ЯeinCarnation   作:酉鳥

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Recollection:アルゴスの記憶

 ※この物語は七ノ眷属であるアルゴスの過去の物語です。

 

 

「奥さん、頼まれていた義眼ができましたよ」

「あ、ありがとうございます……!」

「いえ、これぐらい大したことないですよ。では早速入れてみましょうか」

 

 最も小さな大陸エルドラド。

 その大陸でアルゴスは両目の義眼として生まれてきた。義眼師によってとある少年の為に製作されると、小さな診察室に訪れた少年の眼球に入れられ、

 

(……あれ、ボクはここで何を?)

 

 義眼としての役目を与えられた瞬間、アルゴスとしての自我が芽生える。視界に広がるのは片眼鏡を付けた義眼師の四十代ほどの男性。

 

「どうかな? 痛いところはないかい?」

「う、うん……」

「良かったわね。ほら、お礼を言いなさい」

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 すぐそばから、真下から聞こえてくるのは気弱な少年の声。アルゴスは奇妙な感覚に動揺していると視界の外から女性が顔を覗かせてくる。

 

「さぁ帰りましょうCliff(クリフ)

「う、うん……」 

 

 こうしてアルゴスはクリフという少年の義眼として過ごすことになった。一日、一週間、一ヵ月と経過する最中、アルゴスはクリフ自身や身の回りの境遇について概ね理解する。

 

「おやすみなさいクリフ」

「おやすみお母さん……」

 

 眠ろうとする少年の名はCliff(クリフ) Sidney(シドニー)。ベッドで寝かしつける母親の名はBelinda(ベリンダ) Sidney(シドニー)

 エルドラド大陸の北東に位置する『猫八村(ねこはち)』の外れに住む母子家庭の一般家系。決して裕福なわけでもなく、母親のベリンダは生活費の為に朝早くから働きに向かい、その間にクリフは留守番をする毎日。 

 

「……目が見えたらお外で遊べるのになぁ」

 

 義眼はあくまでも眼窩(がんか)の成長を促すための役割。目が見えるようになるわけではない。だからこそクリフは留守の間は外へ遊びに出かけたり、本を読んで時間を潰したりすることができなかった。

 クリフに出来ることは母親が帰宅するまで自室のベッドで子供たちの声や鳥のさえずりを聞くことのみ。

 

(義眼のボクは全部見えるのに……可哀想……)

 

 アルゴスは不自由な日々を送るクリフに初めて憐れみという感情を抱いた。偽りの瞳である義眼の自分が見えるという皮肉。

 

「ただいまクリフ」

「あっ、おかえりお母さん」

「遅くなってごめんなさい。すぐにご飯の準備をするわね」

 

 アルゴスは不自由で多忙な日々を送るベリンダに初めて疑問を覚えた。目が見えず何もできないクリフを毎日介護する状態。自身を束縛する原因であるクリフを邪魔だと思わないのかと。

 

「ごめんねクリフ。お母さんのせいで不自由な暮らしになって……」

「ううん、お母さんのせいじゃないよ。お医者さんだって言ってたでしょ。僕がたまたまそういう子だったって」

「クリフ……」

「僕、幸せだよ! お母さんとこうやってお話できて、とても幸せ!」

 

 けれどその考えは大外れだった。

 立場で考えればベリンダは目が不自由な子を産んでしまった母親。責任感と申し訳なさを常に抱えて生活しているのだとアルゴスは徐々に理解した。

 

「お母さん」

「どうしたの?」

「僕、いつかお母さんの顔が見えるようになるのかな?」

「……ええ、もちろんよ。目が見えるようになったらお外でいっぱい遊びましょ」

 

 たった一人の家族だからこそ互いを想いやろうとするベリンダとクリフの関係性。家族愛とも呼べるやり取りを毎日のように聞かされ、いつの日かアルゴスは二人の幸福を願うようになった。

 

「それじゃあ行ってくるわねクリフ」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 アルゴスとしての自我が芽生えて一年が経過した。ベリンダがいつものように働きに出かけ、クリフが留守番をすることになったある日のこと。

 

「……お母さん、今日も遅いのかな」

 

 普段よりも帰りの遅いブレンダ。

 クリフは少し心配しながらも食卓の前で椅子に座って待っていた。

 

 コンッコンッ── 

 

「あれ? 誰だろう?」 

 

 そんな時、室内に響く扉のノック音。

 村の外れにある為、滅多に来客は訪れない。クリフは不思議に思いながらも壁を伝いつつ、玄関の扉を開いた。

 

「こんにちは。少し道を聞いてもいいかしら?」

 

 立っていたのは黒のローブを羽織った女性。色白の肌に青色の長髪を揺らし紅色の瞳を輝かせる──四卿貴族の一人であるバートリ卿。

 

「えっと、ごめんなさい。僕、お外に出たことないから分からなくて……」

「……? もしかしてあなた、目が見えないの?」

「う、うん……」

 

 バートリ卿は吸血鬼の瞳でクリフの義眼を覗き込む。その時アルゴスはバートリ卿が見つめるのはクリフではなく、まるで義眼に意志があることを理解するように……じっとアルゴスを観察していた。

 

「……あなたも哀しいのね」

「えっ? 哀しいっていうのは──」

 

 その言葉を遮るようにバートリ卿はクリフの目元を片手で覆い隠す。アルゴスも視界が塞がれ、目の前は真っ暗闇に閉ざされてしまう。

 

「……血涙(けつるい)

(……っ! な、なんだこれ……?)

 

 小さな囁きと共に義眼のアルゴスに込み上げる熱。負の感情が浄化されるような感覚に暗闇の中で動揺する。 

 

「あなたが──その子の目になるのよ」

 

 そんな呼びかけと共にバートリ卿の手の平に閉ざされた視界が開ければ、先ほどと変わらぬ景色が広がっていた。しかしそれはアルゴスだけの景色ではなく、

 

「目が、見える……?」

(えっ?)

 

 クリフが見ている景色でもあった。

 しっかりとバートリ卿を見上げ、自身の手足を観察するクリフ。まるで目が見えているかのような振る舞いにアルゴスは驚きを隠せない。

 

「お姉さん、どんなお薬を使ったの!? もしかして魔法を使えるの!?」

「ふふっ……ええ、私は魔法が使えるのよ」

 

 子供らしくはしゃいでいるクリフに優しく微笑みかけるバートリ卿。アルゴスは未だに状況の整理ができず、何が起きたのかを考え込んでいると、

 

「……あれ、お姉さん目が真っ赤だよ? 大丈夫?」

「……」

「『怖い吸血鬼は赤い瞳の人』ってお母さんに言われたことあるけど……。お姉さん、もしかして怖い吸血鬼……?」

 

 クリフがバートリ卿の吸血鬼の瞳に気が付く。

 その委縮した声色からやや恐怖を覚えているのだとアルゴスは無意識のうちにバートリ卿の瞳の色を『青色』に映れと念じてしまう。

 

「あれ、あれ? 青色に、変わった?」

(──えっ?)

「うーん、さっきのは気のせいだったのかな……?」

 

 何度も目を擦ってバートリ卿を見上げるクリフ。

 アルゴスの視界に映り込むのは吸血鬼特有の真っ赤な瞳。だがクリフは青色に見えているらしい。アルゴスは矛盾していることに疑念を抱いたが、

 

「……あなたが見せたいものをその子に見せてあげるの」

(──! もしかしてボクが映したい景色を見せられるってこと……?)

 

 バートリ卿の意味深な一言ですべてを察する。

 今のクリフに見えるものはアルゴスが見せたいと思う景色。ありのままを映すことも虚栄を映すこともできる。そんな力をバートリ卿から与えられたのだ。

 

「クリフ、どうして外に出ているの!?」

 

 少し離れたところから聞こえる母親ベリンダの声。焦ったように玄関前に立つクリフへ駆け寄ると屈みこみ、大切な息子の身を案じながら事情を尋ねる。

 

「見てお母さん! 僕、目が見えるようになったんだよ!」

「クリフ、それって……?」

「ほら見えるんだよ! 僕の身体も、おうちの中も、お母さんの顔も!」

 

 瞳を輝かせながら辺りを見渡すクリフに言葉を失うベリンダ。不自由なく動き回れるクリフを見て、あり得ないといった様子で唖然としていた。

 

「何があったのクリフ? どうして見えるように……?」

「お姉さんの魔法で治してもらったんだ! ねっ、お姉さん──あれ?」

 

 バートリ卿は既にそこにはいない。クリフは「おかしいなぁ」と小首を傾げて周囲をキョロキョロと見渡していると、

 

「わっ?!」

 

 ベリンダがクリフを強く抱きしめる。

 その両腕は喜びと安堵に震え、頬から流れ落ちる涙の粒は衣服を湿らした。

 

「良かった、本当に良かったっ……」

「お母さん……」

「これからはっ……色んな所にいっぱい出かけましょうねっ……」

「うん……うんっ……」

 

 思わず泣き出してしまうクリフ。

 義眼であれ一年間境遇を見てきたアルゴスも心の底から安堵する。

 

(ボクがクリフに──色んな景色を見せるんだ) 

 

 そして決意したのはクリフの眼としての使命を果たすという考え。アルゴスはその日からクリフの眼に様々なものを映し出す日々が始まった。

 

「すごい! 川の水ってこんな風に流れてるんだね!」

「そうよ。ほら、あそこに魚も泳いでいるでしょ?」

「ほんとだ! あれがお母さんが話してたお魚さんなんだね!」

 

 上流から下流へと伝う綺麗な川。

 日光に反射して煌めく水面をより美しく映し出し、強く生きようとする魚たちをより勇ましく映し出し、クリフへと感動と衝撃を届けた。

 

「んんむぐっ! ごほっごほっ……!」

「クリフ、ゆっくり噛んで食べなさい」

「だってお母さんの作るご飯、すごく美味しそうだもん……」

「ふふっ、ありがとうクリフ。でも喉に詰まったら大変だからゆっくり食べるのよ」

「はーい!」

 

 盲目によって毎日暗闇に閉ざされていたはずの食卓。

 ランプの灯りは愛が込められた母親の手料理と、我が子を見守るベリンダの母親らしい顔をぼんやりと照らす。アルゴスは普段と変わらない食卓をありのままクリフへ届けた。

 

(うんうん、喜んでくれてる! これからもクリフの目として頑張らなきゃ!)

 

 景色を届けて満足するの繰り返し。

 気が付けばアルゴスにとってクリフへ様々な景色を届けることは生き甲斐になっていた。幸せを願っていたからこそ、二人の微笑ましい会話を聞くことはご褒美そのもの。

 しかし平穏とは唐突に終わりを告げるものである。

 

 ガタガタッ、ゴトッバタンッ──

 

「……んん? お母さん?」

 

 零時を回った深夜帯。

 激しい物音が部屋の外から聞こえクリフは目を覚まし、ベッドから降りて物音がしたダイニングまで向かう。

 

(なんだ、すごく嫌な予感がする……)

 

 花瓶が割れたり木くずが散らばる廊下。アルゴスはその時点で嫌な予感が、クリフに見せてはならない景色が広がっているような気がしていた。

 

「お母さん……?」

 

 荒れ放題の食卓。

 洗い場に立っているのは大柄の男。真横に倒れているのはベリンダ。足元を濡らす赤い液体。クリフは寝ぼけているため状況を理解できないが、アルゴスはすぐに悟った。

 

「チッ、三十代超えたオンナの血はマジィ……」

(きゅ、吸血鬼……!)

 

 吸血鬼による夜襲。爵位は子爵。

 吸った血の味に顔をしかめながらクリフの方へと振り向く。

 

「んだ、ガキがいんのかァ? けッ、どうりでマジィわけだ」

「だ、誰なの? お兄さん、お母さんの知り合い?」

「処女じゃねェオンナの血なんざ、酸化した葡萄酒と変わんねェ」

 

 クリフの問いかけには一切答えず、ただただ紅い瞳を輝かせて歩み寄ってくる。アルゴスはクリフにどうにか逃げてもらおうと必死に考え始めるが、

 

「つーわけで、死んでくれやガキ」

(お願いクリフ! 今すぐ逃げてッ!!)

 

 落ちていたナイフを拾い上げクリフへ真っ直ぐ振り下ろす子爵。アルゴスは何もできず、クリフへ届かない呼びかけをした瞬間、

 

「うッぐッ──?!」

「あ?」

 

 ベリンダが飛び出してクリフを庇った。

 胸元に突き刺さるナイフと衣服を濡らしながら垂れていく血液。ベリンダは後退りをしながらその場に倒れ込み、棒立ちしているクリフへ身体を引きずって近寄ろうとする。

 

「お母さん……?」

(見せ、られないっ……見せたらだめだっ……!!)

 

 アルゴスは反射的に普段のベリンダを、微笑むベリンダを虚栄としてクリフの眼に映した。ベリンダは血で塗れた右手をクリフの左頬に添える。

 

「早くっ……逃げてっ……」

「えっ、逃げるって……? お母さん、どうして苦しそうなの……?」

「クリフっ……あなたを、いつまでも愛しているわっ……」

「お母さん? どうしたのお母さん?」

 

 クリフに見えている景色は何気ない日常を過ごすベリンダ。

 しかし現実は我が子への愛を告げて静かに息を引き取るベリンダの姿。クリフは聴覚と嗅覚に合っていない視覚に混乱してしまう。

 

「僕もお母さんのこと大好きだよ。ねぇお母さん?」

「庇ったのかよ。これだから子持ちの親は嫌いなんだ」

「お母さん、何言ってるの? お兄さんの声しか聞こえないよ?」

(クソックソックソォッ!! ダメだダメだダメだッ……声までは、偽れないッ……!!)

 

 視覚を誤魔化せても他の感覚は誤魔化せない。

 アルゴスはクリフを助ける方法を必死に考える。その最中、子爵は右拳を振り上げると両手足に狙いを定めて、

 

「うぁあぁあぁあッ……!?!! いたッ、痛いよッ、痛いよお兄さんッ……!?」

(やめてくれッ、やめろぉおぉおおぉッ!!!)

 

 使い物にならないよう骨を粉々に折ってしまった。義眼のアルゴスができるのは視覚を偽ることのみ。クリフも襲い来る激痛にその場でのたうち回ることしかできない。

 

「うっあぁっ……」

「けッ、生かしておいてやるよガキ。餓死しないよう気を付けろよ」

 

 そう吐き捨てると子爵はその場から去っていけば、クリフは痛みによって気を失い、義眼のアルゴスの視界は瞼によって塞がれる。

 

「お母さんっ……お腹空いたよぉっ……」

(ありのままを、映したらダメだッ……!)

「置いたら食べられないよお母さん……。食べさせてよ……」

(ごめん、ごめんねクリフ。ボクにはこれしかできないんだ……)

 

 目を覚ました時、アルゴスはただ虚栄を映し出した。

 看病をしてくれるブリンダの姿を見せてどうにか時間を稼ぐ。誰かが助けに来てくれると信じて、ただひたすらに偽りの世界を見せ続けた。

 

「おか……さんっ……苦しい……よっ……」

(誰かッ、誰か来てくれッ!! 誰か、誰でもいいから──クリフを助けてくれぇえぇえぇえッ!!)

 

 弱り切っていくクリフ。

 村外れの一軒家に誰かが訪れることはない。アルゴスは助けを求め胸の中で叫び続ける。見せている虚栄は母親がそばにいてくれるもの。

 

「そっかっ……これは夢、なん……だっ……」

(……クリフ?)

「……」

(クリフ、クリフ? 起きてよクリフッ!)

 

 最期にクリフは虚栄を夢として結論付けて息を引き取る。それからはもう、理想の世界を映し出す必要はなくなってしまった。腐敗していくブリンダとクリフの肉体を、繰り返される同じ景色を、ただ怠惰に過ごすことだけ。

 

(あっ……ボクの身体が、クリフから抜けて……)

 

 肉体の腐敗が原因で二つ義眼が床へと零れ落ちる。

 やせ細ったクリフの遺体と虫が這いずり回るブリンダの遺体。この時アルゴスは視界に映った景色に絶望し、初めて虚栄を渇望した。

 

(何年だろう。何年、クリフたちはここに……)

 

 長い年月が積み重なりいつの日か面影すらなくなってしまう。義眼のアルゴスも汚れて視界が不明瞭な状態になっていた。

 

「んぁ? 相棒、これ見てみろよ」

 

 聞こえてくる調子のいい男の声と共に二つの足音がクリフたちの古びた家屋へ侵入してくる。 アルゴスは不明瞭な視界で二つの足音の正体を視認した。

 

「死体が放置されてるじゃん」

「……らしいな」

「見る感じ……吸血鬼に襲われたんじゃね?」

「ああ、女の首筋に吸血の痕跡がある」

 

 一人は黒と深緑が入り混じった髪色に後ろ髪を一つ結びにし、特殊な繊維で作られた黒のコートを羽織るロック。

 もう一人は青い髪と顔が隠れるように灰色のローブを羽織った冷徹な雰囲気を持つ女性──後のアレクシア・バートリとしての人生を辿ることになる『ヒュブリス』だった。彼女はクリフの遺体に違和感を覚えて観察を始める。

 

「相棒、なんか気になることでもあんのか?」

「……女の死因は吸血と刺殺だろう。だが子供の方は餓死だ」

「へー、餓死してんの? アイツらに殺されないなんて運がいいじゃん」

「どうだろうな。手足の骨はすべて折られている。恐らく餓死するよう主犯が身動きを封じたはずだ」

 

 ロックが家の中を物色している中で遺体の状態から的確に情報を汲み取るヒュブリス。彼女はしばらく口を閉ざした後、落ちていた二つ義眼をクリフの顔に埋め込み、腐敗臭を気にする様子もなく遺体を抱え上げる。

 

「この二人を殺した主犯は拗らせている」

「おー、埋葬してやんの?」

「……あるべき場所に還すだけだ」 

「ふーん、テレシアに言われたこと守ってんだな。てか可愛いツンデレじゃん」

「蹴られたいのか?」

 

 ロックはベリンダの遺体を抱え上げるとヒュブリスの後をついていく。アルゴスは薄汚れた視界でヒュブリスの顔を下から覗き見た。

 

(何なんだ──この人の目は?)

 

 その蒼い瞳に詰め込まれるものは虚無。そこには原動力も何もない。操り糸で動かされているような無感情さに初めてアルゴスは恐怖を覚えた。

 

「で、埋葬終わったらどーすんの?」

「やることは変わらん。吸血鬼共を始末し続けるだけだ」

「んじゃついてくわ」

「勝手にしろ」

 

 埋葬が終わった後、二人は墓石から立ち去る。土の下に埋められて初めてアルゴスはこんな後悔が込み上げてしまう。

 

(もっと、見せてあげたかった。もっと、色んな世界を見せてあげれば……)

 

 折角目が見えるようになったのに若くして殺されたクリフ。アルゴスは様々な景色を、多くの生き物を、多くの日常を見せてあげたかったと心の底から後悔し、哀しみに明け暮れる。

 

「……哀しいわ」

(この声って……あの時、ボクに力を与えてくれた……)

「そうよ。久しぶりね」

(この人、ボクの声が聞こえてる?)

 

 地上から聞こえてくるのはバートリ卿の声。初めて自身の呟きに返答があったことでアルゴスは大層驚いてしまった。そんなアルゴスを他所に同情するような悲観に満ちた表情を浮かべるとバートリ卿は右手をかかげ、

 

「あなたの哀しみを糧に、私が願いを叶えてあげるわ」

(えっ? それってどういう……?)

「──血涙」

 

 一滴の血の涙を墓石へと垂らした。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

「おっし後輩一号! ちゃんとワタシについてこいよ!」

「ちょっと待ってラミア!」

 

 少年の肉体、至る所に埋め込まれた眼球。アルゴスは正式に名を与えられ眷属となった。が、ラミアに気に入られ毎日のようにあちらこちらへと振り回されていた。

 

「なっさけねぇな! それでも男かよてめぇ?」

「元々義眼だったから性別なんてないよ」

「つべこべ言うんじゃねぇ! 今日はランドロスにあるでけぇ湖に行くぞ!」

 

 ラミアは少女の肉体、アルゴスは少年の肉体。二人が子供らしく駆け回る姿を見てバートリ卿は静かに微笑む。

 

「『Typhon(テュポーン)』に『Echidna(エキドナ)』。二人のことはよろしく頼むわね」

 

 その背後に立つのは仮面を被った二匹の眷属。テュポーンと呼ばれた眷属は男性のマネキン、エキドナと呼ばれた眷属は女性のマネキンの見た目をしていた。バートリ卿にラミアたちの御守りを頼まれると、マネキンの表面が波打つように揺らぎ始め、

 

「承りましたバートリ卿」

 

 テュポーンの容姿はシルクハットを被り長い黒コートを羽織った長めの銀髪を持つ男性に、

 

「承りましたわバートリ様」

 

 エキドナの容姿は薔薇で飾られた貴婦人の帽子を被り、肩を露出させた紫と黒のロングドレスを着た……薄い紫髪のミディアム程度の長さを持つ女性に変化した。どちらも礼儀正しく生真面目さを醸し出す返答をするのだが、

 

「とても素直で優秀なのは助かるけど……」

「ああバートリ卿、今日も美徳に溢れる可憐なお姿ですね。どうでしょう、私と美徳を語り合う一夜を過ごすのは?」

「はぁっはぁっ、い、愛しのバートリ様っ! こ、こんな背徳染みたお姿をして……考えるだけで妊娠しちゃいますぅ!」

「ちょっと変わってるわよね?」

 

 テュポーンは膝を突いてバートリ卿の右手の甲に口づけを交わし、エキドナは涎を垂らしながら吐息を荒げてバートリ卿の匂いを嗅ぎ始める。

 バートリ卿は苦笑いを浮かべてラミアに手を引かれるアルゴスに視線を移した。

 

「……沢山見せられるといいわね」

「バートリ卿、『見せられる』というのは私の美徳をすべて曝け出せばよいのでしょうか?」

「いいですわバートリ様っ! ワタクシの背徳染みたあられもない姿、とくとご覧くださいましっ!」

「ふふっ、少し静かにしていてもらえる?」

 

 見当違いな反応をするテュポーンとエキドナに微笑みかけるバートリ卿。その他所でアルゴスは自身の肉体を右手で触れる。

 

(クリフ、まだ終わってないよ。ボクがもっと色んな景色を見せてあげる)

 

 そして大きく深呼吸をすると、

 

(だからもう少しだけ──目を閉ざさないでね)

 

 アルゴスは様々な景色をクリフへ見せる為に旅立つ。

 偽りの義眼としてではなく──クリフの真の眼として。 

 

 

 

 Recollection : Argus_END

 

 

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