「ふーん、この村が例のとち狂った村なのね」
「いや、村が狂っていたっていうより……魔女の馬小屋に狂わされた村だよ」
俺たちが足を運んだのはクルースニクから東の方角にあるメサヴィラ。過去に魔女の馬小屋に支配されていた村だ。スマホで飾られていた正門も整備されていないせいか、地面にスマホの残骸が転がっている。
不気味さを一瞬で感じ取ったサラの引き攣った顔を横目に俺は先頭を歩き、村の中へと足を踏み入れた。
「カイト、この奇妙な建物は?」
「これは魔女の馬小屋曰く……『スクランブル
「は? スクランブル交差点って何よ?」
「んー、理解するには色々と知識が必要だからあんまり深く考えない方がいいと思うぞ……?」
俺たちの前に建つのは村が東西南北で隔離する砦。サラとクリスが「スクランブル交差点とは何か」と質問をしてきたけど、理解してもらうには信号機や歩道の説明が必要になる。俺はそれとなく考えない方がいいと返答をし、スクランブル交差点を通り抜けた。
そして一時間ほど前に情報屋のプローブさんから教えてもらったあの話を思い出す。
『青の塔? プローブさん、それって……?』
『クスクスッ、ちゃんと説明してやんなァ青二才。あんたの巧みなトークでなァ」
クルースニク協会で告げられた手掛かりの一つ『青の塔』。プローブさんは営業スマイルに相応しい顔で俺たちに青の塔についてこう教えてくれた。
『君たちのおかげで魔女の馬小屋が壊滅しただろう? その後、メサヴィラに多くの盗人が訪れてね。僕に色んな情報を売りに来たんだけど……その中に奇妙な情報があった』
『奇妙な情報、ですか?』
『この手記に書かれていたんだ。持ち主は──教祖の魔女』
魔女が残した手記。
俺は咄嗟にメルへと視線を向けてしまった。何故なら魔女はメルの実の母親。俺がどう言葉を返そうか迷っているとメルがプローブから手記を取り上げ、俺の胸元へ押し付けてくる。
『ほらよ色男、中身に目を通してみなァ』
『けどメル、これはお前の……』
『こいつァ
この手記は魔女のものであって母親のものではない。俺は遠回しにそう伝えられたような気がし、小さく頷いてから手記を受け取ると中身に目を通してみる。そこには魔女の馬小屋の活動記録や俺の知らない異世界転生者の名前が記録として残されていた。
どのページでも垣間見えるのは狂った信仰心。異世界転生者を信者の手で殺させることを『あるべき犠牲』と称し、異世界転生者を信者に喰らわせることを『救い』だと称する。俺は嫌な記憶が脳裏を過ってしまい、思わず顔をしかめた。
『最後のページを見てごらん。そこに奇妙なことが書かれているから』
『……分かりました』
プローブさんに言われるがまま手記の最後のページに目を通す。俺はその内容にすべて目を通すと眉間にしわを寄せてしまう。
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魔女の馬小屋に歯向かう愚か者共がついにやってきおった。恐らくクルースニク協会の老い耄れが送ってきた刺客であろう。じゃがしかし……驚いたのはあの『生意気な青色の小娘』がいたことじゃ。
あの小娘は『
更にあやつら、あの小娘に関して何か企んでおるとぼやいておった。確か『偽ゴシップ計画』じゃったか……まぁいい、余の邪魔をするのであれば小娘もあの者共も処分するだけじゃ。小言を並べるのなら青の塔に余の神雷を下すまで。シェセプ・アンク様も許してくれるであろう。
──────────────────
『この生意気な青色の小娘って……アレクシアのことを指してるのか?』
『うん、少なからず僕はそう読み取った。今回の件を引き起こした動画を見る限り、最初から監視していないとあれは作るのは不可能さ。けどここに書かれた異世界転生者たちが監視対象としてずっと見てきたというなら……それも可能になるだろうね』
青の塔と『I4』と呼ばれる異世界転生者の集団。
異世界転生者が関係するという俺の予想はおおよそ正解だった。『偽ゴシップ計画』という名称も異世界転生者特有の言い回し。俺は読んでいた手記を閉じるとメルに返す。
『そしてここには書かれていないもう一つの情報があるんだ』
『もう一つの情報ですか?』
『そう、魔女の馬小屋の教会には──』
そこで俺は回顧するのを止め、魔女の馬小屋の大聖堂まで足を運んで周りを見渡す。過去にニーナとの攻防があったせいかステンドグラスは割れたまま。更には壁や天井のスマホはすべて床へと落ちていた。
「で、どこに青の塔まで瞬間移動できる隠し扉なんてあるのよ?」
「うーん、取り敢えず手分けして探してみよっか……」
プローブさんから貰った情報。
それは魔女の馬小屋の大聖堂に『青の塔まで続く隠し扉がある』というもの。サラとクレアが左右の壁伝いに隠し扉を探し、クリスは壊れた長椅子を退かして床を確認し始める。
「なぁお前さん、おかしいと思わなかったか?」
「何がよ?」
「廊下を歩いているとき、随分と新しい
「あの情報屋が言ってたじゃない。盗賊がよく荒しに来てるって。きっとそいつらの仕業よ」
「……そうだといいが」
サラとクリスの会話を耳にしながら俺も隠し扉を探索する。前に来た時と比べて大きく景色が変わった様子はない。唯一変わっている点はボロボロになっていることのみ。
(隠し扉……どこにあるんだ……?)
明確な位置までは流石に分からない。
俺は天井を見上げたり周囲をじっくりと見渡して思考を張り巡らせる。隠し扉で定番なのはどこかにあるスイッチを押すと出てくるパターン。
「うーん……」
「……? クライド、どうしたんだ?」
ふと顔を上げれば俺の隣で棒立ちするクライド。割れたステンドグラスを唸りながらじっと見つめていた為、どうしたのかと声をかけてみる。
「うん、あの空って不思議だなぁって」
「不思議っていうのは……?」
「空って浮かんでる雲が流れるでしょ? さっきからずっと見てるのに雲が動かなくて」
「雲が動かない……?」
俺はステンドグラスの向こう側にある空をしばらく眺めた。数分ほど眺めていたが雲は微塵も動かない。確かにおかしいと俺が険しい顔でいればクライドはふとこんなことを口走る。
「うん、まるで絵画を見てるみたい」
「絵画……」
「でもステンドグラスの裏に絵画があるのっておかしいよね。絵画じゃなくて違う場所の景色だったりして」
「──! そうか!」
クライドのその言葉を聞いた俺が思いついたように祭壇まで駆け寄れば、右手をゆっくりとステンドグラスの外へ慎重に伸ばす。
「やっぱりな……」
外へと伸ばせば伸ばすほど視界に映らなくなる右手。例えるなら水面に手を入れたような感覚に近い。
「ってことは……あの時、ニーナはこの隠し扉から飛び出してきたんだよな……?」
脳裏を過る記憶。
それはスフィンクスを倒した後、襲撃してきた原罪ニーナの姿。俺は外から飛び込んできたのだと思い込んでいたが実際はこの向こう側からワープしてきた。つまりここは通ることができるはずだ。
「お前さん、その腕は……」
「みんな、隠し扉はこの裏だったんだ。この向こう側に青の塔へ繋がる道があるはず……」
「こんなところにあったんだ……。前に来た時は全然気が付かなかった」
俺の右手が吸い込まれるように消えたことで、隠し扉を探していたクレアたちも祭壇前まで歩み寄ってきた。一度右手を引き抜いてからその場で振り返り、全員の顔を見渡す。
「……行こう、みんな」
俺がそう声をかけると真剣な眼差しをこちらに送りながら全員頷く。この隠し扉を通れば何が起こるのか分からないし、戻ってこれるかも分からない。俺たちはその覚悟のうえで慎重にステンドグラスの向こう側まで通り抜けると、
「わぁお、全然景色が違うね」
「……驚いたわね。こんなところまで繋がっていたなんて」
「お前さんたち、警戒を怠るな。ここからは接敵してもおかしくない」
殺風景な室内の景色が広がった。
家具が置かれていない小屋らしき場所。小窓から見える景色はステンドグラスの向こう側に映っていたあの景色だ。俺たちは周囲を警戒しつつも小屋の外に人がないかを観察する。
「ねぇカイトくん」
「ん? どうしたんだクレアさん?」
「あれが多分、青の塔だよね」
西側の小窓から外の様子を観察していたクレア。俺たちはクレアの周囲に集まって、西側の小窓から外を覗いてみる。
俺たちの視界に映るのは雲を突き抜けて空高く構えた青色の塔。外見を例えるならネットで見かける『ピサの斜塔』だ。細かく説明するならその『ピサの斜塔』により高さを付けて傾きを修正した外見。
「……私の気のせいかしら。あの塔、雲の上まで飛びぬけてない?」
「うん、天国まで続いてるかも」
「行くなら
「良かったじゃない。徳を積む理由がなくなって」
「だりぃから元々積んでいないぞ」
よく分からない会話をする三人に苦笑するクレア。思い返すと異世界特有の変な会話がたまにある。言語というか異世界という文化が理由なのだろうか。俺がそんな下らないことを考えていると、
「あはは、もしかしてあれを登らないといけなかったりして──」
そんな不意な一言にクリスたちが一斉にクレアへ顔を向ける。その顔から汲み取れる感情は「嘘だろ」と言いたげな驚きに満ちたものだった。
「だりぃなそれは」
「そうね。くそ怠いわ」
「『そうね。くそ怠いわ』」
「ちょっと!? 私の真似すんじゃないわよ!?」
「わぁーお!」
逃げ回るクライドと鬼の形相で追いかけるサラ。クリスは覚悟を決めたように大きなため息をつき、後ろの腰に携えたディスラプターαを二丁抜いて小屋の出口まで歩く。
「はぁ、信じられんほどだりぃが……裁判が始まる前に登り切るしかないな」
「うん、そうだね。アレクシアを助けられるかどうかは……私たちに掛かってるんだもん」
立ちはだかるように高く高くそびえたつ青の塔。辺りを見渡しつつ塔の入り口らしき箇所まで近づいていくが誰一人として気配はない。警戒したところで薄暗い森に囲まれる景色と塔の後方から潮風の匂いが漂うだけだった。
「ねぇあまりにも無防備すぎない? ここの連中は敵が来ることを想定しないのかしら?」
「……お前さん、こうは考えられないか? 無防備なのは俺たちの方だって」
「どういう意味よそれ?」
「既に『I4』っていうのが俺たちが来ることを知っていて……敢えて塔へ迎え入れようとしているって意味だ。アレクシアを監視していたのならそれぐらいの技量はあるはずだからな」
「俺もそう思うよクリス。オルフェンが刺客を送ってきたなら俺たちの情報を相手に流した可能性が高い」
俺はクリスの意見に同感した。
偶然警備が甘かったなんてことこの世界ではあり得ない。大体こういうケースの場合は既に敵に把握されていて、迎え撃とうと塔の内部で何かが待ち受けているはずだ。
(『I4』は確実に
魔女と同様に吸血鬼の味方をする
(シエスタ、聞こえるか?)
『おうおう、なんじゃてめー! あちきをどれーみたいにこき使うつもりかいな!? ゆ、許せねー! ボイコットじゃけんボイコット!』
(補正値を能力補正と好運補正に五十パーセントずつ割り振ってくれ)
『うい』
外見補正と成長補正は現状必要ない。生存補正はクリスたちを巻き込む可能性があるから補正値を振り分けるわけにはいかない。となればアルゴスを倒した時に救われた好運補正と身体能力を上げる能力補正に振り分けることが妥当だ。
「ん? 今、誰かに見られて……?」
能力補正に補正値を振り分けた途端、どこからか視線を感じて振り返る。無意識のうちに視線は魔女の馬小屋に繋がった小屋へと向けられた。
「……? カイトくん、どうしたの? もしかして体調が悪い?」
「あ、ああいや、何でもない」
しばらく小屋を見つめているとクレアが心配しながら声を掛けてくる。俺は軽く笑って見せ大丈夫だとアピールをし、
「よし、中に入るぞ」
希望と危険が混在する青の塔へ仲間と共に足を踏み入れることにした。
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「……行きましたね」
「うむ、そうだな」
キリサメたちが青の塔へ消えていく後姿を眺める二人──十戒のティア・トレヴァーとエレナ・オリヴァー。小屋の陰に身を潜めていた彼女たちは小屋の入り口まで姿を見せると、ティアがエレナへ視線を移す。
「エレナ、貴方は痕跡を残しすぎでは? 優秀な弟に弾痕を気付かれていましたよ」
「だが血痕は残しておらんぞ。それよりも狐殿、貴殿の妹君は何一つ気付いていないようでしたが?」
「それは私の立ち回りが達者だからです」
「ふんっ、達者なのはその口だろう」
小屋の陰に倒れるのはオルフェンの刺客たち。そのどれもがピクリとも動かず心臓の鼓動を止めていた。
「しかし教皇殿も慈悲のないお方だ。戦場も知らん少年少女を排除しようとするとはな」
「ですがこうなることは予期していました。抜かりはありません」
「ではティア殿、例の準備の方はどうなのかね?」
「ニコラスに託しました。賢明な彼なら上手くやってくれるでしょう」
「……ニコラス殿にか。よく引き受けてくれたものだ」
不信感に満ちているエレナ。青の塔を見上げているティアの横顔を見つめつつエレナも青の塔を見上げた。
「もしニコラス殿の考えが変わったらどうするつもりだね? ……『アレクシア殿をリンカーネーションの為に処刑する』という考えに戻る可能性は否めん」
「その時はその時です」
「はぁ、どうなっても知らんぞ」
計画性があるのかないのか。
不安だけが募る雑な返答に呆れてしまうエレナ。しかし彼女の口から出た不安な溜息は潮風に吹かれかき消されてしまった。