10:1『教皇の刺客』◎
アレクシアの無罪を勝ち取る為にレジスタンスを結成した翌日の朝方。ロストベアへ調査に向かう役目を受けた俺たちは集合する時刻を決めて、シメナ行きの馬車の前に集まっていたのだが、
「お前さん、サラが遅れている理由を知らないか?」
「うん、知ってるよ」
「理由は?」
「寝坊だと思う」
「それは……少しだりぃな」
サラが約束の時刻になっても集まらない。
クリスとクライドのやり取りを聞いたクレアは苦笑いをし、俺は呆れて何も言えずため息だけをついた。こんな大事な時に寝坊をするなんて気を抜きすぎている。
「ふぁあ~、なんでこんなに朝早く集まるのよ。まだ眠いのに……」
しばらくすると欠伸をしながらのんびりと顔を出すサラ。しかも片手にはなぜか白い枕。俺たちは顔を見合わせてから何とも言えぬ顔でサラを見つめた。
「……何よ、その顔?」
サラは頭上に疑問符が浮かんでいそうな表情を浮かべる。そんなサラの前にクライドが歩み寄り何度か軽く咳ばらいをして、
「サラ・トレヴァー、十二分の遅刻だ。寝癖が跳ねているという過程から何の準備もせずに急いで家を出てきたのだと結論付けよう」
「なっ……!?」
セバスの声を完璧に模倣してサラに声をかけた。サラは驚きつつも露骨に嫌な顔を浮かべていたがクリスは感心するように「おぉ」と頷く。
「お前さん、本当に声真似が上手いんだな」
「うん、トレヴァーさんはいつも遅刻するからね。アーヴィンさんに怒られるところを何度も見てき──」
「あー、分かった分かったわよ! 遅刻してきた私が悪かったわ! これでいいでしょ!?」
「何でお前が逆ギレしてるんだ……?」
サラはクライドにからかわれるとバツが悪そうに馬車へ逃げ込む。俺たちはやっと出発できると後に続いて馬車へ乗り込んだ。
「んじゃ、出発するぜ~」
御者の掛け声と共に動き出す馬車。
馬車内部の隅に置かれているのは布がかけられた積み荷。奥にサラとクレア、中央にクライドとクリスが対面で向かい合い、俺が一番出口に近い位置に座って一時間か二時間ほどの道中が始まる。
「ねぇサラ、どうして枕を持ってきたの?」
「これがないと眠れないからよ」
「お前さん、ロストベアで熟睡するつもりなのか」
「そうだけど? 何か問題でもあるのかしら?」
愛用の枕を持ってきたサラ。
その至って真面目な顔にクリスは苦笑交じりに「いいや」と返答をする。俺たちが向かう先はロストベア。過去にアレクシアと逃亡した時、リンカーネーションの制服を着ていると不都合が多いことが分かった。
だからこそ皆で私服を着て一般人に成りすますという方向性の元、ロストベアへ向かうことにしたのだ。
「それに変わってるのは私だけじゃないでしょ。クライドだって変な人形を持ってきてるじゃない」
「うん? 彼は人形じゃなくて『ナナシさん』だよ? 友達と言えば伝わるかな」
「あなた、人形を友達って呼んでるの?」
「そうだよ。トレヴァーさん、僕おかしいかな?」
「……そんなことないわ。交友関係が広くて羨ましい限りよ」
「うん、嘘はついちゃダメだと思う」
のっぺらぼうで衣服を着ていない人形。
見た目を簡潔に述べるなら小型のマネキン。サラの視線を逸らしながら吐いた見え見えの嘘。当然クライドが気が付かないはずもなく、淡々といつものように指摘をする。
「カイト、本当に家へ帰らなくて良かったのか? アレクシアが罪人になってお前さんも死んだことになっている。きっと家族も心配しているはずだ」
「正直、俺も顔を見せるべきか悩んだよ。でも今の俺は厄介ごとに首を突っ込んでる状態だろ? 大切な家族をこの件に巻き込みたくなくてさ……」
俺は一度もシーラさんやウェンディの前に姿を見せていない。そのワケは巻き込みたくなかったから。特に懸念しているのは『吸血鬼の容疑をかけられたアレクシアの家族』という肩書と『謀反を起こそうとしている俺の家族』という肩書を背負うことになるという点。
悪目立ちし兼ねない状況で神命裁判に巻き込んでしまえば、シーラさんやウェンディが周りから白い目で見られてしまう。
「うん、嘘はついていないみたいだね」
「あなた、お友達の『ナナシさん』に言われことない? 少しは空気を読めって」
「うん? トレヴァーさん、『ナナシさん』は人形だから喋らないよ?」
「決めたわ。こいつ、馬車から引きずり下ろしましょ」
「お、落ち着いてサラ!」
青筋を立てながらクライドに掴みかかろうとするサラ。それを急いで止めようとするクレア。俺とクリスは顔を見合わせて少々不安を募らせた表情を浮かべる。
「お客さん方、ちっとは静かにしてほしいもんだね」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「……ちょいと聞くのは野暮な質問かもしれねぇが、お客さん方はシメナ観光でもしに行くのかい?」
「えーっと……は、はい、そんなところです」
フードを深く被った御者の問い。クレアがこっちに目配せをしてきたため、俺たちは軽く頷いて誤魔化そうという意図を伝えた。
「いいねぇ。若いうちに遊んどくのは大正解だ。おじさんになっちまうと遠出も一苦労になっちまうからな」
「うん、おじさんも若い頃は遊んでたの?」
「そりゃもう遊び放題よ。女遊びにギャンブルに葡萄酒に葉巻が定番だったさ」
「そーなんだ──
クライドが御者に言い放った『十戒の人』という言葉。その一言で俺たちは一斉にクライドへと視線を注目させる。
「お前さん、今『十戒の人』って言ったのか?」
「うん、言ったよ?」
「十戒って……。こんなところにいるはずないでしょ?」
「だって本当だから」
フードを被った御者は口を閉ざして何も喋らない。クライドは平然とした顔で根拠をつらつらとこう語り始めた。
「バートリさんも分からなかったけど……十戒の人も嘘ついてるか分からなくてね。馬車のおじさんも嘘ついてるか分からないんだ」
「お前さん、その勘は当たる方か?」
「うん、よく当たるよ」
十戒だと指摘された御者。少しの間だけ俯いた後、大きなため息をついてから被っていたフードを外してこちらへ顔を向ける。
「ちょっくら様子を見ようとしたが……。まさかこんなに早くバレちまうとはな」
「この人は確か……実習訓練で取り調べをしていた」
俺の視界に映るのは整えられた髭と小麦色の髪。
若いとは言えない顔つきに衣服から漂ってくる葉巻の臭い。実習訓練の件で取り調べをされたときに顔を合わせた十戒──二ノ戒パーシー・プレンダー。
「どういうつもりかしら? まさか十戒から転職でもしたの?」
「おー、そんな怖い顔すんなよ嬢ちゃん。可愛い顔で台無しだぜ」
「は、はぁ!? だ、誰が可愛い顔よ!?」
からかわれたサラが頬を赤くして立ち上がる。パーシーは慣れたように葉巻へ火をつけてから口に咥えると一服をしながら臭う煙を吐いた。
「おじさんはな、嬢ちゃんたちに気を引き締めて貰う為に顔を出したのよ」
「気を引き締めるだって?」
「そうだぜ坊主。ちょっくら布がかけられた荷物を確認してみな」
クリスはパーシーに促されるまま乗車した時から置いてあった積み荷へ歩み寄る。そしてかかっていた白い布を捲ってみれば、
「……っ! こいつらは、誰だ?」
男三人が縄で手足を拘束され、目元と口元を布で隠され、気を失ったまま積み荷として転がっていた。クリスはやや驚いた後にパーシーさんへ視線を移す。
「オルフェンお爺ちゃんのこわーい刺客だとよ」
「刺客ですって? どうしてそんなのを私たちに送って──」
「うん、僕たちを殺そうとしていたみたい」
殺そうとしていた。
クライドの相も変わらず腑抜けた声色でそう告げられ、先ほどまで和やかだった空気が一瞬にして凍り付いた。
「嘘だろ? 俺たちを殺そうとしていたのか……?」
「そういうこと。神命裁判に十二人の証人が必要ってことは、十二人のうち一人でも欠けちまえば神命裁判は成立しない。……おじさんの言いたいこと、分かってくれた?」
「でもそんなの卑怯じゃ……」
「嬢ちゃんたち、大人ってもんは汚い手しかつかわないぜ。正々堂々ってのは子供のおとぎ話に過ぎねぇのさ」
神命裁判を提案してきたオルフェン。どうして俺にチャンスを与えてきたのか。最初は民衆を落ち着かせるためかと納得をしたが、その答えは裁判へ誠実にならずとも勝機が見えたから。裁判を迎える前に──俺たちを殺せばいいのだと。
「じゃあパーシーさんは……俺たちを助けてくれたんですか?」
「そうそう。嫌な予感がして馬車の中を探したのよ。そしたらおじさんの予想が見事的中したってわけ」
俺は思わず唇を噛みしめる。
アレクシアがいれば刺客を警戒していたしそのやり口にも気が付いていたはずだと。俺は自分の浅はかだった思考に悔しさと怒りを覚えてしまう。
「待ちなさいよ! それじゃあグローリアに待機してるセバスたちも危ないんじゃ……!」
「心配すんなよ嬢ちゃん。おじさんたちに任せておけば万事解決だぜ」
少しだけ焦っているサラを落ち着かせるパーシーさん。今の言葉の意図を汲み取れば他の十戒も人知れず手を貸そうとしているらしい。俺は引っ掛かる点があり、険しい顔でパーシーさんの方を見る。
「……エリザさんが言っていました。リンカーネーションは俺たちに手を貸すことはできないって。こんなことをしても大丈夫なんですか?」
「んー……そりゃあリンカーネーションだったらの話だ」
「それってどういう……?」
「そこの坊主はエレナ嬢ちゃんの弟で、そこの嬢ちゃんはティアちゃんの妹だろ? 更にジーノ君の弟もいるってわけで……。おじさんは嬢ちゃんたちのお姉ちゃんやお兄ちゃんに『守ってほしい』と頼まれただけなのよ」
エレナさんの弟はクリス。ジーノさんの弟はクライド。ティアさんの妹はサラ。三人の命が狙われているとなればリンカーネーションとしてではなく、家族として守り抜こうとする。多分パーシーさんはそう言いたいのだと思う。
「それにおじさんたちが手を貸したことがバレたとて……ちっとやそっとでオルフェンお爺ちゃんは口を出せねぇ。なんたって向こうは刺客なんて送ってきてんだからな」
「確かに言われてみれば……」
「とどのつまりは……おじさんたちは向こうからの妨害に対してちっとは嬢ちゃんたちに手を貸せるってわけ。オーケー?」
オルフェンが関与する妨害には手を貸せるが、関係のない情報収集や立ちはだかる壁には手を貸せない。パーシーさんの説明を聞いた俺たちは小さく頷く。
「ではクリス君、次に隣にある布を取ってみたまえ」
「……? あぁ、分かった」
もう一つの積み荷。
クリスが白い布を捲って中を確認してみるとそこに詰め込まれていたのはルクスαやディスラプターα等の武装。パーシーさんは遠くに見えてきたシメナの町並みを眺めながら葉巻の煙を口から吐いた。
「これってリンカーネーションの武装……?」
「嬢ちゃんたちにおじさんたちからのプレゼントだ。鞄に入ってるナイフより……ちっとはマシになるだろ?」
「あなた、私たちの鞄の中身をどうして知ってるのよ……」
「こう見えてもおじさんはP機関の代表だぜ? 乙女の秘密も隠し事もおじさんには分かるもんさ」
クレアとサラが武装を覗き込むと険しい顔を浮かべる。
まだ機関に所属できていない俺たちがリンカーネーションの武装を勝手に持ち出すことはできない。だからナイフとか自衛に使えそうな武器を一応持ってきていた。けど十戒の人たちが俺たちの為にA機関が開発した武装をわざわざ用意してくれたらしい。
「嬢ちゃんたち、そろそろシメナに到着だ。降りる準備をしな」
気が付けばシメナに到着し比較的人目の当たらない場所で馬車が停車する。俺たちは用意してくれた武装を装備してから馬車から降りた。
「君はカイト・キリサメくんって名前であってるか?」
「えっ? はい、そうですけど……」
「ヘレン嬢ちゃんが迷惑かけた。前に色々とあってカイトくんのような存在に執着しててな」
パーシーさんは俺に声を掛けてくるとヘレンとの一件に関して謝罪する。俺は少しだけ黙り込んだ後、ずっと気になっていたことをこう尋ねた。
「あの人は……どうして
「ちっと重い話になるんだが……。ヘレン嬢ちゃんはな、アカデミー時代に──心の支えだった親友を殺されたんだ」
「……親友を、殺された?」
俺が張り詰めた顔で眉間にしわを寄せると、パーシーさんは吸い終えた葉巻の火種を消してから地面に捨てて靴底で踏みつぶす。脳裏を過るのはアモンアノールの大聖堂でエレナさんがヘレンに放った言葉。
『いいから下ろせヘレンッ!
あの言い方からするにエレナさんも事情を知っている様子だった。俺は思わず口から「ティアナ」とぼやくとパーシーさんが少しだけ驚いた表情を見せ、青く澄んだ空を見上げる。
「
「イザード家ってことは……名家の子だったんですか?」
「ああ、ティアナ嬢ちゃんはイザード家の長女だ。しかもイザード家とは思えねぇほどに優秀だった。ヘレン嬢ちゃんにちっとは肩を並べられるぐらいにはな」
長女であり優秀であった。
俺が引っかかったのはアリスとティアナの繋がり。今までアリスからその子の名前や話を聞いたことがない。単に話していないという可能性もなくはないけど……。
「ヘレン嬢ちゃんは他人に興味もなくてな。愛想も悪くて協調性もなくて感情すら表に出さなかった。そんなヘレン嬢ちゃんを変えたのが……他でもねぇティアナ嬢ちゃんだったんだ」
「ティアナって子が、あの人を変えた……」
「けど卒業試験だったか。あの日にティアナ嬢ちゃんは殺された。同じアカデミー生徒だった──
「え? ま、待ってください! 同じアカデミー生徒だったって……その時に
聞き捨てならない情報。
ヘレンがアカデミー生徒だった時代に異世界転生者も生徒として在籍していた。俺はやや声を荒げながらパーシーさんに詰め寄ってしまう。
「そりゃわんさかいたぜ。少なくとも二十人は見かけたな」
「じゃあその人たちは今どこに──」
「ヘレン嬢ちゃんが全員殺しちまった」
「えっ?」
「卒業試験の真っ只中で
異世界転生者を皆殺しにした。
俺は何にも言葉が思い浮かばずただただその場に立ち尽くす。
「そんでヘレン嬢ちゃんの中で辿り着いた結論が──
「そうだったのか……だから俺も殺そうとして──」
そう言いかけた途端、パーシーさんは励ますように俺の背中を軽く叩いた。
「ヘレン嬢ちゃんはちっと過激だが、十戒は坊主のことを応援してるぜ」
「パーシーさん……」
「ほら、べっぴんさんを助ける為にちょっくら行ってこい」
パーシーさんに送り出されながら俺は感謝の示しとして一礼し、クリスたちと共にシメナの船着き場へと向かうことにする。
「カイト、確かあの船長を探すんだったな?」
「ああ、ジョニーさんを探して船に乗せてもらうよう頼まないと……」
キリサメたちが馬車付近から立ち去っていく。その背中をパーシーは見送ると肩を落としてから馬車の中にいる刺客の一人の拘束と白い布を取り払った。
「流石だねジーノくん。おじさんの声や仕草を完璧に真似られるなんて」
「はぁ、パーシーさん……。どうして僕にわざわざ変装をさせたんですか?」
付けていたマスクを引き剥がすとそこに立っていたのは七ノ戒ジーノ・パーキンス。拘束された刺客のフリをして身を隠していたのは本物のパーシーだった。
「おじさん、君の弟くんに心を見透かされるリスクがあったのよ。だからジーノくんに頼んだってわけ。実際、十戒って見抜かれてただろ?」
「十戒だと見抜くまでは良かったですけど……。変装を見破れないのはまだまだかと」
弟のクライドの詰めの甘さにため息をつくジーノ。そんなジーノを他所にパーシーはもぞもぞと動いて拘束をいとも簡単に解いてしまう。
「パーシーさん、キリサメ君についてですが……」
「ん? どうしたのよジーノくん?」
「前に会った時よりもだいぶ変わっています。何を考えているか判断がしづらいというか……」
「あのべっぴんさんに何か仕込まれてるんじゃねぇか?」
「いえ、そういうわけではなくて……」
パーシーの意見を否定した後、ジーノは分かりやすい例えを考え始める。そしてしばらく考えた末に口にした例えは、
「僕には彼の
キリサメの奇術である主人公補正を表す何とも言い得て妙な表現だった。