「これはだりぃことになったな」
周囲を取り囲むのは静止した無数のマネキン。天井に付いた青色の灯りに照らされる不気味な様子を五人で背中を合わせて死角ができないよう警戒する。
「くそっ、どうすればいいんだ……?」
「『えれべーたー』って場所まで一気に走るのはだめかな? そんなに距離は遠くないよ」
「けどこの中に例の本物が紛れてるんでしょ。迂闊に動ける状況じゃないわ」
「同感だがこのまま睨み合いするのも勘弁願いたい。今の俺たちにできることは……」
クリスはサラの意見に賛成すると二丁の銃をエレベーターのある方角へ向けた。そのまま引き金を引き銃声と共に撃ち出される弾丸。その弾丸は二体のマネキンの頭部へと直撃し、
「本物をあぶりだすことだ」
プラスチックの頭部が粉々に砕け散った。頭部を失った二体のマネキンは重苦しい音を立ててその場に倒れる。青色の光に照らされた中身は何も詰まっていない。空洞だけが広がっている。
「上の階に向かうエレベーターまでこうやって俺が道を切り開く。お前さんたちは後方を警戒してくれ」
「うん、分かった……」
エレベーターに続く道に並んでいるマネキン。本物が紛れていないかを確認する為にクリスがマネキンへ一発ずつ弾丸を撃ち込み、少しずつエレベーターまで歩を進めた。
「ああ、どこもかしこも青すぎて目がおかしくなりそうだわ」
「ここは青の塔だからな」
「うるさいわね……っていうか、そろそろ声真似するのやめなさいよ」
張り詰めた声で不満を漏らすサラに対して未だアレクシアの声真似で返答するクライド。二人の囁き声に耳を傾けながら俺はルクスαを構え、東西に並んでいるマネキンを注意深く観察する。
(マネキンに紛れて化け物がいるって書かれていたけど……。見分ける方法はないのか?)
どのマネキンも同じ大きさでどこにでもあるようなポーズを取っている。しかもこの青色の光に包まれた空間では色の違いも分からない。一体、二体、三体とどれだけ観察をしても現状では全く判別がつかなかった。
「後少しで着く。最後まで気を抜くなよ」
「このまま何も起きなかったらいいんだけど……」
「あなた、不吉なこと言わないでくれる?」
「えっ? ご、ごめん……!」
エレベーターまで残り一メートルを切れば、クレアが無意識のうちにフラグを立てサラはその発言に苦言を漏らす。本当に何も起きないのか。俺はエレベーター近くに立つ『左手の親指を立てるマネキン』へ視線をふと向ける。
「……あれ?」
込み上げる違和感。
そのマネキンはどこかおかしい。でもどこがおかしいのかが分からない。しばらく観察した俺は違和感を覚えた個所が『マネキンの左手』だと気が付く。
「待ってくれ」
「……? どうしたんだカイト?」
違和感を覚えたマネキンの位置は進行通路を塞いでいない。このまま進めばクリスは狙いを定めないだろう。そう考えた俺は進む前に全員をその場に呼び止めた。
「あそこに親指を立てたマネキンがあるだろ? なんかさ、おかしくないか?」
「おかしいってどこがよ?」
「いや、そこまではまだ分かんないんだけど……。左手の部分がおかしいような……」
違和感を覚えるマネキンの左手。
俺は試しにマネキンと同じ『左手で親指を立てる』ハンドサインを作ってみる。そして自分の左手と見比べた後、違和感の正体に気が付き思わず顔を青ざめた。
「カイトくん、どうしたの?」
「まさか気のせいだとか言わないわよね──」
「なぁ、あのマネキンさ」
俺のハンドサインとマネキンのハンドサイン。サラの言葉を遮りながら見比べてもらうよう全員の顔を見渡し、
「両腕とも──右手になっていないか?」
覚えた違和感の正体をゆっくりとそう述べた。
マネキンは身体の正面は俺たちの進行通路へ、手前には右手、奥側には左手がある横向きの状態。その向きを踏まえて左手の親指サインをよく見るとこちらに手の甲が向いていた。
つまりあのマネキンは──左腕に右腕が付いている。
カタッ──
「「「……っ!」」」
気が付いた途端、そのマネキンが微かに動く。クリスは二丁拳銃の銃口を向け、サラは抜刀の構えを取った。
カタカタッ──
右手と頭を小刻みに震わせるマネキン。いつでも発砲できるよう引き金に指をかけるクリスも、ルクスαの鞘に手を据えたサラも、表情を強張らせる俺も……その場にいる全員が息を呑んだ。
カタッ──カタッカタッ──
マネキンの頭部が曲がってはいけない角度でゆっくり回転しこちらを睨み、親指を立てた右手も少しずつ上下回転をし『親指を上に向けたサイン』から『親指を下に向けた死のサイン』へ意味と向きを変え、
「カタカタカタカタカタカタ……ッ!!」
「来るぞ!」
上体を後方に反らせ背中を地面につけないような体勢になると不規則な動きで俺たちの方へ向かってきた。クリスが狙いを定めて何度か発砲を繰り返すが、床に張り付いた両腕と両脚はあらぬ角度に折り曲げながら弾丸をすべて弾き飛ばす。
「カタカタカタッ」
「ほんとロクなことが起きないわねッ……!」
マネキンがゼロ距離まで迫った瞬間、サラは頭部に向かって目にも留まらぬ速さで抜刀をしたのだが、
「カタカタッ……!!」
「うそ、避けられたっ……!?」
マネキンはそれよりも早く飛び上がると天井に張り付き、ルクスαによる抜刀を器用に回避する。抜刀の反動で隙が生じたことによりマネキンはサラに向かって勢いよく天井から飛び降りてきた。
「ガタガタッ──」
「退いてサラ!」
すかさず繰り出されるクレアの飛び回し蹴り。プラスチックの身体へ蹴りが打ち込まれたことで、サラの頭上まで迫っていたマネキンはエレベーターの鉄扉に衝突した。吹き飛ばすほどの蹴りの威力に俺とクリスはやや驚いてしまう。
「ありがとうクレア。おかげで命拾いしたわ」
「気にしないでサラ」
「お前さん、派遣任務の時にも思ったが……いざとなったらナタリア並みに頼もしいな」
「えっ? ううん、そんなことないと思うけど……」
大したことはしていない。そう言わんばかりにクレアが謙遜すると吹き飛ばされたマネキンがカタカタと音を立てながら身体を直立の体勢に切り替える。
「それにあの人形、思ったよりも軽かったよ。多分すばしっこいだけかも」
「怪力ですばしっこいか。お前さんたち、どう対処する?」
「簡単よ。一気に畳み掛けて壊せばいいわ」
俺たちの方へ再び全力疾走してくるマネキン。相も変わらず不規則な挙動。サラはそんなマネキンを見据えつつも俺たちの前へと出る。
「カタカタカタッ!」
「私がその隙を作る。ちゃんと合わせなさいよ」
「うん、任せて……!」
クレアの返答と共にこちらまで迫りくるマネキン。サラはさっきと同じように抜刀の構えを取ると、ギリギリまで引きつけ斬り捨てようと試みるが、
「ガタッ……!!」
回避する為に天井へと一瞬で張り付く。けどサラも同じようにその場で高く跳躍すると天井へ靴底を擦り付けて、
「逃がすと思う?」
「ガタガタ……ッ!!」
ルクスαによる抜刀でマネキンの胴体を斜めに斬り裂いた。すると両脚や両腕のパーツが外れてマネキンは床へと落下してしまう。
「カタカタカタカタカタカタッ」
「お前さん、そう焦るな」
元の身体に再生しようと動き回る両腕や両脚。クリスは再生を妨害する為に構えた二丁拳銃で両腕と両脚へ発砲を繰り返し、的確に胴体から遠ざけさせる。その隙にクレアは勢いをつけて軽く飛び上がると、
「これで……ッ」
「カタッガタタッ──」
「終わりッ!!」
マネキンの頭部へとルクスαを深々と突き刺す。プラスチックの頭部には亀裂が入り、顔から後頭部にかけて鋭利な剣先が貫通した。
「ガタッ……ガタッ……」
そしてマネキンは何度も大きく痙攣するとそのうちに動かなくなる。クレアは無言で静止したマネキンを見つめた後、安堵するように一呼吸置いた。
パカッ──
「えっ……?」
瞬間、プラスチックの腹部が両扉のように開く。クレアは予想だにしない仕掛けにキョトンとした様子で立ち尽くしてしまい、
「カタッ……カタカタカタカタカタカタッ!!」
「きゃあぁああっ?!!」
「クレア!」
内部から無数の腕が伸びてきてクレアの身体を力強く掴み、中へと引きずり込もうとする。俺たちはすぐに駆け寄ると、クレアが引きずり込まれないよう身体を引っ張った。
「ほんと、何なのよこいつ……!?!」
「分からん! だがこのままだと俺たちまで巻き添えになる!」
「私のことはいいからっ……みんな、手を離してっ……!!」
「そんなことできるはずないだろっ!?」
無数の腕はとんでもない怪力で内部へと引き寄せようとするため俺たちも全力で抵抗をするが、このまま続ければクレアの肉体が壊れてしまう。その証拠にクレアは苦痛に悶えるように目を瞑り歯を食いしばっていた。
「どうすればっ……!?」
無数の腕が伸びてきた内部。
視線を下ろせば続くのは暗闇。すぐに底が見えてしまうほどの胴体の大きさのはずがまったく底が見えない。もしかしたら別の空間が続いているのか。必死になって思考を張り巡らせ、
(シエスタっ……!)
『なんじゃらほい』
(補正値の変換だっ……!!)
『オッケロケロ』
シエスタに補正値の変換を頼むと良い作戦か悪い作戦かも考えず、マネキンの腹部へ右手をかざした。
「
そして氷璃の奇術を発動させると右手から大量のスマホを腹の内部へ放出する。雪崩のように次々と暗闇へ飲み込まれていくスマホ。俺はもう一度補正値の変換を行うと、
「一か八かだッ……!」
「ガタガタガタガタガタガタッ──」
「
七瀬さんの奇術を借りて白い雷を放つ。この奇術は避雷針となるものを所持した対象へ効果を発揮し、避雷針の数に応じて威力も大きく変化する。何よりもスマホはその威力を大きく伸ばすことができる避雷針としての最適性。
「ガガッガッガガガガガガッ──」
「きゃっ……!?」
落雷と共に白い雷に包まれるマネキン。動作不良を起こした機械のように奇妙な音を立てると伸びてきた腕の力が一気に緩み、クレアは拘束から解放されサラとクリスに抱えられた。
「ガガッ……ガガガッ……」
しばらくすると奇妙な音は聞こえなくなり今度こそ微動だにしなくなる。残骸となったプラスチックの両腕や両脚は人間のものへと成り果て、周囲に溢れ出た真っ赤な血液は青色の光に照らされて紫色へと変色した。
「はぁはぁっ、ありがとうカイトくん……怪我とかは……」
「俺のことはいいよ。それよりもクレアさんの方こそ大丈夫か……?」
「うん、みんなが助けてくれたおかげで何とか……!」
俺がそう尋ねるとクレアは「平気だよ」と言わんばかりに優しく笑って見せる。何とか乗り越えられたと胸を撫で下ろし、俺は補正値の変換を解除した。
「ほんと無茶苦茶なヤツだったわね」
「ああ、だりぃことに……こいつは頑丈さを除けば子爵以上だ。別のが出てくる前に早いとこ上の階に行くぞ」
俺たちは早足でエレベーターの前に向かう。そこで俺は壁に付いていたエレベーターの呼び出しボタンを押すと、ランプが点灯して二階から一階までエレベーターが降下し始めた。
「……待ち時間に湧いて出てきそうじゃないか」
「ねぇ、そういう不吉なこと言わないでくれる──」
「「「カタカタカタカタッ」」」
エレベーターの起動音と共にあらゆる箇所からマネキンのプラスチック音が響き渡る。その音は次第に俺たちの方へ近づいてくるが、エレベーターはまだ降りてこない。
「くそ、早く来てくれ!」
「ちっ、だりぃがやるしかないか……!」
「ああもう! ほんっと最悪よ今日は!」
時間を稼ぐ必要がある。各々がそう悟るとすぐに背後を振り返り、エレベーターを背に周囲を警戒した……が、クライドは無言で歩き出すとエレベーターから離れていく。
「お前さん、どこに行くつもりだ……!?」
「……ここは私が引き付ける。お前たちは先に進め」
そしてルクスαを鞘から引き抜くと変わらずアレクシアの声真似をし、クライドは囮役として名乗り出た。
「はぁ!? あなた何を言って……!」
「私一人でも勝てる」
「この数を一人で相手にして勝てるはずないでしょ!」
「本当に勝てるからそう言っている。私は嘘をつかん」
淡々とそう答えるクライド。
声を真似ているからか本心は何も分からない。本当に勝てる自信があるのか、無理をして言っているのか。俺たちは本心を探れず言葉を喉に詰まらせていると、
「上の階は頼んだぞ」
「ちょっと、待ちなさ……!」
そう言い残してクライドはエレベーターと反対側の方角へ走り去ってしまう。マネキンの音はクライドを追いかけるように次第に遠ざかった。
音がまったく聞こえなくなるとエレベーターが軽快な到着音を鳴らし、鉄の扉が左右にゆっくりと開く。
「クライドを信じて俺たちは先に進む。お前さん、それでいいな?」
「……ええ、異論はないわ」
「サラ……」
「大丈夫よ。何だかんだあいつはしぶといから」
信じることに決めたサラは微笑む。俺たちはその微笑みに頷いた後、エレベーターへ全員で乗り込むと、
「よしみんな、二階に行こう」
俺は二階のボタンを押してエレベーターの扉を閉めた。