ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:7『青の塔2階』

 

「……ここが塔の二階だな」

「はぁ、また変なところに出たわね」

 

 エレベーターは数分も経たずに二階へと到着する。慎重に降りて周囲を確認してみるとそこはディスプレイが机上に置かれた空間だった。唯一の灯りはディスプレイが放つ様々な光のみ。

 

「ここは学校の情報処理室か……?」

「情報処理室って何よ?」

「俺たちの世界には『パソコン』っていう機械があってさ。その機械が必要な座学をするときに使われる部屋が情報処理室なんだ」

 

 この空間を例えるなら学校にある情報処理室に似ている。部屋の隅と中央に配置されたキャスター付きの椅子と鉄製の安っぽい机。そこまで性能が良さそうに見えないパソコンとディスプレイ。

 大型の白いスクリーンも置かれているがプロジェクターからは白い光を発するだけで映像は何も映し出されていない。

 

「ふーん、こんなデカい板を使う座学なんてあるのね」

「お前さんの世界は変わってるな」

「俺からすればこっちの世界の方が変わってるけどな……」

 

 点灯したディスプレイに映るのは検索ページ。サラはその画面をじっと見つめながら興味深そうに観察する。

 

「また『えれべーたー』を探さないといけないんだよね?」

「そうらしいな。一応向こうに道はあるが……」

「行ってみましょ。どうせここにいても何も始まらないわ」

 

 前方と後方の右側にある手動式の引き戸。俺たちは後ろ側の引き戸に手をかけゆっくりと開く。本来ならこの先には廊下が続いているはず。

 

「……同じ部屋か?」

「うん、そうみたい」

 

 ……だったが、向こう側には全く同じ情報処理室が続いていた。机の配置も大型のスクリーン位置も何もかもが一緒。しかし唯一異なるのは左右前方と後方の両側に手動式の引き戸が付いている点だ。

 

「とりあえず右側に進んでみよう」

「了解だ。さぁお前さん、こっからは先頭を歩いてくれ」

「はいはい、分かってるわよ」

 

 俺が右側を進むことを示唆するとクリスに促されるがままサラが先頭に立つ。手に掛けるのは手前にある右側の引き戸。何が起きてもいいようにクレアとクリスが構える最中、サラはゆっくりと引き戸をスライドさせる。

 

「また同じ部屋か?」

「らしいわね。ここは迷宮みたいよ」

「カイトくん、どうする?」

「んー……行けるところまで進んでみたいけど、一度エレベーターのところまで戻ってみないか? 迷い込んだら大変だしさ」

 

 このまま進むのも無しというわけではない。ただ何となくこういう構造は一度入りこんだら出られないという印象がある。俺はそんな意見を伝えると一度来た道を引き返してみることにした。

 

「あれっ? こっちで合ってたよね……?」

「ああ、間違いなくここを通ってきたな」

「既に迷い込んだってことじゃない?」

「それはだりぃな」

 

 だがどれだけ引き返しても戻ることはできない。下の階へ降りる為のエレベーターすら見当たらなかった。

 

「なら先に進むしかないか」

「そうね」

 

 クリスとサラが踵を返して先へ進む。俺はその後ろを歩きながらあることが脳裏で引っかかって腕を組みながら小さな声で唸った。

 

「……おかしい、あのメモには上の階から逃げてきたって書いてあったはず」

 

 下の階に書き残されたメモ。

 そこには『上の階から下の階へ逃げてきた』と書かれていたはずだ。こんな迷宮なら戻ってくることはできない。そんな矛盾点に表情を険しくさせているとクレアが顔を覗き込んできた。

 

「カイトくん、怖い顔してるけど大丈夫?」

「えっ、ああ大丈夫だよ。ちょっと考え事があってさ」

「考え事?」

「ほら、下の階でメモ拾っただろ? あの持ち主は上の階から逃げてきたって書いてあったけどさ。どうやって逃げてきたんだろって」

 

 俺はクレアへ疑問に思っていたことを伝える。するとクレアも「言われてみれば」と顎に手を当てて考え込んだ。やっぱり一度この矛盾点を皆に伝えた方がいい。俺は前を歩いているクリスとサラの方へ視線を移す。

 

「クリス、サラ。二人もおかしいと思わないか──」

 

 その先を言いかけて口を止めた。

 前に二人の後ろ姿はない。視界に映るのは情報処理室の白い壁だけ。俺とクレアは周囲を見渡しながら二人の姿を探す。

 

「クリス、サラ! 聞こえたら返事をしてくれ!」

 

 どれだけ呼びかけても二人から返事はない。もしかして隠れていた化け物に襲われたのか。俺はそう考えた途端、クレアの右手を離さないよう握った。

 

「カ、カイトくん?」

「離れたらダメだ! 多分この辺りに何かがいる!」

 

 俺は天井や壁、あらゆる箇所を必死に観察する。二人が消えたのは一瞬の出来事。ほんの一瞬目を離した隙に声も物音もなく姿が消えた。

 

「とにかく先に進もう! 絶対手を離さないようにな!」

「う、うん、分かった……」

 

 緊迫した空間で俺はクレアの手を引きながら右側の引き戸を開いて先へ進む。戻れない以上、前々へ進んでいくしかないと。

 

「カ、カイトくん! どこに行っちゃったのっ!?」

「え? 俺はここに……」

 

 情報処理室と引き戸の境目。そこを踏み越えた瞬間、クレアが驚きに満ちた声色でそう叫んだ。俺はどうしたのかとその場で振り返ると、

 

「クレアさん、どこにいるんだ……?」

 

 境目の向かい側にいるはずのクレアがいない。情報処理室の景色が広がるだけ。繋いでいるクレアの手は手首だけがこちら側に来ていた。

 

「……そうか! クレアさん、そのままこっちに来てくれ!」

「えっ、でも……」

「大丈夫だ! 俺を信じてくれ!」

「わ、分かった! カイトくんを信じるよ!」

 

 俺の言葉を信じたクレアはそのまま境目を踏み越えてくる。すると情報処理室の景色からクレアの姿が少しずつ浮き出てきた。

 

「カイトくん、これってもしかして……」

「ああ、魔女の馬小屋にあった隠し扉と同じ仕組みだよ」

 

 魔女の馬小屋で見つけた隠し扉。

 引き戸と教室の境目に同じ類のものが『二重構造』で仕掛けられている。入るときと戻るときで全く違う場所へ出るようになっているのだろう。その証拠に俺とクレアは通るときに互いの姿が見えなくなった。

 

「もしかしてクリスとサラは……違う場所に飛ばされたのかな?」

「そうだと思う。二人は襲われたんじゃなくて分断されたんだ」

「でも最初は普通に通れたよね……?」

「俺たちが最初に前に進んだ時はまだ二重になってなかったんだ。けど戻った時に分断される場所まで誘導されて……」

 

 一度入ったら出られない。

 まるで虫や魚を捕獲するためのペットボトルの罠。俺はクレアの手を離さぬよう握り直すと、ディスラプターαの弾倉から弾丸を一発だけ抜いて一番近くの机の上に置いた。

 

「さっきの扉を行ったり来たりしてみよう。まずはどういう構造になってるのか調べるんだ」

「うん、分かった」

 

 今さっき通った境目をもう一度踏み越え、今度は弾丸を別の机に置く。そしてもう一度踏み越えて最初に弾丸を置いた教室に戻ってくる。

 

「やっぱりないよな。通るたびに出る場所が変わってるみたいだ」

 

 案の定、机に弾丸は置かれていない。今度は二つ目の弾丸を置いた教室へ引き返すがやはり弾丸はどこにも置かれていなかった。つまり境目は通るたびに別の教室へ飛ばしているということになる。

 

「このまま続けてみよう。机に弾を置いてパターンを調べれば出られるかもしれない」

「あっ、じゃあ私の弾を使って。撃つのってあんまり得意じゃないから」

「ありがとうクレアさん」

 

 境目を一度通るたびにクレアに渡された弾丸を机に置いての繰り返し。三回目、四回目、五回目……と続けているうちにやっとのことで、

 

「カイトくん! 私たちの目印があるよ!」

「これは、えっと……三回目に置いた弾だな」

 

 目印として置いた弾丸と出会えた。境目を越えた回数は十二回だ。ここで浮上するのは一つの仮説。俺はその仮説をクレアに顔を向けてこう説明する。

 

「多分だけどさ、教室の数はある程度限りがあるんだと思う」

「カイトくん、どうしてそう思うの?」

「もし無数にあるんだったらこんなすぐに戻ってこれないはずだろ? ……まぁ運が良かったって言ったらそこまでだけどさ」

 

 更に言えば一回目に置いた弾丸の部屋に戻ってこなかった。これは固定化(・・・)されたループではなく、違う教室へランダム(・・・・)に飛ばされたという証明に繋がる。

 

「けど、この仕組みは大して脅威じゃない」

「えっ? そうなの?」

「ああ、このまま続けていれば分かるよ」

 

 ある程度見えた打開策。

 俺とクレアは延々と弾丸を置いて目印を付けることを繰り返した。そして丁度二十六回目辺りでとある変化が起き始める。

 

「あれ、さっきからずっと目印があるような……?」

 

 幾度境目を踏み越えても教室に目印の弾丸が置かれるようになった。予想通りの結果に俺は「やっぱり」と往復するのを止める。

 

「俺たちは全部の教室に飛ばされた。だから目印が必ず置かれているんだと思う」

「えっと、それじゃあ上の階に行く『えれべーたー』はどこにあるんだろう……?」

 

 確かなのは飛ばされた教室の中にはないこと。踏まえて考えるとエレベーターがある教室へ向かう為の道。魔女の馬小屋のような隠し扉があるはずだ。

 

「もしかして、あのスクリーン……」

「カイトくん? どうしたの?」

「エレベーターの場所、分かったかもしれない。クレアさん、付いてきてくれ」

 

 目に留まったのはプロジェクターが光で照らす白いスクリーン。俺はクレアの手を引いてスクリーンの前に立ち、深呼吸をしてから左手で触れてみる。

 

「くそっ、違うのか」

 

 しかし左手に伝わるのはスクリーンの硬い感触。俺はここで足止めかとため息をついて両肩をガックシ落とす。

 

「ねぇカイトくん、あの光って何のためにあるの?」

「ん? 光って?」

「ほら、ぶら下がってる箱から出てる光のこと。白い黒板に当たってるけど……何か意味があるのかなって」

「……確かに、何の意味が──」

 

 クレアが見上げるのは天井に吊り下げられたプロジェクター。白い光が出ているだけでスクリーンには何も映し出されていない。首を傾げつつ「何の意味があるのか」と問いかけたクレア。

 俺は理由を考えた時、ふとあることに気が付く。

 

「待てよ。もしかしてあのプロジェクターは……!」

 

 クレアの手を離して教室に置かれたディスプレイ一枚一枚を確認する。その中で目に留まったのは机の位置的に先生が使用するであろうパソコン。

 

「まさか……」

 

 デスクトップにぽつんと置かれた『ESC』というフォルダ。マウスに手を置いて中身を覗いてみると画像ファイルが一枚だけ保存されていた。俺は息を呑みながらクリックをして画像ファイルを開く。

 

「カイトくん、何か映ったよ!」

 

 俺はクレアの声に反応してディスプレイからスクリーンへ視線を移す。そこに映し出されていたのは学校の廊下。画質が粗くてよく見えないがエレベーターらしきものが奥の方に見える。

 

「……ん? 何だこのファイル?」

 

 視線をディスプレイへ戻してみるとデスクトップ上の隅に『コレクション』というファイルが置かれていた。さっきまではなかったはず、と試しに中身を覗いてみる。

 

「何だこれ? 女の子の写真か?」

 

 中に詰まっていたのは女の子の写真。百枚以上もある写真の中にはこの世界に住んでいる女の子以外にも異世界転生者が写っているものもあった。奇妙なファイルに眉を顰めているとクレアは俺の隣まで近づいてくる。

 

「カイトくん、どうしたの?」

「ああいや、何でもないよ」

「ほんとに? 今、何か見ていたような……」

「気のせいじゃないか? それよりもあのスクリーンを確認してみよう」

 

 クレアに見せる意味もない。変な印象を抱かれたら困る。やましい写真を見ていた気分になった俺は咄嗟にファイルを閉じて平然を装った。そして俺は早足でスクリーンの前まで移動し、今度こそと言わんばかりに左手を突き出せば、

 

「……! やっぱり道があったのか!」

「これで上の階に」

「ああ、後はクリスとサラを見つけるだけだ」

 

 向こう側まですんなりとすり抜けた。隠し通路を見つけた俺たちは二人で顔を見合わせ、クリスとサラの行方を探そうと振り返る。

 

 ブツンッ──

 

 瞬間、電源が落ちる音と共にすべてのディスプレイにブルースクリーンが表示された。情報処理室を包み込むのは青色の不気味な光。

 

「カイトくん、先に進もう!」

「先に進むって……!? まだクリスとサラを見つけて──」

「あの二人ならきっと大丈夫! それに今先に進めるのは私たちしかいないよ!」

 

 先へ進むというクレアの提案。俺は否定しようとしたがその表情から固い意志を汲み取った俺は少し戸惑いつつ「分かった」と頷く。そして二人でスクリーンへ一斉に飛び込んだ。

 

「……ここは、学校の廊下だよな?」

 

 広がる景色は少し変わった学校の廊下。隅には消火器が置かれ、窓から外は暗闇に閉ざされて何も見えない状態。窓の反対側には教室の扉などは一切なく、ただ前方に真っ直ぐ廊下が続いているだけだった。

 

「ねぇ、あれって『えれべーたー』じゃない?」

「ああ早く行こう!」

 

 クレアが指差す先に見えるのはエレベーター。俺たちはエレベーターまで全力で駆け抜け呼び出しボタンを押すと、軽い電子音と共にエレベーターが上の階から降下し始める。

 

 ブツンッ──

 

「っ……! この音は……!」

 

 後方を振り返るとスクリーンの位置が青色の光に染まっていた。俺はエレベーターの点灯を見上げる。

 

 ブツンッ──ブツンッ──

 

「お願い、早く来て……!」

 

 電源が落ちる音と共に迫ってくる青色の光。この階に化け物がいるかどうかもハッキリとは分からない。けど青色の光に追いつかれたらマズいと本能が警鐘を鳴らしている。

 

 ブツンッブツンッブツンッ──

 

「もう、すぐそこまで来て……!」

 

 次々と廊下が青に染まっていく光景を眺めていれば、あっという間に俺たちの位置以外が青く染まってしまった……そのタイミングでエレベーターの到着音と一緒に扉が左右にゆっくりと開く。

 

「早く乗るんだ!」

「うん!」

 

 俺は急いでクレアを先に乗せる。青い光はすぐ目前で止まった。運が良かったことに感謝しつつ俺もエレベーターへ乗り込もうとしたが、

 

 ブツンッ──

 

 電源が落ちて青い光が俺を照らす。光に照らされたところで死ぬわけでもなく身体に異常もない。ただ俺もクレアも寒気がして互いにスクリーンの方へ注目してしまう。

 

「──ッ!! 退いてッ!」

「うおわっ!?!」

 

 俺の右腕を引いて互いの位置を入れ替えるクレア。それと同時にスクリーンの向こう側から目にも留まらぬ速度で触手のように蠢く黒のケーブルが伸びてきた。

 

「きゃあぁあッ……!?」

「クレアッ!!」

 

 ケーブルはクレアの全身に巻き付く。

 俺は手を伸ばしたが指先同士が擦れるだけで虚空を掴むのみ。クレアは少しずつスクリーン側へと引きずられていってしまう。

 

「待っててくれ! すぐに助け──」

「カイトくん、行ってッ!」

「けどクレアッ……!」

「お願いッ! 大切な友達を、アレクシアを助ける為に行ってッ!!」

「……っ!!」

  

 腹の底から出した叫び。俺は言葉にならず歯軋りするとエレベーターの開閉ボタンを力強く押し込み、

 

「ごめん、クレアッ……」 

 

 ゆっくりと扉を閉じる。

 クレアの顔は穏やかで心の底から「良かった」と思うような表情を浮かべていた。俺は重力に逆らい上昇していく最中、壁に向かって両手を勢いよく突く。

 

「しっかり、しっかりしろよ俺ッ……! まだ何も終わってないのに後悔するな、深く考え込むな、すぐに切り替えろッ……」

 

 最善策はあったかもしれない。

 けど考えれば考えるほどそれは所詮過去の話だ。過去は変えられないし結果は出てしまっている。今は今のことや先のことを考えなければならない。

 

「きっと大丈夫だ。俺は、俺は最上階目指すことだけ考えればいい」

 

 次の階を乗り越えれば最上階。

 俺は自分にそう言い聞かせると大きく深呼吸をし気合を入れる為に両頬を叩いた。

 

 

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