視線の先に立つテレビのプロデューサー風の男。
俺は拍手をしているその男を軽く睨みつけながら刀剣に右手を据えた。
「お前がこの塔の
「そうだとも。ここは私が管理する『テレビ塔』」
「テレビ、塔?」
「わっははは! そりゃそうかぁ、若いのは知らないだろうねぇ?」
どこかで聞いたことがあるような名称。俺が眉を顰めるとその男は大袈裟な身振り手振りで大笑いをすると、懐に仕舞っていたリモコンを取り出す。そしてスタジオのセットとして置かれていたディスプレイに向けてボタンを押した。
「テレビ塔とはすなわち電波塔。アナログテレビの時代にご家庭へ番組を届ける為に使われていたものさ」
大型のディスプレイに映るのはアナログテレビとテレビ塔と呼ばれるもの。その間には電波のアイコンが挟まれている。プロデューサー風の男は説明をしながらニタッとした笑みを俺に向けてきた。
「そうだったそうだった。自己紹介が遅れたねぇ。私は敏腕プロデューサーかつ四十パーセントを越える超人気番組『モノクロウム』の創始者……
自身を持ち上げながら名乗る
「ああ君は名乗らなくてもいいとも。霧雨海斗君だったかな? 彼女の隣を金魚のフンのように付きまとうエキストラ。ずっと見物させてもらっていたよ」
「見物だって……? まさかアレクシアのあの動画を作ったのは……」
「わははっ、その通り! 話題性のある映像は私が手掛けたものだ!」
リモコンのボタンを押すとディスプレイの画面が切り替わり、例の悪質な動画が大音量で流れる。アレクシアを悪人として見立てた虚偽だけで固められている動画。俺は嫌な顔をしていたが井上は満足げな顔をしていた。
「お前は……お前はどうしてあんな動画を作ったんだよ!?」
「広報の為さ」
「は? 広報?」
「そうだとも。広報だ広報。これがどれほど大切なものか分かっていないのかい?」
井上の心底驚いたと言わんばかりの表情。当然だが俺には広報がどういう意味なのか分からない。井上はしばし呆然とした後、呆れた様子でディスプレイの画面を次へと切り替える。
「人気番組『モノクロウム』の視聴率を上げるための、盛大な復活を遂げる為の広報だろう! 若いのは広報の大切さも分からないのか?」
映し出されたのは『モノクロウム』のロゴ。
左上には『大復活』という文字が大袈裟に強調してある。井上はゆっくりとスタジオのセットまで歩み寄ると司会席へ腰を下ろした。
「私はね、霧雨海斗君。この番組を復活させるんだよ。世間の目ばかりを気にするクソみたいな世界を捨てて、この自由に満ち溢れた過激な異世界でねぇ」
「だからってなんでアレクシアを利用するんだよ!? そんなもん自分で勝手にやればいいだろうがッ!」
「霧雨君、分かっていないようだねぇ。『モノクロウム』という番組の趣旨を」
井上がパチンッと指を鳴らすと辺りが大きく揺れ始める。天井が少しずつ上昇し、壁が四方八方に広がり、舞台に置かれていた小物がすべて地面に仕舞われていく。俺は地面に右手を突きながら周囲を見渡した。
「なんだ、これ……?」
揺れが止まれば周囲に先ほどの面影はない。東西南北には無数の観客席が配置され、顔を上げれば観客用の大型モニターが天井から吊り下げられていた。
「人気番組『モノクロウム』の醍醐味は物事に白黒つけること。白黒というのは
「は? そんな番組が盛り上がると思ってるのか?」
「わっはは、盛り上がるとも! 何故なら既に広報は済んでいるからねぇ!」
大型モニターに映し出される地図。
その地図は多分この世界の全体図だろう。目を凝らしてみればすべての大陸に点滅を繰り返す赤い丸が無数に記載されていた。
「お前、まさかっ……!!」
「そのまさかだよ霧雨君。あの動画を保存したスマートフォンをすべての大陸に散布してもらった。時間はかかったが上手くいったよぉ!」
全ての大陸に散布されたアレクシアの動画。当事者じゃないとあの動画を嘘だと判別するのは難しい。つまり全大陸でアレクシアに対して悪い印象を抱いてしまうはず。
俺は焦りと微かな怒りが込み上げて表情を強張らせ、井上を無意識のうちに睨みつける。
「わははっ、そう睨まないでくれ。彼女に執着するのは私だけじゃない」
「お前だけじゃない? 他に誰がアレクシアを……」
「ああ、まだ会っていないんだったねぇ。紹介してあげよぉう」
ボタンが押され大型のモニターが切り替わる。
映し出された景色は天井まで届く本棚が敷き詰められた大図書館。中央に立つのは黒い髪に緑ぶちの眼鏡、チェック柄のカッターシャツを着た二十代後半の男。向かい合うのは見覚えのある二人。
「クリス、サラ! 無事で良かった……!」
二階ではぐれてしまったクリスとサラ。モニターの端には三階と記されていることからクリスたちがいるのは俺がいる下の階。とにかく無事で良かったという安堵で胸を撫で下ろすと井上がニタッとした笑みを浮かべてこう紹介をする。
「彼は
「名取文庫は聞いたことあるけど、辛味シロップは知らないな」
名取文庫は数多くの有名ライトノベルを出している大手の出版社。雪兎の父親が書いていたラノベもこの出版社と契約を結んでいたはずだ。俺も少しはこの出版社の作品を追っかけていたけど『辛味シロップ』という作家の名前は聞いたことがない。
「ああそりゃそうか。彼は底辺作家だからねぇ。どれだけ書いても最低保証の二巻で打ち切り。だから彼にはもう後がなくてねぇ」
「後がないってどういう意味だよ……?」
井上はモニターに映る今井を底辺作家だと小馬鹿にしつつ嘲笑う。
最低保証の二巻。これは噂で聞いたことがあった。どれだけ売り上げで低迷しても最低で二巻は出版する決まりがあるだとか。けど後がないという言葉の意味は理解できず俺は首を傾げる。
「霧雨君は『スリーアウト制』というのを知っているかなぁ?」
「スリーアウト制?」
「出版社の裏で行われている秘密の制度さ。打ち切りが三回続けばその出版社で二度と作品を出してもらえなくなる。今まさに彼はツーアウト状態」
無人の観客席から大笑いの効果音が鳴り響く。俺が「何が面白いのか」と不快感を露わにすると、井上は二本指を立てた状態から中指を曲げて人差し指一本の状態にした。
「残されたチャンスは一度だけ。崖っぷちというプレッシャーの中、筆が折れかけている心境の中、彼はこの世界で見つけたんだ……一発逆転を果たせる
「もしかしてアレクシアを主人公にしたラノベを……?」
「わはは、そうとも。確かこの異世界を舞台にし、彼女を主人公にし、吸血鬼と戦わせるダークファンタジーと言っていたかな? どうやら彼はこの企画が逆境を覆せると確信しているらしくてねぇ」
舞台と主人公とジャンル。
それらを耳にしていく度に様々な記憶が過った。アレクシアの苦悩や過去、身を削りながら眷属と死闘を繰り広げる姿。思い返せば返すほど苛立ちが込み上げてくる。
「何が、面白いんだよ? あいつは色んなものを犠牲にして戦ってきた。それをラノベにして、おとぎ話にして本にするだって? ふざけんなよッ、あいつの人生は娯楽なんかじゃ、金儲けの道具なんかじゃないッ……!」
「まあまあ、青筋を立てないでくれ。彼女の人生をラノベにしたところで売れるかも分からないじゃないか。また打ち切りになってスリーアウトになっちゃうかもしれないしねぇ」
「俺が言ってんのはそこじゃねぇよッ!」
こいつは数字だけしか見ていない。
俺の苛立ちを込めた叫びは大して届いていないのか、井上は澄ました顔で次への画面へと切り替えた。記載されたのは二階という表記と今さっき見てきた情報処理室。
「クレア……!」
そこには奇妙な生き物によって拘束されるクレアの姿。例えるならパソコンのホーム画面にある黄色のファイル。そのファイルから黒いケーブルの触手が伸び、クレアの身体に巻き付いていた。
そんなクレアをまじまじと眺めるのはパソコンの前に座った小太りの男。整えられていない太い眉毛に汚れた黒ぶち眼鏡。ツンツンとした黒い髪はやや油っ気がある。美少女キャラがプリントされた半そでのシャツはサイズが小さいのかパツパツだった。
「彼は
「変わった趣向?」
「わははっ、聞いて驚かないでくれよ。なんと彼はね……好みの女の子を集めているらしい。集めて、パソコンの中に生きたまま保存しているだとか」
「──! 生きたまま保存って、じゃああの画像って……!」
次の階へ向かう為に白いスクリーンへ画像を映し出そうとしたあの時。パソコンの中には女の子の画像が詰め込まれたファイルが無数にあった。それらがすべて生きている人間だったと発覚し、俺はハッとした顔で井上へと視線を移す。
「今捕まってるあの子もきっとコレクション入りだろうけど……河井君の本命は青髪の彼女なんだよねぇ。恋人にしたいだとか、認めてもらいたいだとか、踏まれたいとか……色々なことを言っていたような気がするよぉ」
要はアレクシアを我が物にしたいという意味だ。そんな欲望丸出しの執着心に俺が頬を引き攣ると井上はニタッと笑ってからリモコンのボタンを押す。流れからして次は一階の映像。俺はモニター見上げて待機していたが、
「おや、おやぁ? 画面がよく映らないねぇ。故障したのかなぁ?」
画面は暗転したまま何も映さない。
想定外の事態なのか井上は少々焦りつつもボタンを何度も押した。しかし暗転から切り替わる気配はないままだ。
「わははっ、まぁいいまぁいい! 一階には
「……ノーコメントだ」
ペラペラと饒舌に喋り続ける井上。俺は色々と説明をされていく中で落ち着きを取り戻し、冷静に井上の話に耳を傾けていた。
「今
「ああそうだな。『
「わっはははっ、面白い例えじゃないか霧雨君! 君を出演者に選んで正解だったよぉ!」
「は? 出演者?」
井上が指を鳴らせば何台ものカメラが天井から下がってくる。大型モニターには『モノクロウム』の番組ロゴが表示された。
「何を言っているんだい霧雨君。人気番組『モノクロウム』の初回放送は──」
『本番始まりまーす! さぁーん、にー、いーち……』
どこからともなく聞こえるのはドラマや映画が始まる前の掛け声。カメラは一斉に俺と井上の方へ向けられ、
「──今から始まるんだからねぇ」
善悪を付ける生放送が始まった。
―――――――――――――――――
グローリアの首都アルケミス。
ナタリアはアリスと共に調査している最中、とある人物を街中で見かけその居場所を駆け回って探していた。
「……ここですわ」
「はいはい、見つけましたよぉ! 見間違いじゃなかったみたいですねぇ!」
その人物とはジェイニー・アベル。
辺りの目を窺いながら人気の少ない裏路地へと入っていく。ナタリアは何をしているのか好奇心のままに後を付ける。
(おやおや、ジェイニー・アベルさんが誰かと話をしているじゃないですかぁ)
後を付けた先でジェイニーは誰かと向かい合っていた。ナタリアは誰と会話しているのかを確認する為に顔の半分だけ覗かせてみる。
「ほっほっ、よく来てくれましたなジェイニー様」
(はいはい、あれはクソ教皇ですかねぇ?)
ジェイニーが会話をしていたのは教皇オルフェン。ナタリアの脳内に浮かぶ疑問はなぜ裏でこそこそ会っているのか。首を大きく傾げつつもじっと息を潜めてその会話に耳を傾ける。
「手紙に書いてあった内容……本当でして?」
「勿論ですぞ。私目にお力添えいただけるのであればアベル家に……アーネット家に値する地位と名誉を授けましょう」
「その、お力添えというのはどのようなことを……?」
「ほっほっほっ、そう難しいことではありません。ここに書かれている内容を神命裁判当日に読み上げていただくだけで良いのです」
オルフェンはそう言いながら折り畳まれた紙を手渡す。ジェイニーは息を呑んでから受け取ると中身を黙読する。そして少しずつ目を見開き始めた。
────────────────
私、ジェイニー・アベルはアレクシア・バートリに本試験で友人を殺されました。心から信頼していた友人を殺されたのです。また口封じするためにアレクシア・バートリは私へ脅迫を繰り返し、心身ともに深い傷を負わせてきました。あの日を思い出すたびに眠れぬ夜が続いております。
彼女は人の心を持たない化け物です。彼女のせいで善良な市民や勇敢な隊員たちが沢山死にました。彼女は人々を襲う吸血鬼と何も変わりません。オルフェン様、必ず彼女を処刑してください。私のような被害者を増やさないためにも必ず。
────────────────
全てに目を通した後、ジェイニーはすぐにオルフェンを見上げる。しかしオルフェンは穏やかな表情のままジェイニーの右肩に手を置いた。
「ほっほっ、何を驚いてるのですかな? たったこれだけ読み上げればいいのですぞ?」
「で、ですがオルフェン様っ……これはあまりにもっ……」
「躊躇う必要はありませんぞ。これもすべてはアベル家の為でしょうに。ジェイニー様は何も間違ったことはしておりませぬ」
困惑するジェイニー。
オルフェンは穏やかな笑みのまま畳み掛けるように耳元まで顔を近づける。
「それとも……ジェイニー様が泥を塗ったアベル家の栄光をそのままにするおつもりですかな?」
「──!」
「ジェイニー様が恥を知らず決闘を申し込み敗北した。栄光あるアベル家の淑女たるものが食屍鬼を前にして恐怖している。このような真実が明らかとなれば……果たしてアベル家はどうなるのでしょう?」
何とも言えぬ悪人面。
ジェイニーは脅迫とも言えるオルフェンの囁きに顔を青ざめてしまう。自身の犯した失態や恥が頭の中で次々とフラッシュバックし微かに両手が震えていた。
「ほっほっ、ですがご安心くだされ。ジェイニー様は賢明なお方。選択を誤ることなどあり得ません」
立ち去ろうとするオルフェン。覗き込んでいたナタリアは近くにあった大樽の陰へと大柄な肉体を隠した。
「ではジェイニー様、当日楽しみにしておりますぞ」
オルフェンは別れの言葉を告げるとゆったりとした歩き方で表通りへと消えていく。一人残されたジェイニーは少しだけその場で考えると、意を決したように表通りへと去っていき、
「はいはい、覚えましたねぇ!」
二人の気配が完全に消えた後、ナタリアは急に立ち上がるとただそれだけ口ずさむ。そして何事もなかったかのように、アリスと合流しようとその場から駆け出した。