ЯeinCarnation   作:酉鳥

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SideStory:フローラ・アベル◎

 ※この物語は五ノ戒フローラ・アベルの過去のお話です。

 

 

 名家の一つであるアベル家。

 その『信仰心の高さ』から『加護』という力を扱うことが天性とされている。剣技の面ではレインズ家の次に長けているとされ、戦場では中衛の立ち位置となる家系。

 

「我が主は貴方とともにおられます。神の母聖へメラ、 私たち罪人のために……今も、死を迎える時もお祈りください。アーメン」

「「「アーメン」」」

 

 礼拝堂で手を合わせ祈りを捧げる少女たちと祭壇前で指揮を執るのは、六十代半ばの女性司祭Susie(スージー) Abel(アベル)。男性の姿は誰一人として見当たらない。それもそのはずでアベル家が『淑女』を象徴するのは──アベル家に生まれてくる者は皆が皆『女性』だから。

 夫となる相手は名の知れた貴族たちか他の名家の人間。そうやってアベル家は子孫を残し続けてきたのだ。

 

「えいめん……」

「シスターフローラ。エイメンではなくアーメンです」

 

 そんなアベル家に生まれた淑女の候補の一人Flora(フローラ) Abel(アベル)。祈りの言葉を間違えて司祭に注意される。

 

「ご、ごめんなさい司祭さま! ら、らーめん……」

「アーメンです」

  

 アベル家に生まれた少女たちは女神へメラへ祈りを捧げながら、淑女としての教育を受けていく。例えば『淑女』とは書き記す文字は常にか細く、川の流れのように美しくあるべきだが、

 

「えへんっ、聖書のかんそうをかけました司祭さま!」

「……シスターフローラ」

「はい!」

「何が書いてあるのか読めません」

「へっ……?」

 

 淑女の正反対を突っ走るようながさつで太文字の殴り書き。

 淑女とは足を止めれば一輪の花が咲き誇るように、歩む姿はそよ風の如くおしとやかに。可憐な立ち振る舞いをすべきだが、

 

「ご、ごめんなさい司祭さまぁ! お、お寝坊しちゃいましたぁあ!」

「シスターフローラ、足音を立てるような走り方はやめなさい! それに何ですかその身だしなみは!? 寝癖に乱れた衣服にヨダレの跡まで口につけて……!」

「えへんっ、起きてから三分も経っていないですから!」

「『えへん』じゃありません! そのような淑女の欠片もない格好は許しませんよ! 今すぐ出直してきなさい!」

 

 フローラは足を止めればぼーっと夕飯のことを考える石像のように、歩む姿はまさに向かい風に立ち向かうかのように。淑女とは思えない立ち振る舞いをしていた。

 淑女とは常に気品のある言葉遣いを心掛け、常に小鳥が囀るような聞き心地の良い声色で対話しなければならないのだが、

 

「シスターフローラ、ここに懺悔の為に訪れた子羊がいるとします」

「はい」

「懺悔の内容は『二年前に雑貨店で貴重な首飾りを盗んでしまった』というものでした。どのような言葉をかけるのが正解か……分かりますか、シスターフローラ?」

「はい! 『てめーみたいなクズはお店の人にぶっ殺されるべき』です!」

「シスターフローラ! そのような荒々しい言葉を使うのはやめなさい! 後、もう少し落ち着いて喋れないのですか!?」

 

 フローラはどこで覚えたのか乱暴な言葉遣いをし、常に耳がキンッとするような高い声で喋っていた。淑女とはかけ離れた数々の要素、しかし最も淑女とかけ離れている問題点が、

 

「ごちそうさまでした! おかわりください!」

「シスターフローラ、おかわりはありません。それとその汚い食べ方はおやめなさいと──」

「じゅるっ……あの、それ食べないんですか? 食べないならわたしが代わりに食べてあげます!」

「シスターフローラ! 黙って席に着きなさい!」

 

 淑女とは思えぬ『大食い』だということ。

 誰よりも早く昼食を食べ終えればおかわりを求め、同期たちからご飯を略奪しようと足音を立てながら駆け回る。こうなってしまった原因の一つは、

 

「フローラ、たんとお食べなさい」

「はい、おかーさま! いっぱい食べます! んっむぐぐぐっ!?」

「ははっ、ほらこれを飲んで。ご飯は逃げないからゆっくり食べなさい」

「ごくっごくっ……ぷはぁっ! はい、おとーさま! ゆっくりいっぱい食べます!」

 

 両親からの溺愛ゆえに見合った量の食事を与えてしまったこと。その量は一般的なアベル家の二倍か三倍の量となる。

 そう、フローラが淑女の欠片もないのは八割親バカが原因。甘やかしすぎた故に、愛を与えすぎたが故に、フローラは月日が経てば経つほどブクブクと育ち続け、

 

「シスターフローラ」

「はい、司祭さま」

「……ふくよかになりすぎでは?」

 

 アベル家随一の『デブ』になってしまった。

 この時期はフローラも含めてアベル家の淑女候補たちは八歳であり平均体重は二十七キロ。対してフローラの体重は──二倍の六十キロだった。

 

「ぜぇぜぇっ……か、身体が重くてうごきませんっ……」

「フローラちゃん、大丈夫……? すこし休む?」

「は、はい……や、休ませてくださいっ……」

 

 動術の波動を習得する訓練。

 球形の形状をした丸っこい肉体は思うように動かず、少し動けばすぐにばててしまう。仰向けに倒れている姿はまるでバランスボールのよう。

 

「ほら、たんとお食べ! 今日はフローラが大好きな『鶏肉の蒸し焼き』を作ったんだ!」

「うわぁ、おいしそう!」

「ふふっ、食後のデザートには『ピーナッツバターのパンケーキ』もあるわよ!」

「やった! おかーさんとおとーさん大好き!」

 

 しかし我が子は可愛いもので親は盲目になるものである。デブになったフローラにより多くの食事を用意することで、フローラもより多くの食事を摂取してしまう。何よりもフローラの食欲を増すことになったのは、

 

「すごいですわおねーさま! 私はもう食べれませんのに、まだ食べられるのですわね……!」

「えへんっ、そうでしょうそうでしょう! おねーちゃんはすごいんです!」

 

 愛しの妹ジェイニー・アベルによる敬い。

 ジェイニーからすれば姉のフローラは憧れの的。どのようなことでも賞賛してしまう為、フローラも調子に乗ってもっと頑張ろうとする──いや、もっと食べようとするのだ。

 

「シ、シスターフローラ……」

「はい?」

 

 そんな生活を続けてもう一年経過して九歳を迎えるころにはフローラは『デブ』ではなく、

 

「な、なんですかその破裂しそうな身体は……!? もしや新種の病にでもかかったのでは……!?」

 

 『クソデブ』に成長してしまった。

 九歳の平均体重は三十キロに対してフローラの体重は何と三倍の九十キロ。パツパツのシスター服に赤子でも身籠ったのかと錯覚するお腹。司祭スージーもこれには何度も瞬きをする。

 

「へっ? 私、何ともないですよ司祭さま?」

「いいえ! 今すぐアークライト家の第四病棟で診てもらいなさい!」

 

 生命の危機に晒された患者が送られる第四病棟。

 フローラはスージーからの指示で緊急搬送をされ診察を受けることとなった。診察室で待機していたのは偶然その場に居合わせた三ノ戒Evan(エヴァン) Arkwright(アークライト)

 

「……嬢ちゃん、昨日何食べたか言ってみな」

「昨日ですか? えっと、覚えていないぐらいいっぱい食べました!」  

「そうかい。痛む箇所や痺れみたいな症状はあるか?」

「えへんっ、全然ないです!」

 

 ある程度の質疑応答をしていけばエヴァンは「だろうな」と呆れたようにクリップボードを机に置く。そしてフローラにゆっくりと顔を近づける。

 

「ただの食いすぎだ嬢ちゃん」

「へっ?」

「高度肥満……いや『過度肥満』ってところか。あり得ねぇぐらい今の嬢ちゃんはデブだ。放っておくとヤバいことになるぞ」

「でもどこも悪くないですよ?」

「そりゃそうだ。嬢ちゃんはまだ子供だからな」

 

 首を傾げているフローラに対してエヴァンは一枚の用紙とペンを手に取ると、妙に特徴を捉えたフローラの似顔絵を描く。似顔絵のフローラはニコニコしながらバカ食いをしていた。

 

「いいか? 肥満ってのは時限爆弾みてぇなもんだ」

「じげんばくだん……?」

「そうだ。今の嬢ちゃんの身体には時限爆弾が何個もついている。この爆弾はな、誕生日を何度も迎えると爆発してく仕組みなんだ」

「ば、爆発するとどうなるんですか……?」

「動脈硬化に高血圧症に糖尿病に脳梗塞に……。まっ、とにかくロクな死に方しねぇよ」

 

 エヴァンは矢印の先に爆発して天に昇っていくフローラの似顔絵を描き、『END』と最後に書き記してからフローラに過酷な現実を告げる。

 初めて肥満の危険性を伝えられたフローラだったがあまりピンと来ない顔で首を傾げ、しばらく頭を悩ませていれば。

 

 ガチャッ──

 

「ごめんあそばせエヴァン様。薬を取りに来ました」

「ああイアか。『いつもの』薬ならそこに置いてある」

 

 その最中、診察室に顔を出したのは先代五ノ戒Ia(イア) Abel(アベル)。銀の十字架の模様に飾られた修道女の衣服を身に纏い、振る舞いはいかにも清楚な女性。だがイアは『いつもの』という言葉を聞くと頬を赤らめて乙女の顔をし、

 

「い、いつものですか? エヴァン様ったら……『いつもの』って言い方、おしどり夫婦みたいな掛け合いですわ」

「んなことねぇよ煩悩シスター」

「分かっていますエヴァン様。この薬は愛そのものですわね?」

「どうかな。拮抗薬だから愛を阻害すんじゃねぇか」

 

 一人で妄想を続けるイアにツッコミを入れるエヴァン。イアは薬を大切そうに懐にしまうとクソデブなフローラを見て、純情な乙女の顔から唖然としたものに変わる。

 

「エヴァン様、まさかこちらの子羊は……ボールを誤飲して……?」

「んなわけあるか。この嬢ちゃんはただの肥満だよ肥満」

「大変ですわね。家系はどちらの……?」

「お前と同じアベル家だ」

「そうですのね。アベル家の──アベル家?」

 

 みるみるうちに表情が青ざめていくイア。しばし三人の間で沈黙が流れ続ければ突然イアがフローラの両肩をガシッと掴んで、何度もこう問いかけた。

 

「あなたのお名前は?」

「へっ? フローラ・アベルです」

「……あなたのお名前は?」

「えっ? フローラ・アベルです」

「……あなたのお名前は──」

「何度聞いても名前は変わんねぇよ」

 

 何度も名を尋ねるイアにエヴァンが指摘を入れる。イアは認めざるを得ない現実に両肩を落とした後、改めてフローラと視線を交わした。

 

「フローラ、紳士の皆さんは口を揃えてこう言います。『女性は容姿ではなく中身が大切だ』と」

「はい、中身ですね」

「しかしそれは大嘘ですわ。そもそも素敵な容姿でなければ声もかけられませんし、中身を知ってすら貰えませんの」

「え? じゃあ見た目が大切なんですか?」

「そうですわフローラ。この世は容姿がすべて。アベル家にとって命とも呼べるものは淑女たる美貌ですの。わたくしが言いたいこと、分かりますわね?」

 

 必死に教えを説こうとするイア。

 フローラはしばらく考える素振りを見せながら「うーん」と深く考え込んだ末、

 

「えへんっ、ぜんぜん分かりません!」

「で、ですが……」

「あと、容姿だけじゃなくて中身も大切だと思うです!」

「ぐえーっ?!」

 

 誇らしげに胸を張りながらそう反論され、イアは淑女らしからぬ奇声を上げて膝から崩れ落ちる。

 

「そ、そうですわよね……。た、確かに美貌があろうとも中身が備わってなければお付き合いは難しいものですもの……。わ、わたくしだって『愛が重すぎる』と何度も紳士の方々にフラれて……」

「子供に負けんなよお前」

「エ、エヴァン様……わ、わたくしの愛は重いのでしょうか……?」

「肥満型の愛が軽そうに見えるか?」

 

 結局フローラは肥満による危機感を覚えることはないままアベル家の屋敷へと帰還した。両親から愛という名の大量のご飯を与えられ、妹のジェイニーから尊敬の念を抱かれ、調子に乗って食事を控えることもしない。

 どれだけ説得をしようとどうせこのままこの生活が続いてしまう。そう誰しもが思っていた矢先、とある出来事で転機が訪れる。

 

(ふふんっ、今日のご飯は何でしょうか……?)

 

 その日、フローラはサウスアガペーの街中へ夕飯の買い出しに赴いていた。クソデブ特有の重い足音は馬車に繋がれた馬の視線を集めるほどに響き渡り、巨大な鉄球のような肉体は町の人々の視線を集める。

 

「あの、お話というのは、その……」

(ん? 今のはジェイニーの声です?)

 

 街角から聞こえてくる愛しの妹ジェイニーの声。フローラはクソデブな肉体をどうにか隠しながら、顔だけ覗かせてみるとそこにはジェイニーとそこそこ顔たちと服装が良い少年が立っていた。

 

「わ、私と付き合ってくださりませんか?」

(はわわっ、ジェイニーが告白してます……!)

 

 想いを寄せる少女の告白。

 フローラにとってジェイニーは自慢の妹。容姿も性格も淑女として文句なし。フローラはジェイニーが相応しい相手を見つけたのだと内心喜んでいたのだが、

 

「ごめん、無理だわ」

(……えっ?)

 

 相手の少年は考える素振りも見せず、ジェイニーからの告白を拒んだ。ジェイニーは困惑した様子で「ど、どうして?」と理由を尋ねる。

 

「だってお前の姉ちゃんさ。すげぇデブじゃん」

「──!」

「おれ、デブの妹と付き合いたくねぇもん。変な臭いとか付きそうだし、そんなヤツと付き合うとこっちまでデブになりそうだろ」

「そ、そんな、酷いですわっ……」

「んじゃあな、デブの妹」

     

 妹の初恋は呆気なく砕かれた。その場面を目撃したフローラは唖然としながらジェイニーを眺めることしかできない。

 

「ひっぐっ……ぐすっうっうぅ……」

(わ、私のせいで……。私が、私がジェイニーの邪魔をして……)

 

 取り残されたジェイニー。

 必死に悲しみを堪えようとするが、耐えきれず涙を頬に伝わせて小刻みに震える。フローラは自分のせいだと罪悪感に苛まれてしまう。

 

「ぐすっ、ひっぐっ……。お姉さまはっ……私のっ、自慢のお姉さまだもんっ……」 

「……!」

「お姉さまはっ……お姉さまはっ、すごいんだからっ……」

 

 満たされるのはフラれたことによる悲しみだけ。そう思っていたがジェイニーは自分の姉を貶されたことに対して涙を流していた。フローラは妹のそんな姿を見てしまい、

 

(妹を泣かせて、何が自慢のお姉ちゃんですか……。私は、自分のことしか見れていなかった……)

 

 自分の存在が妹の足を引っ張っていたのだと理解する。妹と共に並んで歩いた光景が脳裏を過る。自分を客観視する。そこでやっとのことで気が付いた──このままではいけないのだと。

 

「ぜぇぜぇっ、エリザちゃん……!」

「フローラ、そんなに汗だくになってどうしたのよ?」

「や、痩せたいんです……! 痩せる方法を、教えてください!」

 

 そこで訪れたのは後の十戒となる人物でもあり、フローラにとって親しい仲のエリザ・アークライトの元。

 

「痩せる方法? あなた、前に痩せなくてもいいって言ってたわよね?」

「私は、私は痩せないといけないんです! 妹の為に、自慢のお姉ちゃんになる為に!」

「……分かったわ。これを持っていきなさい」

「ふむふむ、『フローラ淑女計画』……。エリザちゃん、これって……?」

「痩せる為に必要な『食事のメニュー表』や『運動メニュー』をまとめて作っておいたのよ。もちろんフローラ専用のね」

 

 エリザは友人のフローラの肥満を密かに危惧していた。それ故にフローラが続けられそうなメニューを毎晩徹夜で模索し、『フローラ淑女計画』というメニュー表を完成させたのだ。

 

「あ、ありがとうございますエリザちゃん……! 私、痩せる為に頑張ります!」

「ええ、頑張るのよフローラ」

 

 しかしエリザは致命的なミスを犯していた。そのミスとは、

 

「腹筋五百回、腕立て五百回、五十キロマラソン、大木とぶつかり稽古……これを毎日続ける? な、なかなかハードな運動ですね……」

 

 痩せることを目的としたフローラ専用の運動メニューが──筋力をつけることを目的としたレインズ家専用の訓練メニューと入れ替わっていたというミス。

 

「ぜ、ぜぇぜぇ……し、死んでしまいますっ……」

 

 アベル家の肉体は血筋により華奢なもの。対してレインズ家の肉体は筋肉質。対称の位置づけにある名家とも言える。例えるならば四つ足の猫を二足歩行にし、餌を食べる時は自身の手で掴んで口まで運ぶような矯正に近しいだろう。

 

(で、でもジェイニーの為にっ……自慢のお姉ちゃんになるために頑張らないとっ……!)

 

 だがフローラはメニューの間違いに気が付くはずもなく、ただひたすらに根性と気合と妹への愛で毎日毎日サボらずに続けた。その効果は絶大なもので半年が経過した頃合いには、

 

「えいめんっ……!!」

 

 バキッボキッ、ドサッ──

 

 大木を突進でへし折れるほどまでの怪力を手に入れていた。体重も三十キロ減少し、クソデブからデブまで進化することに成功したのだ。

 

「ふぅ、毎日続けたら訓練も楽になってきました」

 

 地獄を体現化したようなレインズ家専用の訓練メニューも、半年経過したフローラからすればかなり楽な部類へと変わっていた。更に言えば『物足りなさ』も感じてしまうほどに。

 

(そういえばエリザちゃんが言っていましたね。『楽になってきたら少しずつ運動量を増やす』と。……取り敢えず、二倍にしてみましょう)

 

 エリザは十歳を迎えたタイミングで第四病棟へ送られ多忙になる。会いに行くことはできないとフローラは何も考えず、腕立てや腹筋などを二倍の量に増やし、大木を拳で薙ぎ倒すという目標を掲げた。

 

「えいめんっ!」

 

 バキバキッ、ドタンッ──

 

 痩せようと意志を固めてからおおよそ一年が経過。フローラは更に三十キロ減量に成功して適正体重へと戻すことに成功した。更には大木を拳で粉砕して薙ぎ倒せるようになってしまう。意識すれば肉体を鋼のような筋肉で固めることもできた。

 

「次はあなたの番ですよ。シスターフローラ」

「はい」

「このカカシに波動を打ち込み、中にあるガラスを割ってみなさい」

「分かりました司祭さま」

 

 動術の試験。

 木製のカカシに波動を打ち込み、波を伝わせて中に埋め込まれたガラスを破壊する試験内容。フローラは一息ついた後、柔軟に肉体を動かして波動を打ち込み、

 

 バキンッ──

 

「えいめんっ!」

 

 木製のカカシごと粉砕した。

 その場にいる淑女候補たちも司祭のスージーも驚きのあまり口を開いたままポカンとする。

 

「司祭さま、これでいいですか?」

「シ、シスターフローラ……。以前と比べて淑女たる肉体になったのは良いでしょう。ですが、ここまで腕っぷしが強くなってしまうとは……先程の一打は波動を扱っているのですか?」

「えへんっ、私にもよく分かりません!」

(まるでレインズ家の受動のようですが、アベル家の人間が修得するなどあり得ないはず……)

 

 受動を習得するなどあり得ないこと。

 しかしフローラは度重なるレインズ家専門の訓練メニューによって、覚えるはずのない『受動』を無意識に習得してしまっていた。波動を打ち込む瞬間、身体に流れる衝撃を受動で筋肉の硬度に変換させる。

 こうして受動と波動を扱えるアベル家の人間がここに誕生し、数年が経過し十戒の称号を与えられた現在──

 

「……シスターフローラ」

「はい、司祭様」

「立派な淑女になりましたね。あの頃のあなたとは思えないほどに、見違えています」

 

 ベッドの上で横になるのは老衰で弱り切ったスージー。フローラはベッドの横に立ち、しわが目立つ左手を両手で包み込む。

 

「ありがとうございます。これは司祭様あっての姿だと思います」

「違いますよシスターフローラ。あなたが積み重ねてきた善行と努力によるものです」 

「……ですが司祭様、私は十戒に相応しく──」

「シスターフローラ」

 

 自身が十戒なんかでいいのか、と思い詰めるように言葉を発しようとするフローラ。それを止めるように司祭スージーは右手をフローラの両手に乗せる。

 

「あなたは、あなたであればいいのですよ」

「……え?」

「肩書きで自我を殺してはなりません。あなたはフローラ・アベルとして生き続けるのです」

「司祭様……」

 

 朧げな瞳でフローラを見つめるスージー。弱り切った心臓の鼓動をその身で感じながらもフローラに微笑みかける。

 

「愛されることより愛することを、理解されることより理解することを……。シスターフローラ、あなたはそういう人であり続けるのです」

「……はい、司祭様」

「ふふっ、ではシスターフローラ。あなたを導いてきた私を……今度はあなたが導いてください」

 

 心臓の鼓動が徐々に遅くなっていく。

 スージーの手から伝わる感覚をフローラは感じながら一呼吸置いて、

 

「我が主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる栄光を彼らの上に照らしたまえ。彼らの安らかに憩わんことを──エイメン」

「……ありがとうフローラ」

 

 祈りを捧げながらスージーが静かに息を引き取る姿を看取った。フローラはしばらく祈りの構えを続けた後、ゆっくりと立ち上がり部屋を後にする。

 

「フローラ様、スージー様は……」

「……我が主の元へ還りました。後のことは任せましたよ」

「はい、承知しましたシスターフローラ様」

 

 待機していた修道女へ指示を出すとフローラは屋敷内の廊下を歩いていく。そしてフローラはふと窓の外を眺め、

 

「はぁ、ティアちゃんに『ネクロポリス』へ行くように頼まれましたし……。ロストベアに向かいましょう」

 

 青い空に浮かぶ太陽を細目で見上げた中、ロストベアへと渡来することにした。

 

 

 

 SideStory : Flora Abel ─フローラ・アベル─ _END

 

 






フローラ・アベル


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