はない。ジュディは何かに気が付くと反射的に後方へと飛び退けば、地面へ亀裂を走らせるベベルの右拳。

 

「反応がいいですね。こう見えて私はレイラ様に認められた『当てづらい的』なんですよ」

「的になれたことを誇るなんて堕ちてるな」

「的にもならないゴミ屑よりは偉大でしょう」

 

 的確に狙わねばならない。

 伯爵の速度を捉えることが厳しい現実にジュディは防戦一方の状態となる。対してベベルは絶え間なく追撃を加えていく。

 

(こいつは杭を警戒している。だったらやることは一つ)

 

 ベベルは余裕な表情を見せながらも握られている銀の槊杖(さくじょう)を警戒していた。ジュディはとある打開策を思いつくと木々の裏に隠れ始める。

 

「遮蔽に隠れるのは撃ち合いにしか通用しませんよ?」

「そう思うなら……」

 

 木々を軽々と薙ぎ倒していくベベル。

 警戒する先は大木の上下左右。身を隠した状態で仕掛けてくるとベベルは予測していた。だがそれは大きな誤りだと思い知らされる。

 

「試してみるか?」

「──ガッ!!?」

 

 発砲音と共に心臓を掠める銀の槊杖(さくじょう)

 大木の上下左右を警戒していたが槊杖(さくじょう)は大木の中心を貫いてきたのだ。警戒できていなかったベベルは冷たい血液と共に乾いた息を吐く。

 

(くっ、こんな時に外すのか私はッ……! もう一度、心臓を──)

 

 歯軋りの音を立てた後、ジュディは銀の杭をマスケット銃に装填し、仕留めようと銃口を上げようとした。

 

「──は?」

 

 が、右腕を上げてもマスケット銃は見えない。というより右腕が見当たらなかった。視界に映るのは飛び散る紅い血液と蒼白い顔を持つ女性。

 

「バーン」

「がッはッ……!?」

 

 その女性は拾い上げたマスケット銃をジュディの腹部に突きつけ引き金を引く。銀の杭は肝臓を貫き、肉体は一メートルほど離れた先にある大木に打ち付けられる。

 

「せ、先生ぃっ……!!」

「がッ……うぐッ……もう一体、いたかッ……」

「しっかり、しっかりして先生ッ……!!」

 

 エレナは涙目になりながらジュディの元まで駆け寄った。右腕は切り落とされ、左脇腹は散弾によって損傷している。死傷とも呼べる状態だがエレナはどうにか助けようと必死に血が溢れ出る箇所を押さえた。

 

「何やってるのかしらベベル? レイラ様以外の的にはならないんじゃなかったの?」

Muzzle(マズル)……」

 

 マズルと呼ばれる伯爵の爵位を持つ吸血鬼。

 色白の肩を出した黒のドロップショルダーに長いズボン。後頭部で一つ結びにした真っ白な髪を揺らし、ベベルの胸元に突き刺さる銀の槊杖(さくじょう)を引き抜く。

 

「ガキとあの女、勿論殺していいでしょ?」

「ええ、そうですね。お遊びはここまでにしましょう」

「く、来るなッ……来るなぁあぁッ!」

 

 紅い瞳で見下されるエレナ。

 自分に出来ることは叫ぶことだけ。きっと意味なんてないのだと分かっていたが今はただ何かをしないと理性を保てなかった。ジュディはそんなエレナの腕を掴む。

 

「エレナッ……逃げるんだッ……」

「せ、先生っ……」

「私が、時間を稼ぐ……逃げろッ……」

「で、でもっ……」

 

 懐から取り出したのは一丁のリボルバー銃。

 それだけで時間を稼げるはずもない。エレナはジュディを置いていくことも立ち向かうこともできず、その場に立ち尽くしてしまう。

 

「エレナ……君は、やればできる子だっ……。だから振り向かず、森の外まで走り続けろっ……」

「先生、先生も逃げないとだめだよっ……! 先生を、置いてくなんてあたし……」

「理解ができないわね。お前、銀の階級でしょ? こんな出来損ないに命を懸ける意味なんてある──」

「その言葉を取り消せッ!! この子は、出来損ないなんかじゃないッ! この子はオリヴァー家の、私の……誇れる教え子だッ!」

「先生……」

 

 一歩ずつ近づいてくる二匹の伯爵。

 教え子を侮辱されて怒りを露わにするジュディ。威嚇するように睨みつけるが徐々に迫りくる伯爵の歩みを止めることはできない。

 

「何だ。そこにいたのか」

 

 しかしとある少女の一言でその歩みが止まった。

 草陰から姿を見せたのはエレナとほぼ同じ年齢の少女。白い髪に赤い瞳。頭には金剛石が埋められたティアラを付けた──

 

「アーネット家の……ガキかしら?」

「そうみたいですね。しかし何故このようなところに?」

 

 後に皇女となるヘレン・アーネットだった。銀の両刃の剣を鞘から抜くと平然とした態度でベベルとマズルを見据える。

 

「お前たちの爵位を答えろ」

「は? 何言ってんのよこのガキ……」

「いいから答えろ」

「……人間の測りで答えるなら伯爵でしょう」

「ああなんだ──原罪じゃないのか」

 

 ヘレンは爵位を聞いた途端、残念そうに鞘へと銀の剣を納めてしまう。その行動にベベルたちは怪訝な顔でヘレンを見つめた。

 

「私たちを前にして得物を納めるとは……随分と余裕そうですね?」

「ほう、やはり伯爵は流暢に喋れるのか」

「なによこのガキ……。私たちのことを甘く見てくれるじゃない」

 

 敵意をむき出しにされる最中、ヘレンは一切動じずにエレナたちの方へ視線を移す。エレナはハッとした様子で我に返ると、

 

「た、助けてッ……せ、先生がッ、先生が死んじゃうッ……」

 

 声を振り絞って必死に助けを求めた。

 ヘレンは小首を傾げてたったこれだけ問いかける。

 

「どうして?」

「ど、どうしてって……! だって先生が死んじゃッ……」

「もう死んでいるじゃないか」

「え……? せ、先生、先生ッ!! 起きて、起きてよせんえぇえぇッ!!」 

 

 背後を振り返るとぐったりとした様子で俯くジュディ。エレナは必死に揺さぶるが反応はない。ヘレンは興味が失せたようにベベルたちへ視線を移す。

 

「アーネット家のガキ、ここで殺っておいた方がいいんじゃない?」

「ええ、あなたに賛成です。まさかこんな無防備な状態で散歩をしているとは……」

「何を言っている? 私は君たちの相手をするつもりはないぞ」

「あらら、怖くなっちゃったのかしら?」

「あぁそれは思い上がりだ」

 

 マズルに挑発されると表情一つ変えず否定をするヘレン。怖気づくことのない少女を前にしてベベルとマズルは眉を顰めていれば、

 

「君たちは弱い(・・)だろう。私の暇潰しにもならない」

 

 真実だと言わんばかりにハッキリとそう吐き捨てた。マズルは青筋を立てると地を蹴り、ヘレンの首を刎ねようと右腕を振り上げる。 

 

「ッ……! このガキ、私たちを舐めてるんじゃないわよッ……!!」

 

 振り下ろされる右腕。

 その瞬間、ヘレンは銀の剣へと手を伸ばし、

 

「──はっ?」

 

 マズルの四肢を綺麗に斬り落とした。

 胴体だけになったマズルは思わず疑念の声を漏らす。ベベルは一瞬だけ眉を顰めた後、ヘレンの背後へと回り込み、少女の胸元を貫手で射る。

 

「暇潰しにならないと──言ったはずだろう?」

「……っ!!」

 

 だが一切苦しむ様子も見せずゆっくりと顔だけ振り返らせ、ベベルへ頬を吊り上げた笑みを浮かべた。その赤い瞳と狂気が籠った一言に、ベベルは吸血鬼の身でありながら恐怖を覚えてしまい、

 

「うがッ……!?!」

 

 貫手をしたベベルの腕を掴むと少女とは思えぬほどの、伯爵とは数段違う怪力でへし折る。そして流れるように顔面を掴んで、硬い地面へと何度も叩きつけた。

 

「ちッ、調子に乗るんじゃッ──くッはぁッ!?」

 

 復讐しようと迫りくるマズルの胸元へ右拳が打ち込まれれば刻まれるのは風穴。マズルは狼狽えた後に反撃しようと試みるが、

 

「このガキッ、がはッ、んぐぉッ、ごほッ……!?!」

 

 ヘレンは少女の肉体で何発も何発も殴打と蹴りを打ち込んだ。マズルの抵抗などすべて捌かれ、伯爵以上の一撃が次々と叩き込まれ、

 

「キャァア"ア"ァァアァアッ!!」

 

 右足の蹴りと共に金剛石の杭が心臓へ打ち込まれ、木々を薙ぎ倒しながら十メートル先まで吹き飛ぶ。その衝撃が止む頃にはマズルの肉体は灰へと変わってしまっていた。 

 

「マズルッ……くッ、ここは退かせてもらいッ──むんぐッ!?!」

「やっぱり伯爵は流暢に喋るようだな」

 

 逃げようとするベベルの口元を片手で押さえ、ジロジロと観察をするヘレン。ベベルは何度も少女の肉体へ損傷を与えるが、瞬く間に怪我が再生していく。

 

(この娘ッ……私の怪力よりも、私の再生能力よりも……はるかに上回る力をッ……!!)

「けどそれぐらいか。伯爵と食屍鬼の違いというのは」

「ぐッ、んぐぉおぉおぉおッ!?!」

 

 ヘレンはしばし観察した後に興味が失せると、片手でベベルの頭部を何度か地面に叩きつけてから天高く放り投げる。青い空に浮かぶのは日の光を放つ太陽。皮膚が焼かれる苦痛に苛まれる最中に過るのは主である原罪レイラ・オリヴァーとの会話。

 

『すみませんすみません……。グローリアに行くのならアーネット家に気を付けた方がいいですよ……』

『レイラ様、ご安心ください。加護を持たぬセリーナ・アーネットならば私とマズルが後れを取ることはありません』

『すみません、セリーナのことじゃないです……。アーネット家の十歳にも満たない女の子に気を付けてください……』

 

 ロザリア大陸へ向かい前にレイラから受けた忠告。それは十歳にも満たない女の子に気を付けろというもの。

 

『お言葉ですが……アーネット家とはいえど十歳に満たぬ幼児に私が後れを取ると言いたいのですか?』

『すみませんすみません……。私はそう言っています……。歴代アーネット家において、最も強いと呼べますから……』

『問題ありません、レイラ様。私とマズルはレイラ様に認められた忠実な的です。最強であろうと幼児に灰へ変えられるなどあり得ないでしょう』

『……そうだといいですね』

 

 陽の光によって灰へと変わり果てていくが、ヘレンは既にベベルを見上げてすらいない。その少女の顔は寄ってきた小さなハエをあしらった程度のもの。

 

(あれが、最強のアーネット家ッ──)

 

 空から雪のように降り注ぐ灰。

 エレナは木々から差し込む光と灰に彩られた血塗れのヘレンを眺める。先生を失った哀しみと呆気なく伯爵二匹を葬られた驚き。混ざりに混ざった感情に満たされる心に浮かんだエレナの一言。

 

「あたしは、サイテーだっ……役立たずの、子供なんだっ……」

 

 自己嫌悪と自己批判。

 それだけ呟くと緊張の糸が切れてエレナは気を失ってしまった。

 

「マシュ様、音の発信源はここです!」

「……悲惨なものだな」

 

 到着するのはO機関の捜索班。

 マシュは現場に辿り着くと辺りを見渡す。気を失ったエレナ、死傷を負って息を引き取ったジュディの遺体、そしてヘレンが視界に映る。

 微かに散らばる灰の残骸に伯爵が始末されたのだとマシュは悟っていた。

 

「アーネット家の小娘よ。これはお前がやったのだな」

「そうだが」

「理由を問おう。二人を助ける為か」

「いいや、暇潰し(・・・)の為だ」

 

 問いかけに本心を吐露するヘレン。

 マシュはしばらく口を閉ざして沈黙する。

 

「伯爵二匹は……暇潰しにはなったのかね?」

「弱すぎて話にならなかった」

「それは残念だ」

「ああそうだ、原罪の居場所を知らないか? 彼らなら暇潰しになるかもしれない」

 

 無言で首を左右に振るマシュ。ヘレンはその答えを汲み取ると「そうか」と淡白な返答をしてグローリアの方角へ消えていく。

 

「……話には聞いていたがとんでもない小娘だ。伯爵を暇潰しに始末するか。正気の沙汰とは思えん理由だな」

 

 マシュはその小さな後ろ姿を見つめ、険しい顔でそう呟いた。

 

 

──────────────────────

 

 

 ノースイデアの外れにある墓地。

 十字架の墓石に刻まれる名はJudy(ジュディ) Oliver(オリヴァー)。生徒だった子供たちや彼女と親しい者たちが集い、告別式が行われていた。

 

「ぐすっ、うぇえぇえんっ……」

「まだ若いのに、本当に残念だっ……」

 

 ジュディは多くの者に愛されていたからこそ涙を流す者も多い。しかしエレナは顔面蒼白のまま十字架の墓石をじっと見つめるのみ。

 

「落ちこぼれのあの子を庇ったせいでっ……。ジュディはなんであんな子を庇ったのよ……」

「あいつだ、あいつがせんせーを殺したんだよっ……! 絶対に、絶対に許さないっ……」 

 

 その理由は単純。

 ジュディを死へ招いたのはエレナの身勝手な行動。哀しみよりも先に自分自身が嫌いになるほど、今すぐどこかへ消え去りたいほどまで精神的に追い詰められていた。

 

「あたしは、あたしは……生きてちゃ、ダメな子なんだっ……」

 

 告別式が終わり各々解散すれば、墓石の前にはエレナ一人だけが取り残される。ポツポツと降り出す小雨。エレナは隠し持っていたリボルバー銃を取り出して、目をつぶりながら自分自身の額へと銃口を押し付ける。

 

「先生、ごめんなさいっ……あたしも、あたしもそっちへ行くから……謝りに行くからっ──」

 

 そして震えた手で引き金を引く──が、弾丸はエレナの脳を貫かない。ゆっくりと目を開いてみれば白髪交じりの金髪に四十代半ばの男が、銃口を掴んで他所へ逸らしていた。

 

「小娘、やめておけ」

「お、おじさん、だれ……?」

「十戒のマシュ・オリヴァーだ。ジュディの件、誠に残念だったな」

(十戒って、前にジュディ先生より強い人たちって聞いたことが……)

 

 黒の眼帯を覆った右目をエレナへ向け、リボルバー銃を強引に取り上げる。エレナはバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「おじさんも、先生が死んだのは……あたしのせいだと思ってるんでしょ……?」

「客観的に見ればそう捉えることもできるだろうな」

「あたしなんて、生きてる価値ないよ……。先生は、あたしを守ろうとしてくれてたのに……あたしは、あたしはそんなこと知らずに、ずっとワガママ言ってばかりで……」

 

 崩れ落ちるように座り込むとエレナは項垂れながら悲観に沈む姿を見せる。マシュは黙り込んだまま、リボルバー銃に込められた弾丸を一発ずつ抜き始めた。

 

「つまり小娘、『楽になる為』に銃を握ったのか?」

「……」 

「その行いはジュディとオリヴァー家への冒涜に──」

「じゃあどうすればいいのッ!?! 先生は、先生は死んじゃったんだッ! 嫌われてるあたしのせいで、みんなが大好きな先生が、死んじゃったんだよ!? あたしに、できることなんて……」

 

 胸が張り裂けんばかりの悲痛の声を上げるエレナ。ジュディを失った日から幼い頭で考えて考えて考え抜いた。辿り着いた結果が命を絶つこと。エレナからすればこれ以上、何も思いつかなかったのだ。

 

「エレナ・オリヴァー。お前がジュディの代わりになればいいのだよ」

「あたしが、先生の代わりに……? は、はははっ、おじさん何言ってるの? あたしは落ちこぼれなんだ。落ちこぼれのあたしが、ジュディ先生みたいにカッコよくなれるわけ──」

 

 無理だと否定しようとしたエレナ。そんな少女にマシュが差し出すのは一丁のマスケット銃。その銃はジュディが、命の恩人である先生が愛用していた銃だった。

 

「ジュディは伯爵相手に健闘したと聞いている。本来ならばあり得ない話だろう。伯爵一匹に銀の階級が一人で立ち向かえるなど」

「えっ? でも先生は、あの吸血鬼と一人で戦って……」

「何故だか分かるか?」

「……分かんない」

 

 問いかけられ首を振るエレナ。マシュは小雨で顔を濡らしつつ雨空を仰ぎながらぽつぽつとこう答える。

 

「彼女の中で『銃を握る理由』が変わったのだ」

「理由が変わった?」

「ジュディはオリヴァー家の使命を理由に銃を握っていた。だがしかし、その時はお前を守るために銃を握ったのだろう。それが、伯爵に立ち向かえたワケだ」

「あたしを、守るために……」

 

 マスケット銃を見つめるエレナ。マシュは思い詰めるエレナに向けて教えをこう説いた。 

 

「銃も弾丸も常に我々の心を汲み取ろうとしている。悲しみ、怒り、苦しみ、憎しみ、そのすべては銃に表れ、弾丸に込められるものだ」

「……」

「当たれと願って当たるものでもない。無心で撃って当たるものでもない。だが我々の想いには共鳴し、必ず応えてくれる。それが銃であり、我々オリヴァー家の得物だ」

「想い……」

「さぁエレナ・オリヴァーよ。お前は何を理由に銃を握るのだ?」

 

 エレナは息を呑んだ後、何度か手を引っ込めたりしながらも差し出されたマスケット銃をゆっくりと掴む。

 

「あたしは、あたしはジュディ先生みたいに──みんなを守りたい」

「それが銃を握る理由か」

「だから十戒のおじさん、あたしを弟子にしてくれ……! 落ちこぼれのあたしを、ジュディ先生が誇れるぐらい鍛えてくれ!」

「……いいだろうエレナ・オリヴァーよ。我々はお前のような者を求めていた」

 

 頭を下げながら懇願するとマシュはしばし沈黙した後に頷く。渡されるのはジュディの形見であるマスケット銃。エレナは両手に抱えてマシュを見上げた。

 

「私がお前の『教官』となり我々のすべてを叩き込もう」

「あ、ありがとうおじさッ──いたッ?!」

「お前を弟子として取った以上、我々はお前に同志として接する。常に言葉を慎み、私を教官と呼ぶことを意識しろ」

「分かっ──分かりました『教官』」

 

 リボルバー銃の台尻(だいじり)で強めに叩かれて頭を押さえるエレナ。教官と弟子としての関係を築き上げ、落ちこぼれから這い上がる過酷な日々が始まるのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「……懐かしいな」

 

 O帰還本部。

 十戒となったエレナが見上げるのは壁に飾られたマスケット銃。錆や老朽化によって痛まぬよう丁寧に整備が施されている状態。

 

「よぉエレナ姉さん」

「おはですエレナ氏~! 戦場の天使ララ・エンジェル参上ですぞ!」

「ララ殿にノーマン殿。早朝に呼び出してすまないな」

 

 部屋に飛び込んでくるのはララ・エンジェル。

 その後方からのんびりと姿を見せるのはノーマン・ハモンド。どちらもO機関の銀の階級に値する実力者。エレナは懐から銀のリボルバー銃を取り出しつつララを見上げると、

 

「ぬおぉああぁあぁああッ!!?」

「口の利き方には気を付けろと警告したはずだララ・エンジェル。貴様の前にいるのは教官だぞ?」

「流石はエレナ姉さん。見た目によらず腕っぷしが強いな……」

「何か言ったか、ノーマン・ハモンド?」

 

 軽くその場で跳躍すると頭頂部を台尻で叩く。

 奇声を上げながら両手で頭を押さえながらその場にゴロゴロと転がり回るララ。エレナは次にノーマンへ視線を移す。その視線に込められた言葉は「チャンスをやる」というもの。

 

「い、いえ何も言っておりません教官。ところで俺らに何かご用ですか?」

「ああ、ララ殿とノーマン殿の両者にはロストベアの任務に就いてもらうことになった」

「ロストベア? そりゃまた随分と遠方ですね」

「ネクロポリスから救援要請を受けたのだ。既にR機関の『ルーナ班』が要請を受け、グローリアを発っている。上記を踏まえ、両者とも二日後の早朝にシメナへ向かい──」

 

 エレナは壁に貼られた地図をリボルバー銃の銃口で示し、ララとノーマンへルーナ班の動きとネクロポリスの位置を説明する。

 

「──以上がララ・エンジェル、ノーマン・ハモンド両者への任務だ。指揮権に関してはルーナ班と合流後、私からルーナ・レインズへ譲渡されるものとする。質問がなければ訓練後、各自準備を進めるように」

「了解です教官」

「私はこれから雪月花の領地へと向かうことになっている。本部を留守にする間、くれぐれも問題を起こすのではないぞ」

「えっ、それって訓練はおサボりできるということでは──あいたッ!?」

「馬鹿者ッ! 訓練をサボろうとするなど言語道断だッ!! もし私が留守の間にサボるようなことがあれば……休日返上で訓練を受けてもらう!」

 

 銀のリボルバー銃から飛び出すのはプラスチックの球形弾。期待するララの額に直撃させるとララに怒号を飛ばす。

 

「ではララ殿とノーマン殿の武運を祈る。解散しろ」

「教官もご武運を。失礼します」

「し、しつれっ……失礼しましたぁ~!」

 

 解散を命令され部屋から出ていくノーマンとララ。エレナは一息ついた後、身支度を始めようと壁に飾られた銀のマスケット銃を見上げた。

 

「先生、今の私は──」

 

 脳裏を過るのは訓練をサボっていた自分自身。ジュディ先生に怒られていた幼少期の記憶。過去に訓練をサボっていた自分が、叱責する立場になっていることに妙な気持ちになりながらも、

 

「──貴方の誇れる教え子になれていますか?」

 

 懐古するような静かな笑みを浮かべた。

 

 

 

 SideStory : Ellena Oliver ─エレナ・オリヴァー─ _END

 





 六ノ戒 Ellena Oliver
 O機関に入ったばかりの新人が教官に悪戯をした結果
「貴殿はBANGされたいのか?」
 とキレられてみっちりしごかれたらしい。

 
【挿絵表示】



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