ЯeinCarnation   作:酉鳥

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Recollection:ゲリュオンの記憶

 ※この物語は八ノ眷属であるゲリュオンの過去の物語です。

 

 人間とは脆い種族だ。

 調理を施さなければ病に侵され食事も摂れない。気温の変化に弱く衣服を変えなければ脱水症状や凍死を免れない。眠らなければ小難しいことを考えることもままならない。挙句の果てには致命傷を受けやすい肉体の構造をしている。

 

「陛下、そろそろ面会の時刻です」

 

 しかしそんな脆い人間が最も繁殖に成功した種族とも呼べるのだ。なぜ脆い人間が繁殖に成功したのか。それは己の欠点を補えるほどの環境への適応力が高かったから。自然界において最も優秀な種族は何者にも屈せぬ強者ではなく──環境に適応できる種族であろう。

 

(ついにこの時が来たのだな)

 

 私は人間の脆い肉体を守護する為に生まれた銀の塊。

 人間たちの言葉で表すのなら『鎧』と呼ぶらしい。受ければ死傷となり得る戦場で身に着け、相反する者たちと命の奪い合いを行う為に使われると聞いた。

 

(バイロンよ、何があろうとも私が守り抜こうではないか)

 

 私にとって王の鎧として務めるのは誇りそのもの。視点を変えれば私は一国の王に戦場で命を預けられているに等しい。言い方を変えれば王と私は死線を潜り抜けてきた戦友である。

 鎧の私に意志があることを王は知らない。だが私は王に捻じ曲がることのない強い意志があることを知っている。だからこそこの命を懸けてでも守護して見せようと心に決めているのだ。

 

「ああ何だ。奴らはもう来ているのか」

「はい、応接間に案内しております」

 

 ここは『宝石』を由来とされる大陸EdelStein(エーデルシュタイン)。特徴的なのは紅玉や金剛石のような宝石が盛んに生まれる鉱山や河川が多く存在する大陸。鎧の私を形成した鉱石である銀もこの大陸で生まれたものだ。

 

「まさか来るとはな。約束した零時に」

 

 この大陸で特徴のある言語はデル語。

 文節を普通の順序とは逆にする言語。今のこの男で例えるならば『約束した零時に来るとはな』という通常の文節の『約束した零時に』という部分を後に付けて逆にしていた。

 

「吸血鬼の癖に律儀な連中だ。煩わしい」

 

 大陸の中央部に位置する帝国Granato(グラナート)

 王として君臨するのはByron(バイロン) Arnet(アーネット)という名の男。年齢は四十代半ば。顎周りに髭を生やし、整えられた白い短髪をかき上げる。

 銀の鎧である私を身に付けているのはこの男だった。

 

「バイロン、これから例の件を話し合うのですか?」

「ああ、例の和平交渉の件でな」

 

 ベッドの上で横たわるのは王妃Fulvia(フルヴィア) Arnet(アーネット)。年齢は三十代半ば。王であるバイロンの愛するお方。両目を閉ざし、年齢に似合わぬしわの目立つ肌を擦らせながら弱々しい声でバイロンへ声をかける。

 

「げほっげほっ……バイロン、近頃眠れぬ日々が続いていると聞いています。あまり無理はせず、あの子に任せれば……」

「あいつには任せられんだろう。たかが吸血鬼一匹に腰を抜かす臆病者にはな」

「ですが……」

「お前こそ無理をするなフルヴィア。この国は俺に任せてゆっくり休むのだ」

 

 私が鎧として生まれた時、既に王妃は不治の病に侵されていた。病の名は『ミランダ症候群』。アークライト家の始祖であるミランダ・アークライトが発見し、自身の名を名付けたとされる。

 病の内容は『急速な老化の進行』によって二十代や三十代の年月を過ごした人物でも、老人のような容姿になってしまうものだと聞いた。

 

「父上!」

「……何の用だティオ? 俺はこれから使者と話をせねばならんのだ」

 

 部屋に飛び込んでくるのはTio(ティオ) Arnet(アーネット)王子。二十二歳という成人を迎えた年齢だが、童顔と背の低さから幼い容姿を持つ人物。ストレートヘアの白髪を右手で弄りながら、父親であるバイロンを見上げる。

 

「僕も、僕も同席させてください!」

「ダメだ」

「な、何故ですか!? 僕も父上のようにアーネット家の血筋を継いだ──」

「戦場で棒立ちしかできんお前に何ができる? 部屋に戻れ」 

 

 実の息子をあしらうようにバイロンは部屋から出ていく。鎧の私に伝わるのはティオを嫌悪する怒りの脈拍。一人息子に対する扱いは私が生まれた時から何も変わらぬまま。

 複雑な関係に私が心を曇らせていれば、バイロンは応接間へと足を踏み入れる。

 

「どうも王様」

「約束の時刻にピッタシ来るとは想定しておりませんでした。朝日がよほど怖いようで?」

「うふふっ、そんなに身構えちゃって。吸血鬼がそんなに怖いのかしらぁ?」

 

 応接間に並ぶのは机を挟み、一つずつ置かれた縦に長いソファ。

 入り口から見て奥に座るのは九ノ罪Jake(ジェイク) Irvine(アーヴィン)。手前に脚を組んで座るのは三ノ罪Miranda(ミランダ) Arkwright(アークライト)

 バイロンは警戒心を剥き出しにしながら対面に置かれたソファへとゆっくり腰を下ろす。

 

「ご冗談を。そちらは二匹でこちらは一人。臆病なのはどちらか明白でしょう」

「強がりも程々にした方がいいわよぉ? ぶち殺されたくなかったらね──」

「王様にミランダ。自分たちは幼稚な言葉遊びをしに来たわけじゃない。……割とマジで」

 

 ジェイクが煽り合いを静止すれば、バイロンはしばし口を閉ざして鋭い目つきで原罪の二匹を交互に睨みつける。鎧の私からすればその鋭利な眼差しは獲物に狙いを定める獅子を連想させた。

 

「率直に問おう吸血鬼共。今になって和平交渉を持ち掛け、貴様らは何を企んでいる?」

「交渉しに来た理由はまぁ……時間と戦力の無駄だからかな」 

「なに? 無駄だと?」

「まずこっちは別に戦争を求めていない。求めているのは王様というか、帝国グラナートに変なことをしてほしくないだけ。……割と真面目に」

 

 帝国グラナートと吸血鬼の戦争。

 これは数年に渡って幾度も行われている。鎧の私もバイロンと共に何度も戦場へ赴き、群れを成して進軍する吸血鬼を数百匹とこの目に焼き付けた。

 戦場とは醜いもので人間の血飛沫と肉片が飛び交い、吸血鬼の遺灰は地面を覆いつくし、阿鼻叫喚と化す。

 

「戦争を求めていない? どの口が言う? 貴様らが俺の国を陥落させようと宣戦布告してきたのだろう」

「それは違うから訂正する。こっちが武力で解決しようとするのは……吸血鬼の領土に軍を送ってきたから。きっかけを作ったのはそっちだけど」

「エーデルシュタインは俺たち人間が住む栄光ある大陸だ。落ちぶれた吸血鬼共に地を踏ませるはずがない」

「そう言うと思った。だから王様を納得させる為に和平交渉を持ち掛けに来たんだ。……面倒だったけど」

 

 ジェイクが机に置くのは一枚の用紙。綺麗な書体が並べられた紙をバイロンは疑心を抱きながらも手に取るとその全容にじっくりと目を通し、 

 

「……ふざけるなッ!!」

 

 その場に勢いよく立ち上がるとジェイクを睨みつける。今のバイロンから鎧の私に伝わるのは煮えたぎるような憤怒の熱。何があったのだろうか、と私は机に置かれた紙を見た。

 

「エーデルシュタイン全域を統治領として譲れだと!? 貴様ら、何をもってこの全容を和平交渉として持ち掛けているッ!?」

 

 簡潔に述べれば帝国グラナート。

 いや、大陸エーデルシュタインのすべてを吸血鬼の統治領として譲り渡すという内容。これでは和平交渉ではなく人類の降伏に近い。バイロンが我を忘れるのも納得がいく。

 

「王様、さっきも言ったと思うけど……。こっちは王様に変なことをしてほしくないだけ。自分たちがこの大陸を管理すれば変なこともできなくなって、こっち側も戦争を起こす意味がなくなる。……言ってる意味分かる?」

「何を言っている!? そもそも俺たちは貴様らに管理されるような真似はしていないはずだッ!」

「王様はした覚えはないだろうね。けど歴史を辿ればランドロス大陸っていうか、こっちの領土に最初に仕掛けてきたのは王様の祖先(・・)だから」

 

 かつての帝国グラナートの王。

 噂では世界で最も広大な大陸でもあり吸血鬼が住まう大陸と化したランドロスを奪還しようと進軍させたらしい。祖先を引き合いに出されたバイロンは顔をしかめ、ジェイクを更に睨みつける。

 

「そんな連中と同じことをするとでも言いたいのか?」

「まぁ、歴史は繰り返されるものだし」

「俺を知恵のない先祖と一緒にするなッ! 無鉄砲に貴様らの領土に攻め入るほど愚かではない!」

「って、ご先祖様からも同じ言い分を聞かされた。どうやら血は争えないみたいだね」 

 

 生意気だと言わんばかりに歯軋りをするバイロン。ミランダは口を閉ざしたまま長机に置かれた用紙を指先で摘まんでゆらゆらと揺らし、バイロンの顔を見上げる。

 

「坊や、少しは落ち着きなさい。最後までちゃんと読めばちゃーんとイイことも書いてあるのよ?」 

「なに?」

「うふふっ、仕方ないわねぇ。お姉さんがイチから説明してあげるわ」

 

 ミランダは妖艶な太腿を見せつけながら脚を組み直すと摘まんでいた用紙を手放す。用紙はゆっくりと落下し、バイロンの前へと着地した。

 

「一つ目は不可侵条約。アタシたち吸血鬼は今後この国には手を出さないわ。大切なお仲間が無駄にイクこともなくなるわよぉ」

「……」

「あらぁ、あんまり嬉しそうじゃないわねぇ……じゃあ、これならどうかしらぁ?」

 

 不可侵条約に良い反応を示さないバイロン。その様子に気が付いたミランダは胸の谷間から小紅色の小瓶を取り出すと見せつけながら机に置く。 

 

「何だその怪しい薬は?」

「うふふ、不治の病……『ミランダ症候群』の進行を抑制する薬よぉ」

「──!」

「愛するヒトが病魔に侵されてるんでしょう? 提示した条件を呑んでくれたら……アナタに譲ってあげるわ」

 

 先が長くはない王妃フルヴィアを延命できる唯一の薬。引き合いに出されると思わず、バイロンは驚きに満ちた顔で机に置かれた小瓶を見つめた。

 

「そうか。お前はアークライト家の始祖、病の名付け親だったな」

「うっふふ、そうだったわね。『ミランダ症候群』って名付けたのはあたしで……治療薬を作れるのもこの世界であたしだけだったわ」

「何だと? ならば何故治療薬を持ってこなかった……?」

「作れるけど作れないのよ。ロザリア大陸に厄介な『加護』があるから」

 

 提示される愛する王妃の救命と帝国グラナートの安泰。しかし吸血鬼の支配を受け入れなければならない。悪魔に魂を売るような契約にバイロンは小瓶を見つめたまま、内心葛藤するだろうと私は思っていたが、

 

 バリンッ──

 

「舐めるなよ吸血鬼ッ……!!」

 

 バイロンは小瓶を掴み上げながらアーネット家の紅い瞳を真っ赤に輝かせ、そのまま粉々に握り潰した。中に詰め込まれた液状の薬がポタポタと床へ垂れ落ちる。 

 

「俺とあれの間に貴様らの手助けなどいらんッ! 当然、俺の国を吸血鬼共に明け渡すつもりもないッ!!」

「あらら……」

 

 更に机の上に置かれた和平交渉の用紙も破り捨ててしまった。ジェイクとミランダは「やっぱり」と言いたげな様子で互いに視線を交わす。

 

「残念だよ王様。こんな結果になって」

 

 ジェイクが素っ気ない反応を見せて立ち上がると続けて席を立つミランダ。二人は話し合いが通じないと分かった途端、背を向けて足早に応接間から出ていく。

 

(……? 王に刻まれたこの印は……?)

 

 バイロンが気が付かず鎧の私が気が付いた印。

 バイロンの左の脇腹に黒のバツ印が模様のように刻まれていた。応接間へ顔を出す前には刻まれていなかったはずだ。しかし鎧の私が声を出すことはできずそのまま夜が明け、月日が過ぎ、

 

「フルヴィア、行ってくる」

「……気を付けてくださいねバイロン」

 

 交渉が決裂した以来、初の夜戦が開戦した。

 吸血鬼の紅い瞳が闇夜に群れを成して進軍する光景。バイロンは最前線へと赴き、自身の軍を率いて吸血鬼と死闘を繰り広げる。

 

「我が主Volcanus(ウォルカヌス)。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より守護を授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。(しん)なる隷属よ、我らの声に応えよ──」

 

 金剛石を削って作られた紋章の首飾り。バイロンはそれを右手で握りながら詠唱を始める。すると金剛石の部分が紅色の光を徐々に灯し、

 

征野(せいや)炎帝(えんてい)──ファフニール」

「グォアァアァアアァアァアーーッ!!」

 

 炎の渦と共に一匹の竜がバイロンの背後に召喚された。灼熱を帯びた勇ましい瞳に鋼と変わらぬ頑丈な鱗。二枚の翼は熱風を巻き起こす。

 

「奴等を一匹残らず……灰にしてしまえッ!」 

「グァアァァアァアァアッ!!」

 

 吸血鬼の群れに突進を仕掛け、彼方へと吹き飛ばしていく。

 大陸エーデルシュタインが信仰するのは鍛冶の女神ウォルカヌス。彼女から特定の者に与えられるのは『守護』と呼ばれる力。

 

(何という恐ろしい力だ……)

 

 詠唱をすることで宝石に封じ込められた神の僕を召喚する。バイロンが従えるのは戦場を蹴散らすおぞましい竜。吸血鬼が何度も戦争を仕掛けているにも関わらず、帝国グラナートを陥落できない要因の一つはこの守護という力とも言える。

 

「わっわっ、ジェイクお兄ちゃん! なにあのドデカい鳥!」

「竜、別称ドラゴンと呼ぶらしい。……多分」

「あははっ、そーなんだ! それでドラゴンってなに?」

 

 吸血鬼の群れを統率するのは以前和平交渉に訪れたジェイク。隣に立つのは一ノ罪ステラ・レインズ。ステラはファフニールと呼ばれる竜の説明を聞きながら首を傾げる。

 

「ファフニール、あの男を狙え!」

 

 バイロンはファフニールに飛び乗るとジェイクを指差して仕掛けるよう命令を下す。ファフニールは夜空を舞いながら真っ直ぐジェイクたちの元まで疾走した。

 

「グォァァアァアァァッ……!!」

「あははっ、おっきな口だね! ……んん、口がおっきいの? おっきいから口なの? んっんんん?」

 

 が、噛み砕こうと襲い掛かるファフニールをステラが両腕で押さえ込む。熱気を帯びた吐息で衣服や肌を焼かれるが、ステラは全く動じずに頭を悩ませてるだけ。

 

「貴様を灰に変えてやろう吸血鬼ッ!!」

 

 背中に乗っていたバイロンは果敢にジェイクへと斬りかかる。鎧の私まで伝わるのは熱い闘志。ジェイクの首を刎ねるには十分すぎる剣筋。何一つとしてバイロンを阻むものはいない。

 

 パァンッ──

 

 ……はずだった。

 まるで水風船が衝撃に耐えられなくなって破裂するような、そんな音が戦場に大きく響き渡っる。鎧の私も何が起きたのか理解するのに数秒は必要だった。何故ならば頑丈な鎧の私が粉々に砕け散っていたからだ。

 

「王の器って所詮はこの程度しか入らないんだ。……残念」

(バイロンが、跡形もなく……?)

 

 バイロンはそこにはいなかった。あったのは血に塗れた鉄製の歯車。よく見れば皮膚がこびりつき『y』という印が刻まれている。主を失ったファフニールも自然消滅をし、私たちは絶望の淵に立たされる。

 

(バイロンが、死んだのか?)

 

 遺言すら聞けていない。断末魔すら聞けていない。戦友の最期は実に呆気なく、実に儚い終わり方だった。この終焉は鎧の自分だけではなく鎧としての誇りすらも粉々にし、私はただの残骸となったのだ。   

 

「ち、父上ぇえぇーーッ!!」

 

 哀しみと怒りに満ちた叫び声。

 声の主はTio(ティオ) Arnet(アーネット)王子。目の前で父親を容易く殺され、目を見開きながらジェイクとステラの元まで駆け抜けてくる。

 

「よくも、よくも父上をッ!!」

「よくもって言われても。これは争う為の戦争でこっちからの和平交渉を拒んだのは君の父親。仕方ないと思うけど。……割とマジで」

「ふ、ふざけッ──」

「ねぇねぇねぇ、よくもってなに? 空の雲? 虫の蜘蛛? どぉおぉーーっちだッ!」

「ぐぎあッ!?!」

 

 怒りを露わにするティオをステラは頭突きで突き飛ばす。その威力は凄まじく砂煙を上げて地表を転がり続け、若き王となるはずの首が百八十度捻じ曲がった。

 

「えっ、もう殺したの?」

「あははっ、だいじょぶだいじょぶ生きてる生きてる! もしもーし、もしもーし! あれ、もしもしって呼ぶときに使うの? 呼ばれたときに使うの? んっんん?」

「だいぶ死んでるけど。……全然動かないし」

 

 ティオの死体を大きく揺さぶりながら耳元で呼びかけるステラ。私は心のどこかで期待をしていた。父親の仇を討つために息子のティオが成長してくれるだろうと。しかしティオですら呆気なく命を落としてしまったのだ。

 やるせない気持ちと共に吸血鬼の精鋭となる原罪がこれほどまでに凶悪な存在なのだと私は初めて思い知らされ、

 

「ま、いっか。王様の国を早く攻め落とそう」

 

 その日、帝国グラナートは吸血鬼との戦争に敗北した。ただの残骸となった私は帝国グラナートに留まらず、大陸エーデルシュタインが吸血鬼の領土に変わっていく光景を眺めることしかできない。

 

(王が命を落としたのは……私が、私が守護という使命を果たせなかったからか? 弱さが故に使命を果たせなかったのか? ならば私は──罪人なのか?)

 

 孤独となった私は酷く自分自身を責めた。

 守護できぬ鎧に何の価値があるのか。預けられた命を散らしてしまい戦友と呼ぶ資格などあるのか。これは俗に言う──罪と呼ばれるものではないかと。

 

「……帝国グラナート。吸血鬼との戦いに敗れてしまったのね」

(この女は吸血鬼……?)

 

 自己嫌悪を抱いて数ヵ月が経過した頃合い。荒れ果てた戦場に訪れたのはローブを纏った青髪の女性。紅い瞳はあの原罪と同じ色と瞳孔。すぐに吸血鬼だと悟った。

 

「そうよ、私は吸血鬼。哀しんでいるのはあなただったのね」

(私の声が聞こえるのか?)

「ええ、聞こえるわ」

 

 私は心底驚く。この吸血鬼はしっかりと私を見ながら語りかけてきたのだ。今まで一度として言葉が通じる者はいなかった為、しばし唖然としてしまう。 

 

「私はバートリ卿。あなたに力を貸してあげられるわ」

(力を貸すだと……?)

「大切な人たちを失った哀しみ。その哀しみに辿り着く前にある障害。取り除くのを手伝ってあげるわ」

(何をしようと……)

 

 バートリ卿と名乗った吸血鬼の頬に伝わる血の涙。その一滴が鎧の残骸となった私に垂れ落ちた。

 

(ぐッ、ぬぉおぉおおぉッ!?!)

 

 瞬間、鎧の私に駆け巡る灼熱。

 融けてしまうのではないかと錯覚するほどの熱に苦しみ悶えていれば、

 

「──何だ、この身体は?」

 

 鎧の私がなぜかその場に自立をしていた。

 砕け散った鎧は何事もなかったかのように修理され、更には二メートルを優には超える巨体となっていたのだ。先程までバートリ卿を見上げる視点だったが今では見下ろす視点に変わっている。

 

「さぁ、あなたの戦友が守っていた帝国グラナートを取り返すのよ」

「取り返す? 私がバイロンの国をか?」

「ええ、私たちも手伝うわ」

 

 バートリ卿の元に集うのは竜のような存在。

 獄炎を纏った三つ首の怪物、眼球のない少女、烏賊(イカ)のような触手を持つ女性、獅子の顔を持つ人型、八つ首を持つ巨大な怪物。

 

「……承知した」

 

 無力な鎧。

 その汚名を返上する為に私は銀の大剣を握りしめ帝国グラナートへ攻め入った。剣技や武術に抜かりはない。何故ならば戦友バイロンの勇敢な姿を間近で見てきたからだ。

 

「な、なんだテメェはッ……ギャァアァアァッ!?!」

「鎧としての罪を──貴様らの血で償わせてもらおう」

 

 帝国グラナートに蔓延る吸血鬼を私は次々と始末した。杭がなくとも銀の大剣を一度振り抜けば吸血鬼は灰へと変わる。バートリ卿から与えられた力なのだろう。

 

「……」

「王妃Fulvia(フルヴィア)……」

 

 吸血鬼を一匹残らず始末した後、私が最初に向かったのは戦友の愛していた王妃の部屋。しかし辿り着いた頃には安らかな眠りについていた。外傷はないことから『ミランダ症候群』による老衰なのだと悟り、その遺体を抱えてバートリ卿の元まで戻る。

 

「頼みがある。バートリ卿よ」

「ええ、何かしら?」

「王や王妃、王子の遺体を……綺麗なまま残したいのだ」

「……分かったわ」

 

 跡形もなく破裂したバイロン王の死体。首が捻じ曲がったティオ王子の死体。そして酷く老い耄れたフルヴィア王妃の遺体。バートリ卿は不可思議な力で綺麗な状態へと復元をしてくれた。

 

「あなたは……彼らの棺を背負って生きていくの?」

「そうだ。私の罪は未だ消えていない。この者たちの棺は守護という使命を果たせなかった……私への十字架だ」

 

 棺の中へ灰へと変えた吸血鬼の紅銀石を添え、私は三人の棺を腰へと結びつけ、生きていくことを誓う。

 

「おーい、バトちゃん! グラナートの吸血鬼は粗方片付けたぞー!」

「ありがとうマヒロ。あなたのおかげでまた哀しむ人間が減ったわ」

「まぁまぁ任せとけって! この嘉月(カゲツ)真尋(マヒロ)様にな!」

「ふふっ、頼りになるわね」

 

 嘉月(カゲツ)真尋(マヒロ)という男。

 見ているとどこか羞恥を覚えるほど陽気で世間知らずな雰囲気を持つ人間。ぎこちない走り方で駆け寄ってくると私を見上げてきた。

 

「そんで……その鎧が新しい仲間になるのか?」

「ええ、そうよ。名前はもう考えてあるの。彼は『カチカチくん』──」

「ああーっと、俺が名前つけるよ! えーっと鎧だから、鎧の怪物ってなんかいたっけ? ……あっ、Geryon(ゲリュオン)って名前はどうだバトちゃん!」

「ふふっ、頑丈そうな名前ね。でも『カチカチくん』の方が愛嬌もあるし──」

「ゲリュオンだ! 今日からお前はゲリュオンって名前だからな!」

 

 私はその男からゲリュオンと名付けられ、バートリ嬢と共に道を歩むこととなる。二人の会話を聞きながら私は自身の腰に結び付けた鎖と三つの棺を交互に見た。そしてかつてバイロンが口にしていた言葉を思い出す。

 

(『罪に非はなく罪人に非がある』か)

 

 問おう王よ。

 十字架を背負い、道を歩まんとする鎧は──

 

「というわけでよろしくなゲリュオン!」

「ああ、よろしく頼む。マヒロ殿」 

 

 ──いつか罪人となれるのだろうか。

 

 

 

 Recollection : Geryon_END

 

 

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