ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:2『追い風』

 

 栄光を象徴する国グローリア。

 首都アルケミスの牢獄でアレクシアは銀の拘束具で壁に打ち付けられていた。ヘレンの加護で血涙の力を封じられているため、電撃銃によって刻まれた痛々しい痕跡は残されたまま。

 

(私はどうして否定を……)

 

 彼女は未だに半信半疑だった。

 あらゆる不幸や災難は自分の甘さが原因だと思い込んでいたというのに、あの処刑台で被せられた罪を自ら否定したことに対して。すべてを呑み込んで生きてきたからこそ吐き出してしまった自分が信じられなかったのだ。

 一言で表すならば──想定外の誤作動(・・・)

 

「ほっほっ、考え事ですかな?」

 

 そんな彼女の前に姿を現すのはオルフェン。

 布マスクを付けた信者を二名ほど左右に連れてアレクシアの前まで歩み寄ってくる。相も変わらずの気味の悪い笑みは暗闇によって更に不気味さを増していた。

 

「……」

「そう睨まないでくだされ。美しい顔が台無しですぞ──」

 

 オルフェンは無言で睨みを利かせるアレクシアにしわが目立つ顔を近づける。アレクシアは目の前まで迫る顔を鼻で嘲笑った後、反吐が出ると言わんばかりにその顔面へ唾を吐いた。

 

「……ほっほっほっ、礼儀がなっていないようですなッ」

「──ッ!」

 

 珍しく苛立ちを覚えたオルフェン。

 から笑いをしつつも手に持つ金の杖でアレクシアの左頬を思い切り殴打し、右隣に立つ信者に唾を掛けられた顔を材質の良い手巾(しゅきん)で拭かせる。

 

「……前に見せた余裕はどこに消えた? まさかあの男に奪われたのか?」

「ほっほっ、何を仰りますか。あのような異世界転生者(トリックスター)に動じることなどありえませぬ。そもそも神命裁判を持ち掛けたのはこちらでしょうに。私オルフェンが無策だと思われますか?」

「今日はよく喋るな『神気取り』。やはり生き急いでいるのか──」

 

 嘲笑するように頬を緩めるアレクシア。

 オルフェンは無意識のうちにその左頬を再び金の杖で殴打する。アレクシアは血唾を床に吐き捨ててから顔を上げてオルフェンへ冷めた眼差しを送った。

 

「あなた様は実に哀れですな。神と近しい教皇の私を選ばず、無力な異世界転生者を選ぶなど……愚かな選択となるでしょうに」

「……どうだろうな」

 

 自身が選ばれなかったことに対する不満と憤怒。それらをぶつけられたアレクシアは『キリサメが無力』という意見へ疑念を抱くように淡々と返答をする。

 

「あの男は確かに無力(・・)かもしれんが無能(・・)ではない。無能ならとっくに野垂れ死んでいる」

「……」

「覚えておけ『神気取り』。あの男は貴様のすべてに破滅をもたらす異世界転生者(トリックスター)だ。最期に貴様はあの男の前で……膝を突いて命乞いをすることになるだろうな」

「苦々しい反抗心……。あなた様は余程ご自分の立場が分かっていないようですな?」

  

 オルフェンが右手を挙げて指示を出すと左右に控えている信者が懐に隠し持っていた電撃銃を取り出す。そしてアレクシアの露わになった素肌に金属の部分を接着させようとし、

 

「てめぇら──何してやがる?」

 

 右脇に立っていた信者の腕が掴まれる。

 信者を止めた人物はカミル・ブレイン。ガラの悪い目つきで睨みながら掴んだ信者の手首に力を込め、握っていた電撃銃をそのまま手放させた。

  

「おや、カミル様。何か御用でもありましたかな?」

「用もクソもねぇ。てめぇはどんな言い分でそいつを拷問してやがる?」

「ほっほっほっ、教皇の私が罪を認めさせることは私の役目でしょう」 

「俺を見くびってんのかクソジジイ。神命裁判が決まった段階で罪人に手を出すのはご法度だろうが。神命裁判の規則を知らねぇとは言わせねぇぞ」

 

 カミルが手に持っていたのは何十枚にも重ねられた書類。事細かく神命裁判について記載されており、カミルはそれらをオルフェンたちに見せつけながら圧をかけた。

 

「それとも何だ? 裁判の規則を決めた『白薔薇の使徒』に喧嘩でも売りてぇのか?」

「……ほっほっ、申し訳ありませんなカミル様。歳のせいで神命裁判の規則を忘れておりました。ご指摘いただき感謝いたしますぞ」

「チッ、裁判持ち掛けたてめぇが忘れるはずねぇだろ……」

 

 惚けるような反応を見せるオルフェン。カミルはボソッと文句を吐き捨てればオルフェンと信者は背を向けて牢獄から出ていこうとする。

 

「しかしカミル様は見かけによらず博識ですな。あの野蛮なクルースニクで育った子供とは思えぬほどに」

「ああ、てめぇよりは博識で常識もある」

「そうでしたか。その小賢しげはやはりカミル様の特権ですな」

 

 互いに言葉ぶつけ合う最中、カミルはオルフェンの背後まで近づくと手元に握られた鍵の束を奪い取った。オルフェンは何事かと足を止めて振り返る。

 

「裁判の開廷まで『神判を下す者』と『十二名の証人』は罪人との面会を禁ずる。知らねぇとは言わせねぇぞ」

「……」

「リンカーネーションが監視を代わってやるよ。安心して余生を過ごすんだなクソジジイ」

「……ほっほっほ、ではよろしく頼みますぞカミル様。その罪人に噛みつかれぬよう気を付けてくだされ」

 

 カミルによる神命裁判の規則提示。

 オルフェンは僅かに「煩わしい」と言わんばかりの真顔を見せ、すぐに張り付けた笑みへと戻すとそれだけ言い残して牢獄から信者と共に立ち去った。

 

 ガチャッ──

 

「情けのつもりか?」

 

 その後ろ姿を見届けた後、カミルは奪い取った鍵の束でアレクシアを壁に打ち付けていた銀の拘束具を解錠する。自由の身となった彼女は座り込みながら手足に染み付いた拘束具の痕を見てからカミルを見上げた。

 

「勘違いすんじゃねぇ。神判が下るまで罪人を丁重に扱うのが規則なんだよ」

「……そうか」

 

 カミルは鋭い目つきでアレクシアへ返答すると牢獄の入り口まで歩み寄る。そして鉄格子を三度ほど腰に収めた鞘で叩いてから、布にくるまれている衣服を投げ渡し、温水が入れられた大きい桶を前まで運ぶ。

 

「身体を綺麗にして着替えろ。ひでぇ臭いで吐きそうになる」

「……何故この服をお前が持っている?」

 

 その衣服はアレクシアがよく着ている黒と白のワンピース型の私服。言い方を変えれば里親のシーラと住む実家に置いてある私服だった。アレクシアの問いに対してカミルはしばし無言を貫いた後、ため息をついてその場で腕を組む。

 

「てめぇを監視する為に俺がわざわざ取りに行ってやった」

「シーラに何て言われた?」

「……『私の子供たちを信じてあげて』だとよ。てめぇには勿体ないぐらい良い母親だった」

 

 アレクシアが汚れた身体を清めている最中、カミルは彼女に背を向けて静かに俯いた。微かに聞こえてくるのは蝋燭の灯から水蒸気が漏れる音と布と肌が擦れる音。

 しかし一分、二分と経過すればするほどカミルは腕を組みながら苛立ち始め、人差し指が一定間隔でリズムを刻んでいく。

 

「……おい、まだ着替えてねぇのか?」

「ああ」

「ちんたらすんじゃねぇ。早く着替えろ」

「臭いを指摘したのはお前だろう」

「にしてもおせぇんだよ。時間をやったつもりはねぇ──」

 

 カミルがそう言いかけた途端、牢獄の入り口付近で聞こえる足音。二人はその足音に気が付くとほぼ同時に視線を牢獄の外へと向ける。

 

「カミル、彼女に吸血鬼の血が混ざっていようと性別は女の子という結果は揺らがない。急かすのは紳士としてどうかと思いますけど?」

「眼鏡か」

「その呼び方は癪に障るからやめてもらおうか。それと眼鏡は視力の補正を担う器具であり僕ではない」

 

 九ノ戒ニコラス・アーヴィン。

 赤縁の眼鏡をかけ紫色の髪を持つ男性。皮の白いグローブを付ける両手に持つのは金属のトレイ。 その上には小麦パンや鶏肉と野菜のスープなどが乗せられていた。

 

「それで……なるほど、彼女がアレクシア・バートリですか」

「紳士は女の着替えを見るんだな」

「僕からすれば彼女は美術作品と変わらない存在。鑑賞することに何か問題でもあると?」

「はっ、個性的な主張なことで」

 

 ニコラスはじっと観察しながら身体を拭いているアレクシアの隣に金属のトレイを置く。確かにその視線は彼女を人として見ておらず、一つの作品として観察しているかのよう。カミルは変わり者のニコラスを鼻で笑うと手に皮のグローブを付け直す。

 

「しかし不可解ですね。全身の肌からするに人並みに血行が良く、吸血に必要な牙も生えていない。吸血鬼と人間の間に産まれた子供と聞いていたので、何かしらの特質があるかと思いましたが……」

「……誰だお前は?」

「失礼、僕はニコラス・アーヴィン。君との繋がりで言い表すのなら……派遣任務で共に行動した『セバス・アーヴィン』の兄です」

 

 やや小生意気な問いかけにニコラスは表情一つ変えず淡々と答える。セバス・アーヴィンの兄と聞いたアレクシアは「どうりで」と納得がいくような反応を見せ、やっとのことで着替えを終わらせた。

 

「カミル、彼女の着替えは終わったみたいですが」

「チッ、やっとか」

 

 ニコラスに声をかけられるとカミルはその場で振り向き、足元に転がった銀の拘束具を蹴り飛ばしてから不機嫌な様子で壁へと背を付ける。

 

「アレクシア・バートリ、君はここに来てから何も口にしていません。餓死されては困るので食事を摂ってください」

「この食事は誰が用意した?」

「僕ではなくそこの人に聞けば望んだ答えが返ってくるかと」

「……まさかお前が作ったのか?」

 

 二人に視線を送られたカミルは鼻で笑うとアレクシアと視線を交わした。しばし見つめ合う時間が続けばカミルは静かに口を開く。

 

「『こんな奴が料理できるなんて意外だった』とでも言いてぇ顔だな」

「そう見えるか?」

「ああ、てめぇはそういう性格だろうが──」

「カミル、僕らはいがみ合う為に彼女へ会いに来たわけじゃない。本来の目的を忘れずに」

  

 ニコラスに静止されたカミルは軽く舌打ちするとバツが悪そうに右手で頭を掻きむしった。何かを言おうとしているが言葉を詰まらせている。そんな素振りをしばらくカミルが見せていると、

  

「悪かったな」 

「……? 何の話だ?」

 

 謝罪の一言を彼女へ述べた。アレクシアは心当たりのない謝罪に眉を顰めていれば、補足としてニコラスがこう説明を入れる。 

 

「僕らが謝りたいのはヘレンの件です。様々な事情があったとはいえ、結果として何の罪もない君の友人に手を出したので……ヘレンの代わりに頭を下げに来ました」

「なら答えろ。お前たちはあの女の計画を知らなかったのか?」

「はい、僕らというよりも他の十戒全員……いえ、ティア・トレヴァー以外はこの事実を認知していませんでした。まさか動きを悟られないようここまで隠密に動けるとは思いもせず……」

「そうか」

 

 アレクシアはそれだけ返答して目の前にある料理を口に運ぶ。その最中、ニコラスは何かを促すようカミルへ視線を移し、自身の白色のコートの懐へと手を入れた。

 

「踏まえて、僕らは君に聞かなければいけません」

「……今更何を聞く?」

「ここに映るものすべてについてです」

 

 取り出すのは紫色のカバーが付けられたスマホ。画面に映し出されるのは流出したアレクシアのフェイク動画。ニコラスはその場に屈むと顔の高さを合わせ、一言一句ハッキリとこう述べた。

 

「結果は変えられないものですが見方は変えられる。何があったのかを一から百まで聞かせてください」

「……長くなるぞ」

「裁判が始まるまでかかるわけじゃねぇだろ」

「ああ」

「ならてめぇの生まれから最後まで全部話せ。事情聴取のやり直しだ」

 

 カミルとニコラスの注目を浴びるアレクシア。彼女は一瞬だけ躊躇したが、意を決するように口を開くとぽつりぽつりとすべてを語り始めた。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「ジョニーさん、本当に助かりました! 出航予定じゃなかったのにわざわざ船を出してもらっちゃって……!」

「ガハハッ、気にすんなよ坊主! こっちは命救ってもらってんだ! これぐらいどうってことない!」

 

 俺たちがロストベアまで渡る方法。

 船長のジョニーさんに頼むしかないと意を決して声をかけた。巻き込むわけにもいかないので事情は隠したまま。怪しまれるだろうと覚悟していたがジョニーさんは何も聞かず快く引き受けてくれた。

 眷属スキュラと接敵した時とは違い水平線も空も澄んだ良好な船旅をし、俺たちは大陸ロストベアのクルースニクへ辿り着く。そしてジョニーさんへ感謝の言葉を告げてクルースニク協会へと向かうことにした。

 

「ふーん、シメナ海峡でそんなことがあったのね」

「ああ、ナタリアと護衛任務を任せられたかと思えば……。とんでもない怪物とやり合うことになった」

「大変だったわね。私たちも派遣任務でラミアって眷属と会って死にかけたわ。……クライド、あなたも覚えてるでしょ?」

「うん、覚えてるよ。トレヴァーさんが『あー、私はもう眠くて眠くてしょうがないの! 男ならつべこべ言わずに背負いなさいよ!』って暴れてた時だよね?」

「あんたッ……余計なことを口走るんじゃないわよッ!!」

 

 声真似をしながら逃げ回るクライドと鬼の形相で追いかけるサラ。愉快な追いかけっこをする二人を眺めながらクレアは「あはは……」と頬を引き攣る。

 

「クレア、お前さんも巻き込まれた口なのか?」

「そうだよ、魔女の馬小屋っていう教団と色々あってね。確かスフィンクスって名前の眷属と戦ったかな……?」

「そりゃ骨が折れそうだ」

「う、うん。本当に骨は折れちゃったよ……」

「いや、そういう意味じゃないんだが……。お前さん、案外天然なのか?」

 

 天然な一面を見せつつ首を傾げているクレアに今度はクリスが頬を引き攣る。そんなやり取りを交わしていれば、ものの数分で俺たちはクルースニク協会の前まで何事もなく到着した。

 

「カイト、ここが前に話していたクルースニク協会よね? 本当に大丈夫なの?」

「平気だよサラ。ここには信頼できる仲間がいるから」

「うん、嘘はついてないよ」

「……こういう時に便利よね、あなたって」 

 

 俺とクレアを先頭にクルースニク協会へと足を踏み入れる。中は前に訪れた時と変わらず壊れた長椅子や剥がれた塗装が地面に転がっていた。ただ唯一見かけない光景だったのは、

 

「やぁ、君たちがメルの話していた愉快な調査隊だね」

Prob(プローブ)さん……?」

「君たち二人は久しぶりかな? 魔女の馬小屋の件は心から感謝してるよ」

 

 鷲の呼び名を持つ情報屋のプローブさんがメルと話をしていたこと。俺たちを見るなり歓迎するかのような笑顔を見せた。しかしクライドは首を傾げつつ、

 

「うん、嘘は駄目だよお兄さん」

 

 嘘をついていると指摘を入れる。

 瞬間、プローブさんの笑顔は真顔へと変貌して隣に立っているメルを睨みつけた。

 

「……メル、あいつはパーキンス家の子だよね? 嘘発見器を用意するなんて僕は聞いてないけど?」

「クスクスッ、安心しなァ青二才。んなことあたしも聞いてねェ」

「そっか。僕はてっきり君に『嘘の情報を売り捌く詐欺師』なんて思われているのかと」

「あーあ、ショックだぜ青二才。あたしはこう見えても一途だっていうのによォ。……ほら色男ォ、あたしたちと駄弁ろうぜ」

「一途な女性は自分から一途だなんて言わないけどね……」

 

 状況が理解できない俺たちを手招きするメルとボソッと小声で苦言を呟くプローブさん。俺たちは顔を見合わせた後、二人のそばまで近づいた。

 

「メル、プローブさんと何の話を……?」

「クスクスッ、愉快な調査隊へサプライズでも用意しようと思ったのさ」

「サプライズ?」

「青二才、さっきの話をしてやんなァ」

「……分かってるよ。既に交渉は成立しているからね」

 

 サプライズと称するメル。

 けど何よりも「交渉は成立している」というプローブさんの言葉が引っかかる。俺は険しい顔でこっちを見渡すプローブさんを見上げていると、

 

「単刀直入に言うね。君たちが求めている異世界転生者(トリックスター)とその手掛かりは雪月花の領土にそびえたつ──」

 

 俺たちが求めているものを知っているかのように喋り始め、 

 

「──『(あお)(とう)』にあるかもしれない」

 

 アレクシアを救う手立てとなり得る目的地の名を言葉で示した。

 

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